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 早妃が堅気に戻ってほどなく、俺たちは正式に籍を入れた。結婚式なんてものもやれなかったから、よくチラシに載ってる写真だけの結婚式ってのをやった。別に男はそういうのって、たいして拘りはない。でも、女ってのは、一生に一度だから、ちゃんと形にして残しておきたいものだろうと思って。

  早妃は白無垢、俺は柄にもなく紋付き羽織袴。当日は俺も滅茶苦茶、緊張しまくった。あんまり硬くなってるんで、写真館のおじさんに

-背中つついただけで、前に倒れそうやな。  と大笑いされた。

  早妃は言うまでもない、めっちゃ、綺麗だった。俺は花嫁さんなんてあまり見たことはない。そんな俺でも、世界でいちばん綺麗な花嫁さんじゃないかと思ったよ。それくらい眩しいくらい綺麗だった。

  今でも早妃は時折、そのときの写真を出してきて、嬉しそうに眺めている。早妃が幸せなら、俺も幸せだ。こうやって、その気にもならないおばさんの相手するのも我慢できる。


「悠理クン?」  

客の声で現実に引き戻され、俺は慌てて笑顔で取り繕った。

 「済みません。つい、ボウっとして」

 客は本当は人の好いおばさんなのだ。俺の物想いも言葉通りだと思ってくれたらしく、シャネルのバッグからニナ・リッチの財布を無造作に取り出し、中から一万円札を数枚引き抜いた。

 「これでお母さんに何か栄養のつくものでも買ってあげなさい」  

妙なもんだと思う。つい今までは俺を恋人扱いしていた癖に、こういうときは、この人は息子に対するような物言いをする。 もしかしたら、俺の母親も今頃は息子のような歳の若い男と一緒なのかもしれない。元々、亭主と息子を棄てて男の許に走るような無節操な女だ。自分の母親が今の客とふいに重なり、俺は堪らない不快感に駆られた。  

 思わず渡された数万円を突き返してやりたい衝動を襲われた。しかし、これを返すわけにはいかない理由があった。


 俺は握りしめた指の関節が白くなるくらい強く力を込めた。

 具合の悪い身内がいるというのは満更、嘘ではない。早妃の具合が良くない。

 結婚しているというのは店には内緒だ。基本的に彼女、恋人というのは許されるが、妻子持ち、所帯持ちは規格外である。まあ、そこは余計な揉め事を避けるための店側の配慮だろう。なので、早妃は妻ではなく、あくまでも同棲中の彼女ということにしていた。  早妃の胎内には今、俺の子どもが宿っている。妊娠が判ったのは四ヶ月前のクリスマスだ。早妃が

―できたらしいの。

 と言った時、俺は一瞬、ポカンとした。何のことなのか本当に判らなかったんだ。

 そうしたら、早妃が少し小さな声で〝赤ちゃんができたらしいの〟と恥ずかしそうに言う。そのときの彼女、とても可愛らしくて思わず抱きしめてやりたくなった。


 翌日、二人で近くのクリニックを受診し、妊娠が判った。あれから四ヶ月経ち、早妃のお腹はもうかなり大きい。予定日は七月、今は四月に入ったばかりだから、あと三ヶ月もしない中に俺と早妃の子どもが生まれてくる。

  子どもが生まれたら、俺もそろそろホスト家業から抜けようかなと考えている。親なら、ちゃんと子どもに胸張れるような生き方しなきゃ。それは親父が俺に身をもって教えてくれたことだ。たとえ、どれだけ貧乏でも、親父はちゃんと前向きに生きてた。

 子どもが物心ついたときに、父ちゃんの仕事はって訊かれて、ちょっとあまり言いたくはない。別にこの仕事がどうのとかいうわけじゃない。でも、俺は子どもには、もっと別の仕事をしていると胸を張って言いたいんだ。

  俺の心が今も晴れないのは、早妃がずっと家で寝たきりになっているからだ。どうも早産気味らしくて、起きてトイレに行っただけで、赤ん坊が下がってくるのが判るんだとか本人は言っている。


 男の俺にはよく理解できないが、クリニックの先生の話では、本当は入院した方が良いのに、早妃が家にいたいと言うんで入院は控えて自宅安静にしているのだ。まあ、確かに、三ヶ月で妊娠が判った直後も迫流産だと言われ、二週間ほど入院したこともあった。

 切迫流産という聞き慣れない響きのある言葉が俺には世にも怖ろしげな禍々しいものにに思えた。その早妃のことを思えば、このおばさんのくれた数万円は貴重な収入源だ。  あまつさえ、これから赤児が生まれて店を辞めたときのことを思えば、金は少しでも多く貯めておいた方が良い。実入りの点でいえば、この仕事に勝るものなんて、そうそうはないのは判りきっている。

「お母さまの具合が良くなったら、また、考えておいてね。アフターのこと」

 生暖かい声がふうっと吹きかけられ、俺は思わず身震いした。

 「そういえば、今日は夕方から雨だって、予報では言ってたわね。悠理クン、私、傘持ってきてないのよ。コンビニのでも何でも良いから、傘買ってきてくれない?」



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