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 確か五十二になるとか聞いたが、まあ、年齢と見た目もどっこいどっこいってところか。特別に美人というわけでもないし、ブスというわけでもない。―どころか、こんないかにも平凡そうなおばさんがホストに狂ってるなんて誰も信じやしないだろう。

 客とホストの間では携帯の番号とか個人的な情報の交換は基本的にしないことになっている。それは店の規約にもちゃんと明記されていることだ。もっとも、その規約を何人が守っているは知らないが。

 たまにホストの営業用のお愛想を本気にして、のめり込んでしまう客がいる。そういう客が実はいちばん厄介。このおばさんのように、気晴らしは気晴らしと割り切ってここに来ている連中は、俺たちホストにとっては実はありがたい客なのだ。後腐れがないから。

 本気になった女ほど怖いものはない。夢中になったホストの私生活にまでずかずかと入り込んでこようとするし、ホスト本人も店も大迷惑だ。まあ、十年くらい前に、まだ新婚の若妻とナンバーツーのホストが夜逃げしたって話は俺も聞いたことがあるかな。


 そいつらは両方がマジになって駆け落ちしたっていう稀な例だけど、そんなことはまずあり得ない。ホストたちにもちゃんと彼女や恋人がいるし。客の相手はあくまでも金のため。それはキャバ嬢が客に振りまく愛想が見せかけだけのものだってことと同じ理屈だ。

 客とだって、寝ることはある。ま、うちの店では基本、それは禁止事項に入ってるけど。守ってるヤツは少ないんじゃないかな。俺たちは、それをアフターと呼ぶ。アフターサービスの略だ。店内で客と性的関係を持つのはご法度、やりたきゃ外でやってくれってわけ。

 さっきの本気になったらヤバいって話と重なるが、女って不思議な生き物だ。身体を重ねてしまえば、男が自分のものになったと錯覚してしまう。だから、店ではアフターは禁止されてるんだ。つまり禁止というよりは、そこから先はどうなっても、店は責任持たないぞ、当人同士で勝手にやってくれってことでもある。


 殆どのホストに特定の彼女がいるから、じゃあ、何で客と寝るの? と訊かれたら、そりゃ、やっぱり愉しみたいとかいうのではない。大体、自分の母親のような歳の女とどうやって愉しめって? 

  金、金が欲しいからに決まっている。ただキスや手を握らせるだけでもかなりの金をふんだくるけど、その金はかなり店の方がピンハネするからね。その点、アフターで入ってくる金は全部俺たちの手に入る。だから、悪い顔もせず親ほども歳の違うおばさんの相手をする。

 「悠理クンに逢うから、新しい香水つけてみたんだけど、どうかしら?」

 上目遣いにあからさまな媚を含む眼で掬い上げるように見つめられ、俺は顔が引きつりそうになるのを必死で堪えた。ひと月前に付けてた香水の方がまだマシだったよ、とは口が裂けても言えない。


 俺はできるだけ笑顔が自然に見えるように祈りながら言った。

 「この前のも良い感じでしたけど、今日のはまた格段に良いですね。何かこう、花の香りをイメージさせるようで」

  花は花でも、反吐が出そうな毒花ですけど。  と、心の中で余計なひとことを付け加えた。

 「悠理君に一ヶ月ぶりに逢うから、気合いを入れてシャネルを買ったの。褒めて貰えて良かったわぁ」

 と、外見はともかく、大袈裟な身振り手振りだけは十代の女子高生のような女を俺は冷めた眼で見つめる。

 「俺に逢うから、わざわざ? 実沙さん、そんな男を歓ばせること、言いっこなしですよ~。そんな可愛い科白を聞いたら、俺、本気になっちゃうかもしれませんよ?」

 こんな心にもない科白を口にするときの自分がイヤで堪らない。

 が、流石に、女もこの科白を真に受けるほど世間知らずではない。五十二歳なりの分別は持ち合わせている。


「まあ、そんなお世辞なんて、こんなおばさんに言う必要はないのよ。私はここに来て、悠理君の顔を見るだけで幸せになれるんだから」

 相手は俺の言葉を信じてはいないようだ。

 俺はもっともらしく見える笑顔―とびきりの微笑で更にとどめを刺す。大概の女はこれでイチコロだ。この笑顔が何よりの武器になることを、俺は四年のホスト勤めでイヤになるくらい学んだ。

「実沙さんって、俺と同じ歳の息子さんがいるんでしょ? 到底、そんな歳には見えませんって」 「まァ、口がうまいんだから」

 と言いながらも、満更、悪い気はしないといった表情である。  

ああ、反吐が出そうだ。元々、俺は息をするように嘘をつくのが得意でもないし、好きでもない。

 「うちのドラ息子とは大違い、悠理クンって、可愛いわ。ほら、俳優のむか、そう、向井理に似てるわよねえ」



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