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第二回 『1Q84』と丸刈りの誕生~G から Uへ~

 Uの次回が楽しみだ。

 春樹の受賞は個人的にはどうでもいいと思ってんだけど。取ろうが取るまいが、作品の内容や価値が変わるわけじゃなし。ただ、春樹にとってやっぱ作品は子供みたいな物で、賞を取ったら嬉しいんだろうな、とは思う。いっつも拒まないもんね。

 あと、俺はおしゃれはもういいや派です。おしゃれさが文化の拡散にとって重要だろうとは思うけど。例の「流行は軽くなる」の流れだよね。当然、おしゃれなほうが人は惹かれるから。確かに、春樹が仕掛けたおしゃれ爆弾が世界各地で時間差炸裂する様は空想すると素敵な光景かもしんない。でも、俺はむしろ『1Q84』のおしゃれさは流した派だよ。そのせいで距離ができたってくらい。俺は、『神の子どもたちはみな踊る』。あのくらい地味な方が好き。

 

『うる星』のイメージは大体O.K。一軒家だけどおおむね合ってる。ただしマンガ版の話ね。押井監督のアニメ版は押井流に作品をねじ曲げたりいじり倒してて、その中でもイナバウアーばりにソリ具合が見事だったのが、例の作品。そもそも、『1Q84』と同じ仕掛けがあるって、Wikiがない当時は気づかない人も多かったはず。

『1Q84』もタイガーが右か左か、もし何の説明もなかったらただの誤植と思われちゃうかもしれない。でも、あえて説明されない物を読み解く読解力こそが文化の醍醐味だと俺は思うんだけどね(待てよ。タイガー、って虎縞。ってことは虎縞ビキニ? もしや、ラ…? …まさか、ねえ)。たとえば『寄生獣』で、ミギーに感情が芽生えてる事実はほのめかされるだけで明言されず、終盤で一気にたたみ掛ける演出。身の安全を確保するためには誰にも明かすことができなかった、それで読者にさえ隠してたんだっていう。ネ申だね。

 

 話がネ申方向に逸れた。

 逸れついでにいうと、『1Q84』はパラレルワールドじゃないって文中で否定されてて、世界は一つしかない、ただ逸れてるだけ、逸れながら進んでるって感じだと思う。あと天吾がいつ月が二つある世界に移ったかは明言されてないんだよね。まぁ、読者も含めたバラバラの世界が一つに引っぱられる描写は見事だし、パラレルであろうがなかろうが大体一緒だと思う。引っパラレルワールドだな。これいける? 今からでもコピーに使ってもらえるかな。「1Q84年。引っパラレルワールドへようこそ」的な。緑と赤地の上に金文字で。

 

 話が引っパラレル方向に逸れた。まあいいや。もっと逸れついでに、てか一気に逸らすけど、新しいサイトの案を考えた。『1Q84』も「力を集めて」だし、ツイッターとか世界は繋がる方向へ進んでるけど、過度に繋がりすぎて飽きたら、一旦立ち止まる方向にも進むと思う。そのときに、そこまで繋がりたくはないんだけど、でも繋がっていたい、と思えるようなサイトがあればいんじゃないかと。

 

 題して、「空に宛てた手紙」。

 たとえば、フェイスブックやらで昔の恋人と会って云々とかあるらしいけど、そこまでじゃない、連絡取りたい訳じゃないし、そもそも今どうしてるか知りたいって程でもない。

 でも、何らかの想いがあって、それを誰かに伝えたい。本人に直接届いてもいいけど、別に届かなくてもいい。または、想いを表に出すことで、実際の告白に踏み切れるかもしれない。

 そこで恋文部門、手紙部門と二つあって、手紙部門は、友達や家族、故人とかに宛てて手紙を書ける。

 そうやってみんなが書いた手紙をおしゃれなデザインで掲載する。誰でも閲覧可能。本人に届くかもしれないし、届かないかもしれない。目的はそれを読んで、どきっとする人、ほっとする人、いろいろな想いを抱くこと。俺自身、そのくらいなら書きたいことがあるような気がする。 

 更に詳細を書くと、気に入ったら「いいね」みたいに、「届け!」切手(スタンプ)を送ることでポイントが加算されて、ポイントの高い人気ある手紙は、どんどん上位にランクしていく。

 ただ、手紙は通常一ヶ月くらいで整理されてタンスにしまわれるので、一ヶ月過ぎたものはランクから外されていく。もちろん、検索で過去の手紙も探すことができる。新着順とかでも見ることは可能。

 読んで良かった手紙には、返信を送ることができる。返信者は受取人、差出人の二種類から自分の立場を選んで入力する。本当の受取人(想われ人)が「自分です」って名乗ったり、あるかもしれない。

 ただ、誰でも作成、返信できるわけじゃなく、手紙の差出人、受取人は登録必須にする。メアドとか簡単な登録で、基本匿名、基本無料でできればいいと思う。

 また、差出人が手紙のURLを誰にでも送れる機能も付ける。例えばラジオのDJにオンエアーで告白を頼む感じで、自分が書いた手紙のURLを相手に直接送ることもできる。

 任意で情報を入力する項目もある。あなた/相手のイニシャル、今のあなたの年代、出会った当時の年代、あなた/相手 の好きな 本/映画/音楽/趣味、出会った場所、○県○市、が入力できる。

 絶対守るルールは、個人情報保護。当人以外で、簡単に個人を特定できるような内容は書かない。また、感謝の手紙であること。恨み言、悪口にならないように。内容によっては、管理者が独断で削除できる。

 どうかな? たとえ既存であったとしても、新しくやったらおもしろいと思うんだけど。他人の手紙とか読んだら面白そう。バレンタインにちなんでる訳でもないんだけど。

 あとこれ、『1Q84』の内容にもちょっとかぶるよね。何年も会ってない人たちの世界が、逸れてるようで繋がってない? さすが春樹。収斂されたわ。

 

 ところで、次は体罰について書こうと思ってたんだけど、アイドルが丸刈りにしてネット動画で謝罪ってアレ、本当に胸クソ悪い体罰だと俺は思う。たとえ坊主にしたのは独断だったとしても(その後公式な弁解読んだら、スタッフは止めはしたけど結局傍観してたって話。無力かお前らは)、公式チャンネルでの放送には大人のスタッフが関わってることを認めてる。つまり周囲の大人が若い女の丸坊主涙謝罪にGOサイン出して撮影してるってことだ(そしてこの体罰は、動画や画像を観た世界中の人々を加害者に仕立てあげることで完成した。まるで映画の『セブン』みたいに)。

 良識ある大人なら謝罪放送でさらし者にせず、坊主にしたのは隠してカツラかぶせて、とりあえず脱退、数年後に髪が伸びたら、「実はあのとき、彼女は坊主にした」って明かしてグループに戻す、とかにすればいい。大人がカツラかぶった彼女と一緒に登場して代理で謝るんでもいい。この映像はショッキングなため、ファンの方だけご覧ください的な警告を付けるんでもいい。俺みたいな単に不快を感じた一般人に対して、今からでも何か言うべきだ。

 思い出したのは、他人の謝罪場面に偶然出くわしたときの居心地の悪さ。例えば電車の遅延で駅員に怒鳴るおっさん、わざと周りに聞こえるように大声で罵倒して、仕方なく謝罪する駅員見て、俺はすごい嫌な気分になる。アレの数倍、気分が悪くなった。

 大体、ちょっと確認したいんだけど、彼女、「メンバーやファンのみなさん、スタッフさん、家族、たくさんのみなさま」に向かって謝ってるみたいだけど、その中に俺は含まれてないよね。俺はあのグループに関して一銭も金を落としてない部外者だ。もし彼女がそんな俺も含めた「みなさま」に謝ってるつもりなら、俺は絶対に許さない。

 だって女性を丸坊主にして泣かせて謝罪させる「みなさま」って、人間として最低だろう。街中でそんな光景に出くわしたら「みなさま」のほうが完全に悪人、下手したら通報されるよ。

 

 どうかしてる、本当に。この国の空気がそれを許してしまってるのなら、本当に醜いことだと思う。それこそ大阪の体罰の件じゃないけど、この際行政が介入して、あのグループの放送を一旦中止すればいいんじゃないだろうか。それから視聴者はテレビの中の人に過度な期待を抱くのはもうやめるべきだ。そういう時代じゃない。

 でもきっとああいうのが面白いと思う人々もたくさんいるんだろう。俺にとっていくら悪趣味だと思える物でも娯楽になるし、金が動くから回り続ける。まだまだ今後もこういう失望感を味わうんだって覚悟は必要だな。ここはそういう場所なんだ。

 気が滅入るけど、次回はそこらへんをテーマに書いてみたい。

 今回はこんな感じ。どうかな?


第二回 『1Q84』と丸刈りの誕生~U から Gへ~

 さて、丸刈り峯岸みなみの件だが、「ニュースが無いことがニュース」というよくわからない言葉があるが、これは逆バージョンと言えると思う。あまりにも話題になりすぎたことが一番の話題なんじゃないかな。なんか世界66カ国の報道機関で報じられたらしい。これには僕も驚いた。

 世界のニュースになったのは、あまりにも峯岸が奇妙に映ったからなんだろうね。峯岸や運営の大人たちが考えている以上に、世界では恋愛禁止という「罪」は軽く、丸刈りという「罰」は重かったわけだ。あちらでは今頃「おい、NHKやBBCがつくっている世界と、自分たちがつくっている世界はだいぶ違っているぞ! あのアルジャジーラですら俺たちを奇妙な目で見ているぞ!」って声が上がっているかもね。当人や運営は今ごろパラレルワールドを体験しているだろうね。「罪」と「罰」の天秤が、不吉に大きく傾いているもう一つの世界だ。

 なぜ、パラレルワールドが起きてしまったのか。キーとなる「罪」と「罰」を見てみるか。

 

 AKBにあまり詳しくない人は知らないかもしれないが、峯岸はAKB48のなかではバラエティ担当で、好きなものは「尺」「おいしい」「数字」なんだ。つまり、テレビ番組でどれだけの時間を自分に使われるかというのが「尺」であり、番組的に自分がウケるかどうかが「おいしい」であり、「数字」というのは視聴率。今回の件では計らずとも峯岸が好きな3点セットで満たされたんじゃないかな(笑)。

 峯岸にはスキャンダル発覚前から自分のポジションに対しての焦りがあっただろうね。去年に指原莉乃がスキャンダルをきっかけに、いっそう人気と実力を伸ばしてきたからね。指原は福岡のローカル番組を入れると、6本かな? レギュラー番組を持っていて、AKBグループでは異例中の異例の売れっ子で、峯岸はAKBの内輪番組の司会を1本持っているだけなんだよね。二人はかなりの仲良しだとは思うが、同時にライバルであるのは間違いないと思う。峯岸は同い年の後輩である指原がどんどん先に進んで行っているのを見てきているわけだからね。言わば売れ残りを賭けたお笑い芸人みたいなもので、芸風が過激になってしまったのかもしれないな。

 AKBの恋愛禁止というルールなんだけど、これまでに何人もが「罪」を犯して「罰」を受けてきた。まあ、詳細内訳はwikiペディアでもみてもらうとして、整理すると、現在進行形の恋愛発覚への「罰」はAKBからの脱退が妥当なんだな(夢に向かっての卒業という名の自主都合退職か、クビという会社都合退職かはあるが)。指原のスキャンダルは過去の恋愛だったので、AKB48はいわば「脱退」したけど、当時は超マイナーだったHKT48への移籍で済んだと言えると思う。※今でこそHKTの知名度が高まって(これは指原のおかげだが)、「罰」の要素が無いように感じるが、指原も当初は、笑っていいともレギュラーは次のタイミングで卒業するだろなど、しばらく表舞台には出て来れないのではないかという予想が一般的だったし、秋元康もここまで逆境を跳ね返してくるとは思わなかったと思う。へたれのさしこだしね。

 指原のようにはいかなくなってしまったのが峯岸だ。指原のHKT成功以来、(準)選抜クラスメンバーが、兼任または移籍という形で日本の地方組織SKE48やNMB48だけでなく、上海やジャカルタのグループにどんどん流れていったからさ。アキバからの「左遷」が「罰」であるという意味合いはほとんど無くなってしまったね。峯岸への公式の「罰」は謹慎+研究生への降格だったけれども、やっぱり脱退と比べると釣り合わないんだよね。「オリメン」つまりAKB48発足当初からいるメンバーだけ優遇されるのは納得できないという声も出てきそうだし。

 どうしても脱退を間逃れて生き残りたいということであれば、自ら何かをするしかなく、「丸刈り」で意思を表明するという選択肢は、本人や大人のなかでは妥当な選択だったはずだし、「オリメン」の間ではそう共通認識が作られていた(丸刈り峯岸とオリメンのピース写真)。そして、指原が「左遷」ネタでかなりの笑いを取れていたように、峯岸も「丸刈り」ネタで笑いを取れるはずだった。丸刈りはちょうどいい罰であると同時にウケも狙える一石二鳥のおいしい話として使えるはずだった。ここまでが、AKB側のワールドの論理。

 

 ところがこちらのワールドでは「恋愛」が「罪」にあたるというルールが奇妙に映った。ファンの間でも意見が分かれるが、アイドルはファンとの疑似恋愛で成立しているところがあるのが一つの理由だと思う。そして、この事実は表に出てはいけない暗黙の了解であって、世界のなかの空気のようなものだ。その空気の温度があちらとこちらでだいぶ違っていたために、奇妙な対流を起こし、質量を狂わせ、天秤を傾ける別世界を作り出した。

 AKBは「会いにいけるアイドル」なので、狭い劇場で毎日公演を行っているから、ファンが熱い視線を「推しメン」に送れば、偶然目が合ったりもするだろうし、握手会で簡単な会話ができたり、名前や顔を認知してもらうこともある。そういう「釣り」作戦で、惚れたか惚れられたか曖昧なまま、善良なファンの熱をどんどん上げていって、成立しているようなグループだ。「クラスで何番目かに可愛い子」をメンバーに集めていると言われるが、ここでも裏にあるカラクリが見え隠れする(手が届きそうと思わせる作戦)。

 AKBがこのキャバクラ営業で驚異的にCDを売り上げているのは間違いない。AKBのルールである「恋愛禁止」というのは、メンバーはファンの恋人なのだから当然である。メンバーによる「不倫」を禁止するルールなだけだ。さらにいえば「恋愛禁止」はAKBグループがお金を回しているシステムのなかで重要な部品(かドーピングのようなもの)だな。

 

 ここでGの話に戻ってみよう。峯岸がyoutubeを使い画面のこちらに向かって「謝罪」したことを不快に感じたんだよね。たしかにおかしな話だ。GのいうようにGや世間の大半(と僕も)は峯岸とは何も関係がないし、彼女が誰と付き合ってどんな恋愛しても、どうでもいいことだからね。

 峯岸の「謝罪」が不快なのは、ファンでもない僕たちが、彼女に疑似恋愛をしている人たちと一緒にされるからだし、一方的に浮気の謝罪をしてきたからといえそうだね。ファンのなかには疑似恋愛はしていないけれども峯岸を応援している、って人もいるだろうけどさ。つまりは、勝手に俺らが疑似恋愛感情を抱いているかのように扱うなや! ってことじゃないかな。でもそこは、見え隠れするAKBのカラクリなんだ。誰だかよくわからない相手だが、私峯岸と恋愛関係にありますよ、という前提があるんだな。

 峯岸や運営の大人は、ファンを騙すために自分も騙したのだろうし、さらに間抜けなことに事実を隠すために自分も忘れてしまったんだろうな。アイドルとファンは疑似恋愛をしているということ、でも本当はお金を回すための嘘であるということを。

 恋愛禁止の罪について、あちらが知らぬ間に非常に重く見積もり、こちらがどうでもいいほど軽く見積もった。天秤はファンが積んできたお金の重さの分だけ狂ってしまい傾いてしまった。

 

  次は丸刈りという罰の重さについてだが、これはGが言っているように、体罰の問題だと思う。狂ったのは社会全般というか時代の流れのなかで起きた歪みだろうな。つまり、「身体を傷つける罰」が時代と共に消えてきているということに尽きる。こちらのほうがより、社会的には重要な話だけど、これはミシェル・フーコーの『監獄の誕生』を読めばすべてわかるように書いてあるから、僕が下手に書くのはやめておこうか。


奥付


考えるウマシカ~弦楽器イルカと友人の往復書簡より~


http://p.booklog.jp/book/65615


著者 : 弦楽器イルカ+友人
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/gengakkiiruka/profile


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