閉じる


 野崎が怪我をした。
 クラスの連中は、日比谷に話しかけられたからだ、と言っている。

 日比谷の噂は聞いたことがある。
 曰く――死神。話しかけられたら、三日以内に不幸が訪れる。
 噂を初めて聞いたとき、俺、狭山ハジメはアホらしい、と思った。
 死神が現実にいるわけないだろ、みんな漫画やアニメに影響受けすぎ、と。
 まあ、日比谷の外見は、長く伸ばした前髪と、分厚い眼鏡で陰気な雰囲気がまとわりついている。
 死神に見えなくもない。それが、俺の日比谷に対する評価だった。野崎が怪我するまでは。

「おい、ちょっと来てくれ。話がある」
 野崎が入院して三日後、俺は日比谷を校舎裏に呼び出した。
「やめとけって、ハジメ」
 たまたま、教室にいた阿部が、俺に言う。
「日比谷に関わるのはよせ。シャレになんねーよ。野崎のことで、頭に血が上ってるのかもしれんが……」
「わかってるなら、止めるな」
 俺と野崎は仲が良かった。中学時代からの、大切な友人だ。
 その友人の怪我に、日比谷が関わっているなら、聞きたいことがある。
 日比谷は俺の呼び出しに、おとなしく応じた。
 放課後の、日の当たらない校舎裏。爽やかとは言い難い場所で、俺は日比谷に詰め寄った。
「野崎は、日比谷が話しかけたから怪我したって、本当か?」
「……違うよ。ぼくが話しかけなくても、野崎君は怪我をした」
 ぼそぼそと、野崎は言葉を紡ぐ。顔は伏せ気味で、俺の顔をまもとに見ようとしない。その陰気な態度に、俺の神経がささくれ立つ。
「……止めようとしたんだ」
「何を?」
「……野崎君が、怪我するのを」
 野崎の入院の理由。それは通り魔だった。部活で遅くなって、その帰り道に、ナイフで足を一撃。犯人は未だ逃走中。
「気をつけてって……言ったんだ。ナイフを持った男が、君に忍び寄るのを、夢で見たと」
「なんだそりゃ。まるで、日比谷に未来が見えているみたいじゃないか」
「その通りだって言ったら……どう思う?」
 俺は顔をしかめる。
「みんなはぼくを、死神だって言うけれど……そうじゃないよ。ぼくは、カッサンドラだ」
「かさどら?」
「ギリシャ神話の話だよ。カッサンドラという女性は、アポロン神に気にいられて、未来を予知する能力を与えられた。でも、その後アポロン神の怒りをかって、予言が誰にも信じてもらえないようになってしまった……」
 俯き加減だった、日比谷がゆっくりと顔をあげた。長い髪と、分厚い眼鏡の隙間から、瞳が見えた。
 ……人生に疲れ切った、絶望した人間の目。
 俺がその目にひるんでいるうちに、日比谷は立ち去った。
「あー、田中? お前、日比谷と同じ中学だったよな? あいつって、中学時代から、ああだったの? その、死神って呼ばれていた?」
 その夜、俺は日比谷と中学時代同じ学校だった級友に、電話をかけていた。
 そうしてわかったのは、小学校時代の日比谷は明るかったこと。それが、担任教師の事故死を言い当ててしまったことを切っ掛けに、今のような死神と呼ばれる存在になったこと。
 
「日比谷。あのな」
 翌日、俺は日比谷に話しかけていた。
「俺、お前のこと誤解するとこだった。お前は、野崎を助けようとしたんだな」
「……」
「死神なんて悪口言われて、それでも、野崎に注意しろって言おうとしていたんだろ」
 昨日まで、俺は野崎の怪我にむかついて、何かに八つ当たりしたかった。日比谷はその相手にちょうど良く見えた。
 だけど、それはやっちゃいかん行為だ。単なる言いがかりだ。
「狭山、おい!」
 物言わぬ日比谷に話しかけていたら、阿部が俺の襟根っこを引っ掴み、教室の端へと移動する。
「何考えてんだ! 死にたいのか! 不幸になるぞ」
「死なないよ。怪我もしない」
 俺は死なない。だって、日比谷は俺に警告を与えようとしない。つまり、俺が死んだり怪我をする夢を見ていないということだ。それなら、いくら喋っても大丈夫だ。
 こうして俺の、日比谷に一方的に話しかける日々が始まった。
 最初のうち、日比谷は俺を戸惑ったように見ていた。
 時間が経つにつれて、少しずつ話にのってくれるようになった。
 教室の連中も、俺が日比谷と話をしているのに、病気怪我ひとつなくピンピンしているのを見て『日比谷=死神説』は誤りだったと認識するようになった。
 日比谷は少しずつ、周囲の人間と話をするようになっていった。

 ある日の朝、教室で、日比谷に話しかけようとして、その顔が真っ青なことに気がついた。
「日比谷、どうした?」
「狭山君……どうしよう。夢を、見た」
「どんな夢だ」
 日比谷がこんなに青ざめていることは、誰かが死ぬかまたは怪我する夢か。
「狭山君が、校門の近くを歩いていて……ナイフを持った男に……」
 そして、日比谷は泣き出した。
 俺も衝撃を受ける。俺がナイフで刺される。
「冗談じゃない……」
 俺が死んだら、日比谷はどうなる? 
『日比谷=死神説』の復活だ。第一、俺にはやりたいことがある。
「死んでたまるか」
 俺は急いで、身を守る方法を考えた。

「何を、考えているのかな? 三年ーA所属、狭山ハジメ」
「はあ。最近、物騒なので。護身用にと」
「護身用……そのふざけた格好が、護身用」
「護身用です」
 校門の入り口で、生徒の制服に乱れがないかチェックしていた生活指導の教師は、登校してきた俺の格好をてっぺんからつま先まで見て、ひきつった笑顔を見せていた。
 俺はちゃんと制服を着ている。シャツのボタンは外していないしネクタイもきちんと結んでいる。ただ、その制服の上に、戦国時代の甲冑を身につけていた。
 演劇部の衣装係が魂を込めて作った、傑作だ。カーボン樹脂だか、最新の素材を使っているとかで、とことん軽量化されているのに、強度は戦国時代の甲冑をしのぐという。日比谷の予言を聞いた俺は、文化祭で目にしたこの甲冑のことを思い出し、演劇部の連中を拝み倒して貸して貰ったのだ。ナイフ――刃物を防ぐには、やはりそれなりの防具が必要だろう。
「校則には、甲冑着て登校してはいけない、って書いてないですよね?」
「常識で考えろーーーー!」
 没収された。
 しかも放課後、生徒指導室に呼び出されて、説教される。
 帰ることには、日はとっぷりと暮れていた。

「狭山君。一緒に帰ろう」
 生徒指導室から出ると、日比谷が待っていた。
「夢では、校門が見えたんだ。だから、そこを通り過ぎれば……」
 日比谷はどこから調達したのか、木刀を持っていた。
「狭山君は、ぼくの大切な人なんだ……」
 木刀を構えながら、俺の数歩先を日比谷は歩く。
 俺はと言うと、日比谷に大切に思われている、という事実に感動していた。
「……誰か居る……」
 先行していた日比谷が足を止める。
 校門の影に、うちの高校ではない制服を着た、十八歳くらいの男が立っていた。
 男は俺と日比谷を見つけると、ふらふらとした足取りで近づいてくる。
「オレの彼女を寝取ったのは……お前か? この高校のヤツだってのは、わかってるんだ……!」
 男の手が、いや、男が手にしたナイフが光る。
 わけのわからない奇声を発しながら、男は日比谷に襲いかかった。
 咄嗟に俺は、男と日比谷の間に割ってはいる。
 男のナイフが、俺の腹に吸い込まれて――

 がきん、とナイフが折れた。

「狭山を傷つけるなー!」
 日比谷が男を、木刀で打つ。その騒ぎを聞きつけた教師や、部活帰りの生徒やらがやって来て、男は取り押さえられた。
「狭山君、狭山君怪我は……!」
「大丈夫だよ」
 俺はナイフで穴が空いたシャツを脱ぎ捨てだ。鉄の輪っかがいくつも組み合わされた、防具が露わになる。
「なに、それ?」
「演劇部の衣装係がつくった、鎖帷子。甲冑の下に身につけるもので、刃物に対する防御力が高いんだとか。凝り性なんだな、演劇部って」

 男は、野崎を襲った犯人だった。
 犯行理由は、うちの高校の生徒に彼女を奪われたとか言っているらしいが、それで通り魔されたのではたまったもんじゃない。
 男に腹を刺されそうになった俺は、一応検査入院した。演劇部の衣装係は、本当にいい仕事をしていた。
 衝撃で青あざができてはいたが、血は一滴も流れていない。湿布薬を貼っただけで退院になった。
「どうして、狭山君は、ぼくの言葉を信じてくれたんだい?」
 退院後、俺はさらに念のために一日、自宅で療養することになった。見舞いにやってきた日比谷は、泣きそうな声で俺に問う。
「……なんでだろうな」
 強いて言えば、日比谷がこれ以上悪口を言われるのが、嫌だった。
 ふと、気がつく。俺は、日比谷が好きなんだ。
 悪口を言われるとわかっていて、それでも不幸が訪れそうなヤツに忠告をしていた日比谷が。
 無意識に、身体が動く。
 それが自然なことであるかのように、俺は日比谷を抱きしめていた。
「さ、狭山君?」
「嫌か?」
 耳元で囁くと、日比谷は俺の背中に腕を回してくる。
 そして、キスをした。

 この一件以来、日比谷を悪く言うヤツは居なくなった。
 それどころか、ナイフを持った男と木刀でやりあった勇者として、一目置かれる存在となっている。
 それは、まあいいのだが、問題は日比谷にラブレターなるものを、女子が寄越すようになったことだ。
 少し前までは陰気だ何だと言っていたくせに、今では寡黙なところがすてき、ときたもんだ。
「不機嫌そうだね、狭山君」
「別に……」
 登校し、机の中に入っていたラブレターを取り出して、カバンにしまいながら、日比谷が言う。
「返事、出さなきゃ」
「OKですってか?」
「逆だよ。断りの返事だよ」
 にっこりと、日比谷は笑う。
 今では、日比谷の前髪は切られて、眼鏡もレンズの薄い物になっていた。表情がよく見える。
「ぼくの恋人は、目の前にいるからね」
 野崎は明日、退院することになっている。
 以前、恋人ができたら、紹介するとは約束していたが――驚くかなあ。やっぱり。


奥付



BLな小話 カッサンドラ


http://p.booklog.jp/book/65179


著者 : 招木かざ
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/gotoji/profile


感想はこちらのコメントへ
http://p.booklog.jp/book/65179

ブクログ本棚へ入れる
http://booklog.jp/item/3/65179



電子書籍プラットフォーム : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社ブクログ



この本の内容は以上です。


読者登録

招木かざさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について