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 二十三時、男はいつもと同じように愛犬を連れて散歩に出ていた。

  新宿区坂町の自宅から歩いて数分のところに、新宿歴史博物館がある。津の守坂から一本中に入ると、細い坂道に沿って民家がみっしりと立ち並んでおり、博物館はその中にぽつんと建っている。その博物館の裏を通り、ワンブロックをぐるりと回るように左折を繰り返して再び坂町方面へと戻っていく。これが男と愛犬の毎晩の散歩コースになっていた。

  街灯だけがぼんやりと灯る裏道に人通りはなく、愛犬のリードをぎりぎりまで伸ばした男は、鼻歌交じりに坂町から三栄町へと歩いていた。坂道を登り、いつもどおり博物館の裏を通り過ぎようとした時、男の愛犬が突然唸り声をあげた。

 「ああ? なんだ?」

  愛犬が唸り声をあげている方向は会社とおぼしき建物の駐車場で、出入り口の片隅にごみ集積所があった。金属のドアが半分ほど開かれたそこに、ゴミ袋が数個積み上がっており、半分剥がれかけたゴミ収集日の看板が、むなしく風に揺れている。

  威嚇するような唸り声をあげていた男の愛犬は、やがて積み上げられたゴミ袋に向かって激しく吠え始めた。小型犬特有の甲高い鳴き声が夜の通りに響き渡る。

 「……おまえな、何吼えてんだよ。夜遅くに近所迷惑だろ」

  慌ててリードを引いたものの、小型犬はそこからまったく動こうとしなかった。ゴミ袋の山に向かって執拗なほどに吠えるたてる愛犬に、男はうんざりとため息をついた。

 「だから吼えるなって。そんなところ、別に何もないっての」

  そう言ってゴミ袋が積み上がった集積所の前で犬を抱き上げようとした男は、しゃがんだ姿勢のままその場に硬直した。

  積み上げられたゴミ袋に埋もれるようにしてそれはあった。

  まず見えたのはコンクリートの床に無造作に投げ出された腕だった。それに繋がるように胴体らしきものが見える。仰向けに転がったそれは、首を少し横に曲げ、男のいる駐車場をじっと見つめていた。

  一瞬マネキンが捨てられているのだと思った。そう思いたかった。けれど、どう否定したところでそれが人形ではないことを、停止しかけた思考の中で男は認識した。

  不自然に歪められたまま固まっている唇は、男に何かを訴えようとしているかのようにも見える。

 「ひ……」

  息を飲むような声のあと、男の絶叫が通りに響き渡った。

  愛犬を抱きその場にしゃがみこんだまま叫び続ける男を、それがじっと見つめている。

  瞬きひとつすることなく見開かれた瞳。どんよりと白く濁りはじめたその瞳は、すでにこの世のものを何一つとして映してはいなかった。


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   2

 

 JR山手線新大久保駅がある百人町一丁目の一角は、民家や古いアパートの隙間にぽつりぽつりと小さなホテルが並んでいる。ビジネスホテルなのかラブホテルなのか今ひとつ分からないそれらを横目に、細い道を職安通りに向かって数分。小さな公園の近くにY署組織犯罪対策課の刑事、柘植冬悟の自宅はあった。

 七階建てのマンションには一階に駐車スペースがあり、二階から上が住居となっている。築十年ほどと見られるそのマンションに柘植が移り住んでから、今年でちょうど四年になる。

 新大久保から新宿までひと駅、そこから四谷の勤務地までは地下鉄で三駅。駅の近辺は飲食店も多く、一人暮らしの柘植にとって、このマンションは申し分のない立地条件だった。

 

     ***

 

 寝室にしている奥の部屋に、掠れ気味の喘ぎ声が響いた。乱れた息づかいと共に吐き出されるその声は、ベッドのスプリングが軋む音に同調している。

 「あっ……はぁ……あぁッ」

 ベッドに伏せ、尻だけを高く上げた早瀬馨は、背に汗を浮かべ、手が白くなるほどにきつく枕を掴んでいた。

 潤滑剤に濡れた秘所を押し広げるようにして穿たれたものが、ゆっくりと抜き差しされる。先端部を強引に押し込み、そしてまたずるりと引き出す。抜き差しのたびに直腸に絞り出された潤滑剤が結合部から漏れ出し、早瀬の腿を伝い落ちていく。

 深い部分を激しく突き上げられるのもいいが、浅い部分をじっくりと責められる快感は格別だった。体の深い部分からじわりとわきおこってくる快感は、射精する瞬間の快感とはまったく違うものがある。じくじくと体の奥が熱く、射精の瞬間がずっと続いているような錯覚さえ覚える。

 それを知ってか知らずか、早瀬の腰を背後からしっかりと捉えた柘植冬悟は、肉壁を擦り上げるように秘所の浅い部分ばかりを責めたてていた。

 抜け落ちる寸前まで引き出し、先端部をひっかけるように秘所の浅い場所で抜き差しを繰り返す。射精寸前まで追い詰めては、突き放すように動きを止める。男を抱くのは早瀬が初めてだと言いながら、いったいどこで覚えてきたのか柘植は確実に快感のポイントをついてきた。

 激しすぎず、それでいて優しすぎず、柘植は早瀬が一番快感を味わえるような抱き方をする。ただ早瀬に合わせているだけなのかと思えば、柘植もまたしっかりと早瀬の体を堪能している。

 最悪の出会いから半年。柘植に抱かれるのはまだ数えるほどでしかなかったが、早瀬の体は早くも柘植の抱き方に慣れようとしていた。

 「柘植……さん」

 喘ぎ混じりにそう呟くと、柘植は汗を浮かべる早瀬の背をするりと撫で上げた。

 「あっ……あぁ……」

 「早瀬……もう少し力抜ける?」

 言われるがまま息を吐くように力を抜くと、柘植のものをきつく締めつけていた秘所がふと緩む。その瞬間を待ち構えるかのように、柘植はぐっと腰を突き上げた。

 「あぁッ! はぁ……あぁッ」

 浅い部分から奥に向かって、柘植のものが一気に差し込まれる。先端部が直腸を押し広げながら肉壁をこすりあげていく感触に、早瀬は嬌声を上げながら枕を掴みあげた。

 「あぁ……柘植……さ……ん」

 硬く変化した早瀬のものは腹につくほどに立ち上がり、既に先端からとろりと先走りを溢れさせている。柘植が腰を使うたびに糸を引くように垂れ下がったそれが、シーツのあちこちに小さなシミを作っていった。


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