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 遠山にそのカプセルを飲ませよう、と言い出したのは橘だった。
 橘の席は遠山の隣で、飲ませる隙を見つけやすいだろう、という理由からだ。
「しかし、コレ、本当に効くのか?」
「それをこれから試すんだろうが」
 科学部が作ったというそのカプセルは、飲んだ人間の脳内物質を操り、擬似的に恋愛をしている状態を作り出すという……ようするに『惚れ薬』なのだという。
 そして、その話を聞きつけた男子生徒が数人。正直、クラスの中でも『非モテ系』に属する連中である。
 年頃の男性の考えることといえば、可愛い異性とおつきあいしたい、出来るならそれ以上の行為を、という煩悩にまみれたことだ。
 橘も同様だ。橘は外見は悪くないのだが、授業中、教師にあてられた際の答えがあまりにバカ過ぎるため、女子からは『いい友達だけど、彼氏にはしたくない男』の称号を入学以来、三年連続で貰っている。
 可愛い彼女を得るためには『惚れ薬』の力でも借りたい……そんな折り、本当に『惚れ薬』が手にはいったら?
 もちろん意中のあの子に飲ませる。しかし、問題がひとつ。
「科学部の連中、動物実験は成功したけれど、人間では実験してないって言うんだよ」
「それじゃあ、失敗したらどうなるんだ?」
「それも、これから試すしかないな」
 ここにきて、橘たち男子生徒は怖じ気づいた。あんまり滅多なものを、女子に飲ませるとまずいんじゃないか、副作用とか出たらどうしよう。橘たちは考えて、しかし『惚れ薬』は破棄しなかった。
 万が一を考えて、いきなり女子は止めておこう。代わりに、副作用が出ても大丈夫そうで頑丈そうな、適当な男で実験しよう。
 白羽の矢が立ったのは、遠山という男子生徒だった。
 遠山は橘の対極にいる男だ。
 やたらと頭がいい。テストでは常に上位で、教師達の覚えもいい。
 休み時間、橘が騒ぐのに対して、遠山は静かに本を読んでいる。
 顔も、切れ長の目をしていて美男子なので、女子からは積極的にアプローチされている。が、橘からは信じられないことに、遠山はそれを「今の僕には、好きな人がいるから」と断っているという。
「あの、冷静な顔が、恋にぽーっとしている……見てみたくね?」
 橘の隣の席で、経過が観察しやすい点と、飲ませる隙を探しやすいこと、そしてもてない男のやっかみから、遠山は一方的に実験に巻き込まれることになった。

『惚れ薬』を手に入れた翌日から、橘は遠山を観察していた。
 どうやって、カプセルを飲ませるか。
 橘はあまりよくない頭で考えた。授業中も考えていたら、教師に当てられた。当然、答えどころか質問内容すらわからない。
「27ページの3行目から、読んでいけ」
 橘に、小声で助け船を出したのは遠山だった。
 しどろもどろになりながら、橘は『舞姫』本文を読んでいく。その場はなんとかしのげた。
 次の休み時間、橘は遠山に礼を言った。
「別に」
 遠山は冷静そのもの、無表情にも見える顔で、素っ気なく答える。と、遠山が小さくくしゃみした。
 そして、橘はこの機会を逃さなかった。
「風邪か?」
「……昨日から、喉が痛くて」
「風邪にはビタミンって言うよな。オレ、持ってるよ。疲れた時用に」
 さりげなさを装いつつ、橘は遠山にカプセルを渡す。
「いいのか、貰っても」
「うん、ぜひ貰ってくれ」
 遠山は、橘の前でカプセルを口にした。
「遠山」
 橘は遠山に呼びかける。
「遠山は、オレのこと、どう思う?」
『惚れ薬』は飲ませたら、相手の顔を10秒見つめること。科学部の連中は、使用方法をそう説明した。
 遠山は顔を赤らめて、視線を外した。
 成功した!
 橘は心の中で、ガッツポーズをとる。
 脳天気な橘は、この『惚れ薬』を意中のあの子に飲ませるプランを立てるのに必死で、これから自分の身に何が起こるか想像もしていなかった。

 その日の放課後。橘が仲のよい男どもに『惚れ薬』の効能を報告しようと、そちらへ足を運ぼうとした、その時。隣の席の遠山に声を掛けられた。
「橘。放課後、ヒマか?」
「え?」
「話がある」
 遠山の目は真剣で、潤んでいた。恋をしているように。
 ここにきて、橘は自分がなにをしでかしてしまったのか、理解した。
 男である遠山に、男である自分を、片思いさせてしまった、という事実を。
 やばい、と思った次の瞬間、橘の腕は遠山にがっちりと捕まえられていた。
「と、遠山、ちょっと……」
「大丈夫だ。怖くないから」
「こ、怖くないって……」
 ずるずると、遠山は橘を引き摺っていく。
 橘は『惚れ薬』に関する結果報告を聞こうと教室に残っていた友人達に、助けを求めようとしたが――その友人達は遠山の、普段とは違う行動と迫力に恐れをなして声をかけない。橘がどこかに連れて行かれるのをただ見ている。
「お、お前ら、オレを見捨てるなー!」
 引き摺られた橘が連れてこられたのは、科学室だった。
「……え?」
「知らなかったのか」
 遠山がにやりと笑う。
「昨年の科学部部長は、僕だ」
 青ざめる橘をさらに引っ張って、遠山が科学室に入る。
「あれ、部長、どうしたんですか?」
「今の部長は君だろう? それよりも例の『惚れ薬』、あんまり部外者に漏らすんじゃない」
「すいません。資金不足で」
 現・科学部部長と、仲良く会話する遠山。橘は、これから何が起こるのか、全く予想ができず、震えるばかりだ。
「済まないが、この科学室を貸してくれないか?」
「何か緊急の用事でも?」
「長年の思いが叶いそうなんだ。『惚れ薬』のおかげで」
「そうなんですか? おめでとうございます。それじゃあ、レポート期待していますよ」
 科学部部長をはじめとする、科学部部員が一斉に帰り支度を始める。
 このままでは遠山とふたりっきりになる。
 橘はますます青ざめた。

 科学室が貸し切り状態になると、遠山は嬉しそうに語り始めた。
「僕が『惚れ薬』をつくろうと思ったのは、正攻法では攻略できない相手を好きになったからなんだ。その人物は女友達が多くて、賑やかで、とても僕のことを気にかけてくれるとは思えなかった。だから『惚れ薬』を開発したんだ。でも、まだ、不完全だし、ちょっとアンフェアかなと思って、後輩にアイデアを渡して僕は手を引いたんだ」
 うっとりと橘を見ながら、遠山は続ける。
「まさか、君が『惚れ薬』を使おうとするほど、僕を思ってくれているなんて。あのカプセルを見たときは、自分の目が信じられなかったよ」
「ちょ、ちょっと待て……」
「もう待たないよ。両思いになれたんだ」
 橘は遠山に押し倒された。
 唇をふさがれ、侵入した舌に、口内を愛される。
 その後は身体をまさぐられ、性器を愛撫され、快楽を刻み込まれる。
 学校内、科学室の中だということも忘れて、その行為に夢中になった。
 悦楽の行為の最中、遠山は、自分がどれだけ橘を好きだったか、告白し続けた。
「もう、この思いを抑圧しなくてもいいんだ。君を好きだと言ってもいいんだ」
 遠山の告白を聞きながら、橘は思う。
 授業中、当てられて困っていると、助け船を出してくれるのは遠山だった。(もっとも、折角の助け船も、橘はバカすぎて見当違いの答えを言ってしまうのだが)
 定期テスト前にノートを貸してくれたのも遠山だった。
 それは、去年、同じクラスになってからずっと続いている。
 自分は、遠山のように、ひとりの人間を好きになったことがあっただろうか。
 こんなに、一途に思ったことが、あるだろうか。
 
 行為の終わり、橘は遠山に言った。
「ごめん」
「謝るのは、こっちのほうだよ。身体に負担をかけてしまった。橘、腰は大丈夫かい?」
 遠山はひたすら橘の身体を気遣い、橘は謝り続けた。
 それ以降、橘と遠山はつきあっている。
 橘は『惚れ薬』を口にしたわけではない。が、行為の最中聞こえてきた、遠山の告白は、どんな薬が束になってもかなわない強力な『惚れ薬』だと思うのだ。
 
  

奥付


 表紙の画像は pixabay パブリック画像 からいただきました。

BLな小話 惚れ薬


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著者 : 招木かざ
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/gotoji/profile


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