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はじめに
はじめに
はじめに
題字(聖書論歴史編)
聖書論〔心理編〕
Ⅰ. 純真無知氏
Ⅰ. 純真無知氏
Ⅰ. 純真無知氏
page 3
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 誤解の可能性
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 「愛」って何?
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 「愛」って何?
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 「愛」って何?
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 愛を定義する
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 目に見えるものとの比較
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 目に見えるものとの比較
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 愛の実験
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 愛を命令されて
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 愛を命令されて; 相手を変える①
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 愛を命令されて; 誤解が生まれる場合
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 錯覚の芽生え
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 錯覚の成長
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 錯覚の成長
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 錯覚の成長; 愛と善悪
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 錯覚の成長; 愛と善悪; 聖書の中の処罰例
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 錯覚の成長; 愛と善悪
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 怯える/逃げる/踏む
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 怯える
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 怯える
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 逃げる
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 逃げる; 嘘をつく
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 逃げる; 嘘をつく
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 逃げる; 嘘をつく
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 逃げる; 言葉の意味を変える
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 逃げる; 言葉の意味を変える
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 逃げる; 心を麻痺させる
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 逃げる; 心を麻痺させる
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 逃げる; 相手を変える②
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 逃げる; 相手を変える②
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 踏む
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 憎しみの放置
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 憎しみの放置
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 憎しみの放置
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 憎しみの放置; 悪い感情
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 憎しみの放置; 悪い感情
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 嫌いな人と関わる
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 嫌いな人と関わる
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 嫌いな人と関わる
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 相手を変える③ - 永続的に
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 相手を変える③ - 永続的に
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 相手を変える③ - 永続的に
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 相手を変える④ - 正しく
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 相手を変える④ - 正しく
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 相手を変える④ - 正しく
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 相手を変える④ - 正しく
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 愛されたければ
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 愛されたければ
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 愛されたければ
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 愛されたければ
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 愛されたければ
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 虚像を作る②
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 虚像を作る②
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 虚像を作る②; <補足説明> 愛が目に見えないことについて
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 力への信仰と競争主義
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 守銭奴などの発生
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 守銭奴などの発生
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 守銭奴などの発生
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 守銭奴などの発生
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 修羅の世界
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 修羅の世界; 男女関係
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 修羅の世界; 家庭
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 修羅の世界; 社会
Ⅴ. 当事者の混同
Ⅴ. 当事者の混同
Ⅴ. 当事者の混同; 借金を誰に返すか
Ⅴ. 当事者の混同; 借金を誰に返すか
Ⅴ. 当事者の混同; 借金を誰に返すか
Ⅴ. 当事者の混同; 借金を誰に返すか
Ⅴ. 当事者の混同; 借金を誰に返すか
Ⅴ. 当事者の混同; 借金を誰に返すか
Ⅴ. 当事者の混同; 借金を誰に返すか
Ⅴ. 当事者の混同; 借金を誰に返すか; <事例> 空爆したパイロット
Ⅴ. 当事者の混同; 混同の固定化
Ⅴ. 当事者の混同; 混同の固定化
Ⅴ. 当事者の混同; 人形と虚像
Ⅴ. 当事者の混同; 人形と虚像
Ⅴ. 当事者の混同; 人形と虚像
Ⅴ. 当事者の混同
Ⅵ. 深まる闇
Ⅵ. 深まる闇
Ⅵ. 深まる闇; 複雑化する心理
Ⅵ. 深まる闇; 心を感じる
Ⅵ. 深まる闇; 心を感じる
Ⅵ. 深まる闇; 心を感じる
Ⅵ. 深まる闇; 心を感じる
Ⅵ. 深まる闇; 心を感じる
Ⅵ. 深まる闇; 心の病
Ⅵ. 深まる闇; 心の病
Ⅵ. 深まる闇; 心の病; 心の分裂
Ⅵ. 深まる闇; 心の病; 心の分裂
Ⅵ. 深まる闇; 心の病; 悪への居直り
Ⅵ. 深まる闇; 心の病
Ⅵ. 深まる闇; 心の病
Ⅵ. 深まる闇; アドバイス
Ⅵ. 深まる闇; アドバイス; 霊能力者から
Ⅵ. 深まる闇; アドバイス; 異教徒から
Ⅶ. 愛と信頼
Ⅶ. 愛と信頼
Ⅶ. 愛と信頼; 扉を閉じる; <ストーリー1> 手術
Ⅶ. 愛と信頼; 扉を閉じる; <ストーリー2> 招からざる客
Ⅶ. 愛と信頼; 扉を開ける
Ⅶ. 愛と信頼; 扉を開ける; <ストーリー3> 鹿の餌付け
Ⅶ. 愛と信頼; 開かずの扉
Ⅶ. 愛と信頼; 開かずの扉
Ⅷ. 凶暴化
Ⅷ. 凶暴化
Ⅷ. 凶暴化; 愛の錯覚から
Ⅷ. 凶暴化; 愛の錯覚から
Ⅷ. 凶暴化; 愛の錯覚から
Ⅷ. 凶暴化; 愛の錯覚から
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の巨大化
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の巨大化
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の巨大化
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の巨大化
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の巨大化
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の巨大化
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の現実回帰
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の現実回帰
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の現実回帰
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の現実回帰
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の現実回帰
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の現実回帰
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の現実回帰
Ⅷ. 凶暴化; 世代を超えて
Ⅷ. 凶暴化; 世代を超えて
Ⅷ. 凶暴化; 世代を超えて
Ⅷ. 凶暴化; グローバル化
Ⅷ. 凶暴化; 信頼の回復
Ⅷ. 凶暴化; 信頼の回復
Ⅷ. 凶暴化; 快楽殺人と戦争
Ⅷ. 凶暴化; 快楽殺人と戦争
Ⅷ. 凶暴化; 快楽殺人と戦争
Ⅸ. 祈りと罪
Ⅸ. 祈りと罪
Ⅸ. 祈りと罪; 暗示と言葉
Ⅸ. 祈りと罪; 祈りと罪
Ⅸ. 祈りと罪; 祈りと罪
Ⅸ. 祈りと罪; 祈りと罪
Ⅸ. 祈りと罪; 祈りと罪
Ⅸ. 祈りと罪; 祈りと罪
Ⅹ. 世界を変えよう
Ⅹ. 世界を変えよう
Ⅹ. 世界を変えよう
Ⅹ. 世界を変えよう
Ⅹ. 世界を変えよう
Ⅹ. 世界を変えよう

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Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 愛の実験

愛の実験

 そもそも愛(つまり、ずっと大好きという感情)が命令だけでは生まれないことに、納得できない読者の方はいらっしゃるだろうか? 
 愛が単純な命令で生まれないことは、簡単に説明できる。これは、「城よ、生まれろ!」といくら命令したところで、空中に突然、城が出現しないことと変わらない。
 ここで、納得されない一部読者のために、簡単な実験をしてみよう。

 何か、あなたが大嫌いなものを思い浮かべていただきたい。テレビタレントでも政治家でも意地悪な会社の上司でも、あるいはゴキブリでも何でも結構だ。
 そのイヤな奴は、いつもテレビで下品な冗談をいい、生意気な口調でえばりちらし、あなたの収入の100倍以上を稼いで、美人タレントに囲まれているかも知れない。
 あるいは、その汚い虫はいつも暗い台所の床をガサガサと這いずり回っているかもしれない。

 その大嫌いな何かを、命令で好きになれるかどうか、以下の実験でご確認いただきたいのだ。命令者は、あなたご自身でもあなたの会社の上司でもあるいは神様でも、どなたでも結構だ。
 よろしいだろうか? 
 では、以下をあなたへ下された命令だと思っていただきたい。

 「○○を愛せ!」 あるいは 「ゴキブリを愛せ」

 さあ、あなたは、あなたが嫌いなテレビタレントを、今この瞬間、大好きになっただろうか? あるいは大嫌いなゴキブリに頬ずりしたいと思われるだろうか?

 ・・・むろん、嫌いなものは嫌いなはずだ。
 たとえ命令者が自分自身であっても、あるいは神様からの直々の命令であったとしても、出来ないものは出来ない。

 いかがだろうか? 心の底からゴキブリを愛することは、もしかしたら、大きな城を作ることよりも難しい。どうすればゴキブリに頬ずりしたいなどと思えるだろう? どうすれば敵を好きだなんて、思えるだろう?
 そこには、どれほどの工夫が必要だろう? どうすれば、隣人や敵をずっと大好きになることができるのだろう?

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最終更新日 : 2013-02-22 13:46:58

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Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 愛を命令されて

愛を命令されて

 愛が単純な命令から生まれないことを実感していただいたところで、聖書に戻ろう。

●あなたは隣人を自分自身のように愛さねばならない。(マタイ22:39 )

 さあ、上記の教えを読んだ純真無知氏は、どう理解するだろう? 
 以下、●誤解しない場合 ●将来の誤解につながりうる場合(相手を変える①) ●誤解する場合 の3つに分けてご説明する。


誤解しない場合

 誤解や錯覚というものは、100%生まれるというものではない。
 そこでまずは純真無知氏が、愛に関して、誤解や錯覚をしない場合について簡単に触れておこう。

 前述したように愛は単純な命令だけでは作れない。
 お城を作れと命じられた人が、築城に必要な諸々のことを調査し・計画し・実行するように、「愛さねばならない」と命じられた純真無知氏は、愛するために必要な諸々のことを学び・計画し・工夫し・実行するだろう。

 それは、純真無知氏にとって難しい挑戦となるかもしれない。努力の過程で幾度と無く傷ついたり、悔し涙を流したりするかもしれない。しかし、そういった人生経験を積み重ねれば、純真無知氏は少なくとも「無知」ではなくなる。人間性を磨き成長することも出来るだろう。大いにがんばっていただければと思う。

 本書のテーマは誤解・錯覚にあるので、誤解・錯覚をしないケースについての説明はこれで終わる。





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最終更新日 : 2013-02-22 13:46:58

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Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 愛を命令されて; 相手を変える①

相手を変える①

 「現状では誤解・錯覚をしていないが、将来、誤解・錯覚につながるかも知れない」というケースがある。それについて以下、ご説明する。

 純真無知氏は彼の隣人(以下、隣人氏としよう)を嫌っているとする。
 しかし、隣人氏を愛せと命じられてしまった。そこで純真無知氏は、どうすれば愛せるのか、次のように考えてみたとする。

 『隣人氏がもし僕の好みのタイプに変身してくれたなら、きっと好きだと感じられるはずだ。そうすれば神様の命令を実行できるだろう。』

 さて純真無知氏が隣人氏を嫌っていた理由が、隣人氏のボランティアに対する態度にあったとしよう。隣人氏は自身の食事や飲み物には贅沢をするが、ボランティア活動に対しては、極端に無関心だったのだ。
 そんな隣人氏が変わってくれれば好きになれるかもと純真無知氏は考えたのだ。

 「隣人氏さん、たまにはボランティアに協力してはいかがですか? 自分の食事にお金を使うだけではなく・・・」
 「純真無知氏さん、これは気づかずに失礼いたしました。そうですね。ボランティアも大切ですね。これからはもっと協力しましょう」

 そして隣人氏はボランティア活動に協力してくれるようになったとする。その結果、純真無知氏はごく自然に隣人氏を「好きだ」と感じることに成功する。さほど苦労もしないで、神の命令を実行できたのだ。

 さてここで純真無知氏が、相手を変えればそれだけで、愛せなかったものが愛せるようになる、と学んだことにご注目願いたい。
 これが「現状では誤解・錯覚をしていないが、将来、誤解や錯覚につながるかも知れない」というケースになる。


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最終更新日 : 2013-02-22 13:46:58

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Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 愛を命令されて; 誤解が生まれる場合

誤解が生まれる場合

 次は純真無知氏が愛に関して、誤解や錯覚をする場合だ。これは本書のメインテーマなので章を分け段階を追って詳述する。

 なお、言うまでも無いことだが、誤解・錯覚をしたからといって、この世の終わりではない。もし自分が誤解・錯覚をしていたと気づけば、その時点で改めればすむことだ。
 その場合は、前述の〔誤解をしない場合〕へ移行するとお考えいただければと思う。










この図はルビンの壷 向かい合った二人の横顔(黒い部分)にも、壷(白い部分)にも見える。
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最終更新日 : 2013-02-22 13:46:58

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Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚

Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚
 
 この章からは、純真無知氏が愛に関して誤解・錯覚するということを前提にして、彼の心理を考察していくこととする。
 本章ではその第一段階として、比較的簡単な心理からご説明したい。ここで説明したことをベースとして、次章以降段階を踏んで、より複雑な心理へと発展させて行く。

 さて、純真無知氏が誤読してしまう聖書の記述は、次のものだ。

●あなたは隣人を自分自身のように愛さねばならない。(マタイ22:39 )

 錯覚の前提条件として、以下の3つを想定する。

●純真無知氏は上記を読んで、「神に愛することを命令された」と思い込んだ。
純真無知氏は、感情の法則を知らず、誤解・錯覚を避ける十分な知恵もない。
純真無知氏は聖書の内容を全て神のメッセージだと信じ、またイエスを絶対的に敬愛し受け入れている。 

 この条件下で、どのように誤解・錯覚が純真無知氏の心の中に生まれるだろう? 

 もちろん、愛に限らず人の心は目には見えない。心の中に生まれる誤解も目には見えない。目に見えない何かへ迫るためには、想像力が必要だ。
 いうまでもなく筆者には想像に過ぎないものを唯一絶対の真理などと主張する気は毛頭無い。筆者の想像がどれほど人の心に迫れたか、その判断は読者にお任せしたい。

 それでは以下、想像してみよう。




①なぜ純真無知氏がイエスを絶対的に敬愛しているのかについては、拙著「二千年の幻想―聖書論歴史編」をご参照ください。
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最終更新日 : 2013-02-22 13:46:58


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