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はじめに
はじめに
はじめに
題字(聖書論歴史編)
聖書論〔心理編〕
Ⅰ. 純真無知氏
Ⅰ. 純真無知氏
Ⅰ. 純真無知氏
page 3
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 誤解の可能性
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 「愛」って何?
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 「愛」って何?
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 「愛」って何?
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 愛を定義する
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 目に見えるものとの比較
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 目に見えるものとの比較
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 愛の実験
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 愛を命令されて
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 愛を命令されて; 相手を変える①
Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 愛を命令されて; 誤解が生まれる場合
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 錯覚の芽生え
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 錯覚の成長
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 錯覚の成長
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 錯覚の成長; 愛と善悪
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 錯覚の成長; 愛と善悪; 聖書の中の処罰例
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 錯覚の成長; 愛と善悪
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 怯える/逃げる/踏む
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 怯える
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 怯える
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 逃げる
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 逃げる; 嘘をつく
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 逃げる; 嘘をつく
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 逃げる; 嘘をつく
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 逃げる; 言葉の意味を変える
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 逃げる; 言葉の意味を変える
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 逃げる; 心を麻痺させる
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 逃げる; 心を麻痺させる
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 逃げる; 相手を変える②
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 逃げる; 相手を変える②
Ⅲ. 愛の命令が生む錯覚; 踏む
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 憎しみの放置
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 憎しみの放置
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 憎しみの放置
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 憎しみの放置; 悪い感情
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 憎しみの放置; 悪い感情
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 嫌いな人と関わる
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 嫌いな人と関わる
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 嫌いな人と関わる
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 相手を変える③ - 永続的に
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 相手を変える③ - 永続的に
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 相手を変える③ - 永続的に
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 相手を変える④ - 正しく
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 相手を変える④ - 正しく
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 相手を変える④ - 正しく
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 相手を変える④ - 正しく
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 愛されたければ
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 愛されたければ
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 愛されたければ
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 愛されたければ
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 愛されたければ
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 虚像を作る②
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 虚像を作る②
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 虚像を作る②; <補足説明> 愛が目に見えないことについて
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 力への信仰と競争主義
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 守銭奴などの発生
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 守銭奴などの発生
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 守銭奴などの発生
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 守銭奴などの発生
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 修羅の世界
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 修羅の世界; 男女関係
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 修羅の世界; 家庭
Ⅳ. 純真無知氏たちの世界; 修羅の世界; 社会
Ⅴ. 当事者の混同
Ⅴ. 当事者の混同
Ⅴ. 当事者の混同; 借金を誰に返すか
Ⅴ. 当事者の混同; 借金を誰に返すか
Ⅴ. 当事者の混同; 借金を誰に返すか
Ⅴ. 当事者の混同; 借金を誰に返すか
Ⅴ. 当事者の混同; 借金を誰に返すか
Ⅴ. 当事者の混同; 借金を誰に返すか
Ⅴ. 当事者の混同; 借金を誰に返すか
Ⅴ. 当事者の混同; 借金を誰に返すか; <事例> 空爆したパイロット
Ⅴ. 当事者の混同; 混同の固定化
Ⅴ. 当事者の混同; 混同の固定化
Ⅴ. 当事者の混同; 人形と虚像
Ⅴ. 当事者の混同; 人形と虚像
Ⅴ. 当事者の混同; 人形と虚像
Ⅴ. 当事者の混同
Ⅵ. 深まる闇
Ⅵ. 深まる闇
Ⅵ. 深まる闇; 複雑化する心理
Ⅵ. 深まる闇; 心を感じる
Ⅵ. 深まる闇; 心を感じる
Ⅵ. 深まる闇; 心を感じる
Ⅵ. 深まる闇; 心を感じる
Ⅵ. 深まる闇; 心を感じる
Ⅵ. 深まる闇; 心の病
Ⅵ. 深まる闇; 心の病
Ⅵ. 深まる闇; 心の病; 心の分裂
Ⅵ. 深まる闇; 心の病; 心の分裂
Ⅵ. 深まる闇; 心の病; 悪への居直り
Ⅵ. 深まる闇; 心の病
Ⅵ. 深まる闇; 心の病
Ⅵ. 深まる闇; アドバイス
Ⅵ. 深まる闇; アドバイス; 霊能力者から
Ⅵ. 深まる闇; アドバイス; 異教徒から
Ⅶ. 愛と信頼
Ⅶ. 愛と信頼
Ⅶ. 愛と信頼; 扉を閉じる; <ストーリー1> 手術
Ⅶ. 愛と信頼; 扉を閉じる; <ストーリー2> 招からざる客
Ⅶ. 愛と信頼; 扉を開ける
Ⅶ. 愛と信頼; 扉を開ける; <ストーリー3> 鹿の餌付け
Ⅶ. 愛と信頼; 開かずの扉
Ⅶ. 愛と信頼; 開かずの扉
Ⅷ. 凶暴化
Ⅷ. 凶暴化
Ⅷ. 凶暴化; 愛の錯覚から
Ⅷ. 凶暴化; 愛の錯覚から
Ⅷ. 凶暴化; 愛の錯覚から
Ⅷ. 凶暴化; 愛の錯覚から
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の巨大化
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の巨大化
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の巨大化
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の巨大化
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の巨大化
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の巨大化
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の現実回帰
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の現実回帰
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の現実回帰
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の現実回帰
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の現実回帰
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の現実回帰
Ⅷ. 凶暴化; 当事者の錯覚から; 空想の現実回帰
Ⅷ. 凶暴化; 世代を超えて
Ⅷ. 凶暴化; 世代を超えて
Ⅷ. 凶暴化; 世代を超えて
Ⅷ. 凶暴化; グローバル化
Ⅷ. 凶暴化; 信頼の回復
Ⅷ. 凶暴化; 信頼の回復
Ⅷ. 凶暴化; 快楽殺人と戦争
Ⅷ. 凶暴化; 快楽殺人と戦争
Ⅷ. 凶暴化; 快楽殺人と戦争
Ⅸ. 祈りと罪
Ⅸ. 祈りと罪
Ⅸ. 祈りと罪; 暗示と言葉
Ⅸ. 祈りと罪; 祈りと罪
Ⅸ. 祈りと罪; 祈りと罪
Ⅸ. 祈りと罪; 祈りと罪
Ⅸ. 祈りと罪; 祈りと罪
Ⅸ. 祈りと罪; 祈りと罪
Ⅹ. 世界を変えよう
Ⅹ. 世界を変えよう
Ⅹ. 世界を変えよう
Ⅹ. 世界を変えよう
Ⅹ. 世界を変えよう
Ⅹ. 世界を変えよう

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Ⅱ. 汝の隣人を愛せ

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Ⅱ. 汝の隣人を愛せ

Ⅱ. 汝の隣人を愛せ

 まずは、人間の最も基本となる感情―愛―に関する神のメッセージを純真無知氏に読んでもらおう。
 聖書の中には、愛に関するとても有名な教えが存在している。
 たとえクリスチャンではなくても、この一文を知り共感する人の数は、世界中で何十億人にも達するに違いない。(新約聖書からの引用には。以下同じ)

●あなたは隣人を自分自身のように愛さねばならない。(マタイ22:39 )

 これを読んだ純真無知氏も「愛せとは、なんて素晴らしい!」と、きっと大いに共感することだろう。
 また、イエスキリストの「敵を愛せ」という教えも大変に有名だ。

●しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。(マタイ5:44 )
●しかし、あなたがたは敵を愛しなさい。(ルカ6:35 )

 上記を読んで、純真無知氏は、きっと次のように叫ぶだろう。「キリスト教はまさに愛の教えに他ならない! キリスト教が広まれば世界中が愛に包まれて、戦争もイジメもテロも全ての問題が解決するだろう!」

 ・・・こうして世界中にキリスト教は広まっていった。そして今ではキリスト教は地球上で最大の宗教となっている。聖書もまた2,500以上の言語に翻訳され、年間3億冊以上頒布される、文字通り世界一のベストセラーとなっているのだ。 

 筆者が改めて言うまでもなく人間関係において、愛はとても大切だ。それに対して異論を唱える人は多くはいないことだろう。
 しかしながら残念なことに、この教えを純真無知氏が誤解する可能性は小さくない。純真無知氏の知能は高くなく、おまけに無知だからだ。



日本聖書教会のWEBより。
最終更新日 : 2013-02-22 13:46:58

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Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 誤解の可能性

誤解の可能性

 さて、あなたには、この短い文章―聖書の引用文―に潜む、誤解の可能性がお見えになるだろうか? 純真無知氏が、愛に関して恐ろしい誤解をしてしまうという危険だ。
 まだお気づきでない読者のために、聖書の引用文を短縮し、書き直してみよう。

隣人を愛さねばならない。

 ―さあ、今度はどうだろう? 純真無知氏が誤解する可能性にお気づきいただけただろうか?
 それでは、まだお気づきでない読者のために、さらに短くしてみよう。

愛さねばならない。

 いかがだろうか? 
 この短い文章に何かしらの違和感をお持ちになられただろうか? それともあなたが感じられるのは、「なんという立派な教えだ!」という共感だけだろうか?

 ―もし読者が何ら違和感をお持ちにならなくても、それはそれで当然のことかも知れない。というのも、「愛」という言葉は人によって様々に意味が異なり、筆者と読者の間に、共通の理解が存在していない可能性があるからだ。


 

最終更新日 : 2013-02-22 13:46:58

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Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 「愛」って何?

「愛」って何?

 ―ではここで改めて考えてみよう。
 愛という言葉。あなたにとって、それは何を意味するだろう? たとえば、次のような言い方がある。

  ●真実の愛 ●偽りの愛 ●本物の愛 ●本当の愛 
  ●かりそめの愛 ●形だけの愛 ●深い愛 ●愛の本質

 あなたは、「愛」と「真実の愛」の違いがお分かりになるだろうか? 「愛の本質」とは何を意味するのだろう?

 ここで参考までに、世界の賢者たちが愛をどのように説明しているのか見てみよう。
 以下、ネットから適当に拾ってみた。  丁寧にお読みいただく必要はない。ざっと眺めて頂ければ十分だ。

愛は最高の奉仕だ。   太宰 治 
真実の愛は幽霊のようなものだ。 誰もがそれについて話をするが、それを見た人はほとんどいない。  ラ・ロシュフコー
愛することとはほとんど信じることである。 ユゴー
愛とは相手に変わることを要求せず、 相手をありのままに受け入れることだ。 ディエゴ・ファブリ
愛というのは、どんどん自分を磨いていくことなんだよ。  尾崎豊
愛というのは、どれだけ多くのものを与えたかではなく、そこにどれだけの思いやりが注がれたか、ということなのです。  マザー・テレサ
愛は幸福の財布である。与えれば与えるほど中身が増す。  ミュラー
愛とは、この女が他の女と違うという幻想である。  H・L・メンケン
愛。種の存続のために人にしかけられた、唯一の罠。  W・サマーセット・モーム
●愛とは、何でもかんでも相手を手に入れてむさぼりたいという、尽きせぬ欲望である。  モンテーニュ



愛の名言  『愛・愛情』名言から学ぶ幸せのヒント  名言集.com
最終更新日 : 2013-02-22 13:46:58

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Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 「愛」って何?


●愛することは、この世に自分の分身を持つことである。  吉行淳之介
●愛は、・・・愛する人の成長と幸福を積極的に求めることである  フロム
●愛は信頼の行為である・・・  ロマン・ロラン
●愛は理解の別名なり  タゴール
●真の愛は、相手を自由にこそすれ、不自由にするものではない  渡辺和子
●惚れるのは状態であり、愛するのは行為である。  ルージュモン

 ―では、まとめてみよう。

 『愛とは、奉仕で、幽霊のようで、信じることで、相手をありのままに受け入れることで、自分を磨くことで、どれだけの思いやりが注がれたかで、幸福の財布で、幻想で、罠で、欲望で、自分の分身で、成長と幸福を求めることで、信頼で、理解で、相手を自由にすることで、行為である。』

 さあ、あなたには愛とは何か、お分かりになっただろうか?

 幽霊で欲望で奉仕で信頼で理解であること・・・  ちなみに筆者には、何のことだかさっぱり分からない。そしてもちろん、純真無知氏にも、何が何だか分からないだろう。

 どうか、この「何が何だか分からない」ということにご注目頂きたい。・・・そう、筆者が愛の名言を紹介した目的は、これを言いたいがためだったのだ。「何が何だか分からない」ことこそ、誤解・錯覚の母ではないだろうか。

 なお、これほどまでに愛の定義が人によって異なり、あいまいになってしまったことには大きく言って2つ原因があると筆者は考えている。



最終更新日 : 2013-02-22 13:46:58

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Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 「愛」って何?


 一つは、愛が目に見えないこと。
 人は目に見えるものですら、錯覚(錯視)する。ましてや目に見えないものならば、誤解・錯覚はつきものだろう。
 2つの目の原因については、後ほどご説明したい。














①ミュラー・リヤー錯視; 同じ長さの線分の両端に矢羽を付けた場合、内向きに付けると線分は短く見え(上図),外向きに付けると線分は長く見える(下図)。錯視量が非常に多い大きさの錯視である。
②エビングハウス錯視; 同じ大きさの円でも、大きい円に囲まれると小さく見え(左)、小さい円に囲まれると大きく見える。 エビングハウスの大きさの錯視、あるいはティチェナー錯視ともいう。
①②説明文と図は、北岡明佳氏のサイトより引用した。
最終更新日 : 2013-02-22 13:46:58

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Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 愛を定義する

愛を定義する

 愛の定義があいまいなままで、愛に関する心理分析を進めて行くことは出来ない。
 そこで純真無知氏が愛をどう理解しているか想像し、定義づけをしてみよう。なぜ純真無知氏かと言えば、本書がこれから分析する対象は、聖書の読み手として想定した純真無知氏の心理に他ならないからだ。
 筆者は、以下のように想像した。

 『純真無知氏は愛を「好き」のより強い感情だと理解している。つまりそれは、単に「好き」というよりも程度が強く、より長続きする「好き」なのだ。彼にはそれ以上、難しいことは分からない。』

 この想像に沿って、本書では「愛を、より強く・より長い好きという感情だ」と定義することとする。より簡単に言えば、「ずっと大好き」だ。

 ちなみに、「好き」と「愛」は似た意味を持つ言葉であるが、「好き」という言葉には「愛」ほど複雑で多様な意味はない。
 「好き」は「愛」より、ずっと明快ではないだろうか?




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Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 目に見えるものとの比較

目に見えるものとの比較

 純真無知氏にとっての「愛」を定義したところで、再び先ほどの聖書の教えに戻ろう。

●あなたは隣人を自分自身のように愛さねばならない。(マタイ22:39 )

 では純真無知氏の愛の定義に沿って、上記の文章を書き直してみよう。

あなたは隣人を自分自身のようにずっと大好きにならなければいけない。

 いかがだろうか? これでかなり「あいまいさ」は消えたのではないだろうか。
 さあ今度はあなたはこの命令に、何らかの違和感なり疑問なりをお持ちになるだろうか? 

 ご説明した通り、「好き」という言葉は、「愛」よりもはるかに明快だ。しかしながら、「好き」という感情自体は、目には見えない。
 まだ違和感をお持ちにならない読者のために、ここでこの命令を何か目に見える命令と比較してみよう。
 たとえば、次のような命令と比べたら、どうだろう?

●あなたは、お城を作らなければいけない。

 上記のように、神様があなたに命令したとする。
 命令されたあなたは、どう思うだろう? ちょっとご想像いただきたい。

 「お城を作れ」
 「え? お城を作れですって? で、でも・・・、僕にはそんなにお金もないし、作り方もわからない。 ・・・どうやってお城を作ればイイのでしょう?」

 そう、あなたには「どうやって?」という疑問がわくはずなのだ(あなたが、お城作りの専門業者でない限り)。


最終更新日 : 2013-02-22 13:46:58

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Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 目に見えるものとの比較

 というのも、お城を作るためには様々なノウハウもお金も労力も土地も必要であり、そのどれか一つが欠けても、お城を作ることは出来ない。いくら神様の命令であっても、出来ないものは出来ない。それは「自明のこと」ではないだろうか。

 同様に、隣人や敵を大好きになれ、という命令を実行するためにも「どうやって?」という方法を知ることが不可欠だ。
 人の様々な感情は、感情の法則に従って自然に生まれるものだ。愛もまた、感情の法則に従って自然に生まれる。お城を作る方法が分からなければお城を作れないように、もともと愛が存在しないところに愛を作ろうとしても、その方法が分からなければ、出来ないものは出来ない。いくら神様の命令であっても、出来ないものは出来ない。

 しかし問題なのは、それが自明のことかどうかなのだ。お城と違って愛は目に見えない。お城が出来たかどうかは見れば分かるが愛はそうではない。
 もし自明でなければ、そこにはやはり、錯覚・誤解が発生する余地があるだろう。







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Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 愛の実験

愛の実験

 そもそも愛(つまり、ずっと大好きという感情)が命令だけでは生まれないことに、納得できない読者の方はいらっしゃるだろうか? 
 愛が単純な命令で生まれないことは、簡単に説明できる。これは、「城よ、生まれろ!」といくら命令したところで、空中に突然、城が出現しないことと変わらない。
 ここで、納得されない一部読者のために、簡単な実験をしてみよう。

 何か、あなたが大嫌いなものを思い浮かべていただきたい。テレビタレントでも政治家でも意地悪な会社の上司でも、あるいはゴキブリでも何でも結構だ。
 そのイヤな奴は、いつもテレビで下品な冗談をいい、生意気な口調でえばりちらし、あなたの収入の100倍以上を稼いで、美人タレントに囲まれているかも知れない。
 あるいは、その汚い虫はいつも暗い台所の床をガサガサと這いずり回っているかもしれない。

 その大嫌いな何かを、命令で好きになれるかどうか、以下の実験でご確認いただきたいのだ。命令者は、あなたご自身でもあなたの会社の上司でもあるいは神様でも、どなたでも結構だ。
 よろしいだろうか? 
 では、以下をあなたへ下された命令だと思っていただきたい。

 「○○を愛せ!」 あるいは 「ゴキブリを愛せ」

 さあ、あなたは、あなたが嫌いなテレビタレントを、今この瞬間、大好きになっただろうか? あるいは大嫌いなゴキブリに頬ずりしたいと思われるだろうか?

 ・・・むろん、嫌いなものは嫌いなはずだ。
 たとえ命令者が自分自身であっても、あるいは神様からの直々の命令であったとしても、出来ないものは出来ない。

 いかがだろうか? 心の底からゴキブリを愛することは、もしかしたら、大きな城を作ることよりも難しい。どうすればゴキブリに頬ずりしたいなどと思えるだろう? どうすれば敵を好きだなんて、思えるだろう?
 そこには、どれほどの工夫が必要だろう? どうすれば、隣人や敵をずっと大好きになることができるのだろう?

最終更新日 : 2013-02-22 13:46:58

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Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 愛を命令されて

愛を命令されて

 愛が単純な命令から生まれないことを実感していただいたところで、聖書に戻ろう。

●あなたは隣人を自分自身のように愛さねばならない。(マタイ22:39 )

 さあ、上記の教えを読んだ純真無知氏は、どう理解するだろう? 
 以下、●誤解しない場合 ●将来の誤解につながりうる場合(相手を変える①) ●誤解する場合 の3つに分けてご説明する。


誤解しない場合

 誤解や錯覚というものは、100%生まれるというものではない。
 そこでまずは純真無知氏が、愛に関して、誤解や錯覚をしない場合について簡単に触れておこう。

 前述したように愛は単純な命令だけでは作れない。
 お城を作れと命じられた人が、築城に必要な諸々のことを調査し・計画し・実行するように、「愛さねばならない」と命じられた純真無知氏は、愛するために必要な諸々のことを学び・計画し・工夫し・実行するだろう。

 それは、純真無知氏にとって難しい挑戦となるかもしれない。努力の過程で幾度と無く傷ついたり、悔し涙を流したりするかもしれない。しかし、そういった人生経験を積み重ねれば、純真無知氏は少なくとも「無知」ではなくなる。人間性を磨き成長することも出来るだろう。大いにがんばっていただければと思う。

 本書のテーマは誤解・錯覚にあるので、誤解・錯覚をしないケースについての説明はこれで終わる。





最終更新日 : 2013-02-22 13:46:58

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Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 愛を命令されて; 相手を変える①

相手を変える①

 「現状では誤解・錯覚をしていないが、将来、誤解・錯覚につながるかも知れない」というケースがある。それについて以下、ご説明する。

 純真無知氏は彼の隣人(以下、隣人氏としよう)を嫌っているとする。
 しかし、隣人氏を愛せと命じられてしまった。そこで純真無知氏は、どうすれば愛せるのか、次のように考えてみたとする。

 『隣人氏がもし僕の好みのタイプに変身してくれたなら、きっと好きだと感じられるはずだ。そうすれば神様の命令を実行できるだろう。』

 さて純真無知氏が隣人氏を嫌っていた理由が、隣人氏のボランティアに対する態度にあったとしよう。隣人氏は自身の食事や飲み物には贅沢をするが、ボランティア活動に対しては、極端に無関心だったのだ。
 そんな隣人氏が変わってくれれば好きになれるかもと純真無知氏は考えたのだ。

 「隣人氏さん、たまにはボランティアに協力してはいかがですか? 自分の食事にお金を使うだけではなく・・・」
 「純真無知氏さん、これは気づかずに失礼いたしました。そうですね。ボランティアも大切ですね。これからはもっと協力しましょう」

 そして隣人氏はボランティア活動に協力してくれるようになったとする。その結果、純真無知氏はごく自然に隣人氏を「好きだ」と感じることに成功する。さほど苦労もしないで、神の命令を実行できたのだ。

 さてここで純真無知氏が、相手を変えればそれだけで、愛せなかったものが愛せるようになる、と学んだことにご注目願いたい。
 これが「現状では誤解・錯覚をしていないが、将来、誤解や錯覚につながるかも知れない」というケースになる。


最終更新日 : 2013-02-22 13:46:58

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Ⅱ. 汝の隣人を愛せ; 愛を命令されて; 誤解が生まれる場合

誤解が生まれる場合

 次は純真無知氏が愛に関して、誤解や錯覚をする場合だ。これは本書のメインテーマなので章を分け段階を追って詳述する。

 なお、言うまでも無いことだが、誤解・錯覚をしたからといって、この世の終わりではない。もし自分が誤解・錯覚をしていたと気づけば、その時点で改めればすむことだ。
 その場合は、前述の〔誤解をしない場合〕へ移行するとお考えいただければと思う。










この図はルビンの壷 向かい合った二人の横顔(黒い部分)にも、壷(白い部分)にも見える。
最終更新日 : 2013-02-22 13:46:58