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白亜紀ラブソング

「あいつ、うっとうしいの。自由行動で一緒に遊ばないか、だって。冗談じゃないわ。だから、珍しい物でも見つけてきてって、追い払ったわ」
「モテる女はつらいねー」
「だってー、ユキトたちと賭けしてて。あいつがアタシに告ってきたら、アタシの勝ち。賞金もらうもん。でなきゃ、どうしてあんなネクラに」
 教室内、というか学校内で一番可愛いと評判の山内が、その取り巻きとキャンプ内の広場でべちゃべちゃ喋っている。
 山内が教室で一番目立たない男・中川学に声をかけた、というのは教室内で皆が知っている事実だった。
 そして勉強以外取り柄のない中川が山内になびくかどうか、というのも教室内で皆が注目しているところだった。
 なにしろ、教室内でほとんどの生徒が賭けに参加している。そこそこの金が動いている。注目もするだろう。
 おれ、朝井太市は賭けに参加しなかった。あほらしい。賭け事に手を出すなんて、金と労力の無駄だ。そんな金があったら、別のことに使う。そうでなくても、中川の心を弄ぶような今回の賭は、やりすぎだ。悪趣味だ。
 しかし、そんなことはどうでもいい。
 今日は修学旅行の最終日。自由行動のある日。
 生徒達は、みな、この日を心待ちにしてきた。
 なにしろ、うちの学校の修学旅行先は白亜紀のアメリカ大陸(に、なるであろう場所)。
 生の恐竜が見れるのだ。卒業生がタイムマシンの発明家だとかで、そのツテで、うちの学校はタイムマシンを格安で使わせてもらっている。
 こんな機会でもなければ、普通の庶民に時間旅行なんて無理だ。
 
 おれは自由行動を、小高い丘にもうけられたキャンプ内を散歩することに決めた。
 ティラノサウルスやら、トリケラトプスやらの有名どころの恐竜を見ようと思ったら、オプションツアーに申し込んで、現地ガイドと行動しなければならない。いくらキャンプ近辺に恐竜がいるからといって、しろうとに動き回っている恐竜を見つけ出すことなど無理だし、肉食恐竜は危険だ。
 しかし、オプションは高い。なので、キャンプ内の散歩なのだ。しかし、このキャンプ内にも、おもしろい生き物はいる。
 やたらでかい昆虫に、カラフルな羽毛をまとった小型恐竜。
 別に、大型恐竜をみなくても、そこそこ楽しめる。
 そうやって、キャンプをうろついていると、件の中川がいた。キャンプがある小高い丘、そのきわ、ちょっとした崖の上に立っているのを見つけた。
 ヒマだったおれは、中川に声をかける。
「おい、中川ー」
「静かに!」
 普段、大人しいというか、静かというか、喋らない中川からは想像も出来ない鋭い声で、静かにするように言われた。
 おれは好奇心から、中川に近づく。
 中川は黙って、崖の向こうを指さした。その方角はなだらかな下り坂になっていて、一番下には草木が生えている。その木々の間に見えるのは、しろうとには発見が難しいはずの恐竜だった。
 身体はでかい。多分、十メートルはゆうに超えている。皮膚の色は茶色。二本足で立っている。そして頭には……
「トサカ?」
 頭から、変な棒のような出っ張りがある。
「パラサウロロフスだよ。草食の恐竜だ」
 確かに、そのパラサウロロフスとやらは、木々の葉を食べている。その顔の表情は穏やかで、優しい顔をしていた。
「朝から、この恐竜を探していたんだ」
 中川が呟く。
「この恐竜を? ティラノサウルスじゃなくてか?」
 うちのクラスのほとんどが、オプションを申し込んでティラノサウルス発見ツアーに出かけている。折角の自由行動なのに、オプションに申し込んだら団体行動と変わらないではないか。この点も、おれがオプションツアーに参加しなかった理由だ。
 おれは改めて、パラサウロロフスを見る。恐竜には違いない。大きな身体は感嘆に値する。でも、さっきから草を食べていて、世間一般の恐竜のイメージとは違うのだ。ティラノサウルスのような迫力はない。どちらかというと、動物園でゾウやらキリンを見ているような、そんな感じだ。
「この恐竜は、素晴らしい能力を持っているんだ」
 中川は、なぜか携帯オーディオプレイヤーを取り出した。
「どこが素晴らしいんだ?」
「うん。ぼくは、それを待っているんだ。こうやって、録音準備して」
 中川の持つ携帯オーディオプレイヤーは、録音機能も備えているらしい。
 けれど、何の音を録音するんだ?
 おれがさらに問おうとしたとき、それは聞こえた。

 ぶおおおおぉぉぉー……
 ぶおおおおおおおー……

 どうも生き物の鳴き声らしい。しかし、妙な鳴き声だった。
 何かこう、腹の底に響いてくるような……。
 この鳴き声を聞いたパラサウロロフスは、食事を止めてとことこと移動を始める。見た目より身軽だ。
 やがてトサカを持った草食恐竜は、木々に隠れて見えなくなった。
 妙な鳴き声も止む。
「よし。録音成功だ」
 中川が嬉しそうに言った。
「あの変な声は何なんだ?」
「パラサウロロフスの、ラブソングだよ」
「……は?」
「あの恐竜、頭にトサカを持っていただろう」
 おれは、パラサウロロフスの姿を思い描く。頭から出っ張った、変な棒。
「あのトサカは、中が空洞になっているんだ。で、声を、あのトサカで反響させて、大きくすることができる」
「ラブソングってのは?」
「パラサウロロフスのトサカは、なんのためについているのか、色々な説があって……その中に、パラサウロロフスは求愛の歌を歌ったんじゃないか、って説があるんだ。恐竜は鳥の先祖だろう。現代の鳥は、求愛の時にきれいな声で鳴く鳥がいる」
「だから、恐竜もラブソングを歌うって?」
 中川は頷く。ひどく嬉しそうに。
「しかし、求愛の歌なんぞ録音して、どうするんだ?」
「ぼく、音痴でさ」
 携帯オーディオプレーヤーを撫でながら、中川は言う。
「ある人に、カラオケに誘われたんだ。その時、ラブソングでも歌ってみてってリクエストされて。でも、ぼくは上手く歌えなかった。その人も、ぼくがあまりに音痴だから、がっかりしていた」
 それは、山内のことか。
「ひとりカラオケで歌を練習したけれど、ぼくの音痴は手がつけられない。それくらい酷いんだ。でも、その人にがっかりされたままは嫌で。その人、折角白亜紀に来たんだから、珍しいものが見てみたいって。だから……」
「ラブソングを、聞かせようと思うのか?」
 中川は、そっと目を閉じた。おれは何か言いたいのだが、それを口にしていいものかどうか、迷う。
 やがて、時間旅行の際、旅行会社から「安全のために」と取り付けられた、腕時計型の携帯通信機から、自由時間が終わったことを告げる音が鳴った。

「もー、サイテー、あの男。アタシに変な生き物の鳴き声を聞かせるのよー」
「モテる女はつらいねー」
「本当、賭けでもなけりゃ、あいつに声なんて掛けないわよ。でも、これで、お小遣いが入ったー」
「いーなー。奢ってよー」
 白亜紀のキャンプ内につくられた、特大のテント。そこは食堂になっていて、最後の夜だからと、バイキング方式の食事会がひらかれていた。
「大昔に時間旅行って聞こえはいいけれど、ここってそんなに楽しくないよね。気温は暑いし。恐竜のかな? 変な臭いはするし」
「まだ、普通の海外旅行の方がいいよねー。ショッピングができるからさ」
 山内は目立つ。取り巻きをひきつれているから余計に。しかも声が大きいから、聞きたくもない声まで聞こえてくる。
 おれは、テントの中、中川を探し回った。見あたらない。
 同じクラスの男子を見かけたので、中川を知らないか、と聞いてみた。
「あー、暗い顔して、テントから出て行ったぞ。ふられたのが堪えたのかねえ。っていうか、あいつもバカだよなあ。山内なんて美人が、中川みたいな根暗に下心でもなきゃ、近づかないっての」
 おれはテントを出る。
 確かに、中川はバカかもしれない。山内の人間性を見抜けなかった。
 でも、あいつは真剣だった。パラサウロロフス。白亜紀のラブソング。
 中川はどこだろうかと考えて、昼間、ラブソングを聞いた場所に向かう。
 おれの予想通り。中川はそこに、座っていた。
「隣、いいか?」
 声を掛けて、座る。キャンプ内は肉食恐竜がやって来ないよう、必要以上にライトで照らされている。中川の表情はしっかりと見える。涙の後が見えた。
「ぼく、バカみたいだね」
「そうかもしれない。でも、山内はもっとバカだ。お前みたいないい男を振るなんて」
「え?」
 おれは、ひとつ深呼吸する。
「おれの噂、聞いたことは?」
「えっと、その、中学で男の後輩に告白したって……」
「そう。おれは、男しか好きになれない。あの後輩のことは真剣に好きだった。でも、翌日には、おれは学校中の笑いものになった。後輩が、男同士なんて、とクラスメイトにメールを送って、そのメールがあちこちに転送されたから」
「……」
「それ以来、おれは臆病になった。誰かを好きになっても、告白なんてしないでおこうと思った。でも」
「でも?」
「おれは、今日、白亜紀のラブソングを聞いた……」
 白亜紀の夜は、意外なほど静かだ。多分、下手に鳴き声をだしたら、肉食恐竜に襲われるからだろうけど。
「好きな人、いるの?」
 中川が問う。
「ああ。最近、好きになった人なんだ。この修学旅行で、意外な面が見れたんだ。それで好きになったんだ」
 おれは中川を見る。
 パラサウロロフス。
 好きになった存在には、思いを伝えないといけない。
「その、友達からでもいいから、おれと……」
 おれが好きになった人は、目を丸くしている。
 

奥付



BLな小話 白亜紀ラブソング


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著者 : 招木かざ
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