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 ぼくは、中古の家事ロボットだった。家電リサイクルショップでたたき売りにされていた。
 一昔前の型で要領が悪くて、だから、購入先のご家庭で失敗ばかりしていた。
 皿を割る、掃除をしようとして余計に汚す、買い物を忘れる。
 あんまり失敗ばかりしているから、とうとう御主人様の堪忍袋の緒が切れてしまった。
 廃棄物処理センターに突き出す、御主人様はそうおっしゃられた。
 格安で売られていたから買ったが、この買い物は失敗だった、と。
 反論のしようがない。
 ぼくは自分の荷物、見苦しくないように身だしなみを整えるための櫛やら服をまとめた。
 そうして、廃棄物処理センターに御主人様と一緒に向かうと言うときに、思わぬ人物に引き留められた。
「連れてっちゃだめ、ぜったいだめ、うわ、ああああ!」
 大音響で泣きまくるその人物は、お坊ちゃまだった。
「いい子にするから、わがまま言わない! だから、連れてっちゃだめ!」
 御主人様は困っていた。
 ぼくも戸惑う。
 ぼくは、お坊ちゃまに嫌われているのだと思っていた。
 皿を拭いているときに突然揺さぶられたり、
 掃除中、拭いたところに砂を撒かれたり、
 買い物のメモを取り上げてそれを隠してしまったり、
 そんなことはしょっちゅうだった。
 結局、お坊ちゃまに甘い御主人様が折れて、ぼくは今まで通り家事をすることになった。
 ……いや、今まで通りとは違う。
 この日を境にお坊ちゃまは、ぼくのお手伝いをしてくれるようになった。
 これはぼくの仕事ですから、と言ってもお坊ちゃまは
「いい子にするって、約束したもん」
 と言って、お手伝いの手を止めようとはしなかった。
 御主人様に相談したが、かえって教育にいい、ということでそのままになった。

 ぼくが買われて十年が過ぎた頃、人間とロボットが結婚した、という報道が流れた。
 このニュースには賛否両論、議論の渦が巻き起こった。
「お前はこのニュースを見て、どう思う?」
 リビングで、テレビを見ながらお坊ちゃまが問いかけてくる。
「当人が幸せならば良いのではないのでしょうか、お坊ちゃま」
「その、お坊ちゃまってのは止せ。俺はもう十八だぞ。……お前自身は、誰かと結婚できたら、幸せか?」
 十八歳になったお坊ちゃまは、身長が高く、彫りの深い顔をしていて、美男子になっていた。
 量産型で、無個性な顔のぼくとは大違い。
「人間に結婚を申し込まれるようなロボットは、繊細な美貌と、飛び切り賢い頭脳を搭載した、人間そっくりの最高級品と決まっています。ぼくのようなロボットが人間と結婚など、恐れ多いです」
「好きな人間はいないのか?」
「ぼくはロボットです。人間に仕える存在です。人間を好きか嫌いかで判断することは、いけないことです」
 お坊ちゃまは大きくため息をついて――そのまま、自室に帰ってしまう。
 ぼくは何か、言ってはいけないことを言っただろうか?
 この会話の数日後、件の人間とロボットのカップルが、事件に巻き込まれたとテレビで報道されていた。
 何でも、ロボットに対して嫌悪感を持っていた人間が、カップルの新居に火を放ったらしい。人間の夫は死に、ロボットの妻は夫を助け出そうとして、建物の下敷きになって故障したという。
 このニュースを流すテレビを、お坊ちゃまはもの凄い目で睨み付けていた。
「こんなことは、あってはならない」
 お坊ちゃまが呟く。
「あってはならないんだ……。あのカップルは、好きあっていたのだから」

 それからさらに十年が過ぎた。
 このころになると人間の人口は減少傾向で、だからだろうか――人間とロボットとの結婚は、そんなに珍しいことではなくなっていた。
 人間とロボットのカップルのための法整備も進んでいる。そして、その法律が整うための運動を、弁護士になったお坊ちゃまは進んで行っていた。
 聞くところによれば、お坊ちゃまの仕事は繁盛しているのだという。人間とロボットのカップルは増える一方で、しかし、そのカップルに何かトラブルがあったとき、その相談に乗ってくれる弁護士は少ない。人間の道具である、ロボットの弁護なんかできるか、という言葉で訪れた弁護士事務所を追い返されるカップルも多いそうだ。
 だから、お坊ちゃまは必要とされているのだ。
 お坊ちゃまは仕事で忙しいはずなのに、必ず週に一度は御主人様の元を訪れる。そして、ぼくにいろいろな話をしてくれる。お坊ちゃまは優しい、親孝行な人なのだ。
 そう御主人様に言ったら、それだけだと思っているのか? と質問された。
 ぼくが頷くと、何故だか御主人様は、あいつも大変だな、と呟いた。
 どういう意味だろう。
 ぼくが不思議に思っていると、御主人様は、そろそろあいつも腹をくくって、お前に告げると言っていたから、その時にわかるだろう、と意味深な事を言われる。
 そして、二週間が過ぎた。

「俺と、結婚してくれ」
 自分が、お坊ちゃまから何を言われているのか、わからなかった。
 呆然としていると、お坊ちゃまはさらに続ける。
「法律も整ったし、この仕事に就いて、お前のことを守ってやれるだけの力は身についたと思う。金だって貯まったから、金銭的にも不自由はないはずだ」
「ぼく、ロボットで」
「だから、もう人間とロボットとの結婚は珍しくない」
「ぼく男性型……」
「同性愛なんて、もっと珍しくない」
「こんな、古いロボットなのに」
「初めてあったときから、ずっと好きだった。お前の気を引きたくて、家事の邪魔をしたりした」
 二十年も前のことを思い出す。
 確かに、そんなこともあった。
「でも、親父がお前を捨てようとして、初めてわかった。好きな存在には、大切にしないといけないのだと。守らないといけないのだと」
「……」
「お前は、俺のことが嫌いか?」
「嫌いなんて……」
 お坊ちゃまがぼくを抱きしめてくる。
 出会ったときは、ぼくよりはるかに背が低かったのに。
 お坊ちゃまのがっしりとした身体は、今ではぼくをすっぽりと包んでいる。
「じゃあ、今から、俺のことを好きになってくれ」
「はい……お坊ちゃま」
「違うだろう」
「?」
「名前で呼んでくれ」

この本の内容は以上です。


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