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第一章 トホ伝 1-1

神様Aはベジタリアンだった 

     ─あなたの知らない創世記─

 

           たくき よしみつ

 

■ 第一章 トホ伝 ■



   ─1─

 神様Aはベジタリアンだった。

 これは、神様Aが「草食性」の生物だったという意味ではない。神様Aは、我々人間同様、本来雑食性なのだが、「主義」として、あえて植物を常食としていたという意味である。

 神様Aは「神様」というくらいだから、ある意味ではこの世の創造主である。

 ここでわざわざ「ある意味では」とことわるのは、創造主といっても、人間界でよくいわれる「全知全能の神」「宇宙の創造主」という意味ではないからである。

 彼は宇宙の創造主ではない。宇宙に存在する無数の生物のひとつにすぎない。

 あ、そうそう。「彼」といっても、神様Aが「男性」だったという意味ではない。むしろ我々人間のイメージからすると、女性に近いかもしれない。かといって、もちろんオカマでもない。

 神様たちは高度に進化した生物なので、我々が考えるような「性別」は当てはめられないのだ。

 だからここでは、便宜上「彼」という人称代名詞を使わせてもらうにすぎない。

 さて、神様Aの趣味は、宇宙の中の星に次々と生命体を植え付けていくことだった。あえて横文字を使わせてもらうなら「ライフ・プランテーション」とでもいおうか。

 これは、神様たちの趣味の中ではかなりポピュラーなもので、愛好者の数は多い。

「ライフ・プランテーシヨン」の醍醐味は、植え付けた生命体系を、いかに自分の美意識に近いものに仕上げるかということにある。

 また、当然のことながら、箱庭のように静的な美しさよりも、生命体系そのものが絶えず進化していくダイナミズムのほうが、より高度な芸術性と見なされる。

 神様Aは、ライフ・プランテーションにおいてはまだまだビギナーであった。

 ビギナーは普通、彼らが「箱庭」と呼ぶ、比較的簡単な作品から始める。つまり、美しい自然美を誇る、植物の星である。

 陽光を受け、虹色に輝くプランクトンの海。四季折々に形を変える森や花畑……。

 宇宙にはこうした「箱庭」が無数にある。

 しかし神様Aは、そうした「入門者向け」の作品には満足できなかった。

 彼は最初から、自分の持っている力を120%発揮したいと思った。動物のいない世界など、彼には退屈すぎた。

 だが、不幸にも彼の処女作は失敗に終わった。

 なんとか動物を創造することはできたのだが、それはまた、弱肉強食の世界をも作り出してしまったからだ。

 自分の生命を維持するために他の生命を奪取する──これは、平和主義の神様Aにとっては、最も耐えがたいことだった。

 神様Aが本来雑食性だということはすでに述べたが、実は、彼は大の食いしん坊でもあった。

 動物性蛋白質の美味しさだって当然知っている。

 しかし、平和主義、理想主義という彼の他の一面が、結果的にはグルメとしての欲求をおさえこんでいるのである。

 つまり、神様Aは、かなりストイックな生き方をしているということになる。

 神様Aは、自らの処女作を修正することができずに、泣く泣く見捨てた。

 神様たちの中には、失敗作を自分の手で消滅させてしまう者が少なくないのだが、神様Aはそうした後始末のやり方は好きではなかった。

 まあ、無責任といえば無責任な話で、このへんが神様Aの欠点といえるかもしれない。

 さて、神様Aは第二作に着手する前に、「食物」について、とことん考えてみた。

 食物というのは、要するに生命を維持するためのエネルギー源のことである。

 処女作の悲劇は、「ある生命が、他の生命にとっての食物である」ために起こったわけである。

 そこで神様Aは、第二作においては「いかなる生命体も他の生命体の食物であってはならない」という大原則を打ち立てた。

 生物ではない、純粋に「食物」として存在する食物──これだ!

 彼は思わず叫んだ。

「最初に『食物』あれ!」

 しかし、ビギナーの神様Aにとって、「無生物である食物」の実現は容易なことではなかった。なぜなら、無生物というものは自らの増殖機能を持っていないため、たとえ食物になりえたとしても、いつかは食ベつくされ、枯渇してしまうからである。

 考えてみれば、神様A自身が、植物という「生命体」を常食として生きているのである。

 彼は、自分が、自分を超えた生命体を創造しようとしていることに気づいた。これでは「神をも恐れぬ行為」ではなかろうか。

 理想主義者の彼も、ついに「無生物の食物計画」を諦めた。

 しかし、自分が常食としているコケ程度の食物――つまり、自分の心の痛みを最小限に留められる食物なら作り出せるだろう。第二作の世界は、自分と同じようなベジタリアンの世界にしよう。

 彼はようやく納得し、第二作の制作に取りかかった。

 

 第二作の世界は、順調なすべり出しを見せた。

 コケのような原始的植物と、それを食物として活動する高等動物の世界──。

 動物たちも、さまざまな形に進化していった。

 しかし、しばらくして(「しばらく」といっても、神様にとっての「しばらく」は、我々地球人にとっての何億年にあたるのだが)、彼は自分の計算の甘さを思い知らされた。

 彼がこの世界を作り出すにあたって全力を傾けた「食物」は、いつしかその世界の「価値」のすべてとなり、高等動物たちは、食物の所有をめぐって争いを始め、ついには殺し合うようになってしまったのだ。

 結局、第二作も、処女作よりも多少高度な文明を持つに到ったものの(なにしろこの星の生物たちは「道具」を使って殺し合いをエスカレートさせるまでになった)、結局は処女作同様、弱肉強食の世界になってしまったわけである。

 同じ失敗を綴り返すのは嫌なので、神様Aは、今回は何度も「軌道修正」を試みた。

 しかし、この星には二度と平安が戻ることはなかった。

 

   ○○○

 神様Aはすっかり落ち込んでしまった。

 自分の趣味のために、多くの生命が互いに傷つけ合い、殺し合うことになってしまったのである。彼にとってこれほど幸いことはなかった。

 いっそのこと「ライフ・プランテーション」という趣味を捨ててしまおうかとも思った。

 しかし、このまま諦めてしまうのはあまりにもくやしい。

 彼は深く反省しながらも、第三作の青写真を練り上げていった。

 第二作の失敗の原因は、食物をめぐって生物たちが争いを始めたことにある。

 たとえ食物が、すべての生物が生きていく上で十分すぎるほどあり、枯渇することがなかったとしても、食物を独占することにより、他の生物をコントロールしようという邪心を抱くものが出現してくる。この点をなんとかしなければならない。

 神様は考えた。

 しかし、うまい解決策は見つからなかった。

 考えれば考えるほど、彼は悲観的になり、ますます落ち込んでいった。

「いっそのこと、ビギナーはビギナーらしく『箱庭』で満足しようかしら。植物だけの星なら何の争いも起こらないでしょうし……」

 そう考えた時、彼はポンと膝を叩き、

「な~る!」

 と、思わず声を上げた。

「そうよ! そうなんだわ。植物を見習えばいいんだわ。植物は光のエネルギーで生きている。中には食虫植物なんていうふとどき者もいるけど、ほとんどは水と光と適当な温度──つまり恒星のエネルギーを自分の活動力に変換して生きている。恒星ならば誰にも『所有』されることもないし、すべての生物に、平等にエネルギーを与えることができるわ」

 神様Aはにやりと笑った。

「すべての生物が光エネルギーのみによって生きている世界」

 これだわ!

 名づけて「クリーン・エナジー作戦」。

 彼はさっそく、第三作のベースとなる星を捜しに出かけた。

 そして、はやる心をおさえきれず、暗黒の宇宙空間に向かって叫んだ。

「最初に光あれ!」

 


1
最終更新日 : 2017-08-03 11:17:58

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1-2

   ─2─

 第三作のベースとなる星は、良質の太陽のそばにある星でなければならなかった。

 神様Aが見つけたのは、ある銀河系の中心部からかなり離れた片田舎の小さな恒星だった。

 この恒星を我々人間が付けた名と同じに「太陽」と呼ぼう。

 太陽はまだ若く、安定期に入っていなかったが、すでに10個の惑星を従えていた。

 太陽から教えて五番めの惑星が、すでにある種の生命体系を発生させるのにほぼ適した状態にあった。

 この星を、仮に「銀星」と呼ぼう。

 神様Aはしかし、この銀星を、第三作のベースとして選ばなかった。

 やがて太陽が成熟期に入った時、銀星は冷たい氷の星と化してしまうことが分かっていたからだ。

 彼は過去二回の失敗に深く心を痛めていたので、「三度めの正直」にあたる今回は、じっくり腰を落ち着けて取り組むつもりだった。

 それに、落ち着いて考えてみれば、解決しなければならない難しい課題がまだまだ残されていた。

 例えば、光エネルギーだけで生きていく生命体が、果たして高度な知性や、活発な運動能力を持ちえるだろうか、という問題である。

 彼の知る限り、光エネルギーだけで生きていける生物というのは、概して運動能力や知力に劣っていた。

 しかしまあ、時間はたっぷりある。太陽が安定期に入るまでにも、たっぷり数億年はあるだろう。

 今回は生命体を植えつける前に、まず惑星の「初期環境設定」から始めよう。

 そう考えた神様Aは、まだ濃いガスや溶岩状のものがドロドロとよどんでいる、太陽から数えて三番目の惑星を選んだ。我々人間が「地球」と呼んでいる星である。

 神様Aは、地球が次第に冷えて固まっていくのを見守り、生命体の誕生に必要な水分が大気をはさんで雲と海とに分かれるようコントロールした。

 こうして、「初期設定」というか「基礎工事」は順調に進んでいった。

 


2
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1-3

   ─3─

 神様Bはやんちゃだった。

 神様Bは、人間の子供でいえば、腕力と知力に長けたガキ大将タイブで、他の子供のおもちゃを取り上げては壊してしまうような、多少乱暴なところがあった。

 彼もまた、ライフ・プランテーションを趣味としていたが、これに関しては神様A同様、ビギナーだった。

 

 彼が銀星に目をつけたのは、神様Aが地球の基礎工事に着手した直後のことだった。

 性急なタイブの神様Bは、やがては極寒の星になってしまう運命を知りながらも、とりあえず銀星ヘのライフ・プランテーションを開始した。

 神様Aとは違って、神様Bの興味の中心は、いかに自分に近い、高い知性を持った生命体を創造できるか、ということにあった。

 過去の作品において、彼はすでにチンパンジーやオランウータンよりは確実に進化した生物を創造することに成功していた。

 しかし当然のことながら、その世界は弱肉強食の世界であり、生物同士の争いがもとでいつかは絶滅してしまうかもしれないという危険性をはらんでいた。

 神様Aとは違って、神様Bは「弱肉強食」ということ自体は別にどうとも思わなかったが、食物連鎖のバランスが崩れて、生物が絶滅してしまうことが心配だった。

 そこで神様Bは、前作で最も高度に進化した生物を、そのまま他の星ヘ「移植」するという「苗床拡大作戦」を始めた。

 これはライフ・プランテーションとしてはルール違反に近いことだった。

 無から始め、それをいかに高度なものヘと発展させられるかということがライフ・プランテーションの大原則であり、醍醐味でもある。

 だから、格式を重んじる長老派の神様たちは、そのようなやり方を「促成栽培の作品は味わいがなく、自然栽培の作品とは比ベることさえできない」と、軽蔑する。

 しかし神様Bは、そんな古臭い美意識などクソくらえだ、と思っていた。

 要するに、神様Bはまだまだ若かったのである。

 銀星に植えつけられた生命体の中で最も進化していたものは、我々人間が歴史の教科書で習ったクロマニヨン人に近い生物だった。

 名前がないと何かと不便なので、仮に「ヤべド」と呼ぶことにしよう。

 ヤベドは、銀星の恵まれた環境の中で急速に進化し、銀星の支配者になった。

 その時点で、神様Bが銀星にライフ・プランテーションを開始してわずか5000年しか経っていなかった。

 これだけの短期間のうちにヤべドが急速な進化をとげたのは、神様Bが様々なバイオテクノロジー的関与をしたからに他ならない。

 徹底した選別作業により、優秀な遺伝形質のみが引き継がれるようにするなどということは序の口で、時には強引な遺伝子組み換え操作さえやってのけた。

 ライフ・プランテーション開始から5200年後、銀星には高度な機械文明が栄えていた。

 ヤベドは、姿形こそ五千年前とそう変わらなかったが、今や自由に空を飛び回り、原子エネルギーを使いこなすまでになっていた。

 彼らは200年弱の寿命を持ち、銀星上に500万人ほどが生活していたが、銀星はもともと小さな惑星だったし、、陸地が海の30分の1ほどしかなかったので、人口密度は決して低くなかった。

 銀星には、ヤベドの他に98種類の動物がいた。

 動物の数が極端に少ないのは、神様Bが銀星のライフ・プランテーションをゼロからスタートしなかったからに他ならない。

 神様Bが銀星に目をつけた時、銀星にはごく単純な組織の植物性プランクトンやコケの類しかなかった。

 神様Bはそこに、ヤベドをはじめ7種類の動物を「移植」した。

 ヤべドは他の6種類の動物と、神様Bから与えられた数百種類の種子をうまく管理し、自分たちの生活のために活用した。

 だから銀星には、およそ野生生物と呼ベる生物はいなかった。

 動物はすべてヤベドが飼育する家畜であり、ヤベドの品種改良によってその種類が5000年の間に98種類に増えたというわけである。

 ヤべドは雑食性だったが、とりわけ肉類が大好物だった。

 しかし、味覚はどちらかというと鈍感なほうで、舌の上にある「味蕾(みらい)」の数は2700ほどしかない。

 彼らが食用にしている「モウ」と呼ばれる牛に似た家畜でさえ、約3万5000の味蕾を持っているのだから、かなり野蛮な舌だといわざるをえない。(ちなみに我々地球人の味蕾の数は約3000であるから、そうそう偉そうなことはいえないのだが……)

 さて、ヤべドは食生活をはじめ、精神文化の面ではかなり稚拙な生物だったが、科学技術においては、かなり高度なものを持っていた。

 銀星には石炭や石油のような天然資源がなかった。植物系が未成熟であり、星そのものの歴史も浅いからである。

 そこでヤベドは、かなり早い時期に原子力や太陽エネルギーを駆使する術を身につけるようになった。

 また、我々地球人の知らない、磁気と「次元差エネルギー」を利用した高度な空間移動術をも開発し始めていた。

 ヤベドが急速に科学文明を発達させていくのを見て、神様Bは御満悦だった。

「ルール違反だの邪道だのという神々もいるが、彼らの何人がここまで高度な文明を持った生物を栽培することができたろう。品種改良によって、より高度な生物を作り出すことこそ、ライフ・プランテーションの新しい流れとして注目されてもいいのではないか……」

 しかし、喜ぶのは少し早すぎたようである。

 神様Bは、この時点で慢心してしまった。

 彼は順調に科学文明を発達させ続けていくヤベドに気をよくし、ほんの少しの間、銀星から目を離して、次の作品の候補地を捜しに出かけてしまったのだ。

 気の短い神様Bは、ひとつの作品に長い間集中するのが苦手である。

 だからあちこちの苗床に少しずつ手を加えながら、複数の作品を同時進行させていた。

 ヤべドはあと3000年もすれば、太陽系を飛び出し、別の恒星系へ移住できるだけの科学文明を手に入れるだろう。

 すでに太陽系は安定期にさしかかりつつあり、あと1万年もしないうちに銀星は死の星になってしまう。それまでに、ヤべドの移住地にふさわしい星を見つけ、手入れしておいてやろう。

 ヤべドは、俺にコントロールされているのも知らず、宇宙旅行の果てに新天地を見つけ、そこで再び文明を発展させるだろう。

 ……そう考えていくうちに、神様Bは思わずニンマリとしてしまうのだった。

 自分が「神様」であることに対するいい知れぬ幸福感を感ぜずにはいられなかった。

 まあ、これも喩えるのは無謀だろうが、我々人間が、愛犬のために日曜大工で犬小屋を作っている時、思わず口笛を吹きたくなってしまう気持ちに似ているといえば似ているかもしれない。

 彼の幸福感が破られたのは、512年後(これは神様にとっては、「ほんの一瞬」とでもいうべき短い時間である)に、苗床捜しの旅から帰ってきたときである。

 あろうことか、銀星ではヤべドの二大国家による核戦争が始まったところだった。

 


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最終更新日 : 2017-08-03 11:17:58

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