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とある弁護士の悲劇

 気まずかった。とにかく気まずかった。

 朝から接見と公判に出ていた白石は、日が暮れる前に事務所に戻ってきたが、「戻りました」という言葉以外、藤巻と一切口を聞いていないような気がする。

  つまるところ、白石は藤巻に対して怒っているのだ。

  白石が怒っている理由はわかっている。

  先週末、藤巻は白石を食事に誘った。

  夕食の誘いに、白石は応じてくれた。そして部屋への誘いにも笑みを浮かべながら乗ってくれた。

  いきつけの小料理屋で軽い夕食を済ませ、その後ゴールデン街の外れにある『天秤』で飲んだ。

  今日こそ白石を部屋に誘おう。そして、白石とのあの甘美なひと時をもう一度楽しもう。

  白石を初めて抱いた夜は、何がなにやらわからないままに終わってしまったが、二度目の今日は違う。今夜こそ大人の男の余裕というものを存分に白石に見せ付けてやろう。

  そう思っていた藤巻は、我知らずかなり浮かれていたのだろう。小料理屋でも『天秤』でもかなり酒を飲んだ気がする。

 『天秤』でボトルを一本開けたところまでは覚えているが、その後の記憶が全くない。

  気がつけば朝で、自宅のベッドにひとりで転がっていた。 しかも、ただ転がっていただけではない。胸元までシャツをめくりあげられ、体のあちこちに赤いキスマークをつけられていた。

 誰が自分を自宅まで運んだのか。そして誰がこのキスマークをつけていったのか。

  そんな事は考えるまでもない。

 「俺ってホント馬鹿……」

  事務所のソファに座っていた藤巻は、出入り口近くの席に座っている白石をちらりと見やると、思わず頭を抱え込んだ。

  おそらく、いや、間違いなく泥酔した自分を部屋まで送り届けてくれたのは白石だ。

  勝手に浮かれて飲みすぎて、意識を吹っ飛ばしたこの酔っ払いを、白石はどんな思いで介抱し、部屋を後にしたのだろうか。考えただけで頭が痛くなってくる。

 「怒ってるよなぁ……絶対怒ってるよなぁ……」

  時折ちらりちらりと白石に視線を送ってみたもの、それも完全に無視されている。白石は一言も口を聞くことなく黙々と仕事を片付けていた。

  気まずい時間だけが刻々と過ぎ、十九時を過ぎた頃、白石がパソコンの電源を落として立ち上がった。

  もう帰るのだろうか。そっと視線を向けると、白石と目が合った。

 「あ……えっと……今日はもう終わり……なのかな?」

  引きつり笑いを浮かべながら言った藤巻に、白石が「ええ」とそっけなく答える。

  やはり怒っている。この半年間でわかった事だが、怒れば怒るほど白石は冷静になる。そして今の白石は、藤巻が知っている中でもかなり高レベルなほどに冷静だ。

  ということは、つまり、白石は怒り心頭に発しているというわけだ。

 「あ……あのさ、白石君――」

 「藤巻さん、今日はもう仕事は終わりですか」

  言いかけた藤巻の言葉に被るように白石が言った。

 「え?」

「もう終わりですかって聞いてるんですけど」

 「あ……うん。特に急ぎの起案もないし、そろそろ帰ろうかなとは思ってるけど。ええと、白石君はもう終わりなのかな?」

 「ええ」

 さきほどの返事と同じくらいそっけなく答えた白石は、なぜか事務所の出入り口へと向かった。

  そのままドアに鍵をかけ、今度は藤巻の机の向こう側にある窓へと向かう。

 中途半端に開かれていたブラインドを全て下ろした白石は、そのまま藤巻がいるソファの前へとやってきた。

 「あの……えっと?」

  首を傾げた藤巻を白石がじろりと見下ろす。

 おどおどと目を泳がせる藤巻をしばらく眺めた白石が、ふっと唇を上げた。

 「終わりなら、今からこの前の埋め合わせをしてもらいます」

 「は?」

  聞き返すよりも早く、白石は藤巻をソファに押し倒した。

 まさか突然そんな事をされるとは思わず、藤巻が無様にソファに転がる。両手首を押さえ込まれた藤巻は、腹の上に乗っている白石を呆然と見上げた。

 「ちょ……ちょっと、白石君っ! 埋め合わせって、ここでっ? 今っ?」

 「ええ、今ここでです」

 「ここって、ここ?」

 「ええ、ここです」

  言いながら白石が藤巻のネクタイをするりと抜き取る。

テーブルに放り投げられたネクタイを横目に見た藤巻は、思わず顔を引きつらせた。

 「ちょ……ちょっと待って! 白石君、ちょっと待とうよ!」

 「待てませんし、待つつもりもありません

」 「ええっ?」

  藤巻の返事を待つことなく白石が唇に唇を押し付ける。

 歯列を割って入ってきた舌は、戸惑う藤巻の舌を容赦なく絡め取った。

 「ん……う……」

  口の中を白石の舌が自由自在に動き回る。

  柔らかなその感触に、藤巻は自分のものが少しずつ猛っていくのを感じた。

  それを白石も感じ取ったのだろう、深く合わせていた唇をふいに解放すると、藤巻の頬につと指を滑らせた。

 「楽しみにしてたんですよね、俺」

  ぽつりとそう言いながら、白石は藤巻のシャツのボタンをひとつ外した。

 「この前、藤巻さんが誘ってくれた時、すごく嬉しかったんですよ」

 そう言ってもうひとつボタンを外す。

「藤巻さんに抱かれてすごく気持ちよかった。だから、またあんな夜を過ごせるんだって、俺、期待してたんですよね」   

 白石が恨み言を言うたびに、ボタンがひとつ、またひとつと外されていく。

  やがてシャツのボタンを全て外すと、白石は藤巻のズボンのベルトに手をかけた。

 「なのに、まさかバーで酔いつぶれるとは思いもしませんでしたよ」

 「……ご……ごめん。俺もさ、まさか自分であんなに酔ってるとは思わなくてさ……その……悪かったと思ってるんだよ、ホントに」

  しどろもどろと言い訳をする藤巻に、白石が無言で淫靡な笑みを浮かべる。

 「し……白石君?」

 「別に謝らなくてもいいです。今ここで十倍にして埋め合わせをしてくれれば充分ですから」

「じゅ……十倍っ?」

 「ええ、十倍です」

  驚愕に声も出ない藤巻の手首を、白石が笑いながら押さえつけた。

 

***

 

 甘い喘ぎに時折短い嬌声が混じる。その声に誘われて目を開くと、腹の上に乗った白石が、激しく体を揺らしていた。

  硬く屹立した藤巻のものを、白石の秘所が根元まで咥え込んで締め付けている。

  白石が体を揺らすたびに熟れた肉壁が亀頭や竿を擦り、たまらない快感が頭まで駆け上る。  思わず腰を突き上げると、白石がくっと喉をのけぞらせた。

「あっ……ぁ……いい……すごい……」

  喘ぎを漏らしながら、白石は藤巻の胸に手をついて体を前後に揺らしている。

  大きく腹に向かって反った白石のものは、先端から先走りの雫を滲ませていた。

 「藤巻さん……もっと……」

  もっとと言われても、白石に乗りあがられている藤巻にほとんど自由はない。

  より深い快感を得ようとしているのか、白石は足を大きく開くと、体をぐっと後ろに反らせた。

  その瞬間、藤巻のものを奥まで受け入れていた秘所がきつく締まる。

「うわっ……わ……」

 いきなりの締め付けに藤巻は慌てて身を引こうとしたが、白石がそれを赦さなかった。

  いっそう激しく腰を揺らし、藤巻を翻弄する。

  藤巻は体の芯がじんじんと痺れてくるような錯覚を覚えた。

 白石の中が熱くてたまらない。このままでは白石の中に一度目を放ってしまいそうだ。

  思わず体を起こした藤巻は、驚く白石を正面からきつく抱き締めた。

 「……藤巻さん?」

 「やっぱりさぁ、やられっぱなしってのは、年上の男としてどうかと思うんだよねぇ」

  にやりと笑った藤巻は、白石を抱いたまま激しく腰を突き上げる。とたん、白石が首に縋りついてきた。

「あっ……あ……は……」

  藤巻の動きに合わせるように、白石が腰を揺らす。

  先走りを滲ませる前を上下に擦ると、白石の秘所が吸い付くように藤巻のものを締め付けた。

 「気持ちいい?」

 「いい……もうイきそう……」

 「……十倍って言ってたわりにはもう降参?」

 意地悪げに言った藤巻を白石がじろりと睨む。

  だが、その目は与えられる快楽で熱っぽく潤んでいた。

 「そんな色っぽい目で睨まれたら、たまんないなぁ」

  笑った藤巻は、首に腕を絡ませた白石に口づける。

  そうして片手で白石の腰を抱いたまま、もう片方の手で限界を訴える前を激しくなぶった。

「は……あぁ……あっ……あっ……」

  亀頭を指の腹で撫で回し、竿を擦る。

  縋りついてきた白石が、喘ぎ声を堪えるかのように藤巻の首筋に唇を押し付けた。

 「イきそう?」  尋ねた藤巻に、白石が何度も首を縦に振る。

「俺もね、もうイきそう――」

  苦笑しつつ言った藤巻は、白石の背を抱くと、これ以上ないというほど激しく腰を叩き付けた。

  肉を打つような音が部屋の中に響き渡る。

 「あっ……あっ――」

  藤巻の動きに合わせて嬌声をあげていた白石の体が、突然びくんと跳ねた。

 瞬間、竿の先端から熱いものが迸る。  白石が果てると同時に、藤巻も熟れきった中に劣情を放っていた。

 

***

 

 ぐったりとソファに重なりあい、互いに荒い息を吐く。

  白石の背を抱きしめていた藤巻は、しみの浮いた天井を見上げながら、大きなため息をついた。

「あーあ。やっちゃったよ……」

「ダメだって思ってたのに」と付け足した藤巻に、白石が少し不安そうな目を向ける。

  それに気付いた藤巻は慌てて言い訳をした。

「あ、違うよ。白石君とこういう関係になってる事を後悔してるんじゃないからね」

 「……じゃあ、何がダメなんです?」

 「ここでだけはやっちゃダメだと思ってたんだよねぇ……」

 「え……?」

 「ここでこういうことするとさ、公私混同っていうか、仕事とプライベートの空間がごっちゃになる感じがしてさぁ」

  苦笑まじりに言った藤巻が、汗ばんだ白石の背を抱く。

 「でも、まさか白石君に襲われるとは思わなかった」

 「……すみません。俺、もう我慢できなくて……」

 「ああ、うん。気にしなくていいよ。我慢できなかったのは俺も同じだし」

 詫びる白石に軽く口づけ、藤巻は言った。

 「あの夜は本当にごめん。誘っておいて寝るとか、最低だよねぇ、俺」

 「いえ……」

 「これで埋め合わせになったかどうかわかんないけど、赦してもらえるかな」

  だが、そう言った藤巻に、白石は微妙な笑みを投げかける。

 「ええと……白石君?」

 「あの夜の事はもういいです。でも埋め合わせはまだ終わってません」

 「は?」

  唇をゆっくりと上げた白石は、ぽかんと口を開ける藤巻に手を伸ばすと、つとその唇に指を這わせた。

 「埋め合わせは十倍って言ったはずです。ここじゃなくても埋め合わせはできるでしょう。たとえば――」

  白石の目が、そのままブラインドが下りた窓に向く。

  白石の視線の先、このビルの真正面には藤巻の部屋があった。

 「えっと……それって、つまり……」

 「事務所の目の前が自宅って便利でいいですね。特にこういう時は」

 「マジで?」

 「ええ、マジです」

  白石の意味深な笑みに、藤巻が顔を引きつらせる。

  年上の余裕もどこへやら、藤巻はふっと意識が途切れてしまいそうな錯覚を覚えた。

 「俺……もしかすると早死にするかも……」

  天井を仰いだ藤巻がぽつりとそう呟く。

  白石の言う埋め合わせとやらは、永遠に終わらないような気がした。

 

(終)


奥付


テミスの天秤~とある弁護士の悲劇~


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著者 : オハル
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