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【議論】教科書の復習可能性

★投稿(投稿者=A)
高校までは教科書は年が終わると全部捨てていました。つまり次の年に使うこともないし、かつ使えない。今でも持っているのは大学の時の教科書数冊。
授業で少し使う。大抵は寝ていて教科書の中身はろくに覚えていない。熱心な先生ほどプリントを作り、教科書は使わない。
そして試験がやってくる。試験に際し、教科書は使えるか?もし高い復習可能性を持った教科書であれば役立つ。でなければ、みんなで試験対策会議をするか、参考書を買うか、山勘に頼るか。

復習可能性。紙の教科書では、特に日本式教科書(これは日本の先生が書く大学向け教科書でも同じ)では駄目かもしれないけれど、デジタル教科書では可能ではないか。逆にいえば、デジタル教科書と紙の教科書の差異はこの復習可能性にあるのではないか。

いかがでしょう?

投稿日時: 2012年10月3日 18:45

★サマリー編集:池田順一、JunkoAzuma

★議論
ご無沙汰しております。実は私がデジタル教科書に興味を持つ理由の一つとして、「学び直しの可能性」というのがあります。在学中の振り返りは勿論のこと、例えば中退者やニートの学び直し、例えばセカンドライフ世代の学び直し、例えば学習障害者の将来の学び直しなど、いわば教材のユニバーサルデザイン化が最大のポイントだと思います。

そういえば高校の頃は教科書のテスト範囲より問題集のテスト範囲のほうを重視してました。
教科にもよると思いますが、資料集的な使い方、解説教材的な使い方、問題集的な使い方が出来れば、デジタル教科書に優位性があるように思います。
「紙じゃダメなのか」といわれると、出来次第かなと思います。

数学に関して言えば、教科書には「答え」が載っていません。教育的配慮もあるでしょうが、紙面がかさばらないため、という観点も入っていると感じています。
私が自分のサイトで公開している高校数学の検定外教科書は、答えを全て載せました。これも、デジタルだから可能だったことです(ただのPDFではありますが)。
物理や化学にもある程度近いものがあるでしょうね。ただし、物理や化学のうち計算問題は教科書に答えのみ載せていることが多いようですが。
一方、国語や社会、英語になると話は大きく変わるように思います。そもそも「教科書しか学ばない」では視野が狭すぎますし。
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何が言いたいかというと、科目別に、学校種別(小学・中学・高校)に論じないと、議論にならないのではないか、ということです。

Dさん、私も理系教科書は答えだけでなく導出過程もすべて載せるべきだと思っています。
そしてこの話は教科別にという点も同意です。だって、私の単なる思いつきがすべての答えにはなっていないので(笑)。
最近静かだったので少し石を放り投げてみました。

Aさん、石の放り込み、いいですね。
教科書を復習できるようにすべき、というのは賛成です。教科書ではないですが、資料集、参考書は、理科・社会・国語便覧など、一応保存しています。
そして、保存して見返すことが、デジタル化によってやりやすくなるでしょうね。それに私も期待しています。

理想を言えば「教科書」は、基本的にそれさえあれば「自学自習」が可能になっているとベストと思います。

僕は語学の分野の人間ですが、電子化してすぐにできそうなのは音声データを乗せることと、新出単語などの反復ですね。フラッシュカードのようなもので復習できるアプリがたくさんありますが、それが教科書と連動していて課ごとにとか、全課を通して復習できたりとかできるといいですね。

あえて別の石を投げてみます。
例えば、レーザディスクのライブラリっていまどれだけ再生可能でしょうか?
ハードディスクレコーダに録画されたテレビ番組は、録画されたレコーダじゃないと再生できないってご存知ですか?

最近では、Yahooアバターがサービス停止になって、それまでアバターの服やアクセサリーに何万もつぎ込んだ人々が、怒ってました。
デジタル教科書の定義や作り方にもよるかもしれませんが、デジタル教科書は所詮データです。
それを再生するデバイスがなくなれば、どれだけ優れた内容でも、見ることができなくなります。

「復習可能性」を後になって見返すことができるという意味では、紙はデータでありストレージでありコンテンツであり再生機なので、デジタル教科書より「復習可能性」が高いと思いますがいかがでしょうか?

では、データでもあり、コンテンツでもあり、再生機でもあるデジタル教科書を作りましょうよ。

Gさんの指摘も一理あり。でもそこを乗り超えてこそ、デジタル教科書を考える意義があるのでは。紙こそ一番再現性がある媒体だと、思います。が、そこを乗り越える。頑張りましょう。

>Fさん、Aさん 私もそう思いますよ。目下の弱点もちゃんと把握しての前進だと思って、あえて書きました。

紙を乗り越える…。これは難題ですね。
共存ではダメですかね?

うーん、紙って再現できるのは文字と静止画像だけですよね。歴史とか数学とかなら違うのかもしれませんが、少なくとも語学の分野の人間にとっては「紙こそ一番再現性がある媒体」とはとても思えないんですよ。紙にはそういう限界があるからこそ、我々はデジタル教科書を目指しているのではないのですか?

紙にもデジタル教科書にもそれぞれの長所と短所があるので、それぞれを否定するのではなくて、「学ぶ」には何をつかってどうするのが一番良いのか、を探ることをしていると思っていますよ。

 Gさんの問いかけにまじめに答えている人がいないようなので一言書いてみます。
 まずレーザーディスクの件はコンテンツとハードの問題ですよね。今はネットワークの時代なので、特定のハードでしか再現できないという問題はほとんどないのではないかと思います。たとえば日本の電子書籍(紀伊国屋のキノッピーなど)は一度買ってしまえばiPadでもandroidでもパソコンでも開けますよね。デジタル教科書もそうあるべきですし、すでにそれは実現されている時代でもあります。
 次に「ハードディスクレコーダに録画されたテレビ番組」の問題ですが、これが他の再生機で再生できないのはDRMという愚かな制度のたまものですよね。デジタル教科書はこういう真似をするべきではないし、一般の電子書籍がそうなっていないのですから、デジタル教科書だけがそうなるとも思っていません。
 最後にYahooアバターの問題ですが、これがもめているのは一部の人がお金をつぎ込んだからなのですよね?だとしたら日本の教科書は無償なのでそういった心配も無用なのではないでしょうか。

面白いテーマですね。
 私は、教科書の最終到達点は、「ユーザに使われなくなること」だと思います。
 児童・生徒が学校で学習し、発達成長したにもかかわらず、小学校1年生用の教科書をずっと使っているようでは、学習に失敗しているのだと思います。
 したがって、教科書の「復習可能性」には、
(1)ごく短期的な機能としての復習可能性(ホームワーク機能)
(2)長期的な機能としての復習可能性(リファレンス機能)
に分けられるのではないか、と考えてみます。
 私が注目したいのは、(2)の長期的な機能としての復習可能性(リファレンス機能)です。実際の授業でも、過去の教科書が必要になることがあります。
 少なくとも日本の教科教育の学習内容は、非常に系統だてられているため、あるところを学ぶときに、「あ、昔、○○を習ったことがあったけど、忘れてしまった、どうだっけ?」と確かめてみるなどのことは、実際の授業でも行います。
 しかし、実際の授業では、児童生徒に昔の教科書を持ってきてね、という風にはあまり言いません。教員が大きな用紙に、該当部分だけを抽出して書いたり、コピーを用意したりします。あるいは、デジタルデータを用意して提示したりします。
 このリファレンス機能が、デジタル教科書はとても優れているように思います。
 ものすごく簡単に、昔ならったこと、習得した知識を、学習者本人が、学習者本人のスキルを使って呼び出し、その知識をいま学習している内容に、「主体的に」活用しやすい、という特徴があると思います。
 紙の教科書だと、本という実体をどこかから持ってこなくてはいけません。それが大変なので、結局は、教員が用意することとなり、受動的な学びが展開されてしまいます。
 しかし、デジタルだと今ならばクラウドか何かで共有しておけばいつでもひっぱりだせます。デジタル教科書の内部にリンクがあれば、共有という意識さえも捨て去ることができると思います。
 ということで、言い方を変えると、デジタル教科書の「参照可能性」のほうがむしろ有望なのではないか、と私は思います。長くなってごめんなさい。

なるほど。興味深い視点ですね。

Hさんのコメントを拝見して思ったのですが、将来、デジタル教科書の形として「小学○年生用」という学年区切りの体裁がなくなるということはありえるのでしょうか。
たとえば、「算数~数学」を全体通して学ぶことができるデジタル教科書があって、小学1年生時に1年生用学習内容を理解したと判断されれば2年生用の内容を学習することができる、そのようなものです。つまり児童生徒自身の内容理解度に合わせてずっと学ぶことができるものです。
こうなると教科書という枠には入らないものになるのでしょうかね。先生方の指導もすごく複雑になってくると思えますし。
デジタル教科書でしたらそのような膨大な学習量を収録することも可能ですし、廃棄する必要性も薄いので、基礎に振り返って学習することも容易かと思います。

現状ルールは簡単には覆らないとして、年次/教科横断的なデジタル教科書というのは実は昔からの私の理想。
その場合、文系科目はすべて国語に統一。その中に古典も漢文も、あるいは政治、歴史、哲学等からの著作物をひっくるめる。
まあこれは過激なアイデアとして、年次横断という視点は十分ありだと私は思います。
どちらにしても、こうした話をする場合、教える側の負担という視点は絶対封印しなければならない。一番は子供たちにとって何がいいか、ですので。

私の問いかけにまじめに答えて頂いてありがとうございます!
ただ私はFさんとはまたちょっと違った視点を持っていて、議論すべき観点かなと思って以下書きます。

#ちなみに、しつこいようですが、私は学習者の為になる形のデジタル教科書は、すぐに実現したいと思っていますよ。

まず、一番気になったのは、教科書は「無償」だという点です。
配布を受ける方から見れば無償ですが、製作にはお金がかかります。
そして、それは税金で賄われます。
税金を払う人と、お金を使う人が異なるので、余計に厳しくみられることになるでしょう。
ここをしっかり押さえないと、生産的ではない感情論に押し流されて、本当にやるべきことが出来なくなってしまう恐れがあります。

私がYahooアバターを例に出したのは、サービス提供者の考え一つで、長いスパンでの「再生可能性」が担保できないという例のつもりで出しました。
DRMについては、放送業者が自らの利益のみで利用者の利便性を鑑みてない感じが透けて見えるという点で、評判がよろしくないのは事実です。

ただ、デジタル教科書という文脈上にそれをおいた場合、それに貴重な資料やとても学習効果のあるコンテンツを提供する方々の思いをないがしろにする訳にもいかないと思います。

例えば、歴史的に貴重な資料は保存にもお金がかかります。
動画の撮影は、静止画よりお金がかかる場合が多いです。
本当に学習効果が高いようなインタラクティブなコンテンツは、優秀なマネジメントや技術者を集めたり、ユーザテストをしたりして、やっぱりお金がかかります。

そういう教科書に載せる意味について理解し、意欲があり志を持った方々から継続的に、資料やコンテンツを提供してもらうためには、テレビのDRMと同じではないにしてもそれなりの手当てが必要になってくるかもしれないと「検討」する意味はあるかなと思います。

最後に、レーザディスクを例にした「再生デバイス」と「コンテンツ」の分離ですが、

>特定のハードでしか再現できないという問題はほとんどないのではないかと思います。

というのは、半分その通りで半分違います。

例えば、教科書としてデジタル教科書を使うなら、今まで散々指摘されてきたように、特定のページの特定の箇所の位置が、全ての学習者で一致していることが求められる場面があります。

一斉授業中に「はいこのページの右上に○○書いてある?」みたいな。
これを実現するためには、再生デバイスの画面サイズや解像度や形が統一されていることが必要となってきます。

コンテンツの制作側としては、表示される画面のサイズや解像度が異なる可能性があると、それら全てで表示の確認をしなくてはいけなくなります。
これは単にデバイスの種類が倍に増えたら、確認の手間が倍になるだけではありません。
バーションというものが関わってくるからです。
つまり種類×バージョンとなり、べき乗のオーダーで手間が増えるのです。

文字情報だけであれば、まだ良いのですが、ここでも書かれているように、インタラクティブなコンテンツとかが入ってくると、このデバイスではGPSと加速度センサがつかえるけど、このデバイスでは使えないとか、使っているセンサの感度がデバイスによって違うから、補正が必要だとか.....そんなことまでチェックが必要になり、現実的ではなくなってしまうのです。

そういう問題があることを、ちゃんと認識した上で、前に進む方法を議論するのが、このデジタル教科書の場所なんだろうなと思って、あ・え・て書きました(・ω・)ノ

少なくとも、年次による区分けは無意味化するでしょうね。学習者の発達と理解度に合わせるとそうならざるを得ないと思います。
復習可能性を「ホームワーク」と「リファレンス」に分けるのは良いですね。そこでリファレンスの部分を教科書以外の優れた参考書、文献、サイト等にreferするのも含めてくれると良いなと思います。
一人で長文連投スミマセン....

 > 一斉授業中に「はいこのページの右上に○○書いてある?」みたいな。
これができないと困る、と書かれていますが、
以前どこかのウォールで思いついたので書きこみましたが、ページ番号という概念で統一するのは止めて、節番号を導入すれば解決すると思います。
文章中に、タグのような形で節番号を埋め込み、ボタン一つで節番号の表示非表示を切り替える。聖書や古典著作物などで使われているやり方です。ご存じの方もあることと思いますが、こういった古典の研究者は、(様々なヴァージョンが混在する)写本の参照のため、章番号・節番号は必須です。
これで、表示される画面のサイズや解像度の問題は、かなり解決されるかと思います。もちろんいくつか課題は残りますけど。

復習可能性を「ホームワーク」と「リファレンス」に分ける視点、賛成です。

Aさんの教科横断の発想も大賛成です。古典で歴史的に重要な古文書とか読ませてくれたら、たぶん私はもっと興味を持ったと思うのに・・・ヨーロッパでは(向こうにとっての「古典」である)ラテン語を習う際に古代ローマのことをずいぶん取りあげるそうですしね。

学年段階にもよりますが、基本的に「教科書」というパッケージ的考え方から、モジュール化したコンテンツ集というものに移行していくと思います。そうなるとデジタル化されているほうが何かと便利だし、有利でしょうね。しかしそうなっても「紙ベース」のコンテンツは消滅しないでしょう。ですから、ワンソース・マルチユースの考え方により、コンテンツはデジタルで作っておき、必要に応じていろいろなデバイスや紙ベースで出力できるようにしておくとよいと思います。デジタルのファイルフォーマットを共通化する必要がありますが、現状ではEPUBに期待しています。
そうなってくると、次に過去の膨大な紙ベースでの資産をどうデジタルにコンバートするかですが、公的な資金を投入することも出てくるでしょう。すでに国会図書館のデジタルアーカイブ事業で一部進められていますが、その場合アクセシビリティとオープンアクセスの問題は必須になるでしょう。著作権の問題というやっかいな課題も控えています。
教育用コンテンツでもこのような考えで進めるべきでしょう。

モジュール化、ワンソース・マルチユース。いろいろといいアイデアが出てきますね。

私は高校のしかも理数系の教科書しか詳しく見ていませんが、モジュール化の考え方は、すでに紙ベースの教科書でも取り入れられています。例えばできる限り、見開き2ページ内で、いくつかの関連テーマが記述してある。本文に関連する図版・表などはできる限り同一ページ内か見開き2ページ内におさめている、などです。そしてリーディングとしてよりもレファレンス集的な作りになってきている。

>Dさん
テキストの問題はある程度それで解決できるかもしれませんが、UI(編者注:ユーザーインターフェイス)の方はやっぱり難しいのです。

Gさん
UIはもちろん、難しいと思いますよ。
そういえば、電子書籍は「表示の縦横比」を決められなかったでしょうか?たとえば、動画のコンテンツは、縦横比を固定するじゃないですか(HD動画は16:9で・・・など)。あれができれば、今の動画と同じ状況になるだけで大問題にはならないような・・・(たとえば、縦横比が4:3の画面で16:9の動画を表示するなら、上下が黒線になるとか)必ずしも、電子書籍の表示サイズを、画面の表示サイズに合わせないといけない、とは思えません。

アイディアとしてはアリですが、先のテキスト中の特定の場所に飛ぶとか、傍線とかルビとか読み上げとか....色々方々から期待される機能があるので、できるだけ画面一杯使いたいという希望は、まあ、作る側も使う側からもありますよね。
というか、デジタル教科書に使うデバイスは画面サイズを仕様として決めてしまった方が、色々幸せだとおもうんです。

もちろん、画面サイズを仕様として決められれば幸せと思います。でもそうなると、メーカー側は「日本の学習者用デジタル教科書向け」に別の製造ラインを作らないといけませんよね。もう、今の日本のメーカー等に、それは結構負担だと思うのです。その負担は結局、利用者側にくるでしょう。
また、利用側としてみれば、たとえばテレビは用途がほぼ1つなので長らく画面サイズは固定されていました(ハイビジョン登場まで)。しかし用途が多数あるPCの画面サイズは様々です。学習者用デジタル教科書は、後者に近いと思います。
今の紙ならばサイズはほぼ固定されていますが、それは「紙で表現可能なこと」に絞っているからじゃないかと思うのです。

まとめると、作る側・使う側から要望は出るでしょう。でも、その要望は多様で揃えられないに決まっているし、揃えても機器の値段が上がるだけ。だから別の道を探るのがよいかな、が私の意見です。

2012年10月4日 23:33 終了

奥付


デジ教研議論~教科書の復習可能性


http://p.booklog.jp/book/64804

著者 : digikyoken(「みんなのデジタル教科書教育研究会」facebookグループ)
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/digikyoken/profile


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最終更新日 : 2013-01-24 20:51:18

この本の内容は以上です。


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