閉じる


はじめまして・・

皆さん、どうか私の話をきいてください。お願いです。

とにかく私達は低脳なもので、何でも安易にのせられちゃうんです。

若いころの出来事を思い出すだけでも、ぞっとします。

私も若い頃、いろいろな人にあることないこと吹き込まれましたね。


当時の私はある思想を共にする組織に属していて、組織内で

親玉的立場だったある有名人を”先生”と呼んで常に尊敬していました。


 ・・・あの●●氏は巨悪だ、我々のフトコロから毎日たんまり掠め取って

たらふく食っている。ケシカラン!この悪人どもががいることで、

世の中はどのくらい損害をうけているか、国民はわかっているのだろうか・・・


このように”先生”は、だれが悪い奴であるのか、あるいはどのように

今の世の中が間違っているのかを、わかりやすく皆に説いていました。

先生の言葉きいて当時の私は怖気立ちました。我々が悪い奴らから搾取されている

お金の総額は膨大で、国民一人当たり家一軒が丸々立てられるくらいの量です。


それで私は、その悪い人さえぶっ殺せば、その瞬間、私のマイホームが一軒

ぱっと魔法みたいに目に前に現れるのかと思っちゃたんです。

で、私は義憤にかられ、その悪い人をぶっ殺しました。


私はいきなり追われる身となりました。

組織の人も全力をあげて、私の逃亡の手助けをしてくれました。

逃亡は成功しました。


でも、逃亡先でも、待てど暮らせど目の前に夢のマイホームは現れません。

どうしてだろう?先生の言っていたことは、うそだったのでしょうか?

だって、社会に家一件分の損害を与えているような悪い奴がこの国から

いなくなったんだから、そいつがいなくなったとたん、残された我々国民に、

家一軒分の価値がそっくりそのままプレゼントされる筈じゃないの?


私はたまらず、電話でこの疑問を”先生”にぶつけました。


納得した私

そうしたら、先生が言うには


・・・これはもののたとえで、あの人を殺した瞬間に、急に目の前に

魔法のように家が建つわけじゃない。これからは、この世にある

家一件分の価値が、もはや死んでしまったあの人にいきわたらなくなり、

かわりにだれが他の人のものになるってだけだ。


あのひとがまだこの世にいたとしたら、貧しい人は家さえも建てられなかった。

でも、これからみんな頑張れば、家がたつかもしれない・・ってことさ。

だから、君はあのひとをぶっ殺したことは間違いじゃなかったのさ・・・


・・・言うなれば、殺されたあのひとは生きてるときに、さんざん

ぜいたくして価値あるものを全て浪費して消し去ってしまったんだよ。

だから、今はこの世のどこにもそれが残っていない。

悔しいけど、なくなったもんはとりかえせない。だからこれから僕たちが

頑張って社会に存在する富を増やしていくしかないんだよ・・・


私は納得した気がしました。ですがあくまでも”気がした”だけです。

今思えば私は彼の言葉の真意をつかんでおらず、

耳から耳へと聞き流していただけなのです。


逃亡に成功していたとはいえ、国内ではさすがに当局の追い込みも

もきびしくなってきたので、私は国外に逃れ、そして仕事も得ました。 


でも、新しい国でも、なんか前の国とおなじような感じなんですよ。

働いても働いても豊かになってるんだという実感がわきません。

で、私は思いました、もしかしてこの国でも、前の国と同様、だれかが

どこかで働く人の利益を不法にかすめとっているんじゃないか・・・って










ところが、しばらくしてその国にポルポトとか言う人がでてきて

やっぱり先生と似たようなことを言いはじめたんですよ。

わたしは、すっきりした気分になりました。


どこの国も、同じようなものなんです。こういう事情って・・・


でもスケールは日本と大違いですね。ポルポトさんがいうには、

この国ってごく潰しの数が日本とは比較にならないほどおおいんですって。

どうりでこの国が今の昔も貧しかったわけだ・・・


ということで、私はこの国でも、かつてあの人を殺したときと同じような

義憤を覚え、いままでの仕事を辞め、革命仲間に加わって

どんどんごく潰しをぶっ殺す作業に加わることになりました。


凄いぞ!ぶっ殺せばぶっ殺すほど国民は、家が建てられるぶんの

お金をこれからやつらに搾取されなくてすむんだ。

やつらの未来の所得合計は百万円くらいになるだろう。

(百万円っていうのは、この国では結構な価値です)

いまや百万円は、まるまるお百姓さんの手に行き渡る。

お百姓サンだって、その金で家一軒くらい余裕で建てられるだろう。


私なりの計算だと、役立たずのごく潰しを10万人ぶっ殺せば

将来、1000億円が浮きます。

(ポルポトさんのいうことには、この国の人の半分はごく潰しだそうです

多すぎる・・・)

ということは、この国に半分いるごく潰しどもをぶっ殺し終われば

いきなり二倍の豊かさを持った国がこの世に出現するのです!

周りの国もびっくりすることでしょう。


どうして思い切ったことをやらないのよその国?

ほーら、私の国をまねしてごらん。

私はおせっかいにも、こういって隣の国のひとたちに

自分の教えを広めてまわってみたい気分でした。


よくいう革命の輸出ってやつですかね。



私は夢を描きました

当時の私は、毎日毎日誰かの頭を斧でちょん切る仕事に

精を出しつづけていました。

人を一人ぶっ殺すたびに、これでどこかの名もなき貧しい人一人に

家を建ててやることができるんだ!と思いながら・・・


一時間に頭をひとつちょん切るのですから、私は一時間毎、

100万円をまるまる社会に献上しているようなものです。

私って、なんて公共心あふれる人間なんでしょう!

もしかして私は、アラブの大富豪も及ばない世界の納税額

ナンバーワンなのかしらん?なんてうぬぼれも抱いたりしました。


毎日せっせとごく潰しのあたまをちょん切っているのは

なにも、わたしだけではありません。私以外のたくさんの人が

同じようなことを行っているのですから、このおそろしいほどの

莫大な金が、そっくりそのまま社会に献上されているというわけです。

歴史上、こんなことってあったでしょうか?


このお金があれば、高速道路、救急病院といった、高価な社会設備が

なんでもあっというまに建ってしまうことでしょう。

そうすれば、この国はあっというまに世界一豊かな国になることができます。

わーすごい、夢のようだ!


私はこの国一国だけではなく、世界にも目を広げてみました。


極端な話、世界の役立たずを10億人ぶっ殺せば、
食糧危機も南北問題もあっという間に解決してしまうことになります。


ですが、我々だってただ過激に向かうだけではなく、ちゃんと、

バランスをとっていたんですよ。極端すぎる考えは、いけません。









極端な話だが、世界中の人間のほとんどが死んで一人だけいきのこったら、

世界のGNP=自分の稼ぎという、ビルゲイツも顔負けの

ものすごい大金持ちが誕生するんじゃなかろうか・・・

だから、10億人なんてケチらずに、もっともっとぶっ殺した方がいい


時にはこういった極端な主張をする者も出てきましたが、これは
行き過ぎだといって、親しい仲間が斧で頭をかち割っていさめました。

ちゃんと生産している人を殺したら、損です。

私どももバカじゃありませんから、それくらいはわかっていましたので、

過激すぎる意見は排除してバランスをたもっていました。


でも、ちゃんと生産してる人とそうでない人の見極めって、

素人には、凄く難しいんですよ。

ですが、この国ではそういった問題はあまり起きませんでした。

なぜならポルポトさんの見極めは明確で、”誰と誰がだめで誰と誰はいい”と、

職業によって分類をしていました。単純明快で、私たちは従うだけ。

だから、字すら読めない無学な者も革命に参加できたんです。


そしていつしかこの国では”誰かをぶっ殺して社会に富を寄進するよりも、

その富が直接自分のところにやってきたほうがいい、そうなる方法が

あるのならば、ぜひともやってみたい!”と思う人たちが出てきました。

かつての私と同じような感情ですが、今思えば利己的すぎますね。


ですが、これくらいの贅沢はしょうがないと思いませんか?

だってわれわれは毎日毎日、人間の頭を斧でかち割るという、

社会的ではあるけど人間性がまるでない、苦痛にまみれた作業に

文句も言わず、黙々と取り組んでいたんですよ?

普通に考えれば、なにか報酬がないとモチベーション保てませんよね。


というわけで、そういった一種の利己心が蔓延しつつあったこの国では

果たして自分が豊かになれるかどうか試してみようと思って

手はじめに自分のだんなや親戚などの身近な者をぶっ殺す人も

ちらほらとでてくるようになりました。


いわば、勝手に”じぶんなりの革命”を起こし始めたわけです。


自分なりの革命なんて・・・

でもよく考えたら、そんな自己流の革命では自分は豊かになるはずがないんですよね。


私の近くの村でも、もし農耕させたらたっぷり働いてくれるはずの稼ぎ頭のだんなを

ぶっ殺しちゃったばっかりに、逆に食うにも困ってしまった、そんな奥さんがいました。


ポルポト先生の理論では、何の生産もしていないインテリ職のごく潰しだった

だんなの死ぬまでの予想収入は1000万円、その1000万はだんなの死により

まるまる社会のどこかに還元されたことになる。だがおかしい。

その1000万のうち1銭たりとも妻であるわたしのところにきてないではないか。

それが社会のどこかの貧しい者たちに寄進をされたという確実な証拠も、ない。

もしかして、だれか悪いやつらが途中でかすめ取ってしまっているのではなかろうか?

そいつはだれだ!そいつをみつけだして、ぶっころしてやる!!


こんなふうに間違った考えを抱いてしまったその奥さんは、ダンナを殺した後も、

夜な夜な街を物色して、ぶっ殺す”追加の”相手をさがしまわったそうです。

でも見つかるはずがありませんよね。そいつを突き止める知識も術も、

教授でも探偵でもない無学なおばさんには皆目ないのですから。


また高利貸し、占い師、芸人など、めぼしいごく潰しは、

すでに私達がぶっころし尽くしてしまったこともあり、

犯人と疑わしき人は街に一人もいませんでした。


というわけで、その奥さん、”おかしい”としきりにクビをかしげていた

らしいですが、しばらくした後、熱狂がおさまって仏心が復活した奥さんは


”だんなの収入の分がわたしに来なくてもかまわない。

誰か名もなき者にいきわたってくれさえすればそれでいい。

たとえそれをもらうにはふさわしくない、悪い奴にかすめとられた可能性が

少しはあるとはいっても、誰かを特定できないかぎり証拠は無いので

考えるのは無意味だ・・・・”そう悟って犯人探しをあきらめたそうです。









”やっぱり革命は、我々みたいな専門の組織にまかせておけばいいんだ”

みんな、そういうふうに再確認をしたのです。

私的革命をするひとも、いつしかいなくなりました。


そんなこんなで、数年がたった後のことになります。


”時というものはそういうものだ”といえばそれまでですが、

私たちの心境にも、少しづつ変化があらわれてくるようになりました。


なぜなら、いくら革命という金持ちの粛清を続けても、残された我々全体が、

ぶっ殺したごく潰しのぶんだけ豊かになる気配がまったくなかったからです。

高速道路もダムも、一向に建設される気配がありません。


あれだけごく潰しの頭をちょん切ったんだから、だいぶお金が浮いたはず。

だったら原資はじゅうぶんにあるはずなのに、どうしてなのかと不思議に思いました。


庶民の暮し向きはまえとかわらず、逆に、今までより余計に働いていても、

まずしくなっていくありさまです 。


何かがおかしい・・・私たちはこう考えはじめるようになりました。


懸命に頭をちょん切る対象を探しつづけた結果

”以前のようにだれかが中間搾取してるのか?いかん、社会が逆戻りしてしまう!”

”ゆるせない、こんどの犯人は誰だ!””偉い人、そいつらを指名手配してくれ!”

”それをしないのなら、わたしたちだけで犯人を捜し出し、指摘制裁を加えるぞ!”


そう思った私たちの間で、懸命な犯人探しが始まりました。

犯人は、上の人たちが指定することもあれば

わたしたちみたいな末端のメンバーが見つけ出すこともありました。

それが私達の仲間だったりしたときはショックでした。

だけど私は、涙をのんで友人の頭をちょん切りました。


ですが、こうやって犯人をぶっ殺し続けても、しばらくしてあらたな

犯人が出てきます。その犯人をぶっ殺して・・そしてまた新たな

悪の芽が出て・・・この繰り返しです。時々、むなしささえ感じました。

でも、おまわりさんが犯人の捜査をやめてしまえば、みんな困るはずですよね。

世界中の警察官も、我々と同じむなしさを味わっていることでしょう。

われわれも彼ら警察官と似たようなものではないだろうか・・・と思いました。


こういった仕事は、社会のためにだれかがやらなければならない。

我々も、決して手を抜くわけには行かないのだ。

私達はそう思い、懸命に頭をちょん切る対象を捜索しつづけました。


いつしかわれわれは、人から”秘密警察”と呼ばれるような組織になっていきました。


こんないたちごっこをつづけているうちに、いつしか私の心の中には、

”私がぶっ殺してきた人たちは、果たして本当に犯人だったのだろうか?”

という疑問がふくらんできていました。


だってこんなにがんばっているのに、この国は全然に豊かにならないんだもの。

逆に、こんなことやってない周りの国がどんどん工業化して豊かになって

私達の国はどんどんおいてけぼりにさせられる有様です。



読者登録

柏葉まろみさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について