閉じる


<<最初から読む

16 / 18ページ

chapter 8-2

 

「ジェフっていう男、そんなに俺に似てた?」
 隣で横たわるジェレミーの言葉にぎくりとした。「俺、何か口走ってた?」
 ジェレミーは曖昧な笑顔を向けるだけで、何も答えない。恐らく、自覚なく口にしてしまったのだろう。
「ジェレミー、今だけ司祭になったつもりで聞いてくれないか?」
「俺は信心深くないけどいいよ」
 エディは深呼吸をして、仰向きになった。
「今朝のニュースでやってた…アッパーイーストに住んでる医者がソープオペラの女優に撃たれて死んだろ?1人は重傷で」
「なんか、あったな。そういえば」
「ジェフってのは、その死んだ方の医者の名前だよ」
 ジェレミーの体が動いたのが視界の端で分かった。
「彼女、メリッサをそそのかしたのは俺だよ。こうなる可能性もあったのに…本当の事を彼女に話してしまった。彼を…ジェフを傷つけるつもりなんてなかった。ましてや死んで欲しいなんて思った事も…」
 話し続けようとしたが、上手く言葉が出なかった。また嗚咽が込み上げる。不意に目の前が陰り、ジェレミーの体が覆いかぶさって、エディの頭を抱え、子供をあやすように抱きしめた。
「ちゃん泣かないと、余計苦しいんだ。これだったら、泣いてる顔も隠せる。俺からも見えない。今だけだ。今だけは、ちゃんと泣いておけよ」
 ジェレミーに抱きしめられるまま横を向き、彼の首筋に顔を伏せた。涙は後から後からあふれ出る。嗚咽を堪えるエディの髪を、ジェレミーはずっと優しく撫で続けていた。
 
 
 朝食を一緒に、と誘うジェレミーの誘いをエディは固辞した。
「ハドソンに身投げなんて事はしでかさないから、心配ないよ」
 瞼の腫れも、目の充血もひいた。連絡先を聞こうとするのをかわし、自分のアパート方面へ流しているタクシーを止めて別れた。
 予想していた事ではある。ドアを開けると、目を晴らしたベスが腕の中に飛び込み、途端に堰を切ったように泣き出した。
「エディ…」聞き覚えのある声が2人分。スコットとアネットの姿があった。アネットが掴んだ腕を振り払い、スコットは近づいてきて、エディのジャケットの襟元を掴んだ。
「お前な…」
「分かってるよ」
「ご丁寧に電話のコードまで抜いて行きやがって。彼女がどれだけ心配したと思ってるんだ」
 スコットがこうして静かに言う時は、怒りが頂点に達している時だ、とエディは経験上知っている、
「待ってくれ。まず、ベスを休ませないと」
「いや。傍にいる」
 子供のように、ベスはエディのジャケットを掴んで離さない。
「大丈夫だよ。ここにいるから。スコットと話すから、奥で休むんだ。な?行こう」
 ベスの肩を抱き、寝室へ誘った。ベッドに入らせ、暫く手を握っていた。その間も、嫌だ、行かないで、とうわ言のように呟いていたが、しばらくすると、泣きつかれた子供のように寝入ってしまった。両親を失った時の事を思い出させてしまったのかもしれない。
 居間にもどったエディを迎えたのは、いきなりのスコットの拳だった。
「スコット!」もう一発殴ろうとするスコットの手首に、アネットがしがみついた。さすがに彼女を力づくで振り払おうとはしなかった。口の中に鉄の味が広がった。
「これだけで済んで、ありがたいって思えよ」
「分かってるよ」
「お前、彼女に…メリッサに何かしたか?それとも、何か言ったのか?」
 エディは答えなかった。答えられる訳がない。立派な連邦法違反もあるのだから。
「あったって言わないだろうがな。ジェフが死んだ事で、お前がショックを受けてる事は分かってる。けど、ベスはどうするんだ?」
 それも、答えられる類のものではなかった。
「だんまりか。まぁ、しょうがない。まだ、ちゃんと考えられる頭じゃないだろうからな。」
「帰ってくれないか、スコット」
「お前…」
「スコット!エディの気持ちも考えてあげて!」
「アニー、助かるよ」
「ほら、ダーリン!」
 アネットに止められ、スコットは渋々諦めてくれた。
「すまないな」
 上着を掴んだスコットはドアの傍まで行き、振り返ってもう一度エディを見た。
「ちゃんと考えろよ」
 最後に一言残し、二人は帰って行った。部屋の中が急に静まり返る。まだ、街が動き出すには早い時間だった。
(ちゃんと考えろよ、か…)
 考えてないでもなかったが、スコットにまだ伝える気がしなかったのだ。電話の傍まで、ゆっくりと歩み寄った。
受話器を上げ、911を押す。
「ミッドタウン・サウス署の殺人課に繋いでくれないかな?」

16
最終更新日 : 2014-04-11 16:12:47

Epirogue1

‡Epirogue‡

 

 

 

 結果的に殺人を犯したメリッサは勿論の事、彼女に対して違法に薬物の違法供給をしたと自ら申し出たエディ以外にも、警察の厄介になる者はいた。

メリッサのエージェント、マークである。

 彼女に渡した未登録の拳銃が今回の事件に使用された事で、彼は拳銃の不法所持により拘置所に収監された。そこでマークは、銃の入手元と、そのネットワークを話すと司法取引を持ち掛け、さらに負けを覚悟で賭けに出た。クリス・デガーモに対し、メリッサの気持ちを弄んだとして、弁護士を通じて民事訴訟を起こす準備がある、と通告したのだ。

 物的証拠も少なく、正確性に欠ける関係者の証言すら、あまり期待出来ない状況では、相手側の弁護士の力量(これは、自身の雇った弁護士から聞いた)から言っても、本来到底勝ち目はなかったのだが。

 しかしマークの読みは当たり、 これ以上問題を大きくしたくない デガーモ家は、顧問弁護士を通じて、示談金による和解の申し入れをしてきた。自身の弁護士からそれを知らされたマークは、申し出を快諾。示談金をたんまりとふんだくった。そこから自身と、そしてメリッサからの依頼により、エディの保釈金を支払い、晴れて自由の身となった。

 当然ながら、メリッサは何らかの刑は免れないようだった。恐らく裁判の日には、弁護士は彼女に白い襟のついた清楚なワンピースかシックなスーツでも着せるだろう。陪審員に、『爛れた関係のエリート医師2人に弄ばれた、気の毒な清純派女優』の印象を与える為に。

『エディ。保釈金は、あたしとメリッサからのお詫びだと思って頂戴。あんたを巻き込んで、あんたが好きだった男を殺しちまった事へのね』

 彼女は、エディの真意を知っていたのだろうか?今となっては、知る由もない。知った所で、何の救いにすらならない。

 正確な事情も理解しないまま保釈され、ポーカーフェイスで以てマークを見るエディに、オカマのエージェントは優しく笑った。

『本当は、あんたの恋人だったんでしょ?死んだ、あのドクターは』

 マークの問いに、エディは曖昧に笑みを返すのみで、返答の代わりとした。

『保釈金の出所は、あたしやメリッサじゃないのよ。実は、ドクター・デガーモの実家からなの。よくもうちの女優を弄んでくれた、訴えてやるって言ったら、たんまり示談金支払ってくれたわ。どうせ、ドクター・テイトを誘惑したのも、彼の仕業だろうし。』

 マークは、口の端を歪めて笑った。

『別に、あんたの仇を取った訳じゃないから、気にしないで頂戴』

 マークは、次のスターを探す前に、休暇と称して故郷のロンドンに帰って行った。

 そうしてアイスクリームの屋台が姿を消し、セントラル・パークが枯れ葉色に染まり、雪化粧をし、ミッドタウンを走り抜けるタクシーが泥水を跳ね上げ、事件から1年が過ぎた。

 検死の結果、『複数の動脈が受けた銃創による失血死』と判断されたジェフは、故郷シアトルの6フィート下の土の中で眠りについていた。

 傷の癒えたクリスは、実家の伝手で中西部の都市にある病院に赴任した。(婚約は、勿論解消された)

 マイケルは一児の父となり、次の冬には、二児の父となる。

 スコットは、アネットとの長い春に終止符を打ち、先日ボラボラ島へハネムーンに旅立った。

 そしてエディは、グリニッジヴィレッジのバーにいた。カウンターの内側に。

 

 

「ダーリン、今夜は早く帰れるんだろ?起きて待ってるから」

 夜遊びにはまだ時間も早く、人もまばらな店内で、黒に近い褐色の髪の男が、アイス・ブルーの目を細め、カウンター内のエディに微笑みかける。

「あぁ、いつもよりはね。明日は、あんたの誕生日なんだからさ。けど、明け方には違いないんだから、腹が減ったらサラダと冷蔵庫に豆のブリトーが残ってるから、そのままオーブンへ…」

 エディが言い終えるのを待たずして、先の男がエディの首を引き寄せて唇をかさねた。ほんの1.2秒、舌こそ絡めていないが、恋人同士の物と充分に分かるキスを交わす。

「Hi,Sis.(お嬢さん)。ここは女性は…」

 入り口の方で、店長が『招かれざる客』らしい人物を制止しているようだった。

「分かってるわ。知り合いが働いてるって聞いて、会いに来ただけよ」

 懐かしい声がした。

 砂色の髪をした、長身の店長の手を軽く払い、入って来たのは、小柄な女性の姿だった。

「エディ…」

 彼女───ベスはエディの名を呼び、立ち止まる。

 エディは、自分にキスをした男の頬に軽くキスをし笑顔で送り出す。「ジェレミー、じゃあ後で」

 ジェレミーと呼ばれた男が去る姿を見届けてから、ベスはエディの前のカウンターに座った。

「Don、悪いな。彼女、俺の知り合いなんだ」

 エディが、店長に手を上げて合図を送る。

 端正な顔立ちの店長は、何か合点がいったように青灰色の目を軽く細めて、席を外した。

「なんにする?」

「ベイリーズ。ロックで」

「女の子っぽいな。そんなのも飲むんだ」

 とろみを帯びた液体を安物のロックグラスに注ぎ、ベスの前の紙コースターに置く。しかし、まだ彼女の顔を直視出来なかった。

「たまにはね」

 キャラメル色の酒を軽く口に含んだベスは、最後に会った時────拘置所の面会の時よりは、ふっくらしている。いや、元に戻っただけだろう。あの時は、限界までやつれていたのだから。

「久しぶりだね」

「久しぶりね、本当に。髪、伸びたわね」

 ベスが笑う。

「切るのが面倒でね」エディは苦笑いと共に、胸元まで伸びた波打つ暗褐色の巻き毛に触れた。「撫で肩隠しさ。今も、ハリス&ディップルに?」

「いいえ。でも、またミッドタウンの薬局兼、医療品供給所にいるわ」

 会話は、すぐに途切れてしまう。それでも、まだ目を合わせる事は出来ずにいた。彼女も、また。

「ここは、スコットに聞いた?」

「えぇ、先月。会いに来る決心がやっとついたから」

 グラスを持ったベスの左手薬指に、金色の指輪が光っていた。

「そうか…。」

「さっきの彼、あなたの恋人?」

 ベスの問いは、ジェレミーの事を指していた。カウンター越しの遣り取りを見ていたのだろう。ジェフとの関係は、面会の際にも話していなかった。公選弁護士は守秘義務を守り、スコットは友情を優先した。 話す決心がまだついていなかった、というのは、言い訳になるだろう。あの時はまだ、現実に対峙する事を避けていた。かと言って、この期に及んでも、素直に答えるのはエディには、まだ躊躇があった。が、それでも彼女に伝えるべき言葉がある。

「俺は…君には本当に悪い事をした」

「知ってたわ」

 磨いていたグラスから、エディは顔を上げた。その先には、寂しげに笑うベスの顔があった。

「あなたが、私と一緒にいても、私を見てなかった事。そして、本当は誰を見てたのか。でも、認めたくなかったのね、きっと。あなたが誰をどう思っていようと、今は私の傍にいるんだから、って。ずっと自分にそう言い聞かせてたわ」

「すまなかった。ずっと、ずっと謝らないといけないと思っていた。事件の事は勿論の事、君の気持ちを分かってながら、騙していた。ジェフとの関係も…。本当なら、遅くとも面会に来てくれた時、話すべきだったと思う。でも、まだ決心がつかなかった。あそこを出てからも、話す機会は充分にあった筈なのに…。それほどに、俺は臆病で卑怯者だ」

 ベスの目を見て、もう一度謝罪の言葉を口にする。しかし、ベスは否定するかのように、目を閉じて頭を振った。

「あなたは、自分に正直にならなかった事で、本当に愛する人を永遠に失ったわ。罰は、それで充分だと思わない?」

「ベス…」

「私も、怖がらずに真実に目を向けるべきだった。そうすれば、傷はもっと浅くて済んだ。お互いに、もっと正直になるべきだったわね」

 今、目の前にいる彼女は、スコットを通じて、こっそりと気持ちを伝えて来た、内気な女性ではなかった。自分よりも遥かにマチュア(成熟した)な大人の女がそこにいた。

「ありがとう」 エディは、真摯に感謝の言葉を足す。一言で伝えきれない想いが、声を微かに震わせ、低く響かせた。

「私、秋に結婚するの。」

 ベスが、左手薬指の指輪をエディに向けた。

「招待状を送ったら、さっきの彼と、一緒に参列してくれるかしら?」目が悪戯っぽく笑っている。

「君は、その…他の友達は気にするんじゃないか?」

「N.Y.に住んでて、ゲイの友人が、あなただけだと思う?」

「じゃあ、俺達の時も、その教会は受けてくれるかな?」

 エディは、ベスの発した『ゲイ』という言葉に、何も抵抗を感じる事なく、自分の左手を彼女に見せた。そこには、今年のエディの誕生日にジェレミーから贈られた、ペア・リングが銀色に鈍い光を放っていた。他人に見せた事はないが、内側には永遠の愛を誓う言葉が刻まれている。

 ベスが吹き出した。「多分ね。その時は、私がブライド・メイドを連れて来たげるわ」

「おいおい、ブライド・メイドって…俺にウエディングドレス着せる気?」

「撫で肩で、ヒップラインが綺麗だから、オープンショルダーでマーメイド・ラインのドレスが似合いそうだわ。首が長いから、チョーカータイプのネックレスが合うわね」

「楽しそうに言うなよ、洒落にならない。勘弁してくれよ」

 やっと、心からの笑顔を互いに向け合う。

「久しぶりに、あなたの作るテックス・メックス・スタイルの料理が食べたいわ。今度ダブル・デートしましょうよ。『あなた達の家』でね」

 ウィンクするベスに、エディは苦笑し、手近なコースターに住所と電話番号を記して手渡した。そして、家族にするようにハグと暖かいキスをした。

 悪夢は、もう見ない。幸福の扉を閉ざす事も。

 エディの心の中で、新しいドアが微かに開いていた。

 隙間からは、明るい光が差し込んでいた。

 

 

†    E N D   †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


奥付



The Killing Words


http://p.booklog.jp/book/64275


著者 : セキトウ マイ
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/akafujimai/profile


感想はこちらのコメントへ
http://p.booklog.jp/book/64275

ブクログ本棚へ入れる
http://booklog.jp/item/3/64275



電子書籍プラットフォーム : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社ブクログ



この本の内容は以上です。


読者登録

セキトウ マイさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について