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chapter 4-1

 
 
 
 街は既にクリスマス・ムード一色だった。エンパイア・ステートビルは、先日からイルミネーションを赤と緑に変えた。デパートにしろ、専門店にしろ、一部の敷居の高い店を除けば、「SALE」の文字と共にクリスマスの飾りつけでウィンドウが埋まる。街のあちこちで煌びやかなイルミネーションが輝き、ミッドタウンにはクリスマスの買物客が歩道を溢れそうに歩いている。
 去年のクリスマスは、エディは同僚達のパーティーに呼ばれ、その後はスコットに呼び出された。初めてジェフに出会ったのも、その時だ。
 メディカル・スクールに入学して以来、実家にも帰っていない。それどころか、クリスマス・カードすら送っていなかった。せめて生きている、という証に数年ぶりに送ろうかと考える。
 ランチ・タイムを過ぎ、ミッドタウンの歩道は変わらず混んでいる。そこで働く者、観光客、買い物で訪れた者。歩くスピードで、分かれているかのようだ。
 普段より時間のずれた昼休みが、エディは好きだった。独りになれる上、どこのランチョネットに行っても、さほど混雑しておらず、ゆっくりくつろげる。
 ジェフの家での『打ち明け話』以来、ジェフにもクリスにも会っていない。あれから、ほぼ1週間。日々の雑事に追われ、新年の休みの計画を建てたりする事で、どんどん日は過ぎた。彼らからの連絡も入らない。
 しばらく、新年の休みは何処にも出かけていなかった。たまには、アムトラックに乗って、暖かい街まで贅沢な長距離列車の旅もいいかもしれない。
 ゆったりとした気持ちで考えながら店に戻ると、久しぶりの来客が待ち構えていた。スコットの姿が、カウンターの前にあった。エディの同僚、べスこと、キム・エリザベス・マッケンジーと何やら話し込んでいる。
「よう、スコット。アネットに言いつけるぞ」
 楽しげにひそひそ話しをしている二人に声を掛ける。小さく悲鳴をあげて、べスがうろたえたた様子を見せた。
「あ、あ、あらエディ。そんな事言ったらスコットに失礼よ。あなたを待ってたのよ」
 そそくさと、逃げるように調剤室へ行ってしまう。
「どうかしたの?彼女」
「いや、何も」
 スコットはにやにやしている。きっと何か隠しているのだろう。何か、エディにとっては、良からぬ事を。
「で?」
「何が?」
「何もなくて、お前が来る訳ないだろ?用件だよ、用件」
「ああ。リンからカードを預かって来てる」白い封筒が差し出された。マイケルの言っていた招待状だろう。
「リンからなんでお前の所行くんだよ」
「アニー経由」
 スコットは口をへの字に歪める。マイケルが妻のリンに頭が上がらないのと同様に、スコットも同棲しているガールフレンドのアネットには逆らえない。この二人のタッグに勝てる者は、エディの知る範囲では、誰も存在しない。
「で、アニーからも伝言。たまには飯食いに来いって。俺らがクイーンズに引っ越してから、足が遠のいてるからな、お前は。今夜は?」
 特に予定が入っている訳ではない。エディは肩をすくめた。
「了解」
「じゃあ、もう一人ゲストがいるから、お前の車で連れてきてくれ」
「え?」
「じゃあな」
 エディが聞き返したのも聞こえなかったかのように、スコットはそそくさと出て行った。追いかけようとしたが、処方箋を目の前に差し出されたため、断念せ得ざるを得なかった。
 スコットが頭が上がらないのと同じく、エディもアネットには頭が上がらない。彼女は、スコットが何も言う前から、ジェフとエディの関係に気づき、理解を示してくれた。店の同僚達に比べれば、はるかに気楽ではあったが、もう一人のゲスト次第では、気疲れする夜になることは確実だった。
 
 
「エディ!」
 タイムカードのパンチングをしているエディに声をかけてきたのは、べスだった。
キム・エリザベス・マッケンジー。エディより2つか3つ年下で、頭一つ分ほど彼より小柄だ。よくエディを外食だ、ホーム・パーティーだと引っ張り回すアリスンに比べれば、店では目立たない存在である。栗色の肩までの真っ直ぐな髪と同色の目は、時折気弱げに見えるが、陰気という印象ではない。ただ、おとなしそうな雰囲気である。
「スコット…ドクター・ロッケンフィールドの言ってた『もう一人』って、私なの」
 『私』というところで、べスは微かに口ごもった。久しぶりに、スコットのお節介が発動したと見える。
「ドクター・ロッケンフィールドなんて言われたら、誰のことか分からなかったよ。スコットロックだろ?了解」
 エディは、自分で『同僚用』と名づけている笑顔を向け、愛車のキーをべスに見せた。
 店の裏側にある、従業員専用の駐車スペースにべスを誘い、助手席のドアを開ける。
「ごめん。ちょっと煙草臭いかも知れない。こないだ、ジェフ…ドクター・テイトを送って行ってから、掃除してないんだ。奴は他人の車で遠慮なしに煙草吸いやがるから」
 エディは苦笑しながら、車を発進させた。混み合ったパーク街を北上し、60丁目で東へ曲がる。ブルーミングデイルズの前を抜ければ、クイーンズボロ・ブリッジは、すぐそこだった。
 まだ日は完全に沈みきってはいないが、最初からミッドタウンを東に出て、イーストリバー沿いに走った方が、女性受けは良かったかもしれないとエディは少し後悔した。べスからは逆方向にはなるが、マンハッタンの摩天楼から覗く夕日と、対照的な対岸のクイーンズを眺めるには良かっただろう。
(ま、最初からサービス精神旺盛でもな。あまり期待させるのも良くないだろう)
 橋を渡っている間中、べスは子供のようにはしゃぎながら、イーストリバーを行きかう船を眺めていた。
 
 
 スコットと、そのガールフレンド、アネット・フェルナーの住まいは、クイーンズ北側の住宅街にある、家族向けのアパートだった。建物自体は古く、エレベーターもついていなかったが、部屋は2階なので、将来もさほど苦痛ではないだろう。内装は、ほとんどアネットが手がけたのであろうが、壁紙が全て貼りかえられ、綺麗になっている。造りつけの暖炉の上にはスコットの家族、アネットの家族、そして二人の写真。出窓にはシクラメンの鉢植えが色違いで3個並んでいる。
 エディとべスが到着した時には、リビングまで香ばしい匂いが漂っていた。やや広めのダイニングに通されると、、アネットはキッチンで作業の真っ最中だった。
「座ってて。もうすぐ出来るわ。ダーリン、飲み物をお願い」
 彼女には、手が何本あるのだろうと思わせる手際で、料理がテーブルに並ぶ。
「エディ、べス、何にする?」
「俺、ビールだけにしとくよ」
「じゃあ、白ワインを頂くわ」
「OK」エディにはミラーの缶が、べスには、グラスに注がれたリースリング。
 バーテンを命じられたスコットが用意をしている間に、4人分のキャベツのスープが給仕され、温められた芥子の実のついたロールパンが出され、ハーブ入りバターを塗ったチキンの脚と、グリルしたじゃがいもとたまねぎの載った大皿が、テーブルの真ん中に鎮座した。更にシーザーサラダが出て来る。
 会食自体はスムーズなものだった。一番ありがたかったのは、4人の中で最も社交的なアネットの存在だった。彼女が主に会話を転がし、ややシャイなべスの言葉数を増やし、エディとスコットの負担を軽減した。
 当たり障りのない話題。クリスマスの予定、新年の休みの計画、新しくオープンしたレストランの評判、まだ終りそうにない、中東への派兵。給料が上がらないことへの不満と、土地の高騰。海外旅行に行くなら、ヨーロッパとアジアのどちらか、再開発が進む、リトルイタリー北側の話。
 デザートには、ベイクド・アラスカがコーヒーと共に供された。
「さすがに2人の時には作らないわよ。頑張っちゃった」
 アネットは出来映えにご機嫌だった。溶けてしまわないうちに、きれいに平らげてしまうと、後片付けをしながら女同士のお喋りに興じる二人と、邪魔者扱いされ、リビングへ追いやられた男二人に分かれた。
「で、今回は何のお節介だよ」
「俺が自分から仕掛けたんじゃないぜ。オファーがあったからだ」
「オファーって…」一瞬考えて、エディは額を押さえた。
 エディはそれほど女にもてる訳ではなかったが、外面の良さから、こうしたアプローチは忘れた頃にやってくる。まだ、アリスンに依頼されるより遥かにましだった。彼女は、店の情報通でもあり、広報係でもある。
「お前とべスが上手くいこうがいくまいが、俺には責任はない。それは彼女にも伝えてある。きっかけを作る役割って事で、引き受けたまでだ。ま、お前の友人である俺を選択した時点で、彼女は馬鹿じゃないと思ってるんだが」
「それは、分かるよ」
 ミラーの缶を飲み干し、エディは苦笑した。
「最近ジェフの動きが、やたら変だしな。聞いたか?」
「何の話だ?」
 スコットが小さく『くそっ』と呟いた。
「いや、奴がお前に言ってないんなら、本気かどうか分からんが…」
「クリスがジェフを寝取った件か?」
 エディは小さな声で自嘲するように言った。スコットが舌打ちして視線をそらした。自ら口にしたエディは、微かな胃のきしみを感じていた。
「やっぱりそうだったのか。いいのか?それで」
 まるで、細波のように、顔にこわばりを感じるが、すぐに戻す。しかし、笑顔は皮肉なものにしかならない。
「いいも何も。奴が選んだことだ。別に奴と俺とで、余所に転ばない約束はしてない」
「なら、『彼女』とも付き合ってみるんだな。俺は悪くない組み合わせだと思ってるぜ」
 エディは、ふん、と鼻で笑って返事を誤魔化した。
「とりあえず、マイクのとこのパーティーには、彼女も呼んだ。例によってアネットからリンに連絡はいってるから。お前も来れるんなら、彼女のエスコート役はお前だ。ジェフが何と言おうとな。」ジェフの下りだけ、スコットは更に声を潜めた。
「ジェフはその日、ナースとデート」
「ああ、あの!!」
 スコットははじけたように笑い出した。スコットとジェフは外科だが、、ジュディスはERである。彼女の熱の上げっぷりは、相当有名らしい。
「なにしろ1年越しだからな。彼女の執念にも恐れ入るよ。そうか」
 スコットは、まだ笑っている。
「いずれにせよ、あと1週間だ。マイクは、もうお前を頭数に入れてるみたいだぞ子供相手だから、夕方には解散だ。俺はアネットと食事に行く。お前はお前で、その後どうするか考えとけよ」
 どうもエディには選択の余地は無さそうだった。
「分かった。考えとくよ」
「エディ!べスが帰るって!送ってあげて!」
 キッチンからアネットの声がした。リビングの男二人は顔を見合わせて、立ち上がった。
 
 
 べスの住まいは、グラマシーの南側、イーストビレッジ寄りだと聞いていた。帰りは橋を越え、すぐに2番街を南下した。国連本部を過ぎると、もう一度42丁目を曲がって、東へ出る。イーストリバー沿いに南下した。
「ちょっと遠回りかもしれないけど、ドライブにはいいんじゃない?」
 エディはべスに向かって軽口を叩く。すぐにヘリポートが見えてきた。川沿いに並ぶ大きな医療センターと、病院の向こう側に、ミッドタウンのビルの灯りが見えている。特にべスは何も言わないが、突然のドライブを楽しんでいるであろうことは感じられた。
「ドクター・ロッケンフィールド…スコットって、親しみやすい人なのね。大きな病院のお医者さんって、もっと気取ってるかと思ってたわ」べスの顔はエディの方を向いていたが、視線は窓の外に向けられていた。
「あいつは特別かもな」友人の話題には、エディの表情も和らぐ。
「同じエディのお友達でも、ドクター・テイトはあんまり喋らないし、なんだか怖い気がして…あまり、うちに来ないからいいんだけど」
 エディは思わず噴出した。
「あいつが怖そうなのは、まさに『見掛け倒し』だよ。いつか分かる」
「でも、ほら、もう一人。ほっそりした、もう少し背の高い…」
「クリスかい?クリス・デ・ガーモ。」
「そう!あの人は…何だか苦手だわ。本音が見えない気がして」
 確かにスコットの言う通り、彼女は馬鹿ではない。ただし、エディに関しては、彼女も買いかぶっているようだ。
 東14丁目に差し掛かったところで、ハンドルを西に切る。この辺りがグラマシーとイーストビレッジの境目だ。
「1番街を入って、シティ・バンクの前でいいわ。そこから歩いてすぐなの」
「歩くって、どの位?いくら住人でも、あまり早い時間じゃないんだぜ。一番近い通りまで送るよ」
 これはサービスでもなんでもない。相手が誰であれ、申し出ることだ。
「じゃあ…シティ・バンクを過ぎたら、右に曲がって、2ブロック先まで。そこからは目と鼻の先よ。車が出られなくなっちゃう」
「OK」
 遠慮と気遣いの攻防は、この位にしておいた方が良さそうだった。二人だけで話すのは、今日が初めてだろう。これ以上は彼女が恐縮してしまう。
 車を路肩に止め、サイドブレーキを引くと、べスがエディに向き直っていた。
「今日はありがとう」
 ほんの一瞬の事だった。彼女の唇がエディの口許を掠め、べスは大急ぎで車から降りた。エディが呆気に取られている間に彼女は数メートルを走り、振り返って手を振っていた。エディも振り返すと、べスはすぐ隣の建物に入っていった。そこが彼女の住まいなのだろう。
 彼女の性格を悪くない、と思いながらも、エディは気が重くなるのを感じていた。自分の中で明確な言語化はされていなかったが、エディの気持ちは、彼女に対しては良い友人の域を出ず、寝取られた鈍感男に向いていた。それを認められずにいることが、自身の気持ちを更に重くしている自覚は、全くといって良いほどなかった。
(彼女なら、明日からも急に態度が変わることはないだろう)
 特に何か言われたわけでもない。クリスマスまでは、何も考えずにいられそうだった。
(帰ったら、忘れずに冷蔵庫にいれよう)
 リアシートには、帰りにアネットから渡された、チキンの残りと玉ねぎをロシア風ドレッシングで和えたサンドイッチがあった。逃避のための所帯じみた思考に没頭し、エディは車を西へ走らせた。
 
 
 日勤を終えたジェフは、照明を落として薄暗くなった廊下を歩いていた。
 入院患者のいる病棟と違い、外来の廊下には人影が全くといって良いほどない。遠くからERの様子が聞こえてくる位のものだ。もう少し時間が経てば、病室をこっそり抜け出した患者の姿もあるが、ちょうど夕食も終ったばかりで、、消灯にはまだ時間があった。薄暗い中、ジェフの足音だけが響いていた。
 と、数メートル先に、見覚えのあるシルエットを発見して、足を止める。非常灯のおかげで、なんとか相手の顔が識別できる。コンタクトも装用中なので、知り合いを無視する無礼も働かずにすむ。
 前方にいる人影は、ジェフよりもやや背が高く、ほっそりとしておりーーーが、何かどこかが違う気がする。彼の知る男、クリス・デ・ガーモなら勤務先に非番であってもあんなラフな格好ーーーレザージャケットにダメージ・ジーンズーーーでは来ないだろう。しかし、どう見ても彼だ。
 クリスと思しき人物は、ジェフの姿を視認したが、すぐにそ知らぬ顔でサングラスをかけ、傍らのベンチに腰を下ろした。
(あれはクリスだよな?けど、なんで俺が無視されるんだ?)
 先日、エディが帰ってからの二度目の情事の後も、特に変化は無かった筈、とジェフは思い返す。が、つい、『何か自分が相手に悪い事をしてしまったのではないか?』と考えてしまう。我ながら情けない、と分かっているが、直すことが出来ずにいる。
 それでも、意味なく無視されたことに不貞腐れたジェフは、何も声を掛けることができないまま、駐車場へと足を速めた。
 
 
『ささやかながら、今年も子供たちの為の会を行います。来場時間も終了時間も設定しておりません。ただ、お願いがあります。
①子供たちへのプレゼント(高価な物ではありません)購入の為、ご寄付をお願いします。
②子供たちに行き渡るよう、出来れば日持ちのする焼き菓子等のご用意を
③来場時は、出来るだけラフな服装で。また、当然ながら、貴重品は決して手許から放さないで下さい。』
 
 スコットから手渡されたカードには、リンの文字が躍っていた。書かれている文章に比べ、カード自体はクリスマス・カードらしく飾られている。去年までは、マイケルの従兄であるジャックの妻アビーが担当していたらしい。が、字が綺麗で、可愛いカードが書ける、という理由から、リンにお鉢が回ってきたという。
 クリスマス・パーティーとマイケルは言っていたが、それはあくまでも、診療所に来る欠損家庭の子供たち向けのものだ。実際に招待状を受け取る大人達、ジャックやマイケルの知己は、サンタクロースの手伝いをするに過ぎない。
皆、それほどに裕福ということはないが、何がしかの形で医療に携わり、それなりの収入を得ている者も少なくない。年に一度、サンタの手伝いをする程度の余裕はある。
 ①の要望は、既に小切手を用意してアネットに託した。焼き菓子の類は、スコットやべスとも相談し、当日の昼間に買い物に行く事になっている。
 マイケルからのオファーということになっているが、実際の影響力が大きいのはリンである。さすがのクリスも、彼女には頭が上がらない、と聞いている。クリスも果たして来るのだろうか?彼がマイケルやリンと友人関係である事が、未だ信じられない。
 友人を庇ってか、マイケルが言った事がある。自分が偽善者であるのと同様、彼は偽悪的に振舞っているのだ、と。
『あいつの性格から言って、そんな面は絶対見せないと思うけどね。クリスは自分で分かってやってるんだ。どこまで自分が壊れずに悪くなれるか、自分に強いてる。傍から見ると、あいつ程要領良く適当にやってる奴はいないように見えるけど、あいつ程破滅願望な奴を、俺は見たことはないよ。分かってやってくれ、とは言わないけどね』
 マイケルの顔は、あくまでも彼お得意の、柔らかい微笑みを浮かべていた。。
 クリスが偽悪的かどうかは別として、彼の言動は全て、相手に与えるダメージを計算した上のものであることは確かだ。
 この企画にクリスも参加するなら、きっと普段の行いの罪滅ぼしに違いない、とエディは考え、カードを封筒に戻した。

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最終更新日 : 2014-04-11 16:02:47

chapter 4-2

 

 スコットとアネット、べスと待ち合わせをし、4人掛かりでゼリー・ビーンズやM&Mのチョコレート、クッキーやマフィン等を大きな紙袋3つほど買い込み、タクシーを拾った。

 大人が4人乗り込むと荷物を置く場所もなく、全てトランク行きだった。クリスマスの混雑を考えると、車は時間がかかるので効率は悪いのだが、大きな荷物を抱えての地下鉄はぞっとしない。第一、傍迷惑である。
「せっかくのクリスマスなのに雪がないなんて、気分出ないわね」
 渋滞に巻き込まれ、退屈を紛らわせながら、アネットが呟く。
「その分、セントラルパークで凍死する人間が少しでも減るだろうさ」
「嫌な言い方だけど、一理あるわね。これも、温暖化現象ってやつのせいなの?それなら、オゾン層破壊してる企業に感謝しなきゃね」
「でもホームレスが根本的に救われるわけじゃないさ」
「クリスマスにしちゃ、話題が殺伐とし過ぎてないか?お二人さん。止めようぜ」
 エディ達が物心ついた時にはベトナム戦争の真っ最中で、都会は反戦運動真っ盛りだった。親戚の中には、出兵した者も、逆にそれを嫌ってヒッピーのコミューンに行った者もいた。戦争が終結後も、帰還兵で後遺症に苦しむ者は少なくなかった。かと言って、彼等が手厚いケアを受けている訳ではない事を、ハイスクールに入って知った。
 平和な日々は何年か続いたが、またこの国は戦争を始めている。また『余所の国』で。
 TV宣教師は平和を訴えながらも、自分たちの教会への寄付を同じように声高に訴えている。その寄付は、ホームレスを救うことはない。しかも、同じ時間軸で見れば、今回の戦争で今まで死んでいった人数よりも、この街で死んでいくーーー殺されたり、巻き込まれたり、あるいは身を持ち崩したりーーー人数のほうが遥かに多い。PTSDから家を出てしまった帰還兵(ヴェテランズ)を含めて。分かっていても、直視したくない現実。
「着いたぜ」
 スコットに言われて、車から降りた。スコットと二人でトランクから荷物を下ろされた荷物を抱え、アネットが精算を済ませる。
 以前、どこかの医師が自宅兼診療所として使用していたものの、高齢になったため転居し、荒れるがままに放置されていた褐色砂岩の建物である。内装も自分達でやるからという条件で粘り、ジャックが安く借り受けた、と聞いた。一階の半分は、本来住居スペースだった筈だが、キッチンを除き、全てクリニックのために開放されている。
 エディ達が到着した時、診察室とキッチン以外は、既に託児所状態と化しており、幼児たちが走り回る中、リンと二人の女性が面倒を見ていた。
「あ、いらっしゃい。マイク!スコットとエディが来たわ!」
 真っ先に見つけて、声を掛けてきたのはリンだ。あとの二人、ブルネットとアッシュブロンドの小柄な女性は、恐らくジャックと、その相棒、トミーの妻だろう。
「アニー、いらっしゃい。あなたがエディのお友達ね。私はアビゲイル。ジャックの家内よ。アビーって呼んでちょうだい」ブルネットの方である。
「あら?よろしくね。私はマデライン。トミーの妻よ。マディって呼んでね」
 アッシュブロンドの方が、べスに握手の手を差し出す。とまどいながらも、べスも手を伸ばした。
「アービーィー!ケーキ食べたい!切ってー!」
 走り回っていた子供の一人が、アビゲイルの腕を掴んで揺すった。部屋の中央の大きなテーブルの上には、山盛りのフライドチキンと、チェダーチーズ入りのビスケット、ちょっとした玄関マットほどありそうな、生クリームのケーキが載っている。
「はいはい、分かったわ。アニー、早速だけど、あと、彼女…」
「キム・エリザベス。べスって呼んで」
 べスはアビゲイルに笑顔を返した。
「悪いけど、手伝ってくれる?男性は奥のキッチンへ行って、あっちを手伝って。よろしくね」
 アビゲイルは、スコットに向かってウィンクした。スコットも何も言わず、ため息をついて、エディの肩を叩き、奥へと促す。エディも苦笑いを浮かべて、従った。
「お?来たな。新しい労働力が。よく来てくれたな。マイクから聞いてるよ、俺はジャック。一応、院長って事になってる」
「よろしく、エディ。俺はトミー。院長って肩書きはあっても、ここの実質的な支配者はアビーだ。分かるだろ?」
 マイケルの従兄、ジャックと、トミーの両方から握手の手を際出される。スコットは既にマイケルの所へ行って、何やら話し込んでいた。ひとまず、二人と握手を交わす。
「エディはガールフレンドを連れて来てるって聞いてたんだけど?」
「フィアンセだろ?ジャック。もうあっちの女共に捕われの身だって」
 ジャックとトミーは、エディとジェフのことまでは知らない。勿論、クリスの真実の姿もだ。
「ちょっと待ってくれよ。連れて来たのは同僚だって。スコット、お前、マイケルになんて言ったんだよ」
「ガールフレンド候補」
 スコットは、リノリウムの床に座り込み、マイケルと共に何やら作業にかかっている。
「お前な…」
「嘘は言ってない」これもスコットのお節介発動だろう。
 ジャックとトミー、更にその二人の知己とらしき男があと二人、スコットと共に作業をしていた。持参した菓子類の袋詰め作業だ。彼らの前でジェフの事は持ち出せない。故に、スコットの発言をむやみに否定出来なかった。
「さて、じゃあ、悪いけど、マイクの指示に従って作業してくれるか?」
 必要以上の詮索を打ち切るように、ジャックがエディに言う。これ幸いと、スコットにわざとぶつかりながら、隣に腰をを下ろして作業を始めた。
 作業に加わって、10分ほどだろうか。入り口近くから、女たちの一際大きな笑い声が聞こえてきた。
「誰か来たんだろう」
 座り込んだまま、ジャックが伸び上がると、診察室の方から二人分の人影が入ってきた。
「あ…れ?クリス?」
 振り返ったマイケルは、二人分の友人の姿に、驚きの表情を隠せない。ジャックとトミーは目を白黒させるばかりだ。スコットは、不審気な表情を露骨に表していた。
 入ってきたのは、クリスが二人。いや、正確には違うのだが、初めて見る者には、そう見えただろう。かたやクリスの定番、フェレのスーツにコート。もう一方はレザー・パンツにボマー・ジャケットを着ている。二人ともが、同じサングラスをかけ、にやにやと笑っていた。
「もしかして…」エディは小さくつぶやいた。
 あのクリスの事だ。フェレのスーツを着ているのは本人でなく、先日のそっくりさんであろう。
「ちょっと、クリス!あんた気持ち悪いわよ、正直なところ」
 歯に衣着せないのは、さすがリンである。追いかけて、確認しに来たらしい。
「ちょっとリン、俺はいいけど、、それは彼に失礼じゃない?」
 笑いながらサングラスを取ったのは、やはりレザー・パンツの方だった。傍らにいる彼は、まだにやにや笑いを浮かべたまま黙って見ている。
「確か、こないだうちに来た…」
 エディは立ち上がった。と、件の彼が振り返った。
「あ、薬局の…」
 形だけの握手を交わすと、彼、コリー・クラークは、入ってきた女たちに代わる代わる質問攻めに会い始めた。クリスはM&Mの大きめな箱をジャックとトミーに渡している。どうやら、キャラクター型のベンダーを子供たちの人数に合わせて持参したらしい。
「ああ、エディ。あんたは騙せなかったな。やはり、覚えてたか」
 クリスはエディに声を掛けると、余所行きの笑顔を浮かべ、女たちのいる中へ入って行った。と、スコットがエディの傍までいざり寄って来た。
「あいつ、前から思ってたけど、絶対ナルシストだな。自分とファックするのが趣味なんだぜ、きっと」
 スコットの言葉はエディも考えていたことだけに、否定は出来なかった。むしろ、クリスなら褒め言葉として受け止めかねない。
「お前、ストレートのくせに言う事が大胆だよな。あの二人が『そう』とは限らないのにさ」
「『そう』かどうかは別として、奴の考えそうな事だろ?」
「まぁ実際『そう』だと思うけどね」
「俺のことを『ストレートのくせに』とか言うなら、ちったぁお前も気遣えよ。お前とジェフのことを想像しないよう、どれだけ俺が苦労してたと思う?」
 言ったスコット自ら、すぐに何かに気づいたような顔をした。エディも気づいていたが、この場では気づかない振りをせざるを得ないだろう。スコットが、ジェフのことを過去形とした事に。
「とにかくだ。もう少ししたら俺はアネットとホテルに戻るんで出てくぞ。べスは任せたから、お前の好きなようにしろ」
 取り繕うようにスコットはエディの肩を叩き、立ち去った。作業はあらかた終了していたが、エディにとっての最大の難関が残っていた。
 
 
 スコットがアネットを伴って出るのを機に、エディもべスを連れて診療所を辞することにした。車が捕まらないことを考慮し、チャイナタウンまではスコット達に便乗させてもらった。
 スコットには『好きにしろ』と言われたものの、エディに実質の選択肢は一つしかなかった。
 実際、どうしろというのか?自分も予定がなく、同じく予定がない、と公言している同僚女性を放置して一人で帰るほど、エディは心臓が強くない。いくら、それが彼女に対する偽善だと分かっていても。
 結局、べスを誘ってチャイナタウンで食事を取り、彼女をアパートの近くまで送り届けた後、自宅傍のバーで、したたかに飲んだ。飲むつもりはなかったのだが、別れ際の彼女の言葉が、エディの罪悪感をかきたてた。
『エディ、私ね…何でもない。ごめんなさい。でも、無理はしないでね』
 彼女はただ微笑んでいた。何の事情も知らず。
 ジンの匂いのする息を吐き、べスの言葉を頭の中から追い出そうとでもするように顔を軽く振ると、エディはアパートの鍵を開けた。
 ふらつき気味の体を支えるために握った手すりが、ぎしぎしと音をたてる。三階の自分の部屋までたどり着き、部屋の鍵を開けたところで、入ってすぐのリビングに灯りが点いていることに気づいた。
 家を出たのは昼間だ。リビングは歩道に面して窓があるため、日中は灯りは点けない。ジェフに合鍵は渡してあるが、何日も会っていない。第一、今夜はジュディスとデートのはずだ。いない筈の人間がいることよりも、見知らぬ人間に襲われる可能性を考慮するほうが、この場合は賢明だろう。特に、この街では。
 緊張した面持ちで周囲に目を配り、ゆっくりとキッチンへ向かう。ここは暗闇のままなので、ゆっくりと目を凝らす。誰かがいる気配はない。
 人っ子一人いない様子だが、寝室のほうから、微かないびきが聞こえてきた。盗みに入って居眠りする呑気な泥棒はいないだろうが、念のために、寝室のノブに手を掛け、ゆっくりと半開きのドアを開けた。リビングの灯りがベッドに差し込み、人影を照らす。エディは安堵の溜め息をついてベッドに歩み寄り、サイドテーブル上のスタンドを点けた。当然目を襲った光に、大の字になって横たわるジェフが、不満げな呻き声を上げて寝返りを打つ。苦笑しながらジェフを見ていたエディは、視界に入った布の固まりに目を遣った。ベッドから少し離れたライティング・ビューローに今夜ジェフが着ていたであろう服が、山積みになっていた。
 一番の被害者は、下敷きになっているチャコール・グレイのカシミアのコートだろう。更にその上に、ムッシュウ・ディオールのスーツ、床にはジョン・ロブの靴、更にソックスがご丁寧にばらばらに脱ぎ捨てられている。スラックスはプレスの痕跡も残さないほど皴が酷く、上着はサイド・ベンツが開いた状態でスラックスを受け止めている。
(全く…片付けるって事を知らないのかね、このお兄さんは)
 エディは、先刻とは違った意味で溜め息をつき、スラックスを手に取った。元の折り目を崩さないよう、裾を摘んで持ち上げた途端、じゃらじゃらと小銭がポケットから零れ落ちた。小声で悪態をつき、腕にスラックスを掛けたまま屈みこむと、ちょうど鼻の位置でぷんと甘く香ばしい匂いがした。もしや、と思い、あわててジャケットとコートを腕に抱えると、かさかさと音を立ててハーシーズ・バーの包み紙が数枚、カーペットの上に落ちた。更に、ピーナッツ・バターの一気食いまでやらかしたらしい。八割がた空になったスキッピーの瓶に、スプーンが刺さったまま放置されていた。どうやら、今日のデートは、相当に気疲れしたらしい。エディだけではなく、マイケルにもうるさく注意されているはずだが、何かあってストレスがたまった際、ジェフが甘いものを一気に食べてしまう悪癖は一向に納まらない。
(しょうがないな…)
心の中で毒づきながらも、エディの顔は微笑んでいた。
 結局、他人のために労力を使っただけで、クリスマスが終ろうとしていた。それでも、エディの心の中には温かいものが湧いていた。
 
 
 眠りの底へ落ちる瞬間は、何物にも変えがたい快楽だ。その直後に叩き起こされようものなら、その相手を殴り倒してしまいたくなる。
 安心から来る酔いと睡魔の誘惑に耐え、ジェフの服をクローゼットに掛け、チョコレート・バーの残骸を片付けた。すぐにでも倒れこみそうな眠気と戦いながらシャワーを浴び、転がり込むようにベッドに入った。ジェフの体に自分の体を押し付けるように彼の体を押しやり、胎児のように丸くなったエディは、そのまま体がマットレスに吸い込まれそうな錯覚に陥った。
 何時間、いや何十分たったのだろう。温めのバスに浸かっているような心地よさに包まれ、浅い眠りから深い眠りに入ろうとしていた。誰かがエディの肩を揺すっている。煩げにその手を払おうと片手を挙げると、肩に掛かっていた手がその手首を掴んだ。振りほどこうと試みるが、しっかりと強く握られた手首は、びくともしなかった。
「エディ、起きろよ」
「うるさいな…寝かせてくれよ。」
 もう一方の手がエディの脇から胸元に伸びる。その手は持ち主と違い、羽根のように軽やかな動きで以って胸元から脇腹へと動き回る。手首を握っていた手も、振り払おうとする力が抜けたと分かるや、背中沿いに下肢へと降りていく。エディは首から上を支配する睡魔に体を任せようとするが、背中から下肢に向かって走るしびれが、それを許さない。
 小さな窪みの抵抗を無視して、ジェフの指先が中へ潜り込むと、残りの指がその奥に隠れた膨らみへと伸びる。潜り込んだ悪戯な指は、動きを止めることなく、更に奥へと入って来る。
「ジェフ、頼むから寝かせてくれよ。せめて朝まで待ってくれ」
「何言ってんだよ。もう朝だぜ。ほら、こっちも目が覚めてる」
 ジェフが、枕に半分顔を埋めたままのエディの手を取り、自身の股間に引き寄せた。
 彼の言葉を裏切るように、空はまだミッドナイトブルーの色を保ち、日が昇る気配を見せない。
 耳元に送り込まれる愛撫のように、ジェフの声が荒くなった吐息となって、エディの耳をくすぐる。エディは眠ることを断念し、体にまとわりつく手に巻き込まれるように向き直り、程よく筋肉ののったジェフの背中に腕を回した。終わってしまえば、またジェフも眠りに誘われるだろう。しかし、それを分かっていながら、一度は抵抗してしまう。面倒臭げにジェフの欲求に応えるのは、単にポーズに過ぎなかった。強がる振りをするのは、今に始まったことではない。今回は、クリスに寝取られて以来のことで、エディも体が喜びに震えている自覚はあった。それでも、その気持ちを表に出せない性分が恨めしかった。
 ぴりぴりと沁みる痛みの後、下腹部に湧き上がるざわめきにエディは身を任せ、あやされる子供のように、ジェフの作る振動に合わせて同じく体を揺らし始める。そして、リズミカルに吐息混じりの声をカデンツァのようにあげ、、やがて訪れる一瞬の仮死状態を待った。
 
 
 スカッシュで打ち込む時のような声をあげ、エディを追ってジェフが絶頂を迎え、覆い被さって来る。その重みを心地よい疲労感と共に受け止めながら、エディは先刻までの全身の緊張感を解いた。ゆっくりと呼吸が整うのを待つ。
 急に、体にかかる負荷が軽くなった。ジェフが体を起こしていた。臥せたまま枕を抱えて、エディはジェフの顔を見上げた。
「デート、上手く行かなかったのか?」
「行くも行かないも…疲れただけで終わりさ」
 ジェフの明らかに拗ねたような言い方に、エディは鼻を鳴らして笑った。
「お前こそ、同僚と上手くやってるんだろ?楽しそうにしてたみたいじゃないか」
 べスの事かと思ったが、ジェフとは接触は殆どない。スコットが、わざわざジェフに言うとは思えなかった。ましてやクリスの耳に入ったにしては、早すぎる。
「同僚?誰のことだよ。第一、俺が店の子と時々デートしてるのは、あんただって知ってるじゃないか」
 エディは半ば笑いながら付け加えた。またジェフが拗ねてしまうかも知れない、と思いつつ。
「前に見かけたんだよ。昼休みかなんかで、お前が女の同僚と楽しそうに話しながら帰ってるとこ」
 全く思い当たる節はなかったが、恐らくはアリスンやべスと一緒に昼食を取った時にでも、見かけたのだろう。
(どこがこの御仁の嫉妬のボーダーラインなんだ?)
 エディは全身に倦怠感を感じながらも、顔の筋肉が緩むのを感じた。思い切って体を起こし、クリネックスで始末をしているジェフの頬に口付けた。頬に当たった冷たい感触に気づいたジェフが、起き上がったエディの頭をかき抱き、髪をくしゃりとかき混ぜた。
 と、サイドテーブルの上の電話が鳴った。まだ明け方の五時。こんな時間に電話をしてくる人間の心当たりは、一人しかいない。エディは渋々受話器を取った。
「はい。ジャクソン。…ああ、いるよ」エディは無言で受話器をジェフに差し出した。気持ちは、また暗闇に戻ったような気になる。
「俺?…はい、ああ、お前か。…ああ、え?もう?…分かったよ、けど…え?…ああ。分かった」
 短い会話で、クリスは切ったようだ。ジェフがエディに受話器を返す。恐らくはまたクリスから何かの提案があり、ジェフが押し切られたのだろう。
 ジェフの顔が不機嫌そうに歪んでいる。
「そんなに嫌なら、はっきり断ればいいのに」エディは突き放した。「どうせ、何か言われて押し切られたんだろ?」
「お前はそう言うけどな。こっちはこっちの事情もあるんだよ」
 事情。そんな事はエディの知った事ではない。
「それならそれでいいけど、俺の所まで面倒持ち込むのはやめてくれよ」
「俺がいつ面倒を持ち込んだよ?」
「あんたが直接持ち込まなくても、転がり込んで来るんだ。今までだってそうだろ!?」
 これは、明らかに八つ当たりだ。それは、分かっている。しかし。
「俺がそうしたくてしてる訳じゃない!お前、何怒ってるんだ?」
「あぁ?排卵日でね、気が立ってるんだよ!だから、ファックの時は中に出さずに、ちゃんと被せてくれよな!」
 エディはこれ以上の口論から逃げるため、ベッドから降りてバスルームに向かった。
 
 
「で、飛び出して来たってわけ?」
 クリスはくすくす笑いながら、不貞腐れて煙草を吸うジェフを見た。
 明け方エディの家に電話したのは、正解だった。この男が、あの気の強い女とのデートを上手くこなせるわけがない。疲れただけで終ってしまい、逃げ場所としてエディのところに転がり込んでいるに違いない、と踏んだのだ。嫌な事があるとすぐに、母親に甘えるかのようにエディのところに逃げ込むのだ、この逞しい体の持ち主は。またエディも、こちらが思った通り、自分の声を聞くなり不機嫌になったのが分かった。ポーカーフェイスをまとっているつもりだろうが、嫉妬を押し殺しているかと思うと、クリスは楽しくて仕方がなかった。一度は、あの取り澄ましたエディの顔を歪ませてやりたい。これもクリスの密かな欲望だった。目の前にいるジェフは、そのための道具に過ぎない。例の女優との計画も、単なる退屈しのぎのひとつだ。
 ジェフは、クリスからの電話の後、突如怒りだしたエディに腹を立てて、そのまま出てきたという。自分は今夜は夜勤なのを良い事に、帰宅時間を見計らってクリスを叩き起こしたのだ。普段のクリスなら居留守を決め込むか、玄関のブザーのコンセントを抜いておくところだが、今日は特別だった。
 エディからもクリスからも鈍感、と言われているだけあって、エディの怒りが嫉妬である事に全く気づいている様子はない。理不尽な怒りを向けられたことに、単純に立腹している。今まで全く嫉妬の欠片も見せなかったエディ自ら、そのチャンスを与えてくれた。これは利用すべきだろう。
「あいつか謝って来るまで、絶対に口もきいてやるもんか」
 ジェフは、まだ憤懣やるかたなし、といった顔で、手元のクアーズの缶をあおる。
「全く、あんたも子供だねぇ、」
 クリスは口の端を上げて笑った。その言葉に、ジェフの眉がきっと上がる。
「誰が子供だって!?エディのほうがよっぽど子供じみてるよ!」
 ジェフは声を荒げるが、その後すぐに小さな声で自信無さげに付け足す。「少なくとも、今回の事に関しては、だけど」
「まぁ、今回は、それでよしとしとこう。…元気だよな、全く。あんたはいいけどさ、俺は夜勤明けで眠いんだけど…」
 クリスは苦笑しながら、組んだ脚の上で頬杖をつき、上目遣いにジェフを見た。途端、自分のあまりに不躾な訪問に気づいたジェフの顔が、絵の具でも撒いたように紅潮する。
「いや、構わないけどさ…徹夜明けって、妙に欲情しないか?」クリスの手が、ジェフの膝の上に乗せられた。ジェフが一瞬 たじろいだのが、クリスの手のひらに伝わった。俯いていた視線が、クリスを捉える。膝から徐々に上に這い上がる手に、ジェフは一切抵抗しない。ゆっくりとジェフの右手があがり、クリスの手首を掴んだ。
 
 
 エディは、ノズルから滴り落ちる雫を受けながら、シャワー・カーテンを開けた。体から疲労感は抜けきらないが、眠気はとうに吹き飛んでしまっていた。二十分ほど前、バス・ルームに入った際に勢いに任せて引いてしまったため、シャワー・カーテンが数箇所、レールから外れている。
 ジェフは、もう家に着いただろうか。先刻は、大人げない態度を取ってしまった。エディがバスルームに入ってすぐ、寝室の方から物音がしたのは、ジェフが出ていった気配だろう。彼の性格は、大体把握している。なのに、つい、声を荒げてしまった。自分のどういう言葉に、ジェフがどういう反応を示すか、重々承知しているはずだったというのに。クリスの前では、自分に対してのように強く出られない事もよく分かっている。これまでも、何度となく目にしてきた。実際にクリスがジェフに手を出して以来、その傾向は更に高くなっているはずだ。それでも戻ってきたのだ、ジェフは。しかし、その安堵感は、ものの見事に打ち砕かれた。たった一本の電話で。
 分かっていたのではないのか?いずれ、こうなる事を。分かってながらも、気づいていない振りをしてきたのではないのか?クリスに対して湧き上がる嫉妬を、見えない振りをして来ただけだ。エディも、今回ばかりは認めざるを得なかった。
 鈍感なジェフは、はっきりと言わなければ気づきもせず、エディが突然怒鳴った事を、理不尽だと怒っているだろう。彼はそういう男だ。故に、無意識の悪意ともとれる言動を振りまく。普段、職場では無口を装っているので、そういった言動のほとんどがエディに向けられたものだが。
 自分はクリスに嫉妬している。直接ジェフにそう言えばいいだけのことが出来ない。きっと今頃、クリスの家で愚痴を零しているだろう。今はクリスもまだ新しい玩具に興味がある状態だが、今にあの大きな駄々っ子に手を焼くことになる。その時、またジェフは戻ってくるだろう。何食わぬ顔をして。それでも、自分はきっと、そんなジェフを受け入れてしまうのだろう。やはり、何もなかったような顔をして。

7
最終更新日 : 2014-04-11 16:04:12

chapter 5-1

 
 
 
 何事もなく、新年の休みが過ぎ去った。結局、どこかに出かける事もなく、ただ家で、ゆっくりと過ごして時間は過ぎていった。
 スコットから、アネットの実家に行く誘いも受けていたが、さすがにそれは遠慮した。幸い、職場の連中からの無理な誘いもなく、久しぶりに一人の時間を満喫出来た。
 あの痴話喧嘩から、ほぼ二週間。当然、何の連絡もない。エディは密かに期待している自分に気がつき、自嘲の笑いを浮かべる。最初にジェフをからかい、手を出すように仕向けたのは自分だ。元から、遊び目的だったはずだ。みるみるこちらに傾く彼の様子を、面白がっていたのは誰だ?それが、自ら嫉妬するまでになってしまった。これは、彼を弄ぼうとした報いなのだろう。弄ぶ?しかし、エディはジェフを遊びの対象と考えたことはあっても、捨て去ることは想像したことはなかった。過去の相手も、ただ、疎遠になって別れただけで、特にこちらから切って捨てたことはない。このままいけば、長きに渡るパートナーになりそうだと感じる頃には、エディの方から連絡を取らなくなることが多かった。そして気づけば時間は経ち、消滅している。何度、それを繰り返しただろう。何故?それは、自分でも理解していない事だった。
 電話の電子音が鳴り、エディは受話器を取った。
「はい。ハリス&ディップル…はい、ジャクソン。あぁ、ジュディスか。え?…うん。分かった。じゃあ」
「エディ、新年早々女からか?」
 同僚のニールがからかう。
「そんなんじゃないよ」
 笑いながら返す。ジュディス・ニーマイアからだった。どうせ、話の中身は分かっている。聞かされる内容も。それでもエディは、時間を取って欲しい、という彼女の依頼を受けた。自分の下心のために。エディには様子が分からないジェフの話を、彼女は聞かずとも教えてくれる。
 エディは煩げに顔にかかる髪をゴムでまとめて、調剤室へ入った。
 
 
「ちゃんと、約束を取り付けてきたよ。『稲ぎく』でディナーだ。あの、マークも了承済みでね」
 ジェフはネクタイを緩めながら、クリス宅のリビングに入ってきた。と、足を止めて、暖炉に目を向ける。
「これは、誰だい?親戚か?まさか、お前の隠し子じゃないよな」
 ジェフが、暖炉の上に飾られた少女の写真に今更ながら気付いた。 自分の部屋やエディのアパートと違い、クリスの家には、写真の類はこれしか置かれていない。 
 巻き毛をポニーテールにして、淡いブルーのギンガムチェックのリボンと、お揃いのサマードレス。庭に植えられているのであろう、大きな木から下がるブランコに座り、屈託ない笑顔を向けている。
「妹だよ」
「随分と年が離れてるんだな」
「よく見てみなよ。古そうな写真だろ?その写真を取った翌月に死んだよ。生きてたら俺と同い年。」
「すまない…」
 ジェフは、慌てて、写真を戻した。
「別に。大昔の事だ」
 クリスは、無表情で返す。
 妹のティナは、10歳のままで時を止めた。
 クリスティーナ。栗色の巻き毛に、クリスと同じ鳶色の瞳。
 面差しは違っていても、生まれてから、いつも一緒にいた双子の妹。
(クリスはあたしと同い年のくせに、なんでも知ってるのね。パパやママみたいに)
(そう、知らなくていい事もね)
『クリス!私、神様の所に行くの。汚れちゃったから、天国には入れて貰えないかも知れないけど』
(ティナ!!)
 母の実家から戻った日。そう言って、少女は微笑み、こちらを向いたまま空を飛んだ。
 高層アパートのベランダから。
 駆け寄ったクリスの手は、つい先ほどまでいた少女を包んでいた空気を抱き締めた。
 神様の依怙贔屓か、死に顔には大きな目立った傷はなく、仰向けに横たわる下に、真っ赤な絨毯が敷き詰められたかのようだった。
 赤い薔薇の花束に包まれてるようだ、と妹の顔に見惚れていると、母から平手打ちにされた。
『妹が死んだのに、この子は、涙も見せないなんて!!』
 残酷過ぎる情景を、死者と同じ10歳の子供に見せないように留意するより、母にはもっと大事な事があるのだろう、とクリスは子供なりに感じた。
 僅か10歳の妹に、病院の資金繰りの為に幼女趣味の親父と婚約させ、相手が肉体関係を迫ったのを黙認したのは、誰なのだ?今、ここで悲嘆にくれている女と、昼間一緒にいた祖母じゃないのか?人殺し。
 10歳の子供だからと、何も知らないと思っているのか?
 ティナの言う通り、自分は『何でも知っている』のだ。
 クリスは、警官に引き離されるまで、血の気を失った動かぬ妹の傍を離れようとしなかった。ただ黙って、涙も見せずに。
「同い年って事は、双子か…」
「俺が母親似。妹は、隔世遺伝か、母方の祖母に似てたな。この時、もう婚約者がいたんだ」
「ちょっと、待てよ。この子の年は、まだ小学生だろ!?」
「親同士の都合ってのは、そんなもんさ」
(その『都合』って奴で、ティナは死んだ。俺には、10歳近く年上の、まだ2回しか会ってないフィアンセが出来た。これも、その『都合』ってヤツだ)
「彼女の退院は?」
 話題を変えようと、クリスがジェフに尋ねる。
「明日の午後」
「なるほどね。それでか…」
 クリスは嬉しそうな表情をした。クリスも既に彼女、メリッサとの約束を取り付けていた。それで、週末の約束をクリスに提示してきたのだろう。退院日を教えなかったのは、ジェフとのバッティングを避ける為だ。
「何が?」
「彼女との約束さ。年末に言ったろ?退院が決まったら、食事を一緒にする口約束をしたって」
「ああ、その事か」やはり、ジェフは面倒臭そうだった。彼には、女性を扱うのは無理だろう、とクリスは思う。同性であるエディですら、上手く扱えない。それどころか、彼に我が儘放題である自覚すらない。そろそろ、彼との遊びも潮時かも知れない。
「なぁ…」
 ジェフが腕をクリスの上体に絡ませ、引き寄せようとした。その体を押しのける。「今日は夜勤なんだよ」
「でも、まだ昼だぜ」
 ジェフは尚もクリスを抱きすくめようとしたが、腕の囲みをかいくぐり、クリスが体を離す。
「その前に出掛けるんだよ。帰ってくれるか?」
 笑顔をジェフに向ける。渋々、といった様子でコートを手に取ったジェフが玄関へ向かった。その彼に冷ややかな目を向け、クリスは着替えのためにウォークイン・クローゼットに向かった。
 
 
 ジュディスから指定されたのは、前回と同じ、店の前のダイナーだった。テーブル席で忙しげに煙草を吸っていた。目の前の灰皿は、既に吸殻が高く積もっている。約束の時間には間に合っている筈だが、かなり彼女が早く来ていたのだろう。
「待たせちゃったかな?」
一応の礼儀で聞いてみる。
「ううん。私がせっかちなのよ。早く来過ぎたの」
「煙草、吸うんだね」
 言われて、ジュディスは、指に挟んだ煙草を見る。「止めてたんだけどね。復活しちゃったのよ」
 そういうジュディスの目に、みるみる涙が溢れてくる。
「おい、ジュディ、どうしたの?」
 エディは慌ててポケットからくしゃくしゃになったハンカチを取り出して、彼女に渡す。涙をぬぐい、紙ナプキンを掴んで鼻をかみ、ジュディスは顔を上げた。
「ごめんなさい。ドクター・テイトの事、聞いてる?」
「いや。クリスマス前後から会ってないんだ」
 ジュディスが意外そうな顔をした。しかし、事実なのだから、しょうがない。
「じゃあ、『賭け』の事も?」
 恐る恐る、といった様子で聞いてくる。賭け?クリスが何かジェフに持ちかけでもしたのだろう。
「去年、ソープ・オペラの女優がうちに運ばれて来たの。メリッサ・エルウッド。知ってる?『レストレス・アンド・ワイルド』の主演女優」
「いや」そもそも、エディはテレビを見なかった。ジェフもそのはずだ。
「彼女のこと、ドクター・テイトと、眼科のドクター・デ・ガーモが取り合いしてるのよ。今じゃ院内で、どちらが彼女を落とすか賭けてるわ」
(そういう事か…)
「でも、噂だろ?」
「違うわ。だって、私、聞いたのよ。ドクター・テイトが、メリッサを食事に誘うのを見たって。仲良しの同僚からね。信じられる?あのドクターが!?自分から誘うなんて…やっぱり噂は本当だったのよ」
「噂?」
「他の人に…勿論、ドクターにもよ、言わないでね。彼があんなに身持ちが固いのは、ゲイかそれとも恐ろしく理想が高いかどちらかだって」
 確かに外れてはいないが、事実を明かすわけにはいかない。
「つまりは後者だったって事よね。…私と食事に行った時だって、何も言わなかったのよ?もうその時彼女はうちに来てたのに!それならそうって、最初から言ってくれれば、変に期待しなかったのに!」ジュディスは更に鼻をかんでいる。
「あんたもあんたよ、エディ!友達なら、ドクターのそういう所は分かってたんじゃないの!?それとも、そういうのを隠すのも、男の友情って奴!?」
 ジュディスは、充血した目でエディを睨む。お鉢がこちらに回って来た。ジェフの厄介事は、本人と会っていなくてもついて回るようだ。
「いや、そういう事じゃ…」
「じゃあ、どういう事?まさか、分かってて笑ってたんじゃないわよね?」
「そんな酷い事するわけないだろ!あいつがその女優に熱を上げてるってのも、今聞いて知ったばかりなんだぜ」
「の割りに、驚かないのね」
 まだ不審気なジュディスを見て、エディはため息をついた。
「確かにね。ただ、あいつは…ジェフは、単純な男なんだ。気を悪くしないでくれよ。あいつが君とのデートを承諾したのは、その、君の迫力、と言ったら語弊があるけど、勢いに押されて受けたんだと思う。今回の彼女にしても、おそらくアプローチは受けてた筈だよ。つまり、彼女の場合、君より接触時間が長かったり、積極的だったんじゃないかな。それで何度か話してるうちに、情が移ったんだよ。驚かなかったのは、そういう事が予想出来たからなんだ」
 この偽善者め。エディは心の中で、自分に対して毒づいた。親身になって聞いてやっている振りをして、その実、自分の聞きたい事を引き出そうと躍起になっているのだ。女々しい奴。ああ、どうせ、卑怯な奴だ。己の欲望に忠実なクリスに比べて、自分はどうなんだ?
「でも、諦める必要はないんじゃないかな。望みがあるって断言出来ないけど。上手くいく時は、放っておいても上手くいくもんさ。俺は運命論者じゃないけど、そう思うよ。上手く行かないってのは、その方がお互いにとって幸福な結果なんだよ」
 ジュディスに言い聞かせている言葉は、むしろ自分に対してのものだ。そうしなければ、いくら予想出来た事でも、他人の口から事実を聞いた動揺を隠し切れなかった。
 
 
 帰宅すると、迎えてくれたのは、留守番電話の点滅するランプだった。エディは、ライダース・ジャケットを脱ぎながら、ボタンを押した
『メッセージ ハ 1ケン デス。』続いて声が流れ出す。
『スコットだ。帰ったら電話してくれ。A.S.A.P.(as soon as possible 可能な限り早く)』
 エディは深いため息をついた。スコットの声の調子からいくと、あまり良い話とも思えなかった。受話器をあげ、手が覚えている番号を押した。
「あ、アネット?エディだけど、いる?…」
『お前、今日、誰とデートしてた?』
(開口一番、これだ…)
「デート?今日は愚痴に付き合わされただけだけど?お前もよく知ってる、あのジュディからね」
『ジュディ?ああ、あのERのか。なら、いい』
 スコットの声は、始めの勢いを失っている。となると、恐らく誤解したべスが泣きついたか。
「べスから、何か言われたのか?俺は彼女が泣くようなことは一切してないからな。何もしないんで、泣いたっていうなら話は分かるけど」
『お前の事、庇って何か隠してないか?って聞かれたよ。ああいう、取り乱さない、おとなしい子に追求される方が怖いな』
「今日はジェフが女優さんをクリスと取り合いしてる件で、さんざんジュディの愚痴聞かされて、泣き出すのを宥めて、大変だったんだぜ」
『それは、俺もだよ!男ってすぐにはぐらかして逃げようとするってさ。ま、実際耳の痛い話だけどね』
「単に,丸く収めようと努力してるだけだと思うけどね、俺は」今日は、女難の日なのだろう。うんざりとした声で返した。
『お前、本当にいいのか?それで』
「何が?」
『自分まで誤魔化してると、取り返しのつかない事になるぞ』
 スコットの声は、からかうようなものではない。
 物事を丸く収めようとすれば、誰かが苦い思いを飲み込まなければならない事もある。ぶつかる事を恐れて、傷ついたことすら、見えない振りをすることも。時には、やせ我慢をしてまで。
 格好をつけて取り返しのつかないことになる位なら、恥をしのんでプライドなど捨てて、取り返しに行け。スコットにそう言われている気がした。
『俺はもう、べスとくっつけだの、何の言わない。元より、彼女にはもう義理は果たしたと思ってるからな。ジュディスの事は、俺からちゃんと伝えておく。だがな、ジェフの事はどうするんだ?あいつは今、クリスの野郎にべったりだぞ。院内の噂は別にしてな。こないだも、俺にのろけてきやがったぐらいだ』エディの胃が、きりりと痛む。
『クリスも、今は奴に優しいらしい。けどな、どうせクリスに好きにあしらわれて、お前のとこに泣きつきに行くのは目に見えてる。ただし、それは、お前のところに戻るんじゃない。慰めてもらって、また、誰かのところに行っちまう。そうなる前に…』
「分かってるよ、スコットロック」言われなくても、とうに自覚している事だ。
 静まり返った部屋に、遠くで走るパトカーのサイレンが響く。エディは黙って受話器を下ろした。
 
 
「で、お楽しみの計画は順調に進んでるのかい?」
 腹這いになったコリーが、煙草よりは細い包みに火を点けながら言った。特有の匂いが、少ない煙と共に漂う。
「まぁまぁってとこかな。上手く行き過ぎて、少しばかり物足りないぐらいの感があるけど」
 枕を抱え込んだクリスは、ベッドのヘッドボード見つめながら答える。
「もう一波乱欲しいところなんだけどな…」
 付け加えるクリスに、コリーは少しだけ煙を吐き出して楽しげに笑う。
「物騒な奴だな…トラブル・メーカー…か」
「ありがたい仇名だな。そんなに褒めないでくれよ。嬉しくて、また、あんたが欲しくなる…」
 クリスは寝返りをうち、体をコリーの脇腹に押し付けた。
「さっき、あんなに頑張ったのに?見かけによらずタフだな」
「物足りないんだよ…どっちにしても。で、手伝って欲しいんだけど」
 クリスはコリーの手を掴み、自身の両脚の間に導いた。
「何だ?俺も楽しめそうな事?」
 コリーは押し付けられた滑らかな手触りの器官を軽く握り、愛撫し始める。
「多分ね。相手はキャリアじゃない事は保証する、レザー・バーでちゃらちゃらしてるような奴でもないから、すれてない。それに…あんたの好きにして良いよ、壊さなけりゃね」クリスはコリーの愛撫に息も乱さず、ゆっくりと言葉を紡いだ。と、ふいに、コリーの手に急に力が加わった。クリスが小さく悲鳴を上げる。
「…どうだい?」
「結構」
 言うや否や、コリーがクリスの中に侵入し、荒々しく突き上げた。クリスは蹂躙されるがままに、声を高く上げ始めた。
 
 
 引継ぎを済ませたクリスは、自身の愛車、赤いアルファロメオ・スパイダーに乗って自宅へ向かった。病院から、コンドミニアムまでは、さほどの距離もない。ミッドタウンを北上するには、さほど道も混み合っていなかった。短いドライブを終え、ドアマンに鍵を預けると、すぐに自室に入る。キッチンでエスプレッソ・マシンのセットをして時計を見た。午前9時半。ちょうど、もう出かけていない頃だろう。クリスは受話器を手に取り、エディの自宅の番号を押した。
 いつもの囁くような声でメッセージを吹き込むと、音を立てるエスプレッソ・マシンに応える為、キッチンへ向かった。
(エディ、お前が俺を単なる悪趣味な奴としか見てないことを、俺は知ってるよ。けど、お前が平凡に生きたいと口では言いながらも、その道を自分で閉ざしていってるのも分かってる。お前は自分で分かってないのか?自分が不幸になりたがってる事を。お前も、俺も、望んでる結末は同じだ。気づかないのか?お前は一体、誰に対して罪を犯したと思ってる?自分を罰したい理由は何だ?)

8
最終更新日 : 2014-04-11 16:05:38

chapter 5-2

 

「あれ…ジェフじゃないか?」
 妻のリンと共にパーク街を歩いていたマイケルは、数メートル先でタクシーを降りた二人連れに目を向けた。二人共、レザー仕立てのトレンチコート姿に、女の方は、この黄昏時にサングラスをかけている。
「ジェフ!」
 マイケルの声に、男の方が振り返った。やはりジェフだ。マイケルは、小走りに二人に駆け寄った。リンも後を追う。
「マイク。どうしたんだ?診療所はいいのか。放っておいて」
「たまにはね。今日は、大学時代の仲間と会う約束してるんだ。待ち合わせに安いホテル選んだら、クリスの奴、怒る怒る」
 くすくすとマイケルは笑う。しかし、目の前の二人は引きつった笑みを返した。
(やっぱり、スコットが言ってた例の…か)
 リンがマイケルのコートの袖を子供のように引っ張った。
「ジェフ。ところで、こちらは?」
 さすがに夫婦である。阿吽の呼吸で、妻の要求を飲み込んだマイケルは、ジェフに遠慮ない質問を投げる。屈託のない笑顔を浮かべて。彼は、その笑顔が武器になる事をよく分かっている。
 ジェフはマイケルの質問にたじろいだが、女の方が自らサングラスを外し、マイケルに向き直った。
「メリッサ・エルウッドです。あなたも、お医者様?」
 大きく波打つ栗色の髪に、深いジェイド・グリーンの瞳。影を落とさんばかりの睫毛は漆黒だった。見つめられたマイケルは、やに下がり、リンに肘うちされた。
「え、ええ、一応」
「医者って言ってもピンからキリまであるわ。うちは、底辺を這い回ってる方なんです」
 リンの言葉に、多少の棘が混じる。
「メリッサ、もう行かないと」
 あまり会話を長引かせたくないジェフが、メリッサを促す。
「あ、うちもだ。クリスの奴、遅れたらうるさいからな」
 やはり、二人の顔が一瞬曇るのを、マイケルは見逃さなかった。
「じゃあ、ジェフ、メリッサ。素敵な夜を」
「ありがとう。そっちも、お仲間によろしく」
 レザーコートの二人は、そそくさと目の前のウォルドーフ・アストリアへ入っていった。
「ねぇ、確か彼女、女優さんよね。なんか、ジェフも変じゃなかった?」
「さぁね。人それぞれ事情があるんじゃないの?俺たちも急ごう。本当に遅れちまう」
 怪訝そうな顔の妻の肩を抱き、マイケルは人ごみの中を歩を速めた。
 
 
「え?」
 ジェフは、メリッサのハンドバッグから、ちらりと見えた鉛色の鈍く光るものに目を留めた。
「物騒でしょ?マークが持たせてくれたのよ。護身用にって。デートの邪魔はしたくないけど心配だからって」
 バッグの口を少し大きく開けると、見えたのは、22口径のベレッタだった。殺傷力は低いが、女性でも扱い易い。護身用としては十分だ。しかし携帯しているのが見つかれば、逮捕されるのは間違いない。何もトラブルに巻き込まれないように、とジェフは心の中で十字を切った。
「使えるのかい?」
 ジェフは恐る恐る尋ねた。メリッサは、バッグを閉じながら小さく笑った。
「マークが教えてくれたわ」
「願わくば、使う機会が永遠に来ないように」
「本当に」
 パチンと口金の音がして、クラッチバッグが閉じられると、ジェフはほっと溜め息をついた。
 
 
 最後にここを訪れてから、一ヵ月半が経とうとしていた。ドアマンは、エディの見知らぬ男に変わっていた。ティムでもなく、もう一人のダグでもない。
「ドクター・デ・ガーモに」
 一応、笑顔で声を掛ける。会釈したドアマンは、無言で去った。
 クリスからの留守電があったのは、昨日だった。『頼みがあるから、明日の夜7時に家に来て欲しい』と。別に用は無かった。それどころか、仕事が終るなり、すぐに仕事場を出た。約束の時間までは、まだ1時間もあるというのに。わざわざ、この前にもジュディスと来たダイナーで時間を潰して。
「どうぞ。ドクターが入ってくれ、と」
 ドアマンに促され、エレベーターに乗る。ゴンドラが上昇する振動を感じながら、クリスに何か言うべきか考えてみたが、気の利いた言葉は何一つ浮かばない。頼みというのも、何か彼のお楽しみに協力しろ、というものだろう。ろくでもない事を言おうものなら、あの細面を殴り飛ばしてしまいそうだ。断っても良かったのだ。しかし、今となっては、彼がジェフとエディをつなぐ唯一といって良い存在である事が、エディを承諾させた。
 小さなベルの音が、目的階についたことを知らせる。ゴンドラから一歩足を踏み出したエディは、深呼吸をした。
 ドアを軽く三度叩くと、すぐにドアが開いた。珍しく、黒いベルベットのシャツにジーンズというラフな格好で出迎えたクリスは、患者に向けているのであろう、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべている。
「わざわざ呼びつけて、悪かったな」
「いや。用もなかったから、構わないさ」
 エディも笑顔を返そうとしたが、失敗に終った。ただ、顔に細波が起きただけだ。
「まぁ、入ってくれ」
 リビングに通される。そういえば、この部屋には、まだ来た事がなかった。間取りはジェフのところと同じなずなのだが、内装に手を入れているので、ずいぶんと印象が違う。壁紙は紋様の入ったペールブルー、リビングの四隅には、アンティークと思われるスタンドが淡い光で部屋を照らしている。蛍光灯のような無粋な灯りはない。カーテンも、同じ色調で揃えられている。
「実は、味見役をして欲しいんだよ」
「味見?」
 思わず、素直に聞き返す。
「ああ。事情は今から話すよ。ちょっと掛けて待っててくれ」
 示された、モダンなデザインのソファに腰を下ろす。と、テーブルの上にある物に目が行く。見覚えのある、黒いセル・フレームの眼鏡があった。手に取ってみると、記憶に間違いない事が分かる。つるの片方のビスが取れている。一つだけだから大丈夫だ、普段はコンタクトだからと言って、エディが何度注意をしても、ジェフは聞かなかった。
(ジェフ…)
「こないだまで、うちの病院にソープ・オペラに出てる女優が入院してたんだよ。で、うちで手料理を振舞うって約束しちまってさ。実家にいた家政婦と同じ出身地だったんで、故郷の味を再現するって豪語したものの、出来たには出来たんだけど、さすがに自信なくてね」
 すぐ隣にあるダイニングにいるクリスが、珍しく大きな声で事情を説明している。この前、ジュディスから聞いた事情を。
「用意できたぜ」
 ダイニングに行くと、、形だけは、ミートローフのディナーが用意されている。
「一応調べて、レシピ通りには作ったんだ」
「へぇ、料理は自分で作るもんじゃないって言ってた人間とは思えないな。よっぽど落とすのに力入れてるんだな」
 つい、棘を含んだ口調になってしまう。
「まぁ、田舎の味だけど、食べてみてくれよ」
 クリスの笑顔は、まるで子供のように無邪気そうだ。目的は別として、料理は本気で取り組んだのだろう。エディはフォークを取り、グレービーソースのかかった端の方を、一口大に切った。
「ソースも自分で作ったのか?」
「もちろん」
 クリスは自慢気だ。そのあまりの子供っぽさに、思わずエディは噴出しそうになる。
 そのまま口に入れる。ソースの味は、いかにも手作り、といった味がする。玉葱の甘味と、刻んだマッシュルームの風味が口に広がった。
「旨いよ」
 クリスの表情が、ぱっと輝く。
「ワイン飲むかい?赤の旨いのがある」
「ああ、貰うよ」
どうせ、今日は地下鉄で来たのだ。夕食も取っていなかった。エディは空腹だった事を改めて思い出し、皿の上のミートローフに更に手を伸ばす。
「もう少し切るよ」
少し厚めにスライスされたものが、皿にサーブされた。注がれた赤ワインにも口をつける。苦味と、ほんのりと湿った土のような香りが鼻に抜けた。味覚が発達していると、経験がほとんどなくとも、ある程度料理は出来てしまうのかもしれない、とエディは思った。
「彼女、メリッサ・エルウッドっていうんだが、田舎の子なんだよ、ウィスコンシンのね。ジェフと俺と両方を天秤に掛けてるんだ。どっちを選んだ方が自分にメリットがあるかってね」
 相手も、それなりに下心あっての事のようだ。
「ショウビズの世界なんて、浮き沈みの激しいものだ。何某かの安全パイが欲しいんだろう。俺は、ジェフと比べたら女受けは良い方じゃないのは、自覚してる。だから、ドメスティックな線を狙おうと思ったんだよ」
 それが、この料理という訳か。
「で、これで、大丈夫そうかな?」クリスの表情は、まだ不安気だった。
「その彼女のウィスコンシンの味ってのは分からないけど、ちゃんとミートローフになってるから安心しなよ。味も十分だ」
 苦笑をクリスに向ける。結局、サーブされたものは全て平らげてしまった。
「頼みって、これだけで良かったのか?」
「ああ、十分だ。助かったよ」
「じゃあ、俺、帰るよ。明日も仕事がある」
 本当にいいのか?ジェフの事は?エディは軽く頭を振って立ち上がった、つもりだったが、そのまま椅子にまた座り込んでしまった。目の前の視界が揺らいだ。体が熱い。立ち上がろうとするが、体に力が入らない。
 徐々に、目の前が暗くなるのを感じて、エディは闇の中に落ちていった。
 
 目を覚ますと、自分が裸にされ、どこかに横たわっているのが分かった。
「気がついたか?」
 聞き覚えのある声がした。暗いブラウンの髪、同じく暗い色の瞳。そして差し出される、血にまみれた手…。
「リチャード…どうして!あんたが、どうしてここに!?」
 エディは急いで体を起こそうとするが、自由に動かない。自分の意思とは裏腹に、緩慢な動作で起き上がる。が、その上体は誰かに羽交い絞めにされた。
「怖がらなくていい」
 リチャードは優しく微笑み、エディの頬に手を伸ばした。あの時のように。体はまた引き倒され、血にまみれた手が体を這い回る。羽交い絞めは解かれたが、自分を覗き込む人影に気づく。あの時の、エスコート・サービスの女だ。腹部がぱっくりと開き、体内を晒してエディに微笑みかける。
「止めろ…止めてくれ…」
 逃れようとするが、リチャードの腕がしっかりとエディの下肢を捉えていた。意識を失う前の体の熱さは、まだ続いている。心臓は早鐘のように打っていた。耳に入るのは、自分がつばを飲み込む音、そして鼓動、荒い息遣い。
「頼むから…もう解放してくれ!」
 もがけばもがくほど、蜘蛛の糸に絡めとられるような感覚に襲われる。
「心配するな。リラックスしてろよ、可愛い子ちゃん」
 リチャードの体が覆い被さって来る。囁くような声で語りかけながら。内蔵を晒した女が、エディの頬を撫でる。
「お願いだ…止めてくれ!」
 エディは、子供が嫌々をするように、激しく頭を振った。両肩が、血まみれの女に押さえつけられた。
 
 
「コリー、来てくれ。寝室へ運ぼう」
 クリスの呼びかけに、レザー・パンツだけの姿のコリーが、寝室から姿を現した。
「このシス(お嬢さん)かい?『薬屋さん』じゃないか」
「ああ。どう、好みかい?」
「確かに、苛めたくなる気持ちは分からないでもないな」
 コリーは口の端を上げ、酷薄そうな笑みを浮かべた。
「何飲ませたんだ?」
「ゾピクロン。スクロピロロン系の超短時間型睡眠導入剤だ。それと、MDMA。MDMAが効いてくるまでは、もう少しかかるだろう。脚を持ってくれ」クリスは、椅子から崩れ落ちたエディの両脇に腕をかけた。
「意識のない人間は重いもんだってのは、事実みたいだな」
 エディの両脚を抱え上げたコリーが漏らした。
「だからナース達は逞しくなるのさ」
 全く意識のない人間は、起きている時よりも重い。エディは、さほど大柄でもジェフのように筋肉質でもない。しかし大人の男一人となると、それなりの体重はある。
 寝室まで運ぶと、ベッドの上に放り投げるように横たわらせる。
 かすかにエディが声をあげた。まだしばらくは目を覚まさないだろう。クリスはダイニングへ戻った。
 飲み残しのワインをシンクに流し、ミートローフをダストボックスのペダルを踏んで入れてしまう。新たに専用のクーラーから、シャルドネを取り出し、栓を開けた。グラスは2つ。ボトルも一緒に寝室へ持って行く。
 エディはいったいどんな夢を見るだろうか。
 寝室では、カウチで寛いだコリーが退屈そうにしていた。
 
 
「後は好きにしてくれていい」
 手を離したクリスはコリーに告げた。少し離れてカウチに腰を下ろし、ベッドの上の光景を眺める。
 エディは目を覚ましてから、ずっとリチャードという名前を呼び続けている。以前、ジェフの家で聞いた、あの男の名前だ。どんな夢をみているのか。恐らく、聞かせてくれた話の再現なのだろう。子供のように怯えながらも、コリーに抱かれ、喜んでいる。いつものポーカーフェイスは、跡形もなく消え去っていた。
「いい夢みさせてやってくれよ」
 コリーに押さえつけられたエディは、荒々しく犯されながらも、抵抗出来ずにいる。弱々しく、首を振り続けているだけだ。
 ジェフをこちらに引き寄せた際、クリスはエディがなんらかの反応を返してくるのを待っていた。しかし、何もしようとはしてこなかった。ただ、言いたい事を懸命に抑えているだけ。それもまた一興だったが、まだ物足りなかった。今夜も、本当はジェフの事を切り出したかったに違いない。息を荒げ、声を上げるエディを見ながら、クリスは、興奮が抑えられなかった。無意識に、手が両脚の間に伸びる。いつに無い興奮から、そこは普段以上に張り詰め、その存在を強く主張している。そっと握り撫でると、体に電流が走る。クリスは、コリーに突き上げられるままのエディを見ながら、小さく声を上げた。
「クリス、こっちへ来てお前も入れよ」
 クリスは立ち上がり、身に着けた物を床に脱ぎ落とす。ベッドに上がると、コリーに導かれるまま、エディの顔を跨いだ。コリーの手がクリスの両脚の間に伸び、エディの口元へと誘導する。クリスは意図を悟ると、コリーの手を払い除け、自らエディの口の中へと差し入れる。
「気分はどうだい?お姫様」
「悪かないね」
 クリスはコリーの顔を両手で挟んで引き寄せ、唇を求めた。互いに舌を絡め合っている間にも、エディの乱れた呼吸と、くぐもった呻き声が聞こえる。下肢に絡まるエディの舌と唇が作り出す感覚よりも、顔を歪ませ、舌を絡めているエディの顔を見ている方が、よほど興奮させてくれた。もっと傷つけたい。自分を憎むほどに。残酷な欲求が、クリスの体の中でむくむくと沸き起こる。
 大きな波が訪れようとしているのを感じ、クリスは腰をエディの口元に押し付けた。一度放ってしまうと、ベッドから降りて、カウチの傍のテーブルの引き出しを開けた。ポラロイドを取り出し、エディの顔から体全体が入るよう構えた。
「おい、俺の顔は外してくれよ」
 始めに狙った角度は止めて、構えなおす。角度を変えて、もう一枚。ファインダーの向こうで、コリーがクライマックスを迎え、声を上げた。

9
最終更新日 : 2014-04-11 16:06:25

chapter 6-1

  6        

 

 

 

 

 目が覚めたエディは、酷い頭痛に頭を抱えた。

 体は鉛の様に重く、頭の中ではビルの解体工事でボーリングでもやっているかの様だ。喉もからからに渇いて、いがらっぽい。昨夜、クリスに頼まれて、ミートローフの味見をさせられたところまでは覚えている。そこからの記憶は、途切れていた。

 サイドテーブルのデジタル時計は、11時半を指している。本来なら、とっくに出勤している時間だった。ふいに電話が鳴る。店からだろうか。

「はい、ジャクソン…あ、ダンか?悪い。体調が悪くて、電話出来なかったんだ。あ?そんなんじゃないよ。悪いな。ああ」

 受話器を置こうと、電話機に手を伸ばすと、何か紙のようなものが手に触れる。それは、ひらひらとテーブルから舞い落ちた。 エディは額を押さえながら体をゆっくりと起こし、更に時間を掛けて屈み込み、落ちた物を手に取った。

(これは…)

 思わず息を飲み、ベッドに座り込む。落ちていたのは、1枚のポラロイド。写っていたのは、エディ自身のあられもない姿だった。どう見ても、濡れ場にしか見えない。相手の顔は、見切れていて映っていない。見覚えのない、誰かの寝室。しかも、誰か分からない男を相手に、写真の中の自分は喜んでいるようにしか見えなかった。体中の血が引いていく音が聞こえたような気がする。

 恐らく、クリス手製のミートローフか、もしくはワインの中に、何か仕込まれていたのだろう。頭痛以外にも全身の倦怠感がある。これは,以前に経験したものとよく似ている。経緯は判然としないが、恐らく仕込まれた薬のせいで人事不明の状態となり、こんな無様な写真を撮られたのだろう。

(クリス…お前は俺に何がしたいんだ?これが、マイケルのいう『偽悪的行動』だというなら、お前の望みは何だ?俺に憎まれる事か?俺は、そんな馬鹿馬鹿しい手には乗らない)

 エディは写真をくしゃりと握り締め、サイドテーブルの上のライターに手を伸ばした。ジェフの為に用意してある灰皿の上で、ポラロイドに火を点ける。見知らぬ男に抱かれて、喜びに顔を歪ませたエディの顔が、火に包まれて更に歪んで灰になっていく。

 

 

「おはよう。昨日は悪かったな」

「おい、エディ。お前大丈夫か?顔色悪いぞ」

 昨日電話をかけてきたダンが顔を覗き込んで指摘する。長身で、頭ひとつ背の高い彼の顔を平手で軽く叩き、エディは力なく笑った。    

 言われるまでもない。今朝、バスルームで鏡を見た時、自分でも情けなく思ったのだ。こんな時、女なら化粧で誤魔化せるのだろうが。

「いい加減、歳には勝てないんだから、悪さも大概にしろって事かな」

 無理して笑いながら渦巻く髪を束ね、タイムカードを手にしたところで、背後に視線を感じた。

「おはよう、べス」

「あ、おはよう。もう大丈夫なの?」

 やはり、性格は良い女なのだ、彼女は。本心から、エディのことを心配しているのが分かる。声をかけようか躊躇しながらも、こちらの様子を伺っていたのだろう。

「ちょっと疲れがたまってたんじゃないかな。昨日、よく寝たから大丈夫だよ」

 返す笑みも、自然と優しいものになる。たとえ恋愛感情はなくとも、だ。

「その体調じゃ、無理よね」

 恐る恐る、といった様子でべスが続ける。

「何が?」

「あの、もし良ければ、今夜暇?夕食、一緒にどうかと思って」言うなり、彼女は俯いてしまった。確かに体調は芳しくないが、一人でいるよりは、彼女となら、まだ気が楽に過ごせるかもしれない。気分転換としても。

「大丈夫だよ。行こう。店は?もう決めてるの?」

 べスの顔が上がり、明るい笑顔をエディに向けた。

「よぉエディ。何があったか知らないけど、そうやって良い事もあるって事だ」

 背後から、ダンの冷やかす声がする。

「うるせえな」

「じゃあ、また夕方に」

 べスは先に調剤室へ入っていった。エディは、スコットがどうやって彼女を宥めたか、分かったような気がした。そして、そこには、アネットの助力があったであろう事も。

 

 

 べスが見つけてきたのは、リトル・イタリーにある、こじんまりとしたイタリア料理の店だった。既に予約をしていたのだろう。店に入るとすぐにベスが名乗り、給仕の男が席に案内してくれた。男女二人組ということも考慮してか、席も良かった。

 普段は飲まないが、珍しくべスに付き合って食前酒を頼み、前菜にはシーフードを。それと、給仕に選択を任せてワインを1本。メインにはミラノ風カツレツと、チキンのトマトソース煮。サラダを頼むと、パスタやリゾットが入る余裕は無くなった。

 食後のエスプレッソを頼む頃には、エディを気遣う様子も減り、随分とくだけてきた。

 特に、これといった話題があったわけでもない。同僚の噂話や、自分の故郷の事ーーーー彼女は、エディも住んでいた事もある、ブルックリンの出身だった。小さい時の思い出話。主にエディが水を向け、べスが語った。

 エディは、自分でも意外なほど、彼女の存在を嫌がっていない事に驚いた。これも、クリスに酷い目に合わされたせいかも知れないが、気持ちが安らぐ時間が持てることは幸いだった。

 エスプレッソが運ばれてくるまでの間に、べスが化粧室へと席を立った隙を狙い、給仕を呼んで勘定を済ませる。

 彼女といる時間は確かに心地良かった。しかし、これでいいのか?と囁く声が頭の中に響く。父と同じような道を歩むのか、それとも、完全に方向転換出来るのか?と。

 エスプレッソに口をつけ、べスが語る小さい頃の思い出に耳を傾けた。父親に連れられ、コニーアイランドに行ったこと。セントラル・パークの動物園ではしゃいで、迷子になりかけたこと。父親におぶさって眠った時の広い背中が暖かかった事。母親の作るプレスリー・サンドが美味しくて、よく真似をしたこと。キッチンで、よく一緒にビスケットを作ったこと

 両親に可愛がられて育ったのだろう。彼女が語る両親の姿は、まさに理想の親そのものだった。エディは、いつのまにか羨望の眼差しをべスに向けていた。

「素敵なご両親なんだね」

 エディの言葉に、、べスの顔が一瞬曇った。

「ええ。とても素敵な両親だったわ」

「だった?」

「死んだの。私がハイスクールを出てすぐに。卒業旅行で、友達と西海岸へ遊びに行ってる間にね。乗ってた車に酔っ払い運転の車が突っ込んで来て、大破したって。私がこっちに帰ってきた時には、もう土の中だった…」

「すまない」

「いいのよ。気にしないで。本当に良い両親だったわ。誇りに思ってるのよ」

 けなげに微笑む。そう言える彼女が、羨ましかった。いや、彼女からすれば、生きていてくれる方が、よほど良いだろう。

「エディのところは?あまり話してくれないのね」

 彼女に他意はない。それは分かっている。

「うちは、幸いにも両親ともにまだ生きてる…多分ね」

「多分?」

「大学を出た時から、帰ってないんだ。連絡も取ってない。今の住所も知らせてない」

「どうして…?ごめんなさい。立ち入った事を聞いたかもしれない」

 よく分かっている。さて、どこまでを話したものか。

「あまり、両親とは仲良くないんでね。男は、そんなものじゃないかな?父親は仕事が忙しくて、俺も弟もあまり遊んでもらった記憶がないし。母親も、俺が小さい頃はいつも父親の仕事を手伝ってたから、家政婦のおばさんに可愛がって貰ってたな」

「お金持ちなのね」

「そんなんじゃないよ。弟が出来てからは、母親は、今度は弟にかかりっきりになったからね。料理を覚えたのも、いつも台所で家政婦のおばさんに相手してもらってたからだな」

 気づくとべスはじっとエディの目を見つめていた。髪と同じ、柔らかいブラウンの瞳で。

「出ようか」

 無意識にエディはべスから目を逸らした。出来れば、あまり自分の家族の話はしたくなかった。

 勘定がいつの間にか済んでいる事にべスは軽く異議を唱えたが、即座に却下し、店の外へ出る。時間はまだ8時過ぎ。帰るにしても、中途半端な時間だった。

「飲みに行こうか?」

 自分の口から飛び出した言葉に、エディは自分でも驚いていた。べスの表情が明るくなった。それをイエスと受け取り、エディは近づいて来たタクシーを止めた。

 この近くでも良かったのだが、知らない辺りを彷徨って時間を潰してしまうのが嫌だった。エディは、チェルシーの自宅近くの住所を運転手に告げた。べスも何も言わない。通り過ぎる車のクラクション、エンジンの音、ラジオから流れるモータウン・サウンズが車内を支配していた。

 車から降りると、目的の店は目の前だった。時々立ち寄るカフェの地下に、その店はあった。小さな黒板が同じく小さなライトに照らされ、『Joy Stick』という名前を浮かび上がらせている。「洒落た名前ね」べスが笑う。

「こっちだよ。足元、気をつけて」

 階段にべスを誘導しながら、エディは自分が一歩先を降りた。半分ほど降りたところで、店でかかっている音楽が聴こえて来る。ピンクフロイドの『あなたがここにいてほしい』だ。ドア開けると、音が少し大きくなる。カウンターに15席ほどしかない、小さな店だ。カウンターの中から、ブルネットに緑の瞳の男がこちらを振り返った。苦みばしった顔を、くしゃりと破顔させる。

「エディ、久しぶりじゃないか!どうしてた?」

「ネイサン、久しぶり。ちょっとばたばたしててね。ご無沙汰して悪かったね」

 店の主、ブルネットの男ネイサンに促され、二人並んで座った。他の客がいるせいで、二人はぴったりと肩を寄せ合う形になる。

「俺は、ジン・ライム。タンカレーね」

「私はマティーニを」

 第三者が入ると、会話は変わるものだ。さっきの、互いの両親の話題は出なかった。ネイサンがいるお陰で、エディがチェルシーに越してきて、この店に出入りし始めた頃の話に変わる。店の常連客の話、笑い話、ネイサンがウェストポイント(ニューヨーク州内にある陸軍士官学校)にいた頃の、名物教官の話。

 同じ飲むにしても、この店に連れて来たのは正解だった。まだぎこちなく見えるカップル、とネイサンが推察したのだろう。べスも、普段の人見知りが嘘のように、よく笑った。酔いのせいか、体をエディに寄り添わせるように近づけてくるが、さほど気にもならない。エディも深く考える事は放棄し、空いた手をべスの背後に回した。

 平日という事もあり、ある程度の時間が過ぎると、客層が変わってくる。はじめは勤め人らしき姿も多かったが、遅くなるにつれ、近所の店に勤務する者、フリーランスで仕事をしていそうな者、あるいは、何をしているのか分からない者が増えてくる。そろそろ引き上げ時かも知れない。エディは、ネイサンに目で合図を送った。

「べス、そろそろ出ようか」

 べスを促し、立ち上がるが、自分もよろけそうになっている。久しぶりに飲み過ぎたのかも知れない。べスも同じようによろけながらも、エディよりはましなようだ。

「そこの酔っ払い二人!転ぶなよ!」

 ネイサンの声に、エディは振り返らずに手だけ振った。べスを先に上がらせ、自分はその後をゆっくり追う。

 階段を上りきると、二人とも転げるようにドアを開けて出た。二人して意味なく笑い、絵に描いた酔っ払いそのままに互いに腰に腕を回し、歩き始める。エディはそのまま南へ誘導した。自分のアパートの方向へ。べスが、エディの顔を見上げた。

 すぐ傍の路地まで来た時、べスの腕を引いて、陰に入る。急に我に返ったような顔のべスを無視し、小柄な体を抱き寄せた。彼女も無言で、されるがままになっている。

(お前は何をしようとしている?本当にいいのか?この女を不幸にしないと言えるのか?)

 頭の中に再び聞こえてきた声を無視し、べスの顎を引き寄せ、口付ける。

(唇は、男でも女でも柔らかいもんだな)

 馬鹿な事を考えていると分かりつつ、舌を絡ませ抱き寄せる腕に力を込めた。

 顔を離すと、べスはそのままエディの胸に顔を埋めた。

「今日、うちに泊まっていかないか?一人でいたくないんだ」

 その気持ちに嘘はなかった。べスが、エディの胸の中で、小さくうなずいた。

 

 

 目を覚ますと、待ち受けていたのは典型的な二日酔いだった。再び頭は酷く痛み、喉が渇いている。

 体を起こそうとして、肩に触れる滑らかな肌を感じ、隣を見る。べスがエディの方に向いて眠っている。途端、昨夜の記憶がジェットコースターのように脳内で再生された。

 よくぞ、女とのセックスが出来たものだと思う。最近は誰とも交渉自体なく、女との行為となると、思い出すのも苦労する程だった。ベッド脇の時計を見ると、まだ6時半。今日は早出で地下鉄で出勤する日だが、時間の余裕はありそうだった。彼女を起こさない様、注意深く体を起こす。

「エディ?」

 見下ろすと、べスが目を覚ましていた。まだ夢の続きでも見ているような表情で。

「起こしちゃったかい?」

「おはよう…」言うなり、枕に顔を埋める。寝起きの不機嫌を悟られないように起き上がり、クローゼットに向かう。客用のバスローブを出して、サイド・テーブルにバスタオルと一緒に載せた。

「夢を見てたかと思ったわ…」

「朝飯、食える?」エディはべスの言葉には応えなかった。

「作ってくれるの?」

「簡単なもので良ければ」

「喜んで戴くわ」

 先にシャワーを浴びたエディは、べスがいない間に朝食の準備をした。買い置きのマフィンを焼いて、スクランブルエッグとオレンジジュース、コーヒーを添えた簡単な朝食を二人で取り、アスピリンを二人で飲んだ。エディが飲む、唯一と言って良い薬を。

 流石に同じ服装を2日連続というのも拙いだろうという事で、べスにはエディのシャツを貸した。いくらエディが大柄でないといっても、小柄な女性であるべスにはぶかぶかだった。

 二人で混雑した地下鉄に乗り、よろけそうになる彼女の腰に手を回したエディは、半ばやけくそになっていた。

 

 

 地下鉄を降りる時点で、エディは軽く深呼吸をした。一緒に出勤する事で、恐らく誰か、昨日目撃していたダンなどに見つかれば、冷やかされる事は免れないだろう。しかし、その事をべスに告げると、時間差で出勤する、と言い出しかねない。そういう気遣いをさせるのは、申し訳なかった。たとえ彼女が内心で望んでいた結果だとしても、エディ自らが招いた事態だ。

 今までにも、アリスンの紹介であったり、誰かのホームパーティーで知り合った女性となど、誰かと2人きりで出かける事は幾度となくあった。それは、ジェフにも説明した通り、事実だ。しかし皆一様に、体の関係を持つ事はおろか、唇にも触れず、紳士的に自宅まで送って終っている。今回、自分の責任とは言え、内心頭を抱えたい気分だった

 2人揃って出勤すると、予想通りに冷やかしはあった。いい年をした大人の集まりだけに、あからさまなものではないが、ダンだけでなく、更にアリスンまで揃っていては、どうしようもない。エディもべスも、互いに肯定も否定もしなかった。しばらく言わせておけば、冷やかしも止まるだろう、と。それよりも、問題は自分自身だった。今後、彼女とどうするのか。

 べスは心得ているのか、全くベタベタしてくる気配もない。冷やかしを避けるためかもしれないが、誰もいない状況にあっても、今までと変わらない接し方をしてくる。

 昨夜、一人でいたくない、とべスに言ったのは嘘ではない。一人でいる事で、あのポラロイドを思い出してしまいそうだった。起きた事の記憶はなくとも、屈辱と、羞恥の感情だけは頭の中に記録されている。それを思い出すと、クリスを殴りに行きたくなる衝動が湧く。ただ、それこそが、彼の望んでいる事ではないのか。自分が我を忘れ、彼に怒りをぶつける事。それを見たいがために、わざわざ悪夢の再現のような事を仕組んだのではないか。そう思うと、心の中で振り上げた拳も引っ込めさるを得ない。

 今日が週末で助かった、と思う。比較的忙しい時間が続き、余計な事を考えずに済む。実際手がすくと、ダンに肩を叩かれ我に返る事が午前中だけで数回あった。カウンターに出る日でなくて良かったと思う。

 べスは、逆にカウンターに出ている。ガラス越しに見る限り、エディをことさらに意識する事もなく、いつも通りに見える。患者への当たりも、にこやかだ。

「エディ。誰に見惚れてるんだ?」

 またダンに肩を叩かれる。

「え?」振り返ると、にやついたダンが立っている。言われる言葉は、予想済みだ。

「別に。ぼうっとしてただけだよ」

「昨夜は寝不足ってか?」

「何言ってんだよ」

 肩越しにエディの顔を覗き込むダンの顔を、手の甲で軽く叩いた。何日かは、この調子が続くのだろう。

 『暫くは縛られたくない』と周囲に言い続けてきた言葉の効力が、尚も続いている事をエディは祈った。

 

 

 昼休みに待っていたのは、同僚達の要らぬ気遣いだった。わざわざエディとべスが同じ時間に行けるよう他の者が調整に回り、結局2人でランチを取る事になる。これで彼女を無視して、一人で行く度胸はない。店の裏口を一緒に出ると、べスは急に笑い出した。驚いて、エディは彼女の方を見る。

「ごめんなさい、急に笑い出したら、びっくりするわよね。みんながあまりにも気を遣うのがおかしくて」

 べスは、まだくすくすと笑っている。エディは返事に困った。迷った果てに、苦笑を漏らす。

「とりあえず、ご飯食べに行きましょう」

 女は、自信を持つと変わるのだろうか。引っ込み思案に思われたべスだが、今は堂々として見える。あくまでも、エディの前でだが。

 2人は並んで歩いた。手を繋ぐこともなく、体を寄せ合うこともなく。店の裏から、通りを1本越えたところにあるダイナーに入り、スパニッシュオムレツにサラダという簡単な食事を済ませる。食後にコーヒーを頼み、一息つく。それまでは、2人ともが昨夜の事を話題にするのは避けていた。もし、べスが口にしたなら、エディも自分の気持ちも話さなければならない、と覚悟はしていたが、彼女の口からその話題は出なかった。今も、窓の外を眺めている。

「ねぇ、エディ」

 不意をつかれ、ぎくりとする。「なに?」

「あまり、深く考えないで。あなたが、縛られたくない、特に誰とも付き合う気がないって言ってたの、私も知ってるわ」

 理由は異なるが、スコットがアネットに頭が上がらないのも分かる気がした。

「ティーンエイジャーじゃあるまいし、真剣に考え過ぎないで。でも、私は諦めが悪いの」

 そう言って、べスはまた笑った。

「ごめん」これは、エディの素直な気持ちだった。

「今まで通りでいきましょ。ね?」

 女の方が、やはり強いのかもしれない。


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最終更新日 : 2014-04-11 16:07:50


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