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目次

1 はじめに

2 『日本国憲法』前文の出だし

3 『日本国憲法』誕生の背景

4 驚くべき事実

5 米国人は事実を知っているのだろうか?

6 「衆参ねじれ」の原因

7 第2章「戦争の放棄」第9条について

 (1)マッカーサーノートと『GHQ案』との比較

 (2)『GHQ案』と『日本政府原案』との比較

 (3)「英語版」と「日本語版」の意味の不一致・・・(ア)と(イ)

        (ア)意味不明な単語「交戦権」

   (イ)意味の曖昧な語句「その他の戦力」

 (4)『日本政府原案』と『日本国憲法』との比較

8 誤解から生まれた日本語「文民」

9 自衛隊について

10 おわりに

 

*2016年5月、この本の「増補版」を以下の題名で発表しました。ご参照ください。

   増補 日本国憲法を原案(英文)から考える


          1 はじめに             

                                                                                                                                                                    

 2012年4 月、自民党(谷垣総裁)は『日本国憲法改正草案』を公表し、「憲法改正」に意欲を見せました。そして、12月の総選挙は、自民党が圧勝しました。世論調査でも「憲法を改正すべき」と考える人が60%前後いるのですから、私たちは、賛成にせよ反対にせよ、今後、憲法改正の可否を論じていかなければなりません。

  『日本国憲法』の改正規定(96条)は次のとおりです。

「この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする」

 しかし、ここには、国民投票の手続きについて具体的な規定がありません。そこで、2007年、第一次安倍政権は、この96条に基づいて「日本国憲法の改正手続きに関する法律(国民投票法)」を成立させました。

 これで、憲法改正案を国会に提出することが可能になりましたが、国会を通過させ国民投票を実施するには、「衆議院本会議および参議院本会議において3分の2以上の賛成」が必要となります。この「3分の2以上」について、安倍氏は記者会見で次のように述べています。

「(憲法改正について)、最初に行うことは96条の改正だろう。3分の1超の国会議員が反対すれば、議論すらできない。あまりにもハードルが高すぎる」

 改正はまず、国民投票への発議要件を、衆参それぞれの議員の「3分の2以上」から「過半数」に緩和するというのです。もちろん、この修正は、まだ現状のルールでおこなうわけですから「両院それぞれの3分の2以上の賛成」が必要です。

 いずれにせよ、最終的には「国民投票にかけ、その過半数が賛成すれば改正、反対すればそのまま」だということになります。

 ときどき、「安倍政権は憲法改正を強行しようとしている」などと非難されることもありますが、憲法の改正は憲法96条のルールに従っておこなわれ、最終的には国民投票で決めるのです。誰が首相になろうと、決して「強行」できるものではありません。しかも、自公連立合意には、「憲法改正に向けた国民的な議論を深める」という項目が盛り込まれています。

                                                             

 『日本国憲法』の原案を作ったのは米国人です。学者や評論家の間では周知の事実ですが、メディアはその点にあまり言及しません。それどころか、「作ったのは米国人だが、日本人の間で行われていた議論を参考にした」とか「日本国民は新憲法を歓迎した、だから日本国民が作ったのと同じだ」とか「良いものは誰がつくったものでも良い」などと、あれこれ理屈をつけて事実を曖昧にしてきました。

 しかし、『日本国憲法』は、その特殊な制定過程を抜きにしては理解できません。私たちは、まず、『憲法』の原案は日本人がつくったものではないという、その事実にきちんと向き合う必要があります。そこから、真の議論が始まるのだと私は思います

                                                             

          2 『日本国憲法』前文の出だし

                      

 『日本国憲法』の原案は英文で書かれていました。したがって、『日本国憲法』の「前文」をはじめ多くの条文は、英文を日本語に翻訳したものです。その中には、日本語として不自然な表現も見られます。

 「前文」の出だしの「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」は、次の英文を直訳したものです。

 We, the Japanese people, acting through our duly elected representatives in the National Diet.

                                                                                                                                                      

 elect は「(投票で)選ぶ」という動詞です。elected と過去分詞にすれば「投票で選ばれた」の意味になります。しかし、日本語で「(投票で)選ばれた」という意味を、一般的な表現で「選挙された」というでしょうか?He was elected the mayor. これは、「彼は市長に(選挙で)選ばれた」とか「彼は市長に当選した」と訳すのがふつうです。「彼は市長に選挙された」とはいいません。  

 またrepresentatives in the National Diet の直訳「国会における代表者」もおかしな表現です。ですから、帝国議会の審議で、自由党の北議員から「国会における代表者」は日本語として不自然だから「国会議員」に修正できないかと質問されたのです。しかし、その意見は採用されませんでした。「前文」については、字句も変更せず、そのまま日本語にせよ、と占領軍当局に命令されていたからです。

 

2017年、製本に際して「追記」

 「選挙された」は日本語としておかしな表現ですが、「代表者を通じて行動し」も理解しにくい文言です。この文言は、数行あとの(戦争しないことを)「決意し」と、「この憲法を確定する」の二つの動詞にかかっているので、(戦争をしない決意)と(主権在民のこの憲法の制定)は、主権者である国民が、その代表者である国会議員の国会における議決で決定したものである、といいたいのだと思われます。いわゆる「間接民主主義(議会制民主主義)」を「日本国民は・・・代表者を通じて行動し」と表現したのだと思われますが、しかし、日本語としては、不自然なというか言葉足らずなためか、その文言の意図するところが理解しにくくなっているような気がします。 

 2014年、衆議院予算委員会で、石原慎太郎氏が日本国憲法前文には、「日本語として間違っている」箇所がいくつかあると指摘しました。9条の基となっている「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」は、正しくは「を信頼して」であるし、「恐怖と欠乏から免かれ」は、「を免れ」だというのです。その通りだと思います。そして、その誤りをもたらした原因は、「日本国憲法 前文」が原文である英文を直訳したものだからです。というか、GHQに命令された日本人が急いで日本語に訳したもの、あるいは、とくに「前文」については、さほど真剣に考えて翻訳したものではなかったからではないか、と私には思えます。

 なぜ「を信頼して」ではなく「に」と書いたのでしょうか?なぜ「を免れ」でなく「から免かれ」と書いてしまったのでしょうか?原文である英文にあたれば、理解できるような気がします。trusting justiceでなくてtrusting in the justiceであったため、翻訳者は、この in につまずいたのではないのでしょうか? free from の場合は、石原氏の指摘のようにfrom に引きずられたのだと思います。

 

          3 『日本国憲法』誕生の背景

                                                

 戦後、日本を占領・統治したのは、GHQ(連合国司令部)です。「連合国」という名前がついていますが、実質は米軍による統治で、その司令官はマッカーサーです。しかし、その後、日本の統治に関する政策と原則は「極東委員会」で作ると決まりました。極東委員会は、米英仏、ソ連、中国など連合国11カ国(後13カ国)からなり、初会合が1946年2月26日に予定されました。

 ところが、米政府には、日本統治の主導権を手放す意思はなく、極東委員会が発足する前に、日本の新憲法を作っておこうと考えました。米ソ冷戦は、すでに進行していたのです。

                                                            

 1946年2月2日、米政府は、「日本国憲法」の作成をマッカーサーに命じました。翌日、マッカーサーはGHQ民政局長のホイットニー准将にその作成を命じました。そして、民政局次長のケーディス大佐を中心とするスタッフが、2月4日から10日までのわずか1週間で「日本国憲法」の草案を作りあげました。

 つまり、『日本国憲法』の原案は、米国人によって作られ英文で書かれたものなのです。もちろん、この作業は極秘のうちに進められました。

 2月13日、GHQは、自らが作成した『日本国憲法』(以後GHQ案と呼ぶ)の日本語訳を日本政府に手渡し、採択するようせまりました。採択を急がなければ、日本統治に対する極東委員会の意向が拡大し、天皇制も維持できなくなるだろうと脅しました。日本政府は『GHQ案』に沿った「日本政府案」を作るほかないと判断しました。

 2月26日、松本国務大臣は、法制局部長の佐藤達夫を呼んで次のように命じました。

「(司令部は)こういう案をよこして、これに基づいて至急に日本案を起草して持ってこい、字句その他の調整はしてもよいが、基本原則と根本形態は厳格にこれに準拠してくれということだった」(佐藤達夫著『日本国憲法誕生記』中公文庫)

 こうして、松本大臣と佐藤の二人で「日本政府案」の作成に取りかかりました。『GHQ案』を大きく修正したのは以下の三点です。

 ①抽象的な文で、ごちゃごちゃ書いてある「前文」は削除する。②国会は1院制を改め衆参の両院制とする。③土地の国有化は削除する。

 3月2日、「司令部から急に(日本側の)草案を持ってこい、英訳が間にあわなければ、日本文のままでよい」という厳命がきました。(前掲書)

 3月4日朝、松本大臣は佐藤を連れて司令部を訪れ「日本政府案」を提出しました。司令部には外務省の職員が二人いて、その「日本政府案」を英訳しました。英訳の作業と併行してGHQは、それを片っ端から検討し、もとの『GHQ案』と異なる部分について松本に問いただしました。ケーディス大佐と松本大臣のあいだで激しい議論の応酬になったそうです。

 午後6時過ぎ、「今晩中に確定案を作れという厳命があった」とケーディスから告げられ、佐藤は終戦連絡中央事務局次長の白州次郎および外務省の職員二人とともに居残りました。

 夕食後、9時頃から司令部の一室で徹夜の作業が始まります。米国側はケーディス大佐とハッシー中佐の二人が中心となり、日本に住んでいたことのあるという女性が通訳をしていました。白州や外務省職員も「たまに議論に加わったが、(職員二人は)主として条文整理の筆記の方を受け持っていて・・・法律論の相手はほとんどわたし(佐藤)一人で」進められました。 (前掲書)

 徹夜の作業を経て、3月5日の午後4時頃、「確定案」(『日本政府原案』)の日本語版と英語版が完成しました。佐藤は、約30時間、一睡もせず作業に取り組んだのです。

 日本側の修正要望は、ほとんど認められませんでした。「前文」の削除は全く聞きいれられず、「前文はそのまま日本文にしたものをつけろ」ということでした。大きな修正が認められたのは2点です。「土地国有化」の削除と、国会の両院制については条件つきで承諾されました。もちろん、ここまでの過程はすべて極秘でした。(前掲書)

                                                            

 3月6日午後5時、日本政府は記者会見を開き、徹夜の作業で作られた『日本政府原案』を『憲法改正要項』という名で発表しました。マッカーサーは、ただちに声明を出し『要項』への支持を表明しました。支持は、あたりまえです。これは、マッカーサーの命令で作った憲法です。

 6月20日、『日本政府原案』は、大日本帝国憲法に定められた改正手続きを経て帝国議会に提出されました。

 7月25日、衆議院小委員会(計13回)で審議し一部修正

 8月21日、衆議院本会議で採決し可決 総数429名、賛成421、反対8。反対したのは共産党6名全員と後の社会党左派2名。共産党が反対した理由は、主に「天皇制」と9条です。「(9条は)一個の空文にすぎない。・・・わが国の自衛権を放棄して民族の独立を危うくする危険がある」 (政府案に反対する共産党の野坂参三議員の演説)

                                                                                                                                                       

 審議の行なわれた衆議院と貴族院の小委員会は秘密会で、その議事録も1995年まで公開されませんでした。公開すれば、原案が日本人の手によって作られたものではないということがばれてしまうからです。なお、修正についてもGHQの了解が必要でした。

 マッカーサーは、『GHQ案』をもとに作った『日本国憲法』を、日本国民の自由な意思にもとづいて作られた憲法である、という体裁をとるよう命じました。

「こんどのあたらしい憲法は、日本国民が自分でつくったもので、日本国民ぜんたいの意見で、自由につくられたものであります」

 これは、1947年度から中学校社会科1年生教科書として用いられた文部省作『あたらしい憲法のはなし』の中の一節です。

 軍事占領・統治の下で、しかたがなかったのかもしれません。しかしそれでも、私は、吉田茂内閣は国民に対し、ここまで積極的に嘘をつかなければならなかったのだろうか、と少し疑問に思います。

                                                            

          4 驚くべき事実

                                                                                                                                

 『日本国憲法』第10章「最高法規」には97条、98条、99条の3つの条文があります。しかし、『GHQ案』第10章「最高法規」には90条と91条の二つしかありません。なぜでしょう。その理由を知れば、「そんな馬鹿な」と誰もが仰天するのではないでしょうか。以下、比較してみます。

 なお、『GHQ案』の英文は『マッカーサーの日本国憲法』(キョウコ・イノウエ著 桐原書店)の資料から、その日本語訳は『日本国憲法誕生記』の中の「受領当時の外務省仮訳」から引用しました。また、片仮名を平仮名に改め、漢字の一部を修正しました。

 

  『GHQ案』第10章「至上法」

 第90条「この憲法・・(中略)・・は、国民の至上法にして、その規定に反する公の法律もしくは命令及び詔勅もしくはその他の政治上の行為又はその部分は法律上の効力を有せざるべし」

 第91条「皇帝皇位に即きたるとき並びに摂政、国務大臣、国会議員、司法府職員及びその他の一切の公務員その官職に就きたるときは、この憲法を尊重擁護する義務を負う。(以下略)」

 

  『日本国憲法』第10章「最高法規」

 第97条「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」

 第98条「この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない(以下略)」

 第99条「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」

                                                           

 前者の90条と91条が後者の98条と99条にあたります。そして、98条の内容は、題名の「最高法規」に適しているといえます。それでは、97条と99条はどうでしょうか?

 97条は「人権」(第3章)についての条文です。それが、なぜ第10章にあるのでしょうか?実は、これは、もともと、つまり『GHQ案』では、第3章10条の文章です。 

 第10条 The fundamental human rights by this Constitution guaranteed to the people of Japan result from the age -old struggle of men to be free. They have survived the exacting test for durability in the crucible of time and experience, and are conferred upon this and future generations in sacred trust, to be held for all time inviolate.

「この憲法により日本国の人民に保障せらるる基本的人権は、人類の自由たらんとする積年の闘争の結果なり。時と経験のるつぼの中において、永続性に対する厳酷なる試練に克く堪へたるものにして、永世不可侵として、現在および将来の人民に神聖なる委託を以て賦与せらるるものなり」

                                                                                                                   

 これは、法律の条文になりません。まるで演説です。日本語に翻訳した役人も、やけくそになって英単語をそのまま日本語に置き換えただけではないか、と勘ぐりたくなるような文章です。いくらなんでも、これは採用できません。日本人の書いた文章ではないことがすぐにばれてしまいます。佐藤は簡潔な文章に修正し『日本国憲法』第11条としました。

 第11条「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」

                                                 

 ケーディスはこの修正を了承しましたが、「しばらくしてから、『実は、あの条文はホイットニー准将が自ら筆をとった自慢のものだから何とかしたい。せめて後の章にでもいいから入れてもらいたい』と申し入れてきた。・・・というわけで第10章の最高法規の中に移すこととしたのである」(『日本国憲法誕生記』)

 徹夜の作業を終えた佐藤は、ホイットニーから何度も礼を言われました。

「司令部での作業が終わると、はじめてホイットニー局長が姿を見せ、大いに安心した表情で、われわれの手をかたく握ってくり返し礼をいった。あまりにその喜び方が大きいので、わたしは、いったいどこの憲法を手伝いに来たのか、という錯覚をおこしそうになったくらいであった」(前掲書)

 

 「人権」に関する97条が、なぜ第10章「最高法規」の中に入っているのだろう?と私は、長いこと腑に落ちなかったのですが、佐藤氏の文を読んで仰天しました。

(いくらなんでも、それはないでしょう)

                                                                                                                                                      

 第99条も、少し奇妙な感じがします。憲法は国家運営の根本法です。天皇、大臣、国会議員、裁判官その他の公務員が憲法を尊重し擁護する義務があるのは当然のことです。こんなあたりまえのことを、なぜ、わざわざ条文で規定する必要があるのでしょうか?書いておかないと「尊重し擁護」しないのではないかという心配でもあるのでしょうか?

 この点について、東京帝国大学教授であった日本の国際政治学第一人者の神川彦松氏は、1956年の衆議院内閣委員会公聴会に公述人として出席し、次のように述べています。

「諸外国の憲法を見ますと、こういう当然のことはあまり書いてないのでございまして、もし書くとしますれば・・・日本国の市民というものはすべて憲法を順守しなければいかぬ、こう書くのが当然なことです」(『50年前の憲法大論争』講談社現代新書)

 

 「義務を負ふ」の部分の英語は、『日本国憲法』英語版と『GHQ案』とでは、表現が少し異なります。

『GHQ案』 shall be bound to uphold and protect this Constitution

『日本国憲法』英語版 have the obligation to respect and uphold this Constitution

  『GHQ案』の表現は受け身で、またrespect(尊重する)はありません。なお、be bound には、「縛られる。束縛される」というニュアンスがあって、『日本国憲法』英語版のhave the obligation よりきつく感じられます。

 いずれにせよ、この憲法は、マッカーサーの命令でGHQ民政局のスタッフが書いたものです。日本政府に、それを順守させなければなりません。つまり、この条文は、わざわざ書く必要のない「あたりまえのこと」を規定したのではなく、日本政府に対するマッカーサーの命令だと感じられてくるのです。

                                                                                                                                                          

          5 米国人は事実を知っているのだろうか?

 

 「我々は日本を打ち破った国である。その後、食糧を配り、憲法を起草し、労働組合を奨励し、女性に参政権を与えた。日本人が受け取ったものは報復でなく慈悲だった」(1999年11月、ブッシュ候補が米国大統領選挙へ向けて行った外交演説の結び)

 この文章を、日本の新聞で読んだとき私は驚きました。なんという傲慢な考えでしょう。「憲法を起草し・・・日本人が受け取ったものは報復でなく慈悲だった」。それでは、一晩で10万人を超える死者を出した「東京大空襲」や原爆投下はなんだったのかという話になります。そして、日本には、『大日本帝国憲法』という近代憲法がありました。戦後のGHQによる「思想統制」の効果で、この憲法は民主的なものではなかったと思いこんでいる人も少なくありませんが、近代法の原理である「法の支配」(国家権力を法で拘束する)や「法治主義」(国家権力の行使は法に基づく)を有する立派なものです。

 37条「すべて法律は帝国議会の協賛を経るを要す」

 64条「国家の歳出歳入は毎年予算を以て帝国議会の協賛を経るべし」

 この憲法に基づき行われた第1回衆議院総選挙(1890)も2回目も、議席の多数を獲得した野党である自由民権派は、予算に反対して政府に抵抗し、政府を追い込み、のちに議院内閣制的運営を実現しました。いわゆる「大正デモクラシー」は、この憲法があったからこそ実現できたのです。大津事件(1891)では、政府の圧力に屈せず「司法権の独立」を守り抜きました。それにくらべて、2010年の尖閣における中国漁船衝突事件ではどうだったでしょうか。那覇地検は、政治の介入をはねのけることができたのでしょうか?

                                                           

 英会話講師の米国人に訊いてみました。

 "Do you know that the draft of Japan's constitution was made by the U.S.?"

 "Yes,I know it. We were taught about it when I was in high school." 

「日本の憲法の草稿が、米国によって作られたことを知ってる?」

「うん、知ってるよ。高校で教わったよ」

 私は、もう、びっくりしました。(高校で教わってるって!)

 しかし、なにも驚くことではありません。『The Washington Post』のウェブサイトにはCountry Guides があって、Japan の項目の見出しは次のようになっています。

 Government in Japan is based on the constitution of 1947, drafted by the Allied occupation authorities and approved by the Japanese Diet.

「日本の政府(統治形態)は、連合国の占領当局によって起草され、日本の議会で承認された1947年の憲法に基づく」(訳は筆者) 

                                                            

 『日本国憲法』の原案は米国が作ったものだとブッシュ大統領候補は自慢し、学校教育でも報道でも、その事実をはっきり言っているのに、日本人が、いまだに、この点を曖昧にぼかしたままで、「憲法改正」問題を議論するのなら、おかしなことです。 

                                                           

          6 「衆参ねじれ」の原因

                                                           

 憲法改正というと、すぐに9条が焦点になりますが、「決められない政治」を引き起こす「衆参ねじれ」も深刻な問題です。

 「衆参ねじれ」とは、衆議院で過半数の議席を持つ与党が、参議院で過半数に足りないため野党に反対されると、政府・与党の提出する法案が成立しない状態をいいます。とくに、2007年、参議院選で自民党が惨敗してねじれが生じてから、最初は民主党が、次に自民党が問責決議を連発して政治の停滞を引き起こしました。

 イギリス議会は下院だけで法案を成立させることができ、貴族院の権限は弱いのですが、日本のように、どちらも同じような選挙制度で選ばれ、ほぼ同等の権限を持つ二院制は世界でも例外的です。米国でも上院と下院のねじれが生じていますが、議院内閣制でなく大統領制なので事情が異なります。

 『GHQ案』は一院制でしたが、日本政府は衆参両院制を主張しました。参議院を任命制と選挙制による地域代表議員と職能代表議員で構成し、衆議院に対するチェック機能を持たせようとしました。GHQはこれを了承したのですが、極東委員会でソ連が反対し、結果として、衆議院と同じように強い権限を持ちながら政府側には解散権がないという奇妙な参議院ができてしまったのです。そのため、「衆参ねじれ」で混乱が生ずるたびに、「参議院は本来どうあるべきか」とか「そもそも参議院は必要なのか?」という議論が生じてきます。

 この問題は、まず、その成立の背景を国民の前に明らかにする必要があると思います。そして、それを含めて議論すれば、改正すべき道筋が容易に見えてくるのではないでしょうか。

                                                           

          7 第2章 「戦争の放棄」第9条について

                                                  

 憲法改正論議で最も問題となるのは第9条です。マッカーサーはホイットニー准将に「日本国憲法」の起草を命じ、その内容として3つの原則を示しました。これが、いわゆる「マッカーサーノート」です。ここで、日本国憲法が誕生するまでの過程をまとめると次のようになります。

 『マッカーサーノート』(①とする)→『GHQ案』(②)とする)→「日本政府案」(松本大臣と佐藤法制局部長で作成)→『日本政府原案』(③とする。司令部における徹夜の作業で作成。『日本語版』と『英語版』の両方を同時に作成)→帝国議会で審議一部修正→『日本国憲法』(④とする)。以下、それぞれを比較してみます。 

                                                           

 ①マッカーサーノートの第2原則部分

  War as a sovereign right of the nation is abolished. Japan renounces it as an instrumentality for setting its disputes and even for preserving its own security. It relies upon the higher ideals which are now stirring the world for its defense and its protection. No Japanese army, navy, or air force will ever be authorized and no rights of belligerency will ever be conferred upon any Japanese force. 

「国家の主権的権利としての戦争を廃棄する。日本は紛争解決のための手段としての戦争、および自己の安全を保持するための手段としてのそれをも、放棄する。日本はその防衛と保護を崇高な理想に委ねる。いかなる日本の陸海空軍も決して許されないし、いかなる交戦者の権利も日本軍には決して与えられない」(訳は「憲法調査会の報告書」」) 

                                                                                                                                                        

 これを受けて作られた②『GHQ案』第8条は次のようです。

 War as a sovereign right of the nation is abolished. The threat or use of force is forever renounced as a means for setting disputtes with any other nation.

 No army, navy, air forces, or other war potential will ever be authorized and no rights of belligerency will ever be conferred upon the State.

「国民の一主権としての戦争はこれを廃止す。他の国民との紛争解決の手段としての武力の威嚇又は使用は永久にこれを廃棄す。

 陸軍、海軍、空軍又はその他の戦力は決して許諾せられることなかるべく又交戦状態の権利は決して国家に授与せらるること無かるべし」                    

                                                    

 この『GHQ案』をもとに松本大臣と佐藤が作った「政府案」を、司令部において、GHQ民政局スタッフと佐藤が徹夜の作業で手直したものが『日本政府原案』第9条(③)です。

「国の主権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、他国との間の紛争の解決の手段としては、永久にこれを抛棄する。

 陸海空軍その他の戦力は、これを保持してはならない。国の交戦権は、これを認めない」(『日本国憲法誕生記』)

                                                           

 (1)①マッカーサーノートと②『GHQ案』)との比較

 注目されるのは、even for preserving its own security「自己の安全を保持するための手段としてさえも」という部分が完全に削除されている点です。ケーディス大佐が削除したのです。

 駒澤大学の西修教授は、1984年に米国のケーディス宅を訪れて、「憲法作成の背景」についていくつか質問しました。その問答は、教授の著書『図説 日本国憲法の誕生』(河出書房新社)によれば次のようです。

 ケーディス「日本国憲法に『自己の安全を保持するための手段としての戦争放棄』まで書き込むのは、非現実的だと思い、削除したのです。どの国も『自己保存』の権利を持っています。日本国にも当然『自己保存』の権利として『自己の安全を保持するための手段としての戦争』は、認められると考えたのです」

 西教授「貴方の修正に対して、元帥はどんな反応を示したのでしょうか」

 ケーディス「私は大佐です。一介の大佐が元帥に直接、意見を具申することはできません。局長のホイットニー准将が介在しました。局長は、少しばかり私にクレームをつけましたが、そのまま元帥のところへもって行きました。その後、私の案文には何の修正もありませんでした。私は、私の修正した案文が認められたと思いました」

                                                          

 ケーディスは、日本に対して自衛権まで放棄させるのは現実的でないと考え、マッカーサーからの指示を修正しました。そして、マッカーサーは、その修正を黙認したのです。一般的に、国家には「自衛権」が認められ、自衛のための武力行使も認められると考えられています。独立した主権国家であれば、自衛のために軍隊を保有する権利を持つというのは国際法の常識です。マッカーサーは、当初、日本から「自衛のために武力行使(戦争)する権利」まで奪おうとしました。しかし、ケーディスの修正を黙認したのですから、考え直したということになります。                                                           

                                                                                                                                                                    

 (2)②『GHQ案』と③『日本政府原案』との比較

 ②から③への過程で、いくつかの修正が見られます。1行目の is abolished 「廃止される」は削除して、その主語である「国の主権の発動たる戦争」を次の 行に移してひとつの文にまとめ、is renounced「放棄させられた」という受身の動詞を「放棄する」に改めています。

 次の文のbe authorized「(公的に)与えられない」も、受動態を改め「保持してはならない」とし、 be conferred「授けられない、与えられない」も、受動態を改め「認めない」としています。修正前の表現では、日本人が作った条文ではない、ということがばれてしまうと考えたのでしょう。    

                                                           

 (3)「英語版」と「日本語版」の意味の不一致・・・(ア)と(イ)

 日米双方が徹夜の作業で同時に作った『日本政府原案』の「英語版」と「日本語版」には意味の一致していない部分があります。なにしろ、9条の「戦争放棄」や「交戦権の否認」、「戦力の不保持」を憲法に規定するのは初めてのことです。国際的にも、そのような例は過去にありません。それで、それらの語句についての理解は、日米で必ずしも一致していなかったのです。

                                                          

 (ア)意味不明な単語「交戦権」(the right of belligerency)

 マッカーサーノートに用いられたthe rights of belligerencyは、「憲法調査会の報告書」では「交戦者の権利」と訳されています。②『GHQ案』の場合は、同じ語句が「交戦状態の権利」と訳されました。なお、①と②はrights ですが、③と④では、なぜか s がとれて right になっています。そして、日本の高校の授業「政治経済」の副読本(東京書籍)には、「交戦権」とは〈1〉「国家が戦争を行う権利」と〈2〉「交戦国として戦時国際法上認められる権利」と説明されています。

 神川教授は、公聴会で次のように述べています。

「交戦権」と訳しているが、the rights of belligerency を「交戦する権利」という意味で使った例は国際法にもない。「交戦する権利」という意味ならば、第1項に「放棄する」と書いてあるのだから、同じことを同じ条項に書くことはない。しかも、『GHQ案』では rights と「権利」が複数になっている。そこで、学者達は「交戦者の権利」と解釈している。しかし、交戦者ならば、belligerents となる。「それで、これは、おそらく素人の書いたものであろうと判断しているのであります」(『50年前の憲法大論争』)

 それでは、ケーディスは、この語句をどのように理解していたのでしょうか。西教授のインタビューを読んで、私は、またも仰天しました。

 西教授「the rights of belligerency をどのように理解されましたか」

 ケーディス「正直に言って、私には解りませんでした。ですから、もし、芦田氏がその文言の修正や削除を提示していたら応じていたことでしょう」 (『駒澤大学法学部研究紀要第62号』寄稿論文「憲法9条の成立経緯)

 ケーディスは、マッカーサーが指示したthe rights of belligerency の意味を理解できなかったのです。それにもかかわらず、それをそのまま『GHQ案』の条文に載せたというのです。語句が意味不明であれば質問すればいいではないか、とも思いますが、「一介の大佐」が元帥の書いた語句について問いただすような無礼なことはできなかったということでしょうか。

                                                                                                                                              

 (イ)意味の曖昧な語句「その他の戦力」(other war potential)

 『GHQ案』には、マッカーサーノートにはない語句 other war potential が加えられ「その他の戦力」と」訳されました。ケーディスは、前述のインタビューで次のように述べています。

「other war potential を、政府の造兵站あるいは戦争を遂行するときに使用されうる軍需工場のための施設という意味で加えたのです」

 神川教授は、公聴会で次のように述べています。

「( war potential )は、第一次世界大戦後初めて使い出した言葉であります。(それ以前は)いつも陸海空軍だけを問題にしてしておりました。ところが国際連盟における軍縮委員会におきまして、陸海空軍だけを制限しても意味をなさない・・・war potential を禁止しなければならないといいだした」(前掲書)

 ③『日本政府原案』では、or war potential は「(陸海空軍)又はその他の戦力」と訳されていましたが、④『日本国憲法』では「陸海空軍その他の戦力」と書き改められ、「又は」が抜け落ちました。その後、この部分は「陸海空軍を含めたすべての戦う力」というような意味に理解されることが多くなって、「自衛隊は戦力ではないのか?」という疑問も出されることになりました。

 つまり、この語句を書き加えたケーディスの意図と、この語句を与えられた日本人の理解とが食い違っているのです。おかしなことだといわざるを得ません。

                                                          

 (4)③『日本政府原案』と④『日本国憲法』との比較

 『日本政府原案』9条は、帝国議会の衆議院小委員会で次のように修正されました。

「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」

 

 頭に「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」の文言を追加し、「他国との間の紛争」を「国際紛争」に改め、2項の頭にも「前項の目的を達するため」を加え、「保持してはならない」を「保持しない」に改めています。

 重要なポイントは、「前項の目的を達するため」の追加です。これがないと、いかなる場合においても「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と解釈されかねません。しかし、「前項の目的を達するため」を追加することで、自衛という目的であれば、軍隊を保持することが可能だと解釈できるというのです。この修正は、委員長の名を付けて「芦田修正」と呼ばれています。

                                                          

 法制局部長の佐藤は、「芦田委員長に、『こういう形になると、自衛のためには、陸海空軍その他の戦力が保持できるように見えて、司令部あたりでうるさいかも知れませんね』と耳打ちしたところ、『なに大丈夫さ』というようなことをいわれたのを覚えている。それにもかかわらず、わたし自身はいささか危んでいたのであったが、結果においては、それも無用の心配に終わり、この修正については司令部から何の文句も出なかった」(『日本国憲法誕生記』)

 「大丈夫さ」と言ったものの、実は芦田も心配していたようです。ケーディスは西教授に次のように述べています。

「私が、芦田氏のもってきた修正案に即座にオーケーを告げたところ、芦田氏は、ホイットニー局長の意見を聞かなくても大丈夫なのかとたずねました。私が、その必要はないと言っても、なにか落ち着かないようでした」(『図説 日本国憲法の誕生』)

 しかし、すでに見たように、ケーディスは『GHQ案』の段階で、日本に「自衛権」まで放棄させるのは現実的でないと考え、マッカーサーの指示を修正しました。そして、マッカーサーは、その修正を黙認していたのです。ですから、ケーディスは「芦田が持ってきた修正案に即座にオーケーを告げた」のです。

 

                                                                                                                                       

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


8 誤解から生まれた日本語「文民」

                                                        

 

 『日本国憲法』第62条2項

 

「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」

 

 「文民」とは、civilian (一般市民)にあてた日本語訳です。この条文の場合、「シビリアン」(civilian)とは「現役の軍人ではない者」という意味です。軍部が政府を支配する(ミリタリー・コントロール)を避けるためで、シビリアン・コントロールと言われます。つまり、政府が軍部に支配されないという意味ですが、軍隊が政府に統制されるという意味にも使われます。なお、この場合の英語のシビリアンが「現役の軍人ではない者」であって「退役軍人」を含まないことは、アイゼンハワー米国大統領が元帥で第二次世界大戦ではヨーロッパの連合軍最高司令官だったことからも明白です。

 

 1946年8月、マッカーサーは、米政府や極東委員会の意向をふまえて、吉田茂首相に対して、「シビリアン」という語を入れるよう求めました。しかし、吉田は、日本は9条で軍隊を持たないのだから、憲法に「シビリアン条項」を入れる必要はないと説明し、マッカーサーもそれを了承しました。

 

 ところが、9月に開かれた極東委員会では、ソ連代表から、「シビリアン条項」を入れるべきだと提案されました。議論の結果、委員会は、「芦田修正によって、自衛の目的であれば、軍隊の保持が認められると日本国民に解釈されうるようになったことに気づき、GHQ司令官に対してこの疑念を伝えるとともに『日本国憲法』にシビリアン条項を入れるよう主張すべきことを勧告する」という声明を出しました。この声明を受けた次の会議で、中国代表は、「自衛目的であれば、軍隊保持が認められるという解釈は常識である」と述べました。(『図説 日本国憲法の誕生』)

 

 つまり、極東委員会が「シビリアン条項」導入を再度要求したのは、9条にもかかわらず、自衛のためであれば軍隊の保有は可能である、と考えていたからです。

 

 しかし、日本側には、そういう事情は知らされませんでした。GHQから「シビリアン」の語句を入れろと再度要求されて、佐藤はケーディスに言いました。「この要求は、第9条との関係からいっておかしい」。ケーディスは答えました。

 

「芦田修正の結果、将来はまた軍人ができるかもしれないという疑念が、連合国側におこったのが今度の申し入れの動機になったのではないか・・・自衛の目的のためには軍備を整えることがありうると考えたのではないかと思う」

 

 それでも、佐藤は納得できませんでした。しかし、それ以上主張することはできません。佐藤は次のように述べています。もしそれが本当なら、極東委員会は「第9条そのものについて何とかいって来たはずだと考えられるし・・・ケーディスが、その場の思いつきでいったのではないかと感じた」(『日本国憲法誕生記』)

 

 ケーディスが「自衛権」まで放棄させるのは現実的でないと考えてマッカーサーの指示を修正したことも、極東委員会が自衛のための軍隊の保有は可能であると考えていたことも日本側は知らされず、ともかく「シビリアン」の語句をどこかに入れろと要求されたのです。いや、ケーディスは、その要求の真意を佐藤に伝えたのですが、佐藤は信用しなかったのです。

 

      

 日本政府側は 、「シビリアン」の本来の意味と9条は矛盾すると考え、「この提案は当時さかん行われていた公職追放令の考え方の一種の延長だろう」と推測しました。そこで、その意図をくみ取って『日本政府原案』では、「武官の職歴を有しない者」という語句にしました。「武官」とは「職業軍人」の意味です。(前掲書)

 ところが、貴族院小委員会で疑問が出されました。英語の「シビリアン」は「現役の軍人ではない者」という意味である。それなのに、「武官の職歴を有しない者」と訳したのでは「過去に軍人であった者は大臣になれない」ということになり、あまりに不合理であるというのです。それなら、「新しい訳語を作ろう」ということになって、いくつか候補があがった中から「文民」という「漠然とした」言葉を選びました。(前掲書)

 つまり、「シビリアン条項」導入要求についての極東委員会やGHQの意図を、日本側は誤解して「公職追放」と関連があるものと推測したのです。

 それにしても、なぜ、こんな「推測」で「政府案」を作ったのでしょうか。極東委員会やGHQに問いただして確認すべきだったのではないでしょうか。そんなことは不可能だったのでしょうか?

 戦後、GHQの軍事占領下で、1000人もの日本人が「戦争犯罪人」として処刑されました。さらに、「戦争協力者」として多くの人々が、政界・財界・教育界・マスコミ・映画界など広い分野から、公職追放されました。その数は、20万人にものぼるそうです。『日本国憲法』は、こういう状況の中で作成され審議されたのです。大月短期大学の小山常実教授は著書『憲法無効論とは何か』で次のように述べています。

〈381名の衆議院議員が公職追放され1946年4月の総選挙に出馬できなくなった。総選挙後も、当選した議員の中から、衆議院で5名、さらに10名、貴族院で169名が追放されていった。「したがって、議員達は、いつ追放されるかという恐怖の中で、憲法改正について審議していたのである」〉

 しかし、それでも、衆議院本会議で自己の考えを堂々と表明し、『日本国憲法』の制定に反対の投票をした議員もいたのです。共産党議員6名全員と後の社会党左派の議員2名です。

 ところで、吉田茂首相は、当初どのように考えていたのでしょうか。ホンネのところはわかりませんが、吉田内閣は、『新しい憲法のはなし』(1947年度 文部省作)で国民に対して次のように説明しています。

「こんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないとということです。これからさき日本は、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。・・(中略)・・よその国となかよくして、世界中の国が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の国は、さかえてゆけるのです」                                      

                                                 

 

         9 自衛隊について                                                                                                                                                             

 1954年の自衛隊の発足以降、政府は、「自衛のための最小限度の戦力」を保有することは憲法9条に違反しない、という見解をとってきました。しかし、国民の多くは、9条を素直に読めば自衛隊は違憲で、政府の解釈は少し無理があるのではないか、と考えていたような気がします。その中には、違憲だろうけれど自衛隊は必要だと考えていた人もいれば、日本の安全保障には自衛隊も日米安保条約もいらない、9条があれば大丈夫だと考えている人もいました。

 在日米軍や自衛隊は違憲か合憲かという議論は、日本国内で長いこと続けられ、「自衛隊は違憲である」という訴訟も起こされました。「砂川事件」の第一審(1959)において在日米軍は違憲とされ、「長沼ナイキ基地訴訟」の第一審(1973)では、自衛隊は違憲であるという判決も出ています。ただし、高裁や最高裁では、憲法判断は回避されてきました。

 しかし、佐藤氏の手記『日本国憲法誕生記』(1999)や「西教授によるケーディスへのインタビュー」(1984)を読むと、「自衛隊は違憲か合憲か」という議論そのものが、いったい何だったのだろうか、とばかばかしくなってきます。西教授は次のように述べています。

〈ケーディスは、当初こそ口を重くしていたが、その後、日本の多くの新聞、雑誌のみならず、テレビ各局で同様の発言をくり返している。しかし、なぜか、多くの憲法学者は、ケーディスの言説に耳を傾けようとしない。〉(『駒澤大学法学部研究紀要第62号』寄稿)

 

 いまや、「自衛隊は必要ない」とか「自衛隊は憲法違反だ」と考える国民は少数派だと思います。「自衛隊は違憲だ」と主張してきた社会党も、1994年、村山首相が誕生したことで、「自衛のための最小限の実力組織である自衛隊は合憲である」という見解に改めました。

 『日本国憲法』の原案を作ったGHQも、その一部修正に関わった極東委員会も、実は当初から、「自衛目的のための軍隊の保有」については、国家の自然の権利として認めていたのです。ところが、日本側は、『日本政府原案』を作った人間も、それを審議した帝国議会議員も、そして、憲法を示された国民も、GHQや極東委員会の考えは一切知らされていなかったのです。おかしな話です。

 しかし、考えてみれば、マッカーサーやケーディスあるいは極東委員会の考えがどうであったにせよ、また当時の日本政府や帝国議会議員のホンネとタテマエがどうであったにせよ、現代の日本国民が、それに縛られることはないのです。大事なことは、現代の日本国民がどのように考えるかではないでしょうか。

 現代の日本国民が、自由な自分の意思で考え、議論し、熟慮して、改正の必要があるとするならば、憲法のルールに従って改正すればいいわけですし、その必要がなければそのままでいいのです。ただ、改正の可否を判断する材料としての事実関係は明らかにしなければいけません。たとえ不名誉な事実であっても、その事実と向き合うことを避けたり、ごまかしたりしてはいけません。

                                                                                                                                                      

          10  おわりに

                                                   

 12月の総選挙後、あるテレビ局のニュース番組でキャスターが〈新しい政権を担う自民党は、「憲法を改正して、自衛隊を国防軍とするとか集団的自衛権の行使を認める」などと勇ましいことばかり言っていて心配だ〉と深刻な表情を見せていました。しかし、「なぜ憲法を改めるのか、また、どのように改めるのか」について具体的な説明は一切ありませんでした。

 自民党は、選挙前に突如、「自衛隊を国防軍にする」と主張したわけではありません。4月に『日本国憲法改正草案』を公表し、その後、「Q&A」も公表しています。その中身を伝え、解説して批判する、そういう報道が必要です。それが、国民の判断材料になるのです。「勇ましいことばかり言っていて心配だ」と深刻な表情をみせて国民の不安を煽るような報道では、公正で正しい判断はできません。

 以下は、サイトに載っている『日本国憲法改正草案』とその「Q&A」からの抜粋です。私たちは、まず、この提案を先入観なしに吟味することから始めるべきではないでしょうか。

                                                        

Q なぜ、今憲法を改正しなければならないのですか?

A 現行憲法は、連合国軍の占領下において、同司令部が指示した草案を基に、その了解の範囲において制定されたものです。日本の主権が制限された中で制定された憲法には、国民の自由な意思が反映されていないと考えます。そして、実際の規定においても、自衛権の否定ともとられかねない9条の規定など、多くの問題を有しています。

                                                         

Q 「「前文」を改めた理由は何ですか?

A 前文は、全体が翻訳調でつづられており、日本語として違和感があります。そして、その内容にも問題があります。・・(中略)・・特に問題なのは、「平和を愛する諸国民の公正と正義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という部分です。これは、ユートピア的発想による自衛権の放棄に他なりません。(以下略)

                                                          

Q 戦力の不保持や交戦権の否認を定めた現9条2項を削って、新9条2項で自衛権を明記していますが、どのような議論があったのですか?また、集団的自衛権については、どのように考えていますか?

A 今回、新たな9条2項として、「自衛権」の規定を追加していますが、これは従来の政府解釈によっても認められている、主権国家の自然権(当然持っている権利)としての「自衛権」を明示的に規定したものです。この「自然権」には、国連憲章が認めている個別的自衛権や集団的自衛権が含まれていることは、いうまでもありません。また、現在、政府は集団的自衛権について「保持していても行使できない」という解釈をとっていますが、「行使できない」とする根拠は「9条1項・2項の全体」の解釈によるものとされています。このため、その重要な一方の規定である現行2項を削除した上で、新2項で、改めて「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない」と規定し、自衛権の行使には、何らの制約もないように規定しました。(以下略)

                                                                   

Q 「自衛隊」を「国防軍」と変えたのは、なぜですか?

A 世界中を見ても、都市国家のようなものを除き、一定の規模以上の人口を有する国家で軍隊を保持していないのは、日本だけであり、独立国家が、その独立と平和を保ち、国民の安全を確保することは、現代の世界では常識です。  

                                                               

Q 国防軍に審判所を置くのはなぜですか?

A 軍事上の行為に関する裁判は、軍事機密を保護する必要があり、また、迅速な実施が望まれることを鑑みて、このような審判所の設置を規定しました。

                                                                    

 『日本国憲法改正草案』9条を見ると、そこには自衛権が明記され、また、〈内閣総理大臣を国防軍の最高指揮官とし、国防軍が任務を遂行する際は、法律に従い、国会の承認や統制に従う〉というシビリアン・コントロールが明記されています。

 第66条には、誤解から生まれた曖昧な単語「文民」を改め、「現役の軍人ではない者」と正確に規定されています。

 第97条は削除されていますが、それについて「Q&A」に理由説明がありません。これでは、国民は理解できません。人権についての素晴らしい文章を全面削除するとはけしからんという批判も出ています。しかし、この条文の原案である長い美文はホイットニー准将の書いたものだという裏話を知れば、どんな感想になるのでしょうか。この事実は、決して軽いものではありません。国民の前に明らかにすべきです。

 99条については、102条で次のように改めています。

102条 すべて国民は、この憲法を尊重しなければならない。

  2項 国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法擁護する義務を負う。

                                                               

 くり返します。憲法は国を運営していくうえで最も重要な法です。いかなる国家であれ、憲法は、国民の自由な意思によって作られるべきものです。米国の学校で、日本の憲法はマッカーサーが作ったものだと教えられ、米国の有力紙のウェブサイトには、その事実がきちっと書かれているのです。

 神川教授によれば、「占領軍というものは、占領政策実行に必要なる諸制度は設定しうるけれど、国の根本法である憲法を作る機能はない」のであって、それは国際法(へーグ陸戦法規)違反だそうです。(『50年前の憲法大論争』)

 日本の憲法を日本国民が、他国からの圧力を受けることなく、自由な意思に基づいて作り直してみる。その結果、仮に、全く同じものになったとしても、それはそれで意味のあることだと思います。

 政府のいうように「国民的な議論を深める」ことが大切です。国民が大いに議論を深め、最終的には国民投票で決めるのです。これがルールです。そして、憲法には96条で「改正の手続き」が規定してあります。改正できることを保障しているのです。にもかかわらず、憲法改正などとんでもない、議論することさえダメだ、などというのは民主主義ではありません。

                                                     2012年12月

 

 


増補

 憲法記念日の前日、夕飯前にテレビをつけると、アイドルグループの若者を相手に解説者が憲法と憲法改正について質問したり答えたりの番組をやっていたのでそのまま観終えて、がっかりしました。もう少し、丁寧に説明してほしいと思いました。そこで、この番組で話題にされた部分について考えたことを『日本国憲法を原案(英文)から考える』(2012年発表)の最後に「⒒ 増補(20165月)」として付け加えました。

 

 このテレビ番組は短時間のものだったせいか、次の四点ほどをさらりと解説していました。 

 ①日本国憲法の三つの原理 国民主権、基本的人権の尊重、平和主義 

 ②法律は国民に対する国家権力の命令なのに対し、憲法は国家権力に対する国民の命令である。 

 ③「13条 すべて国民は個人として尊重される」が、自民党の改正案では「すべて国民は人として尊重される」となっているが、これは「個人の尊重」を否定的に見ているのではないか? 

 ④自民党の改正案では、基本的人権の尊重に関する第10章の97条が削除されている。

 

 ①について考えたこと 

 国民主権、平和主義、基本的人権の尊重が日本国憲法の三つの基本原理だという考え方は、従来からずっと言われてきたことです。ただ、そうであるなら、第一章の題名にふさわしいのは、「天皇」でなく「国民主権」ではないかと、私は思います。また、主権が国民に存するならば、そのことを条文の冒頭に明記すべきではないかと考えます。 

 手元の国語辞典で「主権」を引くと「(1)国家の最高の意思および国の政治を最終的に決定する権力、(2)国民および領土を支配する権利。統治権または国権」とあります。主権が国民にあるということはとても大事なことなので、主権の意味も合わせて第一条に明記したらいかがでしょうか。 

 現行の憲法では、「第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」となっていて、「天皇の地位」を説明するうえで「主権の存する国民」と規定されていますが、主権が国民に存することをまず単独の条文で明記し、そのうえで天皇の地位について述べるというのはどうなんでしょうか。

 

 そもそも、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重が日本国憲法の三つの基本原理だというのに、章の題名は、それぞれ「第1章 天皇」「第2章 戦争の放棄」「第3章 国民の権利義務」となっています。第1章と第3章は、『大日本帝国憲法』の「第一章 天皇」「第3章 臣民権利義務」を踏襲し、第2章は日本国憲法作成に当たってのマッカーサーの指示「戦争の廃棄」に基づいた表現ではないかと思います。ただ、「第2章」は章を起こしながら、この章にあるのは第9条ひとつだけというのも何かバランスが悪いような気もします。

 

 なお、駒澤大の西修教授は著書『日本国憲法の誕生』で日本国憲法の表題が不統一であると指摘しています。第4章「国会」 第5章「内閣」 第6章「司法」ですが、三権分立から表題を統一するのであれば、第6章は「裁判所」となるし、そうでなければ、第4章「立法」第5章「行政」第6章「司法」と統一すべきではないかと言うのです。

 しかし、この表題の不統一さは大日本国憲法の表題とほぼ同じですから、GHQ案は編成上は『大日本帝国憲法』の構成を踏襲したのではないかと想像するのですがどうでしょうか?

 すなわち第1章「天皇」第2章「臣民権利義務」 第3章「帝国議会」第4章「国務大臣及び枢密顧問」第5章「司法」 第6章「会計」

 GHQ案 Chapiter1. The Emperor,  Chapiter2. Renunciation of War  3.Rights and Duties of the People,  4.The Diet,  5.The Cabinet,  6.Judiciary  ……10.Supreme Law

 日本国憲法の構成 第1章「天皇」 第2章「戦争の放棄」 第3章「国民の権利及び義務」第4章「国会」 第5章「内閣」 第6章「司法」・・・第10章「最高法規」

 

②について考えたこと 

 主権者たる国民の普通選挙による信託を受けて立法・行政・司法の三権が運営される現代の民主主義国家においては、憲法や法律は、国家権力側も国民の側も日本国民全員が守るべきものではないでしょうか。 

 例えば、憲法14条「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別・・・差別されない」とありますが、これを遵守しなければならないのは、国会(立法)、政府や警察や都道府県市町村官庁など行政、あるいは裁判所(司法)、つまり国家権力側だけではありません。

 企業は、採用や労働条件において⒕条を遵守しなければなりませし、一般市民だって日々の生活において、⒕条は守らなければなりません。たとえば、息子には希望通り大学進学させる一方で「女に学問はいらん」などといって、経済力がありながら、娘の進学希望を断念させるのは、14条に違反することになります。14条だけではありません、すべての条文についても同じような事が言えるのだと思います。

 それに憲法には、国民の義務として、「教育を受けさせる義務」(26条)、「勤労の権利・義務」(27条)、「納税の義務」(30条)が規定されています。

 ですから、「憲法は国家権力に対する国民の命令」という側面もありますが、普通選挙の行われる民主主義国家においては、同時にまた「国民に対する国民の命令」という側面もあるのだと思います。 

 法律でも同じです。法律を守らなければならないのは国民だけではなく、法律違反を取り締まる国家権力側も守らなければなりません。例えば、「道路交通法」の最高速度が50キロである場合、50キロをオーバーして運転した国民は反則金を課せられても仕方がありませんが、それを取り締まる交通警官も、ただ単に「運転速度が速すぎると感じた」だけでは取り締まれません。法律に従って、50キロをオーバーした場合でしか取り締まれないのです。憲法も法律も、国民と国家権力の双方を拘束するのです。

 そういう意味では「民主主義国家においては、憲法も法律も、国民および国家権力双方に対する国民の命令」なのだと思います。 

 

 確かに、民主主義が確立する以前の国家においては、「法(憲法)が国家権力に対する命令である」という側面が強調されてもいい場合がありました。 

 例えば、13世紀のイギリスの有名な「マグナカルタ(大憲章)」は、国王が従来からの貴族の権利を侵さないよう、封建貴族が団結して王に認めさせた「法」です。 

 イギリスのいわゆる「清教徒革命」においては、1685年、議会の代表が「王といえども神と法の下にある」と国王に抗議しました。そして「名誉革命」後の「権利の章典」で、「国王は、議会の同意がなければ増税も軍隊の増強も、議員の処罰もできない」と定められたのです。ここでは、法(憲法)は国王に対する議会による「命令」だったわけです。ただし、この段階では、普通選挙は行われておらず、議会は国民全体を平等に代表するものではなかったという点は考慮すべきだと思います。

 この「憲法は国民が国家に命令するものだ」という発想から、しばしば引き合いに出されるのが憲法99条です。99条については、本文の「4 驚くべき事実」のなかで述べましたが、ここで以下を追加したいと思います 

 

 日本国憲法の草案を作ったGHQ民生局のメンバーにインタビューした駒澤大学西修教授は、著書『図説 日本国憲法の誕生』の中で次のように述べています。 

 「注目されるのは、ネルソンとプールが考察した第一次案である。同案では、1955年までの10年間は改正が禁止され、その後10年ごとに国会で特別会を開いて憲法改正問題を審議する、・・・プールの言い分は、日本にはいまだ民主主義が普及されておらず、反動を抑えるいわば学習機関として10年の期間を設けるべきだと考えたというものである。・・・(しかし)結局、期間の設定は削除されることになった」 

「最後に、筆者がインタビューをして驚いたのは、起草者たちはそれまで40年間にわたり『日本国憲法』が一度も改正されていないことを知らなかったという点である。・・・彼らは、自分たちのかかわった憲法は<暫定的>なものだと信じていたのである」

 

 以上のような事実を知ったうえで99条を読むと、やはりこの条文は、「国家権力に対する日本国民の命令」というよりは、日本政府に対するマッカーサーやGHQの命令だと感じてしまいます。 

 

③について考えたこと 

 この指摘は、憲法13条の「すべて国民は個人として尊重される」が自民党の改正案では「すべて国民は人として尊重される」となっているが、個人の尊重を否定的に見ているのではないか、という危惧です。『GHQ案』ではどうなっていたのでしょうか。 

The feudal system of Japan shall cease. All Japanese by virtue of their humanity shall be respected as individuals. 

「日本の封建制度は、廃止されるべきである。すべての日本人は、人間であるがゆえに個人として尊重される。・・・」

 

 13条の条文は、マカーサーが憲法作成に際して指示した三つうちの一つ「封建制度の廃止」に基づいています。ですから、「個人として尊重される」がいいのか、「人として尊重される」がいいのかということについては、この『GHQ案』の「人間であるがゆえに個人として尊重される」を踏まえたうえで議論しないと「不毛な議論」に陥るような気がします。 

 

④について考えたこと 

 「人権」についての条文は、「第3章 国民の権利及び義務」にまとめられているのに、同じく「人権」についての97条が第10章「最高法規」でまた出てきます。

 その経緯について私は、本文「4 驚くべき事実」で述べましたが、残念なことに、このテレビ番組では、ただ、「自民党の改正案では、基本的人権の尊重に関する第10章の97条が削除されている」とさらりと紹介されただけです。もっとも自民党の改正案についての「Q&A」にも、97条を削除した理由説明が載せてないからいけないのですが、私は、GHQ 民生局長だったホイットニー准将の要請で、ホイットニー自らが書き下ろした文章を97条として第10章に挟み込んだ経緯は大変重い事実だと考えます。ですから、国民が憲法について議論する際には、この経緯につての事実は、国民の前に必ず明らかにしてほしいと思います。

 

*自衛隊は軍隊か?についての追加

 自民党の改正案が、自衛隊を「国防軍」とするということについて国民の中に反発があります。「国防軍」という言葉の響きが戦前の日本軍を連想させるということからくる反発だと思います。では、他国は自衛隊をどのように見ているのでしょうか。

 今や、英語が世界の共通語になっています。「自衛隊」のことを英語で the Self-Defennse Forces といいます。self-defense は「自衛(のための)」という意味で、forces は「軍隊、軍事力」という意味です。the army が「陸軍」、the navy が「海軍」で「空軍」は the air force です。ですから、the Self-Defennse Forces を直訳すれば「自衛のための軍隊」つまり「自衛軍」とか「国防軍」になるのです。こういったことも踏まえたうえで、自衛隊の呼称については議論すべきだと思います。  

 


奥付



日本国憲法を原案(英文)から考える 


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著者 : 内田芳邦
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