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はじめにお読みください

『法律事務所×家事手伝い1 不動正義と最初のスイーツ』には、現在ご覧になっている「パブー版」の他、Kindleストアから購入していただけるマイナビ版がございます。

(どちらも価格はいっしょです)

 

テキストの内容、縦書き仕様、「特別付録」の有無などはまったく変わりませんが、下記の点が若干異なります。

 

①発行元の表示……「マイナビ版」には「株式会社マイナビ」のロゴが追加されています

②文中の数字表記……「パブー版」が算用数字なのに対して「マイナビ版」は漢数字です

③各種画像の表示……「マイナビ版」では「人物相関図」「不動家間取り図」などがファイル内でも表示されており、その他「章」の表示に若干の「修飾」などが施されています

 

以上をご理解の上、お好きなバージョンをお買い求めいただきますよう、お願いします。


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人物相関図


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不動家間取り図


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旧版表紙デザイン by 有限会社ウニコ


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プロローグ

 不動正義《まさよし》は法廷の弁護士席から立ち上がり、オーケストラで使われるような「譜面台」の前に立った。正面の一段高くなった法壇には3人の裁判官と6人の裁判員がいる。

 

 すでに検察官による「論告求刑」が終わっていた。モニターとパワーポイントを使い、分かりやすくも威圧的な演出の後で、法廷中の注目が今度は弁護人不動正義に集まった。

 

 これから彼は裁判の争点1つ1つに対して最後の反論を行い、検察の求刑が不当であることを説得しなければならない。

 

 だが、何かがおかしい──正義は理由のわからない違和感を抱えたまま、最終弁論の書面に目を落としたが、何だか焦点がうまく合わない。緊張しているせいかもしれない。

 

 彼の後ろに座っている「被告人」が今、どんな表情をしているか気になって振り返ろうとしたが、どうしても体が動かない。

 

「弁護人──どうぞ」

 裁判長に促されて、慌てて書面の最初のページをめくった。相変わらず文字がはっきり読めないので、大柄な正義は体をかがめて必死にそれを覗きこんだ。

 

「譜面台」を調整してもっと高くしようとすると、支柱が途中から抜けてしまった。急いで元に戻そうとしたが、うまくいかない。

 

 こんなことをしている場合じゃないと自分にいい聞かせて、その作業は諦め、「譜面台」を支柱ごと左手で支えたまま、正義は書面に顔を近づけた。

 

「弁護人──どうしましたか?」

「は、はい……今、はじめます」

 

 うろたえている自分の声を聞いて、余計に緊張が高まってきた。譜面台を支えている左手が汗に濡れ、プルプルと震えだし、これ以上支持していられなくなった。正義の巨体が徐々に丸まっていった。

 

 書面の最初のページに書かれていたのは、横書きのワープロの文面ではなく、まるで古文書か何かのように、細い筆で縦に描かれた流麗な草書体の文章だった。紙自体もそっけないワープロ用紙ではなく、古ぼけた和紙に代わっている。

 

 しまった、書面を間違えた──正義はそう思った。だが、それにしてもこの古文書は何だろう? いったいおれはどんな裁判の弁護人をしているんだ?──もう一度被告人がいる席を振り返ろうとしたが、体が完全にこわばっていて振り返ることができない。

 

「弁護人──弁論をお願いします」

 

 裁判長が座っている法壇がやけに近づいてきているように思える。合わせて9つの席が正義に覆いかぶさってきそうなほど大きくなってきた。自分が屈んでいるせいだろう。普段は他人から見降ろされたことのない長身の彼は、しかし、何としても体を起こすことができない。

 

 とにかく弁論を開始しようと、必死に古文書をめくった。すると真新しい白い紙が挟まれていることに気づいた。

 

 これこそ本来の書面に間違いないとホッとしたのもつかの間、なぜかそれはスーパーのレシートだった。そこに書かれている商品が〝ギョーザ〟の具材であることが、細かく読まなくても正義にはわかった。

 

 まずい、いよいよ本格的にまずいぞ──さらに書類をめくっていくと、急にしっとりした真新しい和紙に素材が変わった。そして、その奥から出てきたのはきれいな和服を着た女性の「お見合い写真」だった。

 

「弁護人……弁護人?」

 裁判長の声で正義は我に返った。こうなった以上、覚悟を決めるしかなかった。

 

「裁判官、そして裁判員の皆さん……

 正義は書面も譜面台も放り出し、自分が被告人になった気分で話しはじめた。

「当職は弁護人ではありません。したがって、最終弁論を行う任にはありません」

 

 そういった途端に正義は心のつかえがストンと落ちて、開き直った気分になった。「ついにいってやった」という勝ち誇った気持ちにさえなった。

 

「裁判長、徒に公判を長引かせることがないよう、訴訟指揮をお願いします」

 検察官がバネに弾かれた人形のように立ち上がってそういった。

 

 裁判長は皆までいうなという顔で、正義に再度いった。

「弁護人は速やかに弁論を開始してください」

「ですから……私は弁護人じゃあないんです」

「あなた以外に誰がいるんです?」

 

 そう突っ込まれて、正義はもう一度弁護人席を振り返ろうとした。他に誰かいるはずなんだ。おれじゃなくて、本来この場所に立っているはずの人間が──だが、彼の体はもはやビクとも動かなかった。

 

「弁護人、これ以上抵抗すると〝法廷侮辱罪〟に問いますよ」

 そんな罪名は日本にないぞ──と頭は妙に冷静なのに、体の方は誰かに両腕を掴まれているような不自由さを感じていた。

 

「おれは弁護士じゃないっていってるだろ──おれは単なる〝家事手伝い〟なんだ!」

「では、おまえはどうしてそんなところにいるんだ!」

 

 裁判長は日本の法廷では使われない「木槌」を手に持っていた。そして、正義の態度に怒ったように、それを繰り返し叩いた。

 

 正義はまるで木槌で自分の顔面を叩かれたみたいに顔をしかめ、両手で必死に防御しようともがいた。

 

「すいません、すいません……

 ついには法廷の床に座り込んで、大きな体を丸めた。その鼻先にはさっきの「お見合い写真」が落ちていて、そこに写っていた和服姿の女性が、いつの間にか礼服を着た中年の見知らぬ女性に変わり、けたたましい声を上げた。

 

「いつまでそんなことしているの。あんた、いったい、いくつになったの?──さっさと起きなさい」

 

 その言葉をきっかけに、雰囲気がガラッと変わったことを察知した正義が恐る恐る顔を上げると、そこは結婚式を行っている教会のなかだった。

 

 正義もタキシードを着ていて、正面には神父だか牧師だかそれらしい男、そして、隣にはウェディングドレスに身を包んだ〝誰か〟が立っている。

 

「弁護人、最終弁論をどうぞ──

 聖職者はいきなりそう切り出した。正義は「またか」という気が重い感覚に襲われた。その場に立っているのが精一杯だった。

 

「だからさあ……おれは……

「これ以上、猶予はないんですよ」

 神父だか牧師だかが、その人畜無害な顔に深刻な翳を作ってそういった。

 

「あのねえ……おれは……

 何とか反論しようとしたが、うまく言葉が出てこない。

 

 すると今度は、隣に立っていたウェディングドレスの塊のような人影がゆっくり正義の方を向いた。その顔つきはヴェールの奥に隠れていてまったくわからない。

 

「じゃあ、結婚して──

 深く沈んだ女性の声がして、その手が自らヴェールを外そうとする。

 

 だがその瞬間、正義は直観的に、決してその顔を見てはいけないと悟って、体を翻そうとした。

 

「逃げるな──不動正義!」

 女性の腕が正義を追いかけるように伸びてきた。なぜかその手には法廷用の「小槌」が握られている。正義はその手をかわしきれず、眉間に小槌の直撃を受けた──



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