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20130929近況

 夕食にクリームパスタを食べる。
ねっとりとするくらい濃厚で食べごたえのある一品だった。

 クリームパスタのソースを作る時に、私の家で使われているの
はクリームシチューのルー。カレールーと並んで、料理の味付け
に失敗することが少ない便利な発明だと思う。
 多分何の具を入れようが、ひょっとすると何も入れなくても、
そこそこ美味しいソースが出来上がり食べることができるのでは
ないだろうか。何も入っていないクリームソースでは、見た目が
あまりにも寂しすぎるかもしれないけれども。

 今回も同じようにシチューのルーが使われていたのだが、それ
の醸しだすとろみだけではとても追いつかないねっとりさ加減。
やはりこれは入っている具材の影響なのだろう、タップリのかぼ
ちゃが入れられていて、ちょうどいい塩梅にとろけていた。
 去年から頂くことが出来るようになった、ひょうたんのような
格好をしたとても個性的な見た目のかぼちゃ。これが見た目のお
もしろさと比例するか反比例するかは解釈が異なってくるだろう
が、まあとにかく美味しい種類。
 西洋系のホクホクとしたものよりは、日本系のしっとりした感
じに近いだろうか、煮込んでとろけさせるとクリームソースのと
ろみが驚くほど上がる。もちろんとろみだけではなく、かぼちゃ
のもつ甘みがソースのコクを増して、ルーだけで作ったソースで
は決して味わうことの出来ない美味しさを創りだす。
この甘味は日本系のものよりも西洋系に近いように思えて、何と
も複雑なかぼちゃだなと思う。

 こうして甘みととろみをタップリとソースに加えて美味しくし
てくれるこのかぼちゃだが、甘みの強さが苦手な人にはそこがい
まいちに思えるかもしれない。食事は塩辛くなくては嫌だという
ような人には、かなりツライことかと思う。
 かと言って甘さとバランスをとるために味を調節しようとする
と、塩を入れすぎてしまうかも知れなくて、案外味付けが難しい
ソースになってしまっているのだろうか。私は甘みが強くても平
気なので、何とも思わずに食べていたけれども。無神経なだけか
もしれない。

 しかし私も、同じ味で何回も取り皿に取り分けて食べていると、
流石に味の変化が欲しくなるので、醤油を垂らして食べてみた。
 醤油って偉大だなと思います。

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最終更新日 : 2016-06-25 17:31:18

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20130930近況

 昼食にすき焼き丼を食べる。
シッカリと煮こまれた野菜が美味しい一品だった。

 すき焼き丼というとそれだけを作ったように聞こえるかもしれ
ないけれど、昨晩の残り物にタマゴを落として目玉のまま煮て固
めたもの。しかもその昨晩のすき焼き本番には、私は加わっては
居ない、本当は少々残念な一品なのだ。とほほ。
 当然残り物のために、すき焼きとは名ばかりでお肉は全く残っ
ているはずもなく、実質は野菜の甘辛煮どんぶりということにな
るのだが、悔しいのですき焼き丼と呼ぶ。

 野菜しかカタチのあるものは残っていないが、お肉を煮た出汁
はたっぷりと入っているはずだから、野菜の甘辛煮であるとして
も出汁にこだわったものであるといえよう。カツオを昆布の合わ
せだしどころではない、濃厚な肉の旨みたっぷりのつゆで煮込ん
だ野菜の旨味を、タマゴがシッカリと閉じ込めてつゆの一滴まで
残すこと無く味わう。
 すき焼きの締めとしてはうどんを食べる家なので、残った具を
食べるにはコレは実に具合の良い方法。すき焼きのつゆでもおじ
やにしてしまうところもあるのかもしれないけれど、我が家の好
みとしては出来上がりが濃すぎる感があって、あまりおじやには
したことがない。

 今日の出来上がりは少し行き過ぎていたように思う、黄身が完
全に固まってしまっていて、とろりとした半熟の黄身がご飯に絡
まる美味しさを全く味わうことが出来なかった。
 しかし固まってしまった黄身でも、ほぐしなから野菜やつゆと
絡めてご飯を食べると、すき焼きを煮たその日では決して味わう
ことは出来ない、時間をかけて味が染み込んだ野菜を楽しむこと
ができる。
 しかしやはり、タマゴは半熟であるほうが好みなので、今度は
火の通り具合が調節しやすいように、タマゴを最初からかき混ぜ
て作るようにした方がいいかもしれないなと思う。

 今度のすき焼きの回には、お肉を煮る段階から参加したいもの
です。やっぱり悔しいです。

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最終更新日 : 2016-06-25 17:31:18

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20131001近況

 夕食に秋刀魚の塩焼きを食べる。
秋を感じざるを得ない一品だった。

 今年はさんまがあまりにも穫れないとニュースで聞いていたの
で、ひょっとすると私の口には入らないかと思っていたけれど、
なんとか二回目のさんまを頂くことが出来た。
 買ってきた価格から言って、ほぼ今年のものではなく冷凍保存
されていたものだろうけれど、だからといって味が悪くて美味し
く無いということは全くない。さんまを食べる時の楽しみである
脂のノリ具合も少ないわけではなく、ここが一番うまいという人
も多いであろうはらわたも、そこそこカタチが残っていて食べる
人は食べやすいであろうと思った。

 最近の冷凍技術はとてもいいのだなと思いながら、美味しく頂
いていたのだけれど、はて、一体いつ獲れたさんまになるのだろ
うか?多分売り場には獲れた年度が書かれていることはないだろう、
私は一度も見たことはなくひょっとすると書かれているお店もあ
るかも知れないが、もしかすると書かれていたらショックを受け
るかもしれない。
 冷凍技術が発達していて、極々低温で保存されていたらどんな
に年数が経っても品質が劣化しなくて、ひょっとすると何年も経
ったものなのかもしれない。
 などと無責任に都市伝説のような事を考えてしまったが、美味
しく頂くことが出来て体にも良いのであれば、これでいいのだと
思う。

 たとえその年の生さんまでなかったとしても、その年の暑い夏
を乗り切って食べるさんまの美味しさは変わらないのではないか
なぁと思います。

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最終更新日 : 2016-06-25 17:31:18

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20131003近況

 夕食に大根葉のお漬物を食べる。
あっさりとした塩味の中に昆布の旨みも加わった一品だった。

 冬のお鍋の具材としてとてもありがたい大根の、大きなものを
収穫できるように間引いた菜っ葉を頂いたので、家族が漬物にし
てくれた。塩漬けだけでも十二分に美味しく頂くことが出来るの
だけれど、サービスとして塩昆布も入れてくれてあったため、よ
り一層美味しい物に仕上がっていた。

 食べようと思えば種を蒔いて大根葉を作れば、農家なら食べる
ことが出来るだろう。冬向けでない品種の大根もあるので、その
気になれば一年中食べるために作ることも出来そうに思う。
 しかし、冬の旬に向かってできる今の時期の大根葉は、鍋の季
節を期待させるという意味で、その美味しさはまた特別なものだ
と思う。

 そんな大根葉の美味しい漬物が浸かっているとは知らず、仕事
の帰りにスーパーで漬物と佃煮を買って帰ってしまった。
この二三日暑くて疲れていたので、塩辛いものが食べたいと思っ
ていたので、買って帰ったのだけれど、顰蹙も買ってしまった。
まぁ、買って帰った方も作ってもらった方も、しっかりといただ
いたのだけれど。
 市販の漬物を見ると、どうしてああも鮮やかな色を無理につけ
るのかと思う。見た目がいいほうがよく売れるのかもしれないけ
れど、長い時間使った漬物の色は鮮やかなものばかりではないだ
ろうに。あまりにもはっきりとした原色の漬物を見ていると、駄
菓子を思い出してしまった。駄菓子でご飯…、うむむ。
 単独でお店を構えているような漬物屋さんに行けば、あまり色
付けされていない物もあるのだろうけれど、そういうお店ではお
値段がしっかりしている。結局自分で漬物をつけることが出来る
ようになるのが、一番なのかもしれない。

 漬物作りが上手な家族が周りに多い内に、しっかりと話しだけ
でも聞いておいたほうがいいのかもしれません。

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最終更新日 : 2016-06-25 17:31:18

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20131005近況

 おやつに回転焼きを食べる。
タップリと入ったあんこが甘くてたまらない一品だった。

 回転焼きの他には、大判焼きなど沢山の呼び方があるようだが、
小麦粉の生地を焼いて間にあんこを挟んで円筒状に焼き上げたも
の。丸太を輪切りにしたようなカタチに仕上がっていて、とても
単純なものであるけれども、あんこが好きならばお腹いっぱいに
なるまで食べてしまうようなおやつである。
 焼くための鉄板もコレ専用のものだろう、丸いカタチに整形さ
れていてそこに生地を流し込んで焼き、あんこを乗せて、反対側
の生地を焼いて上下で合わせて仕上げる。こうして書いていても、
また食べたくなる一品。

 子供の頃からコレ大好き、記憶が曖昧な頃から好きだったよう
な気がするけれども、いかんせん曖昧なので思い込みなのかもし
れない。
 はっきりとした記憶があるのは、母方の祖父がまだ元気で居て
くれた頃の話。まだ孫が少ない時だったので、とてもよくしても
らっていたので、今でもとても楽しい思い出としてよく思い出す。

 祖父にこの回転焼きを買ってもらっていたのは、正月に遊びに
行った時のこと。母の里帰りに付いて行って、小学校の冬休みが
終るギリギリまで泊まっていた。その泊まっている間に、その地
域では毎年ある縁日があってほぼ必ずと言っていいくらい連れて
行ってもらっていたものだ。中学に入った頃には祖父も少し体が
弱ってきていたのと相まって、私も少し思春期に入ったので、も
うあまり一緒に行ってなかったように記憶している。
やれやれと思われていたか寂しがられていたかは、今となっては
確かめられないけれども。
 一通り出店を周ってみても、欲しくなったのは必ずこの回転焼
きだった。子供の頃からあんこ好きで、今でも全く食の嗜好が変
わっていないというのは、成長がないのか若々しいというのか。
私にお土産を買ってくる人は、悩まなくて楽でいいとのことなの
で、まぁいいことなのかもしれない。

 そうやってかわいがってくれた祖父が無くなって、もう随分の
時間が経っている。祖父と一緒に過ごした時間よりも、祖父を亡
くしてからの時間のほうが、もうすでに逆転してしまっている。
 時間が経つのは本当に早いものです。忘れてしまわないように、
これからも過ごしたいと思います。

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最終更新日 : 2016-06-25 17:31:18


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