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20130403近況、読書録「一齣漫画宣言」

 昼食に筍を食べる。
今年二回目のタケノコでまだまだアクが少なくて刺身でも美味し
い一品だった。

 刺身はわさび醤油で頂く、茹でた栗のようなほのかな味わいで、
ご飯のオカズとして食べるのではなくて、季節の楽しみとして頂
く嬉しい一品だと思う。
 わさび醤油ばかりだと口の中が塩っぱくなってしまうので、時
々つけダレを変えて食べてみる。今回はあまり変わったことをせ
ず、あっさりとポン酢につけて食べてみた。元があっさりしてい
るので、なにを付けても大抵頂けるのだが、タケノコの味がわか
らなくなってしまうほどこってりしたタレには付けないほうがい
いかもしれない。

 刺身以外には我が家では定番の煮物、こちらもあっさりと醤油
と出汁、砂糖またはみりんであまり煮過ぎないようにして食べる。
非常におだやかなタケノコの味わいを楽しめる一品だが、やはり
あまりご飯のオカズとしては物足りなさを感じてしまう。

 もう少しすると、あくが強くて硬くなったタケノコが手に入る
ので、そちらはシッカリとアク抜きをして濃い目の味付けで食べ
る。
 炒めものにせよ煮物にせよ、タケノコの味よりも食感を楽しむ
という方が強い。少し硬めになったタケノコは、堅いけれどもさ
くさくとした歯ざわりが気持ちいい。
 美味しさの表現で、やわらか~いという言われ方がされるけれ
ども、ものにもよると思う。柔らかくて甘いという表現の仕方ば
かりが目立つように感じるのは、私が見ている番組が悪いのかも
しれないけれども。

 これからしばらくはタケノコが手に入りやすいので、ゆっくり
と楽しみたいと思います。

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最終更新日 : 2016-06-25 17:31:18

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20130409近況、読書録「パンの耳の丸かじり」

 昼食にタケノコの煮物を頂く。
まだまだ柔らかくて食べやすい一品だった。

 まだ時期が早いために、株の部分が少なくてほとんど穂先とい
っていいくらいのタケノコなので、堅いところはない。
 もう少し時期が進むと、手に入るタケノコも大きくなってきて、
それにつれて根っこに近いところはどんどん硬さを増していく。
私は今のところ歯がまだ丈夫なので、少々硬くても美味しく食べ
ることが出来る。しかし、家族の中には歯が悪い者もいるので、
その煽りを受けて堅いところばかり食べることになってしまう。

 確かに少々硬くても美味しく頂くのだけれど、いつもいつもガ
リガリと堅いところばかり食べさせられると、やはり嫌気が差し
てしまう。
 その点今の時期は、どこを食べても柔らかいので、とても有り
難く思う。柔らかさに飽きてしまう前に、硬さを楽しむ時期に入
っていくのもいいところかもしれない。

 自然の摂理からは外れてしまう希望だけれど、堅い時期と柔ら
かい次期が交互に訪れるようなタケノコが出来たらいいなぁと思
う。遺伝子組み換え技術を使えば、出来ないこともないように思
う。
 ただこういうわがままに合わせて、植物を作り変えてしまうと、
それに合わせて困ったことも出てくるだろうなと思う。
年がら年中生えてくる竹が出来ると、タケノコ目当ての虫や獣が
ずっと発生し続けることになるんじゃないかなと、今簡単に考え
ただけでも思い浮かぶ。
 それに、一年中タケノコが食べられるとなると、この春先の楽
しみに対する感動が無くなってしまうのではないだろうか。一年
に一度やってくるからこそ、食べ物の旬というのはうれしいしあ
りがたいのではないだろうかと、改めて思う。

 タケノコが硬くなって食べられ無くなったら、また来年まで頑
張って過ごしたいと思います。

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20130413近況、読書録「わがモノたち」

 夕食にチャーハンを食べる。
口の中でぱらりとほどける食感が美味しい一品だった。

 先日の夕食に出た、豚肉の生姜炒めを食べ終えたときに、沢山
の生姜醤油のタレが残った。これだけでもご飯が食べられるであ
ろう、豚肉ともやしのエキスがたっぷりと出ているタレ。このま
ま捨ててしまうのが普段のこと、タレでご飯を余分に食べると脂
肪分の取り過ぎになってしまうので、我慢して捨てる。
 しかし昨日は違った、この残ったタレでチャーハンを作ったら、
きっと美味しいだろうと何故か突然思いついた。

 その旨を家族に伝えて、残ったタレをとっておいてもらった。
そして本日の夕食に至る。
 チャーハンに使われていた具材はシンプルなもの、人参のみじ
ん切りとウィンナの輪切り、それとタマゴのあっさりした内容。
そこにいつもとは違う、生姜がしっかりと効いたタレの残りで味
を整えてあった。

 これはなかなかに美味しかった、少し焦がした醤油の匂いの中
に生姜の味と香りが加わって、いつもとはひと味も二味も違う一
品になっていた。
 豚肉の出汁もシッカリと効いていたのかもしれない、ウィンナ
だけでは出ないであろう味のコクが感じられたように思うのは、
思い込みのせいだけではないと思う。

 こうして残り物のタレを使った料理を食べて、思い出したのは
祖父のこと。いつも食卓にとろろ昆布が用意されていて、煮魚な
どの出汁がシッカリと出る煮物の煮汁を吸わせて、もう一品にし
て食べていた。
 こういう食べ方を思いついたのは、こういう祖父と過ごしたか
らかもしれない。残り物をあまり出さないようにしていた、昔の
人間の知恵なのかもしれない。

 体の事を考えると、煮物の煮汁やラーメンのつゆは食べないほ
うがいいのかもしれない。しかし、それは一回の食事でとってし
まおうと思うから何じゃないかと思う。
 煮汁やつゆを残しておいて、次の機会に食べるようにすれば、
カロリーや塩分の摂り過ぎになることはないのではないだろうか。

 少々貧乏臭いような気もしますが。

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20130418近況、読書録「はたらく青年」

 昼食にワラビの煮物を食べる。
しっかりと炊いてあっても彩りが美しい一品だった。

 ソメイヨシノもすっかりと散ってしまって、春真っ盛りとなっ
てきて、ワラビもタップリと手に入るようになってきた。
取れる量が少なかった時は、わさび醤油で刺身のようにして頂い
ていたけれども、沢山手に入るようになると、食べ方も変わって
くる。
 その他の野菜などと比べると、煮物にしてもカサは減るわけで
はないけれども、あっさりとした味付けで煮物にされていると、
たくさん食べても飽きずに食べることが出来る。

 刺身にしても煮物にしても、ワラビはぬるぬるとした仕上がり
になる。オクラとかと旬が重なったら、ぬるぬる仲間として一緒
にあえて食べてみるのも面白そうに思う。冷凍しておいて試して
みてもいいとは思うけれども、そこまでするのは面倒くささを感
じてしまう。
 春先の旬の内、一年に一度しかやってこない時期に食べるから、
山菜の美味しさは引き立つのであって、冷凍しておいてその他の
季節に食べても、心理的にイマイチな気もする。

 山菜は旬に食べるからこそ美味しいと思うけれども、冷凍保存
しておくというのは悪くない気もする。春先に勝手に生えてくる
食糧を、採れるだけとっておいてアク抜きを済ませて冷凍保存。
食糧の確保の方法としてはなかなかいいかもしれない。
 さらに保存の効率をよくするなら、乾燥させて粉末にしてしま
ったら、冷凍に比べて電気もかからないし場所も取らないのでは
ないだろうか。

 よくよく思えば、何も山菜だけではなくて、ありとあらゆる野
菜を乾燥させて粉末にしてしまえば、非常用食糧として使い勝手
が良さそうだ。
 熱処理すると栄養価の低下が問題になりそうだが、フリーズド
ライで乾燥させると解決できそうに思う。

 よく考えて見れば、昔から切り干し大根とか干し野菜はありま
したね。昔の人の知恵は、素晴らしいものなのだなと思いました。

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最終更新日 : 2016-06-25 17:31:18

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20130425近況、読書録「テルマエ・ロマエ1」

 夕食にミートスパゲティを食べる。
昔懐かしい優しい美味しさの一品だった。

 ミートソースと言えば大抵牛肉が使われているものだけれども、
牛肉があまり得意ではない私のために、今回は鶏ミンチが使われ
ていた。
 ソースの味わいのおかげでとても美味しく食べられたのだけれ
ども、牛に比べるとどうしてもコクの点で物足りなさを感じざる
をえない。考え方を変えれば、あっさりとしていて食べやすいと
も言えるが、ミートソースパスタにどっしりとした力強い美味し
さを求めるのであれば、やはり牛ミンチを使わなければナラない
のだろうと思う。

 ソースの味付けのベースに使われているのは、食べてみた感じ
ではトマトケチャップだと思われる。少し甘さが強くて、子供が
食べると大変喜ぶのではないかなと思う、食べやすい味付け。
 今日食べたものはこの優しいケチャップの味付けに加えて、バ
ジリコが効かせてあり、その風味がまた食欲をそそった。
トマトに関する味付けの時には、このバジリコがあると無いとで
は味の雰囲気が全く変わってくるのではないだろうか。ほんの少
しバジリコを入れるだけで、あっという間に外で食べる味に感じ
ることが出来るのは、私だけだろうか。

 しかしよく思い出してみると、ミートソースにバジリコが入っ
ていることというのは、あまり無いように思う。トマトと言えば
バジリコと思い込んでしまっているからか、ついつい入れてしま
うのだけれど。
 私が子供の頃にもあったに決まっているのだけれども、意識し
て食べたのは大人になってからだった。トマト味の料理自体を、
あまり食べたことがないような気もする。これは多分、私の家族
の食の好みが原因だろう、特に父は酸味の強いものが好きではな
く、その中でもトマト味の味付けはとても嫌いな部類だった。
 こんな環境に育っているにもかかわらず、なぜか私はトマト味
の料理でもとても美味しく食べてしまう。大変得な性分であると
も言えるし、単に口がいやしいのかもしれない。

 まあでも、美味しく食べることの出来る物が多いほうが、生き
ていくのも楽しいのではないかなと思います。

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最終更新日 : 2016-06-25 17:31:18


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