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20130125近況、読書録「おまかせ!ピース電器店14」

 昼食にもちを食べる。
お正月は終わって1月も終盤に入ってきていても、沢山作っておい
たためまだまだ楽しめる一品だった。

 喉の荒れがすっかり治ってしまい、苦しくて食べられなかった
時の反動でどうしても沢山食べたくなってしまう。今日もついつ
い我慢できずにご飯も食べているにもかかわらず、お餅を2つ入れ
てしまった。入れたというのは味噌汁にということ。
 普段お餅を食べるのは、シンプルに醤油をかけただけで食べて
いるのだけれど、今日は丁度美味しい味噌汁があったのでお雑煮
風にしていただいた。少し焦げたもちが、味噌汁に香ばしいかお
りをつけて一味違った美味しさだった。

 昨日、法事で出された食事を食べ過ぎて苦しかったのも、ほん
の一晩。今日目が覚めたら既にお腹が空いていて、朝食もきちん
と食べることが出来た。まだまだ胃腸は元気なようだが、いつま
でもこんな調子でいられるとも思えないので、気をつけなければ
と思う。
 そう思ったので、朝食はあっさりとお茶漬けで済ませておいた
のだが、そのせいで昼食に余計にお腹がすいたような感じだった。

 それにしても今年は何だかお餅が美味しく感じられる、少し前
ならば正月のお雑煮に入れて食べる以外は殆ど食べなかったのに、
今年は2日に一回ずつくらいは食べているのではないだろうか。
今まで通りに食事もしているので、お餅を食べている分は確実に
カロリーオーバーになっているはず。そろそろ気持ちを引き締め
て食べる量を調節しなければ、ベルトの穴が足りなくなってしま
う可能性もある。
 食べた量を消費するくらい運動をすればいいのではないかと思
われるかもしれないが、運動で消費されるエネルギーは思ってい
るよりもずっと低いらしい。エネルギーを食べて取り入れる事の
方が簡単なのは、生き残るために食べることが生物の体の基本だ
からのようで、こんな事が起こっているのは人間とそのペット位
なのかもしれない。人間でも食べるに食べられない人もいるのだ
から、太って困るというのはすごく贅沢な悩みなのだろうと思う。

 もう少し考えながら食べたほうがいいのかなぁ、と思いながら
もやっぱり美味しく食べてしまいます。これでは痩せないわ。

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最終更新日 : 2016-06-25 17:31:18

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20130129近況、読書録「おまかせ!ピース電器店16」

 夕食にお好み焼きを食べる。
ふっくらとした生地が美味しい一品だった。

 今日食べたものは極めてスタンダードなもの、入っていた具材
は、
きゃべつ
ネギ
豚肉
ここに我が家では当たり前の具材であるこんにゃくを入れて、ホ
ットプレートでこんがりと焼きあげて頂く。
 お店などでは、鉄板に広げた生地の上に生の豚肉を乗せて焼い
ているところが多いように思うが、自分の家で食べる場合は安全
策をとって、先に豚肉にある程度火を通しておくようにしている。
グルメな人達は豚肉も生に近い状態で食べるのが美味しいように
言っているようだが、正直私は遠慮したい。

 一枚目は普通の生地で焼くことが出来た、しかし、二枚目に取
り掛かろうと思ったところ、少々生地が足りないように思われた。
さてどうしたものかと思い、粉を足そうかと思ったが、冷蔵庫に
うどんがあったことを思い出し、うどんを入れて見ることにした。
 焼きあげて食べてみたところ、これは少しイマイチな選択だっ
た。うどんを入れることによって生地の間に隙間が出来、よりふ
んわりと仕上がったらいいなという期待を持って入れてみたのだ
が…。結果はそうはならなかった。普通の生地で焼いた時よりも、
もっと粉っぽさが強調されてしまい、もこもことした食感になっ
てしまった。

 お好み焼きに麺を入れるのならば、広島風のように薄い生地で
挟むように焼きあげると、今回のようにもこもことした食感にな
らずに済むのかもしれない。生地と混ぜて焼くにしても、薄く鉄
板の上に延ばして焼くようにすれば、カリッとした食感で楽しめ
たかもしれない。

 今度お好み焼きを焼く時に試してみようかと思うが、生地が足
りていたらうどんのことなんて忘れてしまうんだろうなと思う。
まあ美味しく食べられたらいいかなと思います。

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最終更新日 : 2016-06-25 17:31:18

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20130130近況、読書録「沈黙の古代遺跡」

 夕食に手作りパンを食べる。
ロールパン状の物の上にツナの載せられた一品だった。

 パンの生地自体はふんわりとしていて柔らか目の食感で、お店
で売っている惣菜パンと大体同じ感覚だった。上に載せられたツ
ナの量も多すぎず少なすぎず、丁度小腹が空いた時に食べるには
いい塩梅。
 食事時に食べるならもう少し大きさがほしいところ、一つのサ
イズが手のひらの半分くらいで少々物足りなく思った。

 もちろん夕食がこれだけであるはずもなく、煮込みうどんを食
べた上でまだ足りなかったので、食べ足す物を探したところこれ
があったので頂いた。うどんのお供にするならばご飯が欲しいと
ころだが、残念なことに今日はご飯が無く、このパンが食事時に
ふさわしいものとして唯一あった。
 思うにこれは、食事を用意してくれている家族の策略なのでは
ないかと思ってしまう。ご飯が無く、うどんの量も少々物足りな
く作っておけば、手作りのパンを否応無しに食べることになる。
お腹も物足りないくらいの所で食べたら、美味しさもひとしおだ
ろうという思惑を感じとってしまうのは、考えすぎだろうか。

 こうしてお腹いっぱいになったにもかかわらず、何だか少し物
足りない。多分気分の問題なだけだろうと思うが、やはり、うど
んのお供としてはご飯が欲しいところ。炊き込みご飯なら大ごち
そうだ。
 うどんという炭水化物食物に、ご飯類という炭水化物食物を合
わせるのは、糖分の摂り過ぎになるという人もいるし、組み合わ
せのバランスについてとやかくいう人もいる。
しかしこれが、ワンタンスープとご飯の組み合わせだったならど
ういうだろうか。すいとんとご飯だったら?
 どこかで聞いた話だけれども、うどんとご飯を組み合わせて食
べる人にとって、うどんはスープの浮身と同じ存在であると思っ
ているのではないかとのこと。こう言われてみると納得、主役は
おつゆということなんだなということになる。

 うどんのおつゆと合わせて食べても美味しく、満足感を得るこ
とが出来るパンが出来たら、面白そうだなと思います。

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最終更新日 : 2016-06-25 17:31:18

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20130201近況、読書録「パラサイトの教え」

 昼食に焼きそばを食べる。
昔から変わらない美味しい一品だっった。

 焼きそばといっても、インスタントの袋麺。某有名メーカー製
の物で、私が子供の頃からあまり変わった様子のない、定番中の
定番の一品。
 これといってオカズがないときなどに、少し沢山食べたい時に
はご飯のオカズにとても重宝する。焼きそばをご飯のオカズにす
るのは見る人によってはおかしな取り合わせかもしれないけれど
も、香ばしいソース味で食べるご飯は格別のものだ。

 カップのインスタント焼きそばには、乾燥した具材が一緒に入
っているものだけれど、この袋麺にはソースと青のりしか入って
いない。具材が欲しければ自分で炒めて入れろということなのか、
実に潔い中身。
 そばだけでも良かったのだけれど、せっかくだから冷蔵庫の中
をあさってみる。冷凍庫の中に刻みネギが冷凍されているのを発
見することが出来た、これで炭水化物に極端に偏っている栄養価
も随分とバランスが良くなるに違いない。

 麺を茹でるのはインスタントラーメンと同じだが、ソースを絡
める都合でフライパンで茹でる。お湯が湧いてきた所で早めにネ
ギを入れる、冷凍だから遅めに入れては回答し切らない可能性を
考えてのこと。
 麺は上手くゆであがってソースも綺麗に絡まったのだが、お皿
に盛りつける所でネギが少々厄介なことになってしまった。
細かく刻んで冷凍してくれてある所に、固まっているものを砕い
たため更に細かく砕けてしまった。このため、フライパンのヘリ
に沢山ひっついてしまい、お皿に移すのに実に時間がかかってし
まった。
 この時間のせいで、食べた時にそばが伸び気味になってしまっ
た。次にする時はもう少しネギの取り扱いを考えてから入れよう
と思う。

 インスタントとはいえ、久しぶりに自分の食べるものを用意し
たのだけれど、食事の用意をするのは楽しいものだと思いだしま
した。

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最終更新日 : 2016-06-25 17:31:18

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20130203近況、読書録「BC!な話」

 夕食に巻き寿司を食べる。
特に信じていないけれども、縁起がいいと言われている方向を向
いて食べた。

 毎年、ああまたやっているなぁと思いながら、節分の時期を迎
える。お寿司が好きなので食べることには全く問題ないのだけれ
ど、恵方巻きという習慣はどうにも疑問に思う。
 私が子供の頃にはこの習慣は無かったように記憶しているが、
いつの間にか昔々からあったかのように定着していた。
ひょっとすると私の住んでいる地域になかっただけで、他の地域
には伝統的にあったのかもしれない。

 何かの節目にごちそうを食べて、無事節目を迎えることが出来
たとお祝いするのは楽しいことだと思う。その時食べるメニュー
が巻き寿司であったとしても、美味しくていいと思う。
縁起のいい方向を向いて食べるというのも、いかにも有りそうな
感じがする。
 しかし一番不自然なのではないかと思うのは、太巻きを丸齧り
するというところ。これはどうもイマイチ納得しにくい、私が納
得しようがしまいが関係はないだろうけれども。

 細巻きや中巻の太さならば、簡単に口の中に入れることが出来
て、噛み切るのも噛み切りやすいと思う。しかし、太巻きを綺麗
に噛み切れる人というのは、よほど口の大きい人でなければ難し
いのではないだろうか。
 口の大きくない人は、端っこから少しずつ噛み切りながら食べ
るのだろうが、こうすると中身が上手く噛み切れなかったりして、
こぼしやすくなってしまう。あまり綺麗な食べ方ではないように
思うのだけれど、どうなのだろう。

 この丸かじりするために切り分けずに売られるようになったの
は、ある一時期に大量に巻き寿司を売るための、売り手側の手間
の軽減によるアイデアなのではないかと思う。
 切り分けた場合、包装にも手間がかかってしまい、時間だけで
はなくその他の経費も随分かかってしまうのではないだろうか。
 昔々からこの習慣があるのだとしたら、私のとんだ勘違いで間
違いだろうけれども。

 というふうに頭では考えてはいるけれど、それなりに楽しく巻
き寿司を食べられて、皆と同じ事をしているという安心感が得ら
れるのだから、いいんじゃないかなと思います。

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最終更新日 : 2016-06-25 17:31:18


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