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序章

生活を、考えたことがない。
考えられない。


「お金ないと、不安?」
「ですねぇ」
「いくらあったら不安じゃなくなる?」
「うーん……たくさん」

夜明けも近い公園。
いつの間にか、そんな話になっている。
問われるままに答える言葉は、あまり明確ではない。

久しぶりに私の隠れ家へ泊りに来たKちゃんは、人生に迷っていた。
私よりずっと若いのに、私よりずっとしっかりしていて、
しっかりしているがゆえに、迷っていた。
彼女は、大好きな音楽に打ち込んだこともあった。
英語を身につけて世界を飛び回りたいと語ったこともあった。
でもまずは、生活。
私が、考えたこともないもの。

出会った頃、彼女は小学四年生だった。
そして今、夢を取るか、稼げる手堅い仕事を選ぶか、迷っている。
皆、そうだ。いつの間にか、大人になっていく。
私だけが、何も変わらないまま。

いや、私も、少しは変わったのかもしれない。
こんなふうに、東京に隠れ家を持ったり、そこへ人を呼んだり。
こんなことが、できるようになるなんて。
以前よりずっと自由だ。
行動力がある、実行力があると評されても、そうは思えなかったけれど、
周りと比較すればそうなのかもしれない、くらいには思えるようになった。

私の望む自由は、たぶん少しだけ突拍子もなくて、
けれどこうして、それを一緒に楽しんでくれる人たちが、いつの間にか周りに増えた。
私が何を言っても怪訝な顔をしないでくれる人たち。
それどころか、感嘆さえしてくれる人たち。

そんな居心地の良さに気を良くして、私は好き勝手なことばかりを言い並べる。

「たくさん、としか答えられないってことはさ、漠然とした不安なんじゃないかと思うんだよ」
「そうですねぇ」
「一人暮らししてみたらいいよ。もちろん、大変だって思う部分もあるだろうけど、
 そんなに不安に思うことないかもな、って思える部分もあると思うんだ」
「ですねぇ」

なかなか、話が進まない。
切り込む材料を探しながら、言葉を並べ続ける。
突破口を。
見つけたい。

「このまえ、10日間くらい泊ってった子がいたよ。日雇いのバイト探して、仕事してたよ」
「マジっすか!」

あいまいな相槌以外の返事が、やっと返ってくる。
多少は実感してもらえたらしい。
ここから切り崩せないかと、私は言葉を重ねる。

「マジマジ。一人暮らしの手ごたえと難しさと、両方感じたみたいだよ」
「そっかー……」

Kちゃんは、お金がたくさんないと不安だと思っている。
お金がたくさんないと不安だと、思い込んでいる。
それは、思い込みだ。

誰かが言っていた。
月収100万円のときは、月収100万円の生活をして、
月収5万円になったら、月収5万円の生活をしたらいいんだ、と。
そのとおりだと思う。
そして、月収100万円だろうが、1000万円だろうが、月収5万円の生活をしていれば、
自然と貯金は増える。
月収5万円でも、月収3万円の生活をしていれば、貯金は増える。

「私は、なんていうか……一点豪華主義、っていうかさ。
 普段は、ケチケチして。でもそんな、気持ちが貧しくなるようなんじゃなくて。
 ゲームみたいに楽しむっていうか。
 コンビニのおにぎり100円セールとか、きたきた! みたいなさ」
「はい」
「でも、本気でほしいものがあったときは、値段見ないで買う。
 だから、お金がない、って苦痛に思うことはないかんじ」
「へぇぇぇ……」

成功哲学系の本にも、似たようなことは書いてあった。
普段から細かいお金を気にして貯めること、と。
もちろん、ほしいものなら値段見ないで買え、とは書いてなかったが。

隠れ家なんか借りてること自体、お金のことを考えていない証拠だ。
ただ、私にとっては、重要な意味があって借り始めた部屋だ。
最初に契約を交わした時の、あの、何とも言えない現実感。
それもなんだか、もう、ずっと遠い昔のことのような気がする。


ぼんやりと思い巡らせていると、
Kちゃんが訊いてきた。

「最近買った、一番高いものは何ですか?」

素晴らしい……!
彼女の、こういう素直なところが、本当に素敵だと思う。
確かに、それは訊きたくなる質問だ。
もっともすぎる、とても重要な質問だ。

質問に感嘆するばかりで、私は、とっさに最近の高価な買い物を思い出せない。
記憶力が、すごぶる悪い。
あれはいつだったか、それよりこっちのほうが最近だっただろうか、と考え込む。
そして、そんなことより、
近々多額の予算を組んでいるものを話そうと思いついた。

「来週から、毎週末、旅行」
「えー! すごい!!!」

Kちゃんの声のトーンが、ピークに達した。


   ***


旅行と旅は違う、という話を、何かで読んだ。

「旅行」には、目的がある。
「旅」は、ただひたすら、旅ゆく。


その日そのとき、その場所へ行かなければ、見聞きできないものが目的であるのだから。
確かに、これは、「旅行」だろう。

その、「旅行」の部分では、なく。
「旅行」の前後に見聞きしたものを、まとめておこうと思う。
「旅行」の前後の、ぶらりと歩いた、「旅」の部分。

「旅行」あってこそ、目的あってこその、「旅」だ。
これらの豊かさと出会うきっかけをいただいたことに、感謝しつつ。

2012年、秋。
北は北海道から、南は山口県まで。
日本全国、津々浦々を歩いた、ひと綴りの軌跡。

2
最終更新日 : 2013-03-17 11:13:03

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吉祥寺デート

2012年秋。
「旅行」の第一日目は、吉祥寺が目的地だった。
池袋から電車で約30分。

「旅行」と言うには、近すぎる、と思うかもしれない。
第一章が日帰りというのは、肩透かしに感じるかもしれない。

けれど、いつだって、この「旅行」は、
私を未知の喜びに連れて行ってくれる。


この日も、特別な時間への「旅行」となった。
その前後の「旅」もまた、特別なものとなった。
「旅」は、何ヶ月も前のメールのやりとりから始まった。
吉祥寺の「旅行」に、人を誘ったのだ。
その人が、この日このときに、この場所へ来られるのかどうか、
それは何よりも大きな賭けだった。

金曜日に吉祥寺で「旅行」があると知り、
その内容が明らかになったとき、私は興奮をおさえられなかった。

無理を承知で、いや、叱られるかもしれないとさえ思いながら、
メールを書く手が止まらなかった。

[君のためのような日なんだから。
 土日だったら確実に無理だったでしょう? それが平日。
 しかも東京で、なんて。遠かったら誘えないけどさ。
 これは奇跡だよ!
 仕事なんか休め]

乱暴な私のメールに、思った以上の返事が来た。

[そんなふうに言ってくれるなんて、うれしいねぇ。
 必ず、なんとかします!]

──そうとも。
私たちは、人生をどうにか平穏にやり過ごすことしか、考えられなかった。
そうじゃない。
人生は、楽しむものだ。


過去を 越えよう
今のために過去を 越えよう
あの頃の悲しみに今 涙することはない
あの頃の苦しみに今 顔をゆがめることはない

悲しくない
苦しくない と
自分をごまかしてやりすごそうとしていたあの日々を

悲しかったね
苦しかったね と
今 語り尽くすことで過去を越えよう

今ここで過去を越えることで
未来へと
つながろう


   ***


昼過ぎに、駅で待ち合わせ。
笑って、腕組んで。
しゃべってしゃべってしゃべってしゃべってしゃべって。

おいしいランチを食べて。
無料サービスのデザートが、とっても立派で、おおはしゃぎ。




ランチを終えたあと。
メインの、「旅行」を堪能して。
その、素敵な時間に、酔いしれて。
笑って泣いて、満たされて。


夜、ちょっぴり、飲み会も行った。
時間がないと言いながらも、語りあわずにいられなかった。


あっという間の半日。
とっても豊かな、素敵な、幸せな数時間。

時を越えて。
過去から、未来へ。

またひとつ、橋が架かる。

3
最終更新日 : 2013-03-16 21:36:44

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札幌ラーメン下調べ(1)

新千歳空港から、JRエアポート小樽行きで、札幌へ。

以前来たときは、夏だっただろうか。
あのときは、イベント中だったらしく、大通り公園に屋台がたくさん出ていて、
じゃがいも&トウモロコシという、私にとって夢のコラボをさっそく、ほおばった。

今回は、とにかく、札幌ラーメンだ。
塩ラーメンが好きだけれど、札幌ラーメンなら、味噌がいい。


   ***


ネットの口コミを読むときは、どんな人が書いているのかを注意してみると、役に立つ。
どんな人、と言っても、その人の性別や仕事を知る必要はない。
食べ物のことを調べているときは、
その人の好きな食べ物、味、判断材料に着目する、という意味だ。

ラーメンは、好みの分かれる食べ物の最たるものだろう。
こってりが好きか、あっさりが好きか。
麺は太いのが好きか細いのが好きか、やわらかめか硬めか。



(次のページに続く)

6
最終更新日 : 2013-03-17 11:14:55

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奥付



紀行写真詩集『列島の軌跡 ~2012年秋~』第一巻


http://p.booklog.jp/book/63085


著者 : なべ
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/yumesuku/profile


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15
最終更新日 : 2013-03-16 22:35:04

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