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 藍に与えられた課題は、後輩の育成だった。
 
 それは、藍がもっとも苦手とするものである。誰かになにかを教えたり、伝えたりするのは得意ではなかったのだ。

「それって、やっぱりあたしの仕事なんでしょうか」

 藍は、ある日の面談で館長の質問に、質問でこたえた。

 館長は、美術にくわしいというより、数字の扱い方が天才的な人だったから、館長その人は、美術品の相対的価値にはこたえることができても、作品そのものの魅力を自分のことばで語ることは、まったくできなかった。

 そんな館長だったから、館長としては後輩も、藍と同じように「自分のことばで作品の本質をみつけられるスタッフ」に育ってもらわなければ困るのだった。

「藍さん。あなたの作品をみる目は本物です。実際にあなたが企画した展示会は、ほかのスタッフの企画より、24%も入場数を獲得している。

 それは、あなたがみつけた作家たちの作品が本物だからです。藍さん。あなたには、絵を見抜く力がある。わたしはあなたをかっているのです。

 でも藍さん。藍さんのその能力は、みんなが持つべき能力でもある。あなたは、後輩たちに、どうやったら、たくさんの入場者を呼び込める企画展がひらけるのかをを、教えていかなくてはなりません。

 それがあなたの仕事なんですから」

 館長は、ゆっくりではあるが淀みなく話しつづけた。

 藍は、こんな話し方をする人が、昔、高校のときにいたなあ、とぼんやりと頭の片隅で思いながらきいていた。

 その人は藍と同じクラスの学級委員長だったけれど、まるで政治家かなにかのように、話すことのすべてが、暗黙のうちになにかを指し示していた。

 あらゆる動きのなかに、自分がいかにすぐれているかについてのアピールが計算されていた。藍は、こういう人間ことが、その当時は大嫌いだったのだ。

「でも……、それって、やっぱりあたしの仕事なんでしょうか」

 館長の話のあとに、ふたたび藍が同じことをくり返したのは、わざとであった。

 高校のときの、学級委員長は、藍だけが委員長の話をうわのそらで、繰り返し繰り返し同じ質問を重ねていくと、いつしか表面的な善意の仮面がはげおちたものだったのだ。

「ほら、だから、やれって、いうんだよ!」

 高校生の委員長は、こんなふうに突然、キレたものだった。

 藍はその当時、そうして、仮面をみつけては、仮面をはがすのが、ある意味では得意であった。

 白を黒にひっくりかえすことが当然のように思えた。

 ふりかえれば、美術作品の真贋というのも、オセロゲームのようなものた。
 
 どれだけたくさんの美しいことばでテーマやコンセプトを塗りたくっていても、みる箇所をみれば、藍にはたちまちに、その黒い部分がみえてくる。

 だから、藍はそんな黒をひっくりかえす。

 どれだけ汚れているようにみえていても、丁寧にみていけば、ときどき白いものをみつけることもある。

 そういうとき、藍は堂々と、誰も手をつけない黒に手をかさねて、全力でひっくりかえして白にする。

 藍がこれまで企画した美術作品展というのは、だいたいが世間評価があまり高くない、どちらかといえば「黒」な作家たちだった。

 藍は、そんな黒な作家たちを、独自の視点と美学から再構成しなおしていく。

 周りの学芸員たちは、「つぎは失敗するだろう」と意地悪な目でみているのだが、おわってみれば、いつも藍の企画は成功していた。

 藍は、目の前の館長を凝視していた。

 館長は、藍の高校時代の学級委員長とは、似ているようでいて、ちがっていた。

「藍さん。わたしは、子供のころから数字を操ることが得意だったんだ。

 人間があんまり信用できなくてね。オセロみたいに、白が黒になるでしょう。黒は白になる。そういうところがわたしは、がまんができなかったんです。

 人間の感情にくらべると、数字はいつも、きれいでした。

 どの国の人とでも、堂々と話ができるし、議論はいつもはっきりしている。だからわたしは、数字で判断していくし、それが正しいか間違っているかも、わたしは確率で判断しています。

 その判断によれば、藍さん。

 あなたの鑑賞眼がずば抜けているのです。だから、組織として、藍さん。あなたの鑑賞眼を、次世代のスタッフたちに伝えていってほしいんです」

 館長は、襟をただして、藍の目をみつめながら言った。

「はい。わかりました」

 藍は、ひとまずイエスと返事をして、館長との面談を終えた。

 ドアをあけて、応接室をでるときに、心のなかで「やられたなア」と思った。

 白か黒かで、相手をみきわめて、相手の裏側の色にひっくりかえすことが得意だった藍であるけれど、この館長は、藍からみて藍色だった。そして、藍色はひっくりかえしても藍色だった。

 藍は、そのように貫いて生きていく人のことは嫌いではなかった。なにごとも、自分の信念というものに忠実に生きていくことは難しい――そういう筋を通した自分色を維持していくことが困難なことも、藍は知っていたのだ。


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最終更新日 : 2012-12-25 20:20:42

 池袋に「乙女ロード」とよばれる道がある。

 藍は、生れも育ちも新宿だった。

 遊ぶ場所は渋谷と原宿だった。

 池袋にはあまり用がなかった藍であるけれど、最近この「乙女ロード」ではじまった“新しいサービス”に、藍の「美術鑑定家」としてのアンテナがはげしく反応していた。

<世の中を変えるには、個人と向き合う会社がいる>


 そんなキャッチコピーを電車でみかけたときは、随分と強気で、苦手な感じだなアと第一印象を受け取ったものの、そのサービスの内容をみていると、会社というより、ある種の行動芸術的なデモンストレーションに思えるのだ。

<池袋の乙女ロードを、猿のぬいぐるみをかぶった人間が10人、お客様を肩車して歩きます!>


 そんな惹句をみたとき、「なんじゃそりゃ」と、藍は思わず口にだしてみたものだった。そういえば、随分まえに藍の友達が「猿が新宿から赤坂まで動物バスを走らせる」ということがテーマの小説を書いてきたことをおもいだしたのだ。

「藍ちゃんは、そのバスのガイドさんとして登場してるから読んで読んで」

 そういって下手な素人小説を読まされたことを思い出した藍である。池袋の「乙女ロード」を猿が肩車して行列であるくなんて、まるで友人の素人小説のような話だったから、藍の驚きは二倍、三倍に膨れ上がったのだ。

<お客様は、専用のヘッドホンと内臓マイクがついた、すきなお面をかぶっていただきます。この変装を施すことによって、行列の行進中におけるお客様のプライバシーは守られます。

 お客様は移動中の猿にむかって、なにかお話なさってください。

 お客様の内臓マイクは、行列を歩く10匹の猿たちの誰かと繋がっております。猿たちはそれぞれアメリカのペンシルバニア大学で心理学を勉強してきた、優秀なカウンセラーの資格保持者でもあります。

 秘密厳守ですから、お客様の心にひっかっておられることなど、なんでもお話ください。行列のなかの一匹が、マン・ツー・サルで担当いたします!>

 藍は、会社としてはなにかの冗談のように思えた。

 行動藝術としては、妙に文化祭の素人の企画のようにすべてに隙があるように思えた。もしも、藍が勤める美術館の館長がこの広告を読んだとしたら、瞬間で黙殺しただろう。

 けれど、藍は、そのアメリカ帰りの猿たちにまたがって、池袋の乙女ロードを歩いてみたくなったのだ。

 クリスマスも終わり、最後の出勤日での、館長面接を終えた藍は、年を越す前に「後輩をそだてる問題」について、自分なりの手段をみつけたかった。

 誰かになにかを教えることが好きではなかったから、できれば何もいわずに勝手に自分を真似していてほしかったけれど、館長は繰り返し繰り返し、それではいけない、というので、直接指導する時間を来年はもたなければいけないだろう。憂鬱な藍だった。

 そんな夜に、乙女ロードへ到着したのだ。


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最終更新日 : 2012-12-25 20:21:16

 乙女ロードは、池袋駅を東口からでて、サンシャインの西側通りにある。

 集合場所にいってみると、午後八時の乗客たちがバス停にならぶように、規則正しく整列していた。

 チケットはその場での現金支払い制で、一回三千円だという。

「行動アートにしては高いな」と藍は心のなかで思いつつも、三千円をはらって並んだ。

 まもなく、どこからともなく猿に肩車された、動物のお面をかぶった人たち十人がもどってきた。

 暗くて、はっきり顔もみえないのだが、服装はふつうの背広姿のサラリーマンだったり、OLだったり、大学生だったりする。けれど、お面をかぶっていると、彼らもまた猿のぬいぐるみを着た猿軍団同様に、動物のように思えてくるから不思議なものだった。

 仮面はどれも動物で、象や虎やライオンといった猛獣だけではなくて、あひるやペンギンなど、その人の個性にあわせた種類が揃っているみたいだ。

 藍は、言われたとおりにヘッドフォンを両耳に装着して、猫のマスクをかぶった。

 マスクというのは不思議なもので、かぶってしまうと、自分のなかの別の人格への扉のようなものが、パッ、と開きそうになる。ヘッドフォンをすることで、外の音が聴こえてこないことも、関係があるようだ。

 藍は自分には、別の人格なんてものはない、と思っていたし、それが自慢でもあったし、得意にも思っていた。自分も館長とはまったく正反対の性格でありながらも、変わらない自分を持っているという点で同じタイプの藍色の人間だと思っていたのだ。

 そんな藍が、猫人間として行列の三番目の猿にまたがったとき、藍の体の内側で、猫が鳴いていた。猿人間が、藍を首筋にのせて立ち上がるとき、藍の中の猫人間もたちあがったのだ。

「にゃにゃにゃ」

 藍は、話しはじめていた。

 それは正確にはことばではなく、猫の鳴き声なのだったが、藍は、いま自分が猫語を話している! という新鮮な驚きがあった。

 妹の娘である姪っ子にたいして「にゃー」と真似事をしたことはこれまでも何度もある。企画展のなかで、やってきた子供たち相手に「おねえさんは、ニャー子だよ、にゃー」と言ったこともあった。それは「演技」である。

 猿の行列が乙女ロードをすすんでいく。藍は、今ならこの猿たちは、自分の心の声に忠実に応答してくれる気がした。

「にゃにゃにゃ? にゃー-----」


 藍が猫語でこれまで誰にも言えなかった話をつづけていると、まもなく藍が黙ったときを見計らって、

「うっきー」

と男の低い声がした。

「にゃ?」

「うきうき。うーーー、うききき」

「にゃあーー」


 藍はその瞬間、解決したのだ。

 それが解決なのかどうかは、館長のいう確率では到底説明できるものではなかったが、藍は今、問題を解決したのだった。

 気がつくと、猿の行列は、再び乙女ロードを折り返して、出発地点へと戻ってきていた。

 マスクを脱いで、素顔の藍に戻ってみると、頬が赤くなっていて、いつも低温の藍が珍しく興奮しているのが自分でもわかったのだ。

 見渡してみると、周りの乗客だった人たちも、顔がどこかほてっている。

 マスクをとったあとの彼らは、さきほどの乗客と同じ、ごく普通の東京の人々なのだが、きっとみんなそれぞれの猿体験をしたのだろう――と、藍は、今度は美術家目線で人々を眺めていた。

 藍の仕事納めの一日が終わった。帰りみち、藍はひさしぶりに、あのへたくそな素人小説、タイトルさえ忘れてしまった、猿といっしょにバスに乗るという小説を読み返してみようと思いながら、池袋駅のなかに、その他大勢の東京市民とともにすいこまれていった。






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最終更新日 : 2012-12-25 20:21:54

この本の内容は以上です。


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