目次
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人間関係図 1
人間関係図 2
人間関係図 3
珠と恋
とある少女の思い出話
とある少女の思い出話 1
とある少女の思い出話 2
とある少女の思い出話 3
とある少女の思い出話 4
とある少女の思い出話 5
とある少女の思い出話 6
とある少女の思い出話 7
とある少女の思い出話 8
とある少女の思い出話 9
とある少女の思い出話 10
とある少女の思い出話 11
とある少女の思い出話 12
とある少女の思い出話 13
しすたーずぷらすわん
しすたーずぷらすわん 1
しすたーずぷらすわん 2
しすたーずぷらすわん 3
しすたーずぷらすわん 4
しすたーずぷらすわん 5
しすたーずぷらすわん 6
しすたーずぷらすわん 7
しすたーずぷらすわん 8
しすたーずぷらすわん 9
しすたーずぷらすわん 10
しすたーずぷらすわん 11
しすたーずぷらすわん 12
しすたーずぷらすわん 13
しすたーずぷらすわん 14
しすたーずぷらすわん 15
しすたーずぷらすわん 16
しすたーずぷらすわん 17
しすたーずぷらすわん 18
しすたーずぷらすわん 19
しすたーずぷらすわん 20
しすたーずぷらすわん 21
幕間 とある少女の水揚
幕間 とある少女の水揚 1
幕間 とある少女の水揚 2
幕間 とある少女の水揚 3
幕間 とある少女の水揚 4
幕間 とある少女の水揚 5
幕間 とある少女の水揚 6
鶴崎踊り真話 前編
鶴崎踊り真話 前編 1
鶴崎踊り真話 前編 2
鶴崎踊り真話 前編 3
鶴崎踊り真話 前編 4
鶴崎踊り真話 前編 5
鶴崎踊り真話 前編 6
鶴崎踊り真話 前編 7
鶴崎踊り真話 前編 8
鶴崎踊り真話 前編 9
鶴崎踊り真話 前編 10
鶴崎踊り真話 前編 11
鶴崎踊り真話 前編 12
鶴崎踊り真話 前編 13
鶴崎踊り真話 前編 14
鶴崎踊り真話 前編 15
鶴崎踊り真話 前編 16
鶴崎踊り真話 前編 17
鶴崎踊り真話 前編 18
鶴崎踊り真話 前編 19
鶴崎踊り真話 前編 20
鶴崎踊り真話 後編
鶴崎踊り真話 後編 1
鶴崎踊り真話 後編 2
鶴崎踊り真話 後編 3
鶴崎踊り真話 後編 4
鶴崎踊り真話 後編 5
鶴崎踊り真話 後編 6
鶴崎踊り真話 後編 7
鶴崎踊り真話 後編 8
鶴崎踊り真話 後編 9
鶴崎踊り真話 後編 10
鶴崎踊り真話 後編 11
鶴崎踊り真話 後編 12
鶴崎踊り真話 後編 13
鶴崎踊り真話 後編 14
鶴崎踊り真話 後編 15
鶴崎踊り真話 後編 16
鶴崎踊り真話 後編 17
鶴崎踊り真話 後編 18
鶴崎踊り真話 後編 19
鶴崎踊り真話 後編 20
鶴崎踊り真話 後編 21
鶴崎踊り真話 後編 22
鶴崎踊り真話 後編 23
鶴崎踊り真話 後編 24
鶴崎踊り真話 後編 25
鶴崎踊り真話 後編 26
秋月の忠臣と吉岡老の授業
秋月の忠臣と吉岡老の授業 1
秋月の忠臣と吉岡老の授業 2
秋月の忠臣と吉岡老の授業 3
秋月の忠臣と吉岡老の授業 4
秋月の忠臣と吉岡老の授業 5
秋月の忠臣と吉岡老の授業 6
秋月の忠臣と吉岡老の授業 7
秋月の忠臣と吉岡老の授業 8
秋月の忠臣と吉岡老の授業 9
秋月の忠臣と吉岡老の授業 10
秋月の忠臣に吉岡老の授業 11
秋月の忠臣に吉岡老の授業 12
秋月の忠臣に吉岡老の授業 13
別府大茶会
別府大茶会 1
別府大茶会 2
別府大茶会 3
別府大茶会 4
別府大茶会 5
別府大茶会 6
別府大茶会 7
別府大茶会 8
別府大茶会 9
別府大茶会 10
別府大茶会 11
別府大茶会 12
別府大茶会 13
別府大茶会 14
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別府大茶会 27
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あとがき
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とある少女の思い出話 10

 何しろ私の初潮が中々来ない事で、由良姉さんが些か不安を感じていたくらいですし。

 こういう事があれば初潮なんだ、と言う事は教わっていたのですが、見ると聞くとでは大違いという事でしょう。

 両親が亡くなった事を知った翌日に私自身が女になる第一歩を踏み出した、というのはちょっと出来過ぎという気もしますが、これもきっとお母さんの形見の櫛のおかげだと思う事にしました。

 そして――。

 今日の仕事はすべて中止となり、 由良姉さんがせわしなくあちこちに声を掛けています。

 普段なら私がお手伝いをするのですが、きっぱりと断られてしまいました。

「いいかい恋。

 急だけど明後日にあんたの新造出しをやるよ。

 ……ご両親の事があった直後だけど、だからこそ目一杯派手にやるよ。

 これも供養の一つだと思いなさい」

 新造出し。

 禿を卒業して、新造になる際に行われるお披露目の事だそうです。

 新造というのは禿の頃と違い、由良姉さんの都合が悪い時などに殿方のお相手をする事もあるのだとか。

 ただ、水揚を済ませていない新造はお相手と言っても伽ではなく、由良姉さんが部屋に来るまでの間、殿方とお話をするのだそうです。

 ……この時殿方から誘われても決して肌を許してはならない、とも言われました。

 それはさておき、この新造出し。

 私が正式に遊郭へ上がる事を杉乃井御殿の皆様にお知らせして、遊郭にお越しになる殿方へのご紹介も兼ねているそうで。

 そして一番驚いたのは。

 この新造出しを行うのに必要なお金は、全て由良姉さんが用意するという事でした。

 そんな事までお世話になるわけには、と言い募ったのですが、帰ってきた答えは。

「馬鹿だねぇ、地味にやったらこの由良姉さんの女が廃るってもんだ。

 良いかい、これはあんただけの問題じゃないんだ。

 私がここまで立派に育て上げたって事を知らしめるのも目的なんだよ」

 つまり。

 私がお披露目を受けるのに地味な姿では、姉遊女である由良姉さんの沽券に関わるのだそうです。

 何より私をきっちり育て上げたという自負がなければこんな事は出来ないんだと。

 だから遠慮なんかする必要はないんだよ、と。


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とある少女の思い出話 11

 優しくそう言うと、私を抱きしめて頭を撫でてくれました。

 ……ここに来たばかりの頃を思い出して懐かしくもあったのですが、流石に14になった今では頭を撫でられるのは少々恥ずかしかったのですけれど。

 そして私の新造上げの日がやってきました。

 普段寝起きしている部屋で、いつもは私が由良姉さんの着付けを手伝うのですが、今日だけは私が由良姉さんに手伝ってもらっています。

 綺麗な着物を着て、髪を結いあげて。

 由良姉さんが遊郭に出る時は奇麗な飾り櫛を挿すのですが、飾り櫛が用意されていません。

 不思議に思ってその事を聞いたら。

「……あんたの晴れの舞台だよ、形見の飾り櫛を使わずどうするのさ。

 あの櫛は見た目は地味だけど筋の良いものだからね。

 それになによりご両親も恋と一緒の方が良いだろうさ」

 そう言って形見の飾り櫛を出すと、私の髪に挿しこんでくれました。

 由良姉さんの気遣いが私にはとても嬉しくて。

 でもそれ以上にお母さんの飾り櫛を使う事に思いが至らなかった私自身が情けなくて、思わず涙を零してしまったのでした。

「あーあー、晴れの舞台に涙は似合わないよ。

 ほら、こっちを向きなさい」

 苦笑しながら私の涙を拭ってくださって。

 私も気持を切り替えて、頬をぱちんと叩いて気合を入れると由良姉さんに先導されて外へ繰り出したのです。

 私を先頭に、由良姉さんが後ろに。

 さらに遊郭の若衆が祝いに炊いたお赤飯を配って歩きます。

 そんな感じで杉乃井御殿の道をゆっくりと練り歩いているのですが。

 物凄い人出です。

 なんでも新造出しでお披露目する遊女は、その後三月四月の間にお相手を決めて突出しと水揚を行うとの事で。

 ……突出しというのは遊女となった新造が初めて客を取ることで、水揚というのはつまりその、初めて殿方のお相手をする事なのです。

 新造として由良姉さんの仕事に付き、そこで馴染みの殿方を見つけて水揚をお願いする……という事なのですが。

 つまりこの人出は私を見定める常連様が沢山いらっしゃるという事らしく。

 正直、まだ私自身が殿方に抱かれる姿というのが想像できないのですが。

 それでもこうして着飾った姿で歩いていると、自分が本当の意味でこの別府遊郭の一員となった事を自覚させられます。


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とある少女の思い出話 12

 それにしても今日は妙に大友家の若武者衆が多いのです。

 殿方への愛想は常に絶やさず、と由良姉さんに言われていましたから、そちらの方にもにこやかに微笑んで手を振って。

 ……私が手を振ったら皆様顔を赤くしてそっぽを向いてしまいました。

 何か気付かぬうちに粗相をしてしまったのでしょうか……。

 そんな事もありましたが、一刻近くを掛けて杉乃井御殿をぐるりと回り、私の新造出しは無事に終了したのでした。

 

 私が新造出しを終えた翌日。

 今日からは今までとは生活が変わります。

 まず、由良姉さんから習う事に房事が加わりました。

 殿方を悦ばせる為の手練手管を本格的に学ぶのです。

 私はまだ突出しをしていませんから、本当に殿方を相手にするわけにはいきません。

 そんな私の為に由良姉さんが取り出したのは「張り形」と呼ばれるものでして。

 これは殿方のその、あれを模したものなのだそうです。

 閨で殿方にどのような事をすれば良いのかをこの張り形を使って教わるのです。

 もうひとつ、私がやらなければならないことが増えました。

 それは私の下腹部に大友家の杏葉紋を彫ること。

 彫師の方も女性ではあるのですが、流石に足を大きく開くというのは抵抗がありました。

 それでもやらなくてはいけない訳でして。

 いえ、14歳になってもまだ、あの。

 生えていないんです、私。

 おかげで彫師の方には「恋ちゃんは仕事がしやすいねぇ、こんな綺麗な肌でさ」などと言われ、思わず赤面する有様で。

 ……結構気にしているんですよ?

 結局、ひと月掛けて全てを彫り終わるまでその事で散々からかわれました……。

 そして肝心の新造としてのお仕事なのですが。

 私が新造出しを終えてから、由良姉さんへつく殿方が少し変わりました。

 今まで由良姉さんをご所望の殿方は、裕福な商人様やある程度御歳を召したお武家様が多かったのですが。

 最近は若武者衆の方が増えてきまして。

 由良姉さんの準備が整うまでの間、私がお相手をする事も多くなりました。

 普段はさっさと身支度を整え、ほとんど殿方を待たせることなく閨に来る由良姉さんなのですが。


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とある少女の思い出話 13

 何故若武者衆の方がお越しの時だけ時間を掛けるのか不思議になって聞いてみたのです。

 ……呆れた顔で言われました。

「恋、突出しと水揚の事は説明しただろう?

 初めての殿方は自分で選べるんだから色々話してごらん。

 そうやって身体を許しても良い相手をみつけるんだよ」

 言われて初めて気付く私も抜けているというかなんというか。

 ただ、その時の私はまだ殿方に対してそういう心を持つことが出来なかったのです。

 あんたの名前は恋(れん)なのに恋(こい)には疎いんだねぇ、とは由良姉さんの弁。

 尤も、遊女である以上本当に恋心を抱いてはいけない訳でして。

 そう、思っていたんです。

 あの方に出会うまでは。

 

 

 それは姫巫女様が伊勢参りを済ませ、久しぶりに杉乃井御殿へ戻られた時の事でした。

 姫様のお出迎えは杉乃井御殿の城代でもある麟様や白貴様、花魁の皆様が総出で行っています。

 これまでは禿であった私はお出迎えの際には部屋で待機する事になっていたので、直接姫様を見る機会はありませんでした。

 今回は私も新造となり、お披露目も終わっていたので由良姉さんのお供として姫様のお出迎えをする事になったのです。

 しかもこの時姫様は殿方をお連れになっているとかで。

 今まで全くそちらに興味を示した事のない姫様が遂に、と杉乃井御殿中で評判になっていました。

 そして姫様御一行が杉乃井御殿に到着したのですが。

 その中に姫様と並んで馬に乗っていた一人の殿方に私の目は釘付けになって。

 ……後から思い返せばまさしく一目惚れ、という事だったのでしょう。

 その時の私は自分の中に湧きあがってきた思いが何なのかさえよく判っていませんでしたから。

 ただただいきなり激しくなった鼓動と湧きあがる感情に翻弄されていて。

 それが私の生涯を本当の意味で決定付けた、珠姫様と四郎様との出会いだったのです―――。


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鶴崎踊り真話 前編 1

鶴崎踊り真話 前編

 

 来ない。

 まぁ、分かっていたけど。

 生理が来ない。

 すっぱいものが食べたくなる。

 妙に眠たいし気だるい。

 胸が何だか張ったような気がする。

 妊娠の初期症状である。

 妊娠が確定した以上、今度はそれをネタにした権力闘争が勃発する訳で。

 南予侵攻の論功行賞が終わった後に来るビックイベント、加判衆の交代と毛利侵攻を闇に葬るという三文芝居にさらに演出が加わる事がこれで確定した訳だ。

 府内城の広間で行われた加判衆の評定のメンバーと序列は以下のとおり。

 

大友義鎮   大友家当主。

 

戸次鑑連  大友義鎮の陣代として大友軍を率いる。

臼杵鑑速  博多奉行として大友の外交を担当。

吉弘鑑理  大友家の武闘派で国東半島の旗頭。

志賀親守  豊後南部北志賀家当主で豊後の内政を担当。

田北鑑重  玖珠郡の旗頭兼筑前方分として臼杵鑑速の補佐。

一万田親実 伊予方分として南予および一条領の管理と宇都宮家の取次。

大友珠   大友義鎮の娘。

        右筆ゆえ発言権はないが、大友義鎮の加判を管理。

        実質的加判衆として発言権が与えられる。

角隈石宗  軍師兼大友義鎮の相談役。

        義鎮が訪ねた時のみ答え、加判衆ではなく発言権もなし。

 

 一万田親実は南予の領地管理があるから、こうして加判衆評定に毎回顔を出すのはちょっと無理がある。

 それゆえに、豊後一万田領を管理する一万田鑑実が印判で代理出席する事で話がついている。

 ついでとばかりに、一万田親実の件を使って命令の迅速化も取り決めていたり。

 大領地かつ遠距離まで広がる大友家ゆえ命令は書類で発行されるので、加判衆全員の加判を待っていたら動きが遅くなる。


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鶴崎踊り真話 前編 2

 で、まず誰も反対が出ない形で、『全員の加判があるもの』と『加判衆の過半数の加判がある物』と『加判衆の二人と大名の加判がある物』で効力が出るように取り決めを。

 大名だけの加判で効力が発揮できないのは、大友家が国人衆の神輿に担がれた守護大名だからで、大名が絶対命令権を持っていない事の裏返しでもある。

 そして、これらの命令書は借発行という形にして、後日必ず大名と加判衆全員の加判もしくは印判をつけるようにする事も決められた。

 今回の評定の議題は、南予侵攻での後始末、収支決算というか銭の話である。

 南蛮船のレンタル料金に、商業船の徴用による経済活動への悪影響、功績に伴う褒賞の授与。

 更に南予統治の費用と殖産の予算策定。

 ……本当に銭、銭、銭。

 本来商用船までの徴集までは考えていなかったのだけど、宇都宮への河野侵攻と長宗我部の一条侵攻でそんな事も言っていられず。

 豊後についてはほぼ総力戦状態に。

 論功行賞も無事に片付きいた後、私は田北鑑重に頼んで銭絡みの一つの提案をしてもらう。

「門司を町衆の自治都市にするだと?」

 声をあげたのは博多奉行兼筑前方分でもある臼杵鑑速。

 その問いかけに田北鑑重は重々しい顔で、私が言ったままに説明を続ける。

「はっ。

 こたびの戦、得たものは大きいのですが、少々銭を使い過ぎました。

 姫様のお告げにより金山が見つかったはいいが、採掘に少し手間と銭がかかるのも事実。

 博多の商人どもに銭を出させる為にも必要かと」

 南予進攻の支払いの為に出した私のへそくりその一である鯛生金山の事だ。

「宇佐八幡のお告げよ」

の一言で、香春の金堀衆に調査させて採掘を開始。

 その金をもって一時的な支出を賄う事に。

 秀吉が天下を統一した時に鉱山を直轄下に置き、秀吉の監視地ができるのと同義語だったのでいやだったのだが、朝鮮出兵で九州各地に蔵入地を作っている事を思い出して予定を変更。

 秀吉が統一するまでに掘りつくしてやるという心意気。

 考えてみると、筑豊の炭田も秀吉直轄下に置かれるんだろうなぁ。

 コークスの技術が広がったら輸出できるしね。あれ。

 で、その採掘費用を捻出する為に、門司を博多と同じ町衆の運営に任せようと。

 既に毛利は彦島に砦を築き、赤間関に市が立つほど栄えている。

 門司は先の戦で焼かれたが、町衆に任せれば赤間関と同じぐらい栄える事ができるだろう。

 これが、私のヘソクリその二『門司中立化構想』。



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