目次
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人間関係図 1
人間関係図 2
人間関係図 3
珠と恋
とある少女の思い出話
とある少女の思い出話 1
とある少女の思い出話 2
とある少女の思い出話 3
とある少女の思い出話 4
とある少女の思い出話 5
とある少女の思い出話 6
とある少女の思い出話 7
とある少女の思い出話 8
とある少女の思い出話 9
とある少女の思い出話 10
とある少女の思い出話 11
とある少女の思い出話 12
とある少女の思い出話 13
しすたーずぷらすわん
しすたーずぷらすわん 1
しすたーずぷらすわん 2
しすたーずぷらすわん 3
しすたーずぷらすわん 4
しすたーずぷらすわん 5
しすたーずぷらすわん 6
しすたーずぷらすわん 7
しすたーずぷらすわん 8
しすたーずぷらすわん 9
しすたーずぷらすわん 10
しすたーずぷらすわん 11
しすたーずぷらすわん 12
しすたーずぷらすわん 13
しすたーずぷらすわん 14
しすたーずぷらすわん 15
しすたーずぷらすわん 16
しすたーずぷらすわん 17
しすたーずぷらすわん 18
しすたーずぷらすわん 19
しすたーずぷらすわん 20
しすたーずぷらすわん 21
幕間 とある少女の水揚
幕間 とある少女の水揚 1
幕間 とある少女の水揚 2
幕間 とある少女の水揚 3
幕間 とある少女の水揚 4
幕間 とある少女の水揚 5
幕間 とある少女の水揚 6
鶴崎踊り真話 前編
鶴崎踊り真話 前編 1
鶴崎踊り真話 前編 2
鶴崎踊り真話 前編 3
鶴崎踊り真話 前編 4
鶴崎踊り真話 前編 5
鶴崎踊り真話 前編 6
鶴崎踊り真話 前編 7
鶴崎踊り真話 前編 8
鶴崎踊り真話 前編 9
鶴崎踊り真話 前編 10
鶴崎踊り真話 前編 11
鶴崎踊り真話 前編 12
鶴崎踊り真話 前編 13
鶴崎踊り真話 前編 14
鶴崎踊り真話 前編 15
鶴崎踊り真話 前編 16
鶴崎踊り真話 前編 17
鶴崎踊り真話 前編 18
鶴崎踊り真話 前編 19
鶴崎踊り真話 前編 20
鶴崎踊り真話 後編
鶴崎踊り真話 後編 1
鶴崎踊り真話 後編 2
鶴崎踊り真話 後編 3
鶴崎踊り真話 後編 4
鶴崎踊り真話 後編 5
鶴崎踊り真話 後編 6
鶴崎踊り真話 後編 7
鶴崎踊り真話 後編 8
鶴崎踊り真話 後編 9
鶴崎踊り真話 後編 10
鶴崎踊り真話 後編 11
鶴崎踊り真話 後編 12
鶴崎踊り真話 後編 13
鶴崎踊り真話 後編 14
鶴崎踊り真話 後編 15
鶴崎踊り真話 後編 16
鶴崎踊り真話 後編 17
鶴崎踊り真話 後編 18
鶴崎踊り真話 後編 19
鶴崎踊り真話 後編 20
鶴崎踊り真話 後編 21
鶴崎踊り真話 後編 22
鶴崎踊り真話 後編 23
鶴崎踊り真話 後編 24
鶴崎踊り真話 後編 25
鶴崎踊り真話 後編 26
秋月の忠臣と吉岡老の授業
秋月の忠臣と吉岡老の授業 1
秋月の忠臣と吉岡老の授業 2
秋月の忠臣と吉岡老の授業 3
秋月の忠臣と吉岡老の授業 4
秋月の忠臣と吉岡老の授業 5
秋月の忠臣と吉岡老の授業 6
秋月の忠臣と吉岡老の授業 7
秋月の忠臣と吉岡老の授業 8
秋月の忠臣と吉岡老の授業 9
秋月の忠臣と吉岡老の授業 10
秋月の忠臣に吉岡老の授業 11
秋月の忠臣に吉岡老の授業 12
秋月の忠臣に吉岡老の授業 13
別府大茶会
別府大茶会 1
別府大茶会 2
別府大茶会 3
別府大茶会 4
別府大茶会 5
別府大茶会 6
別府大茶会 7
別府大茶会 8
別府大茶会 9
別府大茶会 10
別府大茶会 11
別府大茶会 12
別府大茶会 13
別府大茶会 14
別府大茶会 15
別府大茶会 16
別府大茶会 17
別府大茶会 18
別府大茶会 19
別府大茶会 20
別府大茶会 21
別府大茶会 22
別府大茶会 23
別府大茶会 24
別府大茶会 25
別府大茶会 26
別府大茶会 27
別府大茶会 28
あとがき
あとがき 1
あとがき 2
あとがき 3
あとがき 4
奥付
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とある少女の思い出話

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とある少女の思い出話 1

とある少女の思い出話

 

 突然、お母さんにごめんねって言われた。

 お母さんもお父さんも泣いていて。

 いつも行商に来るおじさんが私の手を握って。

 嫌がる私は家から連れ出された。

「恋、ごめんね……」

 もういちど、お母さんが私に謝って。

 隣でお父さんがお母さんを支えていた。

 私の手を引いて行く男の人の顔は何かを耐えているようで。

 お母さんとお父さんを見たのはそれが最後だった。

 知らない男の人に連れられて歩くこと数日。

 私が連れてこられたのは別府遊郭、という場所だった。

 そこにはお母さんやお父さんと一緒に暮らしていた村とは比べ物にならないくらい人がたくさんいて。

 奇麗なお姉さんがいっぱいいて。

 そして。

「……それじゃこれが代金ね。

 しかしまぁ、最近多いねぇ……」

「それは仕方ないだろう、姫巫女様の祈祷を受けた村はそうでもないんだがな。

 酷い村は本当に酷いもんだよ」

「うちはまあ、助かるけどねぇ……。

 それでもあんな年端もいかない子が近頃増えているからねぇ」

「俺もこんな事はしたくないんだけどな……。

 生きていくにはどうしようもないって事だと判っていても、な」

 ……その時の私は自分がどういう状態なのか判らなかった。

 だけど、おじさんとお姉さんの話を聞いているうちに理解して。

 ああ、自分は口減らしのために売られたんだ……と。

 村で同じように売られた人を何人も見ていたから。 

 だから。

 私をここに連れてきた男の人と話していた奇麗なお姉さんが。

「あんたはこの別府遊郭で働くんだよ」

 と私に告げた時も。

 ああ、今まで見ていたお姉さん達もきっとこういう場所で働いているんだな……と思っただけで。


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とある少女の思い出話 2

 そしてお母さんお父さんと離れ離れになってしまった事よりも。

 今まで見たことのない遊郭――当然どんな事をする場所かも知らなかった――のあまりの大きさと賑やかさに心を奪われていたのでした。

 そんな私を。

 少し哀しげな様子で見ていたお姉さんに連れられて、私はこの別府遊廓に入ったのでした。

 お姉さんに手を引っ張られながら周りの喧噪に驚き。

 奇麗な着物を着たお姉さんが沢山いるのに驚き。

 そして何よりも。

 私がこれから暮らす部屋に通された時が一番の驚きでした。

 今まで住んでいた家とは違う、畳が敷かれた土間のない部屋。

「さあ、ついた。

 いいかい恋、あんたの部屋はここ。

 今日から私があんたの面倒を見る由良だ。

 普段は由良姉さんと呼びなさい。

 明日からは私があんたの勉強を見る。

 そしてあんたには私の身の回りの世話をしてもらうからね」

「……はい」

「それから食事は私と一緒、朝と夕方。

 昼から夕方の店開けまではあんたの勉強の時間。

 良いかい、この別府で働くからにはあんたもある程度の教養を身につけてもらうからね」

「はい」

 ここで暮らすのに気をつけなければいけないことや、これから私が何をしたら良いのかをお姉さんが話していたのですが。

 私の眼は部屋の中に釘付けでした。

 行燈が置かれ、暖かそうな布団が押入れに入っていて。

 そして何よりも。

 ご飯が普通に食べられる。

 それはお母さんお父さんと別れてしまったことすら忘れさせてしまうくらい、今までの生活とは別のものだったのです。

 私は今までの村の暮らしとは全く別の、信じられない世界に迷い込んでしまった気分になっていました。

 そのせいか、由良姉さんが私の顔をじーっと見つめていた事に声をかけられるまで気づきませんでした。


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とある少女の思い出話 3

「……しかし随分汚れてるねぇ。

 寝る前に身体を洗ってやるから風呂に行くよ」

「お風呂……ですか?」

 私にとってのお風呂、というのは村長さんの家にある石造りのもので、一年で数回しか入れないようなものでした。

 それも水汲みや薪集めをしてやっと、というもの。

 だからこう簡単にお風呂に行く、と言われるのは想像の埒外にあったのです。

「ああ、知らない訳じゃないだろう?」

「はい。

 でも川で水浴びばかりでしたから……」

「まあ、そんなもんだろうねぇ。

 ここは温泉地でもあるんだ、身体を洗う風呂には困らないよ。

 それに人前に出るのに身体を奇麗にしておかなきゃいけないしね」

 この時はまだ人前に出る、という意味はよくわかりませんでした。

 ただ、村にいた時は滅多に入れなかったお風呂に入れる、というのが嬉しくて。

 しかも温泉というのは聞いた事はありましたが入るのは初めてです。

 きっと、この時の私はすごくうれしそうな顔をしていたんだと思います。

「よし、それじゃ行くよ」

「はい、由良姉さん」

 部屋の中にあった手拭と禿用の普段着を持ち、私は由良姉さんの後について行きました。

 その普段着も、今の私が来ている麻の着物より数等上のもの。

 木綿生地で出来たそれは肌触りも良くて。

 ごわごわした麻生地の着物とは比べ物になりません。

 これからはこんな着物を着れるんだ、と思うと自然と笑みが零れていました。

 そして。

 由良姉さんに案内されてついたお風呂は。

 あまりの大きさに最初はこれがお風呂だとは信じられないくらいで。

 そこには何人もの奇麗なお姉さん達が入っていて。

 中には私と同じくらいの年の子を連れている人もいました。

 きっと私と同じ、売られて来た子なのでしょう。

 少し鼻につんとくる匂いと、暖かそうな湯気。

 そこは、本当に私にとって天国のような場所でした。

 ぼーっとそのお風呂を見ていたらざぶん、と頭からお湯を掛けられ。

「ほら、ぼさっとしてないで身体を洗うんだよ。


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とある少女の思い出話 4

 これを身体に擦りつけて手拭で擦れば汚れが落ちるからね」

 そう言われて渡されたもの、「せっけん」という物を初めて知りました。

 由良姉さんの見よう見まねで必死で身体を洗っていると、垢がぼろぼろとおちていきます。

 周りにいるお姉さんや私と同じくらいの年の子に比べてあまりにもみすぼらしい気がして。

 先程までの浮ついた心が一気に冷めていくのが判りました。

 そんな私の身体を由良姉さんの手拭がごしごしと擦って。

「いいかい、恋。

 ここに来た子達はみんな今のあんたと同じように身体を奇麗にして部屋に戻るんだ。

 だから気にしちゃいけないよ?」

「……はい」

 それから由良姉さんは私の背中を洗って、髪の毛も奇麗にしてくれました。

 そして全身を洗った後は湯船の中に。

 ……それはまさに「極楽」という言葉がぴったりの気分でした。

 あまりの気持ち良さに長湯してのぼせあがってしまい、由良姉さんに支えられてお風呂から出る羽目になってしまったのですが。

 お風呂の後に用意されていたのは夕餉でした。

 真っ白なお米とお味噌汁。

 それにお漬け物。

 横のお櫃にはおかわりが出来るようにご飯が入っていて。

 やはり村では考えられない食事に私は我を忘れて食べていたのでした。

 夕餉の後、由良姉さんから長旅で疲れているだろうから、今日は早めに寝なさい、と言われ。

 布団の中に潜り込むと。

 つい数日前まで横に感じることが出来たお母さんの温もりがない事を改めて気付かされて。

 お風呂で身体が温まり、ご飯をお腹いっぱい食べて心も暖かくなっていた筈なのに。

 布団の中で一人で横になる私は何故かとても心細くて。

  暖かい筈なのに、とても寒い。

 お母さんとお父さんの温もりが感じられない事がこんなに寂しい事だと実感して。

 もう会えない、と思うと自然と涙が零れ、寂しさと哀しみの中私は眠りについたのでした。

 

 時に永禄3年(1560年)。

 一人の少女はこうして別府遊郭で暮らし始めた。

 その小さな胸に癒しきれない寂しさと哀しさを覚えながら。

 寂しさと哀しさを改めて思い出しながら眠りについて。

 翌日由良姉さんに身体を揺すられ、目が覚めた時は頬に涙の跡が出来ていました。


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とある少女の思い出話 5

 寂しさも哀しさもまだ忘れる事は出来ないのですけれど。

 それでも私はここで生きていかなければいけないのです。

 

「禿(かむろ)」

 ここでの私はそう呼ばれます。

 私と一緒の部屋で暮らす、由良姉さん(由良姉さんは「花魁」というのだそうです)の身の回りの世話をしたり、遊郭に出る時にお供をしたりする役目なのだとか。

 そうして由良姉さんのお供をしながら色んなことを学んでいく、それが私のお仕事。

 ……でも最初に教わることになったのは読み書きでした。

 正直、びっくりしました。

 売られてきた私が読み書きを教わることができる、という事に。

「いいかい、恋。

 私もそうだけどあんたもここで働いて、いつかは出ていくことになる。

 その時に学があるとないとで大違いだからね」

「はい」

 これは別府遊郭の主人である、大友家の姫様の方針なのだそうです。

 見込みがある女の子は読み書きだけでなく、算術や舞も教わるとのことで。

 特に私のような、10歳くらいでここに来た女の子は遊廓に出るまで時間があります。

 実際に私が遊女として店に出るまでに、色々な事を学ぶことになりそうです。

 まず由良姉さんより早く起きて。

 顔や手を洗うための手水の用意をします。

 最初の日は私が由良姉さんに起こされてしまったのですが、これからは私が由良姉さんを起こさなくてはいけません。

 もともと村での生活は日の出と一緒に起きていましたし、朝から冷たい水仕事をしていましたからこれはすぐに慣れる事ができました。

 一通り朝の身支度が終わると朝食を食べ、由良姉さんに読み書きを教わります。

 村にいた頃、ほんの少しだけ和尚さんから教わった事はありました。

 いろはに……といった簡単な文字は教わっていたのです。

 でも、ここで教わる読み書きは難しい字が沢山。

 最初こそちんぷんかんぷんでしたが、だんだん読める事そのものが面白くなり、由良姉さんも驚くほど短期間で私は読み書きを覚えていきました。

 そしてお昼を過ぎたら私の禿としての教育が始まります。 

 由良姉さんが遊郭に出る時に、当然私がついていくのですが。

 その時はきちんと着物を着てお供をしなくてはいけないのです。


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とある少女の思い出話 6

 なので、由良姉さんが見つくろってくれた着物を着て、髪を整えて頂くことになりました。

 こんな綺麗な着物を着るのは生まれて初めてです。 

「……しかし、こうして綺麗に身繕いして髪を整えると姫様に似ているねぇ」

「え?」

「年も同じだし、背格好も似ているし。

 姫様の隣に今の恋を座らせたら見分けがつかないかもしれないよ?」

「は、はあ……」

 正直、由良姉さんにからかわれているのだと思ったのです。

 私はそれこそどこにでもいるような村娘でしかありません。

 そんな私が姫様に似ている、などと言われてもぴんと来るはずもなく。

 ただ、その時の由良姉さんの目が妙に鋭かったのだけは心に残りました。

 時折私をここに連れてきてくれた行商人のおじさんが顔を出してくれることもありました。

 お母さんもお父さんも元気で、私の様子をおじさんに聞いたりしているそうです。

 そして何よりも驚いたのは、私の村に姫巫女様が豊穣の祈祷に来て下さったこと。

 その事を由良姉さんの方を見て人の悪そうな笑みを浮かべながら私に教えてくれたのです。

 不思議に思った私が由良姉さんを見ると、顔を赤くしながら急にそっぽを向いてしまいました。

 ……きっと私の村の事を聞いた由良姉さんがお願いして下さったのでしょう。 

 ありがとうございます、と頭を下げた私に、

「わたしゃ何も知らないよ」

と答えた由良姉さんに行商のおじさんと二人で噴き出してしまったこともありました。

 由良姉さん、それだけ顔を赤くしてたら幾ら子供の私でも判ります……。

 そんな毎日を過ごしつつ。

 読み書きに加えて算術や舞踊も教わるようになったのが、私がここに来てから1年ほど経った頃でした。

 11歳になった私は、読み書きは由良姉さんも太鼓判を押すくらいの腕になっていました。

 毎日の由良姉さんのお世話もそつなくこなして、着物の着付けもきちんと出来るようになりました。

 この1年で由良姉さんの仕事――将来私もする仕事――というのもきちんと理解出来るようになっています。

 それを理解する切っ掛けになったのはここに来て半年程経った日のことでした。

 それまで私は由良姉さんのお供として一緒に遊郭へ行き、姉さんが客を取る前に部屋に戻されていたのですが。

 その日は隣の控え室に残るように言われ、由良姉さんの部屋へ男の人が入って行くのを見送ったのです。


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とある少女の思い出話 7

 ……しばらくすると衣擦れの音と共に、それまで聞いたことのない由良姉さんの艶の混じった声が聞こえて。

 男の人の声と共にますます強くなる由良姉さんの声に、思わず襖を少しだけ開けて中を覗いてしまったのです。

 目の前に男の人の背中があって、由良姉さんの足が男の人の両側に見えていました。

 男の人が動くたびに由良姉さんがはしたない声を上げ、足を揺らして。

 見てはいけないものだ、と思っても。

 私はどうしてもその光景から目を離す事が出来なくて。

 どれくらいそうしていたかは覚えていないのですが、気づいた時には既にお客さんはいませんでした。

 そして、私の事をいつもの優しい目で見ている由良姉さんの視線に思わず涙を流していたのです。

 ごめんなさい、と。

 見てはいけないと思ったのに見てしまいました、と。

 そんな私を由良姉さんは優しく抱きしめてくれて。

「いいかい、恋。

 あんたもね、いつかは私のようにここで男に抱かれる事になるんだ。

 少しずつでいいから、こういう事も覚えていかなくちゃいけないんだよ。

 今日、あんたを部屋に帰さなかったのは少しでも理解して欲しかったからなんだ」

 そう諭してくれたのです。

 あくまでも遊女とはこういうものなんだ、という事を実感して欲しかったのでしょう。

 尤も、まだ私の身体が育っていないと言われて私自身がそういった行為をするという事はありませんでした。

 ……由良姉さんに比べてぺったんこな私の胸がちょっと悔しかったのは心の奥にしまっておきます。

 今まで教わってきたのはあくまでもここで暮らしていく為に必要な事でしたが、これからは遊女として必要な事を学ぶ事になりました。

 必要とあれば京のお公家様の前に出ても恥ずかしくないくらいにしてやるよ、とは由良姉さんの弁。

 そして厳しくも優しい由良姉さんの元、私の遊女修業が本格的に始まったのでした。

 とはいえ。

 まだ身体の発育も不十分な私でしたから、殿方を相手にする為のものではなく舞踊や唄から学ぶ事に。


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とある少女の思い出話 8

 ……算術以外にも右筆として必要な読み書きに、はては茶道や歌道、俳句や漢詩まで。

 由良姉さん曰く、

「恋は何でも出来るし覚えが良いからねぇ。

 教えがいがあるから何でも教えちまうんだよ」

 とのこと。

 ……確かに何かを学ぶというのは私にとってとても楽しい事ではあります。

 そして気付けば13歳になるまで、一向に遊女としての本分――つまり殿方相手の秘め事――は全く教わることなく過ごしていたのです。

 この2年で少しですが胸も大きくなってきて、身体付きも少しづつ女性らしくなってきている……とは思うのですが。

 どちらにしても実際に遊女として遊郭に出るのは15を過ぎてから、焦る事はないと由良姉さんに言われてしまったのですけれど。

 そういえばこの2年、毎年姫巫女様が私の村に祈祷に来て頂けているそうで。

 食べるのにも精一杯だった私の村が、今では年貢を納めてなお他に作物を売れるくらい豊かになっているとか。

 これも由良姉さんと姫巫女様のおかげです。

 まだお母さんとお父さんに会う事は出来ませんが、行商のおじさんから話を聞いたり手紙を預けて届けて貰ったりしています。

 尤も、私の両親は読み書きまでは出来ないのでおじさんが代読しているとの事。

 それでも私が書いた手紙を自分で読みたいと、最近は村の子供に交じってお寺で簡単な読み書きを習っているそうです。

 近いうちに私宛の手紙が来るかもしれません。

 

 ……14歳になった年の瀬。

 流行り病で両親が亡くなった、と行商のおじさんに告げられました。

 最初、何を言われたのかよくわかりませんでした。

 前に来た時は読み書きが大分出来るようになって、今度は手紙を出せると嬉しそうに語っていたと聞いていたお母さんとお父さんが。

 初めてこの別府に来た日に感じた寂しさと哀しさが蘇って来て。

 次の瞬間、目の前が真っ暗になって私は気を失ってしまったのです。

 気付いた時は私は布団に横になっていて。

 傍らには由良姉さんと行商のおじさんが心配そうな顔で私を見ていました。

「……恋、辛いだろうけど受け止めなきゃいけないよ。

 それとね、哀しい時は遠慮なく泣きなさい。


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とある少女の思い出話 9

 無理に我慢したらあとで立ち直れなくなるからね」

「由良……姉さん……」

 由良姉さんに言われて。

 それまで我慢していたものが全て溢れ出て。

 私はその場で号泣したのでした――。

 どれくらい泣いていたのか。

 それでも由良姉さんもおじさんも、ずっと私が泣きやむのを待っていてくれて。

 泣きやんだ私を由良姉さんが優しく抱きしめてくれて、少しだけ哀しさが和らいだ気がします。

「恋、これは預かりものだ。

 お前の母さんが嫁入りの時に付けていたものだそうだ。

 他は……、流行り病が広がらないように家ごと焼かれてしまったから、唯一の形見になる」

 そう言われておじさんが私に差し出したもの。

 それは全体的に地味ですが、出来の良い飾り櫛でした。

 病で亡くなる前に、私にこれを渡して欲しいと頼まれたそうです。

 その櫛を胸に抱いた私は再びこみ上げてきた哀しさに涙を抑え切れなくて。

 きっとこの時、初めて私はこの別府遊郭の遊女の一人としての自覚を持ったのだと思います。

 それまではいつか村に帰れる、という思いがどこかにあったから。

 両親の死を聞いて、私が帰る場所はもうなくて。

 ここが私のいるべき場所になったんだと。

 私が本当の意味でこの別府遊郭の一員となったのは、この日の事だったのです―――。

 

 私の両親が亡くなった事を知らされたその日の夜。

 形見の櫛を抱いたまま私は眠りにつきました。

 そして翌日。

 目が覚めて身支度を整えようとした私の目に飛び込んできたものは。

 布団の上に記された赤い点でした。

「!?」

 血であることはすぐに判ったものの、それが何を意味しているのかまで考える事が出来ず。

 大慌てて由良姉さんを起こして事情を説明したら大笑いされてしまいました。

「恋!

 あんたもようやく女になったんだよ!」

 その言葉を聞いて、これが私の初潮だった事に気付いた時は恥ずかしくて仕方ありませんでした。


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とある少女の思い出話 10

 何しろ私の初潮が中々来ない事で、由良姉さんが些か不安を感じていたくらいですし。

 こういう事があれば初潮なんだ、と言う事は教わっていたのですが、見ると聞くとでは大違いという事でしょう。

 両親が亡くなった事を知った翌日に私自身が女になる第一歩を踏み出した、というのはちょっと出来過ぎという気もしますが、これもきっとお母さんの形見の櫛のおかげだと思う事にしました。

 そして――。

 今日の仕事はすべて中止となり、 由良姉さんがせわしなくあちこちに声を掛けています。

 普段なら私がお手伝いをするのですが、きっぱりと断られてしまいました。

「いいかい恋。

 急だけど明後日にあんたの新造出しをやるよ。

 ……ご両親の事があった直後だけど、だからこそ目一杯派手にやるよ。

 これも供養の一つだと思いなさい」

 新造出し。

 禿を卒業して、新造になる際に行われるお披露目の事だそうです。

 新造というのは禿の頃と違い、由良姉さんの都合が悪い時などに殿方のお相手をする事もあるのだとか。

 ただ、水揚を済ませていない新造はお相手と言っても伽ではなく、由良姉さんが部屋に来るまでの間、殿方とお話をするのだそうです。

 ……この時殿方から誘われても決して肌を許してはならない、とも言われました。

 それはさておき、この新造出し。

 私が正式に遊郭へ上がる事を杉乃井御殿の皆様にお知らせして、遊郭にお越しになる殿方へのご紹介も兼ねているそうで。

 そして一番驚いたのは。

 この新造出しを行うのに必要なお金は、全て由良姉さんが用意するという事でした。

 そんな事までお世話になるわけには、と言い募ったのですが、帰ってきた答えは。

「馬鹿だねぇ、地味にやったらこの由良姉さんの女が廃るってもんだ。

 良いかい、これはあんただけの問題じゃないんだ。

 私がここまで立派に育て上げたって事を知らしめるのも目的なんだよ」

 つまり。

 私がお披露目を受けるのに地味な姿では、姉遊女である由良姉さんの沽券に関わるのだそうです。

 何より私をきっちり育て上げたという自負がなければこんな事は出来ないんだと。

 だから遠慮なんかする必要はないんだよ、と。


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とある少女の思い出話 11

 優しくそう言うと、私を抱きしめて頭を撫でてくれました。

 ……ここに来たばかりの頃を思い出して懐かしくもあったのですが、流石に14になった今では頭を撫でられるのは少々恥ずかしかったのですけれど。

 そして私の新造上げの日がやってきました。

 普段寝起きしている部屋で、いつもは私が由良姉さんの着付けを手伝うのですが、今日だけは私が由良姉さんに手伝ってもらっています。

 綺麗な着物を着て、髪を結いあげて。

 由良姉さんが遊郭に出る時は奇麗な飾り櫛を挿すのですが、飾り櫛が用意されていません。

 不思議に思ってその事を聞いたら。

「……あんたの晴れの舞台だよ、形見の飾り櫛を使わずどうするのさ。

 あの櫛は見た目は地味だけど筋の良いものだからね。

 それになによりご両親も恋と一緒の方が良いだろうさ」

 そう言って形見の飾り櫛を出すと、私の髪に挿しこんでくれました。

 由良姉さんの気遣いが私にはとても嬉しくて。

 でもそれ以上にお母さんの飾り櫛を使う事に思いが至らなかった私自身が情けなくて、思わず涙を零してしまったのでした。

「あーあー、晴れの舞台に涙は似合わないよ。

 ほら、こっちを向きなさい」

 苦笑しながら私の涙を拭ってくださって。

 私も気持を切り替えて、頬をぱちんと叩いて気合を入れると由良姉さんに先導されて外へ繰り出したのです。

 私を先頭に、由良姉さんが後ろに。

 さらに遊郭の若衆が祝いに炊いたお赤飯を配って歩きます。

 そんな感じで杉乃井御殿の道をゆっくりと練り歩いているのですが。

 物凄い人出です。

 なんでも新造出しでお披露目する遊女は、その後三月四月の間にお相手を決めて突出しと水揚を行うとの事で。

 ……突出しというのは遊女となった新造が初めて客を取ることで、水揚というのはつまりその、初めて殿方のお相手をする事なのです。

 新造として由良姉さんの仕事に付き、そこで馴染みの殿方を見つけて水揚をお願いする……という事なのですが。

 つまりこの人出は私を見定める常連様が沢山いらっしゃるという事らしく。

 正直、まだ私自身が殿方に抱かれる姿というのが想像できないのですが。

 それでもこうして着飾った姿で歩いていると、自分が本当の意味でこの別府遊郭の一員となった事を自覚させられます。


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とある少女の思い出話 12

 それにしても今日は妙に大友家の若武者衆が多いのです。

 殿方への愛想は常に絶やさず、と由良姉さんに言われていましたから、そちらの方にもにこやかに微笑んで手を振って。

 ……私が手を振ったら皆様顔を赤くしてそっぽを向いてしまいました。

 何か気付かぬうちに粗相をしてしまったのでしょうか……。

 そんな事もありましたが、一刻近くを掛けて杉乃井御殿をぐるりと回り、私の新造出しは無事に終了したのでした。

 

 私が新造出しを終えた翌日。

 今日からは今までとは生活が変わります。

 まず、由良姉さんから習う事に房事が加わりました。

 殿方を悦ばせる為の手練手管を本格的に学ぶのです。

 私はまだ突出しをしていませんから、本当に殿方を相手にするわけにはいきません。

 そんな私の為に由良姉さんが取り出したのは「張り形」と呼ばれるものでして。

 これは殿方のその、あれを模したものなのだそうです。

 閨で殿方にどのような事をすれば良いのかをこの張り形を使って教わるのです。

 もうひとつ、私がやらなければならないことが増えました。

 それは私の下腹部に大友家の杏葉紋を彫ること。

 彫師の方も女性ではあるのですが、流石に足を大きく開くというのは抵抗がありました。

 それでもやらなくてはいけない訳でして。

 いえ、14歳になってもまだ、あの。

 生えていないんです、私。

 おかげで彫師の方には「恋ちゃんは仕事がしやすいねぇ、こんな綺麗な肌でさ」などと言われ、思わず赤面する有様で。

 ……結構気にしているんですよ?

 結局、ひと月掛けて全てを彫り終わるまでその事で散々からかわれました……。

 そして肝心の新造としてのお仕事なのですが。

 私が新造出しを終えてから、由良姉さんへつく殿方が少し変わりました。

 今まで由良姉さんをご所望の殿方は、裕福な商人様やある程度御歳を召したお武家様が多かったのですが。

 最近は若武者衆の方が増えてきまして。

 由良姉さんの準備が整うまでの間、私がお相手をする事も多くなりました。

 普段はさっさと身支度を整え、ほとんど殿方を待たせることなく閨に来る由良姉さんなのですが。


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とある少女の思い出話 13

 何故若武者衆の方がお越しの時だけ時間を掛けるのか不思議になって聞いてみたのです。

 ……呆れた顔で言われました。

「恋、突出しと水揚の事は説明しただろう?

 初めての殿方は自分で選べるんだから色々話してごらん。

 そうやって身体を許しても良い相手をみつけるんだよ」

 言われて初めて気付く私も抜けているというかなんというか。

 ただ、その時の私はまだ殿方に対してそういう心を持つことが出来なかったのです。

 あんたの名前は恋(れん)なのに恋(こい)には疎いんだねぇ、とは由良姉さんの弁。

 尤も、遊女である以上本当に恋心を抱いてはいけない訳でして。

 そう、思っていたんです。

 あの方に出会うまでは。

 

 

 それは姫巫女様が伊勢参りを済ませ、久しぶりに杉乃井御殿へ戻られた時の事でした。

 姫様のお出迎えは杉乃井御殿の城代でもある麟様や白貴様、花魁の皆様が総出で行っています。

 これまでは禿であった私はお出迎えの際には部屋で待機する事になっていたので、直接姫様を見る機会はありませんでした。

 今回は私も新造となり、お披露目も終わっていたので由良姉さんのお供として姫様のお出迎えをする事になったのです。

 しかもこの時姫様は殿方をお連れになっているとかで。

 今まで全くそちらに興味を示した事のない姫様が遂に、と杉乃井御殿中で評判になっていました。

 そして姫様御一行が杉乃井御殿に到着したのですが。

 その中に姫様と並んで馬に乗っていた一人の殿方に私の目は釘付けになって。

 ……後から思い返せばまさしく一目惚れ、という事だったのでしょう。

 その時の私は自分の中に湧きあがってきた思いが何なのかさえよく判っていませんでしたから。

 ただただいきなり激しくなった鼓動と湧きあがる感情に翻弄されていて。

 それが私の生涯を本当の意味で決定付けた、珠姫様と四郎様との出会いだったのです―――。