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「そうじゃ。それが“悟(さと)り”とかとも呼ばれるフェニックス心拳の奥義でもある“極(きわ)み”の世界じゃ。」

「極みの世界…?」

「そうじゃ。まだ若いお主には酷(こく)な話しをするかも知れんが、簡単に言えば秀樹のような気持ちになれという事じゃな。」

「それはどんな気持ちなの?」

「それは自分で悟るのじゃ。そう遠くない将来、お主には試(ため)される時が来るじゃろう。今日の秀樹の姿を目に焼きつけておくのじゃ。」

「…うん。分かったわ。」

 鮎吉は心配だという視線ではるかを見つめた。そして、嘆(なげ)くようにこう言葉を漏(も)らした。

「…まゆみが正しい道を行ってくれておればのぉ…。」

「…おじいちゃん。まゆみさんは優秀(ゆうしゅう)な伝承者(でんしょうしゃ)だったの?」

「…うむ。歴代の伝承者と比べても、その力は抜きん出ておった。もっとも儂(わし)が知っておるのはあの子の先代と先々代の伝承者までじゃが…。あの子は頭が良かったからのぉ。フェニックス心拳の究極奥義を開眼(かいがん)したのは、あの子だけじゃった。」

「究極奥義?」

「そうじゃ。スーパーウルトラアルティメットスピリチュアルレインボーフェニックスメテオブレイク[超絶究極不死鳥霊號七色神炎破]。三位神の力を召換(しょうかん)するという大技じゃ。あれだけの大技を繰り出すには、並大低(なみたいてい)の技量では出来ぬ。莫大(ばくだい)な熱と力を操(あやつ)るのじゃからな。あの時のまゆみには、今の秀樹もとてもではないが敵(かな)わんのぉ。」

「そんな…お兄ちゃんでも勝てないなんて…。」

「はるかよ。そうではないぞよ。お前しかおらんのじゃ!」

「えっ!?どういう事?」


「まゆみに勝てる存在はという事じゃよ。八大心拳とは言うが、その発祥(はっしょう)は“炎”にある。じゃから、本来はお主の持っておる力が最も強いのじゃ。それが本来の力を持てば神をも凌(しの)ぐ力を得る事にもなるかも知れん。そんな力があるが故(ゆえ)に、扱う者の品格(ひんかく)や倫理感(りんりかん)が唯一(ゆいいつ)問われる心拳でもあるのじゃ。」

「…本来の力がソロモン王の秘宝なの?」

「儂にはそこまでは分からぬ。知っておるのは、おそらく聖なる力と敵対する“女帝”と秀樹だけじゃ。」

「お兄ちゃんが知ってるのは別として、何故、“女帝”が知っているの?」

「それは闇の力でもって、光に匹敵する知恵(ちえ)を得たからじゃ。かと言って、闇が神にも匹敵する実力を持った訳ではない。理論的に仕組みというか構造を知ったのじゃ。お主を上手く利用してソロモン王の秘宝という莫大(ばくだい)な力を手に入れる方法をな。じゃが、今まで話したように物質や力には二面性がある。女帝は力という外的な面を知ったに過ぎぬが、秀樹はその力の根本を知ったと言っておったな。八大心拳の発端(ほったん)が炎であるのと同じように、原始の炎から分岐(ぶんき)した我々も莫大な力の発端は一つ。どちらがその力を得るかは流動的じゃ。じゃが、一つ考えておかねばならぬ。」

「何なの?」

「お主が外的に幾(いく)ら強くなったとしても、“女帝”は相当に手強いという事じゃ。」

「どういう事なの?」

「秀樹が言うには、もしまゆみが“女帝”であるとしたら、聖なる力を正として闇の力を負とすれば、単純にそのエネルギーの変換(へんかん)に、元の力の倍の作用を自体で働かす事になる。だから、“女帝”がまゆみだとすれば、昔の二倍は強いと言うのじゃ。昔のあの子でさえ、今のお主よりは数段強かった。これは大変な事じゃぞ。」

「そうだね…。」

「じゃが心配するでない。フェニックス心拳の最終究極奥義にはどんな力も及ばぬ。」


「最終究極奥義?」

「そうじゃ。まゆみでさえ到達できなかった“力を超える力”じゃ。」

「それはどんな力なの?」

「それは自分で悟(さと)りなさい。一人よがりになるというのではなくじゃな、秀樹や正友やいろんな先輩を見習いながら自分の心を成長させ、その心でもって試練(しれん)に立ち向かうのじゃ。ユダヤ人がこの四国に渡り、後孫にフェニックス神拳の奥義を伝える為に、日本版にアレンジされた剣技が人中極咲疏心剣法(じんちゅうきょうしょうしょしんけんぽう)じゃが、そこには力を超える力を得る為のコツが記されておると秀樹は言っておったのぉ?」

「三宝衣(さんぽうい)という言葉でそこにはこう書かれてあったのじゃ。」

 刃より鋭(するど)きなる知恵(ちえ)

 鉄より堅(かた)き絆(きずな)

 光より迅(はや)き心

「…。」 はるかは何も言えずにいた。

「今は分からんじゃろうが、その時になれば分かるじゃろうて。」

 鮎吉はそう言って小声で笑ったが、まゆみが陥(おちい)った試練(しれん)に自分が立ち向かって勝てるのか不安であったし、もし精神的な戦いに勝ったとしても、自分よりずっと強いかも知れないであろう敵に対した時は、どうすればいいのかと考えるだけで怖かった。

 どこから話しを聞いていたのか分からないが、秀樹が絶句(ぜっく)しているはるかに優しく言葉をかけた。

「はるか、師匠の言ったとおりだ。不安がる事はない。俺が付いてるから安心しろ。いいな!」

「うん!」 と、少し元気づいたはるか。

「あの優しい言い方。よっ、女殺し!」

 正友だけが、この空気の中で浮いていて、KYな発言をまたもしていた。

「アンタねーッ!!」


 せっかくの感動的なムードを台無しにした正友の発言に、はるかは怒ってしまい、完全に人間臭い俗世間(ぞくせけん)になってしまった夜の川であったが。これはこれで賑(にぎ)やかでほほえましい光景であると、鮎吉は目を細めていた。

 と同時に、秀樹と正友のような存在に守られているはるかは幸せであるが、もう少し早く彼ら二人が生まれていれば…まゆみも道を踏み違えるのではなかったのではと思い、次第に胸が切なくなっていた。

 騒々(そうぞう)しさも一段落した所で、秀樹はその場を締(し)めようとして、はるかにもう一度、心について念を押した。

「はるか、人は心だ。真に強い者は心根の優しい者なんだ。心技体というが、技量や鍛錬(たんれん)の頂点には心という文字が据(す)わっているって意味だ。秘宝を解く鍵(かぎ)、そしてそれを扱うのは、何者にも何事にも揺らぐ事のない普遍(ふへん)なる“聖なる心”を持つ事だ!」

「“聖なる心”…?」

「そうだ。光よりも迅(はや)い物、それが心だ。″極導星雲詩(きょくどうせいうんし)″の一節にもある“本郷(ほんごう)”。それが原始の炎の心の部分に中(あた)る。本郷と静心が和合して熱情が炎上(情)するんだ。この意味が分かるか?」

「…分かんない。」

「本郷には空と静心があると星雲詩に記されているが、それは心にも陰(いん)と陽(よう)の二性がある事を象徴(しょうちょう)している。そこで師匠が言ってた話しが問題になるんだが。力を超える力とは、本郷に達して原始の炎の力を得る事が必要なんだという結論になる訳だが、その本郷を象徴する二つの心とは具体的には何なんだという話しになる。しかし、心の世界を理論的に明かす事は不可能だ。だが、今まで俺や師匠達の言った言葉をつなぎ合わせると、観念的(かんねんてき)なというか大枠(おおわく)では形ができてるんじゃないかと思う。お前がこれからの戦いで肌で感じて行くのが望ましいが、俺の老婆心(ろうばしん)として意識に止めて置いてくれたらいいと思い、結論を言わせてもらうが。心の頂点に達すればいいというのが俺の結論だ。」


「心の頂点…?」

「あぁ。そう言うと難しいかも知れないが、もっと簡単に言えば、本当の意味での優しさや良心とは、どういう物なのかを知れという事だな。人間の感情は複雑だが、二大テーマと言うか、感情をコントロールする上で二つの高い心の舵(かじ)のような物が必要なんだ。それが不変で不偏(ふへん)なる力、即(すなわ)ち炎の力や太極の礎(いしずえ)うんぬんという、星雲詩の明かした俺たちの力に結びついていく。その二つの大きな心のパーツを得るのがお前に課(か)せられた使命であり、これから起こる心の試練(しれん)だというのは、はっきりしてると思う。舵(かじ)とか言うと機械的に聞こえるが、倫理感(りんりかん)とか言ったみたいな物だ。惑(まど)わされたり、苦しめ虐(しいた)げられ追い詰められた時。その時こそ、お前の心の真価(しんか)が問われる。お前が…」

 秀樹は肝心(かんじん)な話しをしているのに、急に止めてしまっていた。そして―

「さっそくお出ましか。」と、言った。

「何が?」ボーッとしているはるかに、

「何がって、昨日のヤツらに決まってんだろ!」

 正友が険(けわ)しい目をして空を見つめながら、そう答えた。

~次章へ続く~



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