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「さぁそこまでは…」

「想いを届ける…か。」

 さっきまで水際の草むらに潜(ひそ)んでいたホタルが、フッと何処かへ飛び立った。その姿は、正しく精霊流(しょうろうなが)しのような風景で、それを静かに眺(なが)める秀樹の背中は寂(さび)しそうであった。

 ホタルを見つめる人は、世の中に沢山いるだろうが、こんなに切なくも深い心で見つめている者が果たして他にいるであろうか。美しい光に願いを込める後ろ姿は、思いを告げられぬ相手に対しての会えない辛さや解り合えない孤独(こどく)にあっても、メゲずにその人をなおも想い続ける温かさを内包(ないほう)している。

 それは儚(はかな)くも美しい天上人のようにさえ、秀樹の姿を見させているようであった。せめて気持ちだけでも送ってあげたいという姿は、犠牲的(ぎせいてき)・献身的愛情(けんしんてきあいじょう)の現れであって、その心が秀樹の体を通し醸(かも)し出す空気が情感となり、そういう風に秀樹の姿をはるかに見せていた。

 どれ位の時間が経ったであろうか。短いようで長いような静寂(せいじゃく)。秀樹の姿は、はるか達までをも不思議な世界の住人にいつしか引き込んでいた。そんな事を本人は露(つゆ)ほども知らず、祈るかのように一心に川辺に佇(たたず)んでいる。いつから居たのだろうか。はるか達が知らない間に鮎吉が来ていて、はるかに話しかけた。

「どうじゃな?はるか。」

「えっ!?どうって…?」

「今日お主を呼んだのは、単に詩音ちゃんがいるだけじゃからではない。秀樹はお前さんに伝えたい事があったのじゃよ。秀樹の姿を見て。先輩達の話しを聞いて。思う所があったじゃろ?」

「…うん。お兄ちゃんはあんまり話してくれないけど、色々あったけど、まゆみお姉さんの事を今でも大事に想い続けてるんだよね…。」


「うむ、そうじゃ。どんな行き違いがあったかは儂(わし)も詳(くわ)しくは知らんのじゃが。あのおっちょこちょいのお転婆娘(てんばむすめ)が、いつもの早とちりで勝手な誤解(ごかい)でもしておるのじゃろ。」

「まゆみお姉さんて、そんな人だったの?」

 はるかからすれば、一回り以上も年上のまゆみは、大人の常識を備(そな)えた清楚(せいそ)で綺麗(きれい)なお姉さんというイメージがあったので、鮎吉のコメントが信じられないといった風な感じであった。

「お主は子供じゃったから知らんだろが、あの子は凄く大人で社交性(しゃこうせい)に長(た)けた面もあるのじゃが、一方で感情的で、その癖(くせ)に早合点(はやがてん)するしのぉ。随分(ずいぶん)と秀樹も付き合っておる時は手こずっておったようじゃったぞ。」

「あのまゆみお姉さんが…」

「俄(にわか)には信じられんじゃろうが、あの子はある意味、儂(わし)らを含(ふく)む世間に対して仮面(かめん)を被(かぶ)っておったのじゃろう。無論(むろん)、誰しも何かにつけて自分を装(よそお)っておる物じゃが。あの子は儂にも言えぬ裏の素顔を持っていたのかも知れん。それを唯一(ゆいいつ)話せる存在が、恋人となった秀樹だったのかも知れんのぉ。秀樹は何の弁解(べんかい)もせんから何とも言えんが、この前のまゆみの態度を見ても、何かあの子が誤解(ごかい)をしていて正友にまで怪我(けが)をさせたという雰囲気(ふんいき)じゃった。それでも秀樹はああしてまゆみの事を一心に想っておる。それがあのような行動を秀樹に取らしておるのじゃ。どんなに裏切られ傷つけられても、何の言い訳もせず、相手を想う。その優しさこそが秀樹の強さの秘密(ひみつ)じゃ。お主らの持つ内力。それは原始の炎(ほのお)に端(はし)を発する血液の力が炎や溶岩(ようがん)に類似しておるゆえ、お主や秀樹達のように特別な力を持つ物に対しては“メキド”という名でも呼ばれておるが、それはこの川のようでもあるというのは分かるかのぉ?」


 「うん、うん。」と頷いていたはるかだが、その意味は分からずにいるようであった。それを見て鮎吉は話を続けた。

「水は何と言うた?」

「物質と無の世界の接点…かな。」

「そうじゃ。それをお主らに例えるなら、水は体に流れておるが血液に含まれる水分もある。じゃから水が燃えておるとも言えるじゃろ?」

「…うん。」

「そして水は心にも影響(えいきょう)するし、心の想いや願いも運ぶ。ところでメキドは何に呼応(こおう)しておるのじゃ?」

「心…?」自信なくそう言うはるか。

「そうじゃ。体の動きは心と連動しておる。そしてそれは水が運ぶ、水が心に反応すると燃えるのじゃ。物事には全て一方通行ではなく、相互作用(そうごさよう)がある訳じゃが、今の場合、メキドに関しては何が主体に働いていると思うかのぉ?」

「心…そうだわ!」

「そうじゃ。心じゃ。そしてその心は秀樹のような“優しさ”を持ってこそ、初めて強くなれる。現実の生活でもそれは一緒じゃろうて。柔和(にゅうわ)で謙遜(けんそん)で囲りの人を大事にする。そんな人間は絶対に社会で失敗したりはせんし、人を蹴落(けおと)したり悪口を言わんから人望もあり出世するし、仮(かり)に何かに巻き込まれたりしても誰かが助けてくれる物じゃ。じゃからそういう者は相互関係(そうごかんけい)の理屈(りくつ)から言っても、バトルボールの戦いをしても強いし一社会人としても強いのじゃ。要約すれば正しい心が最も人を強くするという事なのじゃ。なら、正しい心とは何じゃ?」

「うーん…分からない。」

 鮎吉は簡単な事だと言った。

「それは今の秀樹の姿を真似(まね)る事じゃな。」

「お兄ちゃんの?…」


「そうじゃ。それが“悟(さと)り”とかとも呼ばれるフェニックス心拳の奥義でもある“極(きわ)み”の世界じゃ。」

「極みの世界…?」

「そうじゃ。まだ若いお主には酷(こく)な話しをするかも知れんが、簡単に言えば秀樹のような気持ちになれという事じゃな。」

「それはどんな気持ちなの?」

「それは自分で悟るのじゃ。そう遠くない将来、お主には試(ため)される時が来るじゃろう。今日の秀樹の姿を目に焼きつけておくのじゃ。」

「…うん。分かったわ。」

 鮎吉は心配だという視線ではるかを見つめた。そして、嘆(なげ)くようにこう言葉を漏(も)らした。

「…まゆみが正しい道を行ってくれておればのぉ…。」

「…おじいちゃん。まゆみさんは優秀(ゆうしゅう)な伝承者(でんしょうしゃ)だったの?」

「…うむ。歴代の伝承者と比べても、その力は抜きん出ておった。もっとも儂(わし)が知っておるのはあの子の先代と先々代の伝承者までじゃが…。あの子は頭が良かったからのぉ。フェニックス心拳の究極奥義を開眼(かいがん)したのは、あの子だけじゃった。」

「究極奥義?」

「そうじゃ。スーパーウルトラアルティメットスピリチュアルレインボーフェニックスメテオブレイク[超絶究極不死鳥霊號七色神炎破]。三位神の力を召換(しょうかん)するという大技じゃ。あれだけの大技を繰り出すには、並大低(なみたいてい)の技量では出来ぬ。莫大(ばくだい)な熱と力を操(あやつ)るのじゃからな。あの時のまゆみには、今の秀樹もとてもではないが敵(かな)わんのぉ。」

「そんな…お兄ちゃんでも勝てないなんて…。」

「はるかよ。そうではないぞよ。お前しかおらんのじゃ!」

「えっ!?どういう事?」


「まゆみに勝てる存在はという事じゃよ。八大心拳とは言うが、その発祥(はっしょう)は“炎”にある。じゃから、本来はお主の持っておる力が最も強いのじゃ。それが本来の力を持てば神をも凌(しの)ぐ力を得る事にもなるかも知れん。そんな力があるが故(ゆえ)に、扱う者の品格(ひんかく)や倫理感(りんりかん)が唯一(ゆいいつ)問われる心拳でもあるのじゃ。」

「…本来の力がソロモン王の秘宝なの?」

「儂にはそこまでは分からぬ。知っておるのは、おそらく聖なる力と敵対する“女帝”と秀樹だけじゃ。」

「お兄ちゃんが知ってるのは別として、何故、“女帝”が知っているの?」

「それは闇の力でもって、光に匹敵する知恵(ちえ)を得たからじゃ。かと言って、闇が神にも匹敵する実力を持った訳ではない。理論的に仕組みというか構造を知ったのじゃ。お主を上手く利用してソロモン王の秘宝という莫大(ばくだい)な力を手に入れる方法をな。じゃが、今まで話したように物質や力には二面性がある。女帝は力という外的な面を知ったに過ぎぬが、秀樹はその力の根本を知ったと言っておったな。八大心拳の発端(ほったん)が炎であるのと同じように、原始の炎から分岐(ぶんき)した我々も莫大な力の発端は一つ。どちらがその力を得るかは流動的じゃ。じゃが、一つ考えておかねばならぬ。」

「何なの?」

「お主が外的に幾(いく)ら強くなったとしても、“女帝”は相当に手強いという事じゃ。」

「どういう事なの?」

「秀樹が言うには、もしまゆみが“女帝”であるとしたら、聖なる力を正として闇の力を負とすれば、単純にそのエネルギーの変換(へんかん)に、元の力の倍の作用を自体で働かす事になる。だから、“女帝”がまゆみだとすれば、昔の二倍は強いと言うのじゃ。昔のあの子でさえ、今のお主よりは数段強かった。これは大変な事じゃぞ。」

「そうだね…。」

「じゃが心配するでない。フェニックス心拳の最終究極奥義にはどんな力も及ばぬ。」



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