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「そう…。ところでアンタ仕事は?」

「今日は遅番だからな。で、その後は秀さんが付くって言ってたな。お前がヘンに気を回すコトねーんだよ!ちゃんと勉強しねーとバカになるぞ!」

「わたしはアンタと違って勉強は得意なのよ!なんせお兄ちゃんに教えてもらってるんだからね!」

「秀さんの家庭教師かぁ…あの人、勉強は出来るからなぁ。オレも秀さんから習ってたら東大くらい行けてただろうなぁ…。」

「教わる人によるんじゃない?」

「そうそう。オレが本気出してりゃ、そりゃあハンパじゃないですよぉ。」

「だからそっちの意味じゃなくて…」

 はるかはからかったつもりなのだが、自信過剰(じしんかじょう)でマイペースな正友の思い込みは、自分の都合のいいように解釈(かいしゃく)し、ツッ込もうとしたが面倒臭(めんどうくさ)くなって話題を打ち切っていた。

「…それよりもご飯は食べたの?」

「あぁ、食ったよ。」

「詩音ちゃんも?」

「おぅ。美味しかったよねー。」

 同意を求めるかのような正友の言葉に、複雑そうな笑みを浮かべながらも頷(うなづ)く詩音。

「何を食べたの?」

 と、はるかが詩音に尋ねると、

「インスタントラーメン」と詩音は答えた。

「え~っ!朝からインスタントラーメン!?」

 寝起きからそれはないだろうというリアクションをはるかはしたが、詩音が複雑そうな顔をしたのは違う所に理由があった。

「分かってねぇなぁ。オレはインスタントラーメンを抜群(ばつぐん)の茹(ゆで)で加減で作れるんだぞ!スゲェ~美味いんだからな!多分、ラーメン茹(ゆ)でさせたら、道場六三郎でもオレには勝てないだろな。」

「…それでそのラーメン茹でるのが上手い人は、お昼は何を作るのかしら?」


 力説する正友に、呆(あき)れた視線でそう問いかけるはるか。

「朝は塩だったから、昼は味噌ラーメンで行こっかな。ね、詩音ちゃーん!」

 そう言って、同意を強要(きょうよう)するかのように詩音に向かって首を傾ける正友のしぐさに、詩音をふびんに思ったはるかが怒り出した。

「何言ってんのよ!そんなラーメンばっかり食べられるワケないじゃない!」

「えっ!?…あぁ。詩音ちゃん。しょう油派なのかなぁ?」

「違うわよっ!?」

「じゃあ、豚骨派か。」

「ラーメンから離れなさいよ!同じ物ばっかり食べられる訳ないじゃない!」

「えっ…オレは大丈夫だけど。」

「アンタが大丈夫とか、そういう問題じゃないでしょ!」

「だってよぉ、詩音ちゃんも好きみたいだしよぉ。」

「詩音ちゃんは気を使ってるのよ!…っもう、そんな事も分からないの?」

「…そうなのか。じゃあ詩音ちゃんは何が食べたいのかなぁ…。」

「…しょうがないわね。わたしが作るから、アンタ材料買って来てよ。」

「おぉ!そうか。何買ってくんだ?」

「ハンバーグにしよっかな。」

「おぉ!お昼から豪盛(ごうせい)だな。」

「アンタはラーメン食べるんでしょ?」

「そんな意地悪言うなよぉ~。」

 勉強だけでなく、料理の方も秀樹から習っているはるかは、買出しから戻ってきた正友から材料を受け取ると、手際(てぎわ)よく調理をした。

「お、美味ぇなぁ~。」と、上機嫌(じょうきげん)の正友。

「詩音ちゃんもおいしーい?」

 優しくはるかがそう話しかけると、詩音はコクリとうなづいた。

「良かった。」

「おー!詩音ちゃん、良かったな。朝のラーメンとどっちが美味い?」

「馬鹿なコト訊(き)かないの!」

「んでもまぁ、なんかこうしてると夫婦みたいだな。」

「ちょっと、何言ってんのよ…。」


 唐突(とうとつ)な正友の発言に気恥しそうにするはるか。正友は何気なく思った事を素直に口にしているだけで、特別な意味はなく、はるかの態度(たいど)の変化にも構(かま)わずにアッサリと次の話題に進んでいた。

「はるかはいいよなぁ~。オレも秀さんみたいな兄貴が家に居てくれたらなぁ~。」

 ちょっとでも恥ずかしがった自分が馬鹿みたいに思ってしまったはるか。

 正友の大きな一人言とも取れる話しには付き合わず流そうとしたが、一つ気になった事が頭に浮かび、箸(はし)を止めて正友に話しかけた。

「そう言えば、アンタ買い物がエラく長くなかった?」

「うん、おぉ…詩音ちゃんにおみやげ買ってたからな。」

「おみやげ?何買ったのよ。」

「へへ~。ちょっと待ってろよ!」

 正友は箸を置き、駐車場へ向かうと、両手に大きな紙袋を抱えて戻って来た。

「じゃーん…どうよ!」

 両手に抱えるほど大きな袋の中には、家庭用ゲーム機やらお菓子などが、ぎっしりと詰め込まれていた。

「どーしたのよコレ…?」

「だから買って来たんだよ。」

「アンタが?」

「そうだよ!オレが居ない間に退屈(たいくつ)しないようにと思ってだなぁ、それで遅くなっちゃたんだよ。」

「まぁ遅くなったのはいいんだけど…アンタ仕事行かなくていいの?」

「あっ!?いけねっ…」

 はるかの指摘(してき)に慌(あわ)てて準備をする正友。それを見て、詩音は気の毒だとは思いながらも、ついつい「クスクス」と笑い出していた。

 詩音の笑い声が聞けたので、はるかも正友もひとまず良かったと思ったのは、二人の共通した気持ちであった。そして、正友のぶっきらぼうではあるが“優しさ”に触(ふ)れ、また少し彼を見直すはるかであった。


「うーん…。」

 正友が詩音の為に買ってきた玩具(おもちゃ)は、男の子向けで、袋の中身を全て出したが、お人形の一つもないのに、本当にぶっきらぼうだなと思わず唸(うな)ってしまったはるか。

 遠慮(えんりょ)しているのか何も手をつけない詩音に、一緒にゲームをして、心を落ちつかせてあげようとしたりしている内に、いつの間にやら夕飯の時刻となってしまっていた。

 功一や洋一達が仕事から帰ってきてゲームに没頭(ぼっとう)するはるかと詩音を目撃し、気を利かせて夕飯を買って来た。皆で話しをしながら食べ終えると、遅番の勤務を終えた正友が帰って来た。

「ただいまー。メシは?」

「あっ!…」 はるかが絶句(ぜつく)した。

「ん!?どうしたんだ?」

 正友を迎えた全員が気まずいなという雰囲気(ふんいき)になってしまった。正友の分の食事を用意していなかったからである。それを知った正友は、仕方なく冷蔵庫のあり合わせの材料でチャーハンを作り出した。

「ごめんね。正友のコト忘れてて…。」

「もういいよ。」

 やけにあっさりと、はるかの謝罪(しゃざい)を受け入れる正友。それには理由があった。

「それよりもな。秀さんが園(その)瀬川(せがわ)にホタルが飛んでるからおいでってよ。」

 五月の中旬にもなると、はるか達の住む寮の近くの川では、ホタルが毎晩鮮(あざ)やかな光を放つ。秀樹はホタルが大好きで、はるかも小さな頃、よく一緒に見に連れて行ってもらったのを思い出した。

 今ではその座に美優がいて、秀樹は美優と二人で行く事が多くなっていたが。詩音の事を考え、秀樹は誘いの連絡を正友にしていたのであった。その為に、正友は急いで準備をしていたので、いちいち目くじらを立てていられなかったのである。


 正友が食事を終え、詩音を連れて園(その)瀬川(せがわ)に皆で出向くと、秀樹は既(すで)に中州(なかす)に立ってホタルを愛でていて、その周りを美優がはしゃぎ回っていた。

「エラく水嵩(みずかさ)が減ってんな。」

 中州付近にいる秀樹を目撃し、昨日の大雨が嘘(うそ)のようだと正友は言いたげであったが―

「お兄ちゃんが水はけを良くしたんでしょ!」

 と、はるかに指摘(してき)され納得(なっとく)した。

「お兄ちゃーん!」

「あっ!はるかお姉ちゃんだ。こっちおいでー!」

 はるかの声に元気よく反応したのは美優であった。足元に気を付けながら、秀樹と美優の元へはるか達が向かうと、川辺の草が生い茂(しげ)る中に空いた小さな空間は、人影(ひとかげ)で手狭(てぜま)になってしまっていた。

「ちょっと狭(せま)くね?この草とか切っちゃおうかな。」

「無粋(ぶすい)な事をするなよ。」

 正友の行動をそう言って秀樹が引き留めた。それからまた黙(だま)って秀樹はホタルを見続けだした。水面近くを飛ぶホタルの光。それに焦点(しょうてん)を合わせ、微動(びどう)だにしない。

 詩音を見かけた美優が近くにいるホタルを捕(とら)え、詩音の手をそっと取り、そこへ捕えたホタルを差し出した。握(にぎ)りしめた手の平から詩音の手の平へホタルが渡ると、初めての感触(かんしょく)に怖がりながらもホタルを見た瞬間―

「キレイ…。」と、詩音は言った。

「そっか。ならお兄ちゃんがいっぱい捕ってきてやろうか?」

「無粋(ぶすい)な真似はやめなさいって言われたでしょ!」

今 度は、はるかに正友はたしなめられた。子供達は別として、静かにホタルを見つめている秀樹の邪魔(じゃま)を正友にさせたくなかったのである。



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