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 はるかの言葉に秀樹は考え込みだした。敵の戦力が分からない以上は対抗策(たいこうさく)も立てられない。夜陰(やいん)に乗じて敵の懐(ふところ)に潜(もぐ)り込むのはいいが、逆にそれは敵の囲みの中に自ら飛び込むという危険を冒(おか)す事にもなり、リスクも高い。

 だからと言って戦力を集中するのにも抵抗があった。それはこちらの所在がバレてる以上、自分達がいない間に、別働隊が詩音を狙う可能性も考えられたからである。

「いっその事、詩音ちゃんも連れてみんなで乗り込めばいいんじゃね?」

 慎重(しんちょう)な秀樹に対し、正友が軽いノリでそう言った。しかし、妙案(みょうあん)のように思われるが、戦闘(せんとう)になった場合、誰かを守りながら戦うというのは無理がある話しであった。

「正友!余計な事言わないでよ。お兄ちゃんが混乱するじゃない。」

「いや、いいんだ。今日はもう遅いからお前達も休め。」

 正友を叱責(しっせき)する、はるかを秀樹はなだめ、明日また考えると言ってその場を去った。

「あんたも寝たら?」

 はるかの言葉が聞こえていない様子の正友。正友は詩音の寝顔をほほえましく眺(なが)めて悦(えつ)に浸っている。

「正友!」 はるかが少し声を大きくすると―

「馬鹿ッ…詩音ちゃんが起きちゃうだろ!」

と言って、はるかに注意した。

 

「やっぱりアンタ、そんな趣味があったの?」

「何言ってんだよ。オレは妹みたいに思って、可愛いなと思ってんだよッ。」

「そうなの?」

「そうだよ…ったく。でも、この子がバケモノの血を引いてるとは、とてもじゃないが思えんな。」

「バケモノ!?どういう事?」

「あれっ…言ってなかったっけ?」


 正友は、はるかにさき程の男が言っていた話しを掻(か)い摘(つま)んで説明した。

「そうなの…。」

 思い詰めた顔をするはるか。

「なんか思いあたる節(ふし)があるのか?」

「この子の体って、体温が異常に低いの…低いというよりは“冷たい”って言った方が的確かな。」

「バカな!?…ホントだ。」

 正友が詩音の顔に手を当てると。そう言って驚いた。はるかは詩音の異常さに不安を抱いていて、フェンリルの血が覚醒(かくせい)すれば、詩音とておぞましい化物となって、牙(きば)を剥(む)くのではないかと。そうは思いたくもないが可能性を考えない訳にも行かず、もしそうなったらどうすればいいのかと正友に話すと―

「そんな事は絶対にさせない。オレが詩音ちゃんを守る。」

 と、強く言い切った。えらく気合いの入った正友の一言に、はるかは何故(なぜ)そんなに力が入っているのが不思議に思いながら、皆が帰ったのでベッドに横になったのだが。

 ウトウトしながら幼ない頃の記憶がふと甦(よみがえ)った事により、はるかは「はっ」とした。はるかが小学生の頃。正友は既(すで)に高校生となっていて、自分の面倒(めんどう)をよく見てくれていた。その時の優(やさ)しい姿を思い出したのである。

その時から、フザけるのが好きで、よくからかわれたりもしたが、今ほどイラ立ちもしなかったのに、しばらく会わない内に、何か違和感(いわかん)を感じ、拒否反応(きょひはんのう)を示すようになったのはどうしてなのか?はるかには分からないでいた。それは、年頃の少女が異性として意識した相手に対する特異(とくい)な反応なのだと悟(さと)れるのは、彼女が大人になってからであるのだろう。

 そんな事までは分からないにしても、はるかは過去を振り返った事により、正友を見る目が少し変わった夜となっていた。


―翌日。

 (…誰だろ?こんな時間に…)

 物音に気づき目覚めたはるか。

 早朝から秀樹が、はるかと詩音が眠る部屋に訪れていたのであった。玄関を開けたはるかは寝惚(ねぼ)け顔で、目の前にいる秀樹を見るや、恥(はずか)しさに思わず手で顔を覆(おお)っていた。

「どうしたの?お兄ちゃん。」

「それがな…昨日のヤツ等を見失っちゃってな…。」

「えっ!?どうして?」

「おそらく誰かの編(あ)み出した異空間に逃げこんだのだろう。水ホタルからの通信が途切れたという事から考えれば、そういう事になる。だから計画は白紙だ。」

「じゃあ、どうすれば…。」

「最初に言ってた通り、お前がいない間は俺達が監視(かんし)しておく。ヤツ等の消息(しょうそく)が判明するまで、待つとしよう。」

「分かったわ。」

「…それにしても、ヤツ等の中にはかなりの使い手がいるみたいだな…。」

「えっ!?…どんな人なんだろ…。」

「まだ分からんな…だが、八大心拳のフェンリル[氷獣]心拳の使い手というコト以外はな…。」

「フェンリル心拳!?」

「あぁ。だがその使い手は昨日、“死んだ”と聞いたんだが…俺らの中で言う所の鮎吉師匠のような存在がいるみたいだな。まぁ考えても仕方がない。とにかく、そういう事だからお前はいつも通り学校に行くといい。」

 そう言い残し、秀樹は去っていった。


「はるかー。どうしたのー?」

 登校したものの、詩音の事が気になって集中力を欠くはるか。沙織が心配そうにはるかに言葉を投げかけたが、聞こえていない様子であった。

「はるかー!」 耳元で声を大きくすると、

「痛ぅ~…。」

 はるかは耳を痛そうにした。

「ちょっと、何するのよ!」 

「だって~。さっきから呼んでるのに、反応しないからさー。大丈夫かなと思ってー、それで呼んだんだよー。」

「だからって耳元で大きな声出さないでよ!体を揺すってみるとか、色々あるじゃないっ!」

「そっか!そういう方法もあるねー。」

「んもぅっ…」

「ところで詩音ちゃんはどうなったのー?」

「うーん…それがねぇ~…何かビミョーな感じでさ…」

 昨日からのいきさつを沙織に話すはるか。

「うーん、やっぱもう帰ろ…」

 全てを話し終えると、はるかはそう言い、帰り支度を始めた。

「え~っ…まだHRだよ!」

 驚く沙織を尻目に、はるかはそそくさと家路に向かってしまった。

「お前、どうしたんだよ?」

 はるかが帰ると、部屋には正友が詩音といて突然(とつぜん)の帰宅に驚いているようだった。

「具合でも悪いのか?」

「ううん。詩音ちゃんの事が気になって…。」

「バッカだなぁ~。オレが見張ってるから心配ねぇよ!近くには秀さんもいるしな。」

「お兄ちゃんは?」

「今、寝てるんじゃね?今日は仕事を休むって言ってたけどな。」


「そう…。ところでアンタ仕事は?」

「今日は遅番だからな。で、その後は秀さんが付くって言ってたな。お前がヘンに気を回すコトねーんだよ!ちゃんと勉強しねーとバカになるぞ!」

「わたしはアンタと違って勉強は得意なのよ!なんせお兄ちゃんに教えてもらってるんだからね!」

「秀さんの家庭教師かぁ…あの人、勉強は出来るからなぁ。オレも秀さんから習ってたら東大くらい行けてただろうなぁ…。」

「教わる人によるんじゃない?」

「そうそう。オレが本気出してりゃ、そりゃあハンパじゃないですよぉ。」

「だからそっちの意味じゃなくて…」

 はるかはからかったつもりなのだが、自信過剰(じしんかじょう)でマイペースな正友の思い込みは、自分の都合のいいように解釈(かいしゃく)し、ツッ込もうとしたが面倒臭(めんどうくさ)くなって話題を打ち切っていた。

「…それよりもご飯は食べたの?」

「あぁ、食ったよ。」

「詩音ちゃんも?」

「おぅ。美味しかったよねー。」

 同意を求めるかのような正友の言葉に、複雑そうな笑みを浮かべながらも頷(うなづ)く詩音。

「何を食べたの?」

 と、はるかが詩音に尋ねると、

「インスタントラーメン」と詩音は答えた。

「え~っ!朝からインスタントラーメン!?」

 寝起きからそれはないだろうというリアクションをはるかはしたが、詩音が複雑そうな顔をしたのは違う所に理由があった。

「分かってねぇなぁ。オレはインスタントラーメンを抜群(ばつぐん)の茹(ゆで)で加減で作れるんだぞ!スゲェ~美味いんだからな!多分、ラーメン茹(ゆ)でさせたら、道場六三郎でもオレには勝てないだろな。」

「…それでそのラーメン茹でるのが上手い人は、お昼は何を作るのかしら?」



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