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かぶとむし

「おっ おい こいつはっ!」

                       

「かぶとむしじゃねぇかっ!」

「・・・おおっ うおおっ! 動いている! 頭を動かしたぞっ!」

「くっ なんていうか・・・ 少年時代の感覚が蘇ってくるよなぁっ!」

「そうだっ! 俺達はかぶとむしを探して捕まえて飼っていたぜっ!」

「うおおおっ マイかぶとむし カムバ嗚呼アアアック!」

「でも、みんな死んじまったよな・・・ 夏が終ると。かごの中でよ、動かなくなって・・・」

「うわあああ それを言うなよぉお」

 

みんな死んだよ。

 

ところで、兜が発明される前には、かぶとむしはなんて呼ばれていたんでしょうね。


夏の夜に窓を開けたとする

 あなたが夏の夜、暑苦しくて眠れなくて、窓を開けたとする。そして蚊が入ってこないように、網戸を閉める。意外と涼しい風が入ってくる。

 もう一度横になる。さっきよりは幾分安らかな心になっている。外からの音に耳をすませる。いろんな音が聴こえる。会話がある。女性の声だ。直後に、男性との声も聞こえる。その会話に、聴覚のアンテナを向けていく。少しずつ、少しずつ、会話の内容が聞き取れるようになっていく。完全には聞き取れなくても、欠けた所は心が自動的に補ってくれる。 

 大きな声でどなるように話しているわけじゃない。静かに話している。

 でも、聴こえる。

「ぷしっ」という音が聴こえた。きっとビールの缶を開けたのだ。

「大学では何を勉強していたの?」と女性の声。

「生物学。主に生態学だ。環境とかね、そういうのもからめて」

「生き物が好きなの?」

「好きだね。でもそこそこだ。生態学は、あれはあれでよかったけれども、ああ、俺は生態学好きだよ。でも俺が一番やりたかったのは、ドイツ文学だ。

そうとも・・・ ドイツ文学」

「どうしてドイツ文学がやりたかったのに、生物学部に行ったの?」

「ドイツも好きだが、ロシアもいいな。まぁいい。俺は高校時代、国語の古文ってものがどうしてもできなかったんだ。古文だけじゃなくて、あれだ、えっと、漢文もだ。だから、まとめて古典と呼ぶべきかな。本当に、どうしても、できなかった。

 意義ってものもわからなかった。どうしてさ? 俺が、この俺がだぜ? 現代人だぞ。どうして古文と漢文をやらなきゃいけない? 俺はドイツ文学とロシア文学は好きだったけどね。日本の古典はちっとも面白くなかったね。もののあはれ、とかもさっぱりわからなかったね。特に病気になって死にそうなのが美しいとかさっぱりわからん。ヘルツェンシトゥーべ先生みたいにさっぱりわからん」

「ドイツ文学も、ロシア文学も、一応古典じゃない。それなのに、なぜ、日本と中国の古典だけがだめなの?」

「・・・・ ・・・・ それもそうだな。不思議だ。いや不思議じゃない。今わかった。ドイツ文学とロシア文学は、日本語に、現代の日本語に翻訳されてる! でも古文漢文は昔の文のまま読むんだ。それは読めるわけないさ。

 俺は英語ならできた。なぜできたかはわからねっけど。現代の英語だったからかもな。きっと英語でも何世紀も昔のだったらできないよ。理科系の科目も超得意だった。一応は現代の日本語で書いてあるもん。

 ねぇ、信じられるかよ? 古典を高校でやるんだぜ? こ て ん を こ う こ う で! 先生が黒板に書くんだよ。 漢文を黒板に書くんだぜ? 返り点とか書くんだぜ? まさに異様な光景だよ。それをみんなが、・・・ノートに書き写している!

 しかもさ、ドイツ文学を大学でやるには、古典の試験を受けなきゃあいかんわけで。めちゃくちゃだ。論理が通ってない。どうしてドイツ文学をやるのに、古典がいるん? 俺は先生に訊いたね。なぜ、古典なんか受けなきゃいけないのか。先生は答えた、日本の古典を勉強することで、ドイツの古典もわかるようになるよ、だと。そりゃ結構なことだな。一理あるかもしれね。でもそしたら、日本の古典を勉強しないとドイツの古典も勉強できないっていうのは、おかしい。その資格とか権利すら与えられねぇってのはおかしいじゃないねぇか」

「うん、なるほど」

「俺がドイツ文学を大学で勉強しているときに、ふと思いついたとする、日本の古典はドイツの古典を理解するのに必要だと。そしたらやればいいだけの話だろ。なんで入試の科目に日本の古典があるんだよ」

 コト、カタ、という音が聴こえた。皿が触れ合ったのか、缶が触れ合ったのか、足を組みかえてそのとき何かに当たったのか。

「しかも俺が先生に質問した意味っていうのは、そういうことじゃなかったんだ。なぜ、という意味はさ、もっと、俺は、究極的な理由を知りたかったんだよ。どうして、そういう仕組みになっているのかってことを。でもね、あの先生はわかってはくれなかったよ。それでな、先生のほうから言うんだぜ、『どうして君は古典ができないんだろうね?』と。そんなの、俺が知るか。どういう意味だ、その質問は。国語の先生のくせに、わけわかんないことを言うぜ。ほんとわけわかんねぇよ。俺はそれで、あの先生のことが嫌いになって、ますます古典はわからなくなっていったね。あの先生は、今後いい人生歩まないぜ」

「でも、生態学を大学で勉強したおかげで、私と知り合えたんじゃない。つまりは、ドイツ文学に行かなかったおかげで、私と知り合えた」

「・・・確かに!」

「きっと、生態学を専攻した意味はそこにある」

「意味、か。そうだな・・・。うん、そうだな・・・。

 いや、それは結果論に過ぎない。運命的に考えればそうなるかもしれないけれど。でもそれは、運命的に考えればそうなるというだけじゃないか。俺は君と知り合うために生態学を専攻したわけじゃないんだ。

 ああだめだな、うまく言えんけれど。こんなこと言うと、まるで君との出会いが、大切なものではなかったかのように聞こえちゃうかもしれない。そうじゃないんだ。

 俺は、君と出会えて本当によかったと思ってる。確かに、結果的には、ドイツ文学に行かなかったおかげで、君と知り合うことができた。それは確かだ。  

 人生全体で眺めれば、ドイツ文学を専攻することよりも、君に出会えたことのほうが大きなプラスになったと思う。きっと、その通りなんだ。でもね、俺は高校時代、そんな先のことなんて知らなかったんだよ?」

「私とドイツ文学専攻とでは、私の方がいいの?」

「そうだ。君の方がいい。比較するのが変だけど」

 ピーポーピーポーと、救急車の音が近づいてくる。不思議だな。この瞬間に、救急車を必要としている場所があるのだ。救急車を呼んだ人はきっと慌てている。実に不思議だ。救急車が最接近したとき、会話は遮られ、聴こえなくなる。救急車の音が、今度は離れていく。まだ遠くでかすかに聞こえる。ピーポーピーポー・・・。

 もう、さっきの二人の会話は、あなたの耳には聴こえてこない。会話の続きは聴こえてこない。どこで誰と誰が話していたのか、あなたに知るすべはない。


出会い

彼女は銀行のオフィスの窓口に座っていた。おとといも昨日も座っていたし、今日も座っている。それが彼女の仕事なのだ。銀行の窓口に座って仕事をする。客の相手をする。そうやってお金をもらっている身なのだ。

そこへ客の一人がメモを差し出す。さっ。

 

ああ 不幸なるかな 

君のような美しい人に

このようなことを頼む僕をどうか許してほしい

 

僕は銀行強盗だ

そうつまり 僕は銀行から金を取ろうとしている 銀行強盗だ

そうだ 僕には金が必要なんだ

ああ 金

ああ そうとも

僕に金をくれないか ベイビー

僕がその金で何をすると思う?

僕がその金で何を買うと思う?

僕はね その金で

君にこの世の あらゆるものをプレゼントしたい

僕はひと目みただけで 

すっかり もはや 君の虜になってしまった

君こそ 僕の人生に 初めて意味を与えることのできる人だ

 

僕は誓う

僕は 絶対に絶対に

一銭たりとも

その金で自分にものを買うことはない

全て君のために使う

金はそのためにある

君がそれで喜んでくれたら

僕は嬉しくなり 涙を流す

僕は君に喜んで欲しい

しかし おお そのためには

ああ 金が 金が 必要だ

ベイビー 僕に金をくれないか

ありったけの そう 金を

 

 

彼女も変な人だった。ズキューンとハートを撃ち抜かれてしまった。その音は彼女の体中を反響した。

ズキューン・・・・・・!

 

そうして二人は結婚し、生まれたのがそう、あそこにいるあいつさ。


べッドにはうさぎがいっぱい

ベッドにはうさぎがいっぱい

 

 俺が家に帰り部屋に入ると、ベッドにはうさぎがいっぱいいた。もこもこしててとっても可愛い。

「やっほー うさぎだー」と俺は嬉しくなって、ベッドにもぐりこみ、たくさんのうさぎを抱いた。暖かくてやわらかい。ずっと前から、こういうことをやってみたかったのだ。

 うさぎたちはおとなしくて、ときどき、もこもこと動いた。それがまた可愛くて仕方がない。その日は気持ちがすごく安心して、ぐっすりと眠ることが出来た。

 次の朝目覚めると、うさぎたちはどこかに行ってしまっていた。布団にはぽろぽろとしたうさぎのうんちが点在していた。やれやれ、またうさぎに一杯食わされた。全く、しょうがないやつらだなぁ。でもまぁ、俺もぐっすり眠ることができたんだし。俺の気持ちはとても平和で、満たされていた。



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