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新入生歓迎会の思ひ出

 俺が大学2年生の時、新入生歓迎会飲会の最中だった。いかにも学生向け飲み放題の店でのことだった。500円プラスすると飲み放題メニューで選べる酒の種類が増える。

 「ねぇ、何か面白いことやろう」とあるテーブルグループがみんなに提案した。

 俺の向かい側の先輩がそれに答えた。

「ロシアンルーレットなんてどうすか? 誰かリボルバー持ってなきゃできないけど」

「アタシ持ってるよ」と3年生の女の子がバッグから取り出した。周囲からは、用意がいいね、さすが、という声援が飛んだ。典型的な銀色リボルバーで、普通の大きさだ。最近は「女の子だからといって軽くて小さな拳銃を選ぶのは負けだ!」というCMが繰り返されている。長く使った年季は読み取れなかった。

「で、ロシアンルーレットでいいの?」彼女が問うと、誰か答えた。

「いいとおもいまーす」男の高い声だった。

「6人、どうやって選ぶ?」

「テーブルごとにやっていけばいいよ」

「そうか、それで順番にね」

「全部のテーブルができるくらい弾ある?」

「あるよ。ぎりぎり」

「いいだしっぺのテーブルからやる?」

「いや、それは最後にとっておいたほうがいいんじゃないか?」

「そうか、なら最後に」

 大きな飲み部屋の、いいだしっぺの隣のテーブルからやることになった。ここからスタートしてぐるっと一周し、最後にいいだしっぺテーブルがやるのだ。

 リボルバーを持ってきた女の子がリボルバーを中折りして、元々装填されていた弾を一度全部抜いた。そのあとで、1発だけ込めた。指でくるっと弾倉を回した。もうどこに入っているか分からない。

 弾倉が回っているままで、ガチリと中折りを閉じた。銃の形に戻った。

 女の子はファーストテーブルまで歩いて行って、4年生の男子部員に笑顔で渡した。

「じゃ、オレが、まず行くから」

 彼が起立して、みんなが座った。さっきまではみんな好き勝手におしゃべりして笑っていたけど、今は静かに、彼に注目していた。みんな緊張し、集中していた。廊下のほうから、4名様入りますという店員の声が届いた。他の部屋からの他の飲み会のざわめきが聞こえた。そんな雑音は存在しないかのようにみんなは彼を見ていた。

 彼が右のこめかみに銃口を押し付けて、撃鉄を親指で起こした。

「よし、はい、やるよ」

 彼は目いっぱい目をつぶり、口を笑わせ、肩に力をいれた。

 がちぃん。

 外れだった。

 彼は緊張を解いて息を吐いた。

 みんなも緩んで、「おぉぅ~~い」と声を上げた。彼から視線をはずして久々に彼以外の場所を見た。

「まぁ、最初だからね」

「うん、一人目からとかはないよね」

「ありえなくはないけど、ないよね」

「うん、ない」

 彼は隣の女の子に銃を渡して座った。新入生の女の子で、さっき自己紹介していた子だ。

 ポルノグラフィティとBUMP OF CHICKENが好きだと言っていた。

「え~ まじですか 怖いんですけど」と楽しそうに言った。

「大丈夫だって。2人目で当たりってのも、まだ結構ありえない。オレも大丈夫だったし」と彼が言った。

「“結構” じゃないですか」と彼女は笑いながらつっこみをいれた。 

「うん、“結構” 大丈夫だよ」と、みんなはそこをわざと強調して声をかけた。みんなが言うものだから、同じような言葉が重なりあって聞こえた。

 やがて彼女は撃鉄を起こして自分の右こめかみに当てた。みんなに顔が見えるように角度を変えて「まじこわい!」と笑いながら言った。目をつむって、

 がぅん!

 彼女の脳が壁とテーブルに飛び散った。体もテーブルの上の料理やカクテルの上に倒れた。

 みんなは「おお~」と歓声をあげながら拍手した。ぱちぱちぱちぱち。

「2発目で、もう当たりが出ちゃったかあ」「こういうのって結構レアじゃね?」と騒いだ。部屋の中は血の匂いでいっぱいになった。

 みんなは彼女の死体を見に行った。だからその周辺に異様に人だかりができて、なかなか自分の席に戻ろうとはしなかった。携帯で写真を撮っていた。「カシャぁリ」とか「ぽわわうん」という撮影効果音達が聞こえた。俺は5杯目のカクテル(モスコミュール)をちびちび飲みながらその様子を見ていた。血の匂いがするのでいつもとは違う味だった。「うわ~ すっげ~」「かわいそうになあ」「ちょっと品のない死に顔だな」「てか臭えな」「壁紙がこんなに汚れちゃったねェ」「お店の人に弁償求められるのかな」とかコメントした。俺は人だかりが引いた頃に見にいった。近づくと血の臭いがさらにひどかった。あごが大きく開いていて、片方の眼球が飛び出していた。何より、あたりに飛び散った脳漿の量が半端じゃなかった。脳の本とか読むと色分けされたイラストが載っているものだが、実物は全部赤かった。テーブルから垂れ落ちた血が畳の上で面積を広げていた。脳漿を眺める俺に、誰かが「まじ半端ネェよな!」と声をかけた。

 すぐそばで、最初にチャレンジした4年生の先輩が彼女の指をリボルバーのグリップからはがした。リボルバーにも血が沢山ついていた。

「はい! 次のテーブル! 誰からやる!?」

 みんなはもう、さっきの彼女のことは忘れて、次のテーブルの方へ歓声と拍手を送っていた。弾が一発込められて弾倉がまわされ、ガチリと中折が閉じられた。そして次のテーブルに渡された。

 まだ始まったばかりなのだ。でも、ここで帰ると空気の読めないやつ認定を受けてしまうことを、俺は知っていた。


透視ビーム

「透視ビーム!」

「いやン やめてよ エッチぃ!」


かぶとむし

「おっ おい こいつはっ!」

                       

「かぶとむしじゃねぇかっ!」

「・・・おおっ うおおっ! 動いている! 頭を動かしたぞっ!」

「くっ なんていうか・・・ 少年時代の感覚が蘇ってくるよなぁっ!」

「そうだっ! 俺達はかぶとむしを探して捕まえて飼っていたぜっ!」

「うおおおっ マイかぶとむし カムバ嗚呼アアアック!」

「でも、みんな死んじまったよな・・・ 夏が終ると。かごの中でよ、動かなくなって・・・」

「うわあああ それを言うなよぉお」

 

みんな死んだよ。

 

ところで、兜が発明される前には、かぶとむしはなんて呼ばれていたんでしょうね。


夏の夜に窓を開けたとする

 あなたが夏の夜、暑苦しくて眠れなくて、窓を開けたとする。そして蚊が入ってこないように、網戸を閉める。意外と涼しい風が入ってくる。

 もう一度横になる。さっきよりは幾分安らかな心になっている。外からの音に耳をすませる。いろんな音が聴こえる。会話がある。女性の声だ。直後に、男性との声も聞こえる。その会話に、聴覚のアンテナを向けていく。少しずつ、少しずつ、会話の内容が聞き取れるようになっていく。完全には聞き取れなくても、欠けた所は心が自動的に補ってくれる。 

 大きな声でどなるように話しているわけじゃない。静かに話している。

 でも、聴こえる。

「ぷしっ」という音が聴こえた。きっとビールの缶を開けたのだ。

「大学では何を勉強していたの?」と女性の声。

「生物学。主に生態学だ。環境とかね、そういうのもからめて」

「生き物が好きなの?」

「好きだね。でもそこそこだ。生態学は、あれはあれでよかったけれども、ああ、俺は生態学好きだよ。でも俺が一番やりたかったのは、ドイツ文学だ。

そうとも・・・ ドイツ文学」

「どうしてドイツ文学がやりたかったのに、生物学部に行ったの?」

「ドイツも好きだが、ロシアもいいな。まぁいい。俺は高校時代、国語の古文ってものがどうしてもできなかったんだ。古文だけじゃなくて、あれだ、えっと、漢文もだ。だから、まとめて古典と呼ぶべきかな。本当に、どうしても、できなかった。

 意義ってものもわからなかった。どうしてさ? 俺が、この俺がだぜ? 現代人だぞ。どうして古文と漢文をやらなきゃいけない? 俺はドイツ文学とロシア文学は好きだったけどね。日本の古典はちっとも面白くなかったね。もののあはれ、とかもさっぱりわからなかったね。特に病気になって死にそうなのが美しいとかさっぱりわからん。ヘルツェンシトゥーべ先生みたいにさっぱりわからん」

「ドイツ文学も、ロシア文学も、一応古典じゃない。それなのに、なぜ、日本と中国の古典だけがだめなの?」

「・・・・ ・・・・ それもそうだな。不思議だ。いや不思議じゃない。今わかった。ドイツ文学とロシア文学は、日本語に、現代の日本語に翻訳されてる! でも古文漢文は昔の文のまま読むんだ。それは読めるわけないさ。

 俺は英語ならできた。なぜできたかはわからねっけど。現代の英語だったからかもな。きっと英語でも何世紀も昔のだったらできないよ。理科系の科目も超得意だった。一応は現代の日本語で書いてあるもん。

 ねぇ、信じられるかよ? 古典を高校でやるんだぜ? こ て ん を こ う こ う で! 先生が黒板に書くんだよ。 漢文を黒板に書くんだぜ? 返り点とか書くんだぜ? まさに異様な光景だよ。それをみんなが、・・・ノートに書き写している!

 しかもさ、ドイツ文学を大学でやるには、古典の試験を受けなきゃあいかんわけで。めちゃくちゃだ。論理が通ってない。どうしてドイツ文学をやるのに、古典がいるん? 俺は先生に訊いたね。なぜ、古典なんか受けなきゃいけないのか。先生は答えた、日本の古典を勉強することで、ドイツの古典もわかるようになるよ、だと。そりゃ結構なことだな。一理あるかもしれね。でもそしたら、日本の古典を勉強しないとドイツの古典も勉強できないっていうのは、おかしい。その資格とか権利すら与えられねぇってのはおかしいじゃないねぇか」

「うん、なるほど」

「俺がドイツ文学を大学で勉強しているときに、ふと思いついたとする、日本の古典はドイツの古典を理解するのに必要だと。そしたらやればいいだけの話だろ。なんで入試の科目に日本の古典があるんだよ」

 コト、カタ、という音が聴こえた。皿が触れ合ったのか、缶が触れ合ったのか、足を組みかえてそのとき何かに当たったのか。

「しかも俺が先生に質問した意味っていうのは、そういうことじゃなかったんだ。なぜ、という意味はさ、もっと、俺は、究極的な理由を知りたかったんだよ。どうして、そういう仕組みになっているのかってことを。でもね、あの先生はわかってはくれなかったよ。それでな、先生のほうから言うんだぜ、『どうして君は古典ができないんだろうね?』と。そんなの、俺が知るか。どういう意味だ、その質問は。国語の先生のくせに、わけわかんないことを言うぜ。ほんとわけわかんねぇよ。俺はそれで、あの先生のことが嫌いになって、ますます古典はわからなくなっていったね。あの先生は、今後いい人生歩まないぜ」

「でも、生態学を大学で勉強したおかげで、私と知り合えたんじゃない。つまりは、ドイツ文学に行かなかったおかげで、私と知り合えた」

「・・・確かに!」

「きっと、生態学を専攻した意味はそこにある」

「意味、か。そうだな・・・。うん、そうだな・・・。

 いや、それは結果論に過ぎない。運命的に考えればそうなるかもしれないけれど。でもそれは、運命的に考えればそうなるというだけじゃないか。俺は君と知り合うために生態学を専攻したわけじゃないんだ。

 ああだめだな、うまく言えんけれど。こんなこと言うと、まるで君との出会いが、大切なものではなかったかのように聞こえちゃうかもしれない。そうじゃないんだ。

 俺は、君と出会えて本当によかったと思ってる。確かに、結果的には、ドイツ文学に行かなかったおかげで、君と知り合うことができた。それは確かだ。  

 人生全体で眺めれば、ドイツ文学を専攻することよりも、君に出会えたことのほうが大きなプラスになったと思う。きっと、その通りなんだ。でもね、俺は高校時代、そんな先のことなんて知らなかったんだよ?」

「私とドイツ文学専攻とでは、私の方がいいの?」

「そうだ。君の方がいい。比較するのが変だけど」

 ピーポーピーポーと、救急車の音が近づいてくる。不思議だな。この瞬間に、救急車を必要としている場所があるのだ。救急車を呼んだ人はきっと慌てている。実に不思議だ。救急車が最接近したとき、会話は遮られ、聴こえなくなる。救急車の音が、今度は離れていく。まだ遠くでかすかに聞こえる。ピーポーピーポー・・・。

 もう、さっきの二人の会話は、あなたの耳には聴こえてこない。会話の続きは聴こえてこない。どこで誰と誰が話していたのか、あなたに知るすべはない。



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