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フィクションです あと目次

*全部フィクションです。お気になさらず。

 

目次

ツンデレ

野蛮食文化史

湖の幽霊船

床のからぶき

駅地下鮫

けへけへ

空気読め

空気読め2

プロのプロデューサーからの伝達

反抗期のビデオ

オルモスト11時

キスしようとしている落下中の二人

グロテスクモンスターズ

殻のある生き物

不適応なサルの顔

金が十分に貯まった

地球滅亡

地球滅亡2

地球滅亡3

もう寝たほうがいい

よくある光景そのたびに

有罪中学生カップル

有罪中学生カップル2

地球の負け惜しみ

嘘をつかない政治家

核実験のテロップ

裸の王様はわいせつ物陳列罪で逮捕された

命をくれてやれ

直ちに健康に被害が出るレベルではない

通り魔つぁひゅっ

新入生歓迎会の思ひ出

透視ビーム

かぶとむし

白紙

夏の夜に窓を開けたとする

出会い

ベッドにはうさぎがいっぱい

かえるライフ

B級映画妄想 クロコダイル・ハンティング

読者の皆様へのお願い

 

 


ツンデレ

「めし」

 

「ふろ」 

 

「ねる

 

・・・お前と」 

        完


野蛮食文化史

 今日の野蛮食文化史の授業は、日本人がかつて鯨を食べていたという話だった。

 あんなに優しい目をしていて可愛くて、人間の次に頭がいい鯨を日本人が昔本当に食べていた、ということを改めて認識した。

 21世紀の中盤に、世界中からの反対をやっと日本は受け入れて鯨を食べなくなった。そのときの成功をもとにして、その後は牛、豚、鳥、少し遅れて魚と、その他にも多くの脊椎高等動物が保護された。高等動物の生きる権利がやっと保障された世紀だ。その風潮を生み出したという点で、捕鯨の撤廃は歴史的に意義がある。

 それ以前は本当に、彼らは家畜同然の扱いを受けていた。本当にひどい時代だ。当時は、命の価値はゴミみたいなものだったのかもしれない。

 ローマとかギリシャ時代に奴隷がたくさんいたことは知っているし、もちろん他の時代の他の国にも奴隷はいた。奴隷が当たり前に存在する文化の中では、奴隷に対して罪悪感とか憐憫とか、そういうのは感じなかっただろうと思う。奴隷は家畜だった。

 21世紀頃の文献を調べれば、そのころにはもう奴隷制に反対する記録がいくらでもみつかる。奴隷制を廃止しておきながら、なぜ相変わらず高等動物を食べ続けていたのだろう。感覚がおかしい。鳥肉を食べて、気持ち悪いとかかわいそうとか感じなかったんだろうか。あんなに可愛いのに。尊いのに。全く、昔の時代っていうのは野蛮で残酷だ。

 当時は肉だけじゃなく、鶏の卵とか、牛の乳なんかも搾取していたらしい。彼らは子どもを育てる権利さえ奪われていたのだ。

 平然と肉を食事に出して、それを喜んで食べる様子を想像すると胸くそ悪くなった。人の心ってものを持っていたんだろうか。無垢な子どもも肉を食べたのだろうか。殺されるときの、奪われるときの、罪のない高等動物たちの絶望感を考えることはできなかったのだろうか。

 僕は、21世紀頃の初期古典アニメを面白いと思う。あんなにいい作品を作れるほど文化が栄えていたのに、高等動物を殺すことには罪悪感を持たなかったのだろうか。

 僕は今の時代に生まれて本当によかった。

 今は、高等動物を殺して食べるなんていう野蛮人はいない。「今から殺される」という自己の認識を感じることのない生き物を食べる。植物、貝、昆虫とか、あとミミズとかの環形動物。それに、ヒトデやナマコとかの棘皮動物、イソギンチャクやヒドラとかの刺胞動物なんかも食べる。

 前に、牛を食べたというカルト宗教の教祖が、とてもおいしかったといっていたらしい。それで今は病院に入れられているらしい。あんなに優しい目をしてる牛を食べておいしいだなんて、本当に狂ってる。

 しかし最近、昆虫とか植物とか、日常不可欠になっている家畜の生きる権利を主張する団体というのがいくつも出来てきたらしい。未だに飢餓問題が解決されず毎週一千万人もの人々が栄養失調で死んでいるというのに、不可欠な食料を食べないようにするなんて、本当に馬鹿じゃないのか。人間の生きる権利よりも、家畜の方が大事だっていうのか。ほんとに馬鹿だ。


湖の幽霊船

 近くの山。友達の家の裏の山。みんなで登って遊んでいた。木の棒を持って、振り回し、蜘蛛の巣をつっつきながら登った。ざくざくと落ち葉を踏む音がした。

 そしたら湖があって、真ん中に幽霊船が浮かんでいた。みんなは静かに驚いた。気道と肺がこわばった。霧がかかっていて、その奥に見えた。廃墟みたいにぼろぼろだった。

 沈黙して、呆然と幽霊船を見た。

 どうしてこの山の中に湖があるんだろう。そんなの知らなかった。

 そしてなぜ船があるのだろう。

誰が何のためにどうやって持ってきたんだろう。

なぜ沈んでいないんだろう。

水面には鏡みたいに、幽霊船の像が映っていた。波一つなかった。上下対象だった。

 空気はひんやりと湿っていた。みんなの皮膚は全部逆立っていた。全身の皮膚には冷気の層が、セロハンテープみたいにぴったりと貼り付いていた。

 怖いもの知らずな活発な男の子が言う。

「よっしゃ、ここをみんなの秘密基地にしよう!」

 みんなは声の大きさにぎくっとする。みんなはすでに嫌な予感みたいなものを感じていた。「腰が抜ける」と「背筋が凍る」のちょうど中間みたいな感覚を帯びていた。

女の子が言う。

「なんか気味悪いから、やめておこうよ」

 その意見に、他のみんなも賛成だった。

「うん、なんか気味悪い」

活発少年は諦めない。

「こんなに面白いもの、他にないって」

 ああ、幽霊船を秘密基地にする。なんて素敵なんだろうと彼は思った。

 他の男の子が言った。「あの船があるところまで、どうやって行くわけ? 湖の真ん中にあるんよ」

 活発少年もそれに気づいて困った。「そっか。確かに・・・」

「ねぇ、もう帰った方が」とさっきの女の子が言う。

 みんなそれに無言で従った。その言葉を待っていたんだ。

 今来た道を引き返す。山を降りていく。でも皮膚に、セロハンテープは離れないでずうっと貼り付いていた。

 首筋の後ろに、何かが付かず離れず、1ミリくらいの距離を置いてくっついてきているみたいだった。みんなその感覚ばかりが気になった。

 活発な男の子も感じ始めていた。でも頭では思っていた。「あんなにいい場所、本当に他にないのに。あの幽霊船までたどり着けないなんて。すごくもったいなさすぎる」と。でもそれは本当に頭の中だけの話だった。

 メンバーの一人が言った。「お前一人の秘密基地にすればいいんじゃね」

「いや、あの、やっぱりやめておく。やっぱりたどり着けないし」

 登るときにはみんなはしゃいで笑っていた。でも下りはそうじゃなかった。みんなが静かに、黙々と斜面を下っていた。なんとなく早足だった。ただ、首筋にまとわりつくものだけを感じていた。

 霧がここまでかかり始めていた。少し下の方はかすんで見えた。

 ここから家までの距離は、とてもとても遠いものに感じられた。

 後ろを振り向く者は誰もいなかった。

 

 

 その山に登って遊ぶことはもうなかった。

 あれが最後だった。

 山のそばの家に住んでいる友達も、山に出かけることは二度となかった。

 活発な少年も、二度とあの場所に戻りたいとは思わなかった。

 

 

 何年も経った。あのときのメンバーは高校生になるときに、ばらばらに散ってしまった。電車の中でたまに遭遇することがあるくらいだった。

 

 

 活発な少年だった彼は、「もうあのメンバーみんなで集まることはないんだろうな」と思い、少し寂しくなった。

そして秘密基地遊びをすることも、もうないんだろうな。部活もあるし、明日の英語の予習だってしなくてはいけない。

 

みんな大人になっていった。


床のからぶき

床のからぶき

 

 小学校の掃除の時間に、雑巾がけという仕事があるのと思い出した。

 汚れきった雑巾を使って、床を乾拭きするのだ。雑巾は表裏の区別なく使われている。雑巾に添える手が触れる面と、床に押し付けられる面に区別がない。

 とにかく汚かった。

 なぜあんなことをしたのだろう?

 それは必ず手で行われなければならなかった。上履きで雑巾を踏んで、スケートするように床を拭いてはいけなかったのだ。もしそうすると、先生や先生の言いなりになっている児童は、俺に怒りの声や批判を容赦なく浴びせたものだった。彼らはそういう機会を決して逃すことはないのだ。いつも目を光らせ、待ち構えている。スケートしたほうが、体重を乗せて雑巾を床に押し付けることができるのだから、効率がいいと思うのだけれど。何より手が汚れない。   

 でもあそこでは非効率と無意味性と不快感こそが美徳になっているらしかった。カエルみたいなポーズからスタートし、四つん這いになって床を拭くように強要されていた。そうとも、ただ床を拭くだけではいけないのだ。拭き方すら決められていた。正しい拭き方をしなくてはいけない。今となって考えれば、明らかにヒトのとる姿勢ではないと思う。当時はそんな雑巾がけが、掃除の時間中20分間、毎日繰り返されていた。それは屈辱だった。それは拷問だった。 

 あの汚い雑巾は、毎日毎日繰り返し使用され、決して洗われることがなかった。何年分もの化石みたいな汚れがしみこんでいた。布の繊維の隙間全てに汚れがこびりついて同化しているような雑巾が、平然と現役で使用されていた。それは綿ではなく汚れをかき集めて凝縮して作られたもののようだった。実質的な成分は本当に汚れだったのかもしれない。世界中のあらゆる種類の汚れをコレクションし、かき集めて、雑巾の形にしたものだったのかもしれない。表も裏も、その間の層も、汚れがびっしりと詰め込まれていた。押し込まれていた。

 汚い雑巾で汚い床を拭いていた。あるいは雑巾の汚れを床にこすり塗りたくりつけていた。何往復もしていた。惨めだった。意味のないことだった。そこまでする価値がみじんも見出せない徒労だった。徒労とわかっていても、しろと命令された。みんなは従っていた。言われた通りに従っていた。奴隷みたいに従っていた。そこには、人間の尊厳なんてものは存在しなかった。雑巾のほうがもちろん偉かった。

 あの雑巾たちを洗濯機に放り込んで洗濯するというアイディアがなぜ先生たちに浮かばないのか俺にはわからなかった。それがわかるほど俺の知能は高くなかった。洗濯すれば、せめて表層のそのまた表層くらいはきれいになるかもしれなかった。そのようなささやかな清潔さもそこでは許されていなかった。それはもう掃除とはいえなかった。ただの嫌がらせだった。ただの儀式だった。毎日飽きもせず何度も繰り返されていた。

 刑務所で、悪い看守が囚人に命令する。

「さあ、この木製コンテナを運べ! 中にはまだ乾いていない臭え豚の糞が入ってる! 糞の中には豚の寄生虫がうじゃうじゃと入ってる! 木製コンテナにエキスが滲み出るのが最高だろ! 抱きかかえろ! 貴様らの服にもエキスが染み渡り、肌にべっとりと貼り付くようにな! そして、この部屋のあちら側まで運んだら、またこっちに運んで戻って来い! それを8回繰り返せ! 終わったらまた8回! 次もまた8回! 俺がいいと言うまでやるんだ! さあキリキリ動け! ぐずぐずするなこの糞ゴミ共どもが! またこの俺様に歯を折られたいか!」

 俺はそんな気分だった。

 掃除の時間が始まると、もう逃げられないのだ。これから雑巾がけをしないといけないのだ。例外は許されない。命じられたら命に代えても実行しなくてはいけないのだ。だってそうでしょう、「みんなやってるのにどうして」。

これから20分それが延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、ただただ繰り返されるのだ。何度も何度も汚れた雑巾で床を拭かなくてはならないのだ。20分間ずっと雑巾がけ、そう思うと眼球がくるりと上を向いた。20分後は、ずっと先のことに思えた。



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