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ツンデレ

「めし」

 

「ふろ」 

 

「ねる

 

・・・お前と」 

        完


野蛮食文化史

 今日の野蛮食文化史の授業は、日本人がかつて鯨を食べていたという話だった。

 あんなに優しい目をしていて可愛くて、人間の次に頭がいい鯨を日本人が昔本当に食べていた、ということを改めて認識した。

 21世紀の中盤に、世界中からの反対をやっと日本は受け入れて鯨を食べなくなった。そのときの成功をもとにして、その後は牛、豚、鳥、少し遅れて魚と、その他にも多くの脊椎高等動物が保護された。高等動物の生きる権利がやっと保障された世紀だ。その風潮を生み出したという点で、捕鯨の撤廃は歴史的に意義がある。

 それ以前は本当に、彼らは家畜同然の扱いを受けていた。本当にひどい時代だ。当時は、命の価値はゴミみたいなものだったのかもしれない。

 ローマとかギリシャ時代に奴隷がたくさんいたことは知っているし、もちろん他の時代の他の国にも奴隷はいた。奴隷が当たり前に存在する文化の中では、奴隷に対して罪悪感とか憐憫とか、そういうのは感じなかっただろうと思う。奴隷は家畜だった。

 21世紀頃の文献を調べれば、そのころにはもう奴隷制に反対する記録がいくらでもみつかる。奴隷制を廃止しておきながら、なぜ相変わらず高等動物を食べ続けていたのだろう。感覚がおかしい。鳥肉を食べて、気持ち悪いとかかわいそうとか感じなかったんだろうか。あんなに可愛いのに。尊いのに。全く、昔の時代っていうのは野蛮で残酷だ。

 当時は肉だけじゃなく、鶏の卵とか、牛の乳なんかも搾取していたらしい。彼らは子どもを育てる権利さえ奪われていたのだ。

 平然と肉を食事に出して、それを喜んで食べる様子を想像すると胸くそ悪くなった。人の心ってものを持っていたんだろうか。無垢な子どもも肉を食べたのだろうか。殺されるときの、奪われるときの、罪のない高等動物たちの絶望感を考えることはできなかったのだろうか。

 僕は、21世紀頃の初期古典アニメを面白いと思う。あんなにいい作品を作れるほど文化が栄えていたのに、高等動物を殺すことには罪悪感を持たなかったのだろうか。

 僕は今の時代に生まれて本当によかった。

 今は、高等動物を殺して食べるなんていう野蛮人はいない。「今から殺される」という自己の認識を感じることのない生き物を食べる。植物、貝、昆虫とか、あとミミズとかの環形動物。それに、ヒトデやナマコとかの棘皮動物、イソギンチャクやヒドラとかの刺胞動物なんかも食べる。

 前に、牛を食べたというカルト宗教の教祖が、とてもおいしかったといっていたらしい。それで今は病院に入れられているらしい。あんなに優しい目をしてる牛を食べておいしいだなんて、本当に狂ってる。

 しかし最近、昆虫とか植物とか、日常不可欠になっている家畜の生きる権利を主張する団体というのがいくつも出来てきたらしい。未だに飢餓問題が解決されず毎週一千万人もの人々が栄養失調で死んでいるというのに、不可欠な食料を食べないようにするなんて、本当に馬鹿じゃないのか。人間の生きる権利よりも、家畜の方が大事だっていうのか。ほんとに馬鹿だ。


湖の幽霊船

 近くの山。友達の家の裏の山。みんなで登って遊んでいた。木の棒を持って、振り回し、蜘蛛の巣をつっつきながら登った。ざくざくと落ち葉を踏む音がした。

 そしたら湖があって、真ん中に幽霊船が浮かんでいた。みんなは静かに驚いた。気道と肺がこわばった。霧がかかっていて、その奥に見えた。廃墟みたいにぼろぼろだった。

 沈黙して、呆然と幽霊船を見た。

 どうしてこの山の中に湖があるんだろう。そんなの知らなかった。

 そしてなぜ船があるのだろう。

誰が何のためにどうやって持ってきたんだろう。

なぜ沈んでいないんだろう。

水面には鏡みたいに、幽霊船の像が映っていた。波一つなかった。上下対象だった。

 空気はひんやりと湿っていた。みんなの皮膚は全部逆立っていた。全身の皮膚には冷気の層が、セロハンテープみたいにぴったりと貼り付いていた。

 怖いもの知らずな活発な男の子が言う。

「よっしゃ、ここをみんなの秘密基地にしよう!」

 みんなは声の大きさにぎくっとする。みんなはすでに嫌な予感みたいなものを感じていた。「腰が抜ける」と「背筋が凍る」のちょうど中間みたいな感覚を帯びていた。

女の子が言う。

「なんか気味悪いから、やめておこうよ」

 その意見に、他のみんなも賛成だった。

「うん、なんか気味悪い」

活発少年は諦めない。

「こんなに面白いもの、他にないって」

 ああ、幽霊船を秘密基地にする。なんて素敵なんだろうと彼は思った。

 他の男の子が言った。「あの船があるところまで、どうやって行くわけ? 湖の真ん中にあるんよ」

 活発少年もそれに気づいて困った。「そっか。確かに・・・」

「ねぇ、もう帰った方が」とさっきの女の子が言う。

 みんなそれに無言で従った。その言葉を待っていたんだ。

 今来た道を引き返す。山を降りていく。でも皮膚に、セロハンテープは離れないでずうっと貼り付いていた。

 首筋の後ろに、何かが付かず離れず、1ミリくらいの距離を置いてくっついてきているみたいだった。みんなその感覚ばかりが気になった。

 活発な男の子も感じ始めていた。でも頭では思っていた。「あんなにいい場所、本当に他にないのに。あの幽霊船までたどり着けないなんて。すごくもったいなさすぎる」と。でもそれは本当に頭の中だけの話だった。

 メンバーの一人が言った。「お前一人の秘密基地にすればいいんじゃね」

「いや、あの、やっぱりやめておく。やっぱりたどり着けないし」

 登るときにはみんなはしゃいで笑っていた。でも下りはそうじゃなかった。みんなが静かに、黙々と斜面を下っていた。なんとなく早足だった。ただ、首筋にまとわりつくものだけを感じていた。

 霧がここまでかかり始めていた。少し下の方はかすんで見えた。

 ここから家までの距離は、とてもとても遠いものに感じられた。

 後ろを振り向く者は誰もいなかった。

 

 

 その山に登って遊ぶことはもうなかった。

 あれが最後だった。

 山のそばの家に住んでいる友達も、山に出かけることは二度となかった。

 活発な少年も、二度とあの場所に戻りたいとは思わなかった。

 

 

 何年も経った。あのときのメンバーは高校生になるときに、ばらばらに散ってしまった。電車の中でたまに遭遇することがあるくらいだった。

 

 

 活発な少年だった彼は、「もうあのメンバーみんなで集まることはないんだろうな」と思い、少し寂しくなった。

そして秘密基地遊びをすることも、もうないんだろうな。部活もあるし、明日の英語の予習だってしなくてはいけない。

 

みんな大人になっていった。


床のからぶき

床のからぶき

 

 小学校の掃除の時間に、雑巾がけという仕事があるのと思い出した。

 汚れきった雑巾を使って、床を乾拭きするのだ。雑巾は表裏の区別なく使われている。雑巾に添える手が触れる面と、床に押し付けられる面に区別がない。

 とにかく汚かった。

 なぜあんなことをしたのだろう?

 それは必ず手で行われなければならなかった。上履きで雑巾を踏んで、スケートするように床を拭いてはいけなかったのだ。もしそうすると、先生や先生の言いなりになっている児童は、俺に怒りの声や批判を容赦なく浴びせたものだった。彼らはそういう機会を決して逃すことはないのだ。いつも目を光らせ、待ち構えている。スケートしたほうが、体重を乗せて雑巾を床に押し付けることができるのだから、効率がいいと思うのだけれど。何より手が汚れない。   

 でもあそこでは非効率と無意味性と不快感こそが美徳になっているらしかった。カエルみたいなポーズからスタートし、四つん這いになって床を拭くように強要されていた。そうとも、ただ床を拭くだけではいけないのだ。拭き方すら決められていた。正しい拭き方をしなくてはいけない。今となって考えれば、明らかにヒトのとる姿勢ではないと思う。当時はそんな雑巾がけが、掃除の時間中20分間、毎日繰り返されていた。それは屈辱だった。それは拷問だった。 

 あの汚い雑巾は、毎日毎日繰り返し使用され、決して洗われることがなかった。何年分もの化石みたいな汚れがしみこんでいた。布の繊維の隙間全てに汚れがこびりついて同化しているような雑巾が、平然と現役で使用されていた。それは綿ではなく汚れをかき集めて凝縮して作られたもののようだった。実質的な成分は本当に汚れだったのかもしれない。世界中のあらゆる種類の汚れをコレクションし、かき集めて、雑巾の形にしたものだったのかもしれない。表も裏も、その間の層も、汚れがびっしりと詰め込まれていた。押し込まれていた。

 汚い雑巾で汚い床を拭いていた。あるいは雑巾の汚れを床にこすり塗りたくりつけていた。何往復もしていた。惨めだった。意味のないことだった。そこまでする価値がみじんも見出せない徒労だった。徒労とわかっていても、しろと命令された。みんなは従っていた。言われた通りに従っていた。奴隷みたいに従っていた。そこには、人間の尊厳なんてものは存在しなかった。雑巾のほうがもちろん偉かった。

 あの雑巾たちを洗濯機に放り込んで洗濯するというアイディアがなぜ先生たちに浮かばないのか俺にはわからなかった。それがわかるほど俺の知能は高くなかった。洗濯すれば、せめて表層のそのまた表層くらいはきれいになるかもしれなかった。そのようなささやかな清潔さもそこでは許されていなかった。それはもう掃除とはいえなかった。ただの嫌がらせだった。ただの儀式だった。毎日飽きもせず何度も繰り返されていた。

 刑務所で、悪い看守が囚人に命令する。

「さあ、この木製コンテナを運べ! 中にはまだ乾いていない臭え豚の糞が入ってる! 糞の中には豚の寄生虫がうじゃうじゃと入ってる! 木製コンテナにエキスが滲み出るのが最高だろ! 抱きかかえろ! 貴様らの服にもエキスが染み渡り、肌にべっとりと貼り付くようにな! そして、この部屋のあちら側まで運んだら、またこっちに運んで戻って来い! それを8回繰り返せ! 終わったらまた8回! 次もまた8回! 俺がいいと言うまでやるんだ! さあキリキリ動け! ぐずぐずするなこの糞ゴミ共どもが! またこの俺様に歯を折られたいか!」

 俺はそんな気分だった。

 掃除の時間が始まると、もう逃げられないのだ。これから雑巾がけをしないといけないのだ。例外は許されない。命じられたら命に代えても実行しなくてはいけないのだ。だってそうでしょう、「みんなやってるのにどうして」。

これから20分それが延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、延々と、ただただ繰り返されるのだ。何度も何度も汚れた雑巾で床を拭かなくてはならないのだ。20分間ずっと雑巾がけ、そう思うと眼球がくるりと上を向いた。20分後は、ずっと先のことに思えた。


駅地下鮫

 私は、家族連れの観光客溢れる、駅前の広場へと歩いていった。

 でも駅の様子はいつもと多少違っていた。そこで私はああこれは映画なんだなと理解した。これは駅前広場を舞台とした映画なのだ。私が歩いているこの場所は、きっと大きなセットなのだ。

 例えば、少林寺を舞台にしたカンフー映画だって、本物の少林寺をセットに撮るわけにいかないこともあるだろう。そういうときには本物に似せたセットの上で撮影をする。それと似たように、これは駅とその広場に似せて作られたセットなのだろうと私は思った。

 これが映画である証拠が速やかに現れた。広場の岩やら、周りのバスやら車やらが、ツイスターに巻き込まれた牛のように、広場を中心に飛びまわり始めたのである。まるで洗濯機の中のようだ。さらに岩やバスは、大根のようにスパスパと、きれいに8つくらいに切れた。切られた切片、といってもそれぞれが大きいので切片というイメージとは程遠いが、切片の断面は非常に美しかった。本当にすっぱりと、真空の刃で切ったかのごとくであった。この巨大な切片が洗濯もののように広場を中心に回転して飛んでいるのだから、ますます映画である可能性は濃厚であろう。これがCGでないはずがない。私は、きっとこのシーンはこの映画の見せ場なのだろうと思った。

 そのときさらなる異変が襲いくる。足場を構成していた地面さえもが、正四角柱となって浮き上がってきた。底面の辺の長さは2mくらいであろうか。縦に長い。四角にこれまたすっぱりと切り分けられ、ランダムにゆっくりと地面を離れていくのだ。大きな四角い井戸がくりぬかれていくようだ。広場にいた観光客たちは、自分の乗っている正方形が浮き上がってくるのに気づくと、隣のまだ浮き上がっていない正方形に飛び移るのだった。正四角柱が地面から抜けていく様は、永久歯が抜けていく様子に似ていた。

 さて正四角柱が抜けたあとの場所には、なんと水が満たされていたのだった。観光客たちは残った足場に集められた。足場は島のようであり、もちろん広場が崩壊する前よりも面積はずっと少ないので、島の上の人口密度は高くなっていた。岩やバスの切片の竜巻は、それ自体の遠心力で遠くへ散ってしまったらしく、抜けた正四角柱は上空へとゆっくり上昇していった。

 水の色は、少しだけ緑色の入った青で、きれいな水であるらしかった。その証拠にサメたちが泳いでいる。ホオジロザメであった。

 ホオジロサメはいきおいをつけて泳ぎ、頭と歯を島に上陸させ、島に避難している観光客たちを水中にさらっていった。サメの口の中に、人間一人が余裕で収まり、そしてサメは水中へと帰っていった。食べられた者を、残りの家族が呼んだ。「おかあさーん!」とか「おとうさーん!」とか、あるいはそれぞれの子どもの名前を呼ぶ声は広場中にあった。あるいは、例えば家族3人が一口の中に収まることもあった。そういうときには、誰も家族が残らず、名前を呼ぶ者もいなかった。せっかく家族で観光にやってきたのに、サメに食べられるとはとんだ災難である。

 そのとき水中に黒い影が一つ。速い。ホオジロザメよりも小型のその影は、頭から二つに分裂した。そこで私は、こいつはあのバスや岩のような性質を持っているのかもしれないと思った。二つに分裂した黒いものも、それぞれがサメのような容貌をしていた。ホオジロザメはもちろん白い。それとは対照的であった。ただ、この2匹の黒いサメのような泳体からは、生き物らしさが感じられなかった。ヒレを持ち魚のように泳ぐのだが、どうも生き物のフリをした何かのようであった。

 黒い泳体は、自身の身体に刃を持っているらしく、ホオジロザメをすれ違いざまに斬った。観光客たちは、人類の味方が現れたのかと歓喜した。私も、黒い泳体を味方だと思った。黒い泳体は、ホオジロザメを尾のほうから、すぱりすぱりと均等な間隔で断っていった。巨大なホオジロザメは、尾の方を斬られたときには痛みに怒り狂い身体をよじったが、それも3断ちくらい斬られていたときには、もうよじるための尾は消失していた。斬られた尾は丸太のように水中を漂った。黒い泳体による斬撃が腹まで達したときには、もうホオジロザメは動けなくなっていた。泳体は一匹のホオジロザメを頭まできれいに断ちつくした。8等分くらいにされたホオジロザメの身体は、やはり丸太のようにぷかぷかと水中を漂っていた。最初は尾から頭へ順番に直線に浮かんでいた身は、波に従って制御をなくし、順番はばらばらに、各身は自由に浮かんだり沈んだりしていった。

 黒い泳体によるホオジロザメの解体は何しろ早く、次々と仕留めていった。ホオジロザメのほうは血の匂いに誘われて集まってくるらしく、ここ付近の個体数は一向に減らなかった。観光客も相変わらず食べられ続けていた。黒い泳体の活躍を見ようと島から頭を出した人がばくんと食べられたのを私は見た。

 ホオジロザメの主とも思われるほどの超巨大な個体が、駅本館に避難していた人々を襲っていた。頭を陸に上げるストライクの射程距離は長かった。黒い泳体は2体がかりでこの主を血祭りにあげた。この主は何しろ巨大で、泳体の刃でも先ほどのように完全に断ち斬ることができないらしく、体表面を浅く何度も切り込むようにして血祭りにあげた。ぱっくりと割れた傷口から水が入り込み、主は動かなくなった。

 黒い泳体は人類の味方のようにみなされたが、どうやら根っからの味方ではなかったらしい。もし本当に味方ならば、各ホオジロザメの急所を狙って攻撃し、最短時間で最大限のホオジロザメを殺し、最大限の観光客を救うはずである。しかしそうではなかった。黒い泳体は、もし殺すことだけが目的なら頭や首や腹を一刀両断すればよいところを、わざわざ遠回りして殺していた。まるで殺し方の美しさ、出来上がったホオジロザメの死体の美しさに酔っているようであった。人類は、たまたま彼らの獲物のホオジロザメの獲物だっただけのようだった。

 黒い泳体は、ホオジロザメの体表面にらせん状に斬り傷をつけてオブジェのようにしたり、ヒレを斬って泳げなくさせたものをしばらく喘がせ、そのあとで喉に一撃を加えてとどめをさしたりした。私はそのとき、ヒレを斬られて動けなくなっているサメはもう観光客にとって脅威ではないのだからとりあえず放って置いて、他のターゲットを効率よく狩って欲しいと思ったものだった。しかし黒い泳体は効率などまるで考えていないようで、様々な殺し方を試していた。駅前の水中には、ヒレを失ったサメや、尾を失ったサメなどが泳いでいた。また、実に様々な方法で殺された、実に様々なサメの死体が漂っていた。

 黒い泳体はあるとき、一匹のホオジロザメの正中線を一刀両断した。縦断面が美しく現れた。胃袋から、人体がまるごと浮上してきた。人体は、表面がすでに消化されていた。全体に黄色っぽかった。特に私の印象に残ったのはその唇で、ぼろぼろの海草のようになって、間に前歯が見えていたことである。

 黒い泳体はこの殺し方を覚えたらしく、胃袋の中の人体をサメと一緒に斬ってしまわないで、人の形を保存して斬る殺し方を始めた。

 するとサメが殺されるに従って、人体が浮上して来る。消化の程度はそれぞれ異なった。溺死したばかりのもあれば、肉が全てなくなりバラバラの骨にまで消化されたものもあった。

 浮上するにつれて、それぞれの人体を指差し、島の上で生存していた家族は、「あ! あれはお父さんだ!」とか「あれはお母さんだ!」、と叫んだり、または「あれはOOだ!」と子どもの名前を叫んだ。誰からも指名されない人体もあった。どこかに自分の家族が浮上してこないかと見回し探している家族がいる。

 今、水は、黄色く濁っていた。きっと血が薄まり、何かの具合で赤ではなくて黄色になったのだろう。

 島の上の観光客達は、水に手を入れてぱしゃぱしゃやって、浮き上がってきた人体を自分の島に引き寄せ、引き上げていった。自分の家族を引き上げている者もいるし、誰のかわからない人体をわけがわからないまま引き上げた者もいる。

 自分の家族の人体を自分のいる島の遠くに見つけた家族は、家族の人体が浮かんでいる近くの島の人に大声でお願いするのだった。「すみませーん、そこに浮かんでいるのは、私の夫なんです。引き上げておいてくださいますかー!?」というように。

 引き上げようとする手に噛み付くサメはもういなかった。

 観光客達はそれでも、もしかしたら噛み付かれるかもしれないと恐怖しながら引き上げているようにみえた。

あらかたの、人の形をした人体が引き上げられると、ばらばらになった骨が水面に浮かんでいるのが目立った。ごぼごぼと、黄色い水中を、さまざまな形の骨が浮上してきた。もはや、水面の面積の半分は骨であった。人間には215本だかの骨があることを私は思い出した。

 すると一部の観光客達は、各々の島の近くに漂っている骨を水面から拾い上げて、いい形をしたものを集めだした。拾い集める者は、子どもが多かった。子どもはそういうのを拾って集めるのが大好きなのだ。宝石でも見定めるようであった。

 いい形でないのもあるらしくて、一度手にとるけれど捨てる人も多かった。ちょうど、河原で水切り投石をするのに適していそうな石を捜し、拾ったり捨てたりすることを繰り返す様子に似ていた。

 私は、ああ、もしかしてこの水を黄色くした血の中には、血液で感染する病気があるかもしれないな、と思った。それなのに、骨を拾っている人は感染するのが怖くないのだろうか? 人間の手には気付かないほどの小さな傷があるかもしれない。感染の可能性を考慮していないのか、それともいい形の骨を集めるのが大切なのか。とにかく、私には感染が大変に恐ろしく思われた。とても私には、この黄色い水の中に手を突っ込んで骨を集めるなんていう真似はできないと思った。



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