目次
専務の野望
専務の野望 1/6
専務の野望 2/6
専務の野望 3/6
専務の野望 4/6
専務の野望 5/6
専務の野望 6/6
回顧
回顧 1/17
回顧 2/17
回顧 3/17
回顧 4/17
回顧 5/17
回顧 6/17
回顧 7/17
回顧 8/17
回顧 9/17
回顧 10/17
回顧 11/17
回顧 12/17
回顧 13/18
回顧 14/17
回顧 15/17
回顧 16/17
回顧 17/17
ニューカマー
ニューカマー 1/8
ニューカマー 2/8
ニューカマー 3/8
ニューカマー 4/8
ニューカマー 5/8
ニューカマー 6/8
ニューカマー 7/8
ニューカマー 8/8
メキシコ大使館
メキシコ大使館 1/7
メキシコ大使館 2/7
メキシコ大使館 3/7
メキシコ大使館 4/7
メキシコ大使館 5/7
メキシコ大使館 6/7
メキシコ大使館 7/7
ロスアンゼルス
ロスアンゼルス 1/12
ロスアンゼルス 2/12
ロスアンゼルス 3/12
ロスアンゼルス 4/12
ロスアンゼルス 5/12
ロスアンゼルス 6/12
ロスアンゼルス 7/12
ロスアンゼルス 8/12
ロスアンゼルス 9/12
ロスアンゼルス 10/12
ロスアンゼルス 11/12
ロスアンゼルス 12/12
Meinagoforit
Meinagoforit 1/9
Mainagoforit 2/9
Meinagoforit 3/9
Meinagoforit 4/9
Meinagoforit 5/9
Meinagoforit 6/9
Meinagoforit 7/9
Meinagoforit 8/9
Meinagoforit 9/9
ウェイクアップ
ウェイクアップ 1/19
ウェイクアップ 2/19
ウェイクアップ 3/19
ウェイクアップ 4/19
ウェイクアップ 5/19
ウェイクアップ 6/19
ウェイクアップ 7/19
ウェイクアップ 8/19
ウェイクアップ 9/19
ウェイクアップ 10/19
ウェイクアップ 11/19
ウェイクアップ 12/19
ウェイクアップ 13/19
ウェイクアップ 14/19
ウェイクアップ 15/19
ウェイクアップ 16/19
ウェイクアップ 17/19
ウェイクアップ 18/19
ウェイクアップ 19/19
地平線
地平線 1/18
地平線 2/18
地平線 3/18
地平線 4/18
地平線 5/18
地平線 6/18
地平線 7/18
地平線 8/18
地平線 9/18
地平線 10/18
地平線 11/18
地平線 12/18
地平線 13/18
地平線 14/18
地平線 15/18
地平線 16/18
地平線 17/18 
地平線 18/18
コーチ
コーチ 1/22
コーチ 2/22
コーチ 3/22
コーチ 4/22
コーチ 5/22
コーチ 6/22
コーチ 7/22
コーチ 8/22
コーチ 9/22
コーチ 10/22
コーチ 11/22
コーチ 12/22
コーチ 13/22
コーチ 14/22
コーチ 15/22
コーチ 16/22
コーチ 17/22
コーチ 18/22
コーチ 19/22
コーチ 20/22
コーチ 21/22
コーチ 22/22
メキシコシティ
メキシコシティ 1/18
メキシコシティ 2/18
メキシコシティ 3/18
メキシコシティ 4/18
メキシコシティ 5/18
メキシコシティ 6/18
メキシコシティ 7/18
メキシコシティ 8/18
メキシコシティ 9/18
メキシコシティ 10/18
メキシコシティ 11/18
メキシコシティ 12/18
メキシコシティ 13/18
メキシコシティ 14/18
メキシコシティ 15/18
メキシコシティ 16/18
メキシコシティ 17/18
メキシコシティ 18/18
エンジニア
エンジニア 1/12
エンジニア 2/12
エンジニア 3/12
エンジニア 4/12
エンジニア 5/12
エンジニア 6/12
エンジニア 7/12
エンジニア 8/12
エンジニア 9/12
エンジニア 10/12
エンジニア 11/12
エンジニア 12/12
約束
約束 1/11
約束 2/11
約束 3/11
約束 4/11
約束 5/11
約束 6/11
約束 7/11 
約束 8/11 
約束 9/11 
約束 10/11  
約束 11/11 
Pacific Ocean
Pacific Ocean 1/12
Pacific Ocean 2/12
Pacific Ocean 3/12
Pacific Ocean 4/12
Pacific Ocean 5/12
Pacific Ocean 6/12
Pacific Ocean 7/12
Pacific Ocean 8/12
Pacific Ocean 9/12
Pacific Ocean 10/12
Pacific Ocean 11/12
Pacific Ocean 12/12
ステップバイステップ
ステップバイステップ 1/10
ステップバイステップ 2/10
ステップバイステップ 3/10
ステップバイステップ 4/10
ステップバイステップ 5/10
ステップバイステップ 6/10
ステップバイステップ 7/10
ステップバイステップ 8/10
ステップバイステップ 9/10
ステップバイステップ 10/10
再始動
再始動 1/12
再始動 2/12
再始動 3/12
再始動 4/12
再始動 5/12
再始動 6/12
再始動 7/12
再始動 8/12
再始動 9/12
再始動 10/12
再始動 11/12
再始動 12/12
壮年の想い
壮年の想い 1/12  
壮年の想い 2/12
壮年の想い 3/12
壮年の想い 4/12
壮年の想い 5/12
壮年の想い 6/12
壮年の想い 7/12
壮年の想い 8/12
壮年の想い 9/12
壮年の想い 10/12
壮年の想い 11/12
壮年の想い 12/12
カリフォルニアン
カリフォルニアン 1/14
カリフォルニアン 2/14
カリフォルニアン 3/14
カリフォルニアン 4/14
カリフォルニアン 5/14
カリフォルニアン 6/14
カリフォルニアン 7/14
カリフォルニアン 8/14
カリフォルニアン 9/14
カリフォルニアン 10/14
カリフォルニアン 11/14
カリフォルニアン 12/14
カリフォルニアン 13/14
カリフォルニアン 14/14
Bite!
Bite! 1/17
Bite! 2/17
Bite! 3/17
Bite! 4/17
Bite! 5/17
Bite! 6/17
Bite! 7/17
Bite! 8/17
Bite! 9/17
Bite! 10/17
Bite! 11/17
Bite! 12/17
Bite! 13/17
Bite! 14/17
Bite! 15/17
Bite! 16/17
Bite! 17/17
奥付
奥付

閉じる


試し読みできます

専務の野望 1/6

    明名物産    虎ノ門本社ビル    35階

午後……

ニューヨーク、ロンドン取引の合間、束の間の静寂が訪れていた。

西日が半開きのブラインドの隙間から入り込み、デスクに幾何学模様の陰をつくる。

空調のせいか、その陰はゆらゆらと揺れていた。

 

 祐司は立ち上がるとブラインドの隙間から外を眺めた。

相変わらずの首都高速の渋滞。 一面を埋め尽くす人工物。

密閉された高層ビル内は外部の音が完全に遮断されており、そのせいか無機質な異世界が眼下に広がっているように見えた。

(腹減ったなぁ)

遅めのランチに出掛けようと、半開きのブラインドを全閉にした。

 

「森次長!」  

不意に呼び止められた。

真っ黒に日焼けした瀧澤(たきざわ)専務だ。

根っからのアウトドア派で、学生時代はヨットでならし、国体にも出たという。

50代半ばになるがバーバリーを颯爽(さっそう)と着こなし、女性社員にも人気があった。

祐司が10年前に明名物産の入社試験を受けた際は人事部長であり、後々に瀧澤専務だけが祐司を後押ししてくれたと聞いたことがあった。


「食事は摂ったのかい?」

「いえこれからです」

「ちょうどよかった。たまには付き合えよ。話したいこともあるし」

「あっ、はい。お供します」

上役からの食事の誘いは言わば業務命令のようなもので、断る選択肢はなかった。

「上行くか?」

「上はラウンジしか?」

「ラウンジじゃ嫌かい?」

「いえ、そんなことは……」

「たまにはいいだろ」

「えぇ、はい」

戸惑う裕司を意に介さない専務。

下層階には多くのテナントが入っており、評判のいい飲食店もいくつかあった。 上役が部下を誘う際は下層階で済ますのが常で、ラウンジはゲストと役員の専用だった。

「明名に入ってきたからには、ここでランチが食えるように頑張れ」

研修官に言われて発奮したのを思い出す裕司。

(もう10年か……)

「どうした?」

「いえ、新人研修以来だったものですから」

「そう畏(かしこ)まることはないさ」

瀧澤専務に背中を押されて45階で停まったエレベーターを降りた。

  

    ラウンジは窓際に並んでいるカウンター、中央に8卓の4人掛けテーブルといくつかのゲスト用個室に分かれていた。

「せっかくだから個室に行くか?」

「はぁ……」

戸惑っている裕司を尻目に一番奥の個室に入る専務。

 

    個室内のテーブルは6人掛けで真っ白なクロスが眩しかった。

それぞれの席には食器類が整然と並べられ、テーブル中央には数種のパンの入ったバスケットと何枚かの小皿の上に固形バターが置かれている。

「森くん、残念ながらここはメニューが洋食か和食しかないんだよ。どっちにする?」

「はい、では洋食を頂きます」

明らかに洋食用のセッティングに促されるように応える裕司。

「じゃあ俺も洋食にするか。君、洋食二つお願いね」

ちょうどアイスウォーターを運んできたウェイトレスに瀧澤専務が注文した。

「畏まりました」

ウェイトレスは注文を訊くと使わない食器を手際よく片付けて下がった。


試し読みできます

専務の野望 2/6

    祐司は直属上司を飛び超えての急な誘いであり、役員専用のラウンジで、しかも個室まで使う待遇について専務の真意を推(お)し量(はか)った。
大胆ではあるが冷静沈着な専務が無計画に自分をランチやラウンジに誘うはずがない。
喉まで出かかった「お話しとは?」の切り口上を寸でのとこで留めていた。
専務の設定しているであろう流れに逆らうのは無礼な気がした。
いや、悪い知らせなら出来るだけ後回しにしたかっただけなのかもしれない。

「あっ話しなんだが、森君、アメリカに行かないか?。急なんだけど」
「アメリカですか?」
唐突な出だしに戸惑う裕司。
「近畿大学で黒マグロの完全養殖が成功したのは知ってるだろ?」
「はい、築地にも出回り始めたようですね」
「そこでだ。鯨と同じように天然マグロに全面的な規制がかかるのは時間の問題なんだ。となると世界的に需要が高まっている中、養殖の依存率は飛躍的に上がる」
「はぁ……」
専務の意図が掴めない。
 
「出所は俺なんだが、メキシコに黒マグロの養殖プラントをつくるプロジェクトを立案してて、そのメンバーを人選しているところなんだよ」 
「それが私にということで?」
どうやら悪い知らせではないらしい。
「そういうこと。リーダーは俺がやるけど他のプロジェクトにもかんでるから現地入り浸りってわけにはいかない。同行するスタッフにメインで動いてもらうことになる」
「何人くらいのスタッフになるのでしょうか?」
「同行してもらうスタッフは一人だけだ。あとはロスの支社から二人、メキシコではサンミゲロという水産会社とタッグを組む」
「メキシコなのに何故ロスなんですか?」
「メキシコには支社はないからな。単純に一番近いロス支社ってことと、メキシコとの商売を仕切ってきたのはロス支社だ。まずはそのパイプを使おうということだ」
「で、任期はどれくらいになるのでしょうか?」
「わからん。計画では3年だが、あくまでプラントの完成までの最短期間としての想定だ。実際にマグロが成魚になるまで、そこから3年はかかるし、試験プラントの成否にもよるから、実際に何年かかるかは、やってみなきゃわからん」
矢継ぎ早に質問する裕司。
期待と不安の入り交じる胸の内がそのまま顕れている。
 
「メキシコ自体に赴任はしないのですか?」
「勿論、視察には行くし、暫(しばら)く滞在することにもなるだろう。だがメキシコは超がつく債務国だ。そんな国に投資するのは危険すぎる」
「投資しない?」
 アイスウォーターに口をつけようとした裕司の手が止まった。
「そうだ。身銭は切らない」
「……?」

「失礼します。本日のサラダとスープになります」
祐司が懸命に話を整合させようとする最中(さなか)、ウェイトレスが何やら神妙な空気を察したのか、入り口で戸惑い気味に声を掛けてきた。
「頼むよ。おぅミネストローネか、俺の好物だ」
ウェイトレスの運んできた器を見やると嬉しそうに目を細める専務。
「よし、食いながら話そう」
思考のさ迷う祐司を尻目に専務は早速スープを啜(すす)り始める。
「専務、投資をしないプロジェクトって……?」
「あぁそうだったな。日本政府とメキシコに金を出させる」
「政府に?」
再び手が止まる裕司。
「ODA(政府開発援助=Official Development Assistance)と外務省の国際協力機関のJICA(ジャイカ=Japan International Cooperation Agency)を使う」
「はぁ……」
裕司はグラスを持ったまま固まってしまった。

試し読みできます

専務の野望 3/6

「どうした?」
その様を見遣りながら専務がバスケットに入っていたフランスパンの一片を小皿に乗せると裕司の前に置いた。
「すみません。自分の想像を超えるお話のようなので……」
裕司は器量を見透かされたようで気恥ずかしかった。

「日本政府は色んな国に円借款(えんしゃっかん)してるだろ」
「はっ、はい。中国、東南アジア、中南米などですね」
「そうだ。きちんと契約通りに利息を含めて還す国もあれば還さない国もある。還さない国はどうなるか?。まさか取り立て屋を雇って国ごと揺するわけにもいかない」
「えぇ」
戸惑いながらもバターナイフを持つ裕司。
「借款の原資は当然ながら税金だ」
「仕分けの追求も厳しくなってきてますからね」
「そうだ。国内が財政赤字でパンクしそうになってるのに、見返りの期待できないよその国を助けてる余裕はないだろ。メキシコは累計で2千億円以上借款して、1銭も還してこない。それでも毎年、借款し続けている」
呆れたといった態で首を振ると、スープを啜る専務。
「追求の恰好(かっこう)の的ですね」
応えながら祐司は一片にバターを塗る。少し落ち着いてきた。

「まぁ、もともと還す見込みがないのを知ってて貸してるフシもあるし、人道支援が名目だから還せとは言わないんだけどな。だが政府や外務省は国内的には頭痛の種だな」
「なるほど。少し見えてきました。ODAを使って養殖プラントを建設し、円借款返還の糧(かて)をつくる」
「そんなとこだ。ない袖は振れないし自力での産業発展を待ってても埒(らち)があかない。だったら産業そのものを提供すればいい」
専務は噛み合い出した会話に口許が綻んでいる。
「わかります。しかし養殖の技術はどうするんですか?。マグロの完全養殖は最新の技術でしょうし、我社には分野違いでルートの見当もつきませんが……」
訊ねると一片を頬張る祐司。
「そこでJICAなんだよ。JICAは国際協力の実行集団だ。その道のプロが官民問わず専門家として登録されている。その技術を使う」
「使うと言っても……」
口許を手のひらで隠した祐司が首を捻った。
「勿論、俺達が使えるわけじゃない。メキシコ政府から日本政府にODAの拠出(きょしゅつ)案件として打診させプロジェクト化する。プロジェクトとして成立すればJICAが動く」
「はぁ」
生返事で今ひとつ合点がいかない。
 
「ただ唯一の心配は案件化されるかどうかだったんだ」
「ODAは環境保全などの人道(じんどう)支援が名目ですからね」
「そうなんだ。だから産業支援的な俺が描いたプロジェクトは前例がなかった」
「それが通ったんですね?」
専務に笑みが浮かんだ。
 
「そうだ。あの仕分けは本当にいいタイミングで始まってくれたよ。借款の垂れ流しが俎上(そじょう)に上がるのは時間の問題だからな。費用対効果の認められない事業は尽(ことごと)く廃止だ。下手すれば2千億円を野放図(のほうず)に垂れ流した責任問題にも発展する」
「費用対効果の面で見れば十分に釣り合うわけですね?」
「釣り合うと言うより2千億既に突っ込んでるからな、投資に見合う見返りを政府は探してたんだよ。返還される当てもない借款を続けて、自分達が突き上げられるのは時間の問題だ。メキシコのインフラ整備を日本の税金で賄(まかな)って、日本に何の国益があるんだい?」
「……?」
返答に窮する裕司。
「せいぜい国連決議で日本に味方してくれるぐらいのものさ。日本が裕福ならそれでもいいだろう。ODAの名目は人道支援だからな。だが日本が沈没しかかってるんだ。そんな悠長(ゆうちょう)なことは言ってられない」

試し読みできます

専務の野望 4/6

「確かに……」
祐司は頷きながらスープを啜る。
「ODA拠出はまず2国間の協定だ。ロス支社を使ってメキシコ政府にアプローチしたら、こっちが金出して産業興(おこ)すんだから、すぐ食いついてきたよ。あとは日本が金出して整備した下水道とメキシコ湾の浄化をリンクさせて、拡大事業としてマグロ養殖のシナリオを描いたのさ」
「と言いますと?」
「メキシコ湾の海洋汚染が深刻化してるのは君も聞いたことがあるだろう?」
「はい。一時期の水俣(みなまた)に近い地域もあると報道番組で見たことがあります」
「工場排水や家庭からの雑排水が原因なんだが、これは下水道を整備すればかなり改善する。日本が拠出した円借款の大半は下水道を含めたメキシコの環境整備に充(あ)てられたんだが、お蔭様でメキシコ湾が綺麗になってます。浄化の指標として日本人の大好きなマグロをそこで養殖してみせます。成功すれば、お互い貴重な食料資源を確保出来ますし、借款返還の目処(めど)も立ちます。ひいては、もう少しお金貸してというシナリオなのさ」
一気に話して喉が渇いたのかグラスに手を伸ばす専務。

「見えてきました。ただ我社の役割が……?」
「プラント建設に関わる旨味(うまみ)は少ない。俺達はこの時点では単なる便利屋だ。ただ資材受注を我々の関連で貰う。微々たるもんだがな」
「というと狙いは別にある?」 
グラスを置いた専務の眼差しが一瞬だけ狡猾な色に変わった。
「プラント完成後だよ」
「マグロそのものですか?」
「当然。メキシコから揚がる養殖マグロの流通を独占する。これが俺が描いた最終的な狙いだ」
専務の口許が引き締まった。

「マグロの消費は日本だけでも年間80万トン。このうち黒マグロは5万トン弱だ。海の黒ダイヤ、全身トロと言われる黒マグロはマグロ種の中でも最高値で天然の冷凍物がキロ7000円で取引されている。大間産は軽く1万円を超えるがな。これを年間30万トン生産する巨大プラントを造るんだ」
「30万トン!?」
声のトーンが変わる裕司。
「そうだ。キロ5000円として1兆5千億。需要は世界的に伸びているし、これで漁獲量に更に規制がかかれば……」
「更に高騰する」
「その通り。ここ10年間の需要の急激な推移をたどると、10年後には全体で300万トンになる計算だ。天然資源に頼っててはもはや無理なんだ」
束の間、専務に見えていた狡猾さは既にその熱情で掻き消えていた。
 
「つまり養殖しないと需要に追いつかないと?」
「そうだ。メキシコプラントから5年後に初出荷。更に10年後には完全養殖での初出荷だ」
専務の表情が生き々している。
「なんだかワクワクしてきました」 
その意気込みが裕司に伝播する。
「そして15年後には全需要の1割をメキシコで賄う。年間30万トンを誇る巨大養殖プラントだ。東京ドーム1000個分の生け簀(す)を使う。こんなこと国内じゃ無理だろう?」
裕司の顔を覗き込む専務。いたずらを思いついた少年のような目をしている。

「民間ベースでしかもその規模はありえませんね」
「我社の利益だけでも年間3千億円が見込める」
裕司の驚きを楽しむかのようだ。
「凄いですね。3千億なんて。実現したら我社の基幹(きかん)産業になります。専務は社長におなりですね」
柔(にこや)かに笑う専務。
「社長?。残念ながらそんな気はないよ。……ここだけの話なんだが俺はこのプロジェクトを有終の美にしようと思っている」
「有終の美……?」
意外な一言に訊き返す裕司。
「プラントが採算ベースに乗ったら俺はそっくり後任に明け渡す。そして本当にやりたいことをやる」

試し読みできます

専務の野望 5/6

「えっ、本当にやりたい事ですか?」
「俺にはどうしてもやりたいもう一つのプロジェクトがあるんだ」
「もう一つのプロジェクト?」
宙をさ迷う裕司の目。
「あっ……、すまん。乗せられてつい口がすべっちまった。今は聞き流しといて欲しい。時期が来たらな……」
「えぇ、はぁ」
生返事の裕司。
何かを思い返すように話す専務。ただしその表情からは並々ならぬ決意がみてとれた。
「……思わせぶりですまんな。まずは養殖プラントを現実化させることだ。相手あっての事だし時期が来て、条件が整っていたらの話なんだ」
「はぁ……。つまり第一プロジェクトをクリアしないと第ニプロジェクトには進めないという訳ですね」
裕司なりに助け舟を出した。
「君らしい受け取り方だなぁ。そうだな。今はそういう事にしておいて欲しい」
裕司の気遣いが判ったのだろう、にこやかに頷く専務。

「失礼します。メインディッシュのフォアグラソテーとラムのパイ包み焼きです」 
ウェイトレスが話の流れを折らないタイミングで料理を運んできた。
「ラムか……」
「はい。今日は中近東のお客様がお見えとのことでイスラム仕様でしたので……」 
世界中に支社を持つ商社ならではの気遣いで、特にイスラム圏の顧客に対しては食習慣の違いから通常の飲食店では対応出来ないためラウンジが用意した。
「最初に確認しとけばよかった……」
首に手を当て困り顔の専務。
「専務にも苦手があるんですね?」
少年のような仕種につい、からかい口調の裕司。
「羊だけはどうもな……」
本当に苦手なのだろう、挑発に乗ってこない。
「和食にお取り替え致しましょうか?」
ウェイトレスが機転を利(き)かせた。
「いや、大丈夫。我が儘(わがまま)言ってすまない」
「替えて貰った方が……?」
祐司も落胆した専務を見てウェイトレスに加担した。
「食わず嫌いなだけだ。たった今、今日から直す」  
専務はフォークを手にとるとパイの上部に切れ込みを入れた。 独特の香りが立ち込める。
「うむ、思ったほどじゃないな」 
自分に言い聞かせるとサイコロ状にカットされたラム肉をパクリと頬張(ほおば)る。
「いける」
見守っていたウェイトレスもその様を見て安心したのか奥に下がった。
 
    しかしウェイトレスが下がるのを見届けるやいなや水で流しこむ。
「やっぱりやせ我慢じゃないですか」
吹き出す裕司。
「俺達の世代はな、嫌いな食べ物なんて許されないんだよ。お袋に見られたらひっぱたかれちまう」

強がってみせても明らかに進まない風な専務。
「えーっ、そうなんですか。うちはそれに比べると甘いですね。家内なんか娘の分は好き嫌いで分けて別個に作ってますからね」
「それはいかん。ところで子供さんは何人?」
「娘だけです。来年、小学校に上がります」
「可愛いさかりだな」
専務の口許が緩む。
「はい。専務のお子様は?。もう独立されるお年頃なのでは?」
「……。うちにも一人息子が居たが……」
突然、遠くを見る眼差しに変わる専務。
「居た……?」
「社には知らせなかったから一部の連中しか知らないんだが他界したんだ。もう4年になる」
「えっ……!」 
絶句する裕司。
「すまない。俺が子供の話を持ちだしたばかりに……」


読者登録

Y.F キーパーさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について