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 「味の店」と赤文字で書かれた立看板の横に、猫が一匹寝そべっていた。

猫の毛並みは白と茶の斑模様である。

瞑想しているのか、目を閉じている顔に隙がない。

しかも寝そべっている姿は悠然としている。

 

昼食に煮魚を食べたくて、頃合いの定食屋を探していたら、この店を見つけた。

入店時、猫も一緒に入って来るのか、行動が気になって、再度猫を見た。

もし猫も一緒に入って来たら、動物嫌いな私は直ぐ出ようと思った。

しかし猫は私に全く無関心。

 

引き戸を開け、店内に入ると二十歳代の一組のカップルが、カウンターで料理を待っていた。

六人掛けのカウンターで、客は彼等だけだ。

この店の広さなら、混み具合は丁度良い。

 

カップルの女性の隣ひとつ椅子を空けて座った。

カウンターの中より、「いらっしゃい」と威勢の良い声がした。

六十歳代の人の良さそうな親父が、笑顔で出迎えて呉れた。

本日の日替り定食は鯛のあら炊きとのこと、それで良いか確かめてきた。

一番食べたかった物だ。

私はそれで良いと答えた。

 

その答えを待っていたかのように、奥から三匹の猫が出て来た。

猫嫌いな私は「しまった」と思ったが、もう注文したので出て行くことは出来ない。

諦めて、料理が出てくるまで、私は猫の行動を観察することにした。

三匹の外見は二匹が白色、一匹が外で寝ているのと同じ色である。

白色の一匹は外の猫に会いたいらしく、暫く戸を引っ掻いていた。

奥から中年の女性が出て来て、一言二言猫達と喋って、三匹共、抱き上げ奥に連れて行った。

猫との会話の内容は猫嫌いの私にとっては意味不明だった。

 

念願の鯛のあら炊き定食が来た。

内容は鯛のあら炊き、ご飯、野菜サラダ、肉ジャガ、みそ汁のセットで七百五十円である。

この分量でこの価格は安い。

鯛のあら炊きの味は甘辛さは少し濃目であるが、

口の中では意外にさっぱりして、嫌な甘さが残らない。

 

 

 


 食事半ばに二匹の白猫がまた出て来た。

一匹は私の後ろの額縁に入った魚拓に手を伸ばして、その魚拓の魚を掴もうと、悪戦苦闘している。

猫は全く背が届かないので、その行動が本物なのか、遊びなのか分からない。

ただその猫の気がどうも魚拓に行っていない。

猫の視線が鯛のアラ炊きの方向にある。 

これが客のおかずを取る為の作戦行動なら大した役者だ。

残り一匹は、私とカップルとの間の椅子の下から、カウンターを眺め、私の側に来そうだった。

こいつが一番油断出来ないようだ。

 

猫達も大人しかったので、食事に集中して食べることにした。

鯛を三分の二程、食べ終った所で、頭部の骨部に付いていた焦茶色の部分が目に入り、食べてみた。

少し歯ごたえがあるが、すぐに口中で蕩けて行く。

これはだし汁がゼラチンに薄められ、味が頃合いの旨みになっていた。

これは旨いと思い、小さい部分なので、食べ残しはないかもう一度、鯛の中を探すことにした。

骨の窪みに隠れているのを探しては口いに入れ、味わった。

 

一瞬左右が気になり振り向いた。

驚いた事にカウンターを見上げていた猫は私の隣の椅子に上がっていた。

猫の視線は鯛のアラ炊きではなく猫の前のカウンター上を見ていた。

不意に態勢を変え、口を大きく開けた。

飛びかかられるかと思ったが欠伸をしただけだった。

ただ、私が食べている部分がどうも気になるらしく、猫の気は私の手元に有るようだ。

もう一匹も私の左の椅子の上に上がっていた。

そして後方の魚拓に手を延ばしその中の魚を捕まえようとしている。

二匹とも視線は鯛の粗炊きを外している。

大した役者達である。

 

私が食べている鯛を絶対見ようとしないのは私に気を使っているのか、

躾けられているのか分からないが、客の食べ物には絶対手を付けない態度は見上げたものである。

他人のものを奪いたがる人間とは品格が違うようだ。

 

 

カップルの彼女の方が彼氏との会話に飽きて、私の右横の猫を相手に遊び出した。

猫は人間の若い女には無関心で、あくまで視線はカウンターの何もない一点を見つている。

彼女はなおも猫を撫で回したが、猫は無関心だった。

彼氏は自分達の会話を邪魔されたくないらしく、椅子に座っていた猫を手で追っ払った。

もう一匹もその行動に合わせ、椅子から降りたが、下から私の鯛の粗炊きに視点を少し外している。

それぞれの行動を引き継いでいた。

中々根気の良い猫達である。

 

食事が終わり、支払いをした。

カウンターを振り返ったが、猫達は私の食事に目も呉れず奥に引き上げた。

引き戸を開け外に出ると、立看板の下に初めの猫がまだ寝ていた。

彼らは食べるために徘徊している他の猫達と明らかに違っていた。

鯛の粗炊きはおいしかったが、何かもっと清潔感のある店で食べたかった。

心にわだかまりを持ちその店を離れかけた時、うしろから「ゆっくり味わったか」と声がした。

振り向くと人の姿はなかった。

ただ猫がまだ、立看板の下で悠然と寝ていた。

しかし口は少し動き、喋った気がした。

この猫達は人に媚びず束縛し合わず唯々相手に無関心を装っていた。

猫に食事を取られないか心配しながら食べる小心の自分を試された気がした。

 

 

                        -終わりー

 


 

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