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 私はやっぱりゾンビになったのだろうか。ちょっと咬まれただけでうつったのか?でも、少し傷になって血が出たけど、たいして痛くないし、気分が悪くなったりもしていない。凶暴になんてなっていない。

 私は、だいじょうぶ!と思える理由をさがしてあれこれ考えつづけた。咬まれてすぐに傷口に消毒薬をつけたし、咬みついてきたヤツはそもそもゾンビの感染者じゃなかったかも……。

 いや、ちがう!小さな子供だと思って油断したけど、あいつはきっと感染者だ。灰色の顔と吊り上った目がゾンビそのものの姿だった。あいつに咬まれたからには、私もゾンビになったのだ。

 帰り道でずっとゾンビに襲われないか、ビクビクしながら歩いてきて、日暮れ前の明るいうちにようやく家の玄関の前に辿り着き、ホッとしたところに、あいつがトコトコッと近寄ってきて、虚をつかれたのだ。

 紺色の幼稚園の制服を着て小さなリュックを背負った男の子が、私の腕にとびついて咬み付こうとしてきた。

 ゾンビだ!と思って、とっさに横によけたので腕は咬まれなかった。突進してきたこどもゾンビは空をつかんで地面に倒れこんだ。そしてすぐに横っ飛びして、私の足首にとりついてカプッと咬んだのだ。

 私は持っていたバッグで、こどもゾンビの頭や背中をバンバン叩いたが、全然はなれない。咬まれていない方の足で、引き剥がすようにドカドカ蹴りつけると、やっとはなれた。それから、こどもゾンビはタタタッと走り去った。


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最終更新日 : 2012-12-17 21:39:42

 家に入って私は呆然としたまま、足首を洗ったり薬をつけたりした。家の中は私ひとりだけだ。母と娘ふたりだけの家族だけど、お母さんはずっと帰ってこない。ゾンビがらみの騒乱のせいで、お母さんの勤め先の会社は火事になったらしいのだが、安否がわからないまま一週間が経ってしまった。騒乱のあった地区は立ち入り禁止になり、インターネットも電話も使えなくなっているし、どうやってお母さんをさがしたらいいんだろうか。一人きりの家はしーんと静かだった。

 咬まれた足を見てみると、左の足首の外側にこどもゾンビの歯型の点点が紅くポツポツと楕円の形に浮きあがっている。少しチクチクするだけで、痛みはそれほど強くない。でも、きっとこれからだんだんゾンビになっていくのだろう。もうすぐ、灰色の顔と吊り上った目をして、人間を襲って歩くようになるんだ……。

 私は床につっぷして大声をあげて泣いた。あとからあとから、うぉーんうぉーんという声がおなかからわきあがってきてとまらない。ゾンビになるのはいやだよ!お母さんはどうして帰ってこないの?うぉーんうぉーん。これが号泣というものなんだ~。

 外へ出かけたりしなければよかった。シューサクの家に相談に行くなんて、おろかだった。

 冷たく追い払われて、ゾンビが潜んでいる街中を歩いて帰ってこなければならないなんて。

 彼氏だの彼女だの、まったくばかばかしい。弁当を作って来いだの、髪を短く切るのはダメだの、えらそうにいばられて、今までシューサクのために使った時間が惜しい。

もっとお母さんを手伝ったり、勉強したりすればよかった……。うぉーんうぉーん。

 


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最終更新日 : 2012-12-21 10:22:41

 泣き疲れて、いつのまにかうとうととねむってしまったらしい。目覚めるともう日が暮れて部屋が真っ暗だった。手探りで、スイッチを押して部屋の灯りをつけようとしたが、つかなかった。停電しているのだ。

 のどがすごくかわいている。冷蔵庫を開けたらその中も暗かった。まだ冷気は残っていて、手探りでそーっとマグカップに牛乳をついで飲んだら、けっこう冷たくておいしかった。このままずっと停電が続いたら、中に入っているものがダメになるな、と思うともったいない気がして、1リットルパックの牛乳をゴクゴク一気に全部飲んでしまった。500ミリリットルパックのヨーグルトも開けて食べてしまった。つい大食いしてしまうのは、体がゾンビ化しているせいなのだろうか。

 足首と顔がどうなっているのか確かめたくなって、懐中電灯をだしてきた。足首を照らしてみたが、傷は変わりはない。洗面所の鏡に顔を映して見ると、泣いたせいでまぶたが赤くなってふくれているのがわかるだけで、顔色が灰色になっているかよくわからない。目はつりあがっていないから、ゾンビの顔にはなっていないんじゃないの?

 そもそも、どういう状態になったらゾンビといえるのだろう。

 怪力で攻撃的なゾンビたち。ゾンビはどうして人を咬むのか。咬まれると、どういうしくみでゾンビ化するのか。ゾンビはほんとに感染症なのか。ゾンビについて調べようとした人間は皆、自分たちもゾンビになってしまった。ゾンビ被害が余計に拡大するので、ゾンビ研究は禁止されてしまったのだ。

 

 


3
最終更新日 : 2012-12-18 21:22:50

  ゾンビへの対処法は火で焼くことだけだ。この町も、ゾンビが出現したのだから、封鎖されて徹底的にすべて焼き払われるのだ。ゾンビじゃない人間がのこっていても省みられることはないだろう。

 私はお母さんの帰りを待っていて、町を脱出しそこねてしまったのだ。シューサク一家も逃げ遅れたくちだけれど、あの人たちはどうも地下シェルターにかくれて、ゾンビ焼き打ちの日をやり過ごすつもりらしい。

 シューサクとその家族は、私にいっしょに避難しようとはいわなかった。とるにたりない私のような人間に、水や食料を分けるのがいやなんだろう。私はあの人たちになめられているからね。

 シューサクは威圧するように、ことばだけはもっともらしく、私に言った。

「ミヤコちゃん、今は何もできないし、家でお母さんを待つのがいいと思うよ。日が暮れる前に帰ったほうがいい。」

 これほどイヤな奴だったとはね。

 思い出すと、猛烈にくやしくて、また涙がでてきた。でも泣くのはもう飽きたので、顔を洗ってさっぱりすることにした。水道は使えるようだ。

 いつも使っている自分のじゃなくて、お母さんのを借りてみた。クチナシの花の香りがする洗顔フォームを念入りに泡立てて顔を洗い、ふわふわの柔らかいタオルで顔をふくと、気がせいせいした。

 そうだ、冷凍庫の中には、買い置きのアイスクリームがあったはず。溶けないうちにあれも食べてしまおう。


4
最終更新日 : 2012-12-17 21:55:17

 ……。突然、背後のトイレから、ジャーッと水を流す音が聞こえてきた。私はビクッと飛び上がりそうになった。誰かいる……?

 勝手にトイレの水が流れるなんてことないよね?お母さんが帰ってきたのならうれしいけど、これはちがう気がする……。

 侵入者、泥棒、痴漢、変質者、ゾンビ……。不穏なことばがいろいろ頭の中をぐるぐるかけめぐって、心臓がドキドキした。

 さっそく戦わなければならないのか。まだなまなりのゾンビなのに。

 身構えてトイレのドアをジッとにらんでいると、コトリとドアを開けて出てきたのは、家の外で襲ってきたあのこどもゾンビだった。いつのまに、どこから入ったのか。明かり取りの小窓からかなぁ……。

 こどもゾンビは用を足した後、行儀よくちゃんと手を洗ったけれど、身長が低いので、かかっている手ふきのタオルに手が届かなかったんだろう。自分のポケットから白いガーゼのハンカチを出して手をふいている。ハンカチの端には油性ペンで、「タロウ」と名前が書かれている。

 タロウくんもゾンビのなりかけなのだろうか……?襲ってきたときのような凶暴さが今はないみたいだ。

 私とタロウは、つっ立ったまま見つめ合った。相手が攻撃してくるかどうか互いに探り合ったのだ。

 


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最終更新日 : 2012-12-17 21:42:30


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