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まえがき

みなさま、はじめまして。
もしくはお久しぶりです。佐原チハルです。

こちらは、ブログ『旅の空でいつか』(http://atoznotabibito.blog82.fc2.com/)にて掲載中の作品に
若干の修正を加えたものです。

なにかお気づきの点やご感想などございましたら
率直なご意見として、お聞かせ頂けますと嬉しいです。

コメント、お気に入りなど頂けますと大喜びします。

それでは、次のページよりお楽しみください!

***************


最後まで仕事をしていた職員たちが帰宅し、
非常灯以外の全ての図書館内の明かりが落とされ、
漏らすことなく出入り口に施錠されて数時間後。
近隣の家の明かりも消え、人々はすっかり寝静まり、
聞こえて来るものと言えば時折近くを通りがかる車の音だけになったころ。

低い棚の上に鎮座したくまが立ち上がり、言った。

「集合!」

するとあちこちから、
よいしょ、よいしょ、よっこいしょ、と小さな声が聞こえ始め
数十秒後には、くまの立つ棚のまわりに、数冊の本が集まった。
年齢のごく小さな子ども向けの絵本から、
学齢期前の年代の子どもに好まれる絵本、
やっとかんたんな文字をおえる様になった子ども向けの絵本、
国内外のむかしばなしや伝承についてかかれた本、
国内の児童書、
海外の児童文学本たちだ。
それからヤングアダルト世代向けの棚の本も1冊やって来て、
最後には、それらの子を持つ保護者向けの棚の本が訪れた。

その様子を見届けてから、厳かな声でくまが言った。

「メンバーが揃ったな。
 それではこれより、児童書コーナーの定例会議をはじめる」

本達がパタパタとゆれ、小さな拍手のような音がわき起こった。
くまがヤングアダルトの棚と保護者向け本コーナーからやってきた2冊に
「今夜はわざわざ呼びだててしまってすまない」という言葉とともに感謝の意を伝えると
2冊も丁寧におじぎを返した。

「それでは、まず今週の報告から。
 何か発言のあるものは前に出るように」

くまのその言葉で前に出たのは、学齢期前の子ども向け絵本だ。
心なしか、ページが湿気っているように見える。
ハリのない様子だ。
気落ちした声で、その本は言った。

「今週は……仲間が1冊、やられました」

「なんということだ……!
 それで、その本は今どうしている?」

「職員により、手厚い治療を受けていましたが……
 一昨日、手当の甲斐なく……死亡が確認されました」

その本の言葉に、周囲からは「あぁ……」という声があがる。
くまも声の調子を落とした。

「死因は?」

「パンケーキの、シロップです。
 子がシロップのカップを倒してしまったのでしょうか……
 運の悪いことに、ちょうど閉じた本の上から垂れ流されてしまったような形だったようで、
 全てのページがベトベトになり……。
 その家の母親が、焦ってシロップを水洗いしたような跡も確認されています。
 善意からの行為でしょうが、
 おかげで紙が弱くなり、絵もインクも滲んでしまって……
 返却された時には、すでに瀕死、虫の息といった状態でした」

「悲しいことだ……。お前のところは、たしか先月も1冊やられていたな」

「うぅっ」とその本が泣き崩れる。
「泣いちゃダメ、涙はページの毒よ!」「おいお前までがダメになるつもりか? しっかりするんだ!」と周囲の本たちからは声があがるが
その声たちも元気のない様子だ。

少しして、多少落ち着いた様子の本が言葉を続けた。

「先月は、こ、コーヒーでした……。
 アイツの場合は、犯人に碌に手当された様子もなく、
 完全に汚された身体のままでカウンターに……」

その本のことを思い出したのか、
沈痛なため息に似た声が方々から漏れ聞こえてきた。
コーヒーにより死亡した本は、長く棚のみんなから愛された存在だったのだ。
重い空気があたりを包む。

「自明のこととは言え、やはりここのコーナーの本たちは
 こうした事件で命を落とすことが多いな。痛ましいことだ」

くまの発言に、涙をこらえていた報告絵本が「しかし」と声をあげる。

「しかし、一昨日逝ったアイツも、立派に責務を全うしました……!」

そうだ、そうだね、と周囲の本たちも同意の声をあげる。

「アイツの内容は、たしか……」

「はい、りすのこどもが、母りすとともに
 山のようにたくさんのパンケーキをつくって食べる、というものでした」

可愛らしい子りすが、やさしげな母りすと楽しげにパンケーキをつくり
たっぷりのシロップをかけて口いっぱいにほおばる様子は、
子どものみならず、保護者世代にも愛されていた。

「あいつの最期の言葉は……
 自分もついにシロップの味を知ることができて満足だ、と。
 自分らしい本生を遂げることができ、悔いはない、というものでした……!」

再び周囲からはため息のような声があがる。
コーヒーで死亡した本の最期の言葉は、たしか
「こんな苦々しい最期を迎えることになるとは思っていなかった」という
随分とビターなものだった。
それを思えば、今回の本はいい最期を迎えたと言えるのだろう。

報告絵本や周囲の本たちがひとしきり悲しみに沈み、
それぞれが哀悼を捧げ終えたあたりでくまは言う。

「辛い報告を、ありがとう。
 きみも、他の諸君たちも、くれぐれも水気には気をつけて、命を大切にするように」

本たちはページを傾けて頷いた。
その様子を見終えてから、くまが再び口を開く。

「それでは、次の報告を」

はい、と言って声をあげたのは、ヤングアダルトコーナーの本だ。

「今夜は、こちらの棚の皆さまにもご報告すべき事柄があり
 コーナーを越え、会議に参加させていただきました」

「どうした」「なにがあったの?」と声があがる。

「もしかして、わたしたちのコーナーを巣立って行った子に関することかしら?」

1冊がそう問いかけたところで、ヤングアダルトコーナーの本がページをしならせ頷いた。

「サユキちゃんのことなのです」

まぁ、と問いかけた本が驚いた様子でページを開いた。

「サユキちゃんて、あのサユキちゃんかしら?
 ほら、色が白くて、5年くらい前まで……
 たしか小学校3年生くらいまで、よく遊びに来てくれていた」

「あぁ、あの子か!」と他の本達からも声が上がる。
ヤングアダルトコーナーの本が、再びページをしならせた。

「そのサユキちゃんが、どうしたの……?」

彼女の身に何か起きたのだろうか。
緊張した児童書コーナーの本たちの視線が、報告本に集まる。
その視線の重さを受け止めるようにしながら、「実は……」と、報告本は再び口を開いた。

「……デート、していました」

「え?」と本たちが固まる。
一瞬の静寂の後、「な、な、な、なにぃーーー?!」と、一斉に本たちがページをわさわさと震わせはじめた。
「静かに!」と注意する、くまの声すらもかき消されてしまいそうな勢いだ。

「それで、相手はどんなヤツだ?!」
「本当に2人は付き合っているのか? ただの、ちょっと仲がいいだけの友達ではないのか?」

やいのやいのと問いつめるような様子の本たちに「静かに、静粛に!」と、くまが言い聞かせている。
騒ぎが収まったところで、再び報告本が口を開いた。

「付き合っているのは、おおかた間違いないでしょう。手を、繋いでいましたから」

あぁー、と悲痛な声が響くが、
くまがじろりとにらみをきかせたため、今度はそれ以上の騒ぎはおこらなかった。

「彼女の相手の子は、ここの図書館に来るのは初めての様子でした。
 少なくとも、今まで自分は見かけたことがありません」

「どんな子だ」

「会話の内容から、サユキちゃんと同じクラスの子のようです。
 背は高く、元はスポーツをしていたような体つきをしていますが、
 その、……髪の毛を薄い茶色に染めており、ピアスを3つ程開けています」

悲鳴のような声があがった。
くまが苦労してそれを沈める。
くまだって、落ち着いていられるような心持ちではない。
あの幼く、可愛かったサユキちゃんが
そんなどこの馬の骨とも知れない人物と付き合っているなど
心配でないはずがない。

「よし」と1冊の本が言った。

「おれが……おれが、どうにかしてやる!
 今度そいつを見かけたら、棚から落ちて、角のところをぶつけてやるんだ!」

「おぉ」と感心した様な声があがる。
そして
「でもわたしたちの棚は低いわ、いくら狙ったところで中学生の頭にはあたれない!」
だとか
「それなら足だ、足の甲を狙え!」
だとか言う声が続く。

「静粛に!」

ひときわ大きなくまの声が響いて、再び本たちは静かになった。
報告本が再度口を開く。

「今まで見かけたことのない子だったので、
 その子自身に図書館に来る習慣がないか、
 もしくはそうした習慣のない家で育ったのかとも思っていたのですが、
 選ぶ本の厚み・文体・挿絵の様子などから判断するに、本を読み慣れているらしい様子ではありました。図書館でのマナーもしっかりと理解している。
 どこか、市外からやってきた子どもなのかもしれません。
 ……外見はたしかに、校則違反です。
 しかしそんなもの、大人であれば気にもとめられない程度のものです。
 また、その子の言動はなかなかに頼もしいものでもありました。
 ですから自分としては、まだその子に対し、良いとも悪いとも判断を下せないのです」

むぅ、と考え込むような声が上がり始める。

「そうだな、たしかに、茶髪にピアス程度の外見からじゃ判断はできない」
「ねぇサユキちゃんは? 一緒にいて、サユキちゃんはどんな様子だったの?」

少し照れた様子で報告本は言った。

「非常に楽しげで、とても仲のよさそうな様子でした。
 まるで今にも、棚の陰で、き、キスでもし始めてしまいそうなほどに……っ!」

「きゃぁー!」と、今までとは違った様子で悲鳴があがった。
「自分も見たい!」といった盛り上がった声や、「やっぱり私が棚から落ちてその子の足の甲を狙ってみせる……!」といった物騒な声など、様々だ。
くまが再び苦労してそれらを沈める。

「報告は以上だな」

報告していた本が頷くのを見届けてから、
自分もまだ落ち着かない気持ちであることを隠すように、静かな調子でくまは言った。

「この件は、保留だ」

えー、と声があがるのを制してくまは続ける。

「サユキちゃんが楽しげである以上、自分たちが動くのは時期尚早だ。
 ページの角をぶつけてみたところで、自分たちのダメージだって計り知れない。
 大きく破れでもしたら、自分たちを読むことを楽しみに待ってくれている子どもたちや
 補修にあたる職員を大層悲しませることになるだろう。
 軽々しく行っていいことではない。
 それに、サユキちゃんの相手は本好きである可能性も高いようだ。
 サユキちゃんが本心からその子のことを好きで、
 自分たちの行為がきっかけで相手との仲が悪くなり、悲しむ姿は見たくない。
 それがきっかけになって、図書館嫌いになってしまっても寂しいことだ」

「そうだな」「そうね」と言った声があがる。

「よって、保留だ。
 この件は他の棚の担当者にも伝達しておこう。
 また何か動きがあれば、随時報告をあげてもらう。
 みんな、それでいいか?」

「ダメなヤツだとわかったら、その時は容赦しない」という声もあがったが、
本たちは皆、ページを傾けて頷いた。
おおむね納得してくれたようだった。

くまがうむ、と頷くと、ヤングアダルトコーナーの報告本はペコリとページを傾けて、自分の棚へと帰って行った。

「さて、まだ報告のあるものはいるか?」

くまが周囲を見渡しながら言う。
誰も前に出てこないのを確認してから「それでは最後の報告だ」と告げた。
するとおずおずと、といった様子で
くまの後ろから一冊の本が前に出て来た。

「あの……みなさん、はじめまして」

「あら? 見かけない表紙ねぇ」

すみません、と恐縮した様子でその本がページをたゆませる。

「自己紹介からしてくれるか」

くまが言うと、その本はますます恐縮した様子になってから話し始めた。

「あの、わたし、普段は近所の小学校の保健室におります。
 今日はこちらの図書館のみなさんにお知恵を拝借したいことがあり、参りました」

周囲からは驚きの声があがる。

「どうやってここまで来たんだい?」

「えと、放課後、帰宅前に校庭で遊んでいた子がケガをして保健室にやって来たので、
 その子が絆創膏をはってもらっている隙に、ランドセルに紛れ込んで……」

「それから、それから?」と続きを尋ねる視線を受け、報告本が続ける。

「どうしても、こちらに参りたかったのです。
 ですから、今度はその子が寝ている間に、
 部屋の隅に置いてあったこちらの館の貸出用バッグの中に紛れ込んで……
 大変だったのは、バッグごと本が返却される時でした。
 確認作業で、こちらの職員さんにバレてしまわないか、と、緊張でした……」

どうやら、先に事情を説明して聞かせていた返却バッグの協力を得て、
職員に見えないように隠してもらって事なきを得たらしい。

再び驚きの声があがる。

「まぁ、それは大変だったでしょう」

「その子がここで本を借りていなかったらどうするつもりだったんだい」

恐縮した様子で報告本は言う。

「はい、ひとつの、賭けでした。
 怖かったけれど……でも、こうしてたどり着けてよかった……」

報告本の勇気を称えるようなため息が方々から漏れ聞こえた。
くまもその本の勇気を称え、心中で拍手を送ったが、くまには会を進行するという役目がある。
「続きを」と促した。

「それで、皆さまにご相談したいことなのですが、
 うちの学校に通っている、2人の生徒のことなのです」

「ほう」

「どんな子たちなの?」

報告本が2人の少年の名をあげると、他の本たちが明るい声をあげる。

「おう、その子たちだったら、うちによく遊びに来てたヤツじゃねぇか?」

「あの子たち、そう、もう小学生だったのね。懐かしいわ」

楽しげな雑談が始まりかけたところで、1冊が気づいて声を上げる。

「あの子たちのことで相談ってことは、
 ねぇあの子たち、なにかあったの? 何か大きな怪我とか病気とか……」

「なに?!」という声とともに、本達の視線が一斉に報告本に集まる。

「あ、ち、違うんです! そういうことじゃないんです!
 ただ、ちょっと心配なことがあって……」

報告本は内気な性格であるようで、集まって来た本達の視線の勢いに、すっかり萎縮してしまっている。
くまは、そっ、と報告本の背表紙に、そのちいさな手をあてた。
クッション素材でつくられた小さな肉球とフエルト製の柔らかな爪は、
「さわっていると落ち着く」と人間たちからの評判も上々の、自慢の部位だ。
報告本もわずかにほっとした様子でページをゆるませて、続けた。

「低学年のころから、とても仲のいい2人だったんです。
 クラスが別れてもよく遊んでいて。
 高学年になってまた同じクラスになれて、とても喜んでいて。
 それが、最近では……」

「なんだ、ケンカか?」

先ほど、真っ先にサユキちゃんの彼氏(仮)に落ちて角をぶつけてやる、と息巻いていた本が言った。
けれど報告本は、微妙な様子でページを揺すって「それが、違うようなのです」と言った。

「ケンカというよりは……1人が一方的に、もう1人に暴力をふるうようになったんです」

暴力、という言葉の剣吞さに、本達は一瞬で静かになる。

「それは、あれかしら……いじめとか、そういうものかしら」

報告本は、再び微妙な様子でページを揺する。

「他の仲間を募ってその少年を囲むようなことや、
 無視をするだとか、物を隠すだとか壊すだとかいうようなことは、していないんです。
 お金をせびるようなことも。
 それに普段は、仲もいいんです。
 ただ時々、何かちょっとしたキッカケがあると突っかかって行って……
 それまでには聞いたことのないような酷い言葉で罵倒したり、
 それでも堪えきれないような時は、肩を小突くようなことがあったりで……」

ふむ、と本たちの考え込むような声の中、報告本の言葉は続く。

「小突いた方の彼は、けれどそうしてしまった後、いつも後悔していて……
 この前も、泣きながら謝っていました。
 やられた方の彼も、殴り返しはしないものの、言い返したりはするんです、けれど……」

「それは、どうケンカとは違うの?」

「はい、あの、ケンカであれば、ケンカをする理由があると思うんです……
 例えば、どちらかが約束をやぶったとか、相手を傷つけるようなことを言ったとか。
 それに、ケンカだったらどちらも、もしくは片方は、もっと怒っていると思うんです。
 けれど2人とも、怒っているというよりは苦しそうで、悲しそうで……」

考え込んでいた本たちが口々に言う。
「あの子たち、本当に仲がよかったのにねぇ」
「何か、2人自身とは別のところに原因があるのかしら?」
「どうしてそんなことに?」
「ダメだな、情報が少なすぎる」

報告本が「そうなんです」と答えた。

「え?」

どの声に大しての「そうなんです」なのかがわからず、本達は再び静かになる。

「原因が、あるんです。
 ……実は半年前、荒れてしまった方の少年のお母さんが入院してしまって。
 彼の家は母子家庭でしたから、彼のことは今、近くの親戚がみているらしいのですが、
 その親戚というのが、子どもの世話には慣れていないようなのです」

「まぁ……」と痛々しいものに触れたような声が湧いた。

「その、親戚の方、まさかその子に暴力を……?」

ごくり、と唾を飲み込む様に本たちに緊張が走った。
「いえ」と報告本が小さな声で否定すると、ほっとしたようにみんなのページが緩む。

「彼らの保健室での会話を漏れ聞いた限りでは
 親戚の方も、一生懸命ではあるようなのです。
 真面目な方なようでもあって、暴力どころか、お酒も煙草もなさらず、
 仕事が終われば一直線に帰宅なさって、料理だって夕食のみならず朝食もしっかり作っていらっしゃるようで。
 ただその方、本当に慣れてなくて……
 いえ、きっと知らないだけなのです。
 例えば、国語の宿題では子どもの音読を3回もずっと真剣に聞いていなければならないだとか、
 大掃除の時用の雑巾はおうちのタオルを使って手縫いのものにするように、と学校が推奨していることだとかを。
 彼のお母さんは、そういうことにも懸命な方だったようですから、
 なおさら、彼は親戚の方のそういった不足が気になってしまうのかもしれません」

あとは、親戚の方が朝早く家を出られるので
それに合わせて彼もそれまでより1時間も早く朝起こされるだとか、と報告本は続ける。

「それは困ったね」
「うん、その親戚も、悪くない人だと思うわ」
「雑巾くらいお店で買ったのでいいよね?」

本達はひそひそと話し始める。

「悪くない、人なのです。その子もそれはわかっていて。
 ただ、お母さんの病状が心配だったり、
 お母さん以外の人、しかも男の人との生活で緊張していたりで、
 ちょっと疲れているというか、ストレスがたまっているんだと思うんです。
 離婚したお父さんは、その、あまりいい人ではなかったので、
 ますます男の人との生活は気が張っているのでしょう……。
 そしてそんないろいろなことを、彼の友人も全部わかっているから、
 友人のことも心配するし、いくら荒々しいことを言われたりされたりしても、
 これからも仲よくしていきたいと、思っているようなのです」

なるほどねぇ、と本達が頷く。

「2人はそのことを、他の大人……
 その、友人を心配している子の方の保護者さんだとか、
 先生達だとかに相談したりはしていないのかしら?」

「おそらくは、していないのだと思います。
 どう相談したらいいのか、わからないのではないかと思うのです」

そうね、そうだね、と本たちが頷く。
くまも心中で頷いた。
誰も、何も悪くないのだ。
だから誰に何を相談していいのか、少年たちもわからないのだろう。
わからなくなる気持ちは、くまにもわかるような気がした。
誰かが何か悪いのであったら、それはそれでまた相談することも難しくなるのだろうけれど。

「でも、私たちに何かできることなんてあるのかしら」

気弱そうな声が出る中、聞き慣れない1つの声があがった。

「そこで、僕の出番なんです」

それまで黙っていた本が発言したのだ。
今夜の会議に別の棚から参加していた、ヤングアダルトコーナーではない、もう1つの棚の方の本だ。

「僕の棚には、保護者さん向けの本がたくさん並んでいます。
 その親戚の方、かなり真面目な方のようですし
 僕の棚から見繕った、何か適切な本を届けることができれば
 力になれることもあるかもしれないなと思うのです」

そこに別の本が声をあげる。

「いいアイデアかもしれないとは思うけれど、どうやって?」

くまが言った。

「ふむ。来週、ちょうどいいチャンスがあるだろう」

言われて、他の本たちが「あぁー!」と嬉しそうにしはじめる。
そう、来週はちょうど少年たちの学校の生徒らが
図書館の利用法を学習しに課外授業にやって来るのだ。

「それで私も、それまでにどうしてもこちらに来なければと思っていたのです」

報告本は、学校へは生徒達のバッグに紛れて返る予定だと言う。

「本のチョイスは、僕の方でおこなっておきます。
 しかしチョイスした本を生徒に持ち帰ってもらうには、コチラの棚の皆さまのご協力が必要なのです」

よくわからない様子の本たちに向け、くまが補足説明を行う。

「生徒たちは、主にここのコーナーで説明を受け、
 ここのコーナーのすぐ脇の検索機を用いることになるだろう。
 ここで子どもらが行動しているうちに隙を見て
 見繕われた本を彼の荷物に紛れ込ませ、
 保護者の元まで届けることができれば……」

「あぁ、なるほど」

「しかしここの館の職員は、毎日しっかりと棚の管理を行っているぞ。
 見繕われた本たちは、どうやってここまで移動し、彼らのバッグに紛れたらいいんだ?」

くまが少しだけ焦れたように言う。
「だから、ここのコーナーの協力が必要だと言うのだ」

まだわからない本たちに、別棚から来ていた本が言う。

「隠してください」

「ん?」

「生徒達の来る前夜、見繕った本たちにはここに来るように伝えますから、
 当日の朝の清掃や点検の際、職員たちに見つからないよう
 こちらの皆さまたちには、寄越した本を目隠しして欲しいのです」

「あ、そういうことね……」

ちなみに館の入り口のセンサーには、くまから
この件で持ち出される本には反応しないよう話を通しておくと言う。
「真面目そうな人らしいから、借りた覚えのない図書館の本が紛れていることに気づけば、ちゃんと返しに来てくれるだろう」

「やるか」
「やるしかなさそうね」

重々しく、くまは頷く。
職員の目を誤摩化すことなどできるのか、
うまく彼のバッグに紛れ込めるのか、
センサーは間違えずに通してくれるのか、
また、例えそこまでがうまくできたとして
本の存在に気づいた彼は、保護者にその本の存在を知らせるのか、
知らされた保護者は、その本を手にとるのかどうか。
手渡された本を本当にちゃんと館に返却してくれるのかどうかの保障もない。
本と職員間での、信用問題にも発展しかねない危険すら帯びているのだ。

「館にとっても君の棚の本自身にとっても、とても危険な賭けになる。
 本当に、やるのか?」

運の良さが必要であることに加え、大きなリスクを抱えた作戦だ。
だからくまは再度確認する。
学校から紛れてやって来た本は、別棚からやってきた本に視線を送りながら
緊張した面持ちでページをぎゅっとさせている。

「……」

他の本たちも同様にして、息をのんで返答を待った。

「……」
「……」

沈黙が続いた後、
みんなの視線を集めた当の別棚の本はけれど
ふっと力の抜けた様子で、笑ってページをぱさぱさとさせた。

「信じて、ともかくはできることをやってみましょう。
 ダメだったら、それはそのとき。
 別の手を考えるなり、どうにか自力で館に戻ってくるなり、なんとかします」

ほぅ、というため息と
おぉ、という歓声とがあがった。

くまがまとめた。

「本である自分たちにできるナニカを見つけることは、なかなかに難しい。
 しかしだからこそ、できることがあれば、どうにかしてみたいと強く思う。
 困難も多いがこの事例、棚を越え、館の内外を越え、取り組んでみよう」

くまの言葉に、
「おぉー!」という声と「お前は本じゃないじゃんか……」という声とがあがった。
後者の声は華麗に無視をすることにする。
別棚の本は一礼してから自らの棚へと戻って行き、
学校から紛れて来た本は、ふるふるとページを震わせながら一歩下がり、くまの後ろへと身を潜めた。

「さて、これで今日の会議は終了する。
 最後に業務連絡だが、
 明日の夜は、近隣の保育園児のぬいぐるみたちが、ここの館でお泊まり会を行う。
 常時よりも遅い時間まで職員たちが残ることになるので、
 より一層身だしなみに気をつけるとともに
 館に不慣れなぬいぐるみたちを丁重に迎えてやって欲しい」

「はーい」
「わーい楽しみー」
と言った声が方々から上がり、くまの言葉への同意の証かのように、みながページをパタパタとさせた。
その様子を眺め、「うむ、うむ」とくまがうなずく。

「……それでは一同、解散!」

くまの声とともに、各所からやってきた本たちが
ページをパタパタとさせながら自らの棚へと戻って行った。

「……」

みなが無事に戻ったことを確かめながら思う。
今日もいろいろな話題が出たが、
これで一週間、どうにか乗り越えられそうである。


やがて、館内に聞こえて来る音は再び、時折近くを通りがかる車のものだけとなり、
そうしてからやっとで、くまは「よいしょ」とその場に腰をおろした。

あとには館の静寂だけが残ったのだった。


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あとがき



……ここまでお読み頂きまして、ありがとうございました☆

また次の作品で、みなさまにお会いできますように*^^*

それでは、また!



佐原チハル


この本の内容は以上です。


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