門脈圧高進症
■腸から肝臓につながる血管内で、血圧が上昇
門脈圧高進症とは、腸から肝臓につながる門脈から枝分かれした血管内で、血圧が異常に高くなる状態。これに伴って食道静脈瘤(りゅう)、胃静脈瘤、脾腫(ひしゅ)、腹水など、二次的な症状が現れます。
大静脈である門脈には、腸全体を始め、脾臓、膵臓(すいぞう)、胆嚢(たんのう)から流れ出る血液が集まります。門脈は肝臓に入ると左右に分かれ、さらに細かく枝分かれして肝臓全体に広がります。血液は肝細胞との物質の交換を行った後は、末梢(まっしょう)の肝静脈に流れ出して、大きな3本の肝静脈に集められ、さらに下大静脈を介して体循環に戻り心臓へと向かいます。
門脈の血圧、すなわち門脈圧を上昇させる原因は、2つあります。門脈を通る血流量の増加と、肝臓を通る血流に対する抵抗の増大です。欧米諸国では、門脈圧が高進する最も一般的な原因は肝硬変による血流抵抗の増大で、その一番の原因はアルコールの過剰摂取となっています。日本でも、原因の90パーセント以上が進行した慢性肝炎を含む肝硬変によるものです。そのほかの門脈圧高進症を来す疾患としては、特発性門脈圧高進症、肝外門脈閉塞(へいそく)症、肝静脈の閉塞するバッド・キアリ症候群、日本住血吸虫症などがあります。
門脈圧の高進により、門脈から体循環に直接つながる静脈の発達が促され、肝臓を迂回(うかい)するルートが形成されます。この側副血行路と呼ばれるバイパスによって、正常な体では肝臓で血液から取り除かれるはずの物質が、体循環に入り込むようになります。
側副血行路は特定の部位で発達しますが、食道の下端にできた場合は特に注意が必要で、血管が拡張し曲がりくねって、食道静脈瘤を形成します。拡張した血管はもろくなって出血しやすく、時に大出血を起こし、吐血や下血などの症状が現れます。側副血行路はへその周辺部や直腸で発達することもあり、胃の上部にできた静脈瘤も出血しやすく、時には大出血となりますし、直腸にできた静脈瘤もまれに出血することがあります。
脾臓は脾静脈を通じて門脈に血液を供給しているため、門脈圧の高進はしばしば脾臓のはれを引き起こします。脾機能高進による血球破壊のために、貧血を生じることもあります。蛋白(たんぱく)質を含む体液である腹水が肝臓と腸の表面から漏れ出して、腹腔(ふくくう)が膨張することもあります。
■門脈圧高進症の検査と診断と治療
門脈圧高進症の基礎となる疾患が不明な場合には、肝機能検査を始め、超音波検査、血管造影、CT、MRIなど各種の画像検査により診断を確定します。基礎となる疾患が明らかになれば、食道静脈瘤、胃静脈瘤の有無と、その静脈瘤が出血しやすいかどうかを診断する必要があるため、内視鏡検査が最も重要で、早急を要します。
脾腫では、触診で腹壁越しに、はれた脾臓が感じられることから、腹水では、腹部の膨らみや、軽くたたいて打診を行うと鈍い音がすることから診断されます。ごくまれに、腹壁を通して肝臓や脾臓に針を挿入し、門脈内の血圧を直接測定することがあります。
治療では、門脈圧の上昇から生じる二次的な病態である静脈瘤、脾腫、腹水、脾腫などに対する対症療法が主体となります。中心になるのは食道静脈瘤、胃静脈瘤に対する治療で、予防的治療、待機的治療、緊急的治療があります。
予防的治療は、内視鏡検査により、出血しそうと判断した静脈瘤に対して行います。待機的治療は、静脈瘤の出血後、時期をおいて行うものです。緊急的治療は、出血している症例に止血を目的に行う治療です。緊急的治療では、出血している静脈を収縮させる薬を静脈注射で投与し、失われた血液を補うために輸血をします。大出血に際しては、内視鏡的に静脈瘤を治療します。
静脈瘤の治療は、1980年ころまでは外科医による手術治療が中心でしたが、最近では内視鏡を用いた内視鏡的硬化療法、静脈瘤結紮(けっさつ)療法が第一選択として行われています。
内視鏡的硬化療法には、直接、静脈瘤内に硬化剤を注入する方法と、静脈瘤の周囲に硬化剤を注入し、周囲から静脈瘤を固める方法があります。どちらも静脈瘤に血栓形成を十分に起こさせることにより、食道への側副血行路を遮断するのが目的です。静脈瘤結紮療法は、特殊なゴムバンドで縛って静脈瘤を壊死(えし)に陥らせ、組織を荒廃させ、結果的に静脈瘤に血栓ができることが目的となります。
これらの治療には、側副血行路の状態をみるために、血管造影や超音波を用いた検査が行われます。胃静脈瘤に対しては、血管造影を用いた塞栓療法も用いられます。また、門脈圧を下げるような薬剤を用いた治療、手術が必要な症例もあり、手術では側副血行路の遮断や血管の吻合(ふんごう)術が行われます。
出血が続いたり再発を繰り返す場合は、外科処置を行って、門脈系と体循環の静脈系の間にシャントと呼ばれるバイパスを形成し、肝臓を迂回(うかい)する血液ルートを作ることがあります。静脈系の血圧の方がはるかに低いため、門脈の血圧は下がります。
肝硬変を起こしていたり肝機能に障害がある場合は、こうしたバイパス形成手術によって肝性脳症を起こすリスクが高くなりますので、手術の代わりに、皮膚から注射針を直接肝臓に刺し、注射針を通してワイヤとカテーテルを挿入し、門脈と体循環の静脈系とを結ぶシャントを形成することもあります。
脾腫を伴う場合はハッサブ手術や血管内治療、腹水を伴う場合には利尿剤の投与などが行われます。
夜驚症
■主に子供に見られる睡眠障害■
夜驚症は、主に子供に見られる睡眠障害の一つです。夜間、寝始めて2~3時間後に、急に起き上がって悲鳴を上げながら体を振り回したり、何かにおびえたように泣きわめいたり、歩き回ったり、走り回ったりすることがあります。落ち着かせようとしても、反応のないことがあります。
この夜驚症は普通、深い眠りのノンレム睡眠中に起こるといわれ、脈は速くなり、呼吸も荒くなり、発汗、目を見開くなどの症状が見られます。
3~10歳くらいの神経質な男児に多く見られ、特に、疲れていたり、昼間に強烈なストレスを体験した場合に多く見られます。子供は通常、自分に起きた現象を覚えていません。
病的なものでは、入眠時の幻覚、睡眠中の精神運動性てんかん発作などがあります。精神運動性てんかん発作では、目的のはっきりしない運動や動作、錯覚や幻覚が発作的に起こり、発作後に本人はこれらの異常行動を思い出すことができません。
大抵の子供は成長するに従って、発作を起こさなくなります。成人が夜驚症の発作を起こす場合は、精神的な不安やストレス、アルコール依存が関連していることがあります。治療には、抗うつ薬が有効である場合があります。
薬物依存症
■精神依存と身体依存の両面がある精神疾患
薬物依存症とは、麻薬、覚醒(かくせい)剤、睡眠薬、精神安定剤などの薬物の摂取によって得られる精神的、肉体的な薬理作用に強く捕らわれて、自らの意思で連用行動をコントロールできなくなり、強迫的に連用行為を繰り返す精神疾患。
医学上は、依存性のある治療薬など、あらゆる薬物への依存が薬物依存症に含められます。また、「薬物」を法制上禁止されている薬物という意味合いに捕らえ、特に麻薬や違法とされる向精神薬、覚醒剤などによる薬物依存症のことを指す言葉として用いられることもあります。
薬物依存症を引き起こす薬物は、中枢神経系を興奮させたり抑制したりして、心の在り方を変える作用を持っています。これらの薬物を連用していると耐性がつき、同じ効果を求めて使用の回数や量を増やしていくうちにコントロールが利かなくなって、連続的、強迫的に使用する状態になります。
薬物依存症には、最初の使用で味わった気持ちよさや高揚感を求めたり、あるいは気分の落ち込み、イライラ、不安などを解消するために薬物を求める精神依存と、薬物の連用を中断すると特有の離脱症状(禁断症状)を示す身体依存との両面があります。
離脱症状とは、摂取した薬物が体から分解、排出され、血中濃度が下がってきた際に起こるもので、イライラを始めとした生理的に不快な感覚です。このような離脱症状を回避するために、再び薬物を摂取することを繰り返し、やがて薬物依存症という段階に足を踏み入れることとなります。
そのために、薬物使用によって身体障害や精神障害を始め、社会的な問題である退学、失業、離婚、借金、事故、犯罪などが引き起こされていても、誘われたり薬物を目の前にすると、使用したいという渇望感が強くなり、手を出してしまうのです。
摂取した薬物の種類や量、摂取の期間は発症者によってまちまちでも、依存に向かうプロセスは驚くほど共通しています。
薬物依存症でみられる一般的な症状としては、急性中毒症状、 精神依存の表現である薬物探索行動、身体依存の表現である各薬物に特有な離脱症状、さらに薬物の慢性使用による身体障害の症状と精神障害の症状があります。
何とかして薬物を入手しようとする行動を薬物探索行動といいますが、うそをついたり、多額の借金をしたり、万引きや恐喝、売春、薬物密売などの事件を起こすこともしばしばあります。
日本で流行している乱用薬物では、比較的高率に幻視、幻聴、身体幻覚や被害関係妄想、嫉妬(しっと)妄想などを主体とする中毒性精神病を合併し、まともな判断ができないために、凶暴な事件にもつながりやすいのです。
平成19年(2007年)における薬物事犯の件数は、 大麻によるものが3282件、覚醒剤によるものが16929件、向精神薬によるものが1088件、アヘンによるものが57件となっています。
■麻薬、覚醒剤、睡眠薬、精神安定剤への依存
麻薬依存
アヘン、ヘロイン、モルヒネ、コデイン、コカイン、LSD、MDMA、大麻(マリファナ)などの麻薬依存は、比較的手に入りやすい医療関係者や、手術、痛みのために麻薬注射を受けた人などが陥りやすい傾向があります。
最初は主に鎮痛の目的で使うわけですが、それがやがて習慣となり、痛みもないのに、麻薬による陶酔感や酩酊(めいてい)感を求めるようになります。
離脱症状としては、不眠、発汗、寒け、胃腸障害、不快感などで、相当に激しく、ついまた麻薬に手を出すという悪循環を繰り返します。
大麻の場合では、葉などをあぶってその煙を吸うため、乱用すると気管支や、のどを痛めるほか、免疫力の低下や白血球の減少などの深刻な症状も示します。大麻精神病と呼ばれる独特の妄想や異常行動、思考力低下などを引き起こす場合もあります。また、乱用を止めてもフラッシュバックという後遺症が長期に渡って残るため、軽い気持ちで始めたつもりが一生の問題となってしまうこともあります。
覚醒剤依存
メタンフェタミン、いわゆるヒロポンへの依存が代表的なものです。戦後多発し、大きな社会問題となりましたが、厳しい取り締まりで一時は廃れていました。しかし、最近はまた増える傾向にあります。
初めは眠気覚まし、疲労回復の目的で使うのですが、効果が著しいために、続けていると病み付きになり、やがて離脱症状が出てきてやめられなくなります。
覚醒剤で困るのは、統合失調症と似たような状態になること。幻聴、幻視などの幻覚や、被害妄想が出てきます。これが各種の犯罪行為の原因になったり、さらに進行すると、自閉的な生活に落ち込み、廃人同様の身になることもあります。
睡眠薬依存
睡眠薬は比較的に手に入りやすく、しかも常用する人が多いため、注意が必要です。麻薬や覚醒剤と異なり、睡眠薬は体に障害を引き起こすのではなく、これがないと眠れないという精神依存が一番の副作用となります。
しかし、長期間、使用を続けていると、耐性が次第に上がってしまい、同じ効果を出すには、ますます多量の薬を必要とするようになります。感情の不安定や能率の低下、意欲の衰え、時には幻覚、妄想、けいれん発作などの副作用が起こることもあります。
睡眠薬を使う場合には、自己判断で使わないで、医師の指示に基づいて使用することが大切です。
精神安定剤への依存
トランキライザー(抗不安薬)などの精神安定剤も、睡眠薬と似たような面を持っているので、安易に使うのは禁物。実際、ろれつが回らなくなったり、のどが渇いたり、体がふらふらしたりする副作用も問題になりますが、使用をやめられなくなる精神依存を招くことに気を付けねばなりません。
自己判断で精神安定剤を使うケースでは、とかく同一の薬を長く服用することになりがちで、次第に量が増えていってしまいます。こういう服用の仕方が一番危険で、精神依存を招き寄せているようなもの。
精神安定剤には実に多くの種類があり、取捨選択してうまく使いこなすのは専門家でも難しいくらいですので、医師に相談の上で使うことが大切です。
■検査と診断と治療
薬物依存症という段階にいったん足を踏み入れたら、意志の力で使用をコントロールすることはできなくなります。たとえ一時的に使用をやめたり、薬物の種類を変えたり、量を変えたりしてコントロールしているように見えても、結局は元のような使用に戻ったり、別の薬物にすり替わっただけだったりします。そして、やがては生活のすべてを犠牲にしても薬物を求めるようになります。
いずれの薬物依存症でも、早く入院させて薬物の使用をやめさせることが必要となります。そして、精神科専門医によって、薬物を連用するに至った原因を探り、精神療法などの方法で矯正していくことが大切です。
医師による薬物依存症の診断は、本人や家族などからきちんと使用薬物や使用状況、離脱症状の経過などが聴取できれば、比較的容易です。
合併する肝臓障害、末梢(まっしょう)神経障害などの身体障害や精神障害は、それぞれ専門的な診断を必要とします。静脈内注射による使用者では、特にB型肝炎、C型肝炎、HIV感染をチェックする必要があります。
中毒性精神病が発病していれば、薬物から隔離、禁断するために、精神科病院への入院が必要。本人が承諾しない時は、家族の依頼と精神保健指定医の診断によって、医療保護入院で対応します。
中毒性精神病を合併しない場合では、できるだけ本人から治療意欲を引き出して、任意入院で対応するのが原則となります。
なお、麻薬に指定されているアヘン、ヘロイン、モルヒネ、コデイン、コカイン、LSD、MDMA、大麻(マリファナ)のほか、覚醒剤、幻覚剤、精神安定剤、トルエン、シンナーといった有機溶剤など法的に規制された薬物による依存を診断した医師には、「麻薬および向精神薬取締法」によって届け出の義務が課せられています。
薬物依存症の治療に関しては、オールマイティーな治療プログラムはありませんが、周囲にいる家族などの協力が求められます。
薬物依存症の治療の主体は依存者自身なのですが、薬物依存の結果引き起こされた借金や事故、事件などの問題に対して、周囲にいる家族などが後始末をつけたり、転ばぬ先の杖(つえ)を出している限り、周囲の努力は決して報われることはありません。
依存者の薬物中心の生活に巻き込まれて、際限なく依存者の生活を丸抱えで支えている家族などは、イネイブラーと呼ばれています。このイネイブラーの役割を演じている家族などが、自分の行っている支援にきちんと限界を設け、各種の問題の責任を依存者自身に引き受けさせるようにしていけば、依存者は底付き体験によって断薬を決意することもあります。
底付き体験とは、社会の底辺にまで身を落とすということではありません。自分の本来あるべき姿、例えば同級生の現状で代表される姿などと、現在の自分の姿を比較して、このままではどうしようもないと自覚することをいいます。
さらに、断薬継続のためには、同じような境遇の人々が集まり、お互いに影響を与えるNA(ナルコティクス・アノニマス)などの自助グループに参加することが、有効な場合もあります。
なお、喫煙、飲酒を経験したことのある未成年者は、薬物乱用、依存のハイリスク集団です。薬物の乱用、依存は素人でも診断できてしまい、素人判断で対応をしてしまうことが、かえって重症化を進めてしまいます。
トルエン、シンナーなどの有機溶剤、メタンフェタミンなどの覚醒剤などを乱用している疑いがあれば、早期に児童相談所、教育相談所、地元警察署少年課、精神保健福祉センター、薬物依存専門の精神科病院に相談することが、重症化を防ぐことにつながります。
腰椎椎間板ヘルニア
■腰椎の椎間板の一部がずれて、神経を圧迫する疾患
腰椎椎間板(ようついついかんばん)ヘルニアとは、脊柱(せきちゅう)のうち腰部にある腰椎の椎間板の一部がずれ、神経を圧迫する疾患。頸椎(けいつい)、胸椎など、どこにでも発生する椎間板ヘルニアの1つです。
腰椎は、脊柱(背骨)のうちで腰の部分を構成する骨で、5つの椎骨からなります。上から第1腰椎、第2腰椎と呼び、一番下が第5腰椎。その椎骨の連結の主な部分は、前部の椎体と後部の脊椎関節突起で、前部の椎体と椎体の間にはそれぞれ椎間板が挟まっていて、クッションのような役割を果たしています。椎間板は円板状の軟骨組織で、中心部に髄核と呼ばれるゼラチン状の軟らかい組織があり、それを線維輪と呼ばれる丈夫な組織が取り囲んでいます。
体重や外部からの荷重が椎体に加わると、椎間板が分散して受け止めて次の椎体に伝え、ある程度弾力的に伸縮するために、背中や腰を曲げたり伸ばしたりすることができるような構造になっています。
ところが、椎間板には血管がないために、何かの具合で損傷を受けると、回復が遅い上に組織の老化的な変性が起こりやすく、そこに荷重が加わると線維輪に亀裂(きれつ)が入り、中にある髄核が脱出して腰椎椎間板ヘルニアを起こします。
脱出は前でも横でもどちらの方向へ出てもヘルニアですが、後方へ出たのが一番問題になります。後方の脊柱管には、脊髄ないし馬尾(ばび)神経と、それから枝分かれして末梢(まっしょう)へ分布する神経の根部があるため、ヘルニアによって圧迫されると激しい痛みやまひを起こすからです。
腰椎椎間板ヘルニアは、第4、第5腰椎間に起こることが最も多く、次いで第5腰椎とその下の仙椎間に多く認められ、10歳代の後半から30歳代までの比較的若い年齢層によく起こります。
切っ掛けとなるのは、重い物を持ち上げようとした時や、体をひねった時などです。腰がぎくりとして、そのまま立ち上がれなくなったというような急性腰痛症(ぎっくり腰)の症状で現れるのが一般的。また、顔を洗おうとして前かがみになった拍子とか、特別な動作をしないのに自然に起こることもあります。
初期は腰痛のみのことが多いのですが、次第に脚の痛みやしびれを伴ってきます。腰痛と左右どちらかの脚の痛みを現すことが多いのですが、時に両脚のしびれを来すことがあります。この脚の症状は、座骨神経を刺激することによって起こる座骨神経痛です。仰向けに寝て、ひざを伸ばしたまま痛む側の足を上げようとしても、痛みがひどくなって十分に上げられません。若年者の腰椎椎間板ヘルニアでは、脚の症状がなく腰痛のみのこともあります。
さらに症状が進むと、運動神経も障害されるようになり、脚の筋力が低下します。排尿障害、排便機能の異常が現れることもあります。
第4腰椎以下の下部腰椎部のヘルニアは、片側だけの症状にとどまることが多いのに対し、第3腰椎以上の上部腰椎部の場合は、両側に症状が起こることが多く、脊髄腫瘍(しゅよう)と同じような症状を現すことがあるので、その区別が必要になります。
■腰椎椎間板ヘルニアの検査と診断と治療
腰痛だけではなく、脚の痛み、特にひざよりも先まで痛みがある場合は、整形外科を受診します。無理に腰椎部に外力を加えると、まひ症状が増悪することがあるので、安静を心掛けます。
医師による診断では、問診を重視し、腱反射異常、知覚障害、筋力低下などを検査して、どの神経が壊れているかを検討します。レントゲン検査で、腰椎のずれたり、ぐらぐらする状態や、椎間板の軟骨が磨り減り、つぶれた状態、脊髄を取り囲んでいる骨の状態などを検討します。
レントゲン検査では主に骨の情報しか得られないので、詳細な検討にはMRI検査が必要となります。近年は、MRI検査によって診断が容易になりましたが、無症候性のヘルニアが多数見付かる問題も生じています。症例によっては、脊髄腫瘍との見極めが必要となる場合もあります。
治療では、骨盤の牽引(けんいん)療法が効果的です。腰部の牽引と休止を繰り返すことにより、痛み、しびれを緩和します。局所の安静のためには、腰部のコルセットなども効果的です。
薬物療法としては、非ステロイド性消炎鎮痛剤、筋弛緩(しかん)剤、神経賦活剤、ビタミンB製剤などが投与されます。痛みが長期に渡って慢性化した場合や、心的因子やストレスが関与していると思われる場合は、不安や緊張の緩和と筋弛緩作用を期待して抗不安剤が投与されることもあります。速効性を要する時には、脊髄の硬膜外ブロック療法といって、脊髄の硬膜外腔(がいくう)に麻酔薬を注射し、痛みをとる方法が用いられます。
血行を促進し筋肉の凝りや痛みを軽減するためにホットパックなどの温熱療法、体操療法、腰部のストレッチング、筋力強化訓練などで改善が得られることもあります。
以上のような手術をしないで治す保存的療法で効果がない時には、脱出して神経を圧迫している髄核を摘出する手術や、その後の再発予防のために、骨を移植して2つの脊椎を癒着させて動かないようにする、脊椎固定手術などが行われます。移植する骨は、骨盤の骨でベルトのかかる部分に当たる腸骨から採取します。
ライム病
海外の草原や、やぶを歩いた際に、ボレリアという病原微生物を保有するマダニに刺されて、発症する全身性スピロヘータ感染症です。ヨーロッパで感染すると皮膚症状が、北アメリカで感染すると関節炎の症状が、目立ちます。
症状としては、数日~数週のうちにマダニに刺された部位からしだいに遠心状に、輪状の赤いみみず張れが拡大していきます。やがて、ボレリアが血液によって全身に運ばれ、発熱、筋肉痛、関節痛に引き続いて髄膜炎、顔面神経まひ、脳炎、心筋炎などを起こします。
治療にはペニシリン系、テトラサイクリン系の抗生物質が有効で、近年はセフェム系抗生物質も用いられています。
リウマチ性多発筋痛症
■首、肩、腰の筋肉痛やこわばりが起こる疾患
リウマチ性多発筋痛症とは、首、肩、腰の筋肉痛やこわばりが起こる慢性炎症性の疾患。50歳以上、特に60歳の中高年の人に多くみられ、やや女性に多いと見なされています。
原因は不明で、前兆になるような感染症などは特に知られていません。
筋肉症状、全身症状、関節症状の3つが、主な症状です。体の中心に近い部分の筋肉の痛みやこわばりから始まり、微熱、全身のだるさ、食欲不振、体重減少などの全身症状と、関節の痛みを伴います。これらの症状が急速に出現して、2週間ほどの短期間に病勢はピークに達します。
筋肉のこわばりは、関節リウマチのように朝起きてすぐが最も強く、体を動かすうちに和らいできます。筋肉痛は首、肩周囲、腰部、臀(でん)部、大腿(だいたい)部にみられ、押さえたり、運動してもそれほど変わらないのが特徴です。また、筋肉には赤みやはれなどはなく、筋力が弱くなったと感じることもありません。関節症状は、主として痛みが肩、膝(ひざ)、手首の関節やその周囲に見られ、関節そのものがはれたりすることはほとんどありません。
20〜30パーセント前後の発症者では、側頭動脈炎(巨細胞性動脈炎)という膠原(こうげん)病疾患を合併し、ズキンズキンとした拍動性頭痛と圧痛を一方のこめかみに生じ、視力障害をみることもあります。
症状は、急に始まることが多いのですが、治療しないとそのまま続くため、数カ月にわたって徐々に進んだようにみえることもあります。
■リウマチ性多発筋痛症の検査と診断と治療
リウマチ性多発筋痛症は正しく診断されればコントロールが可能なので、この疾患が疑われたら、なるべく早くリウマチ専門医の診察を受けることが大切となります。
この疾患の診断を確定する特有な検査はありませんが、体の炎症症状を示す赤沈検査や血清CRP濃度が高値となるほか、軽い赤血球数の減少と、白血球数および血小板数の増加がみられます。一方、筋痛があるにもかかわらず、多発性筋炎にみられるような筋肉由来の血清酵素の増加はみられません。また、リウマトイド因子や抗核抗体などの免疫異常は、通常認められません。
検査所見のほか、筋肉症状、全身症状、関節症状など、それぞれの特徴を組み合わせて診断されます。なお、側頭動脈炎を合併する場合は、血管造影検査や組織を一部取る生検(病理検査)が必要なことがあります。
治療には、副腎(ふくじん)皮質ホルモン(ステロイド剤)が有効です。筋肉痛には、非ステロイド性消炎鎮痛剤も効果的です。治療開始後1〜2週間以内に症状が改善し始めるケースも多く、改善が得られたら、少しずつ薬剤を減量します。一定の減量が得られた後も、1年以上のステロイド治療が必要なケースが多く、副作用である骨粗鬆(こつそしょう)症の対策が必須になります。ステロイド療法の効き目が悪いケースでは、時に免疫抑制剤が使われることもあります。
良性発作性めまい
■頭の位置加減によって、突然めまいが起こる良性の障害
良性発作性めまいとは、急に頭を動かすなど頭の位置加減によって、突然めまいが起こる障害。良性発作性頭位めまい、良性発作性頭位変換性めまいとも呼ばれます。
耳が原因で起こるめまいの中で最も頻度の高いもので、発症年齢は20~70歳代までに渡り、好発年齢は50~70歳代です。男女比では、女性が男性の1.8倍とやや多くなっています。
ほとんどの場合、起き上がる、横たわる、寝返りを打つ、見上げるために頭を後ろに反らすなど、頭の位置を変える動作が引き金になって、急激に回転性の激しいめまいが起こります。人によって、めまいが起こりやすい頭の位置があります。
症状は数秒から数分で自然に落ち着くことがほとんどですが、また頭を動かすとめまいが反復します。吐き気を伴うこともあります。通常、耳鳴りや難聴などの聴覚の症状、 頭痛、しびれ、体のふらつきは自覚しません。2~3週間くらいは、何度かめまいが起こります。
この良性発作性めまいは、内耳の中の耳石が頭の位置により、バランス機能を補助している三半規管の中に入り込んで、三半規管の有毛細胞を刺激するために起こります。
耳の一番奥にある内耳は、聴覚器官である蝸牛(かぎゅう)と、平衡器官である前庭という二つの部分から構成されています。そして、前庭器官にある耳石器の上には、炭酸カルシウムでできている耳石が多数乗っています。正常であれば、頭が動くと耳石が三半規管の内側にある神経受容体(毛細胞)を刺激し、これらの細胞が頭の動いた方向を示す信号を脳へ送ります。
しかし、この耳石が何らかの原因で本来の位置からずれ、入り込んだ三半規管内の1カ所で塊になって浮遊したり、三半規管内のクプラと呼ばれる部位に付着することがあります。この状態で頭を動かすと、過大な信号が送られ、頭が実際以上に動いたとする誤った情報が脳へ伝わります。この誤った情報と目からの情報にずれが生じると、回転性めまいの発作が起こるのです。
良性発作性めまいを起こしやすいのは、交通事故などで頭部外傷を負った人、慢性中耳炎を患う人、過去に結核を患いストレプトマイシンでの治療を受けたことのある人、中耳ないし、あぶみ骨の手術を受けた人とされています。
回転性めまいを起こす姿勢をとらなければ避けられますので、めまい発作の起こる頭の位置を見付け、その頭位を避けるようにして対処します。
■良性発作性めまいの検査と診断と治療
良性発作性めまいは、次第に症状が軽くなってくることが多く、それほど深刻な疾患ではありません。通常は2~3週間で治癒しますから、心理面でもそれほど怖くないのですが、中には、まためまい発作が襲ってくるのではないかと不安を募らせ、恐怖心を抱く人もいます。また、この疾患に似た症状で、内耳の障害ではなく脳の疾患の場合もありますので、耳鼻咽喉(いんこう)科の専門医の診断を受けます。
医師による検査では、めまいが起こる頭の位置で眼振(がんしん)が現れ、次第に増強、減弱します。眼振というのは、眼球が不随意に小刻みに揺れ動く状態。ほとんどの場合、聴力検査、温度眼振検査で異常を認めることはありません。まれに、温度眼振検査で患っている側の耳の温度反応が高度に低下したり、反応がなくなったりすることもあります。体全体のバランスが悪くなることはありません。
治療としては、内耳の機能を改善するための抗めまい剤や脳循環改善剤、ビタミン剤、めまいに伴う吐き気を抑える抗ヒスタミン剤などが用いられます。めまい発作ががまた出るのではないかという不安、恐怖心が強い人には、心理的不安を取り除くための抗不安剤などが用いられることもあります。
めまいが少し軽くなってきたら、積極的にめまいが起こりやすい頭の位置をとるといった理学療法によるリハビリテーションをすることも治癒を早めます。その頭位を何度も繰り返しとると、その都度めまいは出現するものの、次第に軽くなって、やがてめまいは消失します。
最近では、エプリー法、パーンズ法、セモン法などといって、頭位と体位を変換する姿勢をとることで、遊離した耳石の塊をほぐして三半規管全体に再度行き渡らせる理学療法が開発され、良好な成績を上げています。エプリー法などにより、およそ9割以上の発症者は薬を使わずに、回転性めまいが治っています。発症者の一部は回転性めまいを再発するため、エプリー法などを自宅で繰り返し行う必要があります。
理学療法が全く効果を発揮しないで、めまいの症状が反復して起こる場合には、手術が行われることもありますが、きわめてまれなケースです。このような場合、手術を検討する以前に、この疾患と同様な症状であっても、内耳障害ではなく脳障害の場合があるので、専門医の診断が必要となります。
リンパ浮腫
■リンパの流れが悪くなり、手や足にむくみが出る疾患
リンパ浮腫とは、リンパ系に循環障害が起こり、リンパの流れが悪くなって腕や脚に腫(は)れ、むくみが出たり、皮膚が厚く硬くなったりする疾患。腕や脚の一本に発症することもあれば、両腕両脚に伴って生じることもあります。
リンパ系というものは、健康を保つために重要な役割を担っています。リンパ系は、蛋白(たんぱく)質を豊富に含むリンパ液の流れを体に循環させ、バクテリア、ウイルス、老廃物などを集めます。これらをリンパ管を通して、リンパ節に運び、リンパ節の中のリンパ球という感染と戦う細胞でろ過して取り除きます。リンパ液は静脈の毛細血管に吸収され、老廃物などは最終的には体から排出されます。
何らかの異常でリンパの流れが悪くなると、リンパ管の内容物がリンパ管の外にしみ出し、むくみが現れます。特に重要なのが蛋白質で、蛋白質がリンパ管から漏れて組織内に蓄積されると、組織細胞の変性と線維化が起こり、その部分の皮膚が次第に厚く硬くなっていきます。
このリンパ浮腫には、生まれた時からある一次性(先天性)リンパ浮腫と、後になって発症する二次性(後天性)リンパ浮腫があります。
一次性リンパ浮腫は、リンパ管の数が少なすぎて、すべてのリンパ液を処理できないために生じます。ほぼ脚に腫れやむくみが起こり、腕にも起こることがあります。男性よりも女性にはるかに多くみられます。
まれに、生まれた時に腫れが明らかなことがあります。普通は、乳児ではリンパ液の量が少ないため、少ないリンパ管でも処理できます。大抵の場合、浮腫が生じるのはもっと成長してからの思春期から20歳のころで、リンパ液の量が増えて少ないリンパ管では処理しきれなくなってからです。浮腫は片脚あるいは両脚に、徐々に始まります。
リンパ浮腫の最初の徴候は、片脚あるいは両脚の腫れ。夕方になると靴がきつく感じるようになり、足の皮膚に靴の跡が残ることもあります。痛みや皮膚の色の変化はなく、翌朝になると腫れは消えます。時間とともに悪化すると、より腫れが著しくなり、1晩休んでも完全には消えなくなります。そのまま放置しておくと、次第に腫れやむくみは消えてなくなり、皮膚が硬くなってきます。中には、むくんだ手や脚が極端に太くなり、皮膚や皮下組織がガサガサと厚く硬くなって象の皮膚のようになることがあります。このようになると象皮病と呼ばれますが、これが筋肉に及ぶことはありません。
二次性リンパ浮腫は、一次性リンパ浮腫よりも多くみられます。大きな手術の後に起こるのが典型的で、乳がん、子宮がん、前立腺(せん)がんなどの治療で広い範囲のリンパ節やリンパ管を切除したり、放射線療法を行ったりした後、特にみられます。例えば、がんが発生した乳房と関連するリンパ節を切除すると、腕がむくみやすくなります。日本ではきわめてまれですが、熱帯地域の寄生虫であるフィラリアに感染した場合も、二次性リンパ浮腫がみられます。
二次性リンパ浮腫では、皮膚は健康にみえますが、むくみや腫れが生じます。むくんでいる部分を指で押しても、静脈の血流の異常によるむくみほど指の跡がはっきりと残ることはありません。リンパ管炎や組織の炎症を合併すると、リンパ浮腫は悪化します。フィラリアに感染した場合を除いて、象皮病になることはありません。
■リンパ浮腫の検査と診断と治療
皮膚の線維化前であれば治療効果は高いので、原因を見分けるためにも、腕や脚に浮腫がみられたら内科を受診します。
医師による診断ではまず、浮腫の原因となる低栄養、静脈不全、心不全、肥満などと区別します。次には、アイソトープによるリンパ管造影を行うのが一般的で、リンパ管での取り込み不良、不均一性、リンパ節の活性低下などから、リンパ浮腫を診断します。二次性リンパ浮腫の原因である手術後や悪性腫瘍(しゅよう)の検査のためにはCTも有効で、静脈性浮腫との区別には静脈造影が有効です。
リンパ浮腫を完全に治す方法はありません。軽症のリンパ浮腫の場合は、圧迫包帯によってむくみを軽減できます。より重症の場合は、空気圧で調整する特殊なストッキングを毎日1〜2時間身に着けることによって、むくみを軽減できます。いったんむくみが軽くなったら、毎日朝起きてから夜寝るまで、膝(ひざ)上までの弾性ストッキングを履いている必要があります。この方法で、むくみをある程度コントロールできます。
腕のリンパ浮腫の場合は、脚と同様に空気圧で調整する腕当てを毎日着用して、むくみを軽減します。弾性の腕当ても使えます。象皮病の場合は、広範囲な手術を行って皮下の腫れた組織のほとんどを切除します。皮膚が線維化し、組織の炎症を繰り返して、腕や脚が赤くなったり熱を持つ例では、リンパ誘導手術、リンパ管静脈吻合(ふんごう)手術などを行う場合があります。
日常生活では、腕や脚を高く上げておいたり、マッサージ、軽い運動、温浴などを心掛けることが大切です。むくみのない場合は、弾性ストッキングや弾性腕当ては一般的に必要ありません。
肋間神経痛
肋間(ろっかん)神経痛とは、肋骨(ろっこつ)に沿って走る肋間神経に、何らかの原因で痛みが現れるものです。発作性に起こるケースと、慢性持続性に起こるケースとがあります。
痛みはふつう片側に起こり、針で刺されたような鋭い痛みが繰り返し起こりますが、持続するのは短時間。深呼吸やせきなどで、痛みが誘発されます。
発病は中年以降に多く、原因が不明のものと明らかなものがあります。後者では、帯状疱疹(ほうしん)の治療後に、激痛発作を繰り返すことがあります。コックサッキーウイルスの感染や、風邪などが原因でも起こります。
時には、肋骨カリエスや肋骨へのがんの転移によることもあり、また、狭心症、胸膜炎など胸部の内臓疾患の放射痛として起こることもあり、その識別が大切。
治療においては、ふつうの鎮痛剤でも比較的よく効きますが、痛みが激しい場合には、その神経、あるいは神経根をアルコール注射で麻酔したり、切除することもあります。催眠剤や向精神薬として用いられるトフラニールなどの服用も、有効です。
ワイル病
ワイル病は、黄疸(おうだん)出血性レプトスピラが犬や鼠(ねずみ)に感染し、その尿に汚染された水や土から経皮的、経口的に人間へと感染する病気です。レプトスピラとは、螺旋(らせん)状の特殊な細菌の一群であるスピロヘータの一種です。
ドイツの医師ワイルにより、1886年に初めて報告され、日本の稲田龍吉、井戸泰両博士により、1915年に世界で初めて病原体が発見されました。
日本では「秋疫(しゅうとう)」、「七日病(なのかびょう)」と呼ばれる地方病として、農作業や土木従事者の間で発症していましたが、現在は沖縄県で散発性に発生するのみです。
ワイル病を含め、レプトスピラによる感染症を総称して「レプトスピラ病」と呼びますが、国外では現在でも、全世界的にレプトスピラ病が流行しています。ブラジル、ニカラグアなどの中南米や、フィリピン、タイなどの東南アジアといった、熱帯、亜熱帯の国々での大流行が挙げられます。
ワイル病の症状 には黄疸のほか、出血傾向、タンパク尿、高熱、吐き気、嘔吐(おうと)、筋肉痛、結膜充血があり、進行すると腎不全、心不全が起こる場合もあります。レプトスピラ病の経過は極めて速く、ワイル病では治療開始時期が遅れるとしばしば重症化します。
●流行地域での水辺のレジャーに注意
治療法としては、 抗生剤を早期に投与するのが有効。感染早期ではペニシリン系、テトラサイクリン系など多くの抗生剤の効果が認められ、ストレプトマイシンが最も有効です。合併症では、その治療をします。
東南アジアなど、レプトスピラ病の流行地域へ旅行した場合には、不用意に水の中に入らないことが、予防する上で重要です。特に洪水の後は、感染の危険性が高まります。また、1999年夏に沖縄八重山地域において、観光ガイドやカヤックインストラクターなど、河川でのレジャー産業に従事する人たちの集団感染が報告されていますので、水辺のレジャーにも注意が必要です。
感染の機会があり、ふくらはぎの筋肉痛や、眼球結膜の充血を伴う発熱が現れた場合には、早急に感染症内科のある医療機関を受診します。
腋臭
腋臭(わきが)とは、腋の下の汗が原因で体臭が気になる病気です。腋の下のアポクリン腺という汗腺から出た汗に含まれる脂肪酸が、皮膚についている細菌によって分解され、腋臭の臭(にお)いが発生します。また、アポクリン腺以外のもう一つの汗腺であるエクリン腺も、その臭いの発散に関わっています。
汗の臭いが気になるという人と、臭いより汗の量が多く、服に染みができて困るという人がいます。狭義では、前者を腋臭、ないし腋臭(えきしゅう)症と呼びます。後者は、多汗症といって区別します。
世界的に腋臭体質者の割合を見ると、日本人では10人に1人、中国人では30人に1人、白人では10人に8人、黒人では10人すべてとされています。
このように日本人では腋臭形質を持つ者が少数派という事情と、日本人が清潔好きという理由があいまって、自分の腋臭の症状が気になり、仕事や勉強に集中できない、臭いを嗅(か)がれるのが怖くて他人と交流できないなど、悩みを持つ人の中には、専門の医師による手術を希望するケースも多々あるようです。
しかし、腋臭は生命を左右するような病気ではないため、たとえ腋の下の汗が多くて臭いが強いからといって、必ず手術しなければいけないものでもありません。本人が気にしなければ、臭いが強くても治療の対象にはならないということです。
●専門家による腋臭の治療法
専門家による腋臭の治療としては、ボトックス注入、スマートリポ、医療レーザー脱毛などがあります。
ボトックスは顔のしわの治療で知られますが、腋の下に注入することで、汗腺の活動を抑制し、汗の分泌を抑えます。注入後3~7日間で効果が現れ、約3、4カ月~半年の間は、汗の量を抑えることが可能です。
スマートリポでは、腋臭の原因となる腋の下のアポクリン腺とエクリン腺に、スマートリポレーザーを照射し、汗腺を燃焼させます。メスを使用せず、直径1mmの針状のレーザーを毛根部に差し込んで、汗腺を直接照射するので、傷跡が残る心配もありません。治療時間が約30分と短く、治療後すぐに帰宅が可能です。
医療レーザー脱毛では、高い出力レベルに設定したレーザーで、毛穴に沿って存在しているアポクリン腺を毛穴ごと破壊してしまうことで、臭いを軽減します。ただし、この治療法で腋臭を治療する場合、3 回程度の照射を必要とするなど、症状の適応に限界があります。1回の治療は5分ほどで、日常生活に制限はありません。腋の脱毛も、同時に可能です。
COPD(慢性閉塞性肺疾患)
■肺への空気の流れが悪くなる病気■
聞きなれない言葉、見なれない言葉ですが、とてもやっかいな病気です。
COPD(シーオーピーディー)はChronic Obstructive Pulmonary Diseaseの略で、「慢性閉塞性肺疾患」と呼ばれます。
あなたは「階段の上り下りがキツイ」、「セキやタンが多くなった」などといった体の変化を、年齢のせいと見逃していませんか? 同世代の他の人よりも「息切れしやすい」と感じていませんか?
COPDは、セキやタン、息切れが主な症状で、「慢性気管支炎」と「慢性肺気腫」のどちらか、または両方によって、肺への空気の流れが悪くなる病気です。
WHO(世界保健機関)では、死亡原因の第4位に挙げていて、2020年には第3位になると予測しています。
日本では、1999年の厚生労働省による調査で、21万2000人の患者がいるとされましたが、2000年から2001年にかけて行った調査では、COPDの潜在患者は40歳以上の8.5%(男性13.1%,女性4.4%)に相当する530万人と推測されました。その潜在患者のうち治療を受けているのは、5%未満といわれています。
■別名はタバコ病■
別名タバコ病ともいわれるように、最大の原因は喫煙で、患者の90%以上は喫煙者です。長年に渡る喫煙が大きく影響するという意味で、まさに"肺の生活習慣病"です。
タバコを吸わない人でも4.7%の人がCOPDにかかっています。これは、副流煙による「受動喫煙」の危険性を物語っています。
副流煙には、喫煙者が吸う主流煙よりも発ガン物質を始めとする有害物質、例えばタール、トルエン、メタンなどが、多く含まれています。
喫煙者が近くにいる人は、タバコを吸わなくても喫煙者と同等か、それ以上の有害物質を吸い込んでいるのです。家族がヘビースモーカーだったり、分煙されていない職場で仕事をしている人は、COPDにかかる危険性が高まります。
■喫煙指数のチェックを■
タバコとCOPDの関連を示す数字として、「喫煙指数」があります。
「喫煙指数」=1日に吸うタバコの本数×喫煙している年数 |
例えば、1日に40本、20年間喫煙している場合は40×20=800で、喫煙指数は800。この指数が700を超えるとCOPDだけでなく、咽頭ガンや肺ガンの危険性も高くなるといわれています。
喫煙指数が同程度の男女を比較すると、男性よりも女性のほうが重症化しやすい傾向があるとわかっています。
■壊れた肺は元に戻らない■
COPDには、頑固なセキやタンが続き気管支が狭くなる「慢性気管支炎」と、肺の組織が破壊されて息切れや呼吸困難を起こす「慢性肺気腫」が含まれます。
どちらも初期には自覚症状がほとんどない場合が多く、ゆっくりと進行して、次第に重症になっていきます。
呼吸機能の低下が進んで、通常の呼吸では十分な酸素を得られなくなると(呼吸不全)、呼吸チューブとボンベの酸素吸入療法なしには日常生活が送れなくなってしまいます。
■一番の予防法は禁煙■
診断は「スパイロメトリー検査」によって行われます。
息を深く吸い込んで思い切り最後まで吐き出した量が肺活量ですが、最初の1秒間に吐き出す息の量が肺活量に占める割合(1秒率)によって、呼吸機能を計測します。この1秒率が70%以下の場合に、COPDと診断されます。
タバコを吸い続けている方、吸ったことのある方は、ぜひこの検査を受けてみてください。
予防は、言うまでもなく禁煙です。家族にタバコを吸う人がいる場合は、喫煙の有害性を話し合って、禁煙を勧めましょう。
禁煙したくてもなかなかできない人は、禁煙外来などで医師に相談してみてください。
特に不安な方には、医療機関で肺機能検査や胸部CT検査を受けることをお勧めします。
■治療と日頃の注意■
COPDになると呼吸機能は元の健康な状態には戻らないので、「今より悪くしないこと」が治療の最も重要な眼目になります。喫煙者の場合は、症状をそれ以上に進めないよう、まずは禁煙。
同時に、気道を広げて呼吸を楽にする気管支拡張剤、咳を切れやすくする去痰剤などが、対症療法的に用いられます。
息が切れると動くのが面倒になり、運動不足になって運動機能が低下して呼吸困難がさらに悪化する、という悪循環になりがちです。そのため、ウォーキングなどの軽い運動や腹式呼吸も効果的です。
肺や気管支の障害は、インフルエンザや肺炎などにかかった場合に重症化する危険性があります。
インフルエンザが流行する冬にはうがいを励行する、秋には前もってワクチン接種受けておくなど、十分に注意することが大切です。
WPW症候群
■発作があると危険な不整脈
WPW症候群(Wolff-Parkinson-White syndrome)とは、脈拍が速くなる頻脈性の不整脈を生じる疾患の一つ。不整脈とは、一定感覚で行われている心臓の拍動のリズムに、何らかの原因によって乱れが生じる疾患です。
1915年頃からその存在が知られ始め、1930年に多くの症例についての詳しい報告がなされ、世に知られるようになりました。この際の3人の研究者であるウォルフ、パーキンソン、ホワイト各博士の頭文字から、WPW症候群と名付けられました。
血管系統の中心器官である心臓には、4つの部屋があります。上側の右心房と左心房が、血液を受け入れる部屋です。下側の右心室と左心室が、血液を送り出す部屋です。4つの部屋がリズミカルに収縮することで、筋肉でできている心臓は絶え間なく全身に血液を送り出すことができるのです。このリズムを作っているのが心臓の上部にある洞結節(どうけっせつ)と呼ばれる部分で、1分間に60~80回の電気刺激を発生させて、心臓を規則正しく収縮させています。この電気刺激が正常に働かなくことによって、拍動のリズムが乱れる不整脈が生じます。
WPW症候群の多くの原因としては、ケント(Kent)束と呼ばれる副伝導路が存在することによって、電気信号の旋回(空回り、リエントリー)が起こることが挙げられます。通常は洞結節から発した電気信号は心房を経由して心室へと伝達されますが、この疾患では信号が通常のルートのほかケント束を経由する2つのバイパスを伝わるため、発作が起きると拍動のリズムを乱してしまいます。発作時の脈拍が240回以上にも達する場合もあり、救急隊員が驚くことがあります。
しかし、バイパスがあっても症状が出る人は一部で、多くは健康診断などで発見されるまで、自覚症状がないため気付かずにいます。多くは放置しても自然に治まりますが、長時間続く場合は投薬により抑えます。
従来は危険性のそれほどない疾患として高血圧、高脂血症、肥満、喫煙等の生活習慣をコントロールすることで改善されることがあるとだけされてきましたが、1980年代からの研究により、心房細動から心室細動に移行したケースがあることが判明し、危険な不整脈であると位置づけられたため、発作が見られた場合は即座に専門医に診察してもらう必要があります。
■WPW症候群の検査と診断と治療
WPW症候群は心電図検査で見付かり、危険度の高いタイプかどうかもわかります。
動悸(どうき)がない場合は、治療は必要ありません。脈拍数が150以上で、突然始まって突然止まる動悸、あるいは全く不規則に脈が打つ動悸がある危険度の高い場合は、不整脈を抑える薬を飲み続けて発作を抑えます。カテーテル焼灼法(カテーテルアブレーション)といって、鼠径(そけい)部などから管を挿入し、バイパス部分を焼いてしまう根治療法も行われています。
危険グループでなければ、経過をみていけばいいのですが、禁煙と肥満解消を心掛け、食事などによる高血圧や高脂血症の予防と改善が大切です。過激な運動、過労や睡眠不足、不摂生、強いストレスなどは発作の引き金になるので注意します。
悪性リンパ腫
■リンパ組織の細胞が悪性化して全身の臓器を侵す疾患
悪性リンパ腫(しゅ)とは、全身に広がっているリンパ組織内の細胞が悪性化し、次第に全身の臓器を侵していく疾患。ホジキンリンパ腫と、それ以外の非ホジキンリンパ腫に大別されますが、互いに似た経過をたどります。
ホジキンリンパ腫はホジキンという人が最初に報告したもので、非ホジキンリンパ腫にはT細胞リンパ腫、B細胞リンパ腫、NK細胞リンパ腫があります。
悪性リンパ腫の原因は白血病と同様に、ウイルス、化学物質、放射線など、いろいろの因子が関連していると考えられていますが、詳しいことはまだ解明されていません。
悪性リンパ腫の発生率は、人口10万人に対して男性約9人、女性約6人と白血病より高率です。日本人の場合、悪性リンパ腫のうち90パーセント程度が非ホジキンリンパ腫で、年齢では50歳代から次第に増加します。
症状の多くは、リンパ節のはれから始まります。痛みがないために、気が付いた時にはかなり大きくなり、また、いろいろなところのリンパ節が同時にはれてくることもあります。口の中の扁桃(へんとう)を含む部分がはれると、呼吸がしにくい、のどがつかえるなどの局所症状が現れます。
全身症状としては、発熱、全身の倦怠(けんたい)感、体重減少、寝汗などがあります。ホジキンリンパ腫では、38度を超える高熱、全身のかゆみが現れることもあります。
■悪性リンパ腫の検査と診断と治療
リンパ節を手術によって切り取り、顕微鏡で組織学的に検査します。そして、病巣が限られたところだけにある限局型か、全身に広がっている全身型かを診断します。限局型と全身型とでは、治療方針が異なるためです。
また、ホジキンリンパ腫と、リンパ肉腫や細網肉腫など多数がある非ホジキン肉腫では、治療法が異なります。
ホジキンリンパ腫の限局型では、放射線療法を行い、同時あるいは引き続いて、化学療法を行います。その理由は、全身に広がっているかもしれない病巣を根絶して治すためです。この治療で、大部分が5年以上生存します。
ホジキンリンパ腫の全身型では、化学療法を行います。近年は、70パーセント以上の症例で、一時的に正常な状態となる寛解(かんかい)となり、その半数以上が10年再発することなく生存できます。
非ホジキンリンパ腫の限局型では、ホジキンリンパ腫と同様に放射線療法を行いますが、限局型にみえても、実際には全身的に病巣が広がっていることが多いため、化学療法が不可欠です。放射線療法と化学療法を併用して行った場合、70パーセント以上の症例で長期生存が得られます。
非ホジキンリンパ腫の全身型では、強力な化学療法を行うことにより、60〜80パーセントに寛解が得られ、2年以上寛解を継続した症例では長期生存が期待できます。
非ホジキンリンパ腫のB細胞リンパ腫に関しては、リツキサンが開発され、治療戦略が大きく変わりました。B細胞リンパ腫の90パーセント以上の症例に発現しているCDー20抗原と特異的に結合する抗モノクロナール抗体のリツキサンは、前治療がある症例に単剤で治療しても30パーセント以上の奏効率を示し、この抗体と化学療法を併用すると非常に高率で完全寛解が得られています。特に、高齢者に対しては、リツキサンと化学療法の併用が第1選択となりました。
化学療法に耐性が生じた症例と、完全寛解後に再発した症例に対しては、自家造血幹細胞移植と組み合わせた大量化学療法が効果的です。自家造血幹細胞移植では、自己の骨髄または末梢(まっしょう)血幹細胞を移植します。
胃がん
日本人に多く見られる胃がんは、早期発見でほとんど治すことができるようになってきました。
検査法・治療法が飛躍的に向上したことにより、定期的に検診を受け適切な処置をすれば、過度に怖れる病気ではありません。
とはいうものの、食べ物や嗜好品、ストレスなど、毎日の生活と密接な関係があり、食生活の見直しを中心にした胃をいたわる心掛けが大切です。
■一番の原因は食生活■
胃の粘膜は粘液などで保護されていますが、刺激の強い食べ物を取りすぎると炎症を起こし、胃がんのきっかけを作ってしまうことがあります。
塩分の取りすぎは禁物で、塩分摂取の多い地域で胃がんが多いことがわかっています。
肉や魚の焦げ、喫煙、過度の飲酒などは、よくありません。特に、タバコの発がん物質は唾液に溶けて胃に入るので、胃がんの原因にもなるので注意が必要です。
夜食、早食い、食べすぎといった不規則な食習慣やストレスも、胃に負担をかけます。
■初期には特別な自覚症状はない■
胃が重たい感じ、食欲不振といった症状が長く続くようなら、医療機関で検査を受けてください。吐き気、嘔吐、下痢、便秘、タール状になった黒い便などの症状がある場合も、同様です。
素人の判断で、かえって胃がんを進行させてしまう場合もあります。早期発見のため、おかしいと思ったらすぐに検査を受けましょう。定期的な検査も大切です。
■主な検査■
x線検査
バリウム(造影剤)と発泡剤を飲んで、胃のひだの状態や変形の有無などを調べます。
検査後は、バリウムを早く出すために水分を多く取るようにします。水分を補給しないと腸内でバリウムが固まり、出にくくなってしまいます。便秘がちな人は、検査後に渡される下剤を飲んでおくとよいでしょう。
内視鏡検査
胃に細いファイバースコープを挿入し、患部を直接観察する方法です。x線検査などで異常が見付かった場合に行います。
陰茎がん
■男性の陰茎の皮膚から発生する、まれながん
陰茎がんとは、男性生殖器の陰茎(ペニス)に発生するがん。いくつかの種類がある中で、全体の95パーセントを占めるのは、皮膚がんの一種である扁平(へんぺい)上皮がんです。
男性生殖器に発生するがんの中では、陰茎がんは最もまれで、全体の1パーセントを占めるにすぎません。人口10万人当たりの死亡率は0.1人程度で、近年の日本では減っていますし、もともと日本は欧米に比べて低い傾向にあります。年齢的には、60〜70歳代に多く発症しています。
発生要因として、亀頭が常に包皮で覆われた、いわゆる包茎が重要視されています。がんの人に包茎が多いことや、幼少時に割礼を受けて包皮を切除する習慣を持つユダヤ教徒やイスラム教徒に、その発生が著しく少ないことから、示唆されたものです。
包茎の場合、包皮内の恥垢(ちこう)による慢性炎症の刺激があり、これが発がんと関係していると推測されています。近年では、陰茎がんの男性を夫に持つ女性で子宮頸(けい)がんのリスクが高くなることなどから、尖圭(せんけい)コンジロームを引き起こすヒトパピローマウイルスの感染と関係があるともいわれています。
通常、陰茎の皮膚にできる痛みのない腫瘤(しゅりゅう)、すなわち、おできとして発症します。進行すると、痛みや出血なども生じてきます。包茎を伴っていることが多く、包皮内の亀頭部にできやすいために、外からは気付くのが遅れることもよくあります。
典型的なものは、表面が不整なゴツゴツした外観の塊で、潰瘍(かいよう)を伴っている場合もあります。感染を伴うことも多く、膿性(のうせい)または血性の分泌物が出て、悪臭を放つこともあります。多くは皮膚から発生しても、進行して陰茎の海綿体や尿道にがんが広がれば、排尿の異常を来します。
また、太ももの付け根に当たる鼠径(そけい)部のリンパ節にがんが転移しやすく、リンパ節のはれも多くみられます。進行すると、リンパ節が硬くなったり、足がむくんだりするようになります。
■陰茎がんの検査と診断と治療
陰茎という場所のためにためらわれ、かなりひどい状態になってから医療機関を受診して手遅れになることが少なくありません。自覚症状があったら、早期発見の機会を逃がさないよう、すぐに泌尿器科を受診します。リンパ節にまで転移していなければ、ほとんどの例で治癒します。
医師による診断では、体表にできるがんであるため、肉眼的に見極められます。尖圭コンジローム、梅毒などとの見極めがつきにくい時には、病変部の一部を切除して顕微鏡で検査する生検か、病変部をこすってはがれた細胞を顕微鏡で調べる細胞診を行って、診断を確定させます。さらに、X線やCT、MRI検査などを行って、他の臓器への転移の有無を調べます。
初期の場合には、放射線療法と扁平上皮がんに効果のあるブレオマイシンの併用療法で治癒します。治癒後に、陰茎の変形や、尿道の狭窄(きょうさく)を来すこともあります。
やや大きくなり、がんが亀頭部を越えて広がった場合などでは、放射線療法とブレオマイシンの併用によりがんを縮小させてから、がん浸潤のない部分で陰茎を切除する手術を行います。全身麻酔の下、病変から約2センチ離れた部位で正常な陰茎を切断しますので、当然陰茎は短くなり排尿が難しくなることがあります。また、そのままでは性交も難しいため、形成外科的な手法で人工的な陰茎を形成する手術を行うこともあります。
根元から陰茎を切断する手術を行った場合は、会陰(えいん)部に新たな尿の出口を形成します。尿の出口が女性と同じような位置にくるので、座って排尿することとなります。
転移が疑われれば、鼠径部のリンパ節、あるいは骨盤部のリンパ節も同時に摘出します。はれていなくてもリンパ節を摘出し、転移の有無を調べることもありますが、後遺症として下肢のむくみが残ることが多いようです。
がんが他の臓器に転移しているような場合、および手術で切除しても目に見えないがんが残っている危険性がある場合の再発予防として、放射線療法や抗がん剤による化学療法が補助的に行われる場合があります。抗がん剤では、ブレオマイシン、シスプラチン、メソトレキセート、ビンクリスチンという4種が有効であると見なされ、これらのいくつかを組み合わせて使用します。
咽頭がん
■鼻や口の奥にある咽頭に発生するがん
咽頭(いんとう)がんとは、鼻や口の奥にある咽頭に発生するがん。咽頭は解剖学的には、上(じょう)咽頭、中(ちゅう)咽頭、下(か)咽頭に分類されており、各部位にがんが発生します。
【上咽頭がん】
咽頭は全長約13センチの中空の管で、鼻の後方から始まって、気管、食道の入り口まで連続しています。上(じょう)咽頭がんは、鼻の奥で、口を開けても見えない頭蓋(とうがい)底の直下の部分に発生します。中咽頭がん、下咽頭がんに比べると発生頻度はやや少ない傾向があります。
上咽頭は上気道の一部で、頭蓋底、副鼻腔(びくう)に囲まれ、その下方は中咽頭に続き、その外側は耳管によって両側の中耳腔とつながっています。周辺には内頸(けい)動脈、脳神経が存在します。
初期症状は、がんのために耳管が閉塞(へいそく)されて起こる難聴、鼻詰まり、鼻出血などで、首のリンパ節がしばしば大きくはれてきます。進行すると、脳神経まで侵され、ものが二重に見えたり、三叉(さんさ)神経などの脳神経障害が出てきて、頭痛がしたり、顔面の知覚が鈍くなったり、痛みが出たりします。また、肺、肝臓、骨などへの転位が多いのも、上咽頭がんの特徴です。
【中咽頭がん】
中咽頭がんは、口を開ければ見える扁桃(へんとう)や、その周辺の舌の付け根などに発生するするがん。ほとんどは、中咽頭の表面を覆っている薄く平らな形をした扁平(へんぺい)上皮細胞から発生します。
中咽頭は、口の後方に位置する咽頭の中間部分のことをいいます。空気や食べ物が気管や食道に送られる際には、この中咽頭の中を通過していきます。中咽頭には、これら呼吸作用、嚥下(えんげ)作用のほかに、言葉を作る構音作用があります。
中咽頭がんは、頭頸(けい)部がんの約10パーセントにすぎません。その頭頸部がんの発生頻度は少なく、がん全体の約5パーセントと見なされています。日本では年間1000〜2000人程度に、中咽頭がんが発生していると推定されています。男性が女性よりも3〜5倍多く発症し、好発年齢は50〜60歳代。
中咽頭がんは、咽頭粘膜の扁平上皮細胞が正常の機能を失い、無秩序に増えることにより発生します。近年、がんの発生と遺伝子の異常についての研究が進んでいるものの、なぜ細胞が無秩序に増える悪性の細胞に変わるのか、まだ十分わかっていません。
がんは周囲の組織や器官を破壊して増殖しながら、ほかの臓器に広がり、多くの場合腫瘤(しゅりゅう)を形成します。ほかの臓器にがんが広がることを転移と呼びます。
中咽頭がんの原因として最も因果関係がはっきりしているのは、喫煙習慣と過度の飲酒です。従って、長期の飲酒歴、喫煙歴のある人は注意を要します。
その初期には、自覚症状がほとんどありません。進行すると、扁桃部のはれ、咽頭の異物感、咽頭痛、嚥下痛などの症状で気付きます。さらに、発声障害、出血、呼吸困難、嚥下障害などの深刻な症状が出現してきます。首のリンパ節への転位も比較的多く出現し、のどの症状より先に首のしこりに気付くこともあります。
しかし、がんのできる部位や大きさにより症状が出にくい場合もあり、症状がないからといって安心はできません。
扁平上皮細胞から発生するがんのほか、まれには唾液分泌腺(せん)などの腺組織から生じる腺がん、およびそれに類するがんも発生します。また、この部位には悪性リンパ腫がしばしばみられるが、中咽頭がんとは別に取り扱われます。
【下咽頭がん】
下咽頭がんとは、食道の入り口付近の下咽頭の組織に、がん細胞を認める疾患。食道との移行部に当たる下咽頭のすぐ前には、のど仏の軟骨に囲まれた声帯を含む喉頭(こうとう)があり、表裏一体の関係となっています。すぐ後ろには頸椎(けいつい)骨があり、喉頭と頸椎骨に挟まれた格好になっています。
下咽頭の悪性腫瘍のほとんどは、その下咽頭の粘膜の扁平上皮細胞から発生しています。 そのほかに、腺がん、腺様嚢胞(のうほう)がん、粘表皮がん、未分化がん、小細胞がんなどがありますが、非常にまれ。
原因はわかっていません。喫煙や飲酒と関係があるといわれていて、ヘビースモーカーや大酒飲みほどかかりやすく、男性は女性の4〜5倍の頻度で発生しています。長年の慢性刺激が関係していることから、好発年齢は50歳以降であり、60~70歳ころにピークがあります。近年では平均寿命の延びに伴って、80歳以上にもしばしばみられるようになっています。
また、下咽頭がんが発見された人の1〜3割には、食道にもがんを認めます。これは転移ではなく、全く別に2カ所以上にがんが発生する重複がんといわれるものです。食道がんの発生も下咽頭がんと同様に、喫煙や飲酒と深い関係があることが原因と考えられています。
下咽頭がんの初期には、軽度の咽頭の痛み、嚥下に際しての痛みや咽頭異物感を自覚する程度です。進行すると、咽頭痛、嚥下痛が強くなり、食べ物が飲み込みにくくなります。咽頭と耳は痛みの神経がつながっているため、耳の奥への鋭い痛みとして感じることもあります。
喉頭までがんが広がると、声がかすれるようになります。 息の通り道が狭くなり、息苦しくなることもあります。
頸部のリンパ節に転移しやすいのも、下咽頭がんの特徴です。転移によるリンパ節のはれのみが、自覚症状であることもあります。初めは痛みもなく徐々に大きくなり、急激に大きくなることもあります。複数個のリンパ節がはれたり、両頸部のリンパ節がはれたりすることも珍しくありません。
■咽頭がんの検査と診断と治療
【上咽頭がん】
医師による診断では、内視鏡検査やCT検査、MRI検査などの画像検査を行い、最終的には組織片を調べて確定します。
治療は放射線照射が主体ですが、従来の成績はあまり良好ではありませんでした。近年では、放射線治療の前後に、抗がん剤の注射療法を行い、肺、肝臓などへの転位を防止します。
この化学療法を実施することで、従来は40パーセント以下だった5年生存率は、60パーセントまで向上するようになっています。
【中咽頭がん】
医師による診断では、上咽頭がんと同じく、内視鏡検査やCT検査、MRI検査などの画像検査を行い、最終的には組織片を調べて確定します。
初期のがんでは、放射線治療で十分に治る可能性があります。進行したがんでは、手術が必要になります。
両側の首にリンパ節転移がある場合や、片側でも多数のリンパ節がはれている場合には、肺転移が多いために、手術や放射線治療の前後に抗がん剤による治療が行われます。抗がん剤による治療はある程度の効果は得られるものの、単独でがんを根治するだけの力はないので、現在のところ手術や放射線治療に比べると補助的な治療と位置づけられています。
近年では、放射線治療と抗がん剤の同時併用療法が注目されています。
【下咽頭がん】
下咽頭がんはかなり大きくならないと症状が出ない部位に発生するため、60パーセント以上は初診時に、すでに進行がんの状態です。のどの違和感や異物感、持続性の咽頭痛、食べ物がつかえる感じ、声のかすれなどといった症状が現れた場合には、早めに医療機関を受診します。治療をしなければ、症状の消失をみないのが一般的です。
医師による診断では、間接喉頭鏡や喉頭内視鏡(ファイバースコープ)を使ってのどの奥を観察したり、頸部を丹念に触り、リンパ節転移の有無や、がんの周囲の組織への浸潤の程度を判断します。正常ではない組織を認めた場合には、その組織のごく一部を採取し、顕微鏡下でがんの細胞か否かを観察する生検を行います。
がんの広がりの程度を調べるために、CT、MRI、バリウムなどの画像の検査や、食道方向へのがんの広がりや重複がんの有無を調べるために上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)を行ったり、他の臓器への遠隔転移を調べるため、胸部レントゲンやCTなどの検査を行います。また、治療の方法を選択する上で心電図や呼吸機能などの全身状態の検査も行います。
治療においては、放射線治療のみで完治する可能性は極めて低いため、手術を主体とした治療法が一般に行われています。手術を行う場合は、がんに隣接している喉頭も多くは犠牲にしなければなりませんので、手術後、声を失うことが多くなります。腫瘤が小さければ、喉頭を残す手術も可能。
切除した下咽頭部分は、皮膚や胃、腸の一部を用いて再建形成します。通常、小腸の一部の空腸を移植して、新しい食道を作ります。
食生活は手術前と同じですが、声が失われます。喉頭がんの手術よりも、切除される範囲が広いため、食道に飲み込んだ空気を吐き出すことで、手術時に縫合した食道部を振動させる食道音声の習得は、やや難しい面があります。
外科療法を中心に治療を受けた発症者の5年生存率は、全体で40パーセント弱です。
ウイルムス腫瘍
■染色体異常が原因で、乳幼児の腎臓に発生する悪性腫瘍
ウイルムス腫瘍(しゅよう)とは、乳幼児の腎臓(じんぞう)に発生する悪性腫瘍。胎生期の未分化な腎組織から発生するので、腎芽腫、腎芽細胞腫とも呼ばれます。
子供の腎臓に発生する腫瘍のうち、このウイルムス腫瘍が90パーセントを占めます。頻度は出生数1万2000~1万5000人に1人、年間では80~100人が発症していると推定されています。半数は2歳前に発症しており、90パーセントは5歳までに発症しています.発症率の男女差は、同等かやや女児に多い傾向があります。
2つある腎臓のうち、ほとんどは片側に腫瘍ができます。まれには、左右両側にできることもあります。原因は染色体異常で、染色体の11番目の短腕の部で、がんを抑制する遺伝子が欠失している時に発症します。無虹彩症や半身肥大症、腎臓の奇形、尿道下裂、水腎症、停留精巣など、生まれ付きの奇形と合併しやすい特徴もあり、大人の腎臓がんとは根本的に違います。
おなかに硬いしこりができ、膨らむのが、最も多い症状。疾患が進行すると、肝臓など近くの臓器へ広がったり、肺に転移することが多く、リンパ節、骨などに転移することもあります。治療法の進歩によって、早い時期に見付かればほとんどが治るようになったものの、予後不良組織群と呼ばれる全体の約10パーセントの腫瘍群は極めて治りにくいものです。
しこりがかなり大きくなるまで自覚症状はあまりみられず、ほとんどが入浴時などに偶然、おなかのはれやしこりに家族が気が付いた時に、発見されます。わき腹に表面が滑らかで硬いしこりとして触れる特徴があります。呼吸によって、しこりが動くことはありません。
一般に、しこりに痛みはありませんが、腹痛や吐き気が起こったり、血尿が出ることもあります。また、不機嫌、顔面蒼白(そうはく)、食欲低下、体重の減少、発熱、高血圧などがみられることもあります。
■ウイルムス腫瘍の検査と診断と治療
乳幼児のおなかに硬いしこりや、異様な膨らみを認めたり、腹痛を訴えて血尿がみられたら、ウイルムス腫瘍の可能性もありますので、すぐに小児科、あるいは泌尿器科を受診します。進行は比較的ゆっくりなものの、肺やリンパ節に転移しやすく、他のがんと同様に早期発見が大切です。
医師による診断では、胸部と腹部のX線撮影のほか、超音波検査、CT検査、MRI検査を行い、腫瘍の大きさ、周囲への進展状態、リンパ節転移の有無などの情報を得ます。特にMRI検査は、腫瘍と血管との関係から腫瘍の外科的切除が可能かどうかを判断する上でも有用です。肺に転移していると、胸部X線写真で丸い不透明な影が認められます。
血尿は症状としては多くはありませんが、顕微鏡的血尿は約3分の1にみられるとされています。無虹彩症、半身肥大症、尿道下裂などの奇形の合併をしばしばみることもあります。
ウイルムス腫瘍は腫瘤(しゅりゅう)のできる固形性のがんの中では最も治療しやすく、新生児期に発見して手術で腎臓を摘出すれば、抗がん剤や放射線の治療を受けなくても、もう片方の腎臓が十分にその機能を果たし、完全に治癒することがあります。
一般には、腎臓とともに腫瘤を摘出後、抗がん剤による強力な化学療法を行い、時に放射線照射を併用することによって、腫瘍の病変が完全に消失した状態が長期に持続します。手術前に抗がん薬による化学治療を行って腫瘤を小さくしてから、摘出することもあります。両側性のウイルムス腫瘍では、両方の腎臓を摘出せずに腎臓の部分切除を行い、腎臓の温存を図ります。
転移がある場合でも、腫瘤がある腎臓を摘出して抗がん剤や放射線による治療を行うことで、かなり治ります。成人の腎臓がんと違って、肺への転移が致命的になることはありません。
急性白血病
■急激な経過をたどる白血病
急性白血病とは、血液のがんともいわれる白血病が急激な経過をたどる疾患。白血病とは、未熟な細胞である白血病細胞が骨髄の中で異常に増殖するため、正常な血液細胞の増殖が抑えられてしまう疾患で、血液が白く見えます。
急性白血病は、その増殖している白血病細胞の種類が骨髄系の細胞か、リンパ球系の細胞かによって、急性骨髄性白血病(AML)と急性リンパ性白血病(ALL)に分類されます。
白血病全体のうち、急性白血病が約4分の3を占め、残り4分の1のほとんどが慢性骨髄性白血病です。急性白血病のうち、急性骨髄性白血病(AML)は成人に多く、急性リンパ性白血病(ALL)は小児に多い傾向があります。白血病の原因は不明ですが、放射線被曝(ひばく)やある種の染色体異常、免疫不全症がある場合に、発症頻度が高いことが知られています。
急性白血病は、ある日突然、それまで健康であった人に発症してきます。症状には個人差があって多彩ですが、典型的な例は発熱、全身のだるさ、皮下や歯根などの出血傾向、貧血、骨痛、関節痛など。風邪と同じような症状が続き、出血傾向があり、発熱が通常の風邪薬でなかなかよくならないと訴えて、医療機関を受診するケースもよくみられます。
高年齢者の場合、典型的な症状を欠くことがあり、出血傾向や貧血だけが現れることが少なくありません。
■急性白血病の検査と診断と治療
急性白血病の大部分は、血液検査で確定診断ができます。まず、採取した血液から、赤血球、白血球、血小板の数の異常を調べます。急性白血病であれば、赤血球の数が減少して貧血の症状があるほか、血小板の数も減少して出血の原因となっています。一方、白血球の数は著しく増加しており、染色してみると白血病細胞が大部分を占めているのがわかります。
血液検査のほか、骨髄を調べて同様に白血病細胞の異常な増殖を認めれば、診断が確実となります。
急性白血病の治療では、全身の血液中に白血病細胞が流れているため、手術などの局所療法は不可能です。従って、抗がん剤による強力な全身的化学療法が行われます。
小児に多い急性リンパ性白血病(ALL)では、あらゆるがんの中で、化学療法が最も効果があります。抗がん剤を投与すると、90パーセント以上の症例で、血液や骨髄の中から白血病細胞が消失し、正常な血液や骨髄と違わない状態になります。これを寛解(かんかい)と呼びます。
寛解は治癒とは違いますが、その第一歩。寛解状態が、再発することなく2年以上継続した症例では、治癒が高率に得られます。
成人に多い急性骨髄性白血病(AML)では、急性リンパ性白血病(ALL)に比較して、治療は困難です。その理由の第1は、薬の有効性が劣ることです。
第2には、合併症が発生しやすいことです。寛解にするためには、一時的に血液、骨髄中から、正常な細胞をも含めて白血病細胞を一掃し、骨髄から正常な細胞が作り出されるのを待ちます。成人の場合、この回復に2〜3週間が必要で、この期間中に感染や出血などの合併症が起こると、危険な状態に陥ることがあるのです。とりわけ、60歳以上の人では回復力が弱いため、重い合併症がしばしば発生します。
近年、大きな進歩があったのは急性前髄球性白血病で、ビタミンAの活性型であるオールトランスレチノン酸により、80パーセント以上の症例で寛解が認められるようになりました。オールトランスレチノン酸という薬剤は、白血病細胞の分化を促進して効果を示します。
白血病は、寛解となっても再発する恐れがあります。これを予防するには、地固め療法あるいは強化療法といわれる化学療法を行います。この時期に骨髄移植を行う研究が近年、進んでいます。2年間、再発しなければ、高率に治癒となります。
小児の場合、治癒の指標である5年生存率が60パーセント以上という報告もあり、治癒可能ながんの代表と見なされます。成人の場合、25パーセント以上の症例が長期生存しています。
乳がん
■急増している、女性がかかるがんの第1位
乳がんとは、乳房に張り巡らされている乳腺(にゅうせん) にできる悪性腫瘍(しゅよう)。欧米の女性に多くみられ、従来の日本人女性には少なかったのですが、近年は右肩上がりに増加の一途をたどっています。すでに西暦2000年には、女性のかかるがんの第1位となり、30~60歳の女性の病気による死亡原因の第1位となっています。
2006年では、4万人を超える人が乳がんにかかったと推定され、女性全体の死亡数を見ると、乳がんは大腸、胃、肺に次いで4位ですが、1年間の死亡者数は1万1千人を超え、30~60歳に限ると1位を維持しています。
乳がんは転移しやすく、わきの下のリンパ節に起きたり、リンパ管や血管を通って肺や骨など他の臓器に、がん細胞が遠隔転移を起こしやすいのですが、早期発見すれば治る確率の高いがんでもあります。
代表的な症状は、乳房の硬いしこり。乳がんが5ミリから1センチほどの大きさになった場合、しこりがあることが自分で注意して触るとわかります。普通、表面が凸凹していて硬く、押しても痛みはありません。しこりが現れるのはむしろ、乳腺炎、乳腺症、乳腺嚢胞(のうほう)症など、がんではないケースの方が多いのですが、痛みのないしこりは乳がんの特徴の一つ。
さらに、乳がんが乳房の皮膚近くに達した場合、しこりを指で挟んでみると、皮膚にえくぼのような、くぼみやひきつれができたりします。乳首から、血液の混じった異常な分泌液が出てくることもあります。
病気が進むと、しこりの動きが悪くなり、乳頭やその周辺の皮膚が赤くなったり、ただれてきて汚い膿(うみ)が出てきたりします。
わきの下のリンパ節に転移すると、リンパ節が硬く腫(は)れてきて、触るとぐりぐりします。さらに進んで、肺、骨、肝臓などに転移した場合、強い痛みやせき、黄疸(おうだん)などの症状が現れます。
ただし、乳がんは他の臓器のがんとは異なり、かなり進行しても、疲れやすくなったり、食欲がなくなってやせてきたり、痛みが出るというような全身症状は、ほとんどありません。
乳がんが最も多くできやすい場所は、乳房の外側の上方で、全体の約50パーセントを占めます。次いで、内側の上方、乳頭の下、外側の下方、内側の下方の順となっていて、複数の場所に及んでいるものもあります。乳がんが乳房の外側上方にできやすいのは、がんの発生母体となる乳腺組織が集まっているためです。
乳がんの原因はいろいろあって、特定することはできませんが、日本人女性に増えた原因として、女性ホルモンであるエストロゲン(卵胞ホルモン)の過剰な分泌が関係していると見なされます。
そのエストロゲンの分泌を促す要因として挙げられるのは、生活様式が欧米化したこと、とりわけ食生活が欧米化したことです。高蛋白(たんぱく)質、高脂肪、高エネルギーの欧米型の食事により、日本人の体格も向上して女性の初潮が早く始まり、閉経の時期も遅くなって、月経のある期間が延びました。その結果、乳がんの発生や進行に関係するエストロゲンの影響を受ける期間が長くなったことが、乳がんの増加に関連しているようです。
ほかに、欧米型の食事の影響である肥満、生活習慣、ストレス、喫煙や環境ホルモンによる活性酸素の増加なども、エストロゲンの分泌を促す要因として挙げられます。
乳がんにかかりやすい人としては、初潮が早い人、30歳以上で未婚の人、30歳以上で初めてお産をした人、55歳以上で閉経した人、標準体重の20パーセント以上の肥満のある人などが挙げられています。また、母親や姉妹が乳がんになった人や、以前に片方の乳房に乳がんができた人も、注意が必要です。
特殊なタイプの乳がんも、まれに発生しています。乳首に治りにくいただれや湿疹(しつしん)ができるパジェット病と、乳房の皮膚が夏みかんの皮のように厚くなり、赤くなってくる炎症性乳がんと呼ばれる、非常に治りにくい種類です。
なお、乳がんにかかる人はほとんど女性ですが、女性の約100分の1の割合で男性にもみられます。
■自己検診による乳房のチェックを
乳がんは、早期発見がとても大切な病気。乳房をチェックする自己検診の方法を覚えて、毎月1回、月経が終了して1週間後の乳腺の張りが引いているころに、実行するとよいでしょう。閉経後の人は、例えば自分の誕生日の日付に合わせるなど、月に一度のチェック日を決めておきます。
こうして、自分の乳房のふだんの状態を知っておくと、異常があった時にすぐにわかるのです。
自己触診は、目で乳房の状態を観察することと、手で触れて乳房や、わきの下のしこりの有無をみるのが基本です。鏡に向かって立ち、両手を下げた状態と上げた状態で、乳房の状態をチェックします。
具体的には、 乳首が左右どちらかに引っ張られたり、乳首の陥没や、ただれがないか。乳房に、えくぼのような、くぼみやひきつれがないか。乳輪を絞るようにし、乳頭を軽くつまんで、血液や分泌液が出ないか。
以上の点に注意します。さらに、乳房を手の指の腹で触り、しこりの有無をチェックします。指をそろえて、指の腹全体で乳房全体を円を描くように触ります。乳房の内側と外側をていねいにさすってみましょう。調べる乳房のほうの腕を下げたポーズと腕を上げたポーズで、左右両方の乳房をチェックします。
そして、わきの下にぐりぐりしたリンパ節の腫れがないかどうかもチェックします。
少しでも、しこりや異変に気が付いたら、ためらわずに外科を受診することが大切です。専門家によって、自己触診では見付からないようながんが発見されることもありますから、定期検診も忘れずに受けましょう。
■検査はマンモグラフィが中心
乳がんは、乳腺外科、あるいは外科で専門的に扱う場合がほとんどです。検査は、視診と触診、さらにマンモグラフィが中心ですが、超音波検査(エコー)もよく利用されています。
マンモグラフィは、乳房用のレントゲン検査で、早期乳がんの発見率を向上させた立役者といえます。乳房全体をプラスチックの板などで挟み、左右上下方向からレントゲン写真をとります。
乳房のしこりだけではなく、石灰化像といって、しこりとして感じられないような小さながんの変化も捕らえることができます。この段階で発見できれば、乳がんもごく早期であることがほとんどですから、乳房を残したままがんを治療することも可能になります。
現在の日本では、乳がん検診にアメリカほどマンモグラフィが普及していません。検診では、触診や視診だけではなく、マンモグラフィの検査が含まれているかどうかを確認したほうが安心です。
超音波検査は、超音波を発する端子を乳房に当てて、その跳ね返りを画像にするもの。痛みなどはなくて受けやすい検査で、自分ではわからないような小さな乳がんを発見することが可能です。
しこりや石灰化像などの、がんが疑われる兆候が発見された場合には、良性のものか、がんかを判断する検査が行われます。従来、穿刺(せんし)吸引細胞診、針生検(せいけん)や切開生検が中心に行われていましたが、近年はマンモトーム生検という検査法が登場しました。
穿刺吸引細胞診は、専用の針をしこりに刺して一部の細胞を吸引して取り、顕微鏡で細胞の形などを調べる検査。体への負担が少ないのが利点ですが、しこりとして触れないような小さながんなどは、診断できないことも少なくありません。
針生検は、少し太めのコア針で局所麻酔をして、組織を取り出して調べる検査。体への負担が少ないのが利点ですが、病変が小さい場合は何度も刺す必要があったり、診断が付かないこともあります。
切開生検は、メスで乳房に切開を入れ、がんと思われる部位の組織の一部を取ってきて、顕微鏡で調べる検査。穿刺吸引細胞診や針生検で、確定診断ができない場合に行われてきましたが、外科手術になりますので、体への負担が大きいのが欠点です 。
マンモトーム生検は、超音波やマンモグラフィで見ながら、疑わしい部分に直径3ミリの針であるマンモトームを刺して、自動的に組織の一部を吸引してきて、顕微鏡で調べる検査。広範囲の組織が取れて、切開生検より傷口が小さいため、テープで止めるだけで糸で縫う必要がないのが利点です。とりわけ、しこりとして触れない小さながんや、石灰化の段階のがんの診断に、威力を発揮します。
乳がんとわかった場合には、がんの広がりの程度、他の部位への転移の有無を調べるために、胸や骨のレントゲン検査、CT、超音波検査、アイソトープ検査などが行われます。その程度や有無によって、治療の方針が決められることになります。
■標準的な手術法は乳房温存療法
乳がんの治療法は、その進み具合によって、いろいろな方法が選ばれます。一般的には、まず手術により、乳がんの病変部をできるだけ取り除く治療を行います。
従来は、乳房と胸の筋肉とわきの下のリンパ節をひと塊として、完全に取ってしまうハルステッドという手術が、定型的な乳房切除術として長い間、行われていました。この手術によって、乳がんの治療成績は飛躍的に向上しました。しかし、手術後に腕がむくんで動かしにくくなるなどの障害と、肋骨(ろっこつ)が浮き出て見えたりする美容的な問題が、難点でした。
ところが、乳がんも早期発見が多くなったため、このように大きな手術をすることは少なくなりました。現在では、がんが胸の筋肉に深く食い込んでいる場合などごく一部を除いて、ハルステッド法はほとんど行われなくなっています。
代わりに、胸の筋肉は残して、乳房とわきの下のリンパ節を取る胸筋温存乳房切除術という手術が、行われるようになりました。
乳房のすぐ下には大胸筋、その下には小胸筋という筋肉がありますが、この胸筋温存乳房切除術にも、大胸筋だけを残す大胸筋温存乳房切除術と、両方の筋肉を残して乳房を切除する大小胸筋温存乳房切除術があります。
リンパ節転移が多い場合などは、リンパ節を確実に切除するために、小胸筋を切除することがありますが、最近は両方の筋肉を残して乳房を切除するケースが多くなっています。腕を動かす時に主に使われる大胸筋を残すだけでも、ハルステッド法に比べればかなり障害は少なくなります 。
さらに、近年では、早期に発見された乳がんに対しては、乳房を全部切り取らずに、しこりの部分だけを取り除いて、残した乳腺に放射線をかける乳房温存療法が、盛んに行われるようになりました。日本では2003年に、乳房温存療法が乳房切除術を数の上で上回るようになり、標準的な手術法となっています。
この乳房温存療法では、乳房を残して、がんの病巣をできるだけ手術によって切除し、残ったがんは放射線の照射で叩くというのが基本的な考え方ですので、放射線治療は必須です。一般的には、わきの下のリンパ節転移があるかどうかにかかわらず、しこりの大きさが3センチ以下で、乳房の中でがんが広範囲に広がっていないことなどが、適応の条件とされています。
また、しこりが3センチ以上でも、手術前に化学療法を行ってしこりが十分に小さくなれば、可能であるとされています。ただし、医療機関によって考え方には多少違いがあり、もっと大きな乳がんにも適応しているところもあります。
わきの下のリンパ節をたくさん取らない方法も、最近では検討されています。手術中に、センチネルリンパ節(見張りのリンパ節)という最初にがんが転移するリンパ節を見付けて、そこに転移がなければリンパ節はそれ以上は取らないという方法です。まだ確立はされた方法ではありませんが、腕の痛みやむくみなどの障害が出ないので、今後急速に普及していくと考えられます。
乳がんはしこりが小さくても、すでにわきの下のリンパ節に転移していたり、血液の中に入って遠くの臓器に広がっていることもあります。転移の疑いがある場合、術後の再発予防のために抗がん薬やホルモン薬による治療を加えると、再発の危険性が30~50パーセント減ることがわかってきました。抗がん薬やホルモン薬においても、副作用が少なく、よく効く薬が開発されてきて、再発後の治療にも効果を上げています。
卵管がん
■女性の卵管に生じる、極めてまれながん
卵管がんとは、女性の卵管に生じるがん。卵管は、子宮の左右両端から伸びて、子宮と卵巣を結んでいる長さ約10センチの細い管です。
女性性器がんの中では最も発生頻度が低く、全体の1パーセント程度の発症率となっています。
出産経験のない女性、閉経前後の女性、不妊の女性に多いといわれていて、広範囲の年齢層に発生します。好初発年齢は主に50~60歳で、そのうち約半数が閉経後に発症します。
はっきりとした原因は、解明されていません。卵管がんはまず、卵管内腔(ないくう)の卵管上皮より発生し、内腔に乳頭状に発育します。早期より筋層にも浸潤します。初期がんの多くは、卵管の内腔が水腫(すいしゅ)状を呈します。組織学的には、大部分が腺(せん)がんであり、卵巣の上皮性卵巣がんの中の漿液(しょうえき)性腺がんに類似しています。
初期には、ほとんど無症状のまま経過します。進行すると、下腹部の痛み、不正出血、水のようなサラサラとした下り物が多量に出るなどがみられます。水様性の下り物は、水腫状になった卵管に漿液性の液体が貯留し、これが卵管平滑筋の収縮によって間欠的に子宮内腔、腟(ちつ)を通じて体外に排出されるものです。
そのほか、黄色い下り物が出たり、閉経後の女性では血が混じった下り物が出ることもあります。腹水がたまることによる腹部の膨らみもみられ、おなかの上からでも触れられるようになります。
■卵管がんの検査と診断と治療
卵管は骨盤内にあって腹腔内に隠れている臓器なので、自覚症状が出るのが遅くなるため、卵巣がんと同じく卵管がんの早期発見は極めて困難です。卵管がんを少しでも早い段階で発見するためにも、定期的に婦人科、産婦人科で検診を受けることが大切になります。
医師による内診で、進行したがんでは卵管がはれているとか、しこりとして触れる場合もあります。その場合は超音波やCT、MRIで検査をして、腫瘍があるか否か調べます。くねくねとしたソーセージ状の腫瘍があり、その中に液体を貯留し充実部もあれば、卵管がんの可能性が高くなります。また、子宮腔内からの吸引細胞診が、発見の切っ掛けとなることもあります。
治療は、手術により両側の卵管と卵巣、そして子宮を全て摘出します。発見された時にはかなり進行していることが多く、非常に治りにくいため、手術後に抗がん剤による化学療法も行います。
がんが消化器やリンパ節に転移している場合は、その部分も手術によって切除し、抗がん剤による化学療法、放射線治療を行います。
卵巣嚢腫(嚢胞性腫瘍)
■卵巣に液体成分の入った袋のようなものができ、はれが生じた状態
卵巣嚢腫(のうしゅ)とは、卵子や女性ホルモンを作っている卵巣に液体成分の入った袋のようなものができ、卵巣の一部にはれが生じた状態。嚢胞性腫瘍(しゅよう)とも呼ばれます。
この卵巣嚢腫の多くは、子宮の左右両側に一つずつある卵巣の片側に発生しますが、両側に発生することもあります。通常は直径2〜3cm程度の大きさの卵巣は、妊娠、受精に必要な卵胞を抱えている臓器で、女性ホルモンを作っているため、多種類の腫瘍ができやすい臓器です。
卵巣嚢腫にはいろいろなタイプがあり、大きさもピンポン玉大の小さなものからグレープフルーツ大以上のものまでさまざまです。ほとんどの卵巣嚢腫は小さなもので、症状もありません。かなり大きくなってきて初めて、腹部の膨隆、あるいは腹部に腫瘤(しゅりゅう)を触れるようになってきます。また、時には下腹部に圧迫感、強い痛みを感じることもあります。
しかしながら、ほとんどの卵巣嚢腫は良性で、がんに代表される悪性腫瘍ではありません。ごくまれに、悪性の卵巣がんであることがあり、嚢腫が茎を持って大きくなる場合には、時として何らかの原因で捻転(ねんてん)を起こすことがあります。このような場合には、激しい痛み、吐き気、嘔吐(おうと)などの強い症状を現したり、種類によっては腹水、胸水を伴うこともあり、そのための全身症状を現します。
そのために、卵巣嚢腫が見付かった場合には、まず悪いものではないかどうか、治療が必要なものであるかどうかなどをチェックする必要があります。
卵巣嚢腫の主なタイプとして、機能性嚢腫、単純性嚢腫、皮様嚢腫、子宮内膜症性嚢腫があります。
機能性嚢腫は、一時的に排卵日ごろにはれて、自然に消えてなくなるもの。女性なら誰でも、排卵日ごろには卵子を入れる袋である卵胞が大きくなり、卵胞が破裂して卵子が飛び出すことによって、排卵が起こります。まれに、卵胞が大きくなっても卵子が飛び出さず、排卵が起こらないことがあります。大きくなった卵胞がしばらく残っている状態が、この機能性嚢腫です。普通、次の月経のころには小さくなります。消失が遅れる場合でも、1〜3カ月以内には消えてなくなります。
単純性嚢腫は、若い女性に非常によくみられる良性のもの。丸い袋のように見える腫瘍で、内部には隔壁や腫瘍の固まりが全くなく、液体成分だけです。直径5~6cmくらいまでの小さなもので症状がなければ、経過観察をするだけでもかまいません。ただし、この単純性嚢腫のようにみえても非常にまれに悪性部分が隠れている場合があるので、定期的な検査は必要です。
皮様嚢腫は、20〜30歳代によくみられ、内部に皮脂、毛髪、歯、軟骨などを含んだ良性のもの。小さいものなら無症状ですが、大きくなると下腹部痛や不快感などが生じます。普通は次第に大きくなるので、経過観察をしたとしても最終的に手術が必要になることが多い腫瘍です。左右の卵巣にできたり、再発することがよくあり、一部ががん化することもあるので、手術しない場合でも定期的な検診は必要です。
子宮内膜症性嚢腫は、子宮内膜症が原因で卵巣にできるもの。子宮内膜症というのは、子宮の内膜が子宮の内側以外の部分にできる疾患。卵巣に子宮内膜症ができると、月経のたびに卵巣の中でも出血が起こります。そのために、卵巣の中にドロドロの茶褐色の血液がたまるので、別名チョコレート嚢腫(嚢胞)とも呼ばれています。月経は毎月起こるので、チョコレート嚢腫も少しずつ大きくなります。大きくなった嚢腫によって下腹部痛、特に性交時の下腹部痛や月経時の下腹部痛が起こります。
■卵巣嚢腫の検査と診断と治療
卵巣嚢腫(嚢胞性腫瘍)がほかの婦人科腫瘍と異なるところは、特徴的な初発症状が乏しいことです。早期発見が完全な治療を受けるためには必要なのですが、なかなか症状が出にくく、大量の腹水がたまってから、慌てて婦人科を受診するケースが少なくありません。
従って、何らかの下腹部痛、不正出血、下り物の増加、腹部膨満感など、ふだんとは異なる症状を感じた場合には、この卵巣嚢腫を念頭に入れ、早期に婦人科を受診して適切な検査を受けることが必要です。
卵巣嚢腫は、産婦人科の通常検査である内診や超音波検査などによって見付かります。詳しく超音波検査をすることによって、腫瘍の位置、腫瘍の大きさ、腫瘍内部が水だけなのか固まり部分があるのか、腫瘍の中が壁で区切られているのか、腫瘍の中に血液や毛髪、軟骨などが入っていそうかどうかなど、かなりのことがわかります。
少しでも悪性腫瘍の疑いがある場合には、血液をとってCA125などいくつかの腫瘍マーカーの値を測定します。ただし、卵巣がんの種類によっては、腫瘍マーカーが高くならないことがあります。逆に、卵巣がんでなくても、CA125などが高くなることもあります。
内診や超音波検査、血液検査だけでは良性か悪性かの判定が難しい場合、さらにCTやMRI検査を行います。実際には、超音波検査で判定が困難な場合は詳しい検査をしても区別が付かないことが多いので、ある程度の大きさがあって全く良性腫瘍とはいい切れない場合には、手術療法を行います。
卵巣嚢腫が良性と判断される場合は、一般的に、腹腔(ふくくう)鏡を使って腫瘍部分だけを取り去ることができます。全身麻酔をして、へその下あるいは上に非常に小さな皮膚切開をし、腹の中を観察するための内視鏡カメラを挿入します。1cm以下の切開をさらに数カ所追加して、そこから遠隔操作ができる手術機械を挿入して手術を行います。腹腔鏡を使って手術をした場合には、術後の腹部の傷はほとんど目立ちません。
腹腔鏡手術が困難なタイプの卵巣嚢腫、あるいは悪性が疑われる場合は、通常の開腹による手術を行います。
一般的に、卵巣嚢腫の手術は、婦人科の手術の中でもかなり簡単な部類に入ります。ただし、子宮内膜症性嚢腫に限っては、その後の妊娠に対する影響がありますので、慎重に対応する必要があります。
ごくまれに、がんのような悪性の経過をたどるものがありますが、がんが卵巣内にとどまっている場合は、がんのできている卵巣と卵管だけを切除するだけでよいこともあります。がんが卵巣外にも及んでいる場合は、両側の卵巣と卵管、子宮、胃の下部から垂れて腸の前面を覆う薄いである大網(だいもう)、リンパ節などを広範に摘出しなければなりません。
大網は最も卵巣がんが転移しやすい部位とされ、早期がんの場合でも切除することがあります。卵巣をすべて摘出してしまうと、女性ホルモンの分泌がなくなるので、ホルモンのバランスが崩れて、自律神経のバランスも崩れ、更年期障害のような症状が現れます。
がんが卵巣外に広く散らばっている場合には、手術の後、抗がん剤による強力な化学療法が必要となります。抗がん剤はがんの種類によってかなり有効で、残ったがんが縮小したり、消失することもあります。この場合は、もう一度手術を行い、残った腫瘍を完全に摘出したり、化学療法を中止する時期を決定します。
エコノミークラス症候群
●脚や腕の静脈に生じる血栓が要因
エコノミークラス症候群とは、飛行機内などで長時間、同じ姿勢を取り続けて発症する一連の症候群としてよく知られており、旅行者血栓症やロングフライト血栓症、静脈血栓塞栓(そくせん)症、深部静脈血栓症とも呼ばれます。
飛行機のエコノミークラス以外の座席、飛行機以外の交通機関や施設の座席でも、発生が報告されています。
長時間、座ったままの同じ姿勢でいると、血液の流れが徐々に悪くなり、脚や腕などの静脈に、血の固まりである血栓が生じやすくなります。この血栓が血流に乗って肺へ流れ、肺動脈が詰まると、肺塞栓(そくせん)症となります。
肺動脈が詰まると、その先の肺胞には血液が流れずガス交換ができなくなる結果、換気血流に不均衡が生じ、動脈血中の酸素分圧が急激に低下、呼吸困難を起こします。また、肺の血管抵抗が上昇して、全身の血液循環に支障を起こします。
軽度であれば胸焼けや発熱程度で治まりますが、最悪の場合は死亡します。
飛行機内などでは、血液が固まりにくいように水分を補給したり、長時間にわたって同じ姿勢を取らないようにし、着席中に足を少しでも動かして血液循環をよくすることで、エコノミークラス症候群は予防できます。
解離性大動脈瘤
■大動脈壁に裂け目ができて血管が膨らんだ状態
解離性大動脈瘤(りゅう)とは、大動脈の壁に縦の裂け目ができて、血管が膨らんだ疾患。50歳以降の男性に多くみられます。
大動脈壁は、内膜、中膜、外膜の3層からできています。このうちの中膜の一部に縦の裂け目ができて、内膜と外膜が外れるのを解離といいます。解離した血管は一部が外膜だけになるために薄くなり、内圧のために膨らんで動脈瘤になります。中膜の裂け目は、高血圧が長く続いたために、大動脈壁がもろくなってできます。まれに、生まれ付き中膜が弱い疾患によってもできます。
大動脈壁が裂ける範囲は、胸部大動脈の一部から、大動脈の全長に及ぶものまでいろいろ。そのできた場所によって、A型とB型とに分けられます。A型は解離腔(くう)が心臓に近い上行大動脈に存在するもの、B型は解離腔が胸部の下行大動脈から腹部にかけて存在するものです。
解離は突然起こり、症状も突然出現します。解離による痛みは激烈な場合がほとんどで、血管の解離の場所により前胸部痛から肩、背部にかけての痛みまであり、呼吸困難やショック状態になります。まれに、痛みがほとんどなく無症状のこともあります。血管の機能が障害されて、例えば頭の血流が悪くなった場合、失神、けいれん、意識障害を起こすこともあります。心筋梗塞(こうそく)を起こしたり、腹の血管が詰まって腹痛を起こしたり、足の血管が詰まって足の痛みを来すこともあります。
通常は外膜によって血管外へ血液が流出するのは避けられますが、大動脈瘤が破裂して血液が血管外へ流出した場合は、ショックによる失神を起こすことから、突然倒れ、命を失うほどの激烈な症状を来すこともあります。
■解離性大動脈瘤の検査と診断と治療
内膜が裂けた場所、大動脈瘤の破裂出血の有無などによって、重症度、治療方法が変わってきます。
解離性大動脈瘤が心臓に近い上行大動脈に存在するA型では、破裂により心臓を圧迫し救命できない場合が多く、ほとんどが緊急ないし早期手術の適応となります。放置すれば、大動脈閉鎖不全、心タンポナーデなどを引き起こす可能性があり、総頚動脈などに解離が及べば脳循環不全などにもなります。
A型の手術では、血管が裂けて破裂している血管、あるいは破裂しそうな血管を人工血管に置き換えます。ほとんどが大掛かりな手術となり、人工心肺装置を用いた体外循環を行って、心臓を停止させたり、脳への血流を一時的に遮断して、人工血管に置き換えます。
解離性大動脈瘤が胸部の下行大動脈から腹部にかけて存在するB型では、解離の部分が少なくて破裂する確率が少ない場合は、血圧を下げる薬を使って安静にすることにより、血管壁の裂け目が進行するのを抑えて動脈瘤の破裂を防ぎます。通常は手術をしませんが、A型へ移行することもあるので厳重な管理が必要です。
薬の効果がない場合、大動脈瘤が破裂する危険性がある場合、血流の低下があって腹痛や足の痛みがある場合は、手術となります。背中にある胸部下行大動脈に瘤があれば、開胸して人工血管に置き換えます。吻合(ふんごう)する血管壁も解離している場合があり、たとえ解離部分を修復しても血管の壁は弱くなっているため、手術後の出血が最も心配されます。
術後の出血のほか、心機能の低下、脳梗塞が、解離性大動脈瘤の重大な合併症とみなされます。B型では、さらに脊髄(せきずい)まひ、虚血性腸炎、腎不全、下肢の血流障害の合併症を起こすことがあり、何らかの治療をする必要があります。いずれにせよ、このような合併症が起こった場合、命に関わってきます。
解離性大動脈瘤にかかり、手術あるいは安静治療で退院した人は、以後も引き続き経過観察が必要。手術を行っても、解離した血管すべてを人工血管に置換することはできません。また、安静治療で破裂の危険がなくなっても、解離そのものが消失したわけではありません。少なくとも血管が膨れて破裂することはなくなったのですが、徐々に拡大して再破裂する可能性もあります。半年あるいは年に1回、CTなどによって、解離の悪化がないか検査します。
解離は突然起こるものですが、原因はほとんどが動脈硬化です。よって、解離性大動脈瘤の予防は、動脈硬化の予防ということになります。高血圧、糖尿病、高脂血症、肥満の是正を行い、激しい運動を控え、急激な寒冷にさらされたりしないようして、血圧を急に上げないようにすることが大事です。
顆粒球減少症
■白血球の中の顆粒球が減少し、発熱、のどの痛みが発現
顆粒(かりゅう)球減少症とは、白血球の中の顆粒球が正常値の下限以下に減少する疾患。顆粒球の正常値下限は、1マイクロリットル中に2000です。
白血球には、顆粒球、リンパ球、単球の3つの種類があります。この内、顆粒球が白血球の約60パーセントを占めます。また、顆粒球はさらに、好中球、好酸球、好塩基球の3つに分類されます。顆粒球減少症では、顆粒球の中でも特に好中球が急激に減少します。
顆粒球の主要な役割は、感染症に対する防御です。体内に侵入してきた異物を取り込んで処理する機能があり、好中球を始めとする顆粒球が不足すると、体の防衛機能が低下してしまいます。とりわけ、顆粒球が1000以下、特に500以下に減って、血液中の白血球がほとんどリンパ球だけになると、感染症にかかる危険が大きく、いったん発生すると重症になりがち。治療の上で問題となるのは、このように高度の顆粒球減少症で、無顆粒球症とも呼びます。
顆粒球減少症はインフルエンザ、肝炎、粟粒(ぞくりゅう)結核などの感染症や、再生不良性貧血などの造血器疾患に際しても生じますが、無顆粒球症は化学的物理的原因、特に医薬品によって生じた場合を指します。
医薬品の中には、抗がん剤のように一定量以上を使えば、必ず無顆粒球症をもたらすものがある一方、使用者全体からみると、ごく一部の人にのみもたらすものがあります。ある種の解熱剤、消炎剤、抗甲状腺(せん)剤、利尿剤、抗生物質なども、無顆粒球症の原因になります。
これらの医薬品が顆粒球を減少させる原因としては、アレルギーによる顆粒球の崩壊と、骨髄抑制に基づく顆粒球産生減少の二つが考えられます。
顆粒球減少症の症状は、突然の震えを伴った高熱で始まり、扁桃(へんとう)や咽頭(いんとう)に炎症が起こります。ひどくなると、潰瘍(かいよう)や壊死(えし)が生じます。潰瘍は急激に進行する傾向があり、痛みを生じます。感染症にもかかりやすくなり、肺炎や敗血症になることもあります。高齢者の場合は、なかなか治りにくい傾向がありますが、若年者では比較的経過は良好のようです。
■顆粒球減少症の検査と診断と治療
顆粒球減少症に気が付けば、因果関係が疑われる医薬品の使用を直ちに中止します。そして、軽症の場合は自然に回復するのを待ちます。
発熱を伴う中等症、重症の場合は、直ちに治療を開始し、感染症に対して十分な措置を講じなければなりません。無菌ベッドへ収容して、細菌などの外部侵入を防ぎ、抗生物質の投与や、好中球の減少を抑えるGーCSF製剤の投与をしつつ、血液検査をして白血球の推移を見守るというのが、一般的な治療法です。
抗生物質の投与にもかかわらず発熱が7日間以上持続し、治療に対して反応不良であれば、顆粒球輸血も考慮されます。
狭心症
狭心症とは、心臓の表面を取り巻く血管である冠(状)動脈の狭窄(きょうさく)などによって、心臓の筋肉である心筋に十分な血液が送られなくなり、心筋が一時的な酸素欠乏になった状態のことです。 虚血性心疾患の一つで、突然死を招くことにもなる急性冠症候群の一つにも数えられています。
人間の心臓は、筋肉でできた袋のような臓器で、1日に約10万回収縮し、全身に血液を循環させて、酸素や栄養を送り届けています。もちろん、心臓の拍動にも多くの酸素や栄養が必要ですが、心臓自身は心臓の中を通る血液からではなく、表面を取り巻く冠動脈から、血液を受け取っているのです。
この冠動脈に、動脈硬化などによってプラークという固まりができて、血液の通り道が狭くなったり、詰まったりすると、心筋が酸欠状態に陥ってしまい、狭心症や心筋梗塞(こうそく)を招くのです。心筋梗塞のほうは、冠動脈が完全に閉塞、ないし著しく狭まり、心筋が壊死してしまった状態です。
狭心症にはいろいろなタイプがありますが、よく知られているタイプは、労作(性)狭心症と安静(自発)狭心症の二つです。
労作狭心症は、動脈硬化などで冠動脈が狭くなっている際に、過度のストレス、精神的興奮、坂道や階段の昇降運動といった一定の強さの運動や動作が誘因となり、心臓の負担が増すことで起こるものです。安静狭心症は、就寝中や早朝など、比較的安静にしている際に起こるものです。心不全などを合併することも多く、労作狭心症よりも重症です。
40歳以上の男性に狭心症は多く、女性では閉経期以後や卵巣摘出術を受けた人に多くみられます。誘因として考えられるのは、高血圧、高脂血症、肥満、高尿酸血症、ストレス、性格など。
■発作時の自覚症状は狭心痛
症状としては、狭心痛という発作を繰り返す特徴があります。典型的な狭心痛は突然、胸の中央部に締め付けられるような痛みが起こり、痛みは左肩、左手に広がります。まれに、下あご、のどに痛みが出ることもあります。
発作の時間は数分から数十分で治まりますが、発作中は顔面蒼白(そうはく)、胸部圧迫感、息苦しさ、冷汗、動悸(どうき)、頻脈、血圧上昇、頭痛、嘔吐(おうと)のみられるものもあります。
初めての発作は見過ごしがちですが、症状を放置した場合、一週間以内に心筋梗塞、心室細動などを引き起こす可能性もあります。治まったことで安心せずに、病院へ行くべきです。特に高齢者や、発作が頻発に起きる人は、注意が必要となります。
病院では、心電図 、運動負荷心電図、冠動脈造影などで検査し、すべてのタイプに共通して、血栓ができるのを防ぐために、アスピリンなどの抗血小板剤の投与による治療が行われます。発作を止めるために、ニトログリセリン、硝酸イソソルビドなどの硝酸薬、発作を予防するために、硝酸薬、 β遮断薬、カルシウム拮抗(きっこう)薬が投与されるほか、 経皮的冠動脈形成術、冠動脈大動脈バイパス移植術などの外科的治療も行われます。
■予防、対策のための心掛け
発作が起きた時には、安静が原則です。直ちに動作を中止し、歩行中ならば立ち止まって休みます。横になると、下半身の血液が大量に心臓に戻ってきて、心臓に負担をかけます。立っている場合は、何かにつかまって前かがみの姿勢で休むようにします。寝ている場合は、上体を起こして座り、布団などにもたれるようにします。そして、なるべく早く病院へ行くことです。
狭心症などの心臓病は、男性は40代、女性は閉経後の50代から増加し始めますので、年一回は定期検診を受けましょう。心電図や心拍数の変動、連続心電図などで、潜在的な心臓病の有無を調べられます。
高血圧、高脂血症、糖尿病などの生活習慣病が心臓病のリスクを高めるため、生活習慣病にかからないように留意し、もしかかってしまった場合には、そちらの治療をすることが先決となります。
腹囲の大きい人も、要注意です。肥満は生活習慣病の危険因子であり、動脈硬化の原因にもなるからです。まず、身長(センチ)マイナス100(キロ)までの減量を心掛けて下さい。
また、たばこの煙を吸うと、血管が収縮して血圧が上昇、心拍数も増えて、心臓が急激に酸素を要求します。喫煙者が狭心症や心筋梗塞で死亡する危険度は、非喫煙者の1.7~3倍ともいわれています。心臓に不安を抱えている人は、必ず禁煙の実行を。他人のたばこの煙を吸う受動喫煙も、心臓病のリスクを高めてしまいます。
心臓病のリスクを低めるには、食事が役立ちます。青魚に含まれるEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)という成分は、血栓を溶かす作用があり、動脈硬化を予防します。タマネギに含まれる硫化アリルも、血液をサラサラにする作用があります。
血管の弾力性を保つ蛋白(たんぱく)質、抗酸化作用のある緑黄色野菜と大豆製品も、必要不可欠です。
菌血症
■細菌が血液の中に侵入して、体内を循環している状態
菌血(きんけつ)症とは、細菌が血液中に入って体内を循環している状態。一過性で他の疾患を引き起こさない場合と、血液中に入った細菌が髄膜に入って髄膜炎、全身の臓器に傷害を起こして敗血症などの疾患を引き起こす場合とがあります。
人体は少数の細菌であればすぐに排除することができるので、一過性の菌血症では症状が起こることはめったにありません。例えば、過度の歯磨きや歯科治療の際に、歯茎に常在する細菌が血液中に入って、一過性の菌血症が起こることがあります。細菌は腸からも血液中に入ることがありますが、血液が肝臓を通過する時に速やかに取り除かれます。こういった状態に関しては、通常は心配する必要はありません。
細菌が血液中に入る機会は意外と多く、外傷、食中毒、マラリアやウイルス性肝炎などの血液感染、膿瘍(のうよう)または感染創傷の外科的手術、泌尿生殖器または静脈内カテーテルの留置で自然発生的に生じることがあります。
一過性の菌血症はめったに症状を起こすことはありませんが、以前から何らかの感染症にかかっている人が突然、高熱を出した場合には通常、敗血症が疑われます。この敗血症は菌血症より発生率は低く、肺、腹部、尿路、皮膚など体のどこかにすでに感染がある時に、最もよく起こります。
感染がある臓器や、腸のようにふだんから細菌がいる臓器への手術を行った場合に、起こることもあります。消毒していない注射針を使う麻薬常習者や、化学療法を受けているなどの理由で免疫システムがうまく機能していない人も、かかりやすくなります。まれに、非細菌性の感染でも敗血症が起こります。
敗血症の症状は、震え、悪寒、発熱、脱力感、錯乱、腹痛、吐き気、嘔吐(おうと)、下痢などです。
一過性または持続性の菌血症から、体内を循環している細菌がさまざまな器官に定着し、転位性感染症を引き起こすこともあります。脳を包む膜に感染して髄膜炎、心臓を包む膜に感染して心外膜炎、心臓の内側の膜に感染して心内膜炎、骨に感染して骨髄炎、関節に感染して感染性関節炎などを起こします。
また、体内のほぼすべての器官に定着し、膿(うみ)の固まりを作る転位性膿瘍(のうよう)を引き起こすこともあります。膿瘍を作る細菌としては、ブドウ球菌、腸球菌、連鎖球菌が挙げられます。
■菌血症の検査と診断と治療
通常、過度の歯磨きや歯科治療、外科的手術で起こる菌血症は、治療の必要はありません。以前から何らかの感染症にかかっている人が、突然高熱を出して敗血症が疑われる場合は、速やかに内科の専門医を受診します。抗生物質が発展する前までは致命的な疾患だった敗血症は、現在でも治療が遅れたり合併症の具合によっては、致命的となる重篤な疾患であることに変わりありません。
医師による診断では、血液中の細菌を直接検出することは一般に難しいので、いくつかの血液サンプルを採取して1〜3日間の培養検査に出します。発症者が抗生物質を服用している場合など、細菌をうまく培養できないこともあります。尿、脳脊髄(せきずい)液、傷口の組織、たんなど、ほかの体液や分泌物の培養も行い、細菌の有無を調べます。体内に留置しているカテーテルを抜去し、その先端を切り取って培養に回すこともあります。
敗血症は重篤な疾患で、死亡するリスクも高いので、診断を確定する検査結果を待たずに、抗生物質ですぐに治療を始める必要があります。抗生物質による治療の開始が遅れると、助かる可能性が大幅に低下します。
治療ではまず、どの細菌による感染の可能性が高いかに基づいて抗生物質を選択します。これは、感染がどの部位から始まったかによります。感染巣が不明な時は、効果を確実にするために2〜3種類の抗生物質を組み合わせて使い、検査結果が出た時点で、感染を引き起こしている特定の菌に最もよく効く抗生物質に切り替えます。
通常は、細菌の起源であると疑われるカテーテルなどの体内器具を取り除きます。感染巣を取り除くために、手術が必要になることもあります。
静脈瘤
■主に下肢の静脈が拡張し、血液が滞ることで発症
静脈瘤(りゅう)とは、静脈、特に下肢の表面にたくさんある表在静脈が拡張し、曲がりくねって青く浮き出た状態。血液が滞ることで起き、下肢の静脈だけでなく食道、上肢、腹壁、肛門周囲の静脈にも現れることがあります。
静脈弁の機能不全による一次性静脈瘤と、生まれ付き静脈が拡張している先天性静脈拡張症や深部静脈血栓症などによる二次性静脈瘤に分けられます。
最も多くみられる、静脈弁の機能不全によって起こる一次性の静脈瘤は、男性よりも女性に発生しやすいという特徴があり、一般的には高齢の女性や妊婦の足に発生していることが多いものです。販売員、美容師、調理師といったいわゆる立ち仕事の多い女性にも発生しやすく、その場合には症状の進行も早くなります。
初期には静脈が膨れ上がるだけで、夕方に目立っても、一晩寝ると朝には消失していることがほとんどです。下肢を高く上げておく、すなわち挙上することによって、膨れ上がりはより改善します。症状が進むと、立位での下肢のだるさや、うっ血感、重量感、疼痛(とうつう)、浮腫(ふしゅ)、こむら返りなどが出現し、静脈瘤部の知覚異常やかゆみ、かくことによる慢性湿疹(しっしん)様皮膚炎なども現れてきます。
慢性期になると、浮腫、出血、皮膚の色素沈着、血栓性静脈炎の急性症状、うっ滞性皮膚炎などが出現し、時に難治性の静脈瘤性下腿潰瘍(かたいかいよう)となることもあります。
一次性の静脈瘤の正確な原因はわかっていませんが、加齢、妊娠、立ち仕事、肥満といった要素よりも、下肢の皮膚表面にある表在静脈の壁がもともと弱いのが主な原因と考えられています。年齢を重ねるに従って、もともと弱い静脈は弾力性がだんだんなくなっていきます。その結果、静脈は伸びて長く広くなり、正常な時と同じ空間に収まるためには、伸びたぶんを巻き込まなくてはなりません。これは、皮膚の下にヘビがとぐろを巻いているように見えます。こういった静脈瘤は妊娠中に起こりやすいものですが、出産すればいつの間にか消えてしまいます。ただし、下肢の皮膚表面にある静脈の壁の弱さは、遺伝してしまうともいわれています。
静脈の拡張は延長よりも重大な問題で、血液の逆流を防ぐために心臓に向かって付着する静脈弁を引き離す原因となります。静脈弁が引き離された状態では、きちんと閉じることができず、起立時に重力の作用によって起こる血液の逆流を止めることができなくなります。その結果、血液が逆流して静脈内に急速にたまります。血液の逆流は、壁が薄くなって蛇行している静脈をさらに拡張させます。
正常なら表在静脈から深部静脈へ血液を送る連結静脈の一部も、拡張することがあります。連結静脈が拡張すればその弁も引き離され、筋肉が深部静脈を圧迫するたびに血液が逆に表在静脈内へ噴出して、表在静脈はさらに伸びてしまいます。
静脈瘤がある女性の多くには、毛細血管が拡張するくも状静脈もみられます。くも状静脈は静脈瘤内の血液による圧迫が原因となっている可能性もありますが、一般にまだ解明されていないホルモンが原因と考えられます。
■静脈瘤の検査と診断と治療
静脈瘤は残念ながら、完治することはありません。一晩寝て翌日には消える程度のものならば様子をみてもかまいませんが、翌朝もむくみがとれない場合は、全身の疾患のチェックも含めて、一度内科医の診察を受けることが必要です。
立位での下肢の静脈瘤の悪化と挙上による改善で、一次性静脈瘤が診断されます。すなわち、静脈瘤が立位により著しくなり、足の挙上によって消える場合には一次性静脈瘤と考えられます。なお、静脈瘤は普通、皮膚の下の膨らみとして見えますが、症状は静脈が見えるようになる前から現れます。静脈瘤が肉眼で見えなくても、熟練した医師は足を触診して、静脈の拡張範囲を確認できます。
最近では、超音波断層法や静脈造影によって、より詳しい静脈瘤の部位と程度の診断が可能です。通常、このような検査が必要となるのは、皮膚の変化や足首のむくみによって深部静脈の機能不全が疑われる場合に限られます。足首のむくみは皮膚の下の組織に体液がたまるのが原因で、浮腫と呼ばれています。静脈瘤だけでは、浮腫は起こりません。
初期の軽度のものでは、長時間の立位を避けて、弾性ストッキングを着用し、夜間に下肢を高く挙げおくことによって、症状は改善します。弾性ストッキングは静脈を圧迫することにより、静脈が伸びたり傷付いたりするのを防ぎます。妊娠中に出現する静脈瘤は、出産後2〜3週間で消えるのが普通で、この時期には治療する必要はありません。
症状が強く大きな静脈瘤があるもの、うっ血が著しくて下肢を高く挙げておいても改善しないもの、慢性の静脈血行不全があるもの、血栓性静脈炎を繰り返すものなどに対しては、表在静脈の皮下抜去(ストリッピング)、流入静脈の高位結紮(けっさつ)、局所の静脈瘤の切除、硬化薬注入による治療などが行われます。
しかしながら、手術や硬化薬注入によって、静脈瘤を切除したりすべて排除しても、この疾患は治りません。治療は主に症状を軽減して外観を改善し、合併症を防ぐために行います。どの治療法においても再発や、別の静脈瘤が出てくる場合がありますが、不適切な治療では6カ月から1年以内に再発します。
また、現在ではレーザーやパルスレーザーによる静脈内膜の焼却も行われています。レーザー療法は、高度に集束した強い光を連続的に使用して、組織を切除したり破壊するものです。パルスレーザー療法は、くも状静脈の治療に適用できます。光の当て方が瞬間的であることを除けば、レーザー療法とほとんど変わりません。
大動脈縮窄症
■大動脈の狭窄のために血液の流れが悪化
大動脈縮窄(しゅくさく)症とは、動脈管を中心にした大動脈に狭窄(きょうさく)があるために、血液の流れが悪くなる疾患。ほとんどが先天性のもので、女性よりも男性に多く発生しています。
心臓から全身に血液を送る大動脈は、左心室から頭の先や足側へ循環する時に、弓なりに曲がっています。この部分を大動脈弓と呼び、ここから下行大動脈に移る部分が先天的に、狭窄を起こしている場合があります。また、動脈管(ボタロー管)は胎児期には開いていますが、生後は閉鎖するのが一般的です。この閉鎖に伴って、動脈管の前後で大動脈狭窄が起こることがあります。
前者は乳児型、後者は成人型と呼ばれます。乳児型の場合は、心臓の奇形を合併していることが多く、そのために心不全や肺高血圧症を起こして、生後6カ月以内に死亡する率が高くなっています。成人型では、大動脈のバイパス(副血行路)が発達するので、発育上は支障がなく、予後も比較的良好です。
以上の2つは定型的な縮窄症ですが、異型大動脈縮窄症と呼ばれるものは、大動脈炎症候群と同類で、動脈壁に炎症が起こったためにできた狭窄です。この狭窄は大動脈の至る所にできますが、ほとんどは胸部から腹部にかけての大動脈に起こります。炎症がなぜ起こるかは、わかっていません。
大動脈縮窄症の症状としては、大動脈が狭くなったところで血流が抵抗を受けるために、狭窄部より上の、心臓に近いところでは高血圧になり、末端では低血圧になるという現象が起きます。すなわち、上半身は高血圧、下半身は低血圧になり、足の動脈では、股(また)の付け根の脈拍が触れないこともあります。また、高血圧のために左心室が肥大します。
自覚症状としては、運動をした時の激しい動悸(どうき)、顔面のほてり、頭痛、頭重という高血圧の症状がみられます。足では、血行が悪いために、長く歩くと足が痛い、疲れやすいなどの症状が現れます。乳幼児では、足の発育も悪くなります。
定型的な大動脈縮窄症の場合、ほうっておくと20歳までに75パーセントが死亡するとされています。死因としては、縮窄に合併した心破裂、大動脈瘤(りゅう)破裂、心内膜炎、心不全、脳出血など。
■大動脈縮窄症の検査と診断と治療
X線検査、心臓超音波検査、心電図検査を行います。また、手にある橈骨(とうこつ)動脈から造影剤を注入し、大動脈をX線で撮影する逆行性橈骨動脈造影で診断を確定することもあります。
診断がつき、狭窄が強い場合には、血行再建のための手術を行います。定型的な大動脈縮窄症では、狭窄部を切除して上下の大動脈をつなぎます。狭窄の範囲が広ければ、人工血管でつなぎます。手術の時期は、8〜14歳ぐらいが好成績を得られると見なされています。
異型大動脈縮窄症に対しては、病変部の切除が困難なことも多く、この場合は、代用血管でバイパスを作る手術を行います。
手術後、再び狭窄が認められることがあります。近年では、再狭窄に対して、手術以外の方法としてカテーテル治療が行われることもあります。
肺性心
■肺の疾患の影響で、心臓に病変が起こるもの
肺性心とは、肺に疾患があるために、心不全などを起こしたもの。肺性心疾患とも呼びます。
肺と心臓は非常に密接な関係にあり、片方に異常が起きたり、疾患があると、その影響を受けて、もう片方にも病変が起こりがちです。肺に疾患があると、肺全体の血行がスムーズにいかなくなり、右心室からの血液の拍出が妨げられ、やがて右心不全を起こすというわけです。
肺性心には、急性と慢性とがあります。急性のものは肺塞栓(そくせん)によって起こりますが、一般に肺性心という場合は慢性のものを指しています。急性、慢性とも予後はよくありません。
慢性肺性心の症状としては、肺結核や気管支ぜんそく、肺気腫(きしゅ)、珪肺(けいはい)などの慢性的な肺の疾患があるために、せき、たん、呼吸困難といった呼吸器症状が、まず最初に現れます。そして、呼吸困難の結果、動悸(どうき)やチアノーゼという症状が引き起こされ、脈拍の異常も出てきます。
急性肺性心の場合は、突然、呼吸困難、頻脈、チアノーゼ、血圧降下などが起こり、ひどい時は、けいれんが起きたり、ショック状態に陥ります。一刻も早く入院して、急性の右心不全に対する処置をしないと危険です。
■肺性心の検査と診断と治療
肺性心の慢性症状がある時には、心雑音、心電図の異常も出てきますが、このような症状が出ても、右心不全の有無の判断は非常に難しく、心エコー検査やナトリウム利尿ペプチドの測定が必要です。
肺性心の急性症状が出現している際には、絶対安静にして強心薬の注射をしたり、酸素吸入をして改善を図ります。疾患そのものの治療としては、もとの肺疾患を治すことが先決ながら、肺性心を起こすほどの肺の病変を治療することは非常に困難です。
不整脈
■心臓の拍動のリズムに乱れが生じる疾患
不整脈とは、一定感覚で行われている心臓の拍動のリズムに、何らかの原因によって乱れが生じる疾患。私たちが平常測っている脈拍は、心臓の拍動によって送り出された血液の流れにより動脈に伝えられて起こるもので、厳密には心拍数そのものではありません。
血管系統の中心器官である心臓には、4つの部屋があります。上側の右心房と左心房が、血液を受け入れる部屋です。下側の右心室と左心室が、血液を送り出す部屋です。4つの部屋がリズミカルに収縮することで、心臓は絶え間なく全身に血液を送り出すことができるのです。このリズムを作っているのが心臓の上部にある洞結節(どうけっせつ)と呼ばれる部分で、1分間に60~80回の電気刺激を発生させて、心臓を規則正しく収縮させています。この電気刺激が正常に働かなくことによって、拍動のリズムに乱れが生じてしまいます。
不整脈は、脈が不規則になる期外収縮、脈が速くなる頻脈性不整脈、脈がゆっくりになる徐脈性不整脈の3つに分類されます。
期外収縮は、いわゆる脈飛びを伴う不整脈です。平均的な心拍数を考えれば、1秒間に1回は必ず心臓が拍動していることになりますが、期外収縮では急に1秒飛んで2秒後に拍動するといったリズムの乱れを伴います。期外収縮の場合、症状が健康な人にもみられることがあるため窮迫した疾患ではないといえますが、発作が連続して起こる場合は危険といえます。原因として考えられるのは、心房がけいれんすることによって起こる心房細動。
頻脈性不整脈は、1分間当たりの心拍数が100回を大きく上回る症状をみせます。人間の血液量は一定なので拍動する回数が多くなると、1回の拍動で送り出される血液量が少なくなり、血圧の低下を招きます。頻脈性不整脈を来す病態には、心房細動、発作性上室性頻拍、心室頻拍、心室細動、WPW症候群などがあります。
徐脈性不整脈は、1分間当たりの心拍数が40回以下まで下回る症状をみせます。血流量が減少するため、貧血を起こしやすくなります。徐脈性不整脈を来す病態には、洞不全症候群、房室ブロックがあります。
不整脈で現れる症状は、不整脈の種類によって異なります。期外収縮では、めまいや動悸(どうき)などを伴います。頻脈性不整脈では、動悸や血圧の低下による息苦しさなどが起こります。短時間、胸が痛くなることもあります。徐脈性不整脈では、貧血やめまい、ふらつきなどの症状が現れ、息切れが起こったり、失神することもあります。
不整脈の原因としてもっとも多いのは、加齢によるものです。年を取ると誰でも少しずつ不整脈になっていきます。次に、ストレス、過労、睡眠不足が原因になってきます。基本的には狭心症や心筋梗塞(こうそく)とは別の疾患ですが、すでに心臓の疾患があると、不整脈になりやすいのも事実です。また、頻脈性不整脈の原因となっているのは、心臓の動きにかかわる電流に過電流を起こす部位があるためである、という研究結果もあります。
なお、脈が触れなくなった場合は、心室細動と心停止が考えられます。心室細動は不整脈の中でも危険な状態で、心臓の心室がけいれんを起こし、血流が停止し、意識がなくなります。1分間の心拍数は300~600回になるといわれ、心臓から血液が送られないため、すぐに意識を失い、数分で脳死が始まるともいわれています。すぐに心臓マッサージを開始しなければ死亡に至る大変、危険な状態です。
■不整脈の検査と診断と治療
不整脈の症状は、その原因や発症部位によって異なりますが、重症な疾患に至る恐れがあるので、早期に専門医の診断を受ける必要があります。
医師による不整脈の治療に当たっては、検査による症状の特定が重要になってきます。普通の心電図検査を中心に、胸部X線、血液検査、さらにホルター心電図、運動負荷検査、心臓超音波検査などが行われます。いずれの検査も、痛みは伴いません。
ホルター心電図は、携帯式の小型の心電計を付けたまま帰宅してもらい、体を動かしている時や、寝ている時に心電図がどう変化するかをみる検査。長時間の記録ができ、不整脈の数がどれくらいあるか、危険な不整脈はないか、症状との関係はどうか、狭心症は出ていないかなどがわかります。とりわけ、日中に発作が起こりにくい不整脈を発見するのに効果を発揮します。
運動負荷検査は、階段を上り下りしたり、ベルトの上を歩いたり、自転車をこいでもらったりする検査。運動によって不整脈がどのように変わるか、狭心症が出るかどうかをチェックします。心臓超音波検査は、心臓の形態や動きをみるもので、心臓に疾患があるかどうかが診断できます。
不整脈の内科治療では、抗不整脈薬という心拍数を正常化する働きのある薬を中心に行われます。ただし、不整脈そのものを緩和、停止、予防する抗不整脈薬での治療は、症状を悪化させたり、別の不整脈を誘発したりする場合があり、慎重を要する治療法であるといえます。抗不整脈薬のほかに、抗血栓薬など不整脈の合併症を予防する薬なども用いられます。
不整脈の外科治療では、徐脈性不整脈に対して、ペースメーカーの埋め込み手術などが行われます。ペースメーカーは、遅くなった自分の脈の代わりに、心臓の外から電気刺激を与える装置です。この装置の埋め込み手術は、肩の皮膚の下に電気刺激を発する小さな電池と、その刺激を心臓に伝えるリード線を入れるだけですから、局所麻酔で簡単にすますことができます。
最近では、頻脈性不整脈に対して、体内に挿入したカテーテル(細い管)の先端から高周波を流し、心臓の過電流になっている部位を焼き切って正常化する、カテーテル・アブレーション法という新しい治療法が行われています。この治療法は、心臓の電位を測って映像化する技術が確立したことで実現しました。
薬物療法に応じず、血行動態の急激な悪化を伴い心房粗細動、心室頻拍、心室細動などを生じる重症頻脈性不整脈に対しては、直流通電(DCショック)が行われます。また、慢性的に重症心室頻拍、心室細動の危険が持続する症状に対しては、植え込み型除細動器(ICD)の埋め込み手術も考慮されます。植え込み型除細動器は、致命的な不整脈が起きても、それを自動的に感知して止めてしまう装置です。
無症候性心筋虚血
■一過性に心筋の虚血がありながら、自覚症状がない病態
無症候性心筋虚血(SMI:silent myocardial ischemia)とは、検査上では狭心症と全く同じく冠動脈に狭窄(きょうさく)や閉塞(へいそく)を持ち、一過性に心筋の虚血を起こす所見がありながら、胸痛の自覚症状がない病態。無痛性心筋虚血とも呼びます。
無症候性心筋虚血の起こる原因は、狭心症と同じで高血圧、高脂血症、肥満、高尿酸血症、ストレス、性格など。この無症候性心筋虚血を持つ発症者は、基本的に痛みを感じる限界値の高いことがわかっています。また、糖尿病にかかっていたり、年齢が高くなるとともに、発症頻度が増加します。
すでに大きな心筋梗塞(こうそく)がある場合にも、痛みを感じないことがあります。心臓を移植した場合にも、神経がつながっていないために痛みを自覚できず、虚血性心疾患の発見が遅れることが欧米では問題になっていますが、日本でも決して対岸の火事ではありません。
無症候性心筋虚血は、1型、2型、3型の3つに分けられます。
1型は全く症状がない厄介なもので、日本では健康と思っている人の2〜3パーセントにあると見なされます。検診やほかの疾患で診察を受けた際に、偶然見付けられる程度です。
2型は、心筋梗塞に合併します。狭心症と一緒にみられることが多く、比較的診断されやすいもの。普通、心筋梗塞の20〜50パーセントにみられますが、急性期ほど頻発します。
3型は、狭心症と一緒に発症するものです。一般的に、安定狭心症とは20〜40パーセントに合併し、不安定狭心症とは50〜80パーセントと高率に合併します。しかも、発生する心筋虚血の4分の3が無症候性心筋虚血なのです。
従って、狭心症や心筋梗塞例を治療する際には、自覚症状の改善だけではなく、無症候性心筋虚血発作の有無を適宜、検査してもらう必要があります。自覚症状だけを目標に治療すると中途半端となり、心筋梗塞や心臓性急死に進む危険があります。胸痛を自覚しなくなったことは改善を意味しますが、心筋虚血発作が完全に消えたわけではなく治療は十分とはいえないことを、忘れないようにします。
■無症候性心筋虚血の検査と診断と治療
無症候性心筋虚血では自覚症状がないため、診断には各種の検査が欠かせません。よく行われるものに、運動負荷試験とホルター心電計があります。心筋シンチグラフィも、症例を選んで行われます。全体像を把握した上で、必要に応じて冠動脈造影も行われます。
治療は、基本的に狭心症と同じです。高血圧、高脂血症、糖尿病などの生活習慣病がリスクを高めるため、生活習慣病にかからないように留意し、もしかかってしまった場合には、そちらの治療をすることが先決となります。肥満している人は減量、喫煙している人は禁煙を図ります。
しかし、無症候性心筋虚血では自覚症状がないために、無理をしたり、受診や治療が遅れたりなど、医師と発症者の双方とも好ましくない状況を作りやすい危険性があります。この疾患を十分に理解するようにします。
無症候性心筋虚血などの虚血性心疾患にかからないためには、狭心症、心筋梗塞、冠動脈硬化を促進させる危険因子を遠ざけて、改善することが大切です。そのためには、40歳になったら毎年1回、心電図、血圧、血中総コレステロールなどの脂質を測定することです。特に、こうした疾患が発生した家系の人には起こりやすいので、心臓、血管系の検診を毎年受けるようにします。
アスペルギルス症
■大気中に浮遊する真菌の一種を吸入して、肺に起こる感染症
アスペルギルス症は、アスペルギルスという大気中に浮遊する真菌(かび)を、気道を通して吸入することにより、肺に起こる感染症。肺真菌症の中でも、最も重要な疾患の一つです。
アスペルギルスは糸状真菌の一種で、多くは自然界に広く分布し、200以上の種類が知られています。堆肥(たいひ)、断熱材、エアコンまたはヒーターの吹き出し口、手術病棟および病室、病院の備品、浮遊粉塵(ふんじん)などに高頻度に分布していますが、人に疾患を起こすのは、アスペルギルス・フミガータス、アスペルギルス・フレーバス、アスペルギルス・ナイジャーなど数種類に限られています。
健康である限り、アスペルギルスが肺の中に感染することはありません。白血病や臓器移植後などによる体や気道の抵抗力の低下、副腎(ふくじん)皮質ステロイド剤の長期間の服用などを切っ掛けに、肺の中で増殖し、感染症を引き起こします。
数種類のアスペルギルスは有毒な胞子を持っているため、ぜんそく患者は過敏に反応して、アレルギー性の肺炎を引き起こすこともあります。また、肺膿瘍(のうよう)、肺結核、気管支拡張症などの後にできた肺の空洞に入り込み、真菌の塊である真菌球を作ることもあり、これが崩れると褐色の塊となって、たんととも出てきます。
アスペルギルス症の症状としては、せき、たん、胸痛、呼吸困難などの一般的な呼吸器症状が現れます。血たんや喀(かっ)血の頻度も、ほかの呼吸器感染症よりも多くみられます。また、アスペルギルスは血管に侵入して出血性壊死(えし)や梗塞(こうそく)を引き起こすため、肺炎、ぜんそく、副鼻腔(ふくびくう)炎、さらに急速進行性の全身疾患の症状を呈することもあります。
■アスペルギルス症の検査と診断と治療
呼吸器症状に気付いたら、呼吸器疾患専門医のいる病院を受診します。
医師による診断に際しては、胸部X線検査やCT検査が行われ、たんなどから原因となるアスペルギルスの種類を調べます。血液検査で、アスペルギルスに対する抗体があるかを調べることもあります。
胸部X線写真で典型的な真菌球が確認されれば、アスペルギルス症自体の診断は比較的容易です。確定診断のためには、たんや病巣からアスペルギルスを検出、培養する必要があり、典型的には気管支鏡検査法により肺から、および前検鼻法により副鼻腔から採取します。
しかし、培養には時間がかかるため、急性で生命を脅かす病態に対する迅速な確定診断用としては、適していません。発症者の状態が悪いことから、体への負担が大きい気管支鏡検査を行えないケースも多く、確定診断は困難なことがしばしばあります。
アスペルギルスが検出、培養できない間は、臨床的診断に基づいて治療が行われ、一般に抗真菌剤が用いられます。アムホテリシンB、イトラコナゾール、およびミカファンギンを静脈内投与するか、髄液の中に直接注射します。また、薬でアスペルギルスの活動を抑えた後、真菌球を外科手術で取り除くこともあります。
アスペルギルス症などの肺真菌症は、普通の肺炎よりも治りにくく、治療にも時間がかかり、再発するケースも多くみられます。治療中は安静にして、栄養を十分に取ることが大切になります。
縦隔気腫、縦隔血腫
■胸腔を左右に区切る縦隔に気体、あるいは血液がたまる疾患
縦隔気腫(じゅうかくきしゅ)とは、胸腔(きょうくう)を左右に区切る縦隔の中に気体がたまる疾患。縦隔血腫とは、縦隔の中に血液がたまる疾患。
縦隔は、左右の肺の真ん中にあり、縦に広がる円筒状の空間。前方を胸骨、後方を脊椎(せきつい)、下方を横隔膜に囲まれています。その中には、前部に心臓、大動脈、大静脈、胸腺(きょうせん)、横隔膜神経、後部には気管、食道、迷走神経が収まっています。
この縦隔に、傷付けられた気管や気管支から空気が漏れ出てたまるのが縦隔気腫であり、同じように、血管から血液が流れ出てたまるのが縦隔気腫。
原因となるのは、交通事故などによる胸部の強い打撲、銃弾や刃物などによる外傷、気胸、皮下気腫、気管支ぜんそくなど。症状としては、胸痛、胸部圧迫感、皮膚が紫色になるチアノーゼ、血たんなどが現れます。重症になると、顔や首のはれが現れ、窒息することもあります。
これらは往々にして、原因を作った外傷や、合併してみられる気胸などの陰に隠れて、見逃されてしまいます。
■縦隔気腫、縦隔血腫の検査と診断と治療
進行性で高度な縦隔気腫、縦隔血腫の場合は、一般の人ができる応急処置は特にありません。重い呼吸障害を起こす肺損傷や気管損傷、気管支損傷に起因していることが多いので、一刻も早く救急車を呼ぶ必要があります。
医師による診断では、胸部単純X線検査や胸部CT検査が行われます。
縦隔気腫、縦隔血腫の治療は、流出した空気や血液が少量の時には必要ありません。流出した空気や血液が多量で、疾患が進行している場合などには、空気や血液が漏れた原因の治療が行われます。内科的な治療で改善の見込みが薄い場合、打撲や外傷が原因の場合は、外科的な手術が行われます。
膿胸
■胸膜の感染症により、胸膜内に膿性の液体がたまった状態
膿胸(のうきょう)とは、胸膜が炎症を起こして、胸膜内にたまった液体が化膿菌を含み、膿性となった状態。
肺炎や肺膿瘍(のうよう)が胸膜に広がり、細菌が胸膜内に侵入して発症することが多く、胸腔(きょうくう)内手術後に続いて起こることもあります。寒け、高熱、胸痛、せき、背部痛などを伴い、胸膜内のうみが肺内に漏れると、膿性たんが吐き出されます。胸痛は、深呼吸やせきで増悪するのが特徴。うみが多量にたまってくると、息切れ、呼吸困難、胸部圧迫感なども起こります。重症の場合は、血圧低下や敗血症を伴い、ショック状態となります。
症状の期間によって、3カ月未満の急性膿胸と、3カ月以上の慢性膿胸に分けられます。
膿胸の原因のうち、最も多いのは肺炎で、肺炎の発症者の1〜2パーセントに認められます。肺炎の原因菌は肺炎球菌が多く、特に黄色ブドウ球菌性肺炎では引き起こしやすくなります。ほかにはクレブシエラ、グラム陰性桿菌(かんきん)が、膿胸の原因菌となります。
原因が肺結核の場合は結核性膿胸であり、年余に渡ってうみがたまり、慢性膿胸と呼ばれる病態を示すことがあります。慢性膿胸では、無症状のこともあります。
膿胸は高齢で寝たきりの人に発症しやすく、口腔内の細菌が肺内に流れ込みやすいのがその理由です。まれに、膿胸から悪性Bリンパ腫(しゅ)が発症します。
■膿胸の治療法と予防法
深呼吸やせきで増悪する胸痛を自覚し、発熱もあれば、早めに内科を受診します。高齢で寝たきりの人が胸痛や発熱を訴えた場合は、家族が病院に連れていったほうがよいでしょう。
医師による診断では、胸部X線検査で胸水がたまっている像が認められ、胸膜内に針を刺して採取した胸水が膿性であれば、膿胸と確定します。胸水は必ず細菌検査をし、結核菌も培養して調べます。細菌性膿胸でも、原因菌を検出できない場合もあります。血液検査では、白血球増加、CRP高値、赤沈促進などの炎症所見の高進が認められます。
また、胸部CT検査は膿状の液体がどのくらい、どこにたまっているのか判断するのに有用です。結核性膿胸の場合は慢性の経過をとり、多くは結核性胸膜炎の既住があって、胸水も膿性でなく褐色を示すことがあります。また、結核菌を証明できないことも多くあります。
膿胸の治療では、原因となる細菌に感受性のある抗生物質の全身投与と、チューブによって排液する胸腔ドレナージが行われます。
抗生物質は、広域ペニシリンや第2世代セフェム系の薬剤が点滴で投与されます。しばしば、アミノグリコシド系薬剤も併用されます。胸腔ドレナージでは、膿状の胸水の詰まりをなくすため、なるべく太いチューブ留置し、持続的に排液します。チューブから直接抗生物質を注入したり、生理食塩水で胸腔内を洗浄したりもします。
これらの治療により、多くは2〜3週間で治癒します。
難治性の慢性膿胸では、内科的治療のみでは治癒させることが困難であり、多く場合は外科的治療が必要になります。うみを排除し、膿胸ができて厚くなったた胸膜をはがす胸膜剥皮(はくひ)術や、膿胸の病巣を縮小、閉鎖して肺の膨張を図る胸郭形成術が行われます。
肺塞栓、肺梗塞
■血栓などによって肺の動脈が詰まったり、肺組織が壊死する疾患
肺塞栓(そくせん)とは、血液によって運ばれた血栓などによって、心臓から肺へ血液を運ぶ肺動脈が詰まった状態。肺梗塞(こうそく)とは、塞栓ができたために血液の流れが遮断され、その先の肺組織が壊死(えし)に陥った状態。
塞栓の多くは、何らかの原因で固まった血液によるものですが、脂肪やがん細胞が詰まることもあります。最も多いのは、下肢の静脈内でできた血栓が原因となるものです。近年問題になっている深部静脈血栓症、いわゆるエコノミークラス症候群もこの一つです。
海外旅行などで長時間飛行機に乗ると、座ったままで長時間同じ姿勢を保つため、下肢の深部静脈で血液が固まり血栓ができます。飛行機から降りようと立ち上がった時に、血栓が血液の流れに乗って移動し、肺動脈を閉塞するというものです。狭いエコノミークラスの座席のみでなく、ファーストクラスでも起こり得ますし、長時間の自動車や電車の旅でも起こっています。
疾患や手術のため長い間寝たきりの人なども、同じように下肢静脈での血液の流れが悪くなり、血栓を作りやすい傾向にあります。
症状としては、肺塞栓では通常、呼吸困難、胸痛、頻呼吸などがありますが、塞栓が小さい時には自覚症状を伴いません。また、塞栓が大きな場合には、肺梗塞を引き起こして胸痛のほかに、血たんや発熱、発汗が現れます。ショック状態に陥り、突然死することもあります。
肺塞栓、肺梗塞の頻度は合わせて10万人に約2.7人で、女性にやや多く、中年以降に多くみられます。
■肺塞栓、肺梗塞の検査と診断と治療
肺塞栓のうちでも、深部静脈血栓症は急性期の死亡率が約10パーセントと高く、救急の疾患であり、早く診断し、早く血栓を取り除くことが大切です。従って、突然の呼吸困難や胸痛が起こったら、できるだけ早く循環器内科や呼吸器内科を受診します。
医師による診断では、まず心電図と胸部X線検査、血液検査が行われます。これらの検査だけでは肺塞栓の確定診断はできませんが、同じような症状を示す心筋梗塞や解離性大動脈瘤(りゅう)、気胸などとは、ある程度鑑別ができます。
次に、血液ガス分析で低酸素、心臓超音波検査で右心不全を認めれば肺塞栓が疑われ、造影CT、肺換気・血流シンチグラム、肺動脈造影、造影MRIのいずれかで肺動脈内の血栓を確認できれば診断は確定します。
肺塞栓の治療では、基本的に血液が固まらないようにする抗凝固剤を点滴静注で使います。重症の場合には、血栓を溶かす血栓溶解剤を投与したり、酸素吸入、利尿剤の投与、輸液などが行われます。肺梗塞を引き起こしてショック状態にある場合には、血圧を上昇させる薬を使います。大きな血管の塞栓は、外科手術やカテーテルにより、摘出することもあります。
治療によって病状が安定した後も、肺塞栓、肺梗塞は再発が多く、発症すると命にかかわることがあるため、予防的治療として抗凝固剤の内服を少なくとも3カ月、危険因子を持つ人は一生涯服用します。下大静脈にフィルターを留置して、肺動脈に血栓が流れ込むのを予防する方法もあります。
肺塞栓、肺梗塞では、血液が固まらないように、日常生活で予防することも大切です。特に手術直後の人や長い間床に就いている人は、静脈に血液の塊ができやすいので、時々、下肢や体全体を動かすこと、脱水にならないように水分を十分に取ることが必要です。
海外旅行などで長時間飛行機に乗る際には、十分な水分を取り、適度に足の運動をし、衣服を緩めるなどして、深部静脈血栓症を予防することが大切になります。飛行開始から到着まで一度も席を離れず、トイレも我慢すると危険。
非定型抗酸菌症
■慢性的に経過しながら、確実に肺をむしばんでいく疾患
非定型抗酸菌症とは、結核菌と、らい菌以外の抗酸菌で、通常、非定型抗酸菌と呼ばれるものが起こす疾患。非結核性抗酸菌症とも呼ばれます。
抗酸菌は酸に対して強い抵抗力を示す菌であり、非定型抗酸菌にはたくさんの種類があって、水や土など広く自然界に存在しています。人間に病原性があるとされているものだけでも10種類以上。日本で最も多いのは、MAC菌(マイコバクテリウム・アビウム・イントラセルラーレ)で、約75パーセントを占めます。次いで、マイコバクテリウム・キャンサシーが約15パーセント、その他が約10パーセントを占めています。
人間への感染経路は明らかではありませんが、同じ抗酸菌である結核菌よりもかなり病原性の低い菌であり、健康な人ではほとんど発症しません。発症した場合も、人間から人間へは感染しません。
全身どこにでも病変を作る可能性はあるものの、結核と同様、ほとんどは肺の疾患です。発症様式には、もともと健康であった肺に感染する一次型と、結核後遺症や気管支拡張症などによって傷んだ肺に感染する二次型とがあります。高齢者は、特に二次型に注意が必要。
症状に際立った特徴はなく、せき、たん、軽い発熱、倦怠(けんたい)感などがあります。自覚症状が全くなく、胸部検診や結核の経過観察中などに偶然見付かる場合もあります。
発症するとその多くは治療が容易ではなく、慢性的に経過しながら少しずつ肺をむしばんでいくのが特徴です。進行した場合は、呼吸困難、喀血(かっけつ)、食欲不振、やせ、発熱などが現れます。肺結核と症状が似ているため、間違えられることもあります。
肺結核の減少とは逆に発症者が増えてきており、確実に有効な薬がないため、患者数は蓄積され、重症者も多くなってきています。また、HIV感染者への感染するエイズ合併症が問題になっています。
■非定型抗酸菌症の検査と診断と治療
非定型(非結核性)抗酸菌症に気付いたら、結核に理解のある呼吸器科、あるいは結核療養所を受診します。
医師による診断では、喀たんなどの検体から非定型抗酸菌を見付けることにより確定されます。ただし、非定型抗酸菌は水や土など広く自然界に存在しており、たまたま喀たんから排出されることもあるので、ある程度以上の菌数と回数が認められることと、臨床症状、レントゲン写真の陰影の変化と一致することが必要です。
非定型抗酸菌症と鑑別すべき疾患には、結核のほか、肺の真菌症、肺炎、肺がんなどがあります。
非定型抗酸菌の多くは抗結核剤に対して耐性を示しますが、治療に際しては、菌によって効果があるため、まずは抗結核剤をいくつか併用します。最も一般的なのはクラリスロマイシン、リファンピシン、エタンブトール、ストレプトマイシンの4剤を同時に使用する方法。
確実に有効な薬がないため、薬は結核の時よりはるかに長期間服用する必要があります。 場合によっては、肺切除などの外科療法が行われます。
日和見肺感染症
■体の抵抗力が低下した時に、病原性の弱い微生物で起こる感染症
日和見肺感染症とは、体力が落ちて抵抗力が著しく低下している時に、ふだんは疾患の原因になりにくい細菌や、かび、ウイルス、原虫などの微生物によって引き起こされる肺の感染症。
糖尿病やがん、エイズ(後天性免疫不全症候群)などを患ったり、長期の治療で体の免疫力が落ちていると、感染することがあります。
日和見感染症の肺炎は、原因となる細菌や微生物などの種類、発症者の体力によって、さまざまです。
毒性の弱い菌では、風邪に似た発熱、せき、たんなどの症状が現れ、ニューモスティスカリニやサイトメガロウイルスなどでは、高熱、空せき、息苦しさが起きます。ニューモスティスカリニは、かび(真菌)の一種で、自然界に存在し、経気道感染すると考えられています。サイトメガロウイルスは、ヘルペスウイルスの一種で、感染者の血液、唾液(だえき)、尿、精液、頸管(けいかん)粘液、母乳などに含まれ、多くは新生児、乳児期に感染し、日本人の80〜90パーセントは抗体を持っています。
ふだんはニューモスティスカリニやサイトメガロウイルスに感染しても発症しませんが、体力が落ちて抵抗力が著しく低下している時には、潜伏感染していたものが増殖して、あるいは新たに感染して肺炎を発症します。
■日和見肺感染症の検査と診断と治療
体が著しく衰弱している時に肺炎の症状がみられたら、日和見感染症を疑って、呼吸器内科、呼吸器科を受診します。重症の場合には死に至ることもあるので、十分に注意しなければなりません。
たんや血液の検査を始め、胸部X線検査、CT検査(コンピューター断層撮影)などが行われます。さらに、気管支鏡を使って、原因となっている細菌、微生物を探すこともあります。しかし、これらの検査を十分に行っても、原因が特定できない場合も少なくありません。
日和見肺感染症を招いたもとにある疾患、さらに感染症の原因となった細菌、微生物など、その双方に対して、抗生物質などを用いた薬物療法が行われます。ニューモスティスカリニによる肺炎にはサルファ剤と葉酸拮抗(きっこう)剤のST合剤とペンタミジン、サイトメガロウイルスによる肺炎には抗ウイルス剤であるガンシクロビルが用いられます。これらは予防的にも用いられます。
マイコプラズマ肺炎
■微生物のマイコプラズマの感染で、子供に多く起こる肺炎
マイコプラズマ肺炎とは、微生物のマイコプラズマの感染によって起こる肺炎。マイコプラズマは細菌より小さくウイルスより大きな微生物で、生物学的には細菌に分類されますが、ほかの細菌と異なるところは細胞壁がない点です。
感染している人との会話や、せきに伴う唾液(だえき)の飛沫(ひまつ)によって感染します。インフルエンザのような広い地域での流行はみられず、学校、幼稚園、保育所、家庭などの比較的閉鎖的な環境で、散発的に流行します。日本では一時期、4年ごとのオリンピックの開催年に一致してほぼ規則的な流行を認め、オリンピック病とかオリンピック肺炎と呼ばれたこともありましたが、1990年代に入るとこの傾向は崩れて毎年、地域的に小流行を繰り返すようになっています。
季節的にはほぼ1年中みられ、特に初秋から早春にかけて多発する傾向がみられます。好発年齢は、幼児から学童、特に5~12歳に多くみられます。4歳以下の乳幼児にも感染はみられますが、多くは不顕性感染または軽症です。潜伏期間は1~3週間。
風邪に似た症状が現れ、中でもせきが激しいのが特徴。たんは少なめです。たんの出ない乾いたせきが激しく、しかも長期に渡って続き、発作性のように夜間や早朝に強くなります。胸や背中の筋肉が痛くなることも、珍しくありません。
38〜39度の高熱、のどの痛み、鼻症状、胸痛、頭痛などもみられますが、肺炎にしては元気で全身状態も悪くなく、普通とは違う肺炎という意味で非定型肺炎とも呼ばれます。
■マイコプラズマ肺炎の検査と診断と治療
学校、幼稚園、保育所などで小流行することが多いので、子供のにせきや発熱などの症状がみられたら、早めに呼吸器科や小児科を受診します。比較的軽症なために普通の風邪と見分けがつきにくく、診断が遅れることがありますが、まれに心筋炎や髄膜炎などを併発することもありますので、油断はしないほうがいいでしょう。
胸部X線撮影によって肺炎自体の診断はつきますが、原因を確定するのに時間がかかります。咽頭(いんとう)から採取した液を培養してマイコプラズマを検出するまでに、通常1~2週間を要するためです。
一般に自然治癒傾向の強い疾患ですが、マイコプラズマが検出できない間は、細菌性肺炎とマイコプラズマ肺炎の両方を想定した治療が行われます。細菌性肺炎と同様、抗生物質によってマイコプラズマを排除しますが、有効な薬を選ばなければ効果が得られません。
マイコプラズマは細胞壁を持たないので、細胞壁合成阻害剤であるペニシリン系やセフェム系の抗生物質は効果がありません。蛋白(たんぱく)合成阻害剤を選択しなければなりません。中でもマクロライド系、テトラサイクリン系、ニューキノロン系の抗生物質が効果を上げます。小児では、副作用のことも考慮してマクロライド系の抗生物質が第1選択薬です。ニューキノロン系も有効ですが、小児への適応のないものがほとんどです。
ほとんどの場合、外来の内服治療でマイコプラズマ肺炎は治ります。ただし、小児では重症例や合併症も多く、高熱で脱水症状があるとか、激しいせきで眠れなかったり、食欲が大きく妨げられているような場合は、入院が必要になります。
子供が学校などからマイコプラズマを持ち帰ると、1〜3週間の潜伏期間を経て、家族に感染することがよくあります。予防接種はなく、決定的な予防法はありません。家庭ではマスクやうがい、手洗い、発症者の使うタオルやコップを使わないなど、普通の風邪と同じような予防法を心掛けます。
あな痔(痔瘻)
■肛門の周囲に穴が開き、膿が出る疾患
あな痔(じ)とは、肛門(こうもん)の周囲に穴が開き、膿(うみ)が出る疾患。医学用語では痔瘻(じろう)と呼ばれます。
あな痔の多くは、肛門周辺膿瘍(のうよう)が進行して発症します。肛門上皮の出口である肛門縁から約2センチ奥にあって、肛門上皮と直腸粘膜の境界部分に相当する歯状線のくぼみ部分、すなわち肛門小窩(しょうか)が深い人に、軟らかすぎる下痢便などで傷が付くと、大腸菌などの細菌が入って肛門腺(せん)に炎症が及び、そこに発生する細菌感染で膿を作ります。この膿が直腸の周囲から肛門周囲の組織の間を潜って広がり、いろいろな場所にたまると、肛門周囲膿瘍となります。
この膿の集まりである膿瘍が、運よく皮膚に近くて、皮膚を破って外に出たり、または一時的に小切開手術が行われて自然に完治しないと、慢性の瘻孔(ろうこう)、ないし瘻管と呼ばれる穴として残ります。この穴が、あな痔です。
一方、膿の集まりである膿瘍が、組織の間の奥深い場所にあると、皮膚に通じる出口がないため、大きな深部膿瘍を作ったり、そこからいくつも瘻孔の枝道を作って皮膚を破ったり、さらに直腸へ破れたり、肛門周囲の皮膚に破れて、いろいろと複雑化します。
あな痔では初めから感染が緩やかで、知らない間に瘻孔が作られ、そこから膿などの分泌物が出てきても、下着を汚すくらいで大した痛みもないため、放置する人が少なくありません。この瘻孔がふさがり、膿が中にたまると、はれて痛みます。
自然治癒はしません。10年〜15年も治療しないで放置し、慢性化して再三炎症を繰り返すと、瘻孔からがんの発生がみられることもあります。
■あな痔の検査と診断と治療
あな痔(痔瘻)は、痔の中で最も厄介な疾患です。薬では100パーセント治りませんし、進行したまま放置するとがん化する危険性もありますので、肛門科の専門医を受診します。
あな痔の治療は手術しかありませんが、大きく開放手術と括約筋温存手術の2つに分けられます。
開放手術は、肛門後部のあな痔を対象として、あな痔ができたところからその外側に至る全瘻孔を周囲の肛門括約筋とともに切除し、そのまま縫い合わせずに開放する方法。手術後、肛門が緩くなるものの、失禁するほどではありません。再発の可能性が少ない方法です。
括約筋温存手術は、肛門横、前部、深部のあな痔を対象として、瘻孔だけをくり抜く方法。後遺症の懸念があって肛門括約筋を切除しないため、手術後、肛門が緩くなることはありません。ただし、病巣が残る可能性もあるため、再発のリスクが生じます。
あな痔の手術では、かなり肛門を傷付けることとなりますので、手術後の痛みが発生します。我慢できないくらい大きい痛みの場合は、痛み止めの薬が処方されます。排便時もかなり痛みますので、手術後はすぐに排便がこないように、排便を抑制する薬が処方されます。また、便が硬くなるといけないので、下剤の処方で軟らかくします。
あな痔の進行度合いにもよりますが、1〜2週間はなかなか痛みがとれないことがあるため、2週間から1カ月くらい入院して、手術後の管理を行う必要があります。
日常生活では、下痢や便秘をしないように、ふだんから注意します。体力が落ちて、体の免疫力が落ちた時にかかりやすいので、適度の運動と規則正しい食事、睡眠も必要です。アルコールや香辛料は控えめにします。
胃アトニー
■胃下垂に胃の筋肉のたるみが加わって、胃の機能が低下
胃アトニーとは、胃下垂に胃の筋肉の緊張低下が加わって、胃の機能が低下する疾患。アトニー(Atonie)とはドイツ語で体の組織が弛緩(しかん)していることを意味し、胃下垂とは胃の曲がり角が骨盤の中に入っている状態です。
胃アトニーでは、胃の蠕動(ぜんどう)運動が減退した状態になるので、食べた物の消化、吸収ができにくくなります。食欲はありますが、食後に胃がもたれます。ゲップが出たり、むかつきがあったりしても、嘔吐(おうと)するまではいきません。食後に体を動かすと、おなかがゴロゴロ、グルグルと鳴ったり、膨らんだおなかをたたくとポンポン、ピチャピチャと音がすることもあります。
不快を覚えるほどの症状がなければ、疾患ではないといえます。ただし、便秘気味になったり、胸がつかえて食べ物の通りがよくないと感じることもあります。胃の噴門部の働きも弱った状態になるために、胃液が食道へ逆流してしまう逆流性食道炎を併発しやすくなり、症状として胸焼けを起こすこともあります。
重度の場合は、頭痛やめまいが生じることもあります。食事に不安を感じるため、量が取れず、体重が減少する傾向もみられます。精神神経症状として、頭痛、肩凝り、憂うつなどもみられます。
原因は、特に定められていません。なりやすいのは、先天的に筋肉の弱い人、虚弱体質でやせた人。やせすぎで腹の筋肉が軟らかく、症状のひどい人は胃の形状が腹の上から見てもわかることがあります。とりわけ、食後に下腹部が膨張します。
なお、ピロリ菌の感染が原因で、胃アトニーになるとの報告はありません。
■胃アトニーの検査と診断と治療
胃アトニーは疾患と認定しにくい症状ですが、重い自覚症状が続く場合に限り胃がんなどの疾患との識別が必要ですので、内科の専門医を受診します。
医師は、胃のX線検査で診断します。胃がんなどの症状の似たほかの疾患と鑑別するためには、胃内視鏡検査をしたり、胆囊(たんのう)、膵臓(すいぞう)の超音波検査を行います。
治療は、食事療法が中心です。うどん、そばなどの消化しやすい糖質を取り、豆腐や白身魚などの栄養価が高く、消化しやすい蛋白(たんぱく)質を食べるように心掛けます。食事を1日4〜5回に分けて、少量ずつ食べるのも一案で、胃の負担を軽くできます。水分は食事の初めに摂取し、途中ではあまり飲まないことも工夫の一つ。
事情が許せば、食後しばらくの間、横になるとよい場合もあります。アルコール類も少量にし、飲みすぎないようにします。
薬物療法はほとんど行われませんが、胃の運動を正常化させる場合には、胃の運動を活発にする薬や消化剤を服用します。便秘している場合には、緩下剤を服用することがあるものの、習慣になると緩下剤なしで便通がつかなくなるので、あまり処方されません。
規則正しい生活を送って、できるだけ神経を胃に集中させないようにし、適当に運動するほうがよいとされています。 腹筋が弱い人は、腹筋に重点を置いた筋肉トレーニングも有効です。引き締まった体になれば、胃が正常の位置に持ち上がり、胃アトニーも解消、予防できます。 いきなり激しい腹筋運動をすると胃を痛める可能性がありますので、徐々にならしていき、可能であれば毎日トレーニングします。
胃潰瘍
■胃液によって胃の粘膜が傷付き、深い欠損を生じる疾患
胃潰瘍(かいよう)とは、強酸性の胃液によって胃の粘膜が傷付き、ただれて、深い欠損を生じる疾患。胃液で自らの粘膜が消化されてしまうという意味で、十二指腸潰瘍を含めて、消化性潰瘍とも呼ばれます。
欠損が浅い場合はびらんといいますが、潰瘍は欠損が粘膜固有層を貫いて、筋層まで深くえぐれたものです。十二指腸潰瘍が若者に多いのに対して、胃潰瘍は中年以降に多くみられます。
胃から分泌される胃液中の胃酸やペプシンと、この胃液から胃の粘膜を守る中性の粘液の分泌とのバランスが崩れ、胃液に対する胃粘膜の防御力が弱まることによって潰瘍が生じます。また、胃潰瘍の70~90パーセントで、ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)が発見されています。
つまり、ピロリ菌の感染などで胃の粘膜が傷付いて、胃液への防御力が弱まったところに、ストレスや過度の喫煙、暴飲暴食、刺激の強い飲食物などが誘因となって胃液の分泌が刺激されると、胃の粘膜が消化されて胃潰瘍が発症するのです。
症状としては、腹痛が代表的。食後少し時間が経過すると、みぞおちの痛みが起こり、背中の痛みも起こることもあります。痛みは潰瘍の活動期に起こり、安定期には無症状です。潰瘍の増悪期には、食後や空腹時を問わず痛むことがあります。そのほか、胸焼け、胃のもたれ、食欲不振、体重減少など多彩な症状を示します。
場合によっては出血を起こし、頻脈、冷や汗、血圧低下、気分不快、吐血、下血などの症状が出現します。出血量が多いと、ショック症状が現れ、生命に危険が迫ります。高齢者では、胃潰瘍による出血が心筋梗塞(こうそく)や狭心症の引き金になることもあります。
重度の胃潰瘍の場合は、胃壁の欠損が胃の外側にまでつながる場合もあり、これを穿孔(せんこう)といいます。激痛と吐血を起こし、やはりショック症状を起こします。
ピロリ菌は、胃の粘膜に生息する細菌で、1980年代の初めに発見され、胃潰瘍や慢性胃炎の発生に関係していることがわかっています。通常、胃の中は、胃酸が分泌されて強い酸性に保たれているため、細菌が生息することはできません。しかし、ピロリ菌は、胃の粘膜が胃酸から胃壁を守るために分泌している中性の粘液の中に生息し、直接胃酸に触れないように身を守っています。
ピロリ菌はウレアーゼという尿素分解酵素を分泌して、胃の中に入ってくる食べ物に含まれる尿素を分解し、アンモニアを作り出します。このアンモニアも胃の粘膜に影響を及ぼし、胃潰瘍や慢性胃炎の原因の一つになると考えられています。ただし、ピロリ菌に感染している人すべてに、症状が現れるわけではありません。感染しても、自覚症状がない場合、そのまま普通の生活を送ることができます。
ピロリ菌に感染している人の割合は、年を取るほど高くなる傾向があり、20歳未満では9〜11パーセントなのに対して、40〜60歳では55~70パーセントとなっています。このように年齢によって感染率に違いがあるのは、育った時代の衛生環境に関係していると見なされています。
■胃潰瘍の検査と診断と治療
胃潰瘍と同様の症状を生じる疾患として、機能性胃腸症の頻度が最も高く、十二指腸潰瘍、逆流性食道炎、急性膵(すい)炎、慢性膵炎、胆石、胆嚢(たんのう)炎など、鑑別すべき疾患は極めて多くなっています。
医師による診断では、内視鏡検査やX線検査が行われます。内視鏡検査では、潰瘍の状態を観察し、疾患がどのレベルまで進んでいるかを観察します。X線検査では、潰瘍の輪郭、潰瘍の回りの粘膜や胃壁の様子を観察します。
そのほか、胃腸のどこかからの出血の有無を調べる糞便(ふんべん)潜血反応検査、胃液の量や酸の強さを調べる胃液検査を行うことがあります。
胃潰瘍の治療では、胃酸の分泌を抑え、胃の粘膜を修復する薬剤を服用します。薬剤は、H2ブロッカー、プロトンポンプ阻害薬(プロトンポンプインヒビター)など。
ピロリ菌に感染し、再発を繰り返している場合には、2~3種類の抗生物質を同時に1~2週間服用し続けることで、胃の中に生息しているピロリ菌を除菌します。2~3種類の抗生物質を用いるのは、1種類だけよりも効果が高いのと、その抗生物質に対する耐性菌(抗生物質が効かない菌)ができてしまうのを防ぐためです。 プロトンポンプ阻害薬1種類と抗生物質2種類を組み合わせた3剤を、朝夕2回、1週間服用し続けることもあります。
出血性の胃潰瘍の場合は、内視鏡的止血法が多く行われるようになっています。そのため、従来の外科的治療は激減しています。穿孔の場合や、内視鏡的に止血、コントロールできない出血の場合は、外科的治療が行われます。
完治した後も再発を防ぐため、胃酸の分泌を抑制する薬や胃粘膜を修復する薬を継続して服用します。
日常生活では、過労やストレスを避けます。出血や胃痛など症状のひどい時は、禁酒、禁煙、またコーヒー、濃い紅茶や緑茶など胃酸の分泌を促進する飲み物を控えるようにします。
食事の量も控えめにして、少量ずつ、よく噛(か)んで、ゆっくりと食べます。空気も一緒に飲み込み、おなかが張ってしまう早食いは、好ましくありません。また、食事は1日3食、決まった時間に摂取します。長時間、食事をしないと、その間は胃酸が薄められず、胃に負担がかかるからです。
胃の粘膜を保護する食材としては、ビタミンUを含むキャベツ、ムチンを含むオクラやヤマイモ、加熱しても壊れにくいビタミンCを含むジャガイモなどが挙げられます。また、でんぷん質を分解する消化酵素を含んでいる大根や、豆腐、鶏のささ身、牛乳、豆乳など消化のよい食材もお勧めです。
逆に、繊維質が多い物、焼き肉などの脂っこい物、甘味や塩気が強い物、極端に冷たかったり熱かったりする物、強い香辛料は、避けたいところです。
潰瘍
潰瘍(かいよう)とは、皮膚や粘膜の上皮組織が何らかの原因で傷付き、深くえぐられた状態のことです。
通常、より深層の組織も、症例ごとにさまざまな深さで損傷を起こしています。上皮組織を失ったことで受ける外部刺激、特に感染に対する防御反応や、損傷した組織の修復と再生のために、炎症を伴うのが常です。
潰瘍より軽度の上皮組織の損傷、すなわち肉眼的には上皮が欠損していても、顕微鏡で見ると不連続的に上皮細胞が残っているものは、びらんと呼びます。より深層の組織の傷害も、軽微で限定的です。
代表的な潰瘍で、頻度が高く健康への影響が大きいのは、胃潰瘍と十二指腸潰瘍。いずれも、本来は食物を消化するために分泌されている胃液によって、胃や十二指腸の粘膜そのものまで消化されて傷付いた結果、発生する病気です。
総称して消化性潰瘍と呼び、皮膚にできる潰瘍と違って、粘膜が常に強酸にさらされているため、なかなか治りません。ほかに、口の中、大腸などにできる潰瘍もあります。
なお、潰瘍を形成する特徴を持った炎症を潰瘍性炎と呼び、組織の損傷がさらに深層に及んで消化管などの壁を貫くものを穿孔(せんこう)性潰瘍と呼びます。
潰瘍性大腸炎
■大腸の粘膜に多数の潰瘍ができ、再発しやすい難病
潰瘍(かいよう)性大腸炎とは、大腸の粘膜に多数の浅い潰瘍ができ、出血する疾患。厚生労働省から特定疾患(難病)の一つに指定されています。
最近、日本でもだんだん増えてきた大腸の慢性の炎症で、20歳代、30歳代で発症する人が多く、子供や50歳以上の人でも起こり、男女差はありません。日本では、人口10万人当たり2〜3人くらいで、毎年おおよそ5000人増加していますが、欧米では日本の2〜3倍多いとされています。
原因については、まだよくわかっていません。 細菌やウイルスの感染、ある種の酵素の不足、ストレス、体質が関係しているといわれ、近年では自己免疫異常説がかなり有力です。
私たちの体には、細菌などの有害なものを排除する免疫の仕組みがあります。この免疫の仕組みは腸の中でも働いていて、食べ物が腸を通過する際には、栄養分のように体に必要なものだけを腸の粘膜から吸収し、不要なものや有害なものは吸収せずに、そのまま腸から通過させて便として排出します。 ところが、免疫機構の異常が大腸に生じると、不要なものまで腸の粘膜から吸収されるようになる結果、大腸の粘膜に炎症が起こって潰瘍ができると考えられています。
また、潰瘍性大腸炎が増加している背景には、大腸がんと同じように、食生活の欧米化、特に脂肪の多い食事の取りすぎがあると推測されます。
最初、病変が直腸にできる直腸炎型として起こり、直腸からS状結腸に渡って病変が広がって直腸S状結腸炎型となります。さらに、下行結腸へと広がる左側大腸炎型となり、横行結腸から上行結腸へと進んでいき、全大腸炎型になります。
直腸炎型は最も軽く、全大腸炎型が最も重症です。
潰瘍性大腸炎の主な症状は、腹痛と血便。最初は腹痛と下痢で始まり、次第に下痢便に血液が混じって血性下痢になります。直腸の一部のみに病変が限られている時は、排便の際に少量の出血がみられる程度のため、内痔核(ないじかく)からの出血とはっきり区別が付けにくいこともあります。
直腸やS状結腸に強い病変が起こると、渋り腹という状態になり、排便した後もすっきりせず、何回でもトイレに行きます。
腹痛は、左下腹部に起こることが多く、特に排便の前に強くて、排便後は軽くなって消失します。そのほか、腹部のはれぼったい感じ、食欲不振、吐き気、嘔吐(おうと)などが起こってくることもあります。体温の変化は、最初は特にないものの、炎症が進んでくると、発熱するようになります。
さらに重症になってくると、1日のうち、何回も血性下痢が起こり、食欲不振と体重減少が生じます。
この潰瘍性大腸炎は、大腸の炎症のほかにも、いろいろな合併症を引き起こしやすい疾患で、腸の局所的な合併症と、全身的な合併症とがあります。
局所的な合併症として、痔核、痔瘻(じろう)、肛門(こうもん)周囲膿瘍(のうよう)などの直腸と肛門の疾患や、炎症の結果として、大腸の内腔(ないくう)が狭くなる大腸狭窄(きょうさく)、潰瘍が深くえぐれる大腸穿孔(せんこう)を起こしたりします。
大出血や、大腸が急にまひして拡張する中毒性大腸拡張症などを合併することもあります。そのほか、血液中の蛋白(たんぱく)質が胃腸から漏れ出る蛋白漏出性胃腸症などを起こして、栄養障害の引き金になることもあります。
全身的な合併症としては、出血に伴う貧血、結膜炎や虹彩(こうさい)炎などの目の疾患、口内炎や重い皮膚炎、関節炎などがあります。重症の潰瘍性大腸炎では、肝炎や肝硬変、膵炎(すいえん)といった内臓の疾患を合併することもあります。
症状の経過によって、潰瘍性大腸炎は再発寛解(かんかい)型、慢性持続型、急性電撃型、初回発作型に分けられます。
再発寛解型は、一時的によくなったり、再発したりを繰り返すタイプ。慢性持続型は、病状がずっと慢性的に続くタイプ。急性電撃型は、最も重症で突然に病状が悪化するタイプ。初回発作型は、1回しか起こらず、直腸だけに限局して軽く、進行しないタイプ。
一般に、病変に侵された大腸の範囲が広いほど予後が悪く、合併症も多くなります。
■潰瘍性大腸炎の検査と診断と治療
血便や下痢を起こす疾患は、潰瘍性大腸炎のほかにも、急性腸炎やがんなどいろいろあります。自分の判断で安易に下痢止めや止血剤を使うと、かえって症状をひどくする危険があります。消化器科の専門医を受診して、内視鏡検査などをした上で適切な治療を受けるようにします。潰瘍性大腸炎の合併症も早期に発見できれば、長引かせずに治療することが可能になります。
医師による診断のための検査では、大腸のX線検査が重要です。腸管を下剤で完全に空にした状態で、肛門から造影剤と空気を入れてX線撮影するもので、大腸の粘膜の凹凸、びらん、潰瘍などが描写され、病変の範囲や、程度を知ることができます。次いで、大腸内視鏡検査によって、より詳細な所見を捕らえ、診断を確実にします。
潰瘍性大腸炎は原因がはっきりしないため、決定的な治療や予防はまだできないのが現状です。対症療法としては、まず精神的、肉体的な安静を保ち、消化吸収がよく、栄養価の高い食事をとります。豆腐や白身の魚、鶏のささ身などは最適です。
炎症がひどい時には、脂質の多い食品や、繊維質の多い食品は避ける必要があります。脂質の多い食品は胃腸の負担を増大させますし、繊維質が多い食品は便の量が増えて、大腸の粘膜の傷が刺激されやすくなるからです。また、出血を伴う場合は、わさび、からし、こしょうなどの刺激物や、アルコール類のように血管を拡張させるものも控えるようにします。
薬物療法としては、軽症ではサラゾスルファピリジンというサルファ剤を内服薬、または座薬として用います。サルファ剤は、特効的に効果を発揮することがあります。中等症では副腎(ふくじん)皮質ステロイド剤の内服薬、座薬が用いられます。重症では抗生物質、輸液、輸血が必要なこともあります。中等症、重症では、入院治療を要します。
急性電撃型の場合、内科的な治療だけでは無理なため、手術が必要です。全大腸炎型で生命に危険があると判断された場合も、手術が行われます。全身に及ぶ合併症の場合には、消化器科の専門医に加えて、眼科、皮膚科、整形外科などの多くの専門医が協力して、治療に当たることになります。
この潰瘍性大腸炎は、一時的に快方へ向かっても、しばしば悪化します。精神的なストレスや不安感が引き金になることが多く、しばしば試験勉強などで悪化したり、暴飲暴食で悪化することも少なくありません。
従って、十分に睡眠をとることと、食事を規則正しくして、過労を避け、精神の安定に努めます。いずれにしても長い経過をとる疾患なので、療養にもそれだけの時間がかかります。
機能性胃腸症(機能性ディスペプシア)
■検査をしても異常がないのに、胃腸の不快症状がある疾患
機能性胃腸症とは、内視鏡などの検査をしても異常が見当たらないのに、胃腸の不快症状がある疾患。中でも、症状が上腹部にあるものを機能性ディスペプシアと呼んでいます。
消化器の主要部である胃は、ストレスなどの影響を受けやすく、とても敏感な臓器です。胃の働きが悪くなると、「どうも胃が重い」、「もたれる」、「みぞおちがシクシク痛む」、「むかむかする」、「胸焼けする」など、さまざまな症状が出てきます。こうした胃の不快症状は、誰もが経験するものです。
胃内部の胃腺(せん)からは、強い消化力を持つ胃酸が分泌されています。通常は、中性の粘液が胃壁を覆い、胃酸から胃を守っています。ところが、ストレスや不規則な食事、胃への刺激物などで、この攻めと守りの均衡が崩れてしまうと、胃にトラブルが発生してしまいます。
胃の疾患は、内視鏡などの検査では異常がないのに症状が長く続いているというものが大半で、慢性胃炎、胃神経症(神経性胃炎)といわれています。かつては、症状によって胃酸過多症、胃アト二ーなどの疾患名が付いていました。
しかし、最近では、これらの胃腸の働きが悪くなったために起こる疾患をまとめて、機能性胃腸症、ないし機能性ディスペプシアと呼び、他の胃潰瘍(かいよう)、胃がんなどの疾患と区別しています。このように機能性胃腸症は新しい疾患というわけではなく、日本人の4人に1人が経験しているといわれるほど有り触れた疾患です。
胃の機能が低下することによって起こる機能性胃腸症、ないし機能性ディスペプシアの症状として、まず胃もたれが挙げられます。胃の動きが悪いと、食べた物や胃液などが十二指腸に送り出されず、胃にたまります。こうなると、食欲が失われたり、食べた物がいつまでもみぞおち付近でこなれていないように感じたり、腹部膨満感やむかつきなどの症状が出てきたりします。胃もたれが起こる原因は、不規則な生活、食べすぎ、飲みすぎ、ストレスなどです。
次に、胸焼けが挙げられ、胃液が食道に逆流して、酸っぱいものが込み上げてくるものです。原因となるのは、食べすぎや飲みすぎ、前かがみの姿勢を長時間に渡って続けることなどです。また、胃が膨満したために、ぞうきんを絞ったような形をしている胃と食道のつなぎ目が緩んでしまうと、胸焼けになります。肥満や妊娠によって腹圧がかかったり、便秘で胃が圧迫されたりして、胸焼けが起こることも。
さらに、みぞおちの痛みが挙げられます。胃が過度に膨らんだり、緊張したりすると、胃壁にある神経が突っ張ったり、縮んだりして、痛みが発症します。また、胃酸の分泌が多すぎても、潰瘍が起きた時のような痛みが起こります。ただし、病院で内視鏡検査を受けても、実際には潰瘍はありません。みぞおちの痛みは、胃粘膜が直接胃酸の刺激を受ける空腹時、夜間に起こりやすくなります。原因は、ストレス、不規則な生活、食べすぎ、飲みすぎなどです。
■機能性胃腸症の検査と診断と治療
胃もたれ、胸焼け、みぞおちの痛みなど気になる症状があれば、病院や診療所へ。胃の疾患は、医師でも症状だけでは判断できないことが多く、検査が必要です。定期検診で異常が見付かることも多いので、検診は積極的に受けましょう。
機能性胃腸症、ないし機能性ディスペプシアと診断されたら、投薬としてモリプサドなどの消化管運動機能改善薬が与えられます。さらに、胃もたれには、消化を助ける消化酵素薬(健胃薬)が与えられ、胸焼けや潰瘍症状型には、H2ブロッカーなどの胃酸分泌抑制薬が与えられます。このH2ブロッカー胃腸薬は市販もされていますが、発疹(ほっしん)や脈の乱れなどの副作用がみられることもあるため、購入する際は薬剤師に相談を。
各種の症状を伴う混合型の場合には、抗うつ剤、精神安定剤が有効なことがあるので、プラスされます。
なお、薬を飲んでもよくならない、胃の症状以外に黒い便が出るなどほかの症状を伴う場合は、胃・十二指腸潰瘍や胆石、膵(すい)臓の疾患、がんなど原因となる疾患が潜んでいるかもしれません。自己判断をせず、消化器の専門医に相談します。
機能性胃腸症、機能性ディスペプシアの症状の軽減には、薬の服用とともに、過剰なストレスを避け、胃や腸に負担をかける生活習慣を改善することが有効です。
●ストレスをためない
胃は、ストレスの影響を強く受けます。胃が自律神経の働きと密接にかかわっていて、ストレスによって自律神経が乱れると、胃の動きや胃酸の分泌が影響を受けるためです。 疲れたなら、ゆっくり体を休め、心と体をリラックスさせましょう。趣味や運動などで、気分転換を図ることも大切。ウオーキングなど軽く汗ばむほどの運動は、自律神経のバランスを取り戻すのにも効果があります。
●よく噛んで食べる
「胃腸の調子がおかしいな」と感じたら、食事の量を控えめにして、少量ずつ、よく噛(か)んで、ゆっくりと食べましょう。満腹になるまで食べると、胃の蠕動(ぜんどう)運動が妨げられ、胃がもたれやすくなりますので、腹8分目程度が胃の動きがスムーズ。よく噛んで食べれば、唾液(だえき)がたくさん出て消化を助けてくれます。
空気も一緒に飲み込み、おなかが張ってしまう早食いは、好ましくありません。また、食事は1日3食、決まった時間にとりましょう。長時間、食事をしないと、その間は胃酸が薄められず、胃に負担がかかるからです。食後には、20〜30分ほどの食休みをとりましょう。食後すぐに活動すると、血液が体を動かす骨格筋に回ってしまい、胃腸への血流が減って消化活動が低下します。
●胃に優しい食材を選ぶ
胃の粘膜を保護する成分を食材としては、ビタミンUを含むキャベツ、ムチンを含むオクラやヤマイモ、加熱しても壊れにくいビタミンCを含むジャガイモなどが挙げられます。また、でんぷん質を分解する消化酵素を含んでいるダイコンや、豆腐、鶏(にわとり)のささ身、牛乳、豆乳など消化のよい食材もお勧めです。
逆に、胃にとどまる時間が長い脂っこい物、繊維質が多い物、甘味や塩気が強い物、香辛料、極端に冷たかったり熱かったりする物は、避けたいところです。アルコール、コーヒー、緑茶も、飲みすぎに注意を。
●便秘を治す
胃もたれや胸焼けは、便秘が原因で生ずることもあります。この場合、腸の働きの改善を図りましょう。
急性腸炎
■細菌感染による急性腸炎に注意
急性腸炎とは、消化管である腸管が炎症を起こした状態をいい、その経過が急性のものを指します。多くは、まず急性胃炎に始まり、次いで小腸、大腸に炎症が波及します。
この急性腸炎は、感染性のものと非感染性のものに分けられます。病気の程度は、寝冷えをしておなかを壊した、風邪を引いて下痢をしたなどという軽症のものから、コレラや赤痢などという重症のものまで、原因によってさまざまです。
原因もさまざまでな中で、細菌感染によるものが多くみられます。細菌感染では食中毒の原因となる細菌がよく知られていて、腸炎ビブリオ菌、サルモネラ菌、黄色ブドウ球菌、カンピロバクター菌、ウェルシュ菌、病原性大腸菌O-157などが挙げられます。
いわゆる伝染病を引き起こす細菌では、赤痢菌、腸チフス菌、パラチフス菌、コレラ菌などが挙げられます。
細菌感染以外に、ウイルス、真菌、原虫、寄生虫などの感染も原因になりますが、ウイルスを除けば多いものではありません。ウイルスが感染して起こる急性腸炎には、流行する傾向があります。腸管ウイルスのエンテロウイルスによるもの、乳児下痢症の原因となるロタウイルスによるものが多くみられます。
非感染性の急性腸炎では、暴飲暴食など飲食の不摂生、特定の食べ物に対するアレルギー、抗生物質などの薬剤、風邪や寝冷え、暑さなどによる一時的な体調不良によるものなどが挙げられます。また、鉛、水銀、砒(ひ)素などの化学物質中毒、有毒魚介類中毒、有毒キノコ中毒によるものもあります。
■下痢が主症状で、高齢者や子供は脱水症も
非感染性の急性腸炎では、多くは軽症であり、普通は下痢が主な症状で、せいぜい吐き気、嘔吐(おうと)、腹痛、おなかがゴロゴロする腹鳴(ふくめい)を伴うくらいです。高熱が出ることはほとんどなく、症状は大抵2~3日で治まります。ただし、薬剤に起因する急性腸炎の中で抗生物質が原因のものは、適切な治療を行わないと重症化するケースがあります。
感染性の急性腸炎では、主に下痢、腹痛が起こり、しばしば急性胃炎を合併するために胃の重苦しさ、胃痛、吐き気、嘔吐を生じることがあり、一般に高熱も出ます。非感染性の急性腸炎よりも症状が激しく、症状の出方も原因、年齢によって異なるので、注意が必要です。
下痢は、炎症が大腸や直腸に広がるほど強くなり、1日2~3回から20回以上になることがあります。便は、水様便のほか、大腸が侵されると粘液が多量に混じり、時に血便のこともあります。
また、食べた物が小腸でほとんど消化されずに、消化不良便になっていることもあります。腸内からできるだけ早く、病原菌やウイルス、毒素などを体外に出してしまおうとする生理的な働きによるものです。
腹痛は、へその辺りに重苦しい痛みが出たり、鈍痛や、数分ごとに痛くなったり、軽くなったりを繰り返す場合もあります。
合併症としては、激しい下痢により体内の水分や、ナトリウム、カリウムなどの電解質が失われ、体液が不足して起こる脱水症が重要です。口が渇き、全身の脱力感が強くなります。
高齢者の場合は、発熱、腹痛などの症状が出にくくなる反面、脱水症にはなりやすいという特徴があります。口が渇き、舌が乾燥していたら、脱水症の危険があります。また、体力的に余裕のない子供の場合も、脱水症になりやすいので、下痢をして元気がなくなってきたら要注意です。
感染性の急性腸炎では、治療を怠れば長時間、症状が持続します。時には、激しい中毒症状から発熱、うわ言などの脳症状を合併して、死亡することもあります。家庭で対処はできませんので、医師による治療が必要です。
■薬物療法と食事療法による治療
医師の側では、便の検査を最も重視し、細菌は培養して確定診断をします。
ごく軽い急性腸炎は、医師がほとんど治療をしなくても、自然に治ることもあります。一般には、安静にし、腹部を温め、有害物質が腸内に残存すると思われる場合には、初期に下剤を服用して一掃します。
また、細菌感染によるものは、サルファ剤や抗生物質を使用しますが、治療はすべて医師の指示のもとに行います。自己判断は耐性菌を作って経過を悪くしたり、長引かせたりするので避けてください。
初期の食事はついては、口の渇きに応じて番茶、果汁、薄いスープくらいを摂取します。下痢が激しい時には、医師によって適切な点滴が行われます。
急性症状の回復に伴って、重湯、くず湯、脂肪の少ないスープなどの流動食から、おかゆ、うどん、トースト、ビスケットなど半流動食や半熟卵、脂肪の少ない魚肉、煮野菜などを摂取します。牛乳は1、2日は使用せず、その後から飲用します。
果汁はよいのですが、生の果物は控えます。サイダー、酒、香辛料も避けましょう。熱すぎるものや、冷たすぎるものもよくありません。
肛門周囲膿瘍
■肛門腺に炎症が及んで、肛門の回りに膿がたまる疾患
肛門周囲膿瘍(こうもんしゅういのうよう)とは、肛門の回りに膿(うみ)がたまる痔疾。肛門がはれて痛みを生じ、発熱します。
肛門上皮の出口である肛門縁から約2センチ奥にあって、肛門上皮と直腸粘膜の境界部分に相当する歯状線のくぼみ部分、すなわち肛門小窩(しょうか)が深い人に、軟らかすぎる下痢便などで傷が付くと、大腸菌などの細菌が入り、肛門腺(せん)に炎症が及んで、そこに発生する細菌感染で膿を作ります。この膿が直腸の周囲から肛門周囲の組織の間を潜って広がり、いろいろな場所にたまることになります。
この膿の集まりである膿瘍が、運よく皮膚に近くて、皮膚を破って外に出たり、または一時的に小切開手術が行われると、慢性の瘻孔(ろうこう)として残ります。この慢性瘻孔があな痔(痔瘻)です。
一方、膿の集まりである膿瘍が、組織の間の奥深い場所にあると、皮膚に通じる出口がないため、大きな深部膿瘍を作ったり、そこからいくつも瘻孔の枝道を作って皮膚を破ったり、さらに直腸へ破れたり、肛門周囲の皮膚に破れて、いろいろと複雑化します。
肛門周囲膿瘍には、膿瘍がたまる場所によりいろいろな型があり、粘膜下や皮下にたまるもの、内外肛門括約筋の間にたまるもの、外肛門括約筋の外側の座骨直腸窩にたまるもの、骨盤直腸窩にたまるものがあります。
肛門周囲膿瘍の症状としては、肛門周囲の一部に、しこり、焼けるような感じ、はれ、痛み、寒け、発熱、吐き気などがあります。出血することはまれなものの、時に血膿が出ます。一晩で急速にひどくなる場合もあります。
膿瘍が深部にある場合は、初めははっきりした症状がなかったり、熱と肛門の奥の違和感だけがあったりしますが、次第に症状が出てきます。進行すれば、排便や歩行が困難となります。
連日アルコールを飲む、暴飲暴食、それに伴う睡眠不足などで無理が続くと、肛門周囲膿瘍が起こりやすくなります。
■肛門周囲膿瘍の検査と診断と治療
ほとんどの肛門周囲膿瘍は、切開して膿を出さないと治りません。できるだけ早期に小切開を行って膿を排出させて、周囲への炎症の波及を防止し、同時に抗生物質や鎮痛剤を用います。急性炎症がとれてから、二次的に根治的な切開をします。
膿瘍を小切開後も膿が出続けると、慢性の瘻孔、すなわちあな痔(痔瘻)となりますので、その後にあな痔になることも考えて、医師の側は適切な切開をすることが重要となります。
特に、座骨直腸窩膿瘍は肛門周囲の左右に深く広がることが多いので、腰椎(ようつい)麻酔の一種であるサドルブロック麻酔を行った上で大きめに切開し、軟らかい管を入れて、膿を排出します。局所麻酔で中途半端な切開をすると、あな痔になる可能性がさらに高くなります。あな痔に進展した場合は入院の上、根治手術をする必要があります。
日常生活では、下痢や便秘をしないように、ふだんから注意します。体力が落ちて、体の免疫力が落ちた時にかかりやすいので、適度の運動と規則正しい食事、睡眠も必要です。アルコールや香辛料は控えめにします。
痔
■成人の3人に1人が悩む国民病■
虫歯に次ぐ「第2位の国民病」といわれているのが、お尻のトラブル、すなわち痔(じ)。成人の3人に1人が、その症状に悩んでいるとされています。
正確には、痔とは肛門(こうもん)周辺の病気の総称で、大きく分けて3種類、「痔核(じかく)」、「裂肛(れっこう)」、「痔瘻(じろう)」があります。最も多いのが痔核で、男女ともに痔全体の約60パーセントを占めるようです。次いで男性では痔瘻13パーセント、裂肛8パーセント、女性では裂肛15パーセント、痔瘻が3パーセントの順だという統計があります。
痔核は通称「いぼ痔」と呼ばれ、肛門周囲の静脈がふくらんで、こぶになったものです。直腸側にできる「内痔核」と、肛門部にできる「外痔核」があります。
内痔核は、肛門の中の直腸静脈に静脈血がたまって、感染と腫脹を起こしてできた静脈瘤です。排便、立ち仕事、妊娠などで腹圧が過度にかかると、静脈瘤ができます。不規則な排便習慣で、排便時に息んだり、気張りすぎて、だんだんうっ血し、直腸の静脈瘤が腫(は)れてきて、内痔核になります。
この内痔核の症状は、「出血」です。拡張した静脈瘤から出血し、赤い血が飛び散ります。進行すると、出血だけでなく、痔核がだんだん大きくなり、肛門の外に飛び出して「脱肛」になります。重症の内痔核による脱肛者には、医療機関での手術が必要になります。
外痔核のほうは、肛門の外側で目に見えるところに、皮下の静脈が血栓や静脈瘤を形成したもので、炎症を起こし腫れています。この外痔核も強い息みで突然、出現します。外痔核の周囲には、多数の神経が集まっているので、激しく痛みます。
裂肛は通称「切れ痔」と呼ばれ、肛門部の皮膚が切れたり裂けたりした外傷で、ひりひりとした強い痛みがあるのが特徴です。便秘している硬い大便が、肛門を無理に通過する際に、肛門管の粘膜面が傷ついて出現します。「急性裂肛」の場合には、便を軟らかくしておけば治りますが、裂肛が慢性化すると、排便時には激痛が起こり、ひどくなると、排便後も痛みが長く続きます。
痔瘻の通称は「あな痔」で、肛門と直腸の境にあって、分泌物を出している歯状腺という組織が感染して、膿(うみ)がたまり、それが破れて出た跡に瘻管、ないし瘻孔と呼ばれる膿が出る穴ができる病気です。慢性化し、炎症を起こした穴からは、肛門の外側にいつまでも膿がじくじくと出ます。激しい痛みや発熱を伴い、肛門がんになることもあるので、100パーセント手術が必要とされています。
■悪化させない生活習慣が大切■
肛門周辺に起こる炎症が、お尻のトラブルである痔の原因ですが、炎症を引き起こすのは「便秘」、「下痢」、「肉体疲労」、「ストレス」、「冷え」、「飲酒」といった生活習慣です。中でも、便秘や下痢などの排便の異常は、痔の最大要因となります。
便秘に際して、硬い便を息んで排便すると、裂肛や痔核を招くもとになります。逆に、下痢の軟らかすぎる便も、痔瘻をつくる切っ掛けになります。
また、肉体疲労は筋肉に疲労物質をため、免疫力を低下させますので、肛門に炎症が起こりやすくなります。ストレスも、免疫力を低下させるとともに自律神経を乱し、便通の異常を生じる原因になります。
さらに最近では、夏の冷房で体が冷えすぎて、痔になる人が増えています。体が冷えた場合、肛門括約筋が緊張したり、抹消血管が収縮して、血液の循環が悪くなるために、痔を誘発することになります。
過度の飲酒も、アルコールが血管を拡張しますので、肛門の炎症や便通の乱れにつながります。
■セルフケアと薬が治療の基本■
どのような痔も、当人の生活習慣が大きな原因となっていますから、治療の第一は日常生活でのセルフケア、第二が薬です。
どんないい薬を使おうと、生活習慣を変えない限り、痔は治りません。手術が必要な痔瘻を除いて、生活習慣の改善と、薬で症状を軽くしていく保存療法が、治療の基本になります。
日常のセルフケアには、三つのルールがあります。第一には、病名がきちんと診断されていること。「痔だとばかり思っていたら、大腸がんだった」というケースが増えているので、「本当に痔なのか、ほかの病気は隠れていないのか」、専門の肛門科医に診察してもらうことが必要です。
とりわけ痔の場合、どんなに不快な症状があっても病院へ行かず、自己療法で我慢している人が少なくありません。「恥ずかしいから」、「命にかかわる病気ではないから」、「手術はしたくないから」などの理由で受診が遅れるのが一般的ですが、痔の種類にもよるといえど、ほとんどの痔は早く治療を始めれば、手術しないで治すことができます。排便時の出血や痛みといった気になる症状があれば、自己判断せずに、受診するのがよいでしょう。
第二には、医師や看護師などの指導を受けて、計画を立てて行なうこと。第三には、長続きできる方法で行なうことです。
日常生活におけるセルフケアのポイントを挙げれば、排便のコントロールで、規則正しい便通習慣をつけることが大切です。便意を感じたら我慢しないでトイレに行くこと、便意がないのに息むと肛門に負担を強いるのでトイレは3分で切り上げることも、痔の予防や治療のために心掛けたい習慣です。
食物繊維を多くとるなど、食事を見直すことも大切。肉体疲労やストレスは痔を誘発するだけでなく、健康も損なうので、休養と睡眠を十分にとり、映画やスポーツ、散歩、旅行など自分に合った趣味を楽しむことで、リラックスをはかるようにします。
冷え対策としては、冬よりも夏の冷房に要注意です。特に、電車の中やデパート、スーパーマーケットなどは冷房が効いているので、カーディガンを羽織るなどして体を冷やさない工夫を。
飲酒については、酒を断つ必要はありませんが、適量を心掛けましょう。アルコール代謝能力には個人差があるため、ほろ酔い程度が適量となります。
■医療機関における治療■
病院で医師が薬を使うのは、痔による痛みや出血、腫れを和らげるほかに、肛門内を薬の膜で覆って、排便時の刺激を減らす目的もあります。
日常生活のセルフケアと薬による保存療法を行なっても、効果や改善がみられないケース、再発を繰り返すケースでは、手術ということになります。とはいえ、なるべく手術をしないで治すのが医師側の主流となっていますし、最近では炭酸ガスレーザーによる、切らない手術で、痔核、裂肛、痔瘻を治療している施設もあります。
内痔核には、「保存療法」、「切らない治療法」として肛門を清潔にして、便秘や下痢にならないように便通を整える目的で、座薬や軟膏を使用したり、鎮痛剤や抗消炎剤を投与します。
この内痔核や脱肛の患者には、PPHと呼ばれる自動縫合器による直腸粘膜切除術が日本でも行なわれるようになり、普及しつつあります。PPHという新しい痔の手術法は、1993年にオーストリアのセントエリザベス病院の大腸・肛門外科部長により開発されたもので、治療の対象になるのは主に内痔核。特殊な専用機器で下部直腸粘膜にできた内痔核を上に押し上げ、機器で簡単に切除し、縫合します。手術後の肛門がきれいで、手術後の痛みが少ないのが特徴で、日帰り手術も可能ですが、日本では健康保険に採用されておらず自費となります。
外痔核の場合、座薬や軟膏の塗布や温浴などにより多くの方が軽快しますが、なかなか治らない場合に手術が行なわれます。
痔瘻の場合、座薬や軟膏などの外用薬で出血や痛み、腫れなどの症状を和らげた上で切開処置しても、再発を繰り返し、なかなか自然治癒しません。手術で切り取るケースが、ほとんどとなります。
痔の予防と痔を悪化させないための注意事項
1)お風呂は毎日入る
2)肛門を清潔に保つ
3)規則正しい便通習慣をつける
4)食物繊維を多くとり、便秘や下痢をしないように注意する
5)トイレでは、強く息まない
6)十分な休養と睡眠を心掛け、リラックスをはかる
7)アルコールは適量、あるいは飲まない
8)おしりを冷やさない
9)長く座ったままの状態でいない
10)便器は、シャワー付き・便座ヒーター付きを利用する
食道炎
■急性食道炎と逆流性食道炎
食道炎とは、食道の内面を覆う粘膜に炎症が起こった疾患。炎症が粘膜の下にまで深く及び、強いただれの起こった食道潰瘍(かいよう)も、本質的には食道炎に含みます。
この食道炎は、急性食道炎と逆流性食道炎に大別されます。急性食道炎は物理的刺激、化学的刺激、かび、細菌感染で起こり、逆流性食道炎は胃液、十二指腸液の食道への逆流によって起こります。
急性食道炎
急性食道炎は、熱い食べ物、冷たい食べ物の摂取した時や、魚の骨、義歯といった異物を飲み込んだ時、抗生物質、鎮痛剤、鉄剤、カリウム錠を就寝前に水なしで服用した時に起こります。
さらに、全身衰弱のある時にはウイルス性食道炎があり、抗生物質、抗がん剤の服用時には、かびの一種が繁殖して起こるカンジダ食道炎もあります。そのほか、酸性やアルカリ性の液体を誤って飲み込んだり、自殺の目的で飲み込んで起こることもあります。
軽いものは特に症状がないこともありますが、通常は食道に沿って灼熱(しゃくねつ)感があったり、胸焼けが起こります。食べ物が食道に残留している感じを伴うこともあります。
逆流性食道炎
正常な人では、胃の入り口である噴門が閉じて、胃の内容物の食道への逆流を防いでいます。たとえ多少の逆流があっても、食道の収縮運動で再び胃内へ戻す働きもあります。
しかし、手術で胃を全部切除した人は噴門の働きがなく、胆汁の逆流によるアルカリ食道炎を起こします。食道裂孔ヘルニアなどの疾患があると、寝たり、前かがみになったり、食後には、胃液が食道へ逆流して食道炎が起こります。
膠原(こうげん)病の合併症としてのものや、胃・十二指腸潰瘍でピロリ菌の除菌治療後に発症することもあります。しかし、逆流性食道炎の大部分は、胃酸逆流によるものです。
この胃酸逆流によるものは、胃食道逆流症(GERD)とも呼ばれ、食道裂孔ヘルニアがなくても起こります。高齢者に多く、近年増加しつつあります。
症状としては、胸焼け、胸痛が主なもので、狭心症と似ていることもあります。また、早朝の咽頭(いんとう)部の不快感、せきなどもあり、気管支ぜんそくにも似ていることがあります。重症になると、嚥下(えんげ)障害を起こすこともあります。
食道炎が慢性に経過すると、障害された食道粘膜上皮がなくなり、胃粘膜上皮で覆われることがあり、バレット上皮食道と呼ばれます。ここには食道がんが発症しやすく、注意が必要です。
■食道炎の検査と診断と治療
食道炎の診断に際しては、内視鏡検査が最も重要な検査の一つです。それは、各食道炎により特徴的な内視鏡像を呈するからです。
急性食道炎の治療では、原因となっているものをやめ、重症の初期には絶食も必要です。軽ければ飲食を取り、食道粘膜を保護するように心掛けます。また、傷を治す薬を内服します。
逆流性食道炎の診断でも、内視鏡検査が重要ですが、近年、内視鏡検査でも診断のつかないケースがしばしばあることがわかったため、半日ないし1日の食道内の酸度を連続測定する24時間PH(ペーハー)モニターという方法を行うことがあります。そのほか、逆流を防ぐ噴門の働きや、逆流した胃液を再び胃内へ戻す収縮力が、どのくらいのレベルまで低下しているかを詳しく調べる食道内圧測定もあります。
逆流性食道炎の治療では、胃酸分泌を抑える薬が効果的。症状が長引いてる場合には、逆流をしないように手術をしなければならないこともあります。
日常生活における注意としては、脂肪食の制限、禁煙、就寝時に上体を高く上げて胃液の逆流を防ぐ、などがあります。腹部を圧迫しないこと、便秘を避けること、さらに太りすぎの人は標準体重に近付けること、なども大切です。
虫垂炎
■盲腸の先端にある虫垂に炎症が起こり、腹部の痛みを感じる疾患
虫垂炎とは、盲腸の先端にある虫垂に炎症が起こり、上腹部の鈍痛、右下腹部の激痛を感じる疾患。俗に盲腸、盲腸炎とも呼ばれています。
盲腸は大腸の始まりの部分で、先端から少し上に小腸が大腸につながる回盲部があり、小腸で消化された便が回盲弁から大腸に入り、上行結腸に向かって移動します。虫垂は盲腸の先端に突起している部分で、直径1cm以下、長さ5~10cm程度のミミズのような細い管状のものです。
虫垂炎は俗に盲腸、盲腸炎とも呼ばれていますが、盲腸炎は実際のところ、虫垂炎の炎症が盲腸にまで及んだもののことをいいます。従って、正しくは虫垂炎と盲腸炎とは異なるものの、虫垂炎がひどくなってから発見された場合は、症状が進んで盲腸炎になっている可能性は十分にあります。
虫垂炎の根本的な原因は、現在も不明とされています。一般的に有力視されているのは、暴飲暴食、胃腸炎、便秘、過労などによって、虫垂内部のリンパ組織が増殖したり、体内で作られた糞石(ふんせき)といわれる結石が虫垂にたまったりすると、虫垂の中が狭くなって血行障害を引き起こし、そこに細菌やウイルスが感染することで炎症を起こすという説です。家族内の体質が誘因となると考えられていますが、まだ確実なことはわかっていません。
炎症を起こすと突発的に腹痛が起こるのが特徴で、最初は上腹部の不快感や鈍痛を感じ、その後に右下腹部の激痛を感じ、その場所が限定されてきます。へそから右の腰骨までの線上の外側3分の1の部分を押すと痛みを覚え、この痛みが限定された部分を圧痛点と呼びます。圧痛点には、マックバーネー圧痛点、ランツ圧痛点、キュンメル圧痛点があります。
そのほか、発熱、食欲減退、吐き気、便秘、嘔吐(おうと)などがみられ、歩いたり飛んだりすると右下腹のつれるような痛みが走ります。症状が悪化すると、虫垂に穴が開いて、うみが横隔膜や骨盤内にでき、全身にも高熱が生じて脈が速まり、血圧も低下してショック状態となります。最悪の場合は、死亡することがあります。
消化管の外科的な疾患としては最も多いものの一つで、10~20歳代の青少年期に多く、全体的には約5パーセントの人がかかると推定されます。
■虫垂炎の検査と診断と治療
腹部が痛むなど異変を感じた場合は、早めに医療機関を受診するようにします。虫垂炎の専門科は、消化器科か外科。初期症状だけでよくわからないという場合は、とりあえず内科、子供であれば小児科を受診してもよいでしょう。発症後放置して、治療が遅れてしまうと、虫垂の穿孔(せんこう)や腸管の癒着、腹膜炎を併発する可能性があります。
医師の側では、まず症状、病歴、生活習慣などについて問診し、腹部を触診して痛みの場所を明らかにし、腹膜炎の併発がないかを調べます。腹膜炎がある場合の特徴は、患部を押さえた手を離すと痛みが響いたり、触っただけでおなかが硬くなったりします。
ほかに発熱の確認と、血液検査で白血球数や血清アミラーゼが高値であることを確認をします。炎症が進行したものでは、腹部超音波検査や腹部CT検査で虫垂の形態的な変化を確認するほか、糞石がないか、腹水がたまっていないか、卵巣嚢腫(のうしゅ)などがないかを確認することがあります。
初期で軽度の場合には、抗生物質の投与などの内科的治療も行われますが、虫垂炎は再発の可能性が高いため、ほとんどは外科的手術により、虫垂の摘出を行います。従来は右下腹部を数cmに渡って切開する開腹手術をしていましたが、近年では腹腔(ふくくう)鏡で手術をすることも可能になっています。
腹腔鏡での手術は、傷が極めて小さく、退院までの日数も短縮できます。しかし、炎症の激しい虫垂炎や過去に腹部の手術を受けたことがある人には向いていません。疾患の状態によって、開腹手術と腹腔鏡手術のどちらを選択するかが決まってきます。
手術後の食事は、炎症の程度によって異なります。炎症が軽症の場合は、術後翌日から水分を取り、おならが出れば流動食の食事を開始します。炎症が重症の場合でも、術後2~4日程度で食事を開始することができます。
虫垂の穿孔が起こり、 炎症が注意の周囲の臓器や周囲に及び、腹膜炎を起こしている場合には、おなかを大きく切開する開腹手術が必要で、治療にも長い期間が必要になります。虫垂周辺の膿汁(のうじゅう)や腹水を取り除き、おなかの中を十分洗浄して、腹腔内の浸出液を体外に誘導し排出するための管を入れて起きます。管を入れる時は、傷口を縫い合わせず、開いたままで治します。管をいつ抜き取るかは、状態によって異なりますが、通常開いた傷が治癒するまで2~3週間を要します。
直腸ポリープ
■直腸の粘膜の一部が隆起したもので、がん化する可能性も
直腸ポリープとは、大腸の最終部に当たる直腸の粘膜の一部が隆起したもの。大腸ポリープ全体の7割が、直腸に近い部位にできます 。
ポリープの形は、茎のある有茎性できのこ状のものと、無茎性でいぼ状のもの、平らに隆起したものなどあります。また、発生の仕組みから、大きく腫瘍(しゅよう)性のものと非腫瘍性のものに分類されています。腫瘍性のポリープには、良性の腺腫(せんしゅ)と、がん化した悪性の腺がんがあります。一方、非腫瘍性のポリープには、若年性ポリープ、過形成ポリープ、炎症性ポリープがあり、がん化する可能性はありません。
大腸がん、直腸がんの発生と同じく、動物性脂肪や蛋白(たんぱく)質の消費と関係があるといわれていますが、原因についてはわかっていません。
ポリープが小さい場合は、ほとんどが無症状です。ポリープが大きくなってきたり、がん化すると、便に血液や粘液が付着し、排便後に残便感が生じる場合もあります。また、肛門(こうもん)に近い部位にあるポリープは、排便の際に肛門から脱出する場合もあります。
ほとんどが無症状であるため、人間ドッグの大腸肛門内視鏡検査などで偶然に確認されることがほとんどです。
■直腸ポリープの検査と診断と治療
直腸ポリープに気付いた場合、またはその疑いがある場合は、肛門科、大腸肛門科の専門医を受診します。
肛門に近い場所では、大腸肛門外来での診察で多く発見されます。詳しく調べるには、硬性直腸鏡、S状結腸内視鏡検査、または全大腸内視鏡検査が必要です。必要に応じて粘膜の一部を採取して調べる生検が行われます。良性か悪性かの区別が重要です。
ポリープの数が1個か2個で、小さな場合は、そのまま放置して経過をみることがあります。まれに、ポリープが壊死(えし)して自然に治癒することもあります。
一般にポリープのサイズが1センチを超える場合、複数の個所にポリープがあるポリポージスの場合には、診断と治療を兼ねて、すべてのポリープを内視鏡により切除します。近年では拡大内視鏡を用いることにより、または熟練した内視鏡医であれば、ポリープを切除する前にある程度の悪性度の判断がつくため、すべてのポリープを切除する必要はありません。治療後に、良性か悪性かを詳しく調査します。
内視鏡で切除できない大きさのポリープの場合は、肛門側から器具を使って切除手術を行います。近年では、より肛門から遠い直腸でもポリープが確実に切除できるような器具が開発されています。がん化しているものは、開腹手術が必要となります。
治療後も、追跡検査が大切です。ポリープでは新たな腺腫、およびがんの発生頻度が高いため、医療機関によっては1〜3年後に全大腸内視鏡検査を行っていますが、その間隔はそれぞれの危険因子により決定されています。
マロリー・ワイス症候群
■激しい嘔吐により、食道と胃の境界付近の粘膜が裂けて出血する疾患
マロリー・ワイス症候群とは、激しい嘔吐(おうと)によって、食道と胃の境界付近の粘膜が裂けて出血する疾患。出血により吐血、または下血を起こします。
疾患名は、1929年に初めて報告した2人の医師、ジョージ・ケネス・マロリーとソーマ・ワイスに由来します。日本における発症は男性に多く、発症年齢は平均45〜50歳とされています。
一般に酒を飲んだ後に嘔吐して起こることが多いのですが、胃と十二指腸の境界部にある幽門に狭窄(きょうさく)があるために、胃から十二指腸への食べ物の通過が悪くなって嘔吐する時や、食中毒、乗り物酔い(動揺病)、妊娠中のつわりで嘔吐する時、腹部を打撲した時、排便時に力んだ時にも起こります。
むかつきがあるなど強い圧力が胃に加わると、胃の幽門は閉じて、幽門近くから縮まり、胃の中のものを上に押し上げます。これによって、食道と胃の境界付近がアコーディオンのように押し込められて、中の圧力が著しく高くなり、ついには粘膜に縦長の裂傷ができて出血します。
症状は、吐血、下血のほか、鋭い胸の痛み、呼吸困難、立ちくらみなどがあります。吐血は強い嘔吐を何度か繰り返した後にみられますが、1回目の嘔吐で吐血することもあります。鋭い胸の痛みを伴う場合は、特発性食道破裂の可能性があります。
大量出血した場合は、精神的な影響も加わってショック状態となり、意識はもうろうとなります。
■マロリー・ワイス症候群の検査と診断と治療
ほとんどのケースで保存的治療が可能ですので、嘔吐した時や出血した場合は、なるべく早く内視鏡検査が行える診療所、病院を受診します。
医師は一般の血液検査で、貧血の状態をみます。裂傷部分の判定には、以前は胃X線検査を行っていたのですが、裂傷部が浅い場合はわからないため、現在は上部内視鏡検査(胃カメラ)を行っています。内視鏡検査では、どこから出血しているか、裂傷の深さ、大きさ、出血がどのような形態か、すなわち動脈性か、じわじわとした出血か、すでに止まっているかなどを観察します。
治療としては、軽症で出血が少ない場合は入院して、安静と絶食をしながら点滴を受け、裂けてしまった粘膜が自然に止血して回復するのを待ちます。出血が多く続く場合や、出血が止まっていても避けている部分が大きくて再出血する可能性が高い場合は、内視鏡下でレーザーを使って粘膜の裂傷部分を閉じ止血処置をします。止血処置には、裂傷の露出している血管にクリップをかける方法、血管を電気焼灼(しょうしゃく)する方法などがあります。
処置後は、安静、絶食、点滴などの治療を行い、裂傷の治療としてH2ブロッカーなどの胃酸分泌抑制剤を服用します。
大量出血した場合は、輸血が必要となることもあります。止血に時間がかかる場合は、内視鏡下で止血し、それでもなお止血が困難であれば手術をすることもあります。なお、食道破裂の場合は、すぐに手術する必要があります。
裂肛(切れ痔)
■肛門部の皮膚の外傷で、強い痛みがあるのが特徴
裂肛(れっこう)とは、肛門部の皮膚が切れたり裂けたりした外傷で、ひりひりとした強い痛みがあるのを特徴とする痔疾。一般的には、切れ痔(じ)とも呼ばれます。
肛門周辺の疾患の総称である痔は、虫歯に次ぐ第2位の国民病といわれており、その症状には成人の3人に1人が悩んでいるとされています。痔には大きく分けて3種類、痔核(いぼ痔)、この裂肛(切れ痔)、痔瘻(じろう:あな痔)があります。痔核が最も多く、男女ともに痔全体の約60パーセントを占めるようです。次いで男性では痔瘻13パーセント、裂肛8パーセント、女性では裂肛15パーセント、痔瘻が3パーセントの順だという統計があります。
裂肛は、便秘している硬い大便が肛門を無理に通過する際に、肛門管の粘膜面が傷付いて出現します。具体的には、肛門上皮の出口である肛門縁から約2センチ奥にあって、肛門上皮と直腸粘膜の境界部分である歯状線よりやや前にある肛門上皮が傷付きます。ここは普通の皮膚より薄いため、硬い便によって切れたり裂けたりしやすいのです。
放置して慢性化すると、大腸菌などの感染によって傷は深くなり、内括約筋を含めて硬くなって、肛門は狭くなります。そのためますます便が出にくく、傷も治りにくくなり、排便後、強い肛門痛が起こります。ひどくなると、数時間から半日以上続きます。
そのため、肛門上皮の側と直腸粘膜の側に、いぼ状の突起ができたり、小さな潰瘍(かいよう)ができたりします。裂肛の肛門上皮の側にあるいぼは、直腸粘膜の側にも裂肛があることを示すので、見張りいぼといわれます。まれに出血することもあるものの、トイレットペーパーでふいた時に少量の鮮血が付着する程度です。
裂肛は普通、肛門の後ろにできますが、女性では前にもできます。
■裂肛の検査と診断と治療
裂肛(切れ痔)などの痔では、何が原因で起こっているのかを見極めることが大切になります。「痔だとばかり思っていたら、大腸がんだった」というケースが増えていますので、ほかの疾患が隠れていないのかどうかを確認するためにも、肛門科の専門医を受診します。
どんなに不快な症状があっても医療機関へ行かず、自己療法で我慢している人が少なくありません。「恥ずかしいから」、「命にかかわる疾患ではないから」、「手術はしたくないから」などの理由で受診が遅れるのが一般的ですが、痔の種類にもよるといえど、ほとんどの痔は早く治療を始めれば、手術しないで治すことができます。排便時の出血や痛みといった気になる症状があれば、自己判断せずに、受診するのがよいでしょう。
医師による治療では、出血や痛み、はれに対して座薬や軟こうを局所に用います。消炎剤の服用も、時に痛みやはれなどに効果があります。便を軟らかくすることを目的に、弱い下剤である緩下剤、軟便剤を服用することもあります。医師が薬を使うのは、痛みや出血、はれを和らげるほかに、肛門内を薬の膜で覆って、排便時の刺激を減らす目的もあります。
初期のうちの裂肛は、薬と排便の調整によって、たいてい治ります。裂肛の治療中は、排便後に入浴するなどして、肛門周辺を清潔にしておくことが望まれます。
薬と排便調整による保存療法を行っても、効果や改善がみられないケース、肛門が狭かったり潰瘍ができて進行したケース、再発を繰り返すケースでは、手術ということになります。とはいえ、なるべく手術をしないで治すのが医師側の主流となっており、最近では炭酸ガスレーザーによる、切らない手術で裂肛を治療している施設もあります。
手術でも、単純なものは内括約筋をわずかに切開するだけです。複雑なものは潰瘍とその周囲の組織を取り除き、近くの皮膚をずらして覆います。
どのような痔も、当人の生活習慣が大きな原因となっていますから、治療の第一は日常生活でのセルフケア、第二が薬です。裂肛は、悪化させない生活習慣が大切です。引き起こす原因となるのは、便秘、肉体疲労、ストレス、冷え、飲酒といった生活習慣です。
中でも、便秘は最大要因となります。便秘に際して、硬い便を息んで排便すると、裂肛を招くもとになります。便意がなければトイレは3分で切り上げるのも、心掛けたい習慣です。食物繊維を多く取るなど、食事を見直すことも大切。
また、肉体疲労は筋肉に疲労物質をため、免疫力を低下させますので、肛門に炎症が起こりやすくなります。ストレスも、免疫力を低下させるとともに自律神経を乱し、便通の異常を生じる原因になります。休養と睡眠を十分にとり、映画やスポーツ、散歩、旅行など自分に合った趣味を楽しむことで、リラックスを図るようにします。
さらに最近では、夏の冷房で体が冷えすぎて、痔になる人が増えています。体が冷えた場合、肛門括約筋が緊張したり、末梢(まっしょう)血管が収縮して、血液の循環が悪くなるために、痔を誘発することになります。特に電車の中やデパート、スーパーマーケットなどは夏の冷房が効いているので、カーディガンを羽織るなどして体を冷やさない工夫を。
過度の飲酒も、アルコールが血管を拡張しますので、肛門の炎症や便通の乱れにつながります。酒を断つ必要はありませんが、ほろ酔い程度の適量を心掛けます。
ロタウイルス腸炎
ロタウイルス腸炎とは、オーストラリアのビショップが1975年に発見したロタウイルスの感染により、乳幼児に起こる腸炎です。冬季に気温が5℃以下になると、流行することがあります。別名は、乳児嘔吐(おうと)下痢症、仮性小児コレラ、白色便性下痢症など。
発展途上国では乳児死亡の主な原因の一つに挙げられていますが、生後6カ月から2歳までの乳幼児が好発年齢であり、発病すると重症化しやすくなります。3カ月未満では母親からの免疫で守られ、3歳以上の年齢層では発病しても一般には軽症です。
症状としては、1日に数回から十数回の下痢が5~7日続き、酸っぱい臭いの、白い便が出ることが特徴です。発病初期には吐き気、嘔吐を伴うのが普通ですが、通常、半日から1日で落ち着きます。軽い発熱と、せきを認めることもあります。
ロタウイルスは感染力が強く、下痢便中に大量に排出されるウイルスなので、便に触った手から、口に感染することがほとんどです。乳幼児の世話をする人は、便とオムツの取り扱いに注意が必要です。せっけんを使って十分に手洗いをし、漂白剤や70パーセントアルコールの消毒液で、オムツ交換の場所や周辺をふきましょう。
ロタウイルス腸炎には、特効薬はありません。医師による治療では、嘔吐の時期には絶食、絶飲、吐き気が治まると、下痢による脱水症状を改善するための対症療法が用いられます。水分投与から始まり、徐々に増量し、さらに野菜スープなどへと進め、脱水と電解質の補給が行われます。
脱水症状の兆候としては、ぐったりしている、機嫌が悪い、顔色が悪く目がくぼんでいる、皮膚の張りがない、唇が乾燥しているなどが挙げられます。これらの脱水症状の兆候が見られたら、できるだけ速やかに医療機関を受診することが、体力のない乳幼児にとって大切なことです。
アルコール性肝障害
■肝臓を障害する長期の大量飲酒
アルコール性肝障害とは、酒の飲みすぎによって肝臓が負担を受け、発症する病気の総称です。
アルコール性肝障害で最初に生じるのは、アルコール性脂肪肝です。肝細胞に中性脂肪がたまって肥大化し、肝臓が全体的に腫(は)れます。軽い腹部不快感や疲れやすさ、食欲不振、やせなどがみられます。大量飲酒者のほとんどにアルコール性脂肪肝は認められますが、通常は無症状。
なお大量飲酒を続けると、やがて約2割の人にアルコール性肝炎が起こります。発熱、黄疸(おうだん)、右上腹部痛、肝臓の圧痛、食欲不振、吐き気、下痢などの自覚症状が現れます。
非常に重症になる場合もあり、入院治療が必要です。重症型アルコール性肝炎と呼ばれる病態になると、肝性脳症、肺炎、急性腎(じん)不全、消化管出血などの合併症やエンドトキシン血症などを伴い、死亡することもあります。
幸い重症化しない場合でも、長期に大量飲酒を続け、肝臓への負担が増加するとアルコール性肝線維症をへて、線維化がますます進み肝臓の働きも低下するアルコール性肝硬変になる場合があります。黄疸や疲れやすさ、腹部不快感、右上腹部痛、吐き気、吐血などの症状が出てくることが多くなります。
アルコール性肝障害の原因としては、アルコールが直接、肝臓を障害することが挙げられます。問題となるのはアルコールの量で、酒の種類は関係ありません。肝臓はアルコールや薬、不要物などの代謝解毒を行っていますが、アルコールを長い間飲み続けると、肝臓が常に負担を受け続けるために、障害が出てくるのです。
同時に、酒飲みは栄養のある食事を取らないことが多く、とりわけ蛋白(たんぱく)質 の不足が肝臓を悪くする原因の一つになっています。
およその量として、日本酒にして毎日3合くらいを5年以上飲み続けているとアルコール性脂肪肝に、毎日5合を10年以上のみ続けているとアルコール性肝硬変になる可能性が高いとされています。また、女性は男性よりアルコール性肝障害になりやすく、1日2合の飲酒が続いても肝障害を引き起こす恐れがあります。
ちなみに、日本では1日平均150g以上のアルコールを飲む人を大量飲酒者と呼びます。この量を酒に換算すると、日本酒で約5合、ビール大びんで約5本、ウイスキーではダブルで約5杯ということになります。健康生活のためには、1日あたり平均30gのアルコール摂取、つまり1日に日本酒で約1合、ビール大びんで約1本が適量と見なされます。
■治療には節酒ではなく、禁酒が大切
従来、アルコール性肝障害は低栄養の人に多かったのですが、最近は肥満でかつアルコール性肝障害を持って人が増えているので、注意が必要です。
年に一回は、生活習慣病予防健診で肝臓の検査を受け、肝機能や膵(すい)機能、空腹時血糖に異常がないかどうかチェックしましょう。多くの飲酒者で、血液中のγ(ガンマ)―GTPは高値を示すので、個人差はありますが飲酒量のバロメーターとして利用できます。
アルコール性肝障害では肝臓の線維化が進んでも、しばしば血液検査で異常が見付からない場合もあるので、詳しく肝臓の状態を知るためには腹部超音波検査や肝生検が必要になります。血清アルブミン値や血小板数に異常が見付かれば、比較的進んだ肝障害があることを意味することが多くなります。
すでに肝障害が見られる場合には、節酒ではなく、禁酒が必要です。 断酒会などを積極的に利用するのも、一案です。アルコール性肝障害では、最初、脂肪肝だったものを放っておくと肝硬変に進行していきますが、早く見付けて断酒などの対処をすれば、肝がんに進むことはまれです。
急性膵炎
■腹痛を伴って急激に起こる炎症
急性膵(すい)炎とは、酒の飲みすぎや胆石などの要因により、膵臓に急激な炎症が起こる疾患。持続的で、激しい上腹部の痛みを伴います。
比較的軽症で膵臓が腫(は)れるだけで容易に回復する浮腫(ふしゅ)性膵炎、膵臓や周囲が壊死を起こす壊死性膵炎など、さまざまな症状があります。重症の場合には、他の臓器にも障害を来す多臓器不全となったり、重篤な感染症を合併して、ショック状態に陥って死に至る場合もあります。軽症の場合は、2~3日で腹痛はやみ、1週間ほどで治ります。
厚生労働省では、原因不明の難病の一種で、難病対策推進の調査研究の対象となる特定疾患に、重症急性膵炎を指定しています。
発症頻度は男性が女性の2倍で、男性では30~60歳代に多くみられ、女性では50~70歳代に発症しやすい傾向がみられます。
膵臓は胃の後ろに位置する消化腺(せん)であり、外分泌と内分泌という二つのホルモン分泌を行う機能があります。外分泌機能は、消化液である膵液を分泌して十二指腸へ送り込み、食物の消化、吸収を助けるもの。膵液には、炭水化物を分解するアミラーゼ、蛋白(たんぱく)質を分解するトリプシン、脂肪を分解するリパーゼといった消化酵素が含まれています。
一方、インシュリン(インスリン)やグルカゴンなどのホルモンを分泌して、血糖値を調節するのが内分泌機能です。インシュリンは血糖値を下げ、グルカゴンは血糖値を高くします。
急性膵炎は、膵液中の消化酵素の働きが異常に高まって、自己の膵臓組織を消化してしまうために起こると考えられています。これを自己消化(自家消化)といいますが、ほかの病気にはみられない現象です。
通常、膵液は胆のうから分泌された胆汁と混ざり合って十二指腸に流れ込み、そこで初めて活性化されます。ところが、何らかの原因で膵液の流れが滞ると、膵臓の膵管内に膵液がたまるようになり、そこに十二指腸から逆流してきた胆汁が混ざって、膵臓内で活性化してしまうのです。
急性膵炎を引き起こす主な要因の一つは、胆石です。胆のうから流れ出た胆石が、胆管と膵管の合流地点であるファーター乳頭に詰まると、膵液がうまく流れなくなって、膵臓内にたまります。その結果、膵臓が自己消化を起して急性膵炎を発症します。
酒の飲みすぎも、急性膵炎を招く大きな要因です。アルコールによる急性膵炎の発症メカニズムは、完全には明らかになっていませんが、多量の飲酒の影響で膵臓にむくみが生じ、膵管が狭くなって膵液の流れが滞ると考えられています。一説によると、アルコールの作用によって、膵臓の細胞そのものがダメージを受けるとされます。
このほか、ウイルスの感染や、血液中の中性脂肪が高い高脂血症などが引き金となったり、原因不明で突発的に起こるケースもみられます。内視鏡的膵胆管造影(ERCP)や上腹部の手術後、あるいはステロイド剤など特殊な薬剤によって引き起こされるケース、膵臓の腫瘍(しゅよう)、特に膵がんによって起こるケース、消化酵素の遺伝子異常によって起こるケースなどもまれにあります。
急性膵炎の最も典型的な症状は、上腹部に生じる突然の激しい痛みで、多くのケースでは吐き気や嘔吐(おうと)を伴います。痛みの場所はみぞおちから左上腹部で、背中や腰、腹部全体に痛みが広がることもあります。
胆石などによる腹痛は嘔吐すると和らぐケースが多いのに対し、急性膵炎の痛みは逆に強まりやすいとされています。また、上を向いて寝ると腫大した膵臓が脊椎(せきつい)に圧迫されて痛みが強くなりますが、背中を丸めて横になったり、膝(ひざ)を抱えて前にかがむ姿勢をとると、痛みが軽減する点も特徴です。
何の前触れもなく痛みが起こることもありますが、食事後、特に油分の多い食事をした後や、アルコールを多く飲んだ後に起こることも少なくありません。そのほかの症状としては、食欲不振、全身倦怠(けんたい)感、腹部膨満感、発熱などがあります。
激しい腹痛で発症することがほとんどですが、中にはさほど痛みを覚えない場合もあります。こうしたケースは、痛みに対する感受性が低下している高齢者に多いもの。まれに、かなり重い炎症を起こしているにもかかわらず、全く腹痛が現れないこともあり、急性無痛性膵炎と呼ばれます。
■急性膵臓の検査と診断と治療
急性膵炎では、早期発見、早期治療に努めることが大切。重症になると生命にかかわりますので、軽症のうちにできるだけ早く治療を行う必要があります。
医師による診断では、まず血液検査と尿検査が行われます。膵臓に炎症があると、膵液に含まれている消化酵素のアミラーゼやトリプシンなどが、血液や尿の中に流出してきます。従って、血液と尿を採取して調べ、アミラーゼなどの消化酵素の量が増えていれば、ほぼ診断が付きます。
診断を確定するためには、腹部超音波(エコー)検査やCT(コンピューター断層撮影)検査が必要です。特にCT検査は病変の広がり具合、腹部や胸部の変化などを正確に捕らえることができるため、急性膵炎の診断と重症度の判定には欠かせません。
急性膵炎は、病変の進み具合によって、軽症、中等症、重症の三つの段階に分けられます。
軽症では、医師による触診の際に左上腹部を押すと痛みが生じ、また押されておなかが硬くなる筋性防御もあります。病変は膵臓の周囲にとどまっていて、腹部超音波検査を行うと膵臓全体に腫れが認められます。血清アミラーゼと尿中アミラーゼの値も上昇します。
中等症になると、発熱や全身倦怠感が起こり、病変が腹膜組織や腹腔全体に広がります。血液検査の異常値も高くなります。また、血液中に流出した消化酵素のために、さまざまな臓器や組織の壊死が起こることがあり、わき腹や下腹部に皮下出血による出血斑(はん)が現れるケースもみられます。
重症になると、全身に病変が及び、消化管障害や腹膜炎、急性腎(じん)不全、呼吸不全、意識の低下といった重い症状が現れます。検査数値にみられる異常も、顕著になります。胸部X線検査を行うと胸水の貯留がみられ、腹部X線検査を行うと小腸内にガスがたまっているのがわかります。
なお、軽症の死亡率は10パーセント以下であるのに対し、重症では50~70パーセントに上ります。急性膵炎全体の死亡率は、20パーセント前後と推定されています。
急性膵炎の治療には、薬物療法、外科的療法、食事療法などが挙げられます。経過が比較的良好な軽症と、死に至る危険が高くなる重症とでは、治療方法が異なります。
軽症、中等症の場合は、まず絶飲、絶食をして消化酵素の分泌を抑え、膵臓に負担がかからないようにします。その際、炎症のために失われている水分を補い、一定の栄養状態を維持するために、点滴で水分と電解質を十分に補給します。
腹痛や背部痛などに対しては、痛みを取る抗コリン剤や中枢性鎮痛剤が用いられますが、痛みがあまりに激しい場合は、麻薬性鎮痛剤のモルヒネが使用されるケースもあります。
血液中に消化酵素が流出すると、呼吸不全や腎不全といった合併症を引き起こすことがあるので、外分泌を抑える膵臓素阻害剤が使用されます。感染症を防ぐために、抗生物質の投与も行われます。
こうした治療によって、軽症、中等症のほとんどは、1週間前後で軽快します。
しかし、重症の場合は、さまざまな臓器に障害が起こるので、集中治療室での全身管理が必要になります。特に、ショック状態に陥って脈拍が増加し、血圧が下降したケースでは、膵臓酵素の活性を抑える働きのある蛋白分解酵素阻害剤のアプロチニン製剤と並行して、抗炎症剤の副腎皮質ホルモン製剤が大量に投与されます。
このほか、重症の急性膵炎に対して行われる特殊な治療法として、腹膜かんりゅう法が挙げられます。腹膜かんりゅう法は、カテーテルという細い管からおなかの中に腹膜透析液を注入し、腹腔内の有害物質を排除する方法です。
このような治療によって、悪化していた全身状態がかなり回復してくることがあります。
急性膵炎では、こうした内科的治療が基本となりますが、胆石が原因で病状が改善されない場合は、内視鏡を用いた胆管結石の除去や、管を挿入して、たまった液を吸引する胆管ドレナージが必要になることがあります。胆石を取り除くために、開腹して胆管を切除したり、胆のうを摘出する手術が必要になることもあります。
また、中等症や重症で、内科的治療を試みても病状が改善しない場合のほか、膵のう胞や膵腫がんといった合併症が起こっている時も、膵臓の切除手術などの適応となる場合があります。
膵臓の安静を図り、症状を改善するためには、食事療法も重要な治療の一つです。病状に応じて、適切な食品と摂取量を選択して、栄養状態を良好に保ち、禁酒を原則とします。
脂肪は膵臓への刺激が最も大きく、膵液の分泌量や濃度が増すことがわかっています。病状が落ち着いても、脂肪を多く含んだ食品を食べると痛みが再発することがあるので、完全に治癒するまでは1日の脂肪摂取量を20~30グラム以下に抑えます。
蛋白質の多い食品は膵液の分泌を高めるため、症状が著しい時は摂取量を厳重に制限します。回復するに従って、白身魚や豆腐といった良質の蛋白質食品から摂取を開始し、膵臓の機能回復を図ります。
糖質は、脂肪や蛋白質と違って膵液分泌の刺激とはなりません。また、膵臓から分泌される消化酵素が減少しても、十分に消化、吸収されるので、おかゆやうどんなどで栄養を補給するとよいでしょう。ただし、症状が激しい時期は、1回に摂取する量を少なめにします。
コーヒーなどのカフェイン飲料、炭酸飲料、香辛料は、食欲を増進させる半面、膵液の分泌を促進させるので、量に注意して摂取します。また、味付けを濃くすると膵液の分泌が高まるので、薄味を心掛けましょう。
脂肪を控えると脂溶性ビタミンが不足しがちになるので、必要に応じてビタミンA、D、E、Kを含んだ総合ビタミン剤を服用します。
このような薬物療法、食事療法で早期に適切な治療が行われれば、膵臓にほとんどダメージを残さずに、軽症、中等症の急性膵炎のほとんどは完治します。しかし、大量飲酒を続けたり、胆石を放置するなど、急性膵炎を発症した原因をそのままにしておくと、再発することがあります。再び腹痛が起こった時は、早めに受診しましょう。
また、急性膵炎を繰り返していると膵臓の壊死を招き、やがては慢性膵炎に移行します。暴飲暴食を避け、禁酒をして、再発を防ぐように、自己管理を心掛けることが大切です。
亜急性甲状腺炎
■甲状腺の痛みや高熱を伴う疾患
亜急性甲状腺(せん)炎とは、甲状腺が比較的急に腫(は)れて、痛みを伴う疾患。原因としてウイルスの感染が疑われており、自己免疫疾患である慢性甲状腺炎(橋本病)とは全く別の病気です。この亜急性甲状腺炎から、慢性甲状腺炎に移行するわけではありません。
ウイルスによって起こるのではないかといわれていますが、まだ確証はありません。ほかの人に移ることはありません。30~40歳代の女性に圧倒的に多く発症し、夏に多くみられます。風邪のようなウイルス性疾患の症状から引き続いて起こることが、よくあります。
多くの人が初めに、のどの痛みを感じますが、実際は甲状腺に限局した頸(けい)部の痛みです。腫れは甲状腺全体に及ぶこともありますが、多くは右か左の甲状腺1カ所が硬くなり、その部分を押すと跳び上がるほど痛むことがあります。極度の疲労感を覚えることもあります。特に皮膚が赤くなったりすることはありません。
甲状腺の痛みと腫れがますます強くなり、38度を超える発熱がみられることもあります。痛みと腫れの部位は、しばらくすると頚部の右側から左側、あるいは左側から右側へ移ることもあり、あごや耳に痛みが広がり、頭を回したり、飲食物を飲み込む動作で痛みが強くなります。この亜急性甲状腺炎の初期には、歯、のど、耳の感染症とよく間違えられます。
多くのケースでは、甲状腺機能亢進(こうしん)症の症状を伴います。これは炎症により甲状腺組織が破壊され、甲状腺に蓄えられていた甲状腺ホルモンが急激に血液中に流れ出すことによります。
ほとんどのケースでは、甲状腺機能亢進症に続いて、一時的な甲状腺機能低下症を発症し、最終的には甲状腺機能は正常に回復します。
■副腎皮質ホルモンが有効で、予後もよい
医師による検査では、血沈が著しく速くなります。血液中の甲状腺ホルモンを測定すると、一時的に増加し、その後は減少します。
原因がはっきりしないので根治治療法はありませんが、アスピリンや他の非ステロイド性抗炎症薬は、痛みと炎症を緩和します。比較的重症の時は、ステロイド薬の副腎(ふくじん)皮質ホルモンがたいへんよく効きます。多くのケースでは、この薬を服用して安静にしていると、翌日には痛みが取れ熱が下がります。
しかし、すぐに服薬を中止すると、ぶり返します。経過をみながら減量し、少なくとも2カ月ほどかけて中止します。甲状腺機能亢進症の症状が重い場合は、ベータ遮断薬の服用が行われます。
炎症の強い時期には、なるべく安静にし、入浴も控えたほうがよいでしょう。食事に関しては、特に制限はありません。
この亜急性甲状腺炎にかかった人の多くは、完全に回復します。一般的に、数カ月のうちに自然に回復し、しかも、甲状腺機能も最終的にはほぼ全例が正常になりますが、時には再発したり、まれに甲状腺をひどく損なって、永続的な甲状腺機能低下症を引き起こすこともあります。
ウイルソン病
■脳、肝臓に銅が沈着してくる遺伝性疾患
ウイルソン病とは、体内に銅が沈着することにより、脳、肝臓、腎(じん)臓、目などが侵される疾患。その原因は、日常の食事で摂取された銅が肝臓から胆汁中へと、正常に排出されないことによります。
常染色体劣性遺伝に基づく先天性銅代謝異常症であり、病名はウイルソンという人が見付けたことに由来しますが、進行性レンズ核変性症、肝レンズ核変性症とも呼ばれています。
銅は微量元素の一つで、必須栄養素であり、過剰に摂取した場合、急性や慢性の銅中毒になります。その慢性銅中毒に、ウイルソン病はよく似ています。食物中の銅は、十二指腸や小腸上部で吸収されて、肝臓に運ばれます。肝臓において、銅はセルロプラスミンと結合して銅結合蛋白(たんぱり)質となり、血液中に流れてゆきます。また、脳や骨髄など全身の諸臓器に必要量が分布し、過剰な銅は肝臓から胆汁中、腸管中に排出され、平衡を保っているのです。
しかし、ウイルソン病においては、この肝臓での銅代謝が障害されています。肝臓中に取り込まれた銅がセルロプラスミンと結合できないために、胆汁中へ銅が排出されず、肝臓にたまっていきます。そして、肝臓からあふれて血液中へ流れ出た銅が、脳、腎臓、目の角膜などへ蓄積します。
近年、13番染色体上のATP7B遺伝子異常が、ウイルソン病の原因遺伝子として特定されました。ATP7Bは、肝臓に特異的に発現するATP依存性メタルトランスポーターで、この異常によってセルロプラスミンへの銅の取り込みが損なわれます。
ウイルソン病の発症率は、3~4万人に1人と見なされ、日本全国で1500人の患者がいるといわれています 。発症率は、欧米諸国より高くなっています。年齢的には、3~15歳の小児期を中心に発症し、30~40歳で発症することもあります。
肝臓の症状は、疲れやすかったり、白眼や皮膚が黄色くなったりして気付かれます。多くの場合は無症状で、血中GOT、GPTなど肝機能の異常を指摘され、発見されます。しかし、原因不明の急性肝炎とか慢性肝炎などと診断されることもあり、急激な肝不全状態となって、黄疸(おうだん)や意識障害などを生じ、急に死亡してしまうこともあります。肝障害は徐々に進行し、思春期過ぎには肝硬変になる場合が多くみられます。
脳の症状の多くは、思春期ごろから現れます。初期においては、言葉が不明瞭(めいりょう)になり、何かをしようとすると手指が震えたりして、字を書くことや細かい作業が下手になります。
さらに進行すると、表情が硬くなり、次第に歩くことができなくなり、ついには寝たきりになってしまいます。記憶力や計算力も鈍り、精神状態も不安定、無気力、うつ状態、統合失調症(精神分裂病)様の反応を示すようになります。
目の症状としては、角膜輪(カイザー・フライシャー輪)をみます。黒目の周りに銅が沈着し、青緑色や黒緑褐色に見えます。この角膜輪が肉眼的にはっきり見えるのは、思春期過ぎです。
これらの多彩な症状は、すべての罹病(りびょう)者に出るのではなく、無症状期の発症前型、 10歳以下の小児期に多い肝型、 10歳以降に多くて年齢とともに増加する神経型、 神経型と同様の傾向を示す肝神経型に分かれます。治療しなければ進行し、ついには、死亡したり、荒廃したりします。
■遺伝性代謝疾患ながら治療は可能
ウイルソン病は、遺伝性代謝疾患のうちでは数少ない、治療可能あるいは発症予防可能な疾患です。遺伝性代謝疾患は、いわゆる難病とされ、治療が不可能なものが多いのです。幸い、常染色体劣性遺伝性の疾患であるウイルソン病は治療ができ、早期発見により発症を予防することもできるのです。
早期発見ためには、同じ病気を持つ血族の有無も重要になります。兄弟姉妹を検査すると、25パーセントの確率でウイルソン病であったりします。しかし、約30パーセントは突然変異でウイルソン病が発病するため、家族や血族発生のないこともあります。
家族内検索により発見された小児の場合、発症前型に分類され、治療することにより日常生活や学校生活、就職などすべての面に渡って、正常者と同じ生活を維持することができます。
ウイルソン病の診断は、問診や臨床症状から銅代謝異常の可能性を疑い、血清総銅量やセルロプラスミン濃度の低下、尿中排出量の増加、眼の角膜輪(カイザー・フライシャー輪)の証明などにより、銅代謝異常のあることを診断します。
さらに、肝生検による組織診断、肝生検組織の銅染色、肝生検組織中の銅含有量の測定、胆汁中の銅濃度量の測定などにより、診断が確定します。
治療法としては、銅を多く含む食事の制限を行う食事療法と、D-ペニシラミン(メタルカプターゼ)や塩酸トリエンチン、メタライトといった銅排出促進藥(キレート薬)を服用する薬物療法が基本となります。
食事療法としては、生涯に渡って銅含有量の多い食物の摂取を制限して、1日1・5ミリグラム以下の低銅食を指導します。銅含有量の多い食物として挙げられるは、貝類、レバー、チョコレート、キノコ類など。
薬物療法としては、体内にたまった銅の除去、銅毒性の減少を目指して、銅排出促進薬による治療が、発症予防を含めて第一選択になります。この薬剤には副作用がありますし、生涯に渡って服用しなければなりません。
また、肝障害や神経障害に対する対症療法も必要に応じて行われます。
壊血病
■ビタミンCの不足で起こる、出血性の障害
壊血病とは、ビタミンCの欠乏によって、出血性の障害が体内の各器官で生じる疾患。ビタミンC欠乏症とも呼ばれます。
水溶性ビタミンであるビタミンCは、血管壁を強くしたり、血液が凝固するのを助けたりする作用を持っています。また、生体内の酸化還元反応に関係し、コラーゲンの生成や骨芽細胞の増殖など、さまざまな作用も持っています。
成人におけるビタミンCの適正摂取量は、1日に100mgとされています。日本人はもともとビタミンCの摂取量が多く欠乏症になりにくいのですが、3~12カ月に渡る長期、高度のビタミンC欠乏があると、壊血病が生じます。妊娠や授乳時では、ビタミンCの必要量も増えます。
ビタミンCが欠乏すると、毛細血管が脆弱(ぜいじゃく)となって、全身の皮下に点状の出血を起こしたり、歯肉に潰瘍(かいよう)ができたり、関節内に出血を起こしたりします。また、消化管や尿路から出血することもあります。一般症状として、全身の倦怠感(けんたいかん)や関節痛、体重減少が現れます。
小児においても、壊血病は生じます。特に生後6~12カ月間の人工栄養の乳児に発生し、モラー・バーロー病とも呼ばれています。現れる症状は、骨組織の形成不全、骨折や骨の変形、出血や壊死(えし)、軟骨や骨境界部での出血と血腫(けっしゅ)、歯の発生障害などです。
■壊血病の検査と診断と治療
乳児では1日100mg、成人では1日1000mgのビタミンCを投与すると、症状の改善が認められます。ただ、長期に投与すると尿路結石(シュウ酸カルシウム結石)が生じることがあり、注意が必要です。
予防としては、新鮮な果物や野菜を十分に取ります。また、煮すぎない、ゆですぎない、ミキサーに長時間かけないなど、調理によるビタミンCの破壊に気を付ければ、まず壊血病の心配はありません。
かっけ(脚気)
■ビタミンB1の不足から心臓が弱まり、下肢がむくむ疾患
かっけ(脚気)とは、ビタミンB1欠乏症の一つで、ビタミンB1(チアミン)の欠乏によって心不全と末梢(まっしょう)神経障害を来す疾患。心不全によって下肢のむくみが、末梢神経障害によって上下肢のしびれが起きます。
ビタミンB1は、糖質の代謝に重要なビタミンです。白米を主食として副食の少ない食事を長期間続けた際や、重労働、妊娠、授乳、甲状腺(せん)機能高進症などでビタミンB1の消費が一時的に増大した際に、糖質の分解産物であるピルビン酸や乳酸が蓄積されて、かっけが起こります。
かっけの症状としては、初めは体がだるい、手足がしびれる、動悸(どうき)がする、息切れがする、手足にしびれ感がある、下肢がむくむなどが主なものです。進行すると、足を動かす力がなくなったり、膝(ひざ)の下をたたくと足が跳ね上がる膝蓋腱(しつがいけん)反射が出なくなり、視力も衰えてきます。
かつては、かっけ衝心(しょうしん)といって、突然胸が苦しくなり、心臓まひで死亡することもありましたが、現在ではこのような重症例はほとんどありません。
しかし、三食とも即席ラーメンを食べるといったような極端に偏った食生活によるかっけなどが、最近は若い人に増えてきています。インスタント食品やスナック菓子には脂質とともに糖質も多く含まれているのですが、この糖質の消費に必要なビタミンB1の摂取量が足りていないのです。また、過度なダイエットや欠食、外食によって、女子大学生の血中総ビタミンB1の値が非常に低いことも報告されています。
さらに、糖尿病の発症者と、高齢の入院患者にも、かっけが増えてきているといいます。糖尿病の場合は、血液中の糖質に対するビタミンB1の相対的な不足が原因となり、高齢の入院患者の場合は、高カロリー(糖質)の輸液に対してやはりビタミンB1の不足が原因となります。食事の代わりに酒を飲むといったアルコール依存症の人も、ビタミンB1欠乏症になる確率が高いと見なされています。
■かっけの検査と診断と治療
かっけの検査では、ハンマーなどで膝の下を軽くたたく、膝蓋腱反射を利用した方法が広く知られています。足がピクンと動けば正常な反応で、何も反応がなければかっけの可能性がありますが、診断を確定する検査ではありません。
かっけの治療では、ビタミンB1サプリメントを投与します。なお、かっけの症状は回復したようにみえても、数年後に再発することがあるので注意が必要です。
ビタミンB1はいろいろな食べ物の中に含まれているので、偏食さえしなければ、欠乏症を起こすことはほとんどありません。過度のダイエット、朝食や昼食を抜く、外食で食事をすませる、インスタント食品に偏るなどの食生活では、ビタミンB1の不足を招き、かっけになりやすくなります。
ただし、ビタミンB1が不足していても、他の栄養素のバランスがいい場合は、すぐにかっけにはなりません。食生活に偏りがあって、疲労感や倦怠(けんたい)感が続いている場合は、潜在的ビタミンB1欠乏症と考えて、食生活を改善する必要があります。
お勧めなのは玄米食。玄米にはビタミンB1が多く含まれているからで、玄米を精米した白米ではほぼ全部のビタミン類が取り除かれています。玄米のほかにビタミンB1を多く含む食品には、豚肉、うなぎ、枝豆、えんどう豆、大豆(だいず)、ごま、ピーナッツなどがあります。これらをうまく組み合わせて、ビタミンB1を摂取していきましょう。
甲状腺ホルモン不応症
■甲状腺ホルモン受容体の遺伝的な異常
甲状腺(こうじょうせん)ホルモン不応症とは、体の新陳代謝を調節している甲状腺ホルモンが体の中にたくさんあるのに、ホルモンの働きが鈍くなる疾患。日本においても、世界的に見ても、まれな疾患で、その存在は近年になってはっきりしてきました。
特に男性に多く、女性に多いということはありません。先天性の疾患で、子供のころから異常を示すケースも、子供の時は正常で、大人になって初めて甲状腺機能異常の症状を示すケースもあります。異常の程度が強くて、小児期から重い甲状腺機能低下症状を来すような場合は、不可逆的な発育障害を起こしてしまうことがあります。
甲状腺ホルモンが体の中で働くためには、細胞の中にある特別な甲状腺ホルモン受容体という蛋白(たんぱく)質に結合しなければなりません。甲状腺ホルモン不応症では、甲状腺ホルモン受容体に遺伝的な異常があり、生体の各臓器、組織、細胞への甲状腺ホルモンの結合や、作用の伝達が障害されると考えられています。甲状腺ホルモン受容体以外の異常でも、同じような症状が出る可能性はあるようですが、まだ確認できていません。
常染色体優性遺伝という形で、子孫に伝わることが多いようです。具体的には、両親のいずれかが甲状腺ホルモン不応症であると、約2分の1の確率で子供に遺伝します。しかし、両親のいずれにもこの疾患がない場合でも、突然変異によって子供に出ることがあります。
甲状腺ホルモン受容体に異常があれば、甲状腺ホルモンの作用が弱まるはずですが、その分、頭の中にある脳下垂体が甲状腺を刺激して、甲状腺ホルモンの濃度を普通よりも高く設定します。その結果、甲状腺ホルモン受容体に比較的軽い異常があっても、その働きの鈍さを甲状腺ホルモンの濃度が高いことが補って、全身の新陳代謝はほぼ正常人に近くなることが、多くのケースで認められています。
ただ、どうしても甲状腺に負担がかかるため、正常の人に比べ甲状腺が大きくなる傾向があります。異常の程度が強くなると、甲状腺機能低下症の症状が見られたり、部分的に甲状腺機能亢進(こうしん)症に似た症状を来すこともあります。異常がとても強い場合には、難聴を来したり、注意力低下といった精神障害を伴うこともあります。
ほとんどの発症者は、特に治療を受けなくても、甲状腺ホルモンがたくさんあることと、甲状腺ホルモン受容体の機能が低下していることがうまくバランスがとれて、普通の生活が送れます。
むしろ問題は、甲状腺ホルモン不応症の存在がまだ、一般の医師の間でもあまり知られていないことにあります。大抵の発症者は首が腫(は)れているということで受診しますが、甲状腺が腫れていて血中の甲状腺ホルモン濃度も高いことにより、医師にバセドウ病と誤診され、誤った治療が行われてしまう可能性があります。
欧米の統計によると、発症者の3分の1以上が初めはバセドウ病と間違えられ、不適切な治療を受けていました。その意味で、この病気は治療以上に正しく病気を認識することが大切です。
異常の程度が強くて、甲状腺機能低下症の症状が見られる場合は、甲状腺ホルモン剤の服用が必要になります。どのように治療するかは個人差が大きいため、内分泌・代謝科のある医療機関で、この疾患に詳しい甲状腺の専門家に相談することが必要です。
特に薬を使うことなく、正常の人と同じように暮らしている人では、数カ月から1年に1、2回、診察と検査を受けて、経過を見守ることになります。
ビタミン欠乏症
■ビタミンの欠乏で、いろいろな疾患が出現
欠乏症を起こす主なビタミンは、ビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンD、ニコチン酸、およびビタミンCです。
ビタミン欠乏症は、食べ物から摂取するビタミンの量が体の必要とするビタミン量を満たさないか、あるいは、摂取する量は十分でも体内への吸収や利用が十分でない時に起こります。前者は発育期や授乳で消費が多い時など、後者は胃や腸の一部を手術で切り取った後などが相当します。
ビタミンA欠乏症(夜盲症)
夜盲(やもう)症とは、夜間や暗い場所での視力、視野が著しく衰え、目がよく見えなくなる疾患。俗に、鳥目(とりめ)と呼ばれます。
先天性では、幼児期より徐々に発症するものと、発症しても生涯進行しないものがあります。後天性では、ビタミンAの欠乏によって発症します。網膜にあって、夜間の視覚を担当するロドプシンという物質が、ビタミンAと補体から形成されているため、ビタミンA不足は夜間視力の低下につながるのです。夜盲症が進行すると、結膜や角膜の表面が乾燥して白く濁り、失明することもあります。
なお、ビタミンAは発育の促進、皮膚の保護の機能とも関係しているので、これが欠乏すると、乳幼児の発育が遅れたり、皮膚がカサカサになったりすることもあります。
ビタミンB1欠乏症(かっけ)
かっけ(脚気)とは、ビタミンB1欠乏症の一つで、ビタミンB1(チアミン)の欠乏によって心不全と末梢(まっしょう)神経障害を来す疾患。心不全によって下肢のむくみが、末梢神経障害によって上下肢のしびれが起きます。
ビタミンB1は、糖質の代謝に重要なビタミンです。白米を主食として副食の少ない食事を長期間続けた際や、重労働、妊娠、授乳、甲状腺(せん)機能高進症などでビタミンB1の消費が一時的に増大した際に、糖質の分解産物であるピルビン酸や乳酸が蓄積されて、かっけが起こります。
かっけの症状としては、初めは体がだるい、手足がしびれる、動悸(どうき)がする、息切れがする、手足にしびれ感がある、下肢がむくむなどが主なものです。進行すると、足を動かす力がなくなったり、膝(ひざ)の下をたたくと足が跳ね上がる膝蓋腱(しつがいけん)反射が出なくなり、視力も衰えてきます。
かつては、かっけ衝心(しょうしん)といって、突然胸が苦しくなり、心臓まひで死亡することもありましたが、現在ではこのような重症例はほとんどありません。
しかし、三食とも即席ラーメンを食べるといったような極端に偏った食生活によるかっけなどが、最近は若い人に増えてきています。インスタント食品やスナック菓子には脂質とともに糖質も多く含まれているのですが、この糖質の消費に必要なビタミンB1の摂取量が足りていないのです。また、過度なダイエットや欠食、外食によって、女子大学生の血中総ビタミンB1の値が非常に低いことも報告されています。
さらに、糖尿病の発症者と、高齢の入院患者にも、かっけが増えてきているといいます。糖尿病の場合は、血液中の糖質に対するビタミンB1の相対的な不足が原因となり、高齢の入院患者の場合は、高カロリー(糖質)の輸液に対してやはりビタミンB1の不足が原因となります。食事の代わりに酒を飲むといったアルコール依存症の人も、ビタミンB1欠乏症になる確率が高いと見なされています。
なお、ビタミンB1の欠乏症には、欧米に多いウェルニッケ・コルサコフ症候群もあります。こちらは中枢神経が侵される重症の欠乏症で、蛋白(たんぱく)質、脂質中心の食生活で、アルコールを多飲する人に多発します。症状は、意識障害、歩行運動失調、眼球運動まひ、健忘症など。
ビタミンB2欠乏症
ビタミンB2欠乏症とは、ビタミンB2(リボフラビン)の欠乏によって、皮膚や粘膜にトラブルが現れたり、子供の発育が悪くなったりする疾患。
ビタミンB2には皮膚を保護する働きがあるので、欠乏すると皮膚や粘膜にいろいろな症状が現れてきます。例えば、唇の周囲やふちがただれたり、舌が紫紅色にはれたり、肛門(こうもん)や外陰部などの皮膚と粘膜の移行部のただれなどもみられます。目の充血や眼精疲労などの症状のほか、進行すると白内障を起こすこともあります。 脂漏性皮膚炎も認められ、鼻の周囲や顔の中央部に脂ぎった、ぬか状の吹き出物ができます。重症になると、性格変化や知能障害が現れることがあります。
ビタミンB2にはまた、子供の発育を促す働きがあるので、欠乏した子供では成長不良につながります。成長期には、必要量を十分取らなければなりません。
ビタミンB2は、体内で糖質、蛋白(たんぱく)質、脂肪をエネルギー源として燃やすのに、不可欠な水溶性ビタミンです。ビタミンB2欠乏症は、アルコールの多飲、糖質過剰摂取、激しい運動、労働、疲労などで、現れることがあります。多量の抗生物質や経口避妊薬、ある種の精神安定薬や副腎(ふくじん)皮質ステロイド薬などを長期に服用した時にも、現れることがあります。また、心臓病、がん、糖尿病、肝炎、肝硬変などの慢性疾患や吸収不良によって、ビタミンB2欠乏症のリスクが高くなります。血液をろ過する血液透析や腹膜透析でも、同様です。
ビタミンD欠乏症(くる病)
くる病とは、骨が軟らかくなり、変形を起こしてくる疾患。骨成長期にある小児の骨のカルシウム不足から起こる病的状態で、成人型のくる病は骨軟化症と呼びます。
カルシウム不足による骨の代謝の病的状態というのは、骨基質という蛋白(たんぱく)質や糖質からなる有機質でできた骨のもとになるものは普通に作られているのに、それに沈着して骨を硬くする骨塩(リン酸カルシウム)が欠乏している状態です。このような状態では、骨が軟らかく弱くなります。
子供では、骨が曲がって変形したり、骨幹端部の骨が膨れてくることがあります。成人でも、骨が曲がったり、骨粗鬆(そしょう)症と同様に、ちょっとした外部の力で骨折が起こるようになります。
くる病の原因は、いろいろあります。ビタミンD欠乏による栄養障害、腎(じん)臓の疾患、下痢や肝臓病などの消化器の疾患、甲状腺(せん)や副腎などのホルモンの異常に由来するものや、妊娠、授乳などによるカルシウム欠乏に由来するものがあります。
骨粗鬆症と同時に存在することも多く、その場合には骨粗鬆軟化症と呼んでいます。
ニコチン酸欠乏症(ペラグラ)
ニコチン酸欠乏症とは、ビタミンBの一つであるニコチン酸が欠乏することにより、皮膚炎、下痢、精神錯乱などを起こす疾患。ナイアシン欠乏症とも呼ばれ、とうもろこしを主食とする中南米などの地域ではペラグラとも呼ばれています。
ニコチン酸は、ナイアシンとも呼ばれる水溶性のビタミンで、蛋白(たんぱく)質に含まれる必須アミノ酸のトリプトファンから体内で合成されます。糖質、脂質、蛋白質の代謝に不可欠な栄養素であり、また、アルコールや、二日酔いのもとになるアセトアルデヒドを分解します。人為的にニコチン酸を摂取することで、血行をよくし、冷え性や頭痛を改善しますし、大量に摂取すれば血清のコレステロールや中性脂肪を下げる薬理効果もあります。
ニコチン酸欠乏症はとうもろこしを主食とする人に多い疾患ですが、日本では、不規則な食事をするアルコール多飲者にみられます。酒を飲むほどニコチン酸が消費されますので、つまみを食べずに大量に飲む人は、栄養不良に注意が必要です。特にビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6が不足すると、ニコチン酸の合成能力が低下します。
遺伝病であるハートナップ病の人も、トリプトファンが腸から吸収されないために、ニコチン酸欠乏症を発症します。
症状としては、日光に当たることによって手や足、首、顔などに皮膚炎が起こります。同時に、舌炎、口内炎、腸炎などを起こし、そのために食欲不振や下痢なども起こします。その後、頭痛、めまい、疲労、不眠、無感情を経て、脳の機能不全による錯乱、見当識の喪失、幻覚、記憶喪失などが起こり、最悪の場合は死に至ります。
日本では普通の食事をしている限り、重症にはなりません。食欲減退、口角炎、不安感などの軽いニコチン酸欠乏症が見られる程度です。
ビタミンC欠乏症(壊血病)
壊血病とは、ビタミンCの欠乏によって、出血性の障害が体内の各器官で生じる疾患。ビタミンC欠乏症とも呼ばれます。
水溶性ビタミンであるビタミンCは、血管壁を強くしたり、血液が凝固するのを助けたりする作用を持っています。また、生体内の酸化還元反応に関係し、コラーゲンの生成や骨芽細胞の増殖など、さまざまな作用も持っています。
成人におけるビタミンCの適正摂取量は、1日に100mgとされています。日本人はもともとビタミンCの摂取量が多く欠乏症になりにくいのですが、3~12カ月に渡る長期、高度のビタミンC欠乏があると、壊血病が生じます。妊娠や授乳時では、ビタミンCの必要量も増えます。
ビタミンCが欠乏すると、毛細血管が脆弱(ぜいじゃく)となって、全身の皮下に点状の出血を起こしたり、歯肉に潰瘍(かいよう)ができたり、関節内に出血を起こしたりします。また、消化管や尿路から出血することもあります。一般症状として、全身の倦怠感(けんたいかん)や関節痛、体重減少が現れます。
小児においても、壊血病は生じます。特に生後6~12カ月間の人工栄養の乳児に発生し、モラー・バーロー病とも呼ばれています。現れる症状は、骨組織の形成不全、骨折や骨の変形、出血や壊死(えし)、軟骨や骨境界部での出血と血腫(けっしゅ)、歯の発生障害などです。
■ビタミン欠乏症の検査と診断と治療
ビタミンA欠乏症(夜盲症)
ビタミンA欠乏性の夜盲症以外の場合、治療法が確立しておらず、光刺激を防ぐ対策を必要とします。遮光眼鏡を使用したり、屋外での作業を控えるなどです。
ビタミンA欠乏性では一般に、ビタミンAを経口で服用し、ビタミンAを多く含む食品を適度に取ります。ビタミンAには、レバーやウナギなど動物性のものに含まれるレチノールと、主に緑黄色野菜などの植物性食品に含まれβ-カロチンの2種類があります。ただし、過度に摂取するのは、ビタミンA中毒を引き起こすのでよくありません。
ビタミンB1欠乏症(かっけ)
かっけの検査では、ハンマーなどで膝の下を軽くたたく、膝蓋腱反射を利用した方法が広く知られています。足がピクンと動けば正常な反応で、何も反応がなければかっけの可能性がありますが、診断を確定する検査ではありません。
かっけの治療では、ビタミンB1サプリメントを投与します。なお、かっけの症状は回復したようにみえても、数年後に再発することがあるので注意が必要です。
ビタミンB1はいろいろな食べ物の中に含まれているので、偏食さえしなければ、欠乏症を起こすことはほとんどありません。過度のダイエット、朝食や昼食を抜く、外食で食事をすませる、インスタント食品に偏るなどの食生活では、ビタミンB1の不足を招き、かっけになりやすくなります。
ただし、ビタミンB1が不足していても、他の栄養素のバランスがいい場合は、すぐにかっけにはなりません。食生活に偏りがあって、疲労感や倦怠(けんたい)感が続いている場合は、潜在的ビタミンB1欠乏症と考えて、食生活を改善する必要があります。
お勧めなのは玄米食。玄米にはビタミンB1が多く含まれているからで、玄米を精米した白米ではほぼ全部のビタミン類が取り除かれています。玄米のほかにビタミンB1を多く含む食品には、豚肉、うなぎ、枝豆、えんどう豆、大豆(だいず)、ごま、ピーナッツなどがあります。これらをうまく組み合わせて、ビタミンB1を摂取していきましょう。
ビタミンB2欠乏症
医師による診断は、現れた症状や全身的な栄養不良の兆候に基づいて行います。尿中のビタミンB2排出量を測定し、1日40μg以下であれば欠乏症です。血中のビタミンB2濃度の測定も行われます。
治療では、ビタミンB2を症状が改善されるまで、経口で服用します。ビタミンB2の1日所要量は成人男性で1・2mg、成人女性で1・0mgとされており、1日10mgを経口で服用すると症状は完全に改善します。他のビタミン欠乏症を伴うことも多く、その場合はビタミンB1、ビタミンB6、ニコチン酸なども服用すると、より効果的です。
なお、ビタミンB2吸収不良を生じている場合、血液透析や腹膜透析を受けている場合は、ビタミンB2サプリメントを日常から摂取する必要があります。
ビタミンD欠乏症(くる病)
確定診断のためには、X線写真で確かめるほか、血液検査や尿検査、血清生化学検査などにより、ビタミン、ホルモン、カルシウム、リン、血清アルカリホスファターゼなどの数値を測定します。
治療では、原因に応じて対処することになります。一般には、ビタミンDなどの薬剤投与を行い、小魚や牛乳などのようにカルシウムの多い食べ物を摂取し、日光浴をします。ビタミンDには、カルシウムやリンが腸から吸収されるのを助け、骨や歯の発育を促す働きがあります。このビタミンDは食べ物の中にあるほか、皮膚にあるプロビタミンDという物質が、紫外線を受けるとビタミンDになります。
骨が軟らかくなるのが治っても、骨の湾曲、変形などが強く残ったものは、骨を切って変形を矯正する骨切り術を行うこともあります。
ニコチン酸欠乏症(ペラグラ)
ニコチン酸欠乏症の治療は、ニコチン酸を含むビタミンB群の投与です。ニコチン酸アミドを1日50〜100mg投与し、他のビタミンBの欠乏を合併することも多いので、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6も併用して投与します。ビタミンB群は、お互いに協力しあって活動しているため、それぞれの成分だけではなく、ビタミンB群としてまとめて投与することが望ましい栄養素でもあります。
ニコチン酸の過剰症は特にありませんが、合成品のニコチン酸を100mg以上摂取すると、皮膚がヒリヒリしたり、かゆくなることがあります。とりわけ、ニコチン酸の摂取に際して注意が必要なのは、糖尿病の人です。ニコチン酸はインシュリンの合成に関与し、大量に摂取すると糖質の処理を妨げてしまいます。 一部の医薬品との相互作用を示唆するデータもあるため、すでに他の薬を服用中の場合は主治医に相談の上、ニコチン酸を摂取する必要があります。
ビタミンC欠乏症(壊血病)
乳児では1日100mg、成人では1日1000mgのビタミンCを投与すると、症状の改善が認められます。ただ、長期に投与すると尿路結石(シュウ酸カルシウム結石)が生じることがあり、注意が必要です。
予防としては、新鮮な果物や野菜を十分に取ります。また、煮すぎない、ゆですぎない、ミキサーに長時間かけないなど、調理によるビタミンCの破壊に気を付ければ、まず壊血病の心配はありません。
肥満
●病気にかかる割合が倍増
あなたは最近、おなかの回りが気になりませんか? 現代人の多くが悩んでいるのが太りすぎで、肥満に伴う生活習慣病も増加しています。
この肥満とは、体内に占める脂肪の割合が多い状態のことです。食事から得た摂取エネルギーが消費エネルギーよりも多い時、脂肪細胞は余ったエネルギーを蓄えます。その状態が続くと、脂肪細胞の数が増え、一つ一つの脂肪細胞も大きくなるのです。肥満の人においては、エネルギーの摂取、利用、蓄積、放出というメカニズムが、正常に機能していないことになります。
肥満には、皮下に脂肪がたまる「皮下脂肪型」と、肝臓や腸管などの周囲に脂肪がたまる「内臓脂肪型」があります。
皮下脂肪型肥満は若い人や女性に多く見られ、付きにくくて落ちにくいのが皮下脂肪の特徴。
一方、内臓脂肪型肥満は男性や閉経後の女性に多く見られ、付きやすくて、かつ落ちやすいのが内臓脂肪の特徴で、40~50代から徐々に増えていく傾向があります。
後者の内臓脂肪型の肥満が特に健康に悪影響をおよぼすことが、近年わかってきました。このタイプの肥満の人は、健康な人に比べて1・5~2倍近く、病気にかかりやすいと見なされています。
●内臓脂肪型肥満とは
内臓脂肪が増加すると、脂肪細胞から糖尿病、高血圧、高脂血症、動脈硬化などを引き起こす「生理活性物質」が、体内に多量に放出されます。高尿酸血症や脂肪肝にもつながります。
その他の肥満のリスクを挙げれば、まず心臓などの臓器に負担がかかります。腰や脚の関節も痛めやすくなります。脂肪がたまって胸郭の動きが悪くなると、呼吸の力が弱まるため、睡眠時無呼吸症候群を引き起こすケースもあります。女性の場合は、生理不順を招きやすくなります。
太り方で肥満の型を見分ける場合、下半身に脂肪が付いた「洋ナシ型」は皮下脂肪型肥満、おなかの回りがポッコリ張り出してくる「リンゴ型」、いわゆる太鼓腹は内臓脂肪型肥満の可能性が高い、と考えられます。
次に、肥満男性の場合、おなかを指でつまんで、つまめる脂肪が薄いほど皮下脂肪が少なく、危険な内臓脂肪がたまっています。特に、おへそ回りの腹囲が85センチ以上の男性は、注意が必要です。
女性の場合、女性ホルモンの働きで内臓脂肪は付きにくいのですが、肥満になると皮下脂肪とともに内臓脂肪も増えます。そのため、腹囲が大きいほど内臓脂肪がたまっており、特に、おへそ回りが90センチ以上の女性は、注意が必要になります。
●肥満度チェック
BMI(体格指数)
体重と身長から肥満度を判定するのがBMI(=Body Mass Index)。成人にのみ当てはまり、個人差があるので目安として利用します。
BMI=体重(キロ)÷身長(メートル)÷身長(メートル)
日本肥満学会による判定基準では、
18.5未満 ⇒⇒やせ
18.5以上25未満⇒⇒普通(22が最も有病率が低い)
25 以上 ⇒⇒肥満
体脂肪率
電気が流れにくいという脂肪の性質を利用し、体に微弱な電流を流して計測するのが体脂肪率。正確に測ることは難しく、あくまでも目安として利用します。内臓脂肪などの状態をきちんと調べるためには、CTスキャン検査が必要となります。
成人男性 25パーセント以上⇒⇒肥満
成人女性 30パーセント以上⇒⇒肥満
■心掛けたい「肥満」対策
●体重を5パーセント減らす
健康で長生きするためにも、肥満の解消は重要なことです。肥満により糖尿病になった人でも、体重を5パーセント減らすだけで、かなり症状が改善します。例えば、体重が80キロの人ならば、月に1キロ弱ずつ減らすようにして、3カ月から半年間で76キロにすればよいでしょう。
急な減量を試みると、必要な栄養素を摂取することができず、かえって体調を崩してしまうので、ゆっくりと減らすように心掛けましょう。
●バランスのとれた食事を
食事の内容は、年齢相応の適切な摂取カロリーを考え、栄養バランスのよいものに。砂糖や脂肪分のとりすぎに注意し、緑黄色野菜を積極的にとります。
反対に、まとめ食い、とりわけ一日の食事量の半分以上を夜間に食べるのは、内臓脂肪を蓄積するので禁物。
また、タバコを吸うと体脂肪の分布が変化し、内臓脂肪が付きやすくなるので、注意しましょう。
●食生活を見直す
肥満が気になる人は、毎回の食事量を2~3割減らし、ゆっくり、よくかんで食べることを実践しましょう。間食の多い人の場合は、毎食の食事をきちんととり、間食は量と時間を決めて1回に。
揚げ物、脂の多い物は、控えます。また、味付けが濃いとご飯もお酒も進んで、食べすぎにつながりがちですので、だしをしっかりとり、塩分、糖分を控えた薄味にしましょう。
ワカメ、寒天、ヒジキ、昆布などの海藻、青菜、根菜といった野菜類など食物繊維の多い食材を毎食、とり入れましょう。さらに、動物性脂肪を減らして、魚、豆類をとり、穀類は大麦やヒエ、アワといった雑穀などを加えて、食物繊維やミネラルを増やしましょう。油脂では、植物性のオリーブオイルや魚の油脂がお勧めです。
●有酸素運動を行う
肥満が気になる人にとっては、食事の見直しだけでなく、有酸素運動も必要です。運動不足になると、基礎代謝が減少し、貯蔵エネルギーが増えやすくなるからです。
運動を併せて行えば、筋肉を落とさず、さらに脂肪を燃焼することができます。短距離走や重量挙げのような無酸素運動は筋力を増やし、ウオーキングなどの有酸素運動は脂肪を燃やします。特に、内臓脂肪は運動で減りやすく、これもまた欠かせないのです。
どなたにもお勧めできる運動としては、ウオーキング、ジョギング、ラジオ体操、水泳などの全身を使う有酸素運動が挙げられます。これらの運動は週に3回以上行う必要があり、軽い運動なら毎日から1日置きとし、休日などを利用して十分な時間をとるのがよいでしょう。
運動の強度については、いきなり強い運動をしないこと。軽い運動から始めて、徐々に慣らしていくのがよいでしょう。ウオーキングを主体にして、ダンベルなどを利用した筋力トレーニング、ストレッチも併用するのが、一番のお勧めです。
メタボリック症候群
■数倍に跳ね上がる生活習慣病リスク■
メタボリック症候群(メタボリック・シンドローム)は、内臓脂肪症候群、代謝異常症候群、シンドロームX、死の四重奏、インスリン抵抗性症候群などとも呼ばれています。内臓の周囲に脂肪がたまる「内臓脂肪型肥満」の人が、高血糖や高血圧、高脂血症の芽を二つ以上持っている状態を指します。
高血糖症、高血圧症、高脂血症……いずれも中高年がかかりやすい生活習慣病ですが、これら三つの病気は、共通の根っこから発症すると考えられています。すなわち、脂質代謝異常、糖代謝異常、血圧異常、内臓肥満……など。
こうした根っこが一つならまだしも、複数持ち合わせている場合は、病気のリスクが高くなります。メタボリック症候群は、まさにこうした複数の危険因子を抱えている状態を指すわけです。
実際、メタボリック症候群の人では、 動脈硬化の危険因子である「肥満」、「高血圧」、「高血糖」、「高中性脂肪(トリグリセリド)血症」、または「高コレステロール血症」が重複して発症していることがあり、心筋梗塞や脳梗塞になりやすいのです。危険度が高まるとさまざまな生活習慣病が同時に発症し、場合によっては死につながることも。
肥満に関しては、上半身肥満のうち内臓脂肪型肥満が、メタボリック症候群になりやすいとされています。肥満には大きく分けて、二つのタイプがあります。女性に多い洋ナシ型と、男性に多いタル型で、洋ナシ型ではおしりや下腹部など皮下に脂肪がつきますが、タル型では内臓回りに脂肪が蓄積されます。
WHO(世界保健機構)によれば、このメタボリック・シンドロームにかかっている人は、現在、世界的に増え続けているといいます。米国では、実に成人の4人に1人が該当するほど。
食事が欧米化している日本人も、決して無縁ではありません。厚生労働省の調査によれば、メタボリック症候群の疑いが強い人は、予備軍を含めると中高年男性の約半数に達します。
■日本と海外での診断基準■
自分の状態を知るには、体重やおなかの回りをチェックするとよいでしょう。
日本でのメタボリック症候群(メタボリック・シンドローム)の診断基準(2005年4月8日に策定)を下記に示します。
下記4項目のうち、 1)肥満が必須条件で、さらに以下の3項目のうち、2項目以上が該当すると、メタボリック症候群と診断されます。
1)肥満:ウエスト(おへその高さでの腹囲)が男性で85cm以上、女性で90cm以上
2)高脂血症:中性脂肪150mg/dl以上 、または HDL(高比重リボタンパク:high density lipoprotein)コレステロール40mg/dl未満
3)高血圧:最大血圧(収縮期血圧)で130mmHg以上、または最小血圧(拡張期血圧)で85mmHg以上、いずれか、または両方。
4)糖尿病:空腹時血糖値が110mg/dl以上
海外でのメタボリック症候群の診断基準としては、米国高脂血症治療ガイドライン(2001年)と、WHOによる診断基準の2種類があります。
米国高脂血症治療ガイドラインでは、下記5項目のうち3項目が該当すると、メタボリック症候群と診断されます。
1)ウエスト(腹囲)が男性で102cm以上、女性で88cm以上
2)中性脂肪が150mg/dl以上
3)HDLコレステロールが男性で40mg/dl未満、女性で50mg/dl未満
4)血圧が最大血圧で130mmHg以上、または最小血圧で85mmHg以上
5)空腹時血糖値が110mg/dl以上
WHOによる診断基準は、下記のようになります。
高インスリン血症、または空腹時血糖値110mg/dl以上に加え、以下のうちの2つ以上を持つものです。
1)内臓肥満:ウエスト/ヒップ比>0.9(男性)、>0.85 (女性)、またはBMI(体格指数:body mass index)30以上、または腹囲94cm以上
2)脂質代謝異常:中性脂肪150mg/dl以上、またはHDLコレステロール35mg/dl未満(男性)、39mg/dl未満(女性)
3)高血圧:140/90mmHg以上か、降圧剤内服中
4)マイクロアルブミン尿症:尿中アルブミン排泄率20μg/min以上か、尿中アルブミン/クレアチニン比30mg/g.Cr以上
それでは、メタボリック症候群はどうして起こるのでしょうか。はっきりとはわかっていませんが、大きな要因は主に体質と生活習慣の二つです。
体質については不明な点が多いのですが、今のところ有力視されている説では、すい臓から分泌されるホルモンであるインスリンの抵抗性や、脂肪細胞の機能異常が関わっている、と見なしています。
まず、私たちが肥満になると、脂肪組織や筋組織における糖の取り込み能力が低下してしまうため、糖を代謝する時に必要なインスリンがうまく働かなくなります。肥満はさらに、筋肉や肝臓でのグリコーゲン合成酵素の活性も低下させます。
結果的に、血糖値が高くなり、ますますインスリンの働きが阻害されてしまいます。インスリンがうまく機能しないと、糖尿病や高血圧、高脂血症の危険が高まります。動脈硬化が促進され、冠動脈疾患にかかる可能性も出てきます。
歴史的に見れば、肥満が問題にされているのは、ごく最近のことにすぎません。人類は太古の昔から、ずっと飢餓の歴史に耐えてきました。お陰で、エネルギーが枯渇した場合の身体システムは発達しましたが、近代の飽食に直面して以降、エネルギーがあふれた状態を解消する仕組みができていないために、新たな病も派生しているのではないでしょうか。
■ライフスタイルの見直しを■
メタボリック症候群の主原因は、高カロリー食・高脂肪食のとりすぎと、運動不足という生活習慣に尽きます。
メタボリック症候群にかかっている人や、疑いが強い人は、三食とも規則正しく、いつもと同じ時間に、摂取カロリーを抑制した食事をとりましょう。外食やファーストフードは、ほどほどに。
体重減少のために、日ごろから掃除、庭仕事、洗車、子供と遊ぶ、犬の散歩などで、こまめに体を動かすように心掛け、中等度の運動を毎日30分以上、最低でも10分以上行いましょう。ウエストの減少、肥満防止には、出勤前のジョギングもお勧め。中性脂肪、血圧、血糖値を減らし、禁煙するよう努力しましょう。
厚生労働省の「健康日本21」によると、健康維持に最適な運動消費カロリーは1週間で2000kcal、 1日あたり約300kcalとされております。1日300kcalを消費するために、1日で1万歩を歩きましょう。同じく厚労省の調査によると、メタボリック症候群の予防に効果があるとされる運動習慣がある人は、約3割にとどまっています。
内臓脂肪型肥満の別名は「タル型肥満」であり、「りんご型肥満」ともいいます。腹部がふくらんでいるのが特徴で、特に男性に多いとされていますが、肥満の予防が健康維持に大切なのは、女性にとっても同じこと。
「昔に比べて、おなか回りに脂肪がついてきた」、「年々ウエストがきつくなっている」といった場合は、無理なく体重を落とすことから始めたいものです。
メタボリック・シンドローム予防の10か条
●適正体重を維持する
●野菜や乳製品や豆類などをしっかり食べ、バランスのとれた食事を
●規則正しく食事をし、朝食を抜いたり、寝る直前に夜食を食べたりしない
●脂肪のとりすぎに気を付ける
●塩辛い味付けを避ける
●ジュースやお菓子など、糖分の多い食品を食べすぎない
●ウォーキングやジョギング、水泳など、毎日適度な運動を
●睡眠、休養は十分に
●たばこは百害あって一利なし。思い切って禁煙を
●お酒はほどほどに。週に2回は休肝日を設けて
診断のめやすは、次の5項目のうち3つを満たしている場合です(米国の診断基準による)。
□耐糖能異常(または2型糖尿病)
□高中性脂肪血症
□低HDL(善玉)コレステロール血症
□内臓肥満
□高血圧
もし該当する場合、糖尿病を発症するリスクは通常の9倍。心筋梗塞や脳卒中を発症するリスクは3倍。また、それぞれの異常度はさほど高くない、という人も含まれるので警戒が必要です。
日本の企業労働者12万人の調査では、軽症であっても「肥満」、「高血圧」、 「高血糖」、「高トリグリセリド(中性脂肪)血症」、または「高コレステロール血症」の危険因子を1つ持つ人は心臓病の発症リスクが5倍、2つ持つ人は10倍、3~4つ併せ持つ人ではなんと31倍にもなることがわかりました。
厚生労働省の調査では、高血圧患者数は3900万人、高脂血症は2200万人、糖尿病(予備軍を含む)は1620万人、肥満症は468万人といわれております。これらの患者は 、年々増加しております。
アトピー性皮膚炎
アトピー性皮膚炎は乳幼児期に始まることが多く、よくなったり、悪くなったりを繰り返しながら長期間続く皮膚炎で、症状は痒みのある湿疹が中心です。原因には体質的なものと環境的なものとが絡んでいると考えられていますが、まだ詳細はわかっていません。
乳幼児期に始まったアトピー性皮膚炎が成人期まで続くこともあり、中には成人になってから始まる人もいます。喘息、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎など他のアレルギー疾患が同時に見られることが多く、伝染性膿痂疹(とびひ)などの感染症、白内障、網膜剥離などもみられます。
このアトピー性皮膚炎は、近年、世界的にも、日本国内でも増加傾向にあります。症状や経過には個人差が大きいので、治療効果をみながら、注意深く、根気強く治療する必要があります。
1.アトピー性皮膚炎はなぜ起こるのか?
アトピー性皮膚炎は、「アトピー素因(アトピー体質)」という遺伝的に痒みを起こしやすい体質の人が、さまざまな「アレルゲン(抗原)」と「機械的刺激」に曝された時に起こる皮膚炎であると考えられていますが、その原因やメカニズムは、まだ充分にはわかっていません。悪化の原因として、ストレスなどの精神的要因もあげられています。
●体質
体質的に皮膚が痒みを起こしやすいのは、以下の2つが主な原因です。
アトピー素因
生まれつきアレルギー反応を起こしやすい体質のことをいいます。
皮膚過敏性
外部からの刺激に対する防御機能が弱い皮膚の状態です。
●原因
原因物質(アレルゲン、抗原)
アトピー性皮膚炎の原因となる物質には、ハウスダスト(家庭内のほこり)、ダニ、ス
ギ、ブタクサなどの花粉、空中に浮遊している真菌(カビの一種)、犬や猫の垢(上皮)、
さらには昆虫の糞や住宅建材の処理剤といった、生活環境中の物質が多く認められます。ま
た、特乳幼児では牛乳、卵、大豆、ソバ、小麦粉などの食物がアレルゲンとなることも
少なくありません。
【アトピー性皮膚炎患者に認められるアレルゲンの例】ダニアレルゲン | コナヒョウヒダニ、ヤケヒョウヒダニなど |
食物アレルゲン | 卵白、ミルク、小麦、大豆、米、トウモロコシ、ゴマ、ソバなど |
花粉アレルゲン | ブタクサ、ヨモギ、アキノキリンソウ、ハルガヤ、カモガヤ、ギョウギシバ、オオアワガエリ、アシなど |
真菌アレルゲン | カンジダ、ペニシリウム、クラドスポリウム、アスペルギルス、アルテリナリアなど |
動物上皮アレルゲン | ネコ、イヌなど |
●悪化因子
過敏性のある皮膚が常に刺激される状態にあると、痒みを感じます。痒くなれば、その部分をどうしても掻いてしまい、それが刺激となってますます痒くなります。掻くことによって皮膚が傷つけられると、アレルゲンが皮膚から入ってきやすくなるため、アレルギーの面からも悪化の要因となり、さらに湿疹が悪化するという悪循環に陥ってしまいます。
刺激のもとは、髪の毛や毛糸のセーターなどの他に、直接皮膚につく刺激物質としてシャンプーや石鹸、香水などの化粧品類、汗、よだれや食べこぼしなどがあげられます。
また、直接的な刺激以外にも、精神的なストレスや生活リズムの乱れ、食習慣の極端な偏りなども、悪化の原因となることがあります。
2.症状の現れ方
典型的なアトピー性皮膚炎では、痒みのある湿疹が、おでこ、目・耳・口のまわり、唇、首、手足の関節の内側、胴体などに左右対称にみられます。症状が出現するのは、早い例では生後2~6ヶ月ですが、1歳、4~5歳、学童期、思春期になって始まることもあり、最近は成人になってから症状がでてくる人もいます。1歳未満で発症して、成人期まで続くこともあります。成人期のアトピー性皮膚炎は、特に成人型アトピー性皮膚炎とよばれます
3.アトピー性皮膚炎と喘息、鼻炎との関係
アトピー性皮膚炎、気管支喘息、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎などの病気(アトピー性疾患)に共通しているのは、アトピー素因(体質)です。これらの病気ではアレルギー反応(アトピーアレルギー)が起こる場所がちがうだけ、ということもできます。そのため、これらの病気を合併することが少なくなく、年齢が高くなるほど合併率が高くなる傾向があります。年を経るにつれて1つ1つ新しいアトピー性疾患が加わり、これらが出たり消えたりしながら進行していくという考え方もあります。ただし、すべてのアトピー性疾患が同時に悪化することは、普通はありません。
●アトピー性皮膚炎の検査アレルギーを起こしている原因(アレルゲン)を知るためにRAST、スクラッチテスト、パッチテスト、除去・負荷試験などが行われます。RASTでは、特異的IgE抗体の量を知ることができます。また、炎症の程度を知るための一般血液検査も行われます。
●治療アトピー性皮膚炎の治療は、スキンケア、アレルギー反応の抑制、および、炎症の抑制の3点に分けられます。湿疹の症状をまず改善し、症状が治まったら皮膚炎を予防する治療を行います。皮膚炎の症状や程度は一人一人異なるため、使われる方法も手順もさまざまです。きちんと医師の診察を受け、気長に治療、予防することが大切です。
現在はさまざまな治療法が考えられていますが、以下に、おもに薬剤を使った治療法を紹介します。
1.外用療法
外用療法は、アトピー性皮膚炎に対する治療の中心です。皮膚の炎症にはステロイド外用薬や非ステロイド消炎薬も使われます。ドライスキンを改善するものとしては尿素軟膏、白色ワセリン、亜鉛華軟膏などの保湿性外用剤があり、入浴剤などのスキンケア用品もあります。
ステロイド外用剤は、作用の強さによって分類されており、湿疹のひどさや状態、湿疹がある場所や年齢によって使い分けます。また、剤型として軟膏、クリーム、ローション、ゲルなどがあり、使い心地や目的に合わせて選ぶことができます。ステロイド外用剤は、医師の指示以上に用いると副作用が出ることがあるので、医師の指示をきちんと守ることが大切です。
2.内服療法
アトピー性皮膚炎に使用される内服薬としては、抗ヒスタミン薬や抗アレルギー薬があります。抗ヒスタミン薬は痒みを起こす物質であるヒスタミンの遊離を抑え、抗アレルギー薬は、アレルギーを抑えます。比較すると、抗ヒスタミン薬のほうが早く効き目が現れます。
●悪化を防ぐためには悪化する原因がはっきりしている場合は、その原因をできるだけ避けるようにします。
1.室内
床は、ダニを増やさず、除去しやすいように板張りが理想です。畳の上に絨毯を敷くのは、ダニにとって最も都合のよい環境を提供することになります。部屋によく風を通し、こまめに掃除することが大切です。
スギなどの花粉がアレルゲンになっている場合は、外出先から花粉を持ち帰らないようコートをよく叩いてから部屋に入るようにしたり、風の強い日は窓をあけないようにします。
2.寝具
皮膚への刺激を少なくするため、毛羽立ちのない、柔らかい素材のシーツやカバーを使います。毛布にもカバーをします。羽毛の布団や、ソバ殻の枕が原因の場合は、それらを使わないようにします。また、ダニ防止のための手入れをします。頻回に布団、枕を日光にあて、ほこりを掃除機で吸い取ります。
3.衣類
直接肌に当たる衣類は、吸水性と通気性のよい素材が一番です。毛羽立ちのない柔らかいものを使います。衣類が汚れていたり、洗剤が残っていても湿疹の原因になることがあります。新品で防虫加工などがされている場合も、それが原因になることもありますので、洗濯してから使います。
洗濯は、洗剤が残らないよう、すすぎを1回多くします。洗濯糊や柔軟剤は使わないようにします。
4.入浴
アトピー性皮膚炎では、汗、汚れなど皮膚への刺激物を除くことが大切です。石鹸や入浴剤は、自分に合ったものを選びます。石鹸を使う時は、まずよく泡立てて、その泡で皮膚を洗うようにします。ゴシゴシ擦ると、湿疹は却って悪化します。あがった後まで石鹸分が残らないよう、充分にお湯をかけて洗い流すようにします。入浴剤は、保湿効果のあるものもありますが、むやみには使わず、お湯の温度はぬるめにします。入浴後は、タオルをそっとあてて水分を吸い取ったあと、スキンケアをしておきましょう。
5.ストレス
精神的な要因で、アトピー性皮膚炎が悪化することがあります。可能であれば、ストレスをできるだけ避けるようにしましょう。
6.食事療法
アトピー性皮膚炎に食物アレルギーが関与している場合は、原因の食物を食べないという食事制限が有効なことがあります。しかし、成長途上の子どもに過度の食事制限を行うと成長障害を起こすこともあり、医師の監督下において慎重に行う必要があります。
アトピー性皮膚炎について解説しました。みなさまの健康を守るために少しでもお役に立てれば幸いです。わからない点や心配な点などがある場合は、お近くのかかりつけ医などの医療機関にご相談ください。
アナフィラキシーショック
●生命にかかわる重大なアレルギー反応
アナフィラキシーとは「急激なアレルギー反応」のことで、アレルギーの原因となる物質であるアレルゲンが体内に侵入してから数十分程度の短時間で、過剰なアレルギー反応を引き起こします。
このうち、アレルゲンが侵入してから数分~30分程度で起きる「即時型アレルギー反応」で、生命の危険を伴うような重大なショック症状を、アナフィラキシーショックと呼びます。
一度ハチに刺され、ハチの毒に対する抗体が体に作られた人が、再度ハチに刺された場合などに起こります。ハチ毒のほか、ハムスターなどの動物、ダニなどに由来するハウスダスト、スギやヒノキなどの花粉、抗生物質やサルファ剤などの薬物、牛乳や卵白などの食物なども原因となります。
軽度のケースの症状は、全身のじんましんや腹痛、発熱。重度のケースでは動悸(どうき)、息切れ、めまい、血圧低下、じんましんなどが挙げられ、そのまま放置すると、全身に循環不全を起こして、呼吸困難、意識不明といった危険な状態に陥ります。発症の際には、救急車で病院へ向かうなど、速やかな処置が必要とされます。
アレルギー性結膜炎
■付着した異物に対するアレルギー反応で、結膜に起こる炎症
アレルギー性結膜炎とは、外から入ってくる異物に対して過剰に反応するアレルギーによって、結膜に炎症の起こる疾患。アレルギー反応を起こしやすいアトピー体質の人は、起こりやすくなります。
結膜とは、上下のまぶたの裏側と白目の表面を覆っている半透明の薄い膜で、皮膚に似た構造をしています。細かい血管が豊富に存在し、リンパ組織という免疫反応を起こす組織もあるため、外から異物が付着すると炎症反応が起こります。その結果、充血やかゆみ、流涙などの症状が出現します。
目のアレルギーを起こす原因物質としては、花粉、ハウスダストといわれるダニやかび、動物の毛やふけなどが代表的。
このアレルギー性結膜炎には、季節性アレルギー性結膜炎(花粉症)、通年性アレルギー性結膜炎(ハウスダストによるアレルギー性結膜炎)、春季カタルのほか、目薬などの薬品や化粧品、コンタクトレンズに関連するものがあります。
季節性アレルギー性結膜炎(花粉症)は、花粉が主な原因となって特定の季節にのみ起こり、その季節が過ぎれば自然に治ります。花粉症を起こす植物としては、春先に多いスギ、ヒノキ、5〜6月に多いカモガヤ、ハルガヤ、秋に多いブタクサ、ヨモギなどが知られています。
花粉そのものが毒性を持っているわけではありませんが、花粉が体に入ってくると、好酸球という細胞が過剰に反応して、ヒスタミンなどの化学伝達物質をたくさん作ってしまうことが原因です。
症状としては、かゆみが強く、結膜充血、浮腫(ふしゅ)、異物感、目やに、まぶたのはれなどがみられます。結膜のほか、黒目の表面を覆っている角膜にも軽い傷ができることもあります。角膜病変があれば、視力低下が起こります。目以外に、くしゃみ、鼻水を伴うこともあります。
通年性アレルギー性結膜炎(ハウスダストによるアレルギー性結膜炎)は、年間を通して慢性的にみられる結膜炎で、室内のほこり、ダニ、かび、ペットの毛など、常に身の回りにあるハウスダストが原因となって起こります。
保湿性が高く、通気性の悪い住宅環境などによって起こりやすくなります。症状は、季節性アレルギー性結膜炎(花粉症)と同様です。
春季カタルは、アレルギー性結膜炎の慢性重症型です。小学生の男子に多く見られ、特に10歳以下で湿疹(しっしん)や喘息(ぜんそく)、季節性アレルギーのある男子に多いのが特徴です。何が症状を誘発するのかまだはっきりわかっていませんが、ハウスダストないし花粉が原因となっていることが多いとされています。
目のかゆみが非常に強い上、上まぶたの裏側に多数の突起が石垣のように並ぶこともあります。角膜の表面に多くの小さな傷ができることもあり、異物感が強く、光をまぶしく感じます。炎症が強い時は、角膜に白い濁りができることがあります。ひどくなると、白く濁った部分がはがれ落ちて、角膜潰瘍(かいよう)という状態になります。
春季カタルは症状が悪くなったり、軽くなったりしながら、毎年繰り返すことが多いものの、普通は青年期までに自然に治ります。アトピー性皮膚炎を合併した場合は、20歳代でも強い症状がみられることもあります。
コンタクトレンズによるアレルギー性結膜炎は、近年、発症者が急増しているもので、巨大乳頭結膜炎とも呼ばれています。目がかゆく、目やにが増え、進行すると上まぶたの裏側に、乳頭と呼ばれるぶつぶつができます。汚れたコンタクトレンズを装用することで引き起こされ、特にソフトレンズはハードレンズに比べて汚れが付着しやすいため、巨大乳頭結膜炎を生じる頻度が高くなります。ほかのアレルギー性結膜炎にかかっている人がコンタクトレンズを装用すると、コンタクトレンズの刺激によって症状がひどくなります。
■アレルギー性結膜炎の検査と診断と治療
アレルギー性結膜炎を確実に判断するためには、眼科専門医の診察、治療を受ける必要があります。
医師は通常、充血やかゆみなどの症状や結膜の状態から、容易に診断することができます。目やにや、結膜をこすり取ったサンプルを顕微鏡で調べ、好酸球という細胞が見付かれば、確実にアレルギー性結膜炎と診断できます。アレルギーを起こしている原因物質を調べる方法には、針先などで腕の皮膚に小さな傷を付けて、そこにアレルギーの原因と思われる物質の入った液体を落とし、赤くなるかどうかを見るスクラッチテストや、血液検査などがあります。
治療では、まず目薬を使います。目薬にはいろいろな種類がありますが、主として抗アレルギー剤の目薬を使用し、一般に1回1~2滴を1日3~4回点眼します。
季節性アレルギー性結膜炎(花粉症)の場合、あらかじめ季節が判明している時には、花粉が飛散する2週間前くらいから点眼し始めると、かゆみなどの症状の出現を予防したり、軽くしたりすることができます。
症状が重い場合には、ステロイド剤の目薬を使う場合もあります。この目薬は、症状を抑える効果が強い一方、眼圧を上昇させるなどの副作用が出やすいので、眼科に通院しながら注意深く使う必要があります。
目薬だけで症状が治まらない場合には、抗アレルギー剤を内服することもあります。春季カタルなどの重症例では、少量のステロイド剤を内服したり、結膜へのステロイド剤の注射などを併用したりすることもあります。
以上の治療法は、症状を抑える対症療法といわれる方法です。これに対し、アレルギーのそのものを改善する方法として、減感作療法という治療法があります。アレルギーの原因が検査で明らかである場合に、その原因物質を低い濃度から徐々に高い濃度へ半年ぐらいかけて注射することにより、アレルギー反応を起こさないようにするものです。
コンタクトレンズ関連のアレルギー性結膜炎の場合は、いったんコンタクトレンズの装用を中止して前記の治療を行い、治ってから装用を再開します。レンズの種類としては、ハードコンタクトレンズか使い捨てのソフトコンタクトレンズがよいでしょう。ソフトコンタクトレンズを装用する場合は、コンタクトレンズの装用時間の短縮、つけおき洗浄からクリーナーによるこすり洗いへの変更、煮沸消毒からコールド消毒への変更、連続装用の中止など、毎日の適切なレンズケアにより対処します。同時に、医師による定期検査が勧められます。
アレルギー性結膜炎の予防方法としては、花粉症の場合、症状の出現しやすい季節にできるだけ花粉と接しないように工夫することが重要です。ゴーグル型の眼鏡や花粉防止用のマスクの着用が最も効果的。花粉が飛びやすい日には、外出や洗濯物などを外に干すことを避けたり、外出から帰宅した時には服についた花粉を十分に落とすようにします。
目を洗うことは、目を傷付けてしまうこともあるためあまり勧められません。洗顔して目の回りを洗うことはよいでしょう。
ハウスダストの場合、部屋の清潔と通気を心掛けたり、寝具をこまめに干したりするのが効果的です。空気洗浄器を置いたり、エアコンのフィルターをよく洗うのもよいでしょう。また、犬、猫、小鳥などを屋内で飼うことは避けたほうがよいでしょう。
混合性結合組織病(MCTD)
■2つ以上の膠原病の症状が混合して現れる疾患
混合性結合組織病(Mixed Connective Tissue Disease: MCTD)とは、全身性エリテマトーデス、皮膚筋炎・多発性筋炎、強皮症などの膠原(こうげん)病の症状が少しずつ混在した疾患。関節リウマチの関節症状が現れることもあります。
性別では圧倒的に女性に多い疾患で、30〜40歳代の女性に多くみられます。1972年に米国のシャープらによって提唱された疾患概念で、日本では1993年から厚生労働省が特定疾患に指定していることもあり、MCTD診断名は広く用いられています。
他の膠原病と同様に混合性結合組織病の原因は不明ですが、自分の体の細胞核成分を攻撃する抗核抗体(自己抗体)の一つである、抗U1—RNP抗体の産生が関係していると考えられています。この抗核抗体の産生には、多くの遺伝的要因とウイルス感染などの環境因子が関与していると推定されています。
初発症状として、寒冷時や精神的に緊張した時に手指の皮膚が白色や青紫色になるレイノー現象、手指のはれ、手指の皮膚硬化、顔面紅斑(こうはん)、関節痛、筋力低下、筋肉痛、リンパ節のはれなど、さまざまな膠原病の症状がみられます。食道運動低下による嚥下(えんげ)困難、胸焼け、肺線維症(間質性肺炎)による空ぜき、息切れを認めることもあります。
そのほか、肺の血管の抵抗が強くなって心臓に負担がかかる肺高血圧症、顔の一部がピリピリする知覚障害がみられる三叉(さんさ)神経痛、胸や心臓に水がたまる胸膜炎、甲状腺(せん)のはれ、シェーグレン症候群を伴うこともあります。
■混合性結合組織病の検査と診断と治療
混合性結合組織病の診断に必須なのは、血液検査を行って、抗核抗体の一つである抗U1—RNP抗体を調べることです。皮膚筋炎・多発性筋炎の合併例では、クレアチンキナーゼなどの筋由来の酵素の増加を認めるほか、筋電図が異常を示します。胸部X線検査では、約30パーセントの頻度で肺線維症を認めます。
原因が不明で、原因に基づく治療を行うことができない混合性結合組織病では、症状や重症度に応じて、副腎(ふくじん)皮質ホルモン(ステロイド剤)を中心とする薬物療法が基本となります。また、関節痛に対しては非ステロイド性消炎鎮痛剤が用いられます。レイノー現象に対しては、寒冷やストレスを避けるようにし、血管を広げて血行を促す血管拡張剤が用いられます。
予後は良好な疾患ですが、治療が難しい肺高血圧症の頻度がやや高く、死因の第1位となっているので注意を要します。肺高血圧に対しては、副腎皮質ホルモン、免疫抑制剤、血管拡張剤、抗凝固剤などが用いて、症状の進行を遅らせます。
シックハウス症候群
■新築住居などの室内空気の汚染で起こる疾患
シックハウス症候群とは、新築や改築直後の室内の空気汚染によって引き起こされる疾患。
建材や建材関連品には、大量の揮発性化学物質が使われています。それらは、建材の防腐剤や接着剤、塗料の成分として、さらにはシロアリなど昆虫の防虫剤として、家のあらゆるところに使用されています。新築や改築直後の家の中に入ると、ツーンと鼻をつく匂いがしますが、これらの多くは放散しているホルムアルデヒドやトルエン、エチルベンゼン、クロルピリホス(防蟻〔ぎ〕剤)などの揮発性化学物質の臭気であり、微量でも極めて有害な成分が含まれる場合があります。
新築や改築直後から遅くても数カ月以内に、家の中に入ると目がしみる、涙が出てくる、鼻水が出る、鼻が詰まる、のどが痛い、動悸(どうき)がする、頭が重い、めまいがするなど、多彩な症状が出現するようになります。また、不眠や慢性的な疲労感、倦怠(けんたい)感として、症状が始まる場合もまれではありません。
症状には個人差が大きく、同じ家で起居していても、非常に強く症状の出る人から、まったく症状の出ない人もいることから、いわゆる引越し疲れと思い込んで生活している場合もあり、初期の対応が遅れるケースがほとんどです。さらに、もともとアレルギー疾患を有する子供では、アトピー性皮膚炎や小児気管支喘息(ぜんそく)の悪化という形で出現する場合もあり、注意が必要です。
シックハウス症候群の予防には、シックハウス対策に十分な知識と経験のある施工業者を選定し、事前に十分な打ち合わせをすること、新築中、改築中も施工業者任せにしないで、自ら足を運んで作業工程を確認、把握することが必要です。近年では、揮発性有機化合物(VOC)放散量の低い建材や接着剤、塗料が開発、発売されています。不幸にもシックハウスと思われる症状が出現したら、まず施工業者か、最寄りの保健所に相談し、室内空気の質を評価してもらうことが肝要です。保健所の場合は簡易測定にはなりますが、無料で行ってもらえます。
室内から原因物質を減らすためには、十分な換気が必要。建物の高気密化がシックハウス症候群の一因ともなっており、換気設備が設置されている場合には運転しておくことが望まれます。一方、カビや微生物による空気汚染が広い意味でのシックハウス症候群の原因となることも考えられるため、これらの発生防止や除去なども必要です。日常生活で使われる殺虫剤や香料などが原因となる場合もあり、注意が必要です。
なお、海外ではシックビルディング症候群と呼ばれますが、日本では住居以外のオフィスビルや病院などの建築物で起きるものを特にシックビル症候群と呼んでいます。また、新品の自動車でも同様の症状が報告されており、シックカー症候群と呼んでいます。
■シックハウス症候群の検査と診断と治療
医師による診断のポイントは、第1に自覚症状が出現した経過です。原因となった住居への入居前後での体調の変化を詳細に問診します。つまり、自覚症状の発症経過と居住環境の変化が1つの線で結び付けられるかどうかが、重要となります。初診時に症状が出現する場所の空気測定結果を持参することは、大きな診断の助けとなります。
シックハウス症候群の大半のケースでは、何らかの中枢神経系あるいは自律神経系の機能障害が認められるため、診断のための検査では神経眼科検査が有用。神経眼科検査では、目の動きが滑らかかどうかを評価する眼球電位図(EOG)、目の感度を評価する視覚コントラスト感度検査(視覚空間周波数特性検査)、光に対する瞳(ひとみ)の反応を評価する電子瞳孔(どうこう)計による瞳孔検査などがあり、シックハウス症候群では、異常値を示すケースが多いことがわかっています。
例えば、目の動きを調べる眼球電位図(EOG)検査では、程度に差はあるもののシックハウス症候群発症者の85パーセント以上に滑動性追従運動異常が認められます。また、開眼時、閉眼時重心動揺検査でも、高い頻度で異常値を認めます。ただ、これらの検査は、シックハウス症候群発症者にみられる一般的特徴を調べるもので、確定診断法としてのツールにはなりません。
確定診断法として唯一の方法は、ブーステストあるいはチャレンジテストと呼ばれ、実際に揮発性化学物質を発症者に曝露(ばくろ)し、何らかの症状が誘発されるかどうかを結果の再現性も含めて確認する検査方法しかありません。しかし、この検査を行うためには、化学物質を低減化したクリーンルームが設備として必要で、今のところこの設備を有する特殊専門病院は国内でも数カ所程度しかなく、現在の医療水準では確定診断は難しいといわざるを得ない状況です。
シックハウス症候群の治療は、身体状況の改善という医学的アプローチと、原因となった居住環境の改善という建築工学的アプローチの二本立てで行います。
身体状況の改善としては、ゆっくり歩いて30分などの軽い運動療法、少しぬるいと感じる39度前後の半身浴、60度前後の低温サウナなどの温熱療法が自覚症状の改善に有効で、居住環境が整えば数カ月~6カ月程度で、多くの症状は軽快します。また、解毒剤、水溶性ビタミン剤も身体状況の改善に有効であり、タチオン、タウリン散、ノイロビタン、アスコルビン酸末などの服薬治療も併せて行うことが一般的です。
発症者によっては、シックハウス症候群を契機に、通常では気にならないほんのわずかな芳香剤、たばこ、香水などのにおいが気になったり、極めて微量の化学物質にさらされるだけでも多彩な症状が出現するようになったりするケースもまれにみられます。このようなケースでは、多くの場合、社会生活が制限されるため、心療内科医によるケアを併せて行う必要があります。
居住環境の改善としては、自覚症状の原因が室内空気汚染ですから、空気汚染の原因はどこにあるのか、何をどのように改善すればよいのか、汚染された建材や建材関連品の交換、新しい家具などの吟味、十分な換気量の確保を含めて、施工業者と十分に相談して善後策を立てることです。
ラテックスアレルギー
ラテックスアレルギーとは、天然ゴム製品に含まれる水溶性蛋白(たんぱく)質がアレルゲンとなって、すぐに起こる即時型アレルギー反応です。ゴム手袋、輪ゴム、ゴム風船、粘着テープ、コンドームなどに皮膚が触れると、むくみやじんましんが出現します。
重症例では、ラテックスの付着したパウダーを吸い込んだだけで、喘息(ぜんそく)発作やアレルギー性鼻炎、結膜炎などを起こしたりします。ひどい場合は、血圧低下が起こり、ショック状態に陥ることも。
症状が軽い場合、抗ヒスタミン薬の内服で治まりますが、症状が重い場合、それぞれの症状に合わせた対処療法が必要となります。
ラテックスアレルギーと診断された人は、原因物質となる天然ゴム製品を使わないようにすることで予防できます。 しかし、医療従事者や、ゴム製品をよく用いている人、何らかのアレルギーがある人など、ふだんアレルギーとまったく無縁だった人たちにも起こり得ます。
ラテックスアレルギーを発症する素因を持っているのは、食物アレルギーのある人、中でもバナナ、アボカド、キウイフルーツ、クリなど、蛋白質がゴムの木のと似ている食物にアレルギーのある人で、注意が必要とされます。
リウマチ
●慢性関節リウマチとは?
【リウマチとは違うのか?】
あなたは、「リウマチ」という言葉をよく耳にしませんか? 手足の関節が腫れあがり、「リウマチで辛くて…」と訴えている人が身近におられるのではないでしょうか?
本来、リウマチという言葉はギリシャ語で「流れ」を意味し、この病気が「悪い液が脳から流れて、関節や体の各部分に痛みや腫れを起こす」と考えられていたためです。
一般的にリウマチという時は、「慢性関節リウマチ」を指します。全身の関節の痛みや腫れを伴う病気を「リウマチ性疾患」といい、全身性エリテマトーデスや全身性進行性硬化症や皮膚筋炎などの膠原病や、脊椎関節症、骨関節症などが挙げられます。その中で、リウマチ性疾患の代表的な病気が「慢性関節リウマチ」です。
【慢性関節リウマチとは?】
慢性関節リウマチとは、手足を始めとする全身の関節に激しい痛みや腫れを起こす病気です。医学の発展した現在でも原因は不明のため、完治することは難しく、進行すると関節が変形して日常生活にも支障をきたすことがあります。
さらに、心臓や消化器などで血管炎を起こしたり、心筋梗塞や重い肺炎を引き起こすような「悪性関節リウマチ」へ進展することもあります。悪性関節リウマチは厚生労働省の「特定疾患治療研究事業対象疾患」、いわゆる原因が不明で治療法が確立されていない難病に指定されており、医療費の自己負担分について公的な補助を受けることができます。
●慢性関節リウマチに関するデータ
慢性関節リウマチの患者さんは、毎年約1万5000人が発症し現在の日本で約70万人、人口の約0.6%に当たると推定されています。
男女比は、女性が男性の4倍以上。女性に多い病気なのです。
発病する年齢の傾向は30~50歳の働き盛りの年代であるため、症状が重い場合は日常生活に支障をきたすなど、患者さんにとって精神的にも、経済的にも大きな負担となっています。
●慢性関節リウマチの原因
前述したように、慢性関節リウマチの原因は現在も解明されていませんが、本来は自分の体を守るべき「免疫」機能に異常が起こり、誤って自分の体を攻撃してしまうことから起こると考えられています。
免疫機能に異常を起こす要因としては、慢性関節リウマチになりやすい体質(遺伝的な素因)であることや、ウイルスや細菌の感染の関与が考えられています。
●どんな症状が現われるのか?
【関節に起こる症状】
慢性関節リウマチは、滑膜に炎症が起こり慢性化していく病気ですが、まず初めに手足の指や手首に痛みと腫れが起こることが典型的な症状といわれています。慢性化して進行すると、四肢の大きな関節が腫れてくるようになります。
関節の痛みや腫れは、初めに1、2個所の関節が同時に腫れ、左右の同じ場所が腫れることも特徴的です。
腫れている部分は、滑膜の炎症が起こっているために関節液の分泌が増え、水が溜まったような状態になります。その部分は柔らかく、強く圧迫すると痛みがあります。タオルを絞ったりしても痛く、時には何の動作もしていないのに激しい痛みを感じることもあります。
また、体を動かし始める際にこわばりが強く、動かしにくく感じられます。特に朝起きた際によくみられるので「朝のこわばり」と呼ばれています。曲げ伸ばしをしているとこわばりは解消されますが、炎症が重い時には、こわばりが一日中続くこともあります。
関節の痛みや腫れは放置しておくと次第に炎症が重くなり、関節軟骨の破壊から骨の破壊まで進み、関節の脱臼などによって関節の変形が始まります。そうなると、痛みが激しく曲げ伸ばしも不自由になるため、筋肉を縮めたり延ばしたりする働きも衰えて、よりいっそう関節が動かなくなって変形の度合いが強くなります。
関節の変形には慢性関節リウマチ特有のものが、いくつかあります。ものは、
「尺側偏位(しゃくそくへんい)」・・・手指の付け根から小指側に曲がる変形。
「スワンネック変形」・・・白鳥の首のように曲がる変形。
「ヒッチハイカー変形」・・・親指がヒッチハイクするときに合図する指の形に曲がる変形。など。
足の関節でも同様の変形が起こります。歩く時に体重を支えクッションの役目をしている土踏まずのアーチがつぶれたり、歩行困難になる重大な変形もみられます。
【関節以外に起こる症状】
慢性関節リウマチは関節で起こるだけでなく、全身的な症状が現われる場合もあります。脱力感、疲れやすさ、体重減少、貧血などが代表的です。
また、「リウマチ結節」といって皮膚の下にすぐ骨があるような肘関節の外側や後頭部などに“こぶ状”の固まりができることもあります。
重症の場合には、血管の壁に炎症が起こる「血管炎」によって皮膚潰瘍、神経炎などがみられます。
●慢性関節リウマチの検査と診断
【検 査】
慢性関節リウマチの検査のおもなものには、「リウマトイド因子(RF)」「血沈」「CRP」「MRI」があります。
○リウマトイド因子(RF)
リウマトイド因子は、体の防御反応としてつくられた免疫グロブリンに対する自己抗体で、血清中のリウマトイド因子の有無を調べます。慢性関節リウマチ患者で陽性を示すのは約80%陽性ですが、肝硬変でも約50%が陽性を示すといわれており、かならずしも陽性だからといって慢性関節リウマチとはいえないので注意が必要とされています。
○血沈
赤血球の沈降速度を測ることで、炎症の強さを調べます。通常は1時間に10mm以下ですが、慢性関節リウマチの場合40~100mmの異常値を示します。
○CRP(C-反応性タンパク)
血清中にタンパク質の一種が増えているかを測定することで、炎症の度合いを調べます。陽性で増えている場合は慢性関節リウマチが疑われます。
○MRI(核磁気共鳴撮像法)
初期の関節の異常を発見するにはMRIによる画像診断が有効です。
【診 断】
慢性関節リウマチの診断基準として、アメリカリウマチ協会(ARA)(現 アメリカリウマチ学会(ACR))の「ACR改訂診断基準」が用いられています。
(1)1時間以上続く朝のこわばり(主に手指)
(2)3個所以上の関節の腫れ
(3)手の関節(手関節、中手指節関節、近位指節関節)の腫れ
(4)対称性の関節(左右同じ関節)の腫れ
(5)手のエックス線写真の異常所見
(6)皮下結節
(7)血液検査でリウマチ反応が陽性
上記の(1)から(7)のうち、4項目以上を満たせば、慢性関節リウマチと診断される。
ただし、(1)から(4)までは、6週間以上持続することが必要。
この診断基準や検査の結果、問診、全身症状の観察などから慢性関節リウマチを診断します。
また、進行度を表す基準については、アメリカのスタインブロッカーによる「進行度の病気分類」と「日常動作における機能分類」があります。
●慢性関節リウマチの治療
原因がまだ解明されていない慢性関節リウマチは、完治させるための治療は難しく、現在は症状を軽減したり、進行を防ぐことに重点が置かれています。とくに関節の痛みや腫れを放置することは、関節の変形を引き起こすことにもなるので、早期にしっかりと治療することが大切です。
【病気を理解し、前向きに治療に取り組む】
慢性関節リウマチは原因が不明の病気ですが、恐れずに前向きに病気と付き合うことが肝心です。わずかな変化を見逃さないことが進行を防ぎ、症状の軽減にもつながります。
【安静と運動】
関節の痛みや腫れがひどい炎症の激しいときに体を動かすことは、炎症を助長させることになります。炎症が激しいときには安静が第一です。
痛みや腫れがひどくなく、炎症もおさまっているときには、運動機能訓練を行います。筋肉は使わないと筋力がどんどん低下し、日常生活を不自由なく過ごすことが難しくなることもあります。プールでの水中運動訓練をはじめ、無理のない運動で筋力を高めます。
【薬物療法】
病気への理解、安静と運動と同時に、関節の痛みや炎症を抑えるために「非ステロイド性抗炎症薬」や「副腎皮質ステロイド剤」などを用います。その他、「抗リウマチ薬」で炎症を抑えます。また、抗リウマチ薬が効かない場合は、「免疫抑制薬」を用いる場合があります。
【外科的手術療法】
滑膜の炎症が激しい場合には滑膜切除術が行われ、関節の骨が破壊されてしまった場合には人工関節置換術などが行われます。
【理学療法】
関節の痛みを和らげ、筋肉の緊張をとるための「温熱療法」、関節の動かせる範囲をゆっくりと十分に伸ばし、筋力を強化する「関節可動域体操」と「筋力強化」や関節の変形予防やすでに変形していても残った機能を支えるための「補助具」などがあります。
アスペルガー症候群
■言語能力は正常で、自閉症より程度の軽い発達障害
アスペルガー症候群とは、言語の習得に遅れのない自閉症近似の発達障害の一つ。広汎性発達障害の中に含まれますが、そのほかの広汎性発達障害との違いは、アスペルガー症候群には言葉の遅れがないということです。
2歳までに単語を発話し、3歳までには二語文を習得するのは自閉症と異なりますが、コミュニケーションをとったり、対人関係を築くことができないため社会生活に困難を生じてしまうのは自閉症のそれと同等です。対人関係の障害のほか、特定の分野への強いこだわりを示したり、感覚的あるいは生理的異常を示したり、運動機能の軽度な障害も見られたりします。
具体的な治療的対応は高機能自閉症(知的障害がない、あるいはほとんどない自閉症)と同様で、予後もほぼ同様であるとして、高機能自閉症と同じものとして扱われることもあります。しかし、多くの公的な文書においては、アスペルガー症候群と高機能自閉症とは同じ高機能広汎性発達障害の中に含まれますが、区分して取り扱われています。自閉症の延長線上にあっても、知的な遅れのないものが高機能自閉症で、さらに言葉の発達に問題を持たないものがアスペルガー症候群です。
日本では従来、アスペルガー症候群への対応が進んでいませんでした。2005年4月1日施行の発達障害者支援法により、アスペルガー症候群と高機能自閉症に対する行政の認知は高まった一方、社会的認知は依然として低い状態です。
オーストリアの小児科医、ハンス・アスペルガーが1944年、小児期より自閉的精神病質(性格異常の一種)を示す4例の症例報告を発表しました。このドイツ語で書かれた論文の存在とアスペルガーの名前を世界的にしたのが、イギリスの自閉症研究者であり臨床医であったローナ・ウイング。1981年の彼女の論文で、アスペルガー症候群の用語が始めて用いられ、1990年代になって世界中で徐々に知られるようになりました。
アスペルガー症候群の原因は、明らかになっていません。自閉症と同様に、家族的・遺伝的要因の関与を示唆する研究がありますが、結論は一般化されていません。現在、最も注目されているのが脳の先天的な機能障害説で、実験データなどもそろってきています。脳幹障害説、小脳障害説、前頭前野障害説、一時感覚と関連した機能障害説、扁桃体(へんとうたい)システム障害説など、国内外でさまざまな意見があります。
女性に比べて男性に多く発症することは確実ながら、自閉症ほどの優位性はありません。アスペルガー症候群の子供では、言語の習得に遅れを示さず、特定の分野に極端な関心と知識を持つだけなので、自閉症と比べて障害に気付かれるのが遅くなります。逆に、ユニークであるが早熟な子供と認識している親も、まれではありません。
運動機能の軽度な障害も見られて、多くが不器用。運動と生活動作の両面で差し障りを示したりします。特徴的なゆらゆら歩きや小刻みな歩き方をし、腕を不自然に振りながら歩くこともあります。手をぶらぶら振る(常同行動)など、衝動的な指、手、腕の動きが認められることもあります。
他者の気持ちを推測するのが苦手なため、コミュニケーションがうまくとれず、同年齢集団の幼稚園や保育園で友達ができにくく、成績はよいが友達がいないといった子供が多いようです。親とすらうまくコミュニケーションをとれないことも少なくありません。
また、固定化または儀式化された行動や癖を持ち、手順にこだわったり、大人びた話し方をしたり、話をする時に目を反らしたり、言葉に抑揚がなく単調で一本調子のしゃべり方をしたり、といった特徴もあります。やまびこのように、言葉やその一部を繰り返す反響言語(エコラリア)と呼ばれる症状を示す場合もあります。
視覚や聴覚、味覚などの感覚的異常、あるいは生理的異常を示すこともあります。例えば、ちょっとした日差しや雑音を嫌い、サングラスや耳栓をつけなければ外出できないような子供もいます。強い匂いに敏感だったり、頭を触られたり、髪をいじられるのを嫌う子供もいます。味覚が偏っているため、偏食になりやすい子供もいます。
想像力、応用力といった感性が欠如している反面で、規則を守ることが得意で、文字や数字、記号などに強い関心を持ち、絵を描くことなどに独特な才能を持っていることも特徴です。特によく関心の対象となるのは、鉄道・自動車などの輸送手段、コンピューター、数学、天文学、地理、恐竜、法律など。きわめて強い、偏執的ともいえる水準での集中を伴うことがあり、対象に関する大量の情報を記憶することがあります。
小学校ではほとんどの場合、通常学級で過ごすことになります。成績は科目によって大きく差があり、得意不得意がはっきりしています。学年が進むと、考え方や行動が独特で周囲から特別視される傾向にあります。同年代になじめないことから、いじめが発生したり、社会的になじめないことによるパニック、不穏、不登校といった問題が現れることもあります。
思春期を迎えると、それなりに周囲に適応するようになります。ただ、適応に失敗すると現実逃避、幻覚症状、気分障害といった二次的症状を引き起こす可能性があります。
仕事に就いた場合は、得手不得手があり、あいまいなことの判断に迷うなど、大きな問題を持ちます。自分と周囲との差から長続きせず、現実逃避してしまうことがあるといわれています。ただ、興味のある仕事を見付けることができれば、一気に才能が開花するといったこともあります。
■アスペルガー症候群の検査と診断と治療
児童精神科医、小児神経専門医を始めとした医師は、問診で症状、病歴、家族の病歴、生活習慣などの質問により診断していきます。その後、てんかんやその他の脳の病気でないことを確認するために、脳波検査、CT、MRIなどの脳の画像検査を行います。さらに、認知機能などを確認するために知能検査、人格検査などを行います。
一般的に疾患は薬や手術を行うことで治療できますが、アスペルガー症候群は治す疾患とは違います。アスペルガー症候群の原因は、現在の医学でははっきりとわかっていません。脳に何らかの障害がある、環境や遺伝に要因があるなど諸説あるものの、明らかな原因は解明されていません。
そのため、アスペルガー症候群に対する病院側の対応も、診断や療育支援にとどまり、薬を使うのはあくまでも二次的にうつ、不安障害などの症状が出た場合に限られています。うつや不安障害にはSSRI、強迫性障害にはSSRIやSNRI、幻覚・妄想には抗精神薬、気分障害には気分安定剤などが使用されます。
医師によっては、自閉症のための援助プログラムであるTEACCHや、認知行動療法などを行うことがあります。これらは基本的に、家庭生活で親と一緒に日常的に行う生活の改善や、訓練になります。
代表的なものは、生活のスケジューリング、明確に意図のある指示出し、なるべく刺激を与えない静かな環境づくり、何かに興味を持った際は応援する、長所を見付けほめる、テレビや映画を音声なしでみせて内容を予想させる訓練をする、演劇をさせ場面ごとにどのような態度をとるべきかを教える訓練をする、不適切な行動を記録し代わりとなる代替行動を教える、などです。
アルコール依存症
■飲酒の量をコントロールできない精神疾患
アルコール依存症とは、飲酒などアルコールの摂取によって得られる精神的、肉体的な薬理作用に強く捕らわれて、自らの意思で飲酒行動をコントロールできなくなり、強迫的に飲酒行為を繰り返す精神疾患。 薬物依存症の一種で、以前は慢性アルコール中毒、略してアル中とも呼ばれていました。
厚生労働省の研究班の調査では、アルコール依存症と予備軍は約440万人と推定していますが、医療機関で治療を受けている人はごく一部。
多量飲酒が長年続いた後に、発症します。多量飲酒は1日当たり日本酒3合以上が目安とされ、乱用からアルコール依存症へと進むリスクが高いと指摘されています。
アルコール依存症の人は、アルコールによって自らの心身を壊してしまうのを始め、家族に迷惑をかけたり、さまざまな事件や事故、問題を引き起こしたりして、社会的信用と人間的信用を失ったりすることもあります。
症状の特徴としては、飲酒のコントロールが効かないとともに、飲酒をやめた時に離脱症状が出ることです。離脱症状とは数日以内に起こる精神症状と身体症状で、精神症状としてはイライラ、不安、抑うつ気分、不快感または脱力感があり、身体症状としては発汗、下痢、手の震え、吐き気、起立性低血圧などがあります。飲酒すれば、離脱症状は軽減ないしは消失します。
飲酒のせいで食欲がわかずに栄養失調になったり、酔って転倒し骨折する危険性も高くなります。
症状が進行すると、いくつかの精神症状が現れます。その一つはアルコール離脱せん妄というタイプで、従来は振戦(しんせん)せん妄という診断名で呼ばれていたものです。
飲酒の減量または中止後1週間以内に、せん妄という意識状態の変化が生じ、恐ろしいものが見える幻視を伴ったり、不安になっておびえたりします。幻視は活発で、主に虫やネズミなどの小動物が見えてしまうケースが多くなります。同時に、自律神経機能の高進で頻脈や発汗が出現したり、手足が震える振戰が起こったりします。
また、飲酒中止時や大量飲酒時に、アルコール幻覚症がみられることがあります。幻覚は、被害的内容の鮮明な幻聴を主とします。複数の人がしゃべっているような幻聴が多く、1~2週間で消失します。しかし、中には数か月も続くことがあります。
アルコール妄想症がみられることもあります。嫉妬(しっと)妄想を主とするタイプで、自分の妻や恋人が浮気をしているという疑いを抱いて詰問したり、証拠調べをするような行動に出たりします。断酒によって、次第に消失します。
長期かつ大量の飲酒を続けると、サイアミン(ビタミンB1)の欠乏によって、コルサコフ病(ウェルニッケ・コルサコフ病)と呼ばれる亜急性脳炎を起こす場合があります。意識障害、記銘力や記憶力の障害、場所や時間がわからなくなる失見当識、小脳失調などの症状が出ます。記憶力の障害の結果として、記憶の不確かな部分を作話で補おうとする「コルサコフ作り話」が、よく知られています。
アルコールが原因で、ビタミンB群とニコチン酸の欠乏による栄養障害が生じて、アルコール性多発神経炎、ないしアルコール性末梢(まっしょう)神経炎と呼ばれる疾患を起こすこともあります。手足の異常感覚や痛み、感覚鈍麻や疼痛(とうつう)、手足の筋肉の脱力、転びやすい、走りにくいなどの症状が出ます。
アルコール性多発神経炎がコルサコフ病に合併すると、アルコール性多発神経炎性精神病を発症します。コルサコフ病からさらに進行して、アルコール性認知症を発症する場合もあります。
なお、アルコール依存症の大部分では、臓器障害として肝機能障害、胃腸障害、心障害、膵(すい)障害を伴います。最も多くみられるのは、アルコール性肝炎からアルコール性脂肪肝、アルコール性肝硬変と進むケースです。
アルコール性肝炎は、肝臓が炎症を起こし、肝細胞が破壊される病気。全身の倦怠(けんたい)感、上腹部の痛み、黄疸(おうだん)、腹水などの症状が出ます。アルコール性脂肪肝は、肝臓に脂肪が蓄積され、放置すると肝硬変、肝臓がんへと進む危険性を持ちますが、自覚症状はほとんどありません。アルコール性肝硬変は、肝細胞の破壊が広範に起こり、細胞が繊維化される病気。肝炎と類似した症状が出ます。
アルコール性胃炎は、胃粘膜の炎症。慢性化して、胃潰瘍(かいよう)に発展する場合もあります。症状は胃痛、胸焼け、吐血など。アルコール性膵炎は、膵臓の炎症。慢性膵炎の約半数は、アルコール性のものといわれています。症状は腹部や背中の痛み、発熱など。急性膵炎や慢性膵炎が急速に悪化すると、落命することもあります。
これらの身体症状は、アルコールにより引き起こされているものなので、酒を断つことにより回復するケースもあります。しかし、数日単位での回復は無理で、数カ月から長いものでは数年ほど回復に時間がかかることが、多くみられます。脳や体に不可逆的にダメージを受け、ある程度以上は治癒しないケースも。
アルコール依存症の人は、飲酒歴が長期に渡っているのが特徴ですが、女性の場合は短期の飲酒歴で、かつ飲酒量が比較的少量でも、急速にアルコール依存症となってしまう危険があります。
一説によると、習慣飲酒からアルコール依存症への進行の時間は、男性で約10年、女性では約6年であるともいわれています。
女性は、男性に比べて一般的に体が小さいこと、体内の水分率が男性より低いこと、女性ホルモンがアルコール代謝を阻害する要因となることなどから、同じ量のアルコールを摂取しても男性の2倍悪影響が出ると見なされています。
■根本的な治療法といえるのは断酒のみ
アルコール依存症の治療において、まず大切になるのが本人の認識です。アルコール依存症の人は全般的に、自分がアルコール依存症であることを認めたがりません。認めてしまうと、飲酒ができなくなってしまうからです。何よりもまず、本人が疾患の自覚と治療の意志を持つことが大切です。
アルコール依存症の人の過剰な飲酒に対して、「意志が弱いから」、「道徳感が低いから」といわれたり、不幸な心理的、社会的問題が原因であると考えられがちですが、実際はそうではなく、多くの場合この疾患の結果であることが多く見受けられます。
つまり、アルコールによって病的な変化が体や心に生じ、そのために過剰な飲酒行動が起こるということです。このことをまず本人や周囲の人が理解し、認めることが、この病気から回復する上での欠かせない第一歩となります。
ただ、一度アルコール依存症になってしまうと治療は難しく、根本的な治療法といえるものは現在のところ、断酒しかありません。しかし、本人の意志だけでは解決することが難しいため、周囲の理解や協力が求められます。
重症の場合は、精神科への入院治療が必要になることもあります。入院によって異常行動の監視や情動の安定を図り、精神療法や断酒訓練を通して、アルコールへの依存からの自立を助けることもできます。
日本で認可されているシアナミド(商品名:シアナマイド)とジスルフィラム(商品名:ノックビン)という2種の抗酒剤や精神安定剤の使用により、アルコール摂取を禁止して治療を進めるとともに、各地にある断酒会や禁酒会などの自助グループへの参加を奨励する医師も多くなっています。
抗酒剤を服用すると、飲酒時に血中のアセトアルデヒド濃度が高まるため、不快感で多量の飲酒ができなくなります。簡単にいうと、少量の飲酒で悪酔いする薬。飲酒欲求を抑える薬ではないため、医師の指導の下、本人への十分な説明を行った上での服用が必須。この薬を飲んで大量飲酒をすると、命にかかわる危険性があるからです。
ただし、医師による治療でも完治することはなく、断酒をして数年、十数年と長期間経過した後でも、たった一口、酒を飲んだだけでも早かれ遅かれ、また以前の状態に逆戻りしてしまいます。
そのため、治療によって回復した場合であっても、アルコール依存症の人が一生涯断酒を続けることは、大変な困難を要します。アルコールは依存性薬物であるからです。
このため、断酒をサポートする断酒会や禁酒会への参加を、医師も奨励しているのです。断酒会や禁酒会は、アルコール依存症患者とその家族によって作られた自助グループ。会費制で、組織化されており、外部に対してもオープンな姿勢を取っている日本独自の団体です。断酒を続けることを互いにサポートし合い、酒害をはじめ、アルコール依存症に対する正しい理解と知識を広く啓蒙(けいもう)する活動を行っています。
また、都道府県の精神保健福祉センターや最寄りの保健所では、アルコール依存症に関する無料相談を受けています。専門の病院を紹介してくれることもありますので、アルコール依存症と予備軍の人は困った時に1人で悩まず、気軽に相談するとよいでしょう。
季節性うつ病
■ある季節にだけ現れる、うつ病に似た症状
季節性うつ病とは、抑うつ気分などの、うつ病に似た症状が特定の季節に限って現れる精神疾患の一種。多くは冬に症状が出る冬季うつ病ですが、夏など他の季節に症状が現れる人もいます。
季節性情動障害、季節性気分障害、季節性感情障害などとも呼ばれます。英語ではSeasonal Affective Disorderと呼ばれ、この頭文字を取ってSADと呼ぶのが一般的です。
季節性うつ病の中で最も一般的な冬季うつ病は、秋冬うつ病ともいわれており、10~11月ごろに抑うつが始まって、1~2月ごろに症状が重くなり、3月になると次第に軽くなっていくというサイクルを繰り返します。
過眠、過食の症状がみられるのが特徴で、特に夕方になると眠くなり、過食による体重増加、炭水化物や甘い物を欲する傾向が強まります。気分の憂うつ、焦燥感、無気力、日常活動に対する関心の低下や引きこもりなど、うつ病に似ている症状もあります。
冬型の季節性うつ病は、冬が長く厳しい南北の高緯度地域における発症率が高いことから、日照時間が短くなることに原因があると考えられています。もともと、うつ病は日照時間との関係が強く、高緯度地域の人ほど多くみられ、低緯度地域の人はあまりうつ病になりません。
発症のメカニズムはまだよく分かっていないところもありますが、体内時計をつかさどるメラトニンの分泌の変化が原因という説があります。脳の中央部にある松果体が産生するホルモンであるメラトニンは、普通なら夜間に分泌されます。日照時間が短くなることで、その分泌時間が長くなって分泌が過剰になったり、分泌のタイミングが遅れたりするために、体内時計が狂ってしまうのが原因というものです。また、光の刺激が減ることで、神経伝達物質のセロトニンが減り、脳の活動が低下してしまうのが原因という説もあります。
冬型の季節性うつ病の多くのケースでは、春から夏になるにつれて回復していきますが、反動で一時的に躁(そう)状態になる人もいます。症状が急転し、エネルギーに満ちて活動的になり、睡眠への欲求が低下し、食欲が減退するなど、冬の症状とは正反対の症状を示すもので、春夏軽躁病ともいわれます。
夏型の季節性うつ病では、食欲低下、不眠、体重減少などの症状がみられるのが特徴です。
なお、季節性うつ病の多くの症例では、途中から季節性を獲得したり、途中で季節性を失ったりと、不安定な経過を示すようです。
■季節性うつ病の治療
冬型の季節性うつ病(冬季うつ病、秋冬うつ病)の治療には、高照度光療法が最も効果があります。閉め切った部屋で人工光を浴びる方法で、治療の目的で特定の季節を再現するため、光の照射時間を夏は長く、冬は短くといった形でコントロールします。光療法の装置は、日本の電気メーカーが市販もしています。
日光浴、特に朝日を浴びるのも効果的です。薬品による治療も行われますが、通常のうつ病に効く抗うつ剤は、季節性うつ病にはあまり効果がありません。眠らないで起きている断眠療法が行われることもあります。
強迫性障害
■強迫症状に特徴がある不安障害
強迫性障害とは、強迫症状と呼ばれる症状に特徴付けられる不安障害の一つ。従来、強迫神経症と呼ばれていたものです。
強迫症状は、強迫観念と強迫行為からなります。両方が存在しない場合、強迫性障害とは見なされません。強迫観念は、本人の意思と無関係に、不安感や不快感を生じさせる考えが繰り返し浮かんできて、抑えようとしても抑えられない症状。強迫行為は、不安で不快な強迫観念を打ち消したり、振り払おうとして、無意味な行為を繰り返す症状。
自分でも、そのような考えや行為は不合理である、つまらない、ばかげているとわかっているのですが、やめようとすると不安が募ってくるので、やめられません。例えば、道を歩くのにも電柱を一本一本数えないと歩いて行けない、階段を上り下りするのにも左足からでないと気がすまない、外出の際に家の鍵(かぎ)やガスの元栓を閉めたかが気になって何度も戻ってきて確認する、というような具合です。
強迫性障害は、人種や国籍、性別に関係なく発症する傾向にあります。調査による推測では、日本の全人口の2パーセント前後が相当します。日本では、対人関係、人間関係に関連した強迫症状が多いのが特徴で、他人と違うことを嫌う社会であるため、幼少期から人間関係に気を使うのが大きな原因とみられます。
20歳前後の青年期に発症する場合が多いとされますが、幼少期、壮年期に発症する場合もあるため、青年期特有の疾患とはいい切れません。経過は一般に慢性で、よくなったり悪くなったりしながら、長期間に渡って続くのが普通です。ストレスにより、強迫症状が悪化する傾向にあります。また、うつ病が半数以上に合併してくることも特徴で、より苦痛が大きなものとなり、自殺などへの注意が必要になってきます。
特別なきっかけなしに徐々に発症してくる場合が多く、完全な原因はわかっていません。大脳基底核、辺縁系など脳内の特定部位の障害や、セロトニンやドーパミンを神経伝達物質とする神経系の機能異常、心理的な要因、体質など複数の要因が関係して、発症するのではないかと推定されています。双生児研究から、遺伝的な要因を指摘する説もあります。
発症者の共通点として、もともと几帳面(きちょうめん)であったり、融通が効かずに生真面目(きまじめ)であったりする性格傾向が挙げられています。
■一般的な強迫症状と、附随する状態
強迫症状の内容には、個人差があり、人間のありとあらゆる心配事が要因となり得ます。しかし、比較的よく見られる症状があるため、これを下記に記します。
それぞれの症状についても、発症者自身の対処、すなわち強迫行為の内容は異なり、一人の発症者が複数の強迫症状を持つことも、一般的にみられます。
不潔強迫(洗浄強迫)
便、尿、ばい菌などで汚染されたのではないかと気になり、人を近付けない、物に触れないなどの回避行動をとります。物に触った後や、帰宅後には、手を何度も洗わないと気がすまなかったり、シャワーや風呂に何度も入らないと気がすみません。
確認強迫
外出や就寝の際に、家の鍵やガスの元栓、窓を閉めたかが気になり、何度も戻ってきては執拗(しつよう)に確認します。電化製品のスイッチを切ったか、度を越して気にもします。
加害恐怖
自分の不注意などによって、他人に危害を加える事態を異常に恐れます。例えば、車の運転をしていて、気が付かないうちに人をひいてしまったのではないかと不安にさいなまれて、確認に戻るなどです。
被害恐怖
自分自身に危害を加えること、あるいは、自分以外のものによって自分に危害が及ぶことを異常に恐れます。例えば、自分で自分の目を傷付けてしまうのではないかと不安にさいなまれ、鋭利なものを異常に遠ざけるなどです。
計算強迫
物の数や回数が気になって、数えないと気がすみません。
縁起強迫(縁起恐怖)
自分が宗教的、社会的に不道徳な行いをしてしまうのではないか、あるいは、してしまったのではないかと恐れるもの。例えば、信仰の対象に対して冒とく的なことを考えたり、発言てしまうのではないか、赤ん坊の首を絞めるのではないかなどと恐れ、恥や罪悪の意識を持ちます。ある特定の行為を行わないと、病気や不幸などの悪い事柄が起きるという強迫観念にさいなまれる場合もあり、靴を履く時は右足からなど、ジンクスのような行動が極端になっているものもみられます。
不完全強迫(不完全恐怖)
物を順序よく並べたり、対称性を保ったり、きちんとした位置に収めないと気がすまないもの。例えば、机の上にある物や家具が自分の定めた特定の形になっていないと不安になり、常に確認したり直そうとするなど。物事を進めるに当たって、特定の順序を守らないと不安になったりするものもあります。
数唱強迫
不吉な数や、こだわりの数があり、その数を避けたり、その回数を繰り返したりします。例えば、数字の4は死を連想するため、日常生活で4に関連する事柄を避けるなどの行為。
個人差によって、以下のような状態が強迫症状に付随することもあります。
回避
強迫観念や強迫行為は発症者を疲れさせるため、強迫症状を引き起こすような状況を避けようとして、生活の幅を狭めることを回避と呼びます。重症になると、家に引きこもったり、ごく狭い範囲でしか生活しなくなることがあります。回避は強迫行為と同様に、社会生活を阻害し、仕事や学業を続けることを困難にしてしまいます。強迫症状を緩和するために、アルコールを飲み続けてアルコール依存症になる例もあります。
巻き込み(巻き込み型)
強迫行為が自分自身の行為だけで収まらず、自分で処理しきれない不安を振り払うために、家族や友人に手などを洗ったり、誤りがないか確認するなどの行為を懇願したり、強要したりする場合があります。これを巻き込み、または巻き込み型といいます。巻き込みにより、本人のみならず周囲の人も、強迫症状の対応に疲れ切ってしまうことがあります。
■強迫性障害の診断と治療
病気に気付いたら、精神科を受診してください。うつ病や統合失調症など他の精神疾患や、脳器質性疾患の可能性もあるので、それらとの区別のための専門的な診断や検査も必要です。
脳炎、脳血管障害、てんかんなど脳器質性疾患でも強迫症状がみられますので、区別のための血液検査、髄液検査、頭部CTやMRIといった画像検査、脳波検査などが必要になります。
治療法には、薬物療法と精神療法があります。薬物療法としては、三環系抗うつ薬であるクロミプラミンが有効であることが確認され、神経伝達物質が病因の一つであることが考えられるようになりました。次いで、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が登場し、第1選択薬の地位を占めることになりました。ベンゾジアゼピン系の抗うつ薬も用いられ、また、不安レベルを下げるという意味で抗不安薬が併用される場合もあります。有効率は50パーセント前後と見なされています。
精神療法では、暴露反応妨害法と呼ばれる認知行動療法の有効性が、確かめられています。認知行動療法とは、認知や行動の問題を合理的に解決するために構造化された治療法で、認知のゆがみの修正、不適応行動を修正して適応行動を再学習するというもの。暴露反応妨害法では、強迫症状が出やすい状況に発症者をあえて直面させ、強迫行為を行わないように指示し、不安感や不快感が自然に消失するまでそこにとどまらせるという方法です。これらを発症者の不安や不快の段階に応じて、実施します。
認知行動療法は単独でも用いることができますが、強迫観念が強い場合、薬物療法導入後に行うほうが成功体験が得られやすくなります。適応する発症者が限られており、専門家が少ないのが難点です。
心因性めまい
■主に心理的な要因の影響で生じるめまい
心因性めまいとは、主に心理的な要因が影響して生じるめまい。その多くは、疾患としての不安障害、身体表現性障害、うつ病の一症状としてみられます。
めまいを生じる疾患には、大きく分けて耳の疾患、脳の疾患、精神の疾患の3つがあります。めまいで耳鼻咽喉(いんこう)科や脳神経外科を受診し検査を受けても、特に異常が見付からなかったり、めまいの治療を受けているのになかなか改善しない場合には、単に耳の疾患、脳の疾患だけによって起こるめまいではなく、精神の疾患である不安障害、身体表現性障害、うつ病で生じる心因性めまいの可能性もあります。
めまいの特徴は発症者ごとに異なり、辺りがグルグルする回転性のめまいから、体がふらついて真っすぐに歩けない浮動性めまいまで多種多様で、耳鳴りの障害を伴うこともあります。めまいだけではなく、気分の落ち込みや倦怠(けんたい)感といった抑うつ状態、食欲不振または過食、睡眠不足または過眠、頭痛や肩凝りなどといった症状がみられるのが特徴です。
人間関係や仕事のトラブル、育児のストレス、将来への不安などが自律神経に悪影響を与えているのが、原因だと考えられています。
心因性めまいには、大きく分けて2つのタイプがあります。 耳や脳に異常がある上に心の不調が影響してめまいが起こるタイプと、 耳や脳には異常はなくて心の不調が主な原因となるタイプです。
前者のタイプは、もともと耳や脳の異常によるめまいがある上に、心の不調が重なることによって悪化しているもの。耳の異常によってめまいが起こる疾患としてメニエール病などがありますが、これらはストレスなども疾患の発症に関与しているため、精神的にも不調になることでさらに症状が悪化すると見なされます。この場合、めまいに関係する耳や脳の異常部位の治療と一緒に、不安障害やうつ病に対する治療も必要になります。
後者のタイプは、不安障害、身体表現性障害、うつ病の一症状として、めまいが発症しているもの。なぜ、精神の疾患でめまいが発現するかは正確にはわかっていませんが、心理的な要因が交感神経に過度の影響を与えることが関係していると見なされています。また、精神の疾患は意欲や活力を伝える役割を持つセロトニンやノルアドレナリンなど脳内の神経伝達物質の働きが悪くなり、脳機能が十分に働かなくなることにより起こるとされ、体の中の平衡機能も影響を受けると見なされています。この場合、耳鼻科でめまいの治療を受けても治りませんので、精神科や心療内科などでの治療が必要になります。
不安障害は、急に激しい不安の発作に襲われるパニック障害と、不安感がいつもあり、仕事や生活に支障を来す全般性不安障害の2種類に分けられます。女性に多くて青年期に発症しやすく、不安障害の発症者の約70パーセントにめまいがあります。
身体表現性障害は、体の疾患を思わせる症状があるのに、その体の疾患から説明できないか、疾患がないというものです。数年間、さまざまな体の不調を訴えて、体の異常はないと医師から説明を受けても、疾患への恐怖と捕われが続きます。身体表現性障害の発症者の80パーセント以上にめまいがあります。
うつ病は、気分がひどく落ち込み、何事にもやる気がなくなる精神の疾患で、20人に1人が症状を持っているといわれています。全身に力が入らない感じでふらふらする、疲れ切った感じでふらふらする、目の焦点が合わないなどの訴えが多く、壮年期以降に増える傾向があります。
■心因性めまいの検査と診断と治療
耳鼻咽喉科で耳の疾患もなく、脳の疾患もない場合に、原因不明とか、気のせいといわれることもありますが、心因性めまいは原因不明でもなく、単なる気のせいでもありません。気持ちだけで、心因性めまいを乗り越えることができません。めまいのもとは、精神の疾患であり、適切な治療で回復します。 ずっと続くめまいに悩まされているようであれば、精神科や心療内科で検査を受けてみます。
精神科や心療内科での治療は、薬物療法が主となります。不安障害には、抗不安薬(ベンゾジアゼピン系)が使われ、不安を即効的に鎮めます。抗うつ薬SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)も使われ、長期的な効果が得られています。一般的には、身体表現性障害を含め、抗不安薬で当面の症状を鎮めて経過をみます。
うつ病の治療には、抗うつ薬SSRI、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)が第一に選ばれる薬となります。不安が合併する時には、抗不安薬を併用します。薬による治療と合わせて、心理療法なども行われます。
不安障害や身体表現性障害、うつ病の治療には時間がかかりますが、適切な治療が行われれば克服することができます。根気よく治療を続けることが大切です。そのためには、発症者本人だけではなく、周りの家族のサポートや職場の人たちの理解が欠かせません。
日常生活では、ストレスをためず気分転換を図る、3食きちんとバランスのよい食事を心掛ける、早寝早起きで睡眠を十分にとる、酒やたばこ、コーヒーを控える、軽い運動を定期的に続ける、入浴で心身ともにリラックスするなどが大切です。
精神疾患
精神疾患とは、脳および心の機能的、器質的な障害によって、精神の変調が引き起こされる疾患。統合失調症や躁(そう)うつ病といった重度のものから、不安障害(神経症)、パニック障害、適応障害といった中、軽度のものまでの多くの疾患を含みます。
精神の変調が髄膜炎、内分泌疾患などの身体疾患によって引き起こされる場合も含み、広義の精神疾患として知的障害や人格障害をも含みます。
精神疾患には多くの種類があり、精神医学の領域では、精神疾患の定義、診断基準が統一されていません。そのために、同じ病状に対して付けられる病名が、精神疾患の分類法によって変わってくることがあります。
世界保健機構 (WHO) による国際疾患分類(ICD-10)や、アメリカ精神医学会による統計的診断マニュアル (DSM-IV)においては、診断カテゴリーを用いて網羅的に分類しています。これにより、個々の精神疾患の診断が世界全体で以前よりも標準化され、一貫性を持つようになりつつあります。
以下の精神疾患の分類は、世界保健機構による国際疾患分類に基づきます。
●症状性を含む器質性精神障害
認知症疾患、コルサコフ症候群、頭部外傷後遺症などによる精神疾患
●精神作用物質使用による精神および行動の障害
アルコール、アヘン、大麻、鎮静薬または催眠薬、コカイン、覚醒(かくせい)剤・カフェイン、幻覚薬、タバコ、揮発性溶剤などの精神作用物質に関連した精神疾患。依存症、乱用、中毒などに分けられる。アルコール依存症、薬物依存症など
●統合失調症・統合失調型障害および妄想性障害
統合失調症、統合失調症型障害、持続性妄想性障害、急性一過性精神病性障害、感応性妄想性障害、統合失調感情障害
●気分(感情)障害
躁病、双極性障害(躁うつ病ともいう)、うつ病
●神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害
不安障害、恐怖症、単一恐怖、広場恐怖、社会恐怖、パニック障害、全般性不安障害、強迫性障害、重症ストレス障害、急性ストレス障害、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、適応障害、 解離性障害、解離性同一性障害(いわゆる多重人格)、身体表現性障害、転換性障害、心気症、疼痛(とうつう)性障害、身体醜形障害
●生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群
摂食障害、神経性無食欲症(拒食症)、神経性大食症(過食症)、 睡眠障害、不眠症、精神生理性不眠症、概日リズム睡眠障害、入眠困難、中間覚醒、早朝覚醒、過眠症、睡眠時無呼吸症候群、ナルコレプシー、原発性過眠症、反復性過眠症、特発性過眠症、睡眠時随伴症、レム睡眠行動障害、睡眠時遊行症、夜驚症
●成人の人格および行動の障害
妄想性人格障害、統合失調質人格障害、分裂病型人格障害、境界性人格障害(境界例)、自己愛性人格障害、演技性人格障害、反社会性人格障害、強迫性人格障害、回避性人格障害、依存性人格障害、性同一性障害、性嗜好(しこう)障害、フェティシズム、露出症、窃視症、小児性愛、サディズム・マゾヒズム、虚偽性障害、ミュンヒハウゼン症候群
●精神遅滞
精神遅滞
●心理的発達の障害
広汎(こうはん)性発達障害、自閉症、アスペルガー症候群
●小児期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害
多動性障害、チック障害、トゥレット障害
●その他
幻覚、妄想、文化依存症候群、神経質、対人恐怖症
■精神疾患の診断と治療
精神疾患の治療を担当するのは、主に精神科、神経科です。発症者の症状や状況によっては、心療内科や内科など他の科で診察、治療が行われている場合もあります。
精神疾患の治療とケアを行うための訓練を受けた専門家は、精神科医だけではありません。医師以外の専門家として、臨床心理士、ソーシャルワーカー、看護師などがいます。ただし、このうち薬を処方する資格を持っているのは精神科医だけです。医師以外の精神医療の専門家は、主に心理療法を行います。
医師による診断においては、精神疾患を判別するための研究が進み、以前よりはるかに正確にできるようになっています。診断方法も進歩し、CT(コンピューター断層撮影)検査、MRI(磁気共鳴画像)検査、ポジトロンCT(PET)検査(脳の特定領域への血流を測定する画像診断法の1種)といった脳の画像診断が行われています。
医師による治療法は精神疾患の種類や重症度により異なりますが、大きく分けると、身体療法か心理療法(精神療法)のいずれかです。身体療法には、薬物療法と電気けいれん療法があり、脳に直接働き掛けます。
心理療法には、個人療法、作業療法、グループ療法、家族療法、夫婦療法といったもののほか、行動療法におけるリラクセーション訓練や暴露療法などの各種技法、催眠療法などがあり、言語や行動を介して治療します。
重い精神疾患に対しては、薬物療法と心理療法を併用することが治療効果を高めると見なされています。ストレスの緩和は精神疾患の症状の緩和につながることから、音楽療法、運動療法、ユーモア療法などが活用されることもあります。
精神疾患を予防したり、症状が軽減、消失した後の再発防止のために、社会適応能力を習得したり、趣味やスポーツなどでストレスを適切に管理することも、重要視されています。
また、家族など周囲の人間が理解を示すことも必要です。精神疾患に偏見や差別的な見方を持っている人もいるため、それが発症者のストレスとなり、引きこもりがちに、内向的になることもあるためです。
全般性不安障害(GAD)
全般性不安障害(GAD:Generalized Anxiety Disorder: ジーエーディー)とは、不安障害の一種。不安障害とは、誰もが感じる程度をはるかに超える不安を持ち、それが元で日常生活に支障を来してしまう病気の総称です。
不安障害に数えられる病気の一つである全般性不安障害は、以前はパニック障害と一括して「不安神経症」と呼ばれていました。現在では二つに分けて、慢性的な不安に悩まされているなら 「全般性不安障害」、急な不安発作を繰り返すなら「パニック障害」という診断名で呼ばれるようになりました。「神経症」という用語も、国際疾病分類などでは正式な診断名として使われなくなりました。
全般性不安障害の特徴は、慢性的な不安と、それに伴う心と体の症状が長く続くことです。誰もが感じる正常な不安は、はっきりした理由があって、一定の期間だけ続きます。しかし、全般性不安障害の場合、理由が定まらず、特殊な状況に限定されない不安が長期間続きます。
不安や心配の対象は、家庭生活、仕事、学校、将来、近所付き合い、地震や大雨などの天災、不慮の事故、病気、外国での戦争など、あらゆるものが対象になります。そして、自分ではどうすることもできない事柄についても、必要以上に深刻に悩み、不安や心配をコントロールできなくなって、心や体の調子が悪くなり、日常生活に支障を来してしまいます。
不安障害の中では一般的で、全般性不安障害の患者数はパニック障害の患者数より3~4倍多いとされ、1000人に64人くらいが経験するという報告もあります。まれな病気ではないといえます。
発症する年齢は10代半ばから20歳前後が多く、男女比は1:2で女性に多くみられます。また、精神科にはかなりの時を経て、受診するケースが多いといわれています。
アメリカで行われた調査によれば、一生の間に全般性不安障害にかかる人の割合(生涯有病率)は3~5パーセント、不安を専門に診ているクリニックでは、全患者の30パーセント程度が全般性不安障害と診断されており、発病者がかなり多くいる病気であることがわかります。
●原因と症状の現れ方
一般に、不安障害の原因は心理的な出来事(心因)とされており、全般性不安障害の場合も、何らかの精神的なショック、心配事、悩み、ストレスなど、精神的原因と思われる出来事をきっかけに、いつの間にか発症しているというのが普通です。しかし、きっかけが全くないこともあります。過労、睡眠不足、風邪など、身体的な状況がきっかけになることもあります。
性格的には、もともと神経質で、不安を持ちやすい人に多い傾向があります。遺伝的要因や、自律神経の障害なども、発症に影響すると考えられています。
発病者が訴える症状には、以下のようにさまざまなものがあり、不安と心配を過剰に持つことがいかに、心や体に悪い影響を与えるかがわかります。
【身体症状】
・頭痛、頭重、頭の圧迫感や緊張感、しびれ感
・そわそわ感
・もうろうとする感じ
・めまい感、頭が揺れる感じ、船酔している感じ
・自分の身体ではないような感じ
・身体の悪寒や熱感、手足の冷えや熱感
・全身に脈拍を感じる
・便秘や頻尿 など
【精神症状】
・注意散漫な感じ
・記憶力が悪くなる感じ
・根気がなく、疲れやすい
・イライラして、怒りっぽい
・ささいなことが気になり、取り越し苦労が多い
・悲観的になり、人に会うのが煩わしい
・寝付きが悪く、途中で目が覚めやすい など
不安に伴ういろいろな身体症状、精神症状に関しては、多くの発病者は身体症状のほうを強く自覚します。どこか体に重大な病気があるのではないかと考え、あちこちの病院で診察や検査を受けるのが常ですが、症状の原因になるような身体疾患はみられません。
経過は慢性で、日常生活のストレスの影響を受け、よくなったり悪くなったりが続きます。途中から、気分が沈んで、うつ状態を伴ったり、うつ病に移行することもあります。
●検査、診断、薬物療法と精神療法による治療
全般性不安障害という病気の名称やその症状については、これまであまり知られていなかったため、医療機関での治療を受けていない人も多いようです。
また、病院に行っている人の場合でも、自律神経失調症や更年期障害と診断され、全般性不安障害の発病者としての治療の機会を逃がしていることもあるようです。
発病すると、他の精神科領域の病気、例えば、うつ病、パニック障害、社会不安障害(SAD)などを併発する可能性が高くなるとされておりますので、コントロールできない不安や心配が続き、心や体に不調を来す症状が現れている場合には、早めに精神科や心療内科を担当する専門医の診断を受けてください。
全般性不安障害の診断基準には、米国精神医学会編「DSM-(協) 精神疾患の分類と診断の手引」が主に使われます。その基準の核となる部分をまとめると、次のようになります。
(1)仕事や学業などの多数の出来事または活動について、過剰な不安と心配がある。しかし、その原因は特定されたものではない。
(2)不安や心配を感じている状態が6カ月以上続いており、不安や心配がない日よりある日のほうが多い。
(3)不安や心配をコントロールすることが難しいと感じている。
(4)不安や心配は、次の症状のうち3つ以上の症状を伴っている。
・そわそわと落ち着かない、緊張してしまう、過敏になってしまう
・疲れやすい
・集中できない、心が空白になってしまう
・刺激に対して過敏に反応してしまう
・頭痛や肩凝りなど筋肉が緊張している
・眠れない、または熟睡した感じがない
以上の診断基準が使われて、症状と経過から診断が行われます。その人に出ている症状が他の身体疾患や、全般性不安障害以外の不安障害や、うつ病などの精神科領域の疾患によるものではないことを確認することも、重要となります。
身体疾患を除外するために、尿、血液、心電図、X線、超音波など一般内科的検査が行われ、これらの検査で異常が見付からない場合に診断が確定します。
治療法には、大きく分けて薬物療法と精神療法の2つがあります。疾患の本態は不安にありますので、まずは薬を使って、不安をコントロール可能なくらいまで軽くし、さらに精神療法によって、発病者自身が不安をコントロールできるようにしていきます。
【薬物療法】
不安感の軽減を目的に、ベンゾジアゼピン系抗不安薬などが用いられています。ベンゾジアゼピン系は長期間服用した場合、精神的依存や眠気などの副作用があります。うつ症状を合併する場合は、抗うつ薬が用いられます。最近は、パロキセチン(パキシル) に代表される新型抗うつ薬であるSSRIの有効性が報告されていますが、副作用はあります。
【精神療法】
発病の原因が、その人の生育歴や性格によっているような場合は、精神療法も重要となります。
精神療法には、カウンセリング、認知行動療法、セルフコントロール法などがあります。いずれも無意識に存在している「不安の根源」を探し、そのコントロールを目指すものです。
精神療法は、薬物療法と違って副作用が少ないのが利点ですが、本人の努力がかなり必要なことや主治医の先生との相性などもあり、効果にバラツキが出る場合があります。症状の完全な消失を求めるのでなく、少しでもよくなったら、そのぶん前向きに生活していく態度が、本人にとって肝要です。
●周りに発病者がいる方へ
発病者は不安や心配を周りに訴えることが多いのですが、その訴えの中には、病気ではない人からみるとナンセンスに感じられることもあるので、じっくりと訴えを聞いてあげることが難しい時もあるかと思います。
しかしながら、不安や心配に伴って心や体にも不調が長く続いていることを理解して、温かい気持ちで支えてあげてください。
また、発病者と思われる人が周りにいて、しかも治療を行っていないようでしたら、単なる心配性と見なさないで、なるべく早く精神科や心療内科を担当する専門医の診断を受けるよう勧めてください。
パニック障害
■強い不安感を主症状とする精神疾患
パニック障害(PD=Panic Disorder)とは、状況に関係なく突然、発作が起こる精神疾患の一つ。かつては、全般性不安障害とともに不安神経症といわれていました。現在では、世界保健機関 (WHO) の国際疾病分類(ICDー10)によって、独立した病名として登録されています。
日本人の生涯有病率は、2~3パーセントと見なされています。女性の罹患(りかん)率は、男性に比べて2倍程度に上るとも見なされています。
発症の原因は、はっきりと解明されているわけではありません。ストレスや脳内の伝達物質の動きに関連があるといわれ、過労や睡眠不足、風邪などの身体的な悪条件が誘因になるともいわれています。
定型的なパニック障害は、突然に起こるパニック発作によって始まります。続いて、その発作が再発するのではないかと恐れる予期不安と、それに伴う発作の慢性化が生じます。さらに長期化するにつれて、発作が生じた時に逃れられないような、あるいは助けを呼べないような特定の場所や状況を回避して、生活範囲を限定する広場恐怖が生じてきます。
パニック発作の症状は、さまざまです。動悸(どうき)、発汗、身震い、窒息感、胸痛、吐き気、めまい、手足のしびれ、強い不安感、非現実感、発狂への恐怖感、死への恐れなどが、代表的です。多くの場合は、10分以内でピークに達し、通常20~30分ほど、長い人でも1時間以内には収まります。
このパニック発作に、発症者は非常に強烈な恐怖を感じるため、再び発作が起きるのではないかと、不安を募らせていく予期不安を生じます。生活様式が変化して、神経質になり、いつも心身の状態を観察するようになります。そして、持続的に自律神経症状が起こることとなり、パニック発作が繰り返し生じるようになっていきます。
パニック発作の反復とともに、広場恐怖の症状、すなわち発作が起きた場合に、その場から逃れられないと思われる状況を回避する症状を生じるようになります。パニック障害を発症した人のうち4人に3人は、多かれ少なかれ広場恐怖が出ると見なされます。
回避される状況は人によってそれぞれ異なりますが、一般的には、電車、バス、飛行機、車、エレベーター、歯科、理容室、美容室、映画館、会議室、商店でのレジ待ち、道路の渋滞といった一定時間、特定の場所に拘束されてしまう環境や、繁華街、ショッピングモールといった人込みの中などが多いようです。
ちなみに、広場恐怖の「広場」はギリシャ語で「市場」、「集会」などの意味を持つ「アゴラ(agora)」が語源であり、「広い場所」という意味ではありません。
より不安が強まると、家にこもりがちになったり、一人で外出できなくなることもあります。生活上の障害が強まり、社会的役割を果たせなくなっていき、それに伴う周囲との葛藤(かっとう)もストレスとなり、症状の慢性化をさらに推進していくこととなります。
予期不安や広場恐怖により社会的に隔絶された状態が続くと、ストレスや自信喪失などによって、うつ状態となることも少なくありません。気分の浮き沈みが激しい、夕方近くや夜になると理由なく泣く、いくら寝ても眠い、体が重りをつけたようにだるい、言葉に敏感に反応して切れたり強く落ち込む、時に自傷行為を図るといった、いろいろな逸脱行動が出ます。
元来うつの症状が見られなかった人でも、繰り返し起こるパニック発作によって不安が慢性化していくことでうつ状態を併発し、実際にうつ病と診断されるケースも多く報告されています。パニック障害にうつ病が併発する割合について、日本では約3割、欧米では約5~6割といった統計も出されています。
ただし、うつ状態はパニック発作に起因して二次的に発症した別個の疾病であり、パニック障害そのものの症状とは分けて考える必要がある、という見方もあります。
■診断と一般的な治療法
パニック障害の疑いがあると思う時には、精神科、心療内科を受診する必要があります。
医師による診断では、予期しないパニック発作が繰り返し起こり、それらに対する予期不安が1カ月以上続く場合、パニック障害の可能性を疑います。診断基準としては、アメリカ精神医学会「DSM-IV 精神障害の診断と統計の手引き」が多く用いられています。
実際のパニック障害の診断では、広場恐怖を伴わない軽症例と、広場恐怖を伴う慢性化した症例との2つに区分されます。なお、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、うつ病、強迫性障害などの精神疾患の症状の一つとしてパニック発作を併発する場合は、これらの病気の症状の一つとして扱われます。
身体疾患が原因になっている場合も、パニック障害とは診断しません。心血管系の病気、呼吸器の病気、低血糖、薬物中毒、てんかんなど、パニック障害と同じような症状を引き起こす他の疾患がないことを確認するため、尿検査、血液検査、心電図検査、脳波検査なども行われます。
パニック障害の治療法には、薬物療法、精神療法、生活習慣の改善などがあります。
薬物療法では、発作の抑制を目的にSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)や三環系の抗うつ薬が用いられ、不安感の軽減を目的にベンゾジアゼピン系の抗不安薬が用いられます。
最近では、新型抗うつ薬であるSSRIの有効性が語られることが多いのですが、SSRIの代表とされるパロキセチン(商品名:パキシル)では、飲み忘れなどで服用を中止した数日後に起きる激しいめまい、頭痛などの離脱(禁断)症状が問題となり、パニック障害に対する安全性、有用性に疑問も呈されています。
一方、米国ではベンゾジアゼピン系の抗不安薬の依存性が問題とされることが多いのですが、日本では、成人の定型的パニック障害ではあまり問題とならないとする意見も多くみられます。
精神療法では、最も基礎的で、重要なものが、疾患に対する医師の説明。パニック障害は発作の不可解さと、発作に対する不安感によって悪化していく疾患ですので、医師が明確に症状について説明することが、すべての治療の基礎となります。
同時に、認知行動療法も行われます。精神療法の中で、有効性について最もよく研究されているのが、この認知行動療法です。不安が誘発される状況に想像的または体験的 に身を置き、回避しないことで徐々に慣れる暴露療法、過呼吸にならないようなリラクゼーショントレーニングである呼吸法、筋肉を緩めるリラクゼーショントレーニングである筋弛緩法などが行われ、基本的には不安に振り回されず、不安から逃れず、不安に立ち向かう訓練、練習を行います。
認知行動療法は一歩間違えると、症状の悪化につながりかねないので、専門医の指導の元で無理をせず慎重に行う必要があります。 日本では、系統的な認知行動療法を行う施設は多くありませんが、精神科、心療内科の医師が認知行動療法的な指導を行っているケースは多くみられます。
そのほか、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理)、森田療法、内観療法も有効とされています。
パニック障害の発症者にとっては、睡眠不足などの乱れた生活習慣や、精神的なストレスが治療の大敵。生活習慣を改善し、ストレスをためないようにしましょう。 そのためにも規則正しい生活を送り、それぞれに合った気分転換の方法を見付けるとよいでしょう。
非定型うつ病
■典型的でなく、若い女性に多いうつ病
非定型うつ病とは、典型的なうつ病とは異なるタイプのうつ病。発症した人は周囲から、うつ病と思われないことや、社会不安障害など他の心の病気を合併することが少なくありません。
非定型うつ病は従来、不安障害(神経症)や人格障害などと診断されることが多かったものですが、最近は米国などで、典型的なうつ病とは違うアプローチで治療され、その割合も米国では、うつ病全体の3~4割を占めています。日本では精神科医の間でもようやく認知されてきた段階で、大きな環境の変化に対応できない適応障害と間違われて、診断されるケースもあります。
従来の典型的なうつ病は定型うつ病、メランコリー型うつ病、あるいは気分障害の中の大うつ病性障害などと呼ばれるもので、気分の落ち込み、意欲・食欲・集中力・性欲の低下、不眠などが主な症状となります。
この定型うつ病とは現れる症状が違うのが非定型うつ病で、気分の落ち込みはあるものの、何か楽しいことがある時には元気が出るのが大きな特徴です。その他、タ方になると調子が悪くなったり、過食や過眠ぎみになるなどの特徴もみられます。
20~30歳代でかかるうつ病では、多くがこの非定型うつ病に相当すると考えられます。特に、女性の場合は8割が相当し、男性と比べ3~5倍多いとされています。
以下、定型うつ病と非定型うつ病の症状を比較します。気分の面では、定型うつ病は終始落ち込んで、元気や気力がないのが特徴。出来事の内容を問わず、何に対してもやる気が持てず、今まで積極的に楽しんでいた趣味にも、関心や喜びが持てなくなります。
一方、非定型うつ病は気分の落ち込みや気力、集中力の低下など、うつ病に特有の症状はあるものの、楽しいことやいいことがあると明るくなります。すなわち、出来事に反応して気分が変わる「気分の反応性」がみられます。発症者は常に落ち込んでいずに気分が高揚している時もあり、社会生活の適応度もそれほど悪くないため、周りからの理解を得にくくなります。
リズムの面では、定型うつ病は「モーニング・デプレッション」と呼ばれ、朝起きた時に調子が悪く、気分が落ち込みます。家事や仕事も面倒で、何をやる気にもなれないという憂うつな気分がダラダラと続き、やがてタ方くらいになると少し気が楽になってくるのが特徴。
一方、非定型うつ病は1日のうちでは、タ方になると気持ちが不安定になりやすいのが特徴。午前中から昼は比較的穏やかに過ごせるものの、「サンセット・デプレッション」と呼ばれて、タ方から夜になると不安やイライラが高まって調子が悪くなります。時には、気分が高ぶって泣きわめいたり、リストカットなどをしてしまうことも。調子の悪い時間帯が、定型うつ病と全く逆になります。
睡眠の面では、定型うつ病は夜、布団に入っても、なかなか眠れず、夜中にも度々目が覚める上、朝早くに目が覚めてしまい、そのまま眠れません。特に早朝に目覚める傾向が強く、慢性の睡眠不足になりがちです。
一方、非定型うつ病は1日の睡眠時間が10時間以上にも及ぶほど、「過眠」傾向にあります。睡眠時間が長いにもかかわらず、昼間に眠気を感じ、いくら寝ても寝足りないような気がします。
食欲の面では、定型うつ病は性欲などを含めた基本的な欲求が低下するのが特徴で、食欲が落ちて食べる量も減るため、やせて体重が落ちます。
一方、非定型うつ病は食べることで、気持ちを紛らわしたり、甘い物が無性に欲しくなって発作的に食べる「過食」傾向がみられ、体重も増加しがち。
また、非定型うつ病では、疲労感を通り越して、手足に鉛がついたように、体が重くなる「鉛様まひ」を示すこともあります。
発症する人の性格を分析すると、定型うつ病では、きちょうめんで、まじめで、完壁主義な人ほどなりやすい傾向があります。
一方、非定型うつ病の場合には、相手からどう見られるかを気にし、他人の顔色をうかがう性格傾向がみられ、特に他人から拒絶されることに過敏になる「拒絶性過敏」が重要な特徴となっています。他人の何気ない一言であっても、過剰な気分の落ち込みの引き金となりやすいのです。
その根底には、他人の評価が気になってしょうがないといった不安があり、子供のころから、常に相手のいうことを尊重し、従うために「いい子」といわれていた人、人見知りがある人、人前で上がりやすい人、うまく自己主張するのが苦手な人がなりやすい傾向にあります。
原因を分析すると、定型うつ病では、脳内で情報交換をしている神経伝達物質のセロトニンやノルアドレナリンが少なくなるために、発病するといわれています。非定型うつ病でも、神経伝達物質のノルアドレナリンが関係していると見なされていますが、まだはっきりしたことはわかっていません。
非定型うつ病の日常生活における支障としては、他人の批判を過剰に受け止めてしまうために、親密な人間関係を築くのが困難であったり、他人の批判を恐れるあまりに、人間関係に気を使いすぎてしまうことが挙げられます。過眠傾向にあるため、朝、起きれなくて、約束の時間に遅刻してしまうこともあります。
また、病気の影響で、大脳の前頭葉の血流が悪くなりやすくなります。ここは、思考や情動をつかさどっていて、人間が人間らしくあるために大切な部分。血流が悪くなると、前頭葉がスムーズに機能しにくくなって、心身の不調として出ることがあります。
■薬物療法と心理療法による治療
非定型うつ病の症状が2週間以上続き、つらい時には、我慢をせず精神科や心療内科へ相談に行き、適切な治療を受けましょう。
病院によっては、定型うつ病と非定型うつ病を区別して診断しないこともありますが、治療法や対処法に異なる部分があるため、注意が必要です。そもそも、この非定型うつ病がうつ病の一種として認識されたのは、日本では近年のこと。従来は、適切な治療や投薬が行われないために治りづらく、ほかの病気と診断されることも多かったのです。
非定型うつ病の治療には、薬の服用による薬物療法が行われるほか、生活のリズムを改善するための生活指導や、考え方を整理し捕らえ直すための心理療法が行われます。
時には、入院による治療が行われることもあります。うつ病には、定型・非定型を問わず自殺の危険性があり、特に非定型では、人間関係のやり取りの中で感情が激し、衝動的に自殺を完遂してしまう恐れがあることに、対処しなければならないためです。
非定型うつ病に使われる薬は、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と呼ばれる抗うつ薬を中心に、気分を安定させる気分安定薬や抗精神病薬、不安や不眠を改善する抗不安薬や睡眠薬など、さまざまなものが選択されます。通常、定型うつ病に多く使われるパキシルなどのSSRIだけでは、非定型うつ病にはあまり有効でないことがわかっているために、薬を組み合わせるのです。
薬を飲むことで、落ち込みやイライラが改善され、気分が安定して楽になりますが、治るまでには1年は続けて飲むことが必要です。
薬による治療に加え、認知行動療法などの心理療法的なアプローチも重要です。とりわけ、認知行動療法には薬物療法と同等の効果があることが確認されています。
非定型うつ病の人は、マイナス思考に捕らわれがちで多角的な思考ができず、突発的な問題が起きると、状況や自分の気持ちを整理することが困難になってしまいます。気分の不安定さを解消するために、ギャンブルや買い物、セックス、お酒などに依存する傾向もあり、そうしたものにのめり込む罪悪感から自傷行為を繰り返してしまうことも。
そこで、認知行動療法の助けを借りて、自分の考え方の癖を知り、よりよい行動に修正する方法で、カウンセリングやグループ療法を通じて、ストレスへの有効な対処法や人間関係の結び方を身に着けます。この認知行動療法は、前頭葉の働きを高めるのにも効果的な治療法です。
認知行動療法のプログラム例としては、親など大切な人から愛されているという認知の増強・確認、劣等感の除去、自己主張のスキル、自己の客観視の向上、ストレスヘの対処、情動コントロールがあります。
しかしながら、休養を取り、薬を第一とした適切な治療を受けることで回復していく定型うつ病と異なり、非定型うつ病の場合は悪循環を繰り返すことが多く、なかなか治りにくいのが現状です。
治療を続けるうちに、ふとしたきっかけによって、よくなることもあります。人間関係で不快な刺激が少なくなるなど、人によってそのきっかけはさまざま。職場の人間関係が影響する場合、異動を申し出たり、転職を試みるのも一つのきっかけになります。
症状が治まっても、うつ病は再発しやすい病気ですので、薬を飲み続けることが大切。自己判断で薬をやめるのは禁物です。治癒には平均3年かかるとされるので、焦りも禁物。
そして、医師による治療も大切ですが、この非定型うつ病の改善には、普段の生活習憤も重要なカギを握っています。
■非定型うつ病を改善する生活のヒント
非定型うつ病では過眠傾向になるため、昼夜が逆転し、生活リズムが乱れがちになります。生活のリズムを乱れたままにしておくと、憂うつ、イライラなどの気分や、体の重さといった症状がますます悪化してしまいます。
規則正しい生活を心掛け、軽い運動を行う。この当たり前のことが、気持ちを安定させる一番の特効薬となります。とりわけ、仕事に行くなど昼間は目的を持って活動することが、リズムの乱れを改善するために大切です。
具体的な方法を、以下に紹介します。
規則正しい生活をする
朝はきちんと起きて、3度の食事を食べ、夜は12時前には寝るという規則正しい生活を心掛けましょう。人間の体内リズムは、朝起きて光を浴びることで調整されます。目に光が入ると、脳の松果体から出るメラトニンという睡眠物質の分泌が抑制され、体内リズムがリセットされることによって、1日およそ24時間で一巡する体のリズムが整います。
可能な場合は仕事に行く
仕事に行ける場合には、多少つらくても時間どおり会社に出勤し、業務に取り組むことも必要です。やらなければいけないことがあり、それに取り組むことが、精神の覚醒(かくせい)を促すため、体内リズムを正常にしてくれるのです。
毎日、何か目標を持って生きる
仕事を持っていない人の場合には、朝起きたら「今日はこれをしよう」、「何かをやり遂げよう」と、その日の目標を持って、毎日を生きることが大切。「この本を読もう」など簡単なことでかまいません。自覚を持つことが、昼間の覚醒を促します。
掃除や片付けなど、整理整頓を心掛ける
体を動かす方法としては、掃除や片付けなどの整理整頓(せいとん)もお勧め。適度な運動になるだけでなく、「今日は部屋の掃除をする」ということが目標になって、リズム調整に役立ちます。きれいになると達成感もあり、周囲の人に感謝されることで人間関係の改善にもなり、気分がよくなります。
外に出て散歩などで体を動かす
1日1回は外に出て、太陽の光を浴び、公園を散歩するなど体を動かすようにします。ウォーキングなどの軽い有酸素運動をすると、脳では気分を安定させる脳内物質の分泌が増え、心も体もリラックスします。
身近な人がうつ病になったら
うつ病のタイプによって、接し方が違います。典型的なうつ病である定型うつ病の場合は、とにかくゆっくりと体を休め、休養を取ることが必要。周囲の人が「頑張れ」と言葉を掛けたり、励ましたりすると、本人が自分自身を追い込んでしまうため、よくありません。
逆に、非定型うつ病の場合は、少し励ますことがかえって本人のためになります。「決まった時間に起きて会社に行こうよ」、「1日1万歩を目指して歩いてみたら」など掛ける言葉は優しくても、心は厳しく持ちながら、本人の気力を奮い立たせるように接することが大切です。
また、非定型うつ病では、周囲の人に助けを求めるサインとして、衝動的に自殺を企てる恐れがあります。不安や焦燥感が強い時は、しっかり見守ることが大切になります。
アペール症候群
■頭の形と顔貌が特徴的で、手足の指の癒合がある先天性疾患
アペール症候群とは、複数の特定の奇形を持っている先天性の異常疾患。エイパート症候群とも、尖頭(せんとう)合指症候群とも呼ばれます。
アペール症候群の主な症状は、頭蓋(とうがい)骨縫合早期癒合症、合指症、合趾(ごうし)症で、頭の形と顔貌(がんぼう)が特徴的で、手足の指に癒合などの奇形があります。症状が似ているため、クルーゾン病と同一視する場合もあります。
乳児の頭蓋骨は何枚かの骨に分かれており、そのつなぎを頭蓋骨縫合と呼びますが、乳児期には脳が急速に拡大しますので、頭蓋骨もこの縫合部分が広がることで脳の成長に合わせて拡大します。成人になるにつれて縫合部分が癒合し、強固な頭蓋骨が作られるわけです。
頭蓋骨縫合早期癒合症は狭頭症とも呼ばれ、染色体や遺伝子の異常が原因となって、頭蓋骨縫合が通常よりも早い時期に癒合してしまう疾患。その結果、頭蓋骨や顔面骨に形成不全がみられて、頭、顔、あごに変形が生じます。頭蓋骨の変形は、早期癒合が起こった縫合線と関係があり、長頭、三角頭、短頭、斜頭などと呼ばれる変形が生じます。
眼球突出、両目の離間、気道狭窄(きょうさく)、歯列のかみ合わせ異常、高口蓋や口蓋裂など、さまざまな症状もみられます。また、頭蓋骨の変形によって脳が圧迫されるなどの障害が発生し、水頭症の合併、頭蓋内圧の上昇を認めることも少なくありません。
合指症は、隣り合った手の指がくっついている疾患。アペール症候群における合指症の場合、人差し指から小指までの4本の合指、または親指から小指まで5本全部の合指の2つのパターンに大きく分かれるようです。手の指の間が皮膚によって互いにくっついている場合と、骨によって互いにくっついている場合とがあります。
合趾症は、隣り合った足の指がくっついている疾患。5本全部の指がくっついていることが多いようです。合指症と同じく、足の指の間が皮膚によって互いにくっついている場合と、骨によって互いにくっついている場合とがあります。そのままでも歩行に問題はありません。
水頭症のほか、聴力の障害、精神発達障害を伴うこともありますが、ほとんどは知能の発達に異常はありません。発生頻度は1万6000人に1人とされ、典型的な症状を持つ発症者は常染色体性優性遺伝をすることがわかっています。
乳児の頭蓋骨は、子宮内での圧迫、産道を通る際の圧迫、また寝癖などの外力で容易に変形します。こうした外力による変形は自然に改善することが多いので心配ないものの、アペール症候群における頭蓋骨縫合早期癒合症との鑑別が大切です。
■アペール症候群の検査と診断と治療
乳幼児の頭の形がおかしい、手足の指が癒着していると心配な場合は、形成外科や小児脳神経外科の専門医を受診します。
アペール症候群の症状には、軽度なものから重度なものまであり、形成外科や脳神経外科の領域のほか、呼吸、循環、感覚器、心理精神、内分泌、遺伝など多くの領域に渡る全身管理を要します。乳幼児の成長、発達を加味して適切な時期に、適切な方法で治療を行うことが望ましいと考えられ、関連各科が密接な連携をとって 集学的治療が行われます。
頭蓋骨縫合早期癒合症の治療は、放置すると頭の変形が残ってしまうばかりでなく、脳組織の正常な発達が抑制される可能性があるため、外科手術になります。
手術法としては従来から、変形している頭蓋骨を切り出して、骨の変形を矯正することで正常に近い形に組み直す頭蓋形成術が行われています。乳幼児の骨の固定には、できるだけ異物として残らない吸収糸や吸収性のプレートが用いられます。
近年では、この頭蓋形成術に延長器を用いた骨延長術も行われています。具体的には、頭蓋骨に刻みだけ入れて延長器を装着し、術後に徐々に刻みを入れた部分を延長させ、変形を治癒させるという方法。
骨延長術のメリットとして、出血が少なく手術時間の短縮が図れる、骨を外さないため血行が保たれるので委縮や変形が少ない、骨欠損が比較的早期に穴埋めされる、皮膚も同時に延長可能である、術後に望むところまで拡大可能であるなど挙げられます。一方、デメリットとして、頭蓋形成術より治療期間が長く1カ月程度は入院しなければならない、延長器を抜去する手術が必要となるなどが挙げられます。
さらに、内視鏡下で骨切りを行い、ヘルメットで頭の形を矯正するなどの手術方法も開発されています。 水頭症予防の手術が必要になる場合もあります。
単純な頭蓋骨縫合早期癒合であれば、適切な時期に適切な手術が行われれば、一度の手術で治療は完結することが期待できることがあります。アペール症候群性の頭蓋骨縫合早期癒合症では、複数回の手術が必要になることもまれではありません。頭蓋骨の形態は年齢により変化しますので、長期に渡る経過観察が必要です。
頭蓋骨の手術だけでなく、顔面骨を骨切りして気道を拡大し、眼球突出や不正咬合(こうごう)を適切な位置へ移動させる手術も行われます。
手足の指の癒着は、皮膚だけでなく骨まで癒着している場合、機能を損ねないように慎重に分離手術が行われます。歯列矯正を行う時には、アペール症候群の場合は健康保険が適用されます。
一過性脳虚血発作
■脳に行く血液の流れが一過性に悪くなり、発作が起こるもの
一過性脳虚血発作とは、突然、手足のしびれやまひ、視力障害などの発作が起こり、短時間のうちに回復して、後遺症状を残さないもの。脳梗塞(こうそく)の発作を起こす以前の前触れ症状として、重要な発作です。
動脈硬化を起こしている血管壁から、小さな血液の塊がはがれて、もっと細い脳の血管の一部に引っ掛かって症状が起こります。脳の血管が詰まると、その部分の組織の循環と代謝に障害が起こり、機能が停止します。脳の機能はそれぞれの部位で違うので、損なわれた部位により症状は違ってきます。短時間のうちに、血液の塊が溶けてしまうか、副血行路が形成されるために、発作は一過性ですみます。
そのほか、血圧が急に著しく低下すると、脳に血液が十分いかなくなり、一過性の脳虚血発作を起こすこともあります。この場合は、急性の出血や心筋梗塞、不整脈など、ほかの因子が作用している場合も少なくありません。
症状としては、一過性の片側だけの手足まひである片まひ、手足の一方だけのまひである単まひ、意識消失発作、失語症、半身知覚鈍麻、視力障害、めまい発作などが現れます。これらの症状は、普通は数分から数時間、長くても一昼夜くらいで、後遺症も残さずに消えてしまいます。
しかしながら、このような発作を繰り返しているうちに脳梗塞に移行するので、必ず医師の治療を受けることが必要です。一過性脳虚血発作があった場合、約10パーセントが1年以内に、約30パーセントが5年以内に脳梗塞を発症すると見なされています。
■一過性脳虚血発作の検査と診断と治療
発作の最中に診察を受けることはほとんどないため、多くは発作後、病歴から診断することになります。脳動脈硬化のあることが、この疾患の条件です。診断には頸(けい)動脈の超音波ドプラー検査が有用で、血管の内中膜の厚さや、動脈硬化の指標になるプラークの状態を調べます。血管の病変が原因の一過性脳虚血発作では、詰まりの源になる脳血管の病変を調べることが重要で、脳血管撮影を行い、その狭窄(きょうさく)や閉塞(へいそく)の部位とそれらの程度をみます。
拡散強調画像MRIは、急性期の脳梗塞の有無をみるのに有用です。頸部から血管の雑音を聴き取ることもあります。心疾患が疑われる場合には、心エコー検査を行います。
2週間以内に4回以上の発作がある場合、2週間以内に頻度、持続時間、重症度が急速に増している場合、心臓の異常が閉塞の原因と考えられる場合は、早期入院が必要です。
一過性脳虚血発作は多くの場合、診察時には症状が治まっているので、再発予防が重要です。そのためには、脳梗塞の危険因子となる高血圧、糖尿病、高脂血症の管理、禁煙指導、心疾患の治療、経口避妊薬の中止、運動指導などを行います。
再発予防のための薬物治療としては、発作を繰り返すような場合には、抗凝固剤が使われます。この薬物療法は、最低6カ月、通常は1〜2年は継続する必要があります。また、血管撮影によって脳の血管に狭窄や閉塞が確かめられた場合は、手術によって取り除くこともあります。
過眠症
■突然に起きる強い睡眠発作を中核症状とする神経疾患
過眠症とは、突然に眠り込んでしまう激しい睡眠発作を中核症状とする神経疾患。ナルコレプシー、居眠り病とも呼ばれます。
夜の睡眠は十分に取れていても、昼間、急に睡魔が襲ってきて自分では抑制できず、眠ってしまいます。会話中、車の運転中、食事中、はたまたセックスの最中など、通常では考えられない状況で、突然、すーっと眠り込んでしまうといった具合です。
睡眠発作は1日に何度も起こることもあれば、ほんの数回しか起こらないこともあります。1回の発作で眠っている時間は、普通30分以下。意図的に短い仮眠を取った時には、すっきりと目覚めます。この睡眠発作は、ノンレム睡眠を経過せずに、いきなりレム催眠に入るのが特徴です。
過眠症のもう1つの特徴は、脱力発作(情動脱力発作、カタプレキシー)です。笑ったり、喜んだり、怒ったり、驚いたり、自尊心がくすぐられたりなどの突発的な感情が誘因となって、全身の脱力発作が起こって力が抜け、物を落としてしまったり、ろれつが回らなくなったり、数秒~数分間、筋肉がまひしてその場に崩れ込んでしまったりします。
意識ははっきりしているし、見たり聞いたりもできますが、ただ動けないだけです。この脱力発作は、レム睡眠に入ると筋肉の緊張が完全に消えることと似ています。
ほかに、睡眠まひ、入眠時幻覚を伴います。睡眠まひでは、寝入ったばかりや目が覚めた直後に、体を動かそうとして動かせない状態になります。いわゆる金縛りと呼ばれる状態で、開眼し意識はあるものの随意筋を動かすことができません。本人は非常な恐怖に駆られますが、他の人に体に触れてもらうと治ります。周りに人がいなくても、まひは数分後には自然に治まります。
入眠時幻覚では、睡眠発作により眠り込んだ際や、夜間に寝入った直後、まれに目覚めた際に、現実感の強い幻覚、幻聴を経験します。これらの幻覚、幻聴は正常な夢に似ていますが、もっと強烈で鮮明です。
夜間は、頻回の中途覚醒(かくせい)や、睡眠まひ、幻覚を体験するなどのため、睡眠も妨げられます。
日本人の過眠症の有病率は、1万人当たり16人~18人といわれています。すべての人種において発病がみられる中で、日本人の有病率は世界で最も高く、欧米では1万人に2~4人といわれています。
家族内に起こる傾向がありますが、原因は不明です。過眠症のほとんどは通常、思春期から青年期にかけて発症するため、脳の性的成熟と関係があるとも考えられています。また、オレキシンという視床下部から分泌される神経伝達物質の欠乏と関係があるとも考えられています。
症状は一生涯続きますが、症状のすべてが現れる人は全体の約10パーセントにすぎず、大部分の人は2、3の症状が出るだけです。
■過眠症の検査と診断と治療
昼間に強い眠気を感じる時は、内科や睡眠外来、神経内科を受診します。
根治的治療方法はありませんが、対症的療法でかなりよくなります。中枢神経刺激剤を使用することで眠気を抑制することができ、メチルフェニデート、モダフィニル、ペモリンアンフェタミン、デキストロアンフェタミンなどが使用されます。中で、モダフィニルは他より副作用の少ない薬剤です。脱力発作や睡眠まひの症状を軽くするためには、イミプラミン、クロミプラミンなどの三環系抗うつ剤、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)、SNRI(選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)が使用されます。
イライラ、異常行動、体重減少などの副作用が起こらないように薬剤の量の調整が必要なため、薬物療法を行っている人の体調は慎重に監視されます。
抗うつ剤によって夜の眠りを安定させ、中枢神経刺激剤を朝と昼に服用することにより、日中の睡眠発作をほとんどなくすことができます。しかし、根気よく治療を続けることが必要で、長い年月がたつと症状がかなり軽くなり、多くのケースでは薬剤の量を減らすことができるようになります。
治療では、薬剤によって症状を軽減するとともに、生活習慣の改善も図ります。大事なのは規則正しく生活をし、夜にしっかり睡眠を取ることで、睡眠表をきちんとつけることにより、自分の睡眠生活が理解できるようになります。日中に15〜20分程度の短い昼寝をこまめに取ると、睡眠発作の予防効果があります。
顔面神経まひ(ベルまひ)
■顔の筋肉の運動がまひする疾患
顔面神経まひとは、顔面神経がはれて圧迫され、顔の筋肉の運動がまひする疾患。顔面神経は、運動神経以外にも舌の前3分の2の味覚を伝達したり、音量を調節する小さな筋であるアブミ骨筋を支配しています。
男女差、年齢層に関係なく、急性あるいは亜急性に発症します。原因疾患が明らかな症候性顔面神経まひと、明らかな原因が不明な特発性顔面神経(ベルまひ)とに分けられます。
症候性顔面神経まひの原因疾患として多いのは、単純性疱疹(ほうしん)、帯状疱疹などのヘルペスウイルス感染症で、一般的には口唇ヘルペスを患ったことがある人が突然の顔面神経まひで発症します。ほかには、腫瘍(しゅよう)や代謝疾患が原因となる場合もあります。
特発性顔面神経まひの原因はいまだ不明ですが、考えられる可能性としてはウイルス感染、アレルギー、局所浮腫、寒冷刺激などがあります。いずれにしても、顔面神経は顔面神経管と呼ばれる骨で取り囲まれた狭いトンネルを通って脳から外に出ますが、何らかの原因で顔面神経がはれると、顔面神経が圧迫されてまひが現れると見なされています。
症状は普通、片側だけに起こります。まれには、両側に起こります。侵された側の表情筋が緩むために、顔がゆがむ、額にしわが寄らず仮面様の顔付きになる、口の一方が曲がって食べ物やよだれが出てしまう、目が完全に閉じられない、などの症状が現れます。
そのほか、まひ側の舌の前方3分の2の味覚障害を伴うこともあり、物を食べた時、金属を口に入れたような感じがしたりします。まひ側の耳が過敏になり、音が大きく響くように感じることもあります。目が閉じにくいために目を涙で潤すことができず、夜間などに角膜が乾燥しやすくなるため、角膜に潰瘍(かいよう)ができることもあります。
帯状疱疹(ほうしん)が耳たぶや内耳にできた場合は、激しいめまい、耳鳴り、歩行障害、味覚の消失とともに、顔面のまひが起こります。
■顔面神経まひの検査と診断と治療
基本的には外来で治療可能な場合が多いのですが、検査が必要な場合、診断がはっきりしない場合、顔面神経まひの程度が強い場合などでは、入院が必要です。
顔面神経まひの診断は、典型的な顔の表情から比較的容易です。しかし、原因となる疾患がある場合、両側に同時に発症したり何度も繰り返す場合などは、MRIなどの画像診断が必要です。サルコイドーシス、ライム病などの珍しい疾患で起こった可能性が疑われる場合には、血液検査などの検査が必要になります。障害の程度や回復の正確な評価のために、筋電図や誘発電位検査が行われることもあります。
普通の顔面まひは、数週間で自然に回復することが多いものです。しかし、急性期にはステロイド剤、ビタミンB複合剤などを処方して治療を行います。マッサージや電気治療も行われます。また、目が閉じにくい場合、人工涙液を点眼して角膜を保護します。
帯状疱疹の治療では、原因療法として抗ウイルス剤、対症療法として消炎鎮痛剤が処方されます。抗ウイルス剤は、ウイルスの増殖を阻止して治癒を早めます。神経がまだ破壊されていない初期の段階で使用すれば、帯状疱疹後神経痛の予防が期待できます。また、痛みがひどい場合は、神経ブロックを行って痛みを止める治療法が有効です。神経ブロックとは、局所麻酔剤を用いて、神経の流れを一時的に遮断する治療法です。この治療法によって血液循環がよくなるとともに、神経の緊張が和らぎ、その神経が支配している領域の痛みを止めることができるのです。
帯状疱疹が原因で起こった場合には、比較的、経過が長く、顔面まひがある程度残ることが多いようです。また、再生した顔面神経が本来の支配先と異なった筋を支配してしまった場合には、口を閉じると目が一緒に閉じたり、熱い物や冷たい物を食べた時に涙が出たりする異常連合運動が起こることがあります。
顔面神経まひでは、リハビリテーション療法も重要です。家庭でできるマッサージとしては、朝夕30分間ほど、手で額や目の周りの筋肉をゆっくりと回すようにしてマッサージしたり、まひした口角を引っ張り上げるようにしたり。顔面の筋肉を働かせるために百面相の練習をしたりすると、効果があります。
ギラン・バレー症候群
■筋肉を動かす運動神経の障害で、急に手足が脱力
ギラン・バレー症候群とは、広範囲に渡って末梢(まっしょう)神経を侵してくる多発性神経炎の一種で、ウイルスなどの感染が関係している自己免疫疾患。急性感染性多発性神経炎とも呼ばれています。
筋肉を動かす運動神経の障害のため、急に両手両足に力が入らなくなります。小児まひ(ポリオ)が発生しなくなった先進国においては、脳卒中を除けば、急に手足が動かなくなる原因として最も多い疾患であることが知られています。人口10万人当たり年間1〜2人発症し、日本では少なくとも年間2000人以上発症していることが推定されています。日本では特定疾患に認定された指定難病。
慢性関節リウマチや全身性エリテマトーデスなど多くの自己免疫疾患は女性のほうが多いのですが、ギラン・バレー症候群では男性のほうがかかりやすいと見なされています。乳児から高齢者まで、どの年齢層でも発病し得ますが、遺伝はしません。
発症の原因は、ウイルスなどを排除して自分を守るための免疫システムが異常となり、運動神経、感覚神経など自分の末梢神経を攻撃するためと考えられています。最も症状の強いピークの時には、約3分の2の発症者の血液中に、神経に存在する糖脂質という物質に対する抗体が認められ、これが自分の神経を攻撃する自己抗体として働いている可能性があります。そのほかに、リンパ球などの細胞成分やサイトカインなどの液性成分も、関係していると考えられています。
約7割ほどの人が発症の前に、風邪を引いたり、下痢をしたりしています。軽い発熱、頭痛、咽喉(いんこう)痛、下痢が数日続いた後、1週間前後を経て、急に手足の脱力が始まってくるのが普通です。片側の手足が動かなくなる脳卒中と異なり、両手両足が動かなくなります。大部分の人は運動神経だけでなく感覚神経も傷害されて、手足の先のしびれ感もしばしば伴います。
顔面の筋肉や目を動かす筋肉に力が入らなくなって、目を閉じられなくなったり、物が二重に見えたり、ろれつが回らなくなったり、食事を飲み込みにくくなったりすることもあります。手足のまひの程度は発症してから1〜2週以内に最もひどくなり、その後は改善していきます。重症の場合には、寝たきりになったり、呼吸もできなくなります。
■ギラン・バレー症候群の検査と診断と治療
ギラン・バレー症候群では、発症してからなるべく早い急性期に免疫グロブリン大量静注療法、あるいは単純血漿(けっしょう)交換療法を行うと、ピークの時の症状の程度が軽くなり、早く回復することがわかっています。単純血漿交換療法では、人工透析のような体外循環の回路に血液を通して、血液を赤血球、白血球などの血球成分と、血球以外の血漿成分に分けます。自己抗体を含む血漿成分を捨てて、ウイルスが混入していない代用血漿と自分の血球を体内に戻します。
重症の場合は、まひが次第に体の上のほうに広がって、呼吸まひを起こすようになるので、呼吸管理に気を付ける必要があります。ピークの時には人工呼吸器を用いたり、血圧の管理を行ったりといった全身管理が重要であり、回復する時期にはリハビリテーションも大切となります。
症状は遅くとも1カ月以内にピークとなり、その後徐々に回復に向かい、6~12カ月で多くの発症者はほぼ完全によくなります。比較的、良性の疾患ながら、何らかの障害を残す人が約2割いて、急性期やその後の経過中に亡くなられる人が約5パーセントと報告されています。再発率は多くても、5パーセント未満と見なされています。
自律神経失調症
●自律神経とは?
「頭痛がする」「体がだるくて、つらい」「動悸が激しい」など、いろいろな症状があるのに、病院で検査をしても何も異常がない――。
こんな時、医師から「自律神経失調症」と診断されることがあります。自律神経のバランスが失調し、調整機能が働いていない状態のことをいいますが、では、自律神経とはどういうものなのでしょうか。
【体性神経と自律神経】
私たちの身体の隅々まで張り巡らされている神経には、大きく分けて脳と脊髄からなる中枢神経と、中枢神経から出ている末梢神経に分けられます。末梢神経には、「体性神経」と「自律神経」の二つがあります。
身体機能の調整
○体性神経