膵臓がん
■胃の後ろに位置する膵臓に発生する、予後不良のがん
膵臓(すいぞう)がんとは、胃の後ろに位置する消化腺(せん)である膵臓に発生するがん。
膵臓は十二指腸とくっついていて、横に細長くなって脾臓(ひぞう)に接する臓器で、直径15センチ、重さ100グラムほどとサイズこそ小さいものの、外分泌と内分泌という2つのホルモン分泌を行う機能があります。
外分泌機能は、消化液である膵液を分泌して十二指腸へ送り込み、食物の消化、吸収を助けるもの。膵液には、炭水化物を分解するアミラーゼ、蛋白(たんぱく)質を分解するトリプシン、脂肪を分解するリパーゼといった消化酵素が含まれています。
一方、インシュリン(インスリン)やグルカゴンなどのホルモンを分泌して、血糖値を調節するのが内分泌機能です。インシュリンは血糖値を下げ、グルカゴンは血糖値を高くします。
この膵臓を便宜上、ちょうど3等分して、十二指腸側に接する右側を頭部、中央を体部、脾臓に接する左側を尾部と呼びます。膵臓がんの3分の2以上は、膵頭部に発生します。
また、膵臓がんの90パーセント以上は、十二指腸への膵液の通り道である膵管から発生します。まれには、ホルモンを作るランゲルハンス島(膵島)から発生します。
この膵臓がんは、消化器がんの中で最も予後不良のがんで、近年増加傾向にあります。日本のがんにおける死因としては、平成14年の段階で男性では第5位、女性では第6位。50歳以上の男性に多い傾向にあり、60歳代にピークがあります。
予後不良の原因としては、後腹膜にある臓器であるために早期発見が困難であり、また極めて悪性度が高く、例えば2センチ以下の小さながんであっても、すぐに周囲の血管、胆管、神経への浸潤や、近くのリンパ節への転移、肝臓などへの遠隔転移を伴うことが多いからです。
原因は明らかではありませんが、喫煙、慢性膵炎、糖尿病との関係が報告されています。
食欲不振、体重減少、上腹部痛、腰痛、背部痛などの症状以外に、膵頭部がんでは、目や皮膚が黄色くなる閉塞(へいそく)性黄疸(おうだん)、無胆汁性の灰白色便が特徴のある症状です。
肝臓で作られた胆汁は、胆管を通って十二指腸へ排出されますが、胆管は膵頭部の中を走行するため、膵頭部にがんができると胆管を圧迫したり閉塞したりして、胆汁の通過障害を起こし、閉塞性黄疸が現れます。そこに細菌が感染すると発熱があります。
また、膵管も胆管と同様に閉塞して二次性膵炎を起こし、耐糖能異常すなわち糖尿病の悪化がみられることがあります。さらに進行すると、胃や十二指腸、小腸に浸潤すると、そこから出血して血を吐く吐血、便に血が混じる下血が起こります。胃の出口や、十二指腸が狭くなると食物の通過障害が生じることもあり、食べた物を戻したりします。
一方、膵体部や膵尾部に発生したがんは症状があまり現れず、腹痛が現れるまでにはかなり進行していることが少なくありません。
■膵臓がんの検査と診断と治療
早期発見が何よりも大切なので、40歳以上で胃腸や胆道の病変がなく、上腹部のもたれや痛みがある人、体重が減少して腰痛、背部痛のある人、中年以後に糖尿病が現れた人や、糖尿病のコントロールが難しくなった人は、できるだけ早期にスクリーニング(振るい分け)検査を受けます。
従来の血液検査、超音波検査による検診では、有効なスクリーニング検査がなかったため膵蔵がんの検診は不可能でしたが、最新鋭のMDCTと呼ばれるCTを用いて検査をすれば、切除できるくらいの膵蔵がんの診断が可能になっています。
医師による血液検査では、閉塞性黄疸に伴う肝機能異常や、アミラーゼ値の異常、血糖異常が認められることが多くあります。腫瘍マーカーとしては、CA19—9、DUPAN2、SPAN1、CEAなどが高値を示します。しかし、がんがある程度のサイズになるまでは産生量が少ないため、それほど高値にはならず、いずれも早期診断にはあまり役立ちません。
スクリーニング検査としては、腹部超音波(エコー)、CT、内視鏡的逆行性膵胆管造影(ERCP)、内視鏡的超音波(EUS)、磁気共鳴画像(MRI、MRCP)、ポジトロン放射断層撮影(PET)などがあります。特に、閉塞性黄疸がある場合は、黄疸を減らす治療のために経皮経肝胆管ドレナージ(PTBD)、内視鏡的逆行性胆管ドレナージ(ERBD)をすることにより、診断も可能です。
区別すべき疾患としては、粘液産生膵腫瘍や、肝炎、胆石症、胆管炎、胆管腫瘍、十二指腸乳頭部がん、腫瘤(しゅりゅう)形成性慢性膵炎など黄疸の出現する疾患が挙げられます。
膵臓がんは難治性がんの代表で早期診断が難しく、外科的切除術以外は有効な治療法が確立されていません。膵頭部のがんは、膵頭十二指腸切除術が行われ、膵臓の半分、胃の半分、十二指腸の3分の2、胆嚢(たんのう)、胆管を切除します。膵体部、膵尾部のがんは、膵臓の半分を切除する膵体尾部切除術と脾臓摘出術が行われます。
発見された時に切除可能なのは40パーセント前後で、切除できても再発することが多く5年生存率は数パーセント程度です。
黄疸の治療には、肝臓から胆管にチューブを通して胆汁を体の外に逃がす必要があります。あるいは、内視鏡的に狭くなった胆管にチューブを留置します。十二指腸が狭くなって食べ物が通らなくなった時には、バイパス手術を行うか、内視鏡を用いて金属のチューブを狭くなった部位に入れて拡張します。
がんの切除が不能な場合、放射線療法と抗がん剤による化学療法が行われます。放射線療法はがんを小さくして痛みをとる効果がありますが、完全に治ることはありません。肝臓や腹膜への転移がなければ、放射線と抗がん剤との併用療法が効果的なことがあります。
2001年よりジェムザールという新しい抗がん剤が使用できるようになり、1年以上生存する発症者も増えてきています。肝臓に転移があれば、肝臓に直接抗がん剤を注入することもあります。
放射線療法や抗がん剤による化学療法では、副作用に注意しなければなりません。骨髄機能が抑制され、白血球や赤血球、血小板が減少したり、肝機能が悪化したり、下痢、発熱、食欲不振、吐き気などがよくみられる副作用で、治療の前には必ず血液検査や問診で副作用を確認する必要があります。
水痘(水ぼうそう)
■全身に水膨れが現れ、かゆみを伴う感染症
水痘(水ぼうそう)とは、ヘルペスウイルスの一種の水痘・帯状疱疹(たいじょうほうしん)ウイルスが原因で起こる疾患。全身に次々と小さな水膨れが現れ、かゆみ、発熱を伴います。
一般に冬から春にかけて、子供に流行する疾患で、時折、大流行することもあります。感染経路は、主に空気感染、飛沫(ひまつ)感染で、水疱液の接触感染もあります。ウイルスは強い感染力を持っているため、病院などでは同一フロアにいるだけで軽度の接触と見なします。
従って、水痘にかかった時には、水膨れが完全にかさぶたになるまで、幼稚園や学校、会社などは休まなければなりません。通常は1週間くらいで治り、免疫力が低下している場合には、重症化することがあります。
ほとんどの人が子供の時にかかりますが、最近では、小児期に感染する機会が減ってきていることから、大人になってから初めてかかる例も増えてきています。大人の水痘は、脳炎や肺炎の合併が多くて重症となることが多いので、注意が必要です。また、妊婦が出産直前に感染すると、生まれた新生児は重症水痘になりやすいため、緊急の処置が必要になります。
潜伏期間は11~21日で、発疹(はっしん)の現れる1日前から、軽い発熱、だるさ、食欲低下がみられます。症状の初めは、数個の発疹がみられるだけですが、その後数時間で、全身に円形の赤い発疹が現れ、すぐにエンドウ豆大の水膨れになります。水膨れは数日でかさぶたとなりますが、次々と新しく発疹が現れるので、新旧さまざまな発疹が混在してみられるのが特徴です。
発疹は胸の辺りや顔に多くみられるほか、頭髪部や外陰部、口の中の粘膜など、全身の至る所にみられます。発疹の数が少なく軽症な場合には、熱も38~39℃くらいで3~4日で解熱します。重症の場合には、39℃前後の熱が1週間ほど続くこともあります。
また、かゆみを伴うために引っかいてしまうと、細菌の二次感染を起こす危険性があります。水膨れが乾燥し、かさぶたになってから、2週間くらいでかさぶたはとれます。少し跡が残ることがあります。
一度かかると免疫ができるため、再び水痘にかかることはほとんどありません。しかし、水痘の原因である水痘・帯状疱疹ウイルスは、初感染した水痘が治った後も神経節に潜伏しています。そして、数十年後に、疲れがたまったり、体の抵抗力が落ちたりするなど、何らかのきっかけにより、潜んでいたウイルスが再び暴れ出すと症状が現れます。
この場合、水痘のように全身に水膨れが現れることはなく、神経に沿って帯状に水膨れが現れる帯状疱疹として発症します。
■症状に合わせた治療法
水痘(水ぼうそう)は軽いものから重いものまであり、発症者によってさまざまな症状が現れるので、医師の判断の下に症状に合わせた治療を受けるようにしましょう。
水痘の典型例では多くの場合、その皮膚症状から容易に診断できます。非典型例でほかの病気との区別を要する場合や、早期に診断を確定する必要がある場合などには、水疱の底にある細胞を採取し、蛍光抗体法を用いて水痘・帯状疱疹ウイルス抗原を検出します。また、抗体検査を水痘の発症者に行えば、ウイルスの初感染であることが確認できます。
治療には対症療法しかありませんが、原因となるウイルスの増殖を抑える治療と、発熱、かゆみなどの症状を和らげる治療があります。
乳幼児期の水痘は軽症である場合が多いので、非ステロイド性解熱鎮痛薬、かゆみ止めの抗ヒスタミン薬やフェノール亜鉛華軟膏(なんこう)などが処方され、安静などによる対症的な治療が行われます。
年長児あるいは成人などでは、比較的に重症化することが多いので、抗ウイルス薬のアシクロビル、バラサイクロビルなどの内服を行います。
悪性腫瘍(しゅよう)やその他の疾患により免疫状態が低下している場合では、致死的になることがあるので、入院した上でアシクロビル、ビダラビンなどの点滴静脈注射が行われる場合があります。
水膨れが壊れたら、抗生剤入りの軟膏で二次感染を防ぎます。また、化膿(かのう)がなければ、ドレッシング材などで覆って湿潤環境を維持することで、皮膚に跡が残りにくくなる場合があります。
予防手段としては、水痘ワクチンが使用されます。水痘ワクチンは弱毒化生ワクチンであり、接種により80~90パーセント程度の発症阻止効果があります。発症した場合も症状は軽くてすみますし、ワクチンによる重い副作用もほとんど発生していません。
■日常生活で注意すること
全身症状が軽くても、発疹がすべてかさぶたになって症状が治まるまで、安静にしていることが大切。熱が高い場合には、両脇(わき)を冷やすなどとともに、脱水状態にならないように水分を十分取るようにします。
水痘(水ぼうそう)はかゆみを伴うため、つい引っかいてしまいがちですが、水膨れをつぶすと、化膿したり、跡が残ることもあります。水膨れはつぶさないようにし、手などを清潔にして細菌感染を起こさないようにします。引っかいてしまわないように、爪(つめ)を丸く切ったり、手袋をするのもよいでしょう。
また、水痘・帯状疱疹ウイルスは伝染力が強いので、発疹が現れる1日前からかさぶたになるまでのおよそ1週間くらいは、他人に感染する可能性があります。くしゃみや咳(せき)、会話などによって飛び散ったウイルスが、気道から吸引されて移るため、水痘にかかったことのない人の近くに寄らないようにします。
特に、家族の中に水痘にかかったことのない人がいる場合には、感染する可能性が高く、家族から感染した場合は重症化することが多いので、注意が必要です。
熱がある時や新しい水膨れが増えている間は、入浴は控えます。ほとんどの水膨れがかさぶたになれば、これらを破らないように気を付けながら入浴してもよいでしょう。入浴した後には、皮膚から細菌が入らないように処置が必要なこともあるので、医師に相談して指示を受けましょう。
学校保健法による第2類学校伝染病に指定され、すべての発疹がかさぶたになるまでは、幼稚園や学校を休ませることになっていますので、それまでは子供が元気でも休まなければなりません。すべての発疹がかさぶたになれば、人に移すこともないので、集団の中に入っても大丈夫です。
通常、1週間程度で治りますが、もし4~5日を過ぎても発熱が続いたり、体がだるいなど具合が悪いような場合には、他の病気を合併している可能性がありますので、すぐに医師に相談しましょう。
性器ヘルペス症
■単純ヘルペスウイルスによって発症する性感染症
性器ヘルペス症とは、単純ヘルペスウイルスによって発症する疾患。主に性行為によって、性器へ感染して起こります。
女性では性器の外側の部分である外陰の病変が目立つため、外陰ヘルペスとも呼ばれますが、病変が膣(ちつ)や子宮頸部(けいぶ)に及ぶこともあります。単純ヘルペスウイルスには1型と2型があり、1型は口や目などの上半身に感染することが多く、2型は性器などの下半身に感染することが多いのが一般的です。
症状の出方は2通りあり、痛みと発熱を伴う急性型(初発型)と、感染後に再発を繰り返す再発型とがあります。単純ヘルペスウイルスの初めての感染によって起こる急性型は、性行為などの感染の機会があってから、多くは1週間以内に発症します。主症状である痛みが出る前に、外陰部のかゆみや違和感を感じることもよくあります。
症状は強く、外陰部のかなり広い部分に水疱(すいほう)や潰瘍(かいよう)ができて赤くただれ、非常に強い痛みがあります。発熱したり、全身がだるいなどの症状を伴うこともあります。病変は女性では外陰部や子宮頚部に現れ、男性では包皮、冠状溝、亀頭に現れます。
女性では強い痛みのために歩行や排尿が難しくなって、入院が必要になることもあります。太ももの付け根のリンパ節が痛みを伴ってはれることも、大部分の人で認められ、髄膜炎を合併することもあります。無治療では、治癒までに2~4 週間近くを要します。
単純ヘルペスウイルスはいったん感染すると、完全には排除されずに神経節に潜んでいます。これが心身の疲労や月経、性交などを切っ掛けにして再び活性化すると、性器ヘルペスの再発型を発症し、単純ヘルペスウイルスが神経を通って粘膜や皮膚に現れて病変を起こします。
再発型の症状は比較的軽く、小さい潰瘍やいくつか集まった小さな水疱ができます。発熱などの全身症状や、リンパ節のはれなどは伴わないことがほとんど。多くは1週間以内に治ります。 再発の回数は月2~3回から年1~2 回とさまざまで、年齢を重ねるにつれて、再発の回数は減少してくるのが一般的。
性器ヘルペスの問題点は、繰り返し再発して根治が困難であるため、発症者にとって精神的苦痛が大きいことと、感染しても発症せず無症状でウイルスを排出している場合も多く、本人も疾患に気付かないまま次の相手に移すために予防が困難であることにあります。
性の自由化が進む中で、先進国、開発途上国を問わず、性器ヘルペスは世界的に増加の一途をたどっていて、日本における性感染症(STD)の中では、クラミジア感染症に次いで発症が多くなっています。
また、妊娠末期に性器ヘルペス症になると、乳児が産道感染して重症になり、死亡することが多いので、帝王切開をしなければなりません。自分の手についた単純ヘルペスウイルスが目に入ると、角膜ヘルペスなどを起こす危険性もあります。
■性器ヘルペス症の検査と診断と治療
急性型の場合には症状が急激に現れるため、男女ともに性器などに痛みのある水疱あるいは潰瘍を認めたら、泌尿器科、婦人科への受診が勧められます。再発型で症状が軽い場合でも、性感染症であるため、治るまでは性行為は控えなければなりません。
医師による検査では、女性では外陰部の浅い潰瘍または水疱が診断のポイントになります。特に急性型では、大陰唇の内側と小陰唇に左右対称に病変ができることが多いのも特徴です。
病変部から採取した細胞に多核の巨細胞を認めたり、単純ヘルペスウイルス抗原を検出する補助診断法が有力ですが、感度が低いことが難点です。単純ヘルペスウイルスに対する抗体は、初感染では急性期には陰性で、2〜3週間後に陽性になります。再発型の場合はほとんど変化しません。区別すべき疾患には、外陰部に潰瘍ができる梅毒、急性外陰潰瘍、外陰がんなどがあります。
症状が軽いものには、単純ヘルペスウイルスに効く薬の入った軟こうを塗るだけで治ります。少し状態が進んだものには、アシクロビルやバラシクロビルなどの抗ウイルス剤の注射や飲み薬が処方され、水疱や潰瘍には軟こうが処方されます。高熱や激痛などの重症のものには、点滴で静脈注射をすることになります。
急性型は通常、1〜2週間のうちに症状が治まりますが、体からウイルスがなくなるわけではないため、完治は難しく、体力が落ちている際などに再発しやすくなります。再発した場合は病変も小さいので、軟こうによる治療で多くの場合は十分です。飲み薬による治療も行われますが、再発後少なくとも2日以内に治療を開始しないと有効でないといわれています。
成人T細胞白血病(ATL)
■ウイルスに感染して発症する白血病
成人T細胞白血病(Adult T-cell Leukemia:ATL)とは、レトロウイルス、腫瘍(しゅよう)ウイルスであるヒトTリンパ球向性ウイルス1型(Human T Lymphotropic Virus type 1:HTLVー1)の感染により発症する腫瘍性疾患。
悪性リンパ腫の一種ですが、大部分が白血病化するために、成人T細胞白血病と呼ばれたり、成人T細胞白血病リンパ腫(Adult T-cell Leukemia Lymphoma:ATLL)と呼ばれたりします。1976年に、京都大学の高月医師、内山医師らによって初めて報告、命名された疾患です。
この成人T細胞白血病(ATL)の発症は、ヒトTリンパ球向性ウイルス1型(HTLVー1)を体の中に持っているキャリアの分布と一致することが知られています。キャリアは、日本では120万人、世界では1000~2000万人いると推定されています。
日本では、従来から九州、沖縄など西南日本に多くみられますが、近年は関東、中部、近畿で増え、全国的にキャリアと発症者が存在しています。世界的には、カリブ海沿岸諸国、南アメリカ、アフリカ、南インド、イラン内陸部などにキャリアと発症者の集積が確認されています。それらの地域からの移民を介して、ヨーロッパ諸国、アメリカ合衆国などでも、キャリアと発症者の存在が報告されています。
ヒトTリンパ球向性ウイルス1型の感染経路としては、母乳を介する母子間垂直感染と、輸血、性交渉による水平感染が知られていて、出産時や母胎内での感染もあります。輸血では、感染リンパ球を含んだ輸血により感染し、血漿(けっしょう)成分輸血、血液製剤では感染しません。なお、日本では現在、献血に際して抗体スクリーニングが行われており、輸血後の発症はなくなりました。性交渉による感染に対しても、成人T細胞白血病を発症することは極めてまれであるため、今のところ特別な対策は立てられていません。
ほとんどが母乳感染により、乳幼児の感染者が40~60年の潜伏期を経て、成人T細胞白血病を発症します。日本で発症するのはヒトTリンパ球向性ウイルス1型のキャリア1万人について年間6〜7人あまり、発症の割合は3〜5パーセントほど。40歳以上の人がほとんどで、60~70歳に最も多く発症します。
リンパ球はリンパ系組織、血液、骨髄の中にあり、細菌やウイルスなどの感染と戦っていますが、機能の違いからT細胞、B細胞、ナチュラルキラ-細胞(NK細胞)に分けられます。成人T細胞白血病では、T細胞が悪性化して、リンパ節や血液の中で異常に増加し、骨髄や肝臓、脾臓、消化管、肺など全身の臓器に広がっていきます。末梢(まっしょう)血液中に出現する場合、特徴的な花びらのような形状をした核を有し、花細胞と呼ばれています。
症状としては、首、わきの下、足の付け根など全身のリンパ節がはれたり、肝臓や脾臓の腫大、皮膚紅斑(こうはん)や皮下腫瘤(しゅりゅう)などの皮膚病変、下痢や腹痛などの消化器症状がしばしばみられます。病勢の悪化によって、血液中のカルシウム値が上昇して高カルシウム血症になると、全身倦怠(けんたい)感、便秘、意識障害などを起こします。
悪性化したリンパ球が骨髄に広がった場合には、正常な赤血球や血小板が作られなくなります。このために動悸(どうき)、息切れなどの貧血の症状や、鼻血、歯肉出血などの出血症状がみられることがありますが、他の白血病と違ってあまり多くありません。悪性化したリンパ球が中枢神経と呼ばれる脊髄(せきずい)や脳に広がると、頭痛や吐き気が認められることもあります。
また、免疫担当細胞として重要なT細胞ががん化して、強い免疫不全を示すため、感染症にかかりやすくなり、真菌、原虫、寄生虫、ウイルスなどによる日和見感染症を高頻度に合併します。
■成人T細胞白血病の検査と診断と治療
成人T細胞白血病は、ウイルス感染症、カビによる感染症、カリニ原虫による肺炎、糞線虫(ふんせんちゅう)症といった寄生虫感染症など、健康な人にはほとんどみられない日和見感染症が起こりやすいことで知られています。疲れやすい、熱が続く、リンパ節がはれる、皮疹(ひしん)が塗り薬でよくならないなどの症状が続く場合は、血液内科の専門医のいる病院を受診して検査を受けるようにします。
血液の悪性腫瘍が疑われた場合、まず血液細胞の数や内容を調べる血液検査が行われます。成人T細胞白血病では、花びらのような形をした核を持つ異常なリンパ球の出現が特徴的です。また、血液検査では、ヒトTリンパ球向性ウイルス1型に感染して抗体があるかどうかも調べます。リンパ節がはれている場合には、リンパ節生検が行われ、局所麻酔による小切開でリンパ節を取り出し、顕微鏡で悪性細胞の有無を調べます。最終的に成人T細胞白血病の診断を確定するためには、血液やリンパ節の悪性細胞の中に入り込んだウイルス遺伝子の検査が行われる場合もあります。
成人T細胞白血病と診断された後、疾患の広がりを調べるために全身の検査が行われます。目に見えない腹部や骨盤部のリンパ節がはれてないか、肝臓や脾臓に広がっていないかを調べるために、腹部CTや腹部超音波検査が行われます。胃や十二指腸に広がっていないかどうかを調べるためには、胃内視鏡検査やX線検査が必要です。肺に広がっていないかどうかを調べるためには、胸部X線検査や胸部CTが行われます。
骨髄に広がっていないかどうか調べるためには、骨髄穿刺(さくし)も行われます。骨髄穿刺は、局所麻酔後、胸骨または腰の骨に細い針を刺して骨髄液を吸引し、顕微鏡で観察します。その他、中枢神経である脳や脊髄への広がりを調べるために、局所麻酔後に腰の部分の背骨の間から針を刺して少量の脳脊髄液を採取する場合もあります。
成人T細胞白血病は多彩な症状、臨床経過をとることで知られていますが、一般には急性型、リンパ腫型、慢性型、くすぶり型、急性転化型の5つの病型に分類されています。
急性型は、血液中に花びらの形をした核を持つ異常リンパ球が出現し、急速に増えていくものです。リンパ節のはれや、皮疹、肝臓や脾臓の腫大を伴うことも多くみられ、消化管や肺に異常なリンパ球が広がる場合もあります。感染症や血液中のカルシウム値の上昇がみられることもあり、抗がん剤による早急な治療を必要とします。
リンパ腫型は、悪性化したリンパ球が主にリンパ節で増殖し、血液中に異常細胞が認められない型です。急性型と同様に急速に症状が出現するために、早急に抗がん剤による治療を開始する必要があります。
慢性型は、血液中の白血球数が増加し、多数の異常リンパ球が出現しますが、その増殖は速くなく、症状をほとんど伴いません。無治療で経過を観察することが、一般的に行われています。
くすぶり型は、白血球数は正常でありながら、血液中に異常リンパ球が存在する型で、皮疹を伴うことがあります。多くの場合、無治療で長期間変わらず経過することが多いため、数カ月に1回程度の外来受診で経過観察が行われます。
急性転化型は、慢性型やくすぶり型から、急性型やリンパ腫型へ病状が進む場合をいいます。この場合には、急性型やリンパ腫型と同様に、早急に治療を開始する必要があります。
成人T細胞白血病の治療として一般に行われているのは、抗がん剤を用いた化学療法です。抗がん剤は静脈注射や飲み薬などいろいろな種類があり、血管の流れによって全身に運ばれて悪性化したリンパ球を殺すため、全身療法といわれています。また、髄腔内注射といって、腰の正中部より細い針で抗がん剤を髄液内に入れます。
成人T細胞白血病に対する抗がん剤は、通常、非ホジキンリンパ腫に有効な抗がん剤が用いられます。これらの抗がん剤の併用療法によって、30~70パーセントの場合で悪性細胞がかなり減少して、検査値異常が改善した状態が得られますが、最終的な治癒が期待できるのは残念ながらごく一部にとどまっています。
成人T細胞白血病の細胞には、抗がん剤が最初から効きにくかったり、途中から効きにくくなったりする性質があり、化学療法にしばしば抵抗性を示すからです。また、見掛け上症状がよくなったとしても、再発率は非常に高いことが知られています。
このように治療が難しい疾患ですが、よりよい治療法を開発するために臨床試験が行われています。研究段階の治療法の中で、現在最も期待されているのは同種造血幹細胞移植。化学療法により疾患がある程度コントロールされている、感染症を合併していない、全身状態がよい、50歳以下である、白血球の型が合っているドナーがいるなどの条件を満たす場合は、検討する価値のある治療法です。
また、ミニ移植といって、造血幹細胞移植の前の処置を軽くすることにより、50歳以上の高齢者にも適用可能な同種造血幹細胞移植法も検討されています。
脊髄炎
■脊髄の炎症で、手足の運動障害や感覚障害を発症
脊髄(せきずい)炎とは、感染や免疫反応が切っ掛けとなって、脊髄に炎症の起こる疾患の総称。手足の運動障害や、感覚障害を引き起こします。
脊髄は頸(けい)髄、胸髄、腰髄、仙髄からなりますが、狭い場所に神経が集中しているため、小さな障害でも重い後遺症を残すことが懸念されます。脊髄炎の原因は、原因が不明な特発性、ウイルス、細菌、寄生虫などの感染による感染性あるいは感染後性、全身性エリテマトーデスなどの膠原(こうげん)病あるいは類縁疾患に合併するもの、多発性硬化症、急性散在性脳脊髄炎などの自己免疫性などに分類されます。
正確な頻度は不明ですが、ウイルス感染に関連して発症するものが多いと見なされています。原因ウイルスとしては、帯状疱疹(たいじょうほうしん)ウイルス、単純ヘルペスウイルス、風疹(ふうしん)ウイルス、麻疹(ましん)ウイルス、サイトメガロウイルス、ポリオウイルスなどが知られており、急性脊髄炎を発症します。
一方、成人T細胞白血病ウイルス(HTLV—1)は、慢性の経過を示すHTLV—1関連脊髄症(HAM)を起こします。エイズウイルスなども、徐々に起こってくる脊髄炎を起こします。
原因細菌としては、結核や梅毒を始め化膿(かのう)菌が知られています。
急性脊髄炎では、脊髄は横断性に、すなわち水平面全体に損なわれます。傷害された脊髄の部位に相当する部分に運動障害と感覚障害がみられ、加えて膀胱(ぼうこう)直腸障害を生じます。胸髄が損なわれる頻度が高く、急に両下肢がまひし、主に胸から下にビリビリするしびれ感が起こります。背中や腰に痛みを感じることもしばしばで、排尿、排便の感覚がなくなり、たまりすぎたり、漏らしたりします。頸髄が損なわれると、四肢にまひと感覚異常が生じます。症状は急速に進行し、数日でピークに達します。
障害が横断性でなく、部分的である場合もあります。例えば、運動神経の通っている脊髄の前方部分だけが損なわれると、運動障害だけが現れます。
HTLV—1関連脊髄症では、慢性進行性の両足のまひが特徴で、痛みやしびれ、筋力の低下によって歩行障害を示します。同時に、自律神経症状がみられ、特に排尿困難、頻尿、残尿感、便秘などの膀胱直腸障害は初期より多くみられます。その他、進行例では皮膚乾燥、起立性低血圧、インポテンツなども認められます。
■脊髄炎の検査と診断と治療
急性脊髄炎では、まず感覚障害の分布を参考にして脊髄MRIを行い、脊髄の腫脹(しゅちょう)や病変部を確認します。次に、髄液検査によって炎症の存在を確認します。髄液では、蛋白(たんぱく)の量や細胞の数が軽度に増加しています。病因を調べるためには、ウイルス抗体価、髄液細菌培養、膠原病および類縁疾患のチェックなどが必要です。
HTLV—1関連脊髄症(HAM)では、慢性進行性の両足のまひや排尿障害、感覚障害などの症状と、血清および髄液で抗HTLV—1抗体が陽性であり、ほかに原因となる疾患がないことを確認します。髄液検査では、軽度のリンパ球性細胞の増加、軽度から中等度の蛋白増加のほか、核の分葉したリンパ球を認めることがあります。脊髄MRIでは、胸髄を主にした著しい脊髄委縮が認められます。
急性脊髄炎の治療では、安静を守った上、抗ウイルス薬や、アレルギー反応を抑えるために副腎(ふくじん)皮質ホルモン(ステロイド剤)を投与したりします。頸髄障害による呼吸不全がみられた時は、呼吸管理も必要になります。排尿障害に対しては、膀胱カテーテルの留置が必要になる時も多く、慢性期になっても自己導尿を行う場合もあります。薬物療法は1カ月程度で終了し、早期から積極的にリハビリテーションを行います。
HTLV—1関連脊髄症の治療では、自己免疫反応の関与が推定されているため、ステロイド療法やインターフェロン療法を行います。
脊髄炎では、寝たきりとなって、床擦れや膀胱炎などの合併症が起こりやすいので、これを予防するためにエアーマットを使用し体位の変換を頻回に行います。関節の曲げ伸ばしができなくなる拘縮を防ぐため、歩行訓練など早期からのリハビリテーションが大切です。
前立腺肥大症
尿道が圧迫されて、排尿障害をもたらすことが知られている前立腺肥大症は、高齢の男性によく見られる病気です。
年齢と深い関係にあり、40、50代で症状が出始め、60歳を過ぎると半数以上の人が夜間頻尿と放尿力低下を訴え、65歳前後で治療を開始する人が多くなります。そして、80歳までには80パーセントの人が前立腺肥大症になるとみられています。
程度の差こそあれ、高齢の男性はほぼ全員が発症するため、男性の更年期症状とか、老化現象の一種という見方もできます。
尿道付近の前立腺組織が肥大して、尿道を圧迫するために起こる病気であり、ガンとは違って良性の増殖ですので、生命にかかわるような病気ではありませんが、放っておくと尿閉といって尿が全く出なくなることもあります。
症状には、第1期から第3期までがあります。
【第1病期(膀胱刺激期)】
夜間にトイレに行く回数が多くなる、尿の勢いがない、尿がすぐ出ない、少ししか出ない、時間がかかる(排尿障害)などの症状が出てきます。
【第2病期(残尿発生期)】
尿をした後もすっきりとせず、残っているような感じがする(残尿感)といった症状が出てきます。
【第3病期(慢性尿閉期)】
昼夜を問わずトイレに行く回数が増えて、排尿にかかる時間が長くなり、一回の排尿に数分かかるようになります。時には、尿が全く出なくなってしまうこともあります(尿閉)。
●前立腺肥大症の検査と診断
前立腺肥大症は、男性であれば誰でもなる可能性があります。50歳を過ぎて尿の出が悪いと感じたら、一度泌尿器科の検査を受けてみてください。
前立腺肥大症の診断には、一般的に次のような検査が必要です。
問 診
自覚症状としての排尿障害の程度や、他の疾患との鑑別をするため、既往歴などを詳しく聞きます。
尿流量測定
他覚所見として、排尿障害の程度を数値化して表します。
直腸診
前立腺の大きさ、硬さ、表面の状態(なめらかさ・凹凸)がわかります。
超音波診断
前立腺の腹側の状態、残尿のおおよその量も推定できます。
血液検査
(腫瘍マーカーの測定)
腫瘍マーカー検査は、前立腺ガンとの鑑別のために行います。
●前立腺肥大症の治療法
【薬物療法】
現在行なわれている薬物療法は、
1. 機能的閉塞に対するα1-ブロッカー
2. 機械的閉塞に対する抗アンドロゲン剤
3. 不安定膀胱に伴う刺激症状(頻尿、尿意切迫、切迫性尿失禁)に対する生薬・漢方薬があります。
これらの3項目が基本となり、第一選択薬としてα1-ブロッカーを使用し、機能的閉塞を解除することから行われます。
■主な治療薬
α1-ブロッカー
排尿時は膀胱頸部の開大を助け、尿勢を増し、蓄尿時は膀胱の過活動を抑制し、日中および夜間の頻尿を軽減させます。 めまい・ふらつき・立ちくらみなどの低血圧に伴う症状が生じる場合があります。
抗アンドロゲン剤
前立腺を縮小させ、腺腫による直接的な機械的閉塞を改善させます。 肝機能障害、性機能障害や女性化乳房などがあります。
生薬・漢方薬
排尿困難、頻尿、尿意切迫、残尿感など複雑な自覚症状を改善させるといわれていますが、どのように作用するかは解明されていません。 軽度の消化器症状を認める程度です。
【手術的治療】
手術に踏み切る一定した基準はありません。病期でいえば第2病期以降で、薬物療法で思うように症状が改善しない場合や、残尿が100ml以上あり、尿閉を繰り返すような場合に手術を考えます。
■主な手術法
経尿道的前立腺切除術(TURP)
先端に電気メスを装着した内視鏡を尿道から挿入し、患部をみながら肥大した前立腺を尿道内から削り取ります。 体内に入った灌流液が電解質のバランスを崩し、吐き気や血圧の低下などを起こすTURP反応と呼ばれる副作用が起こることがあります。
レーザー治療
尿道に内視鏡を挿入し、内視鏡からレーザー光線を照射します。そして肥大結節を焼いて壊死を起こさせ、縮小させます。 組織を焼いてしまうため、ガンの有無を調べられません。また、組織が壊死し脱落が起こるまで、症状の改善は見られません。
温熱療法
尿道や直腸からカテーテルを入れ、RF派やマイクロ派を前立腺に当てて加熱し、肥大を小さくして尿道を開かせます。 根治的な治療ではないため、半年から一年で症状はもとに戻ってしまいます。
尿道バルーン拡張法尿道ステント挿入法
肥大結節によって狭くなった前立腺部の尿道を物理的な力によって押し広げたり、管を挿入して尿道を確保する方法です。 救急的な意味合いの強い対処療法と位置付けられているため、あくまで手術ができない患者さんのための処置です。
●前立腺肥大症にならないために
前立腺肥大症の最大の危険因子は、加齢です。これを防ぐことは誰にもできません。しかし、身に着けたほうがよいと考えられている生活習慣が、いくつかあります。それらをご紹介します。
1.オシッコを我慢しない
排尿を我慢すると尿閉になることあります。
2.体を冷やさない
特に下半身を冷やさないようにし、骨盤内の血液の循環を常に良い状態に保つようにする。
3.適度な運動を
血液の循環を良くし、前立腺のうっ血を予防する。
4.便秘に気を付ける
膀胱も腸と同じ平滑筋なので、便秘の人は排尿状態が悪くなっている可能性があります。
●前立腺肥大症になったら
すでに前立腺肥大症になってしまった方は、上記4項目に加えて下記のことも守ってください。
1. 薬には十分注意する
薬の中には急性尿閉を起こすものがありますので、他の病院で診療を受ける時は、医師に必ず前立腺肥大症であることを伝えてください。
2. 水分を十分とる
夜間頻尿を恐れるあまり、水分摂取を抑えると脱水状態になり腎機能障害を起こすことがあります。
3. 過度なセックスは控える
神経質になる必要はありませんが、長時間にわたる過度なセックスなどは避けたほうが無難です。
4. 手術後は安静に
水分を多めに取り、こまめに排尿することが大切です。また、手術した部分を圧迫するような運動は避けてください。
爪甲軟化症
■ケラチン不足のために、つめが異常に軟らかい状態
爪甲(そうこう)軟化症とは、成人のつめの甲が異常に軟らかい状態。
つめは皮膚の付属器で、皮膚の最も表面にあって、軟ケラチンからなる角層が変化したもので、硬ケラチンで主に形成されています。ケラチンとは20種類のアミノ酸が結合してできた蛋白(たんぱく)質で、水分をよく含んで弾力性に富み、紫外線や衝撃など外部刺激から指先を守るクッション効果やバリア効果があります。
そのつめの硬さは、人によってかなり違います。赤ん坊のつめは大変軟らかく、年齢を増すごとにだんだんと硬い、弾力のあるつめとなってくるものです。そして、さらに年を重ねると弾力のない、硬いつめに変わっていきます。つめは指先の保護の役割と細かい作業をするために必要で、もしも成人で赤ん坊のつめのように軟らかいつめをしていると、細かい指先の仕事は難しくなってしまいます。
成人の爪甲軟化症では、つめを構成している成分の一つであるケラチンが不足することから、徐々につめの甲が薄く、軟らかくなります。色は青白く、曲がりやすくなります。よくカルシウム不足だとつめが軟らかくなどといわれますが、カルシウムの不足とは関係ないようです。
爪甲軟化症は手や足に汗を多くかく人に起こりやすく、多汗のために、つめの甲の中の水分が多くなってしまうためと考えられています。若い女性に比較的多くみられます。また、クリーニング業の人などで、アルカリ性の薬品が長くつめに作用した場合、爪の甲がへこむ匙状(さじじょう)づめと一緒に生じることもあります。その他、マニキュアを多用する人、リウマチのある人にも多く見受けられます。
全身的な栄養状態とは、無関係です。 ほとんどの場合、内臓の疾患とは関係ないようです。
■爪甲軟化症の検査と診断と治療
爪甲軟化症を起こし得る外的物質や薬品、あるいは皮膚疾患、多汗症などを検査して、原因がわかるようであれば、それを除去ないし治療します。
クリーニング業の人などに生じる匙状づめの治療では、鉄剤を内服します。仕事上、どうしても薬品を使用しなければいけないという人にとっては、食事で鉄分を意識的に摂取することがお勧めです。また、指を保護するアイテムを使用するのもお勧めです。
早漏
■パートナーが満足しないうちに、男性が短い時間で射精する状態
早漏とは、性交の際に陰茎を膣(ちつ)内に挿入した男性が、女性が性的に満足しない短い時間で射精する状態。対義語は遅漏です。
男性の陰茎の内部の中心には、スポンジのような構造をした左右一対の陰茎海綿体があり、この海綿体が硬く膨張して勃起(ぼっき)は起こります。平静時には、陰茎は委縮と勃起の中間の状態にあります。活動の神経である交感神経系のシグナルと、リラックスの神経である副交感神経系のシグナルの両方が、互いに作用していることによります。
性的な刺激を受けた場合や、性的なことを想像した場合に大脳皮質が興奮すると、その信号が脊髄(せきずい)や末梢(まっしょう)神経を通って、陰茎海綿体神経に伝達されます。一酸化窒素が分泌され、さらにグアノシン一リン酸(サイクリックGMP)が合成されて、陰茎海綿体にある平滑筋が緩みます。このために、血液が一気に海綿体へと流入します。
すると、陰茎海綿体を覆っている白膜が引き伸ばされ、静脈を圧迫して血液の出口をふさぐために、流入した血液が海綿体中に閉じ込められた状態になって、陰茎が性行為に適当な硬さに硬直して、勃起が完成します。
これらの流れのうちどこかに異常が起こった状態が、勃起障害です。勃起は完成しているのに、射精に至るまでの時間が短い状態が、この早漏です。
「自分が早漏ではないか」と思う男性にとって、その定義が気になるところですが、明確に定まっているものではなく、基準がいろいろとあります。
例えば、膣内に挿入後1~2分以内の射精、または挿入前の射精。性交時のピストン運動が10回以内である射精。パートナーの女性が性的満足に達する前の射精。時間や回数は関係なく、射精をコントロールできない状態。
基準はあっても、射精までの時間は人によって異なり、何分で起こるのが正常であるかは決められません。短い時間であっても、パートナー側に特に不満がないのであれば、何も気にすることはありません。
元来、動物の雄は早漏です。外敵から身を守りながらの行為ですから、それも当然です。人間だけが早漏で悩むのは、種の保存行為が快楽の一つでもあるため、相手が十分な満足感を感じないと問題になるからです。
ほとんどの場合、男性の身体機能には問題はありません。性交の際に女性のほうが性的満足を得るのが遅いため、男性側が自然に任せて射精した場合は早漏となります。また、性行為に不慣れな男性は、自分の性欲をうまくコントロールできないため早漏になりやすいもの。これらが原因であれば、特に心身には問題はありません。
ただし、包茎による皮膚や粘膜の刺激への過敏、神経伝導疲労による大脳の射精抑制機能低下、加齢などによる勃起神経の衰えで射精をコントロールする射精管閉鎖筋の筋力弱化、慢性尿道炎や前立腺(せん)などの疾患といった身体機能に問題があることもあります。あるいは、精神的、心理的なストレスやプレッシャー、焦りなどが原因のことも多々あります。
これら以外にも原因が考えられ、互いに複合的に作用して早漏となる場合も少なからずあります。
■早漏の検査と診断と治療
精神的、心理的な原因で射精をコントロールできず、それが長い期間続くような場合は、精神科か泌尿器科の専門医を受診します。包茎によって、陰茎の皮膚や粘膜が刺激に対して過敏になっている場合は、泌尿器科か整形外科の専門医を受診します。
早漏の治療方法で、完全なものは存在しません。原因がさまざまですから、包茎など早漏を引き起こしている原因を解消すれば、改善する場合もあります。しかし、原因が精神的、心理的なものである場合は、専門の医師のカウンセリングを根気よく受けることが改善への道といえます。
包茎の人が早漏になった場合、包茎手術によって早漏も改善する例が多数あります。また、亀頭にダーマライブなどの薬剤を注入する治療法も、亀頭への刺激に対するクッションになるので、早漏防止に効果を発揮します。
陰茎の手術には、陰茎背部神経遮断術もあります。感覚神経過敏による早漏で、他の精神的要因がなく、薬物治療では効果がない場合には有効です。局部麻酔で30分ほどで終わり、術後すぐ日常生活に戻れるほど簡単です。
薬物治療では、うつ病やパニック障害の治療薬である抗うつ剤(SSRI)に射精抑制効果があることがわかってきたため、応用して使用されています。抗うつ剤のうちでは、フルオキセチン、セルトラリンなどが最も有効とされています。しかし、副作用である勃起障害や射精抑制効果による射精障害にならないように、使用は制限されています。
近年、特異的な抗うつ剤(SSRI)で、短時間作用型選択的セロトニン再取り込み阻害薬であるダポキセチンも、新薬として使用されています。ほかに、射精を遅らせる効果のある薬剤としては、オピオイド、コカイン、ジフェンヒドラミンがあります。
泌尿器科では、射精抑制の訓練を受けることもできます。早漏を改善するのに、性交前に精神安定剤や酒を用いる方法や、リラックスを心掛ける方法もあります。
ターナー症候群
■低身長を特徴とし、女性だけに起こる先天的な疾患
ターナー症候群とは、染色体異常のうちの性染色体異常の代表的な疾患で、女性にだけ起こる先天的な疾患。その最も大きな特徴は、背が低いことです。
他にも、首の回りの皮膚がたるんでいるためにひだができる翼状頸(よくじょうけい)、ひじから先の腕が外向きになる外反肘(がいはんちゅう)、乳房が大きくならない、初潮が来ないといった二次性徴欠如などの特徴があります。
ただ、症状にも個人差は大きく、例えば二次性徴に関して、中学生になっても性の発達が見られない女性が多い一方、ほぼ正常に二次性徴が現れるターナー症候群の女性もいます。中学生くらいまでは、低身長以外、あまり気になる症状がない女性も多くいます。また、合併症として、後天的に治療を要する症状が出てくる場合もあります。中耳炎、難聴、骨粗鬆(こつそしょう)症、糖尿病などがその例で、思春期年齢以降に起こることがあります。
ターナー症候群という疾患名は1938年、これを初めてきちんとまとめたアメリカの内科医ヘンリー・ターナーの名前に由来します。それから約20年後の1959年、染色体の検査が開発され、以後、ターナー症候群は染色体検査できちんと診断でき、幅広く見付けられるようになりました。しかし、この疾患は染色体異常が原因のため、今のところ疾患そのものを治す方法はありませんが、成長ホルモン治療で身長は改善し、二次性徴も女性ホルモン剤の使用で治療が可能です。
染色体は、体を作るすべての細胞の内部にあり、2つに分かれる細胞分裂の一定の時期のみ、色素で染めると棒状の形で確認できます。染色体には22対の常染色体と2対の性染色体とがあります。父親から22本の常染色体と1本の性染色体、母親から同じく22本の常染色体と1本の性染色体を受け継いで全部で46対の染色体を持つことになります。性染色体にはXとYという2つの種類があり、Xを2本持つ場合は女性に、XとYを1本ずつ持つ場合は男性になります。染色体は女性だと46XX、男性だと46XYということになります。
ターナー症候群の女性の場合の典型的な例は、45Xであり、Xが1つしかないものです。また、X染色体が2本あるのに先が欠けていたり、時には小さなY染色体の一部を持っていたり、46XXと45Xとが混ざり合っているモザイクを持つなど要因はさまざまです。
ターナー症候群の発生頻度は、1000~2000人に1人と推定されています。先天的な疾患の中では、かなり多いほうといえるでしょう。しかも、この染色体構造を持っていると圧倒的に流産の確率が上がりますので、受精卵の段階での発生数はかなりであろうと考えられます。
■ターナー症候群の検査と診断と治療
早期発見が重要です。ターナー症候群という体質を正しく理解する時間的余裕が、本人と家族に得られます。背が低いのを少しでも高くしてほしいという女性に対して、よりよい治療成績も得られます。ターナー症候群における低身長症は成長速度が遅いわけですので、発見が遅れれば遅れるほど標準的な身長との差は開いて、せっかく治療しても取り戻すことが難しくなってきます。
また、低身長症の裏に重大な疾患が隠されていた場合、それを早い段階で見付けて、早く治療することが大事です。成長を促すホルモンを出す脳や甲状腺(せん)、あるいは栄養を体に活かす役割を担う心臓、腎(じん)臓、肝臓、消化器官そのものに異常がある場合は、一刻も早くその元凶を治していかなければなりません。
ターナー症候群の日本人女性は成長ホルモン治療を受けなかった場合、最終身長が平均139センチなので、治療希望の人には早期発見、早期治療は極端な低身長を防ぎ、最終身長を平均身長に近付ける上で効果が見られています。
ターナー症候群であることが確定すれば、そのすべての人に成長ホルモン治療が公費でできます。成長ホルモン治療の方法は、自己注射方法で、家庭で注射を行います。そのため、医師の適切な指示により注射をすることが必要です。年齢に応じ、夜寝る前に毎日、あるいは2日に1回注射をします。小さいうちは、親などが注射をし、自分でできるようになれば本人が行います。注射針はとても細く、痛みは少ないので心配ありません。
成長ホルモン注射は基本的に、最終身長に達するまで続けることが必要です。具体的には、年間成長率が1センチになった時か、手のレントゲンで骨端線が閉じる時まで、すなわち15〜16歳ころまで続けることになります。しかし、思春期の早い遅い、性腺刺激ホルモン分泌不全の有無によって治療期間が異なり、20歳を過ぎることもあります。身長の伸びの程度もさまざまな条件が関係してきますが、一般的にホルモン不足が重症なほど成長率も高いといえます。
成長ホルモン治療ではまれに、副作用がみられることもあります。注射した場所の皮膚が赤くなったり、かゆくなったり、注射部位がへこむこともあります。同じ場所ばかりに注射するのでなく、毎回注射する場所を変えることが重要です。 身長が伸びるのに伴って、関節が痛むこともあります。多くはいわゆる成長痛で、一時的なもので心配いりません。しかし、股関節の痛みが強い時や長時間続く時は、大腿骨(だいたいこつ)骨頭すべり症なども疑う必要があります。
一時期、成長ホルモン治療と白血病発症との関連性が心配されましたが、現在ではその関連性は否定されています。 原則として安全な治療薬ですが、治療中はもちろん、治療後も定期的に検査を行うなど、副作用がないかを専門医で調べる必要があります。
体臭
大腸がん
●食生活の欧米化で増加する一方
大腸がんとは、大腸の粘膜に悪性の腫瘍(しゅよう)ができた疾患です。発生部位によって、大腸の大部分を占める結腸にできた結腸がんと、肛門(こうもん)までの10センチ前後に相当する直腸にできた直腸がんとに分類できます。
従来、日本人には比較的少ないがんとされてきましたが、近年、増加する一方で、年間約6万人の罹患(りかん)者数は、胃がんに迫っています。この大腸がんの増加の原因として、食生活の欧米化による、食物繊維の摂取不足と動物性脂肪の摂取増加が挙げられます。
大腸がんの発生部位でみると、直腸と結腸で半々の割合ですが、結腸の中でもS状結腸がんが増加する傾向にあります。罹患の頻度は男性、女性ともに同じで、60代が一番多く、70代、50代と続きます。若年者の大腸がんでは、遺伝的な素因もあると見なされています。
●結腸がんの症状は腹痛と血便
盲腸、結腸、直腸の3部からなる大腸のうち、結腸にできた悪性の腫瘍が、結腸がんです。結腸は、上行、横行、下行、S状の各結腸からなります。
長さ約1・5メートルに渡る大腸の壁は、内腔側から粘膜(固有層)、粘膜筋板、粘膜下層、固有筋層、漿膜(しょうまく)下層という5つの層に分かれています。このうち、がんが粘膜内から粘膜下層にとどまっているものを早期結腸がん、固有筋層以下にまで進んでいるものを進行結腸がんといいます。
最もがんができやすいのは、直腸に近いS状結腸で、下行結腸、横行結腸、上行結腸の順に少なくなっていきます。 小腸から送られてきた内容物である便のもとは、管腔(かんこう)の広い上行結腸に入った時には、まだ水のような状態です。管腔の狭い下部の下行結腸からS状結腸に至って、特に硬くなるために腸壁を傷付けてしまうことがあるのが、S状結腸や下行結腸にがんが多い理由です。同時に、硬くなった便の滞留時間が長くなることも、悪影響を与えると考えられています。
結腸がんの初期症状として最も多いのは、腹痛。右側の結腸、すなわち盲腸及び上行結腸、横行結腸右半分のがんでは、80パーセントに腹痛が認められ、嘔吐(おうと)を伴うことが少なくありません。また、がんの部位からの出血によって血便が出ることがありますが、これは鮮やかな赤色ではなく、便が全体に暗赤色に変わったり、黒っぽい血塊が便に混じったりします。
左側の結腸、すなわち横行結腸左半分、下行結腸、S状結腸では、がんのために腸が狭窄(きょうさく)を起こすことが多く、便秘と下痢が交互に繰り返して起こったり、腸の一部がふさがる腸閉塞(へいそく)症を起こしたりします。
早期症状としては、やはり腹痛が最も多く、差し込むような痛みが多く生じます。血便などの下血症状も、半数の人に認められます。
しかし、結腸がんでは、発病してから2~3年はほとんど自覚症状を感じないままに過ぎ、貧血が進行して倒れるようになってから、初めてがんと知ることもあります。
●ポリープから発生する直腸がん
大腸のうち、直腸の粘膜にできた悪性の腫瘍が、直腸がんです。直腸は便の滞留時間が長いため、腸壁が傷付くことが多く、さらに排便時の硬い便がさまざまな刺激となり、がんの前身である腺腫(せんしゅ)性ポリープを発生させる原因になると考えられています。
直腸がんでは、この腺腫性のポリープから発生するものが大部分で、腺腫を介さず直接粘膜からがんが発生するものは少数です。
代表的な初期症状は、血便。がんの前身であるポリープが大きくなると、便秘しがちになり、便がポリープを傷付けて出血を起こします。さらに、ポリープにがんが発生して広がってくると、崩れて傷付き、出血するようになります。
肛門からの出血は、痔(じ)出血と間違えるほど真っ赤ですから、非常にはっきりした自覚症状といえます。血液だけではなく、粘液の排出もしばしばあり、がんが進むと、悪臭のある腐敗性のものが排便と同時に排出されます。
また、直腸の炎症を一緒に起こすため、下痢と度重なる便意がくることもあります。がんのために直腸が狭まると、便が細くなり、周囲に血液が付いてきます。出血を繰り返すと、貧血が強くなり、めまいを起こすようにもなります。
痛みは初期にはほとんどなく、がん病巣の潰瘍(かいよう)が大きくなったり、直腸の狭窄が強まったりすると、腹部膨満や腹痛、あるいは肛門や臀部(でんぶ)に放散する痛みが起こります。
しかし、これといった症状がほとんどないうちに突然、腸閉塞症として発病することもまれではありません。
●医師による検査、診断、治療
大腸がんは、早期のうちに発見し患部を取り除けば、ほぼ100パーセント近く完治できる病気です。無症状の時期にがんを発見するには、便の免疫学的な潜血反応を調べます。簡単に行えて体に負担のない検査で、陽性と出た場合には、大腸X線検査や大腸内視鏡検査が行われます。しかし、陽性と出ても必ず大腸がんがあるわけではなく、逆に進行した大腸がんがあっても陰性になることもあります。
排便時の出血や便通異常がある場合には、血液検査で貧血の有無、腹部のX線検査でガスの分布の状態を調べます。腹部の触診では腫瘤(しゅりゅう)、すなわち、こぶを触れることがあり、直腸がんでは肛門から指を入れて触るだけで、ポリープ、がんなどの有無を診断できることもあります。ポリープがあれば、内視鏡でポリープ全体か部分を採取して、組織検査を行い、良性か悪性かを診断します。
確定診断をするためには、食事制限と下剤により大腸を空っぽにして、肛門から造影剤を入れてX線写真を撮る注腸検査と、下剤で大腸を洗浄し肛門から内視鏡を挿入して直接大腸の内腔を観察する大腸検査が必要です。大腸内視鏡検査は、挿入技術の進歩と器械技術の進歩により、苦痛も少なくかつ安全にできるようになっています。
内視鏡検査では、直接大腸の内側を観察し、異常があれば一部をつまみ取って顕微鏡で良性か悪性かを調べます。ポリープやごく早期のがんであれば、内視鏡で簡単に治療が可能で、診断と治療を同時に行うことも可能。
また、がんの進行度によっては、周囲の臓器への広がりや、肝臓やリンパ節への転移の有無を調べるために、腹部の超音波検査、CT検査、MRI検査を行うこともあります。近年では、早期がんの進行度を調べて治療方針を決めるために超音波内視鏡検査を行うこともあります。
大腸がんの治療の原則は、がんを切除することです。がんが粘膜下層までにとどまっている早期がんの中でも、粘膜下層の浅いところまでであれば転移の心配はなく、内視鏡での治療が可能です。また、肛門に近いところにできた早期の直腸がんでは、おなかを開けずに手術を行います。
リンパ節転移の可能性があり内視鏡治療ができないのものや、固有筋層以下にまで達している進行がんでは、外科手術が必要です。手術では開腹し、腫瘍を含めた大腸の一部を切除してリンパ節をきれいに取り除き、残った腸をつなぎ合わせます。
また、近年では小さな傷で手術ができる腹腔鏡を用いた治療が急速に普及してきており、早期がんばかりではなく隣接臓器に浸潤していない進行がんに対しても、行われるようになってきています。
進行した直腸がんでは、肛門から離れている場合には肛門の筋肉が温存できる低位前方切除術が行われ、最近ではさらに、術後の性機能や排尿機能を温存するように必要最低限の手術が行われています。
それ以外では、人工肛門(ストーマ)が必要なマイルス法で手術が行われます。人工肛門もさまざまな装具が開発されており、普通に社会生活が送れるようになっています。
がんが広がりすぎていて不能な場合には、抗がん薬を用いた化学療法、放射線療法、免疫療法などが行われます。
●生活習慣の改善アドバイス
大腸がんの発生を防ぐには、生活習慣を改善することです。完全ではありませんが、ある程度の予防は可能です。
●食物繊維を豊富に含む、野菜、いも類、穀類、茸類、海草類などを積極的に取る
●主食はなるべくご飯にする
●動物性の高脂肪、高蛋白(たんぱく)の食物を過度に取りすぎない
●1日3回決まった時間に食事をする
●禁煙する
●お酒は適量を守る
●規則正しい排便習慣を身に着け、便意を我慢しない
●生活リズムを整え、毎日適度な運動をする
大腸憩室
■大腸粘膜の一部が腸壁外へ袋状に突出した状態
大腸憩室とは、腸管内圧の上昇などによって、大腸粘膜の一部が腸壁外へ嚢胞(のうほう)状に突出した状態。憩室は消化管の一部が嚢胞状に突き出したものを指し、嚢胞は液体を満たした袋を意味します。
大腸憩室が多発した状態を大腸憩室症といいます。憩室壁に筋層がある先天性憩室と、筋層を欠く後天性憩室に分けられますが、大部分は後天性憩室で比較的高齢者に多くみられます。
憩室のできるところは、腸壁の筋層が弱く、血管の出入りしているところで、腸管膜の付着部に好発します。従来、日本人は右側の大腸である盲腸、上行結腸に多くでき、欧米人は左側の大腸であるS状結腸に多くできるのが特徴でした。近年では食事や生活様式が欧米化してきた影響で、日本人にもS状結腸に憩室ができるようになり、また、全大腸型といって左右の大腸に多発する傾向もみられます。
その原因として、食習慣の欧米化とともに肉食が多くなって、食物繊維の摂取量が減少したため、便秘や腸管のれん縮、ひいては腸管内圧の上昇を起こしやすくなったことが挙げられます。そのほか、超高齢化社会が到来して、加齢によって腸管壁が脆弱(ぜいじゃく)化した高齢者が増えたことも挙げられます。
糞便の(ふんべん)の硬さ、通過の関係から、盲腸、上行結腸の憩室は比較的無症状です。S状結腸の憩室は、時に下痢、軟便、便秘などの便通異常、腹部膨満感、腹痛などの腸運動異常に基づく症状を起こします。
合併症として憩室出血や憩室(周囲)炎を起こし、強い腹痛、下痢、発熱、血便などを伴います。憩室炎は憩室内に便がたまって起こるとされ、進行すると穿孔(せんこう)、穿孔性腹膜炎、狭窄(きょうさく)による腸閉塞(へいそく)、周囲臓器との瘻孔(ろうこう)形成を生じ、開腸手術が必要なことがあります。
■大腸憩室の検査と診断と治療
合併症を予防する目的で、できるだけ繊維成分の多い食事を摂取し、便通を整えるように心掛けることが大切です。合併症を疑う症状が現れた場合は、できるだけ早く消化器内科を受診します。
大腸憩室の診断には、注腸造影X線検査が最も有用です。大腸内視鏡検査でも、粘膜面に円形または楕円(だえん)形のくぼみとして認められますが、憩室そのものの診断能力は注腸造影X線検査よりも劣ります。しかし、合併症として出血を伴う場合は大腸内視鏡検査が第一選択で、大量出血を伴う場合は血管造影が必要となります。合併症として憩室(周囲)炎を伴う場合は、腹部超音波、CT、MRIなどの検査が有用です。
なお、注腸造影X線検査で映し出された憩室とポリープの鑑別がはっきりしない場合は、大腸内視鏡検査が必要で、ポリープとわかったら、内視鏡的ポリペクトミーで切断します。
一般には、憩室が発見されても、無症状であれば放置しておいてもかまわず、特に治療の必要はありません。腹痛など腸運動異常に基づく症状がある時は、薬物の投与が行われます。憩室炎を合併した場合は、入院の上、絶食、輸液、抗生剤の投与が行われます。このような治療で憩室出血の多くも止血しますが、大量出血が持続する場合は、血管造影や内視鏡検査を行った際に止血術が行われます。
保存的治療で軽快しない場合、再発を繰り返す場合、腹膜炎や腸閉塞の場合は、外科的治療が必要です。
ダウン症候群
■染色体の異常により、体と精神の発達が遅れる疾患
ダウン症候群とは、染色体の異常によって、精神遅滞とさまざまな体の異常が生じる疾患。ダウン症とも呼ばれます。
22対の常染色体と2本の性を決定する染色体を合わせて46本の染色体のうち、ある染色体が過剰に存在し、3本ある状態をトリソミーと呼びます。新生児で最もよくみられるトリソミーは、21番染色体が3本ある21トリソミー。ダウン症候群の症例のうち、約95パーセントの原因が21トリソミーです。
卵子や精子が作られる過程で染色体が分離しますが、分離がうまくいかないことがトリソミーを引き起こします。まれに、21番染色体と別の染色体が互いに切断されて結合している転座型や、受精後の初期細胞分裂の際に染色体の不分離が起こるモザイク型によって、ダウン症候群が起こることもあります。
1866年に英国の眼科医ジョン・ラングドン・ハイドン・ダウンが初めてその存在を報告し、以来、本症例にみられる異常所見が多く報告され、現在のダウン症候群としての症状を導いてきています。しかし、1959年にフランス人のジェローム・レジューンによって、21番染色体がトリソミーを形成していることが初めて証明されるまでは、その原因は不明でした。
日本では現在、新生児1000人に1人の割合でダウン症候群がみられます。母親が高齢、特に35歳以上の場合は、若い母親よりも過剰な染色体が生じる原因となるため、ダウン症候群の新生児を産む確率が高くなります。しかし、過剰な染色体が生じる原因は、父親にあることもあります。
ダウン症候群の子供では、精神と体の発達が遅れます。知能指数(IQ)には幅がありますが、正常な子供の知能指数が平均100であるのに対し、平均でおよそ50。聞くために必要な能力より、絵を描くなどの視覚動作能力が優れている傾向があるため、典型的には言語能力の発達が遅くなります。
身体的な特徴として、特異な顔貌(がんぼう)と多発奇形が挙げられます。頭が小さく、顔は広く偏平で、斜めにつり上がった目と低い鼻を持つ傾向があります。舌は大きく、耳は小さくて頭の低い位置についています。手は短くて幅が広く、手のひらを横切るしわが1本しかありません。指は短く、第5指の関節は3つではなく2つしかないことが多く、内側に曲がっています。足指の第1指と第2指の間が、明らかに広くなっています。
乳児期には体の筋力が弱く、軟らかいのも特徴で、身長、体重の増えもよくないことがあります。運動の発達も遅れ、歩行開始の平均年齢も2歳くらいになります。
多くの合併症が知られていて、これらの程度が生命的な予後に大きく関係しています。約40パーセントに先天性の心臓疾患がみられ、多くに甲状腺(こうじょうせん)疾患が起こります。耳の感染症を繰り返し、内耳に液体がたまりやすいため、聴覚に障害が起こりやすい傾向があります。角膜と水晶体に問題があるため、視覚障害も起こしやすい傾向があります。そのほか、十二指腸閉鎖や鎖肛(さこう)といった消化管の奇形、頸椎(けいつい)の異常、白血病がみられることもあります。
40歳以降には、アルツハイマー病でみられるような記憶喪失、知能低下の進行、人格の変化などの認知症の症状が高確率で起こります。
■ダウン症候群の検査と診断と治療
ダウン症候群は、生まれる前に診断することも可能です。妊娠15〜16週ごろに、産婦人科病院で行う羊水染色体検査が相当しますが、妊婦は自ら医療側に進言しないと正式には行ってもらえません。
ダウン症候群の乳児には、診断を促す特徴的な外見があります。確定診断には、乳児の染色体を検査して21トリソミー、あるいは21番染色体のそのほかの疾患を調べます。診断がついたら、超音波検査や血液検査などを行って、ダウン症候群に関連する異常がないか調べます。
根本的な治療法はなく、症状に応じて治療を行います。検査で発見した異常を治療すると、それにより健康が損なわれることを防止できます。ダウン症候群の子供の死因の多くは心臓の疾患と白血病ですが、心臓の異常はしばしば、薬剤や手術で治療できます。
重い合併症のないダウン症候群の子供は、元来健康で、温厚、陽気な性格であることが多く、訓練や教育により日常生活は可能となります。最近は、早期からの集団保育、集団教育が望ましいといわれています。家族の会などから情報を得ることも役立ちます。遺伝カウンセリングを受けることも重要で、特に転座型では親の片方が均衡転座保因者である場合もあり、次の子供の再発率を知るためには両親の染色体検査が必須です。
ダウン症候群の子供の大半は、死亡することなく成人になり、平均寿命は約50歳といわれています。数十年前までは平均寿命が20歳前後でしたが、当時は循環器合併症の外科的治療ができなかったためであり、合併症と奇形を治療すれば健康状態は改善することができます。
たこ、魚の目
■刺激や圧迫により、足の皮膚が部分的に厚くなった状態
たこ、魚の目とは、外からの持続的な機械的摩擦や圧迫などによって、足の皮膚表面の角質層が部分的に厚くなった状態。たこの別名は、べんち。魚の目の別名は、鶏眼(けいがん)。
厚くなった皮膚の状態が平らに盛り上がっているものを、たこといいます。逆に、円錐(えんすい)状に下に向かって皮膚が厚くなっているものを、魚の目といいます。
たこは痛くありませんが、手で触ると硬く感じます。慢性化すると、表面が白くカサカサになり、女性ではストッキングが引っ掛かったりもします。魚の目は、中央にある芯(しん)が皮膚の奥深くへと入り込み、その先がとがっているため、上から押したり、立ったり歩いたりして体重が掛かると、神経を刺激して痛みを生じます。
たこと魚の目では症状が違いますが、できやすい場所は足の指の背(上側)、指と指の間、足裏の母指球の下、第2指と第3指の付け根あたり。いずれも靴による摩擦や圧迫を受けやすい場所です。まれに、かかとにできることもあります。
原因のほとんどは、靴の履き方が悪いために足に掛かる体重分散が偏ることと、足に合わない靴を履いているために摩擦や圧迫を受けることにあります。例えば、小さめの靴を履いていると、足の指や付け根などが靴に当たり、圧迫され続けます。靴幅が狭くて、指が両側から圧迫されると、指と指の摩擦が起こります。こうした圧迫や摩擦の結果 、皮膚は硬くなり、たこや魚の目になります。大きめの靴でも、足が靴の前側へと滑っていき、やはり指や付け根のあたりが圧迫されて、同じことが起こります。 底が薄い靴でも、地面から受ける衝撃が大きく、足の裏が圧迫されます。
たこや魚の目のできやすい足もあります。その代表が開張(かいちょう)足で、親指と小指の付け根を結ぶ横のラインの中央に、くぼみがなく、ベタッとした足を指します。この開張足の人は、横ラインの中央部が靴底の圧迫を受け、たこや魚の目ができやすくなります。開張足かどうかは、靴の内底や中敷(インソール)を見てもわかります。第2指と第3指の付け根の当たる部分などが汚れていたり、擦り減っていれば、そこに力が掛かっていることになります。
開張足の原因としてよくみられるのは、運動不足と立ち仕事などによる疲労です。運動不足、特に歩くことをあまりしないと、指の骨をつなぐじん帯が弱ってきます。その状態で立ち仕事などを続けていると、疲労のためにじん帯が伸び切った状態になり、開張足を起こします。
ハンマー足指やその他の足指の変形も、たこ、魚の目の原因となります。ハンマー足指とは、靴のつま先部分がきついために指が伸ばせず、指の関節がハンマーのような形で曲がったままになった状態です。曲がって上へ飛び出した足指の背が靴に当たるため、そこが角質化しやすくなります。
巻きづめ、内反小趾(ないはんしょうし)も、原因となります。巻きづめとは、伸びたつめの両端が皮膚に食い込んだ状態で、先の細い靴でつま足が両側から圧迫され続けると起こります。巻きづめ気味の人は、指と指がこすれ合うので、指の間にたこ、魚の目ができやすくなります。内反小趾とは、親指が圧迫を受けて変形する外反母趾と逆に、小指が圧迫を受けて変形した状態で、小指の外側にたこ、魚の目ができる人は放っておくと小指が変形し、手術の必要性が生じます。
女性では、冷え性と関係していることもあります。特に足の冷えやすい人は、血行不良から皮膚の角質化が起こりやすいとされています。中高年では、動脈硬化や糖尿病と関係していることもあります。動脈硬化の場合には足の血行不良から、糖尿病では末梢(まっしょう)神経の障害から、たこ、魚の目ができやすくなるからです。反対に、たこ、魚の目が治らないことから、動脈硬化などの疾患が発見されることもあります。
■たこ、魚の目の検査と診断と治療
たこ、魚の目の治療と予防に必要なことは、外からの機械的な摩擦や圧迫を防ぐことです。そのためには、足に合った靴を選び、たこ、魚の目の上にスポンジを当てて、絆創膏(ばんそうこう)でしっかり固定するか、薬剤の入った市販の保護パッドを張っておきます。軽い症状なら、しばらくすると自然に治っていきます。
また、スピール膏を使用するのもよいでしょう。これは皮膚の角質を軟化させるもので、家庭で行える治療薬として広く使用されています。まず、スピール膏を患部の大きさと同じか、少し小さめに切って患部に当てて、その上から絆創膏で固定します。2〜3日してはがすと、患部が白くふやけているので、ナイフかはさみで削り取ります。たこの場合は痛くない程度に、魚の目の場合は芯の先を少し血が出る程度に削り取ることが必要です。これを何回か繰り返します。
保護パッドなどで治らない場合や、痛みがひどかったり、悪化したりした場合には、早めに皮膚科の専門医の治療を受けます。医師による治療では通常、外科用のレーザーメスや電気メスで厚くなった部分を削ります。その後、フェルトや毛皮でできたさまざまな種類のパッドを当てて、患部への圧迫を減らします。患部の血流障害がある時は、削って切除することはできません。この場合は、患部にかかる圧力を減らすために、矯正器具やインナーを挿入した特殊な靴が必要になります。
手術で除去しても、自分の足に合わない靴を履き続けていると再発します。予防の基本は、靴選びにあります。靴の理想は「きつからず、緩からず」で、靴店では必ず両足とも履いて、歩いてみます。腰掛けたり、かがんだりして、つま先やくるぶし、かかとなどに当たる個所がないかどうか確認します。モデル風に一直線上を早歩きしてみると、当たる個所がわかりやすくなります。足がむくんで大きくなる夕方の時間帯に、ピッタリの靴を買っておけば、後できつくて足が痛いということもなくなります。
なお、開張足は自分である程度は治すことができます。床にフェイスタオルを広げ、その端に裸足の足を乗せます。そして、足指でタオルをたぐり寄せる練習をします。よりハードなものでは、フローリングの床に裸足で立ち、指で床をつかむようにして前進します。どちらも開張足の改善、予防だけでなく、血行をよくして足の疲労回復にもつながります。
胆石症
●激痛、発熱、黄疸が主症状
胆石症とは、胆道内に胆汁の成分が固まって、結石ができる疾患です。
胆汁を生成するのは肝臓で、胆汁を濃縮して貯蔵する胆嚢(たんのう)から胆管を通して、十二指腸に分泌して腸の消化吸収を助け、不用な脂溶性の老廃物を体外に排出します。胆嚢と胆管を合わせて胆道といい、この胆道に胆汁中の成分が結晶となり、固体化し、やがて結石ができるのが胆石症で、胆嚢内にできたものを胆嚢胆石、 胆管にできたものを胆管胆石といいます
胆石症の典型的な症状は、上腹部から右脇(わき)腹にかけて突然、激痛が襲う疝痛(せんつう)発作。疝痛とは腹部内臓の疾患に伴う症候で、痛みは背中や胸に広がることもあり、発作の多くは数分から数十分間隔で、波状的に襲ってきます。しかし、人によっては軽い上腹部痛だけのことも、まれではありません。
また、胆石がありますと、細菌の感染が起こりやすくなります。胆石の種類は主成分によってコレステロール系結石と、ビリルビン系結石に大きく分けられていますが、特にビリルビン系結石では細菌感染がその原因となっているので、炎症が加わって発熱を伴うことが少なくありません。
この場合、胆石胆嚢炎と呼ばれています。発熱も典型的な場合には、38℃以上の高い熱が突然現れ、全身に震えがくることがあります。しかし、微熱程度のこともまれではなく、腹痛を伴わない場合には、発熱の原因をはっきりさせることが困難な場合もあります。
胆管の結石では、細い胆管が結石によって閉塞(へいそく)されて、胆汁の流れが障害されるため、黄疸(おうだん)が出て皮膚などが黄色になります。
●増加傾向にある胆石保有者
日本人の胆石保有率は、食生活の欧米化による脂肪の摂取量の増加 とともに、年々増える傾向にあります。しかも、加齢とともに胆石を持っている人は増え、40~50歳代で4パーセント前後、70歳代では10~20パーセント、全人口の15~20パーセントの人に胆石があると、現在、推測されています。
ちなみに、胆石のうちコレステロール系結石が80パーセント、ビリルビン系結石が10パーセント前後の割合を示しており、コレステロール系結石の場合は1対2の割合で、男性より女性に多い傾向が見られます。
以前には、コレステロール系結石よりもビリルビン系結石が多く見られ、現在でも、高齢者や地方に住む人の結石はなお、ビリルビン結石が多いといわれています。
コレステロール系結石は、胆汁中のコレステロールが結晶になったものなので、肥満や過食、アンバランスな食生活、ホルモンや薬の作用、ストレスなどの生活習慣が影響しています。
胆汁中のコレステロールは通常、胆汁酸や、りん脂質(特にレシチン)など、ほかの胆汁成分が溶け込んだ状態で存在しており、固形状になっていません。しかしながら、胆汁中のコレステロールの量が異常に多くなると、その一部が結晶となり、それを核としてコレステロールが次々と凝集し、結石を作ります。胆汁中の胆汁酸やレシチンの割合が少なくなっても、全体のバランスが崩れて結石ができやすくなります。
ビリルビン系結石は、黄褐色や黒っぽい色の色素結石で、胆汁の成分であるビリルビン(胆汁色素)に細菌などが作用してできたものです。
胆汁中のビリルビンは通常、水に溶けやすい状態で存在しています。しかしながら、胆道などに細菌感染が起こると、細菌の持っている特殊な酵素によってビリルビンが水に溶けにくい状態となり、カルシウムなどと結合して結晶を作り、沈殿して、結石を作ります。
●食生活などの改善で予防する
胆石症では、早期発見が重要となってきます。胆管にできた結石の場合、石が小さくても胆汁の流れを妨げるので、症状が出やすくなります。胆嚢にできた結石の場合、症状が出ないこともあります。胆石を大きくせずに疝痛発作を未然に防ぐには、早めに発見して、薬などの治療を受けることが大切です。
この点、健康診断では、肝臓の検査や超音波検査、CT検査で、胆石を見付けることができるので、年に一度は、生活習慣病予防健診を受けるように心掛けたいものです。
医師による胆石症の治療では、内科的な方法と胆嚢を切除する外科手術があります。
胆嚢内に1・5~2センチ以内で、数個程度のコレステロール系結石が存在しているような場合には、胆石溶解作用のあるウルソデオキシコール酸(胆汁酸成分の一つ)を服用していると、溶けて消失することもあります。ただし、6カ月から1年くらいの期間、服用しなければなりません。
胆嚢内に大きな胆石や、多数の胆石がある場合には、体の外から特殊な衝撃波を胆嚢に当て、胆石を小さく壊し、その後に胆石溶解薬を服用して治す方法もあります。
二つの方法は、コレステロール系結石には有効ですが、ビリルビン系結石の場合には効果は上がりにくく、外科手術が必要となります。最近では、開腹をしないで、腹腔(ふくくう)鏡下に胆嚢を切除する方法が、多くの病院で行われています。胆管結石もあまり大きくないものは、内視鏡とともに十二指腸から胆管に破砕管を挿入し、胆石を小さく壊して除去する方法も行われています。
胆石症は、生活習慣の改善によって予防することができます。以下の項目に気を付けることが、お勧めです。
○食べ過ぎ、飲み過ぎを避ける。
○食事は規則的にとる。
○ゆっくりと、よくかんで食べる。
○栄養のバランスに気を付ける。
○脂肪分を控える。
○食物繊維を十分にとる。
○精神的ストレスをためない。
○十分に休養をとる。
中耳炎
■耳の鼓膜と内耳との間にある中耳に炎症
中耳炎とは、耳の鼓膜と内耳との間にある中耳に起こる炎症。急性中耳炎と慢性中耳炎とに分けられます。
急性中耳炎は、ウイルスや細菌の感染によって起こります。成人より小児に多い疾患で、風邪やアレルギーが誘因となります。
耳と鼻の奥をつなぐ耳管から、鼻やのどの連鎖球菌、ブドウ球菌、インフルエンザ菌といった化膿(かのう)菌が中耳腔(くう)に入って炎症が起こると、耳が痛み、耳の詰まった感じ、耳鳴り、難聴に加え、発熱、全身倦怠(けんたい)、頭痛が起こり、鼓膜が赤くはれます。やがて、鼓膜が破れて耳垂れが出る場合もありますが、そのころになると痛みも和らぎます。
急性中耳炎がひどくなって乳様突起にまで炎症が及んだ場合には、耳の後ろがはれて、触る激しく痛み、熱も高く、頭痛など全身症状が悪化します。これを乳様突起炎といいます。近年では、抗生物質などの進歩で乳様突起炎のケースは少なくなりました
鼻を強くかまない、安静にする、入浴を控えるなどを心掛ければ、急性中耳炎のほとんどは、一週間くらいで治ります。急性中耳炎のうちによく治療し、耳垂れを主症状とする慢性中耳炎にならないように、心掛けたいものです。
慢性中耳炎は、耳垂れ、すなわち耳漏が主症状で、同じ中耳の炎症でも、耳痛、耳鳴り、発熱を伴う急性中耳炎とは、かなり様子が違っています。
慢性中耳炎の多くは、小児期からの持ち越しです。この慢性中耳炎には、2つの型があります。1つは、連鎖球菌、ブドウ球菌、インフルエンザ菌といった化膿菌の感染による慢性化膿性中耳炎。もう1つは、鼓膜に穴が開く穿孔(せんこう)から、回りの上皮が中耳に入り込んで、上皮の剝脱(はくだつ)角化物がたまり、腫瘍(しゅよう)のようにみえる真珠腫性中耳炎。
症状としては、鼓膜に穿孔があり、持続的に耳垂れが出ます。真珠腫性では、耳垂れに悪臭があります。耳垂れの刺激で外耳道炎を起こしやすく、多くは難聴を伴います。経過中にめまいを起こせば、内耳炎の併発が疑われ、発熱や激しい頭痛があれば、脳合併症の疑いもあります。急いで、専門医に診てもらいます。
■中耳炎の検査と診断と治療
急性中耳炎では、鼓膜を検査し、その色、はれ具合から簡単に診断がつきます。外耳道炎を併発し、外耳道がはれて見えにくい時は、診断がやや難しいことがあります。
急性中耳炎の治療に当たる多くの医師は、全例にアモキシシリンなどの抗生物質による治療を行っています。自然に治癒するか、悪化するかどうかを予測するのが、難しいためです。アセトアミノフェンや非ステロイド性抗炎症薬は、痛みを和らげます。フェニレフリンが入ったうっ血除去薬も、効果があります。抗ヒスタミン薬は、アレルギーによる中耳炎の場合は有効ですが、風邪による中耳炎には効果はありません。
痛みや熱が激しかったり、長引く場合、また鼓膜のはれがみられる場合には、鼓膜切開を行って、耳垂れを中耳腔から排出します。鼓膜を切開しても聴力に影響はなく、切開した穴も普通は自然にふさがります。中耳炎を繰り返し起こす場合は、鼓膜を切開して、耳だれを排出する鼓膜チューブを設置する必要があります。
慢性中耳炎の診断は、比較的簡単で、鼓膜の穿孔、耳垂れの有無が目標になります。耳垂れの細菌検査、CTを含む耳のX線検査、聴力検査を行います。
治療では、抗生物質で炎症を抑え、耳垂れを止めます。しかし、鼓膜の穿孔や破壊された中耳はそのまま残ることが多く、また、真珠腫性中耳炎では普通の治療では治りにくいので、手術が必要です。
鼓膜の穿孔をふさぎ、疾患で破壊された、音を鼓膜から内耳に伝える働きをする耳小骨をつなぎ直せば、聴力は改善できます。これを鼓室形成術といい、細かい手術のため手術用の顕微鏡を使って行います。
急性中耳炎のうちによく治療し、慢性中耳炎にならないように心掛けたいものです。
直腸ポリープ
■直腸の粘膜の一部が隆起したもので、がん化する可能性も
直腸ポリープとは、大腸の最終部に当たる直腸の粘膜の一部が隆起したもの。大腸ポリープ全体の7割が、直腸に近い部位にできます 。
ポリープの形は、茎のある有茎性できのこ状のものと、無茎性でいぼ状のもの、平らに隆起したものなどあります。また、発生の仕組みから、大きく腫瘍(しゅよう)性のものと非腫瘍性のものに分類されています。腫瘍性のポリープには、良性の腺腫(せんしゅ)と、がん化した悪性の腺がんがあります。一方、非腫瘍性のポリープには、若年性ポリープ、過形成ポリープ、炎症性ポリープがあり、がん化する可能性はありません。
大腸がん、直腸がんの発生と同じく、動物性脂肪や蛋白(たんぱく)質の消費と関係があるといわれていますが、原因についてはわかっていません。
ポリープが小さい場合は、ほとんどが無症状です。ポリープが大きくなってきたり、がん化すると、便に血液や粘液が付着し、排便後に残便感が生じる場合もあります。また、肛門(こうもん)に近い部位にあるポリープは、排便の際に肛門から脱出する場合もあります。
ほとんどが無症状であるため、人間ドッグの大腸肛門内視鏡検査などで偶然に確認されることがほとんどです。
■直腸ポリープの検査と診断と治療
直腸ポリープに気付いた場合、またはその疑いがある場合は、肛門科、大腸肛門科の専門医を受診します。
肛門に近い場所では、大腸肛門外来での診察で多く発見されます。詳しく調べるには、硬性直腸鏡、S状結腸内視鏡検査、または全大腸内視鏡検査が必要です。必要に応じて粘膜の一部を採取して調べる生検が行われます。良性か悪性かの区別が重要です。
ポリープの数が1個か2個で、小さな場合は、そのまま放置して経過をみることがあります。まれに、ポリープが壊死(えし)して自然に治癒することもあります。
一般にポリープのサイズが1センチを超える場合、複数の個所にポリープがあるポリポージスの場合には、診断と治療を兼ねて、すべてのポリープを内視鏡により切除します。近年では拡大内視鏡を用いることにより、または熟練した内視鏡医であれば、ポリープを切除する前にある程度の悪性度の判断がつくため、すべてのポリープを切除する必要はありません。治療後に、良性か悪性かを詳しく調査します。
内視鏡で切除できない大きさのポリープの場合は、肛門側から器具を使って切除手術を行います。近年では、より肛門から遠い直腸でもポリープが確実に切除できるような器具が開発されています。がん化しているものは、開腹手術が必要となります。
治療後も、追跡検査が大切です。ポリープでは新たな腺腫、およびがんの発生頻度が高いため、医療機関によっては1〜3年後に全大腸内視鏡検査を行っていますが、その間隔はそれぞれの危険因子により決定されています。
椎間板ヘルニア
■椎間板の一部がずれて、神経を圧迫する疾患
椎間板(ついかんばん)ヘルニアとは、椎間板の一部がずれて起こる疾患。椎間板とは、脊柱(せきちゅう)の椎体と椎体の間にある円板状の軟骨組織で、骨に対するクッションの役割を果たしています。
椎間板ヘルニアは、腰椎に起こるものと頸椎(けいつい)に起こるものが多く、それぞれ症状が異なります。
腰椎椎間板ヘルニア
腰椎椎間板ヘルニアとは、脊柱のうち腰部にある腰椎の椎間板の一部がずれ、神経を圧迫する疾患。頸椎、胸椎など、どこにでも発生する椎間板ヘルニアの1つです。
腰椎は、脊柱(背骨)のうちで腰の部分を構成する骨で、5つの椎骨からなります。上から第1腰椎、第2腰椎と呼び、一番下が第5腰椎。その椎骨の連結の主な部分は、前部の椎体と後部の脊椎関節突起で、前部の椎体と椎体の間にはそれぞれ椎間板が挟まっていて、クッションのような役割を果たしています。椎間板は円板状の軟骨組織で、中心部に髄核と呼ばれるゼラチン状の軟らかい組織があり、それを線維輪と呼ばれる丈夫な組織が取り囲んでいます。
体重や外部からの荷重が椎体に加わると、椎間板が分散して受け止めて次の椎体に伝え、ある程度弾力的に伸縮するために、背中や腰を曲げたり伸ばしたりすることができるような構造になっています。
ところが、椎間板には血管がないために、何かの具合で損傷を受けると、回復が遅い上に組織の老化的な変性が起こりやすく、そこに荷重が加わると線維輪に亀裂(きれつ)が入り、中にある髄核が脱出して腰椎椎間板ヘルニアを起こします。
脱出は前でも横でもどちらの方向へ出てもヘルニアですが、後方へ出たのが一番問題になります。後方の脊柱管には、脊髄ないし馬尾(ばび)神経と、それから枝分かれして末梢(まっしょう)へ分布する神経の根部があるため、ヘルニアによって圧迫されると激しい痛みやまひを起こすからです。
腰椎椎間板ヘルニアは、第4、第5腰椎間に起こることが最も多く、次いで第5腰椎とその下の仙椎間に多く認められ、10歳代の後半から30歳代までの比較的若い年齢層によく起こります。
切っ掛けとなるのは、重い物を持ち上げようとした時や、体をひねった時などです。腰がぎくりとして、そのまま立ち上がれなくなったというような急性腰痛症(ぎっくり腰)の症状で現れるのが一般的。また、顔を洗おうとして前かがみになった拍子とか、特別な動作をしないのに自然に起こることもあります。
初期は腰痛のみのことが多いのですが、次第に脚の痛みやしびれを伴ってきます。腰痛と左右どちらかの脚の痛みを現すことが多いのですが、時に両脚のしびれを来すことがあります。この脚の症状は、座骨神経を刺激することによって起こる座骨神経痛です。仰向けに寝て、ひざを伸ばしたまま痛む側の足を上げようとしても、痛みがひどくなって十分に上げられません。若年者の腰椎椎間板ヘルニアでは、脚の症状がなく腰痛のみのこともあります。
さらに症状が進むと、運動神経も障害されるようになり、脚の筋力が低下します。排尿障害、排便機能の異常が現れることもあります。
第4腰椎以下の下部腰椎部のヘルニアは、片側だけの症状にとどまることが多いのに対し、第3腰椎以上の上部腰椎部の場合は、両側に症状が起こることが多く、脊髄腫瘍(しゅよう)と同じような症状を現すことがあるので、その区別が必要になります。
頸椎椎間板ヘルニア
背骨のうちで首の部分を構成する骨が頸椎であり、7つの椎骨からなります。上から第1頸椎、第2頸椎と呼び、一番下が第7頸椎。第2〜7頸椎までは、それぞれの間に椎間板が挟まっていて、椎骨と椎骨の間でクッションのような役割を果たしています。この椎間板は円板状の軟骨組織で、中心部に髄核と呼ばれるゼラチン状の軟らかい組織があり、それを線維輪と呼ばれる丈夫な組織が取り囲んでいます。
頸椎椎間板ヘルニアになると、椎間板の線維輪に亀裂が入り、中にある髄核が飛び出して脊髄や神経根を圧迫し、さまざまな神経症状が現れます。頸椎の中でも首の根元に位置し、頭蓋(とうがい)骨を支えるのに最も負担が強いられる下位の頚椎である第5、第6頸椎間に、最も多くヘルニアが認められます。
椎間板の年齢的な変性が基盤となり、頸椎への運動負荷が加わることが原因となって発生します。このために、頸椎椎間板の変性がある程度進み、頸椎への運動負荷の多い年代である30〜50歳代が好発年齢になります。
椎間板ヘルニアによって神経が圧迫されると、手足の痛みやしびれなどのさまざまな症状が出てきます。代表的な症状は首の痛みや凝りで、午前中は比較的症状が軽くても、午後から夕方になるにつれて症状が強くなります。
脊髄が圧迫されている場合、手のしびれが現れます。手のしびれは片側だけの時もあり、次第に反対側にも現れることもあります。最初から両側にしびれが現れていることもあります。手指の細かな運動もしづらく、字を書いたり、はしで豆をつまんだり、魚肉をほぐすことができにくくなったり、衣服のボタン、特に目で見ることのできない首回りのボタンの止め外しが難しくなります。
脚にも症状が出て、腱(けん)反射が高進し、脚がこわばって歩きにくくなる痙性(けいせい)歩行が現れます。階段の昇降に手すりが必要になり、特に階段を降りにくくなることが多くみられます。
神経根が圧迫されている場合、主に後頸部から肩、手指にかけてズキズキする痛みが現れます。この痛みは、首を後ろに反らすと強まるのが特徴で、神経根の圧迫がますます増強されるためです。そして、上肢、手指の筋力低下も現れます。
また、頸椎椎間板ヘルニアの存在する高さによって、手足に発生するしびれや痛みの部位、触覚や痛覚などの知覚障害が起こる部位に違いがみられます。排尿、排便の障害を起こすこともあります。
■椎間板ヘルニアの検査と診断と治療
腰椎椎間板ヘルニア
腰痛だけではなく、脚の痛み、特にひざよりも先まで痛みがある場合は、整形外科を受診します。無理に腰椎部に外力を加えると、まひ症状が増悪することがあるので、安静を心掛けます。
医師による診断では、問診を重視し、腱反射異常、知覚障害、筋力低下などを検査して、どの神経が壊れているかを検討します。レントゲン検査で、腰椎のずれたり、ぐらぐらする状態や、椎間板の軟骨が磨り減り、つぶれた状態、脊髄を取り囲んでいる骨の状態などを検討します。
レントゲン検査では主に骨の情報しか得られないので、詳細な検討にはMRI検査が必要となります。近年は、MRI検査によって診断が容易になりましたが、無症候性のヘルニアが多数見付かる問題も生じています。症例によっては、脊髄腫瘍との見極めが必要となる場合もあります。
治療では、骨盤の牽引(けんいん)療法が効果的です。腰部の牽引と休止を繰り返すことにより、痛み、しびれを緩和します。局所の安静のためには、腰部のコルセットなども効果的です。
薬物療法としては、非ステロイド性消炎鎮痛剤、筋弛緩(しかん)剤、神経賦活剤、ビタミンB製剤などが投与されます。痛みが長期に渡って慢性化した場合や、心的因子やストレスが関与していると思われる場合は、不安や緊張の緩和と筋弛緩作用を期待して抗不安剤が投与されることもあります。速効性を要する時には、脊髄の硬膜外ブロック療法といって、脊髄の硬膜外腔(がいくう)に麻酔薬を注射し、痛みをとる方法が用いられます。
血行を促進し筋肉の凝りや痛みを軽減するためにホットパックなどの温熱療法、体操療法、腰部のストレッチング、筋力強化訓練などで改善が得られることもあります。
以上のような手術をしないで治す保存的療法で効果がない時には、脱出して神経を圧迫している髄核を摘出する手術や、その後の再発予防のために、骨を移植して2つの脊椎を癒着させて動かないようにする、脊椎固定手術などが行われます。移植する骨は、骨盤の骨でベルトのかかる部分に当たる腸骨から採取します。
頸椎椎間板ヘルニア
頸椎椎間板ヘルニアの症状に気付いたら、整形外科を受診します。無理に頸椎部に外力を加えると、まひ症状が増悪することがあるので、安静を心掛けます。
医師による診断では、問診を重視し、腱反射異常、知覚障害、筋力低下などを検査して、どの神経が壊れているかを検討します。レントゲン検査で、頚椎のずれたり、ぐらぐらする状態や、椎間板の軟骨が磨り減り、つぶれた状態、脊髄を取り囲んでいる骨の状態などを検討します。
レントゲン検査では主に骨の情報しか得られないので、詳細な検討にはMRI検査が必要となります。症例によっては、脊椎・脊髄腫瘍との見極めが必要となる場合もあります。
治療では、頭蓋の牽引療法が効果的です。首の牽引と休止を繰り返すことにより、痛み、しびれを緩和します。局所の安静のためには、頸部のカラー(えり巻き式補装具)なども効果的です。
薬物療法としては、非ステロイド性消炎鎮痛剤、筋弛緩剤、神経賦活剤、ビタミンB製剤などが投与されます。痛みが長期に渡って慢性化した場合や、心的因子やストレスが関与していると思われる場合は、不安や緊張の緩和と筋弛緩作用を期待して抗不安剤を投与されることもあります。速効性を要する時には、脊髄の硬膜外ブロック療法といって、脊髄の硬膜外腔に麻酔薬を注射し、痛みをとる方法が用いられます。
血行を促進し筋肉の凝りや痛みを軽減するために温熱療法、体操療法、頚部のストレッチング、筋力強化訓練などで改善が得られることもあります。
低血圧症
■低血圧のためにいろいろな症状が現れてくる状態
低血圧症とは、血圧の値が低いためにいろいろな症状が現れてくる状態。低血圧の基準は、最大血圧が100ミリ未満を指します。
急性の低血圧が起きた時は、その原因になる重大な疾患があると見なして、すぐ検査や治療をすることが大切です。
低血圧症の中には原因不明のものがあり、これを本態性低血圧症と呼びます。本態性低血圧症が一般的にいわれている低血圧の代表で、体質的因子が大きく関与していると考えられます。
原因の明らかなものは、二次性低血圧症、ないし症候性低血圧症と呼びます。ほかの疾患が存在するために、二次的に低血圧を起こしたケースです。二次性低血圧症は、急性のものと慢性のものに分類されます。急性のものの原因には、心筋梗塞(こうそく)、心不全、急性出血、やけどなどがあります。慢性に属するものの原因には、がん、栄養失調、甲状腺(せん)機能低下症、アルドステロン症などが知られています。
また、低血圧症の中には、起立性低血圧症といい、立ち上がった途端に全身の血液が下半身にたまり、血圧が低下する疾患があります。起立性低血圧症は、血圧を調節する自律神経の働きがアンバランスになったために起こるもので、交感神経系の障害が主な原因とされています。このうち、原因の明らかなものは脳や脊髄(せきずい)の疾患で起こるものが多く、中には自律神経に作用する降圧剤などの薬物によって生じるものもあります。
本態性低血圧症の人が特に訴える症状は、だるい、疲れやすいです。どちらかというと、日常生活で無理が利かないタイプといえます。また、神経質な面が災いすると、これらの症状にこだわり、ささいなことを気にしすぎたりします。とりわけ精神的ストレスが加わったりすると、症状が強く出たりしがち。
ほかに低血圧の人に多い症状には、頭痛、肩凝り、目の疲れ、めまい、耳鳴り、不眠、動悸(どうき)、息切れ、胸痛、吐き気、食欲不振、便秘、腹の張り、胃のもたれがあります。
特に起立性低血圧症の場合、めまいは立ちくらみとして現れやすく、ひどい時には突然、目の前がぼやけたり、真っ暗になったりします。一瞬気が遠くなる感じがしたり、失神したりすることもあります。さらに、足がふらついたり、地面に足が着かないでフワフワした感じ、血の気が引く感じがしたりすることもあります。しかし、症状が起こっても、横になって休めば、簡単に回復します。
また、低血圧の人の傾向として、朝の目覚めが悪く、集中力や作業能力が低下します。このため、会社などに遅刻をしたり、午前中の仕事がはかどらなかったりします。入浴も好きではなく、熱い風呂には気分が悪くて入れないことが多いものです。
■低血圧の検査と診断と治療
低血圧の人は、気候の変わり目や、夏になって暑くなると、症状が出やすいものです。そのような場合は、早めに薬物による治療を受けるようにします。
血圧を上げる薬物は一般に、朝に服用するとよく、夕方以降は控えるのが賢明です。そのほか、自覚症状の強い低血圧症に対しては、症状を軽くする意味で、精神安定剤や自律神経調整剤が使用されることもあります。
生活上で大切なことは、自分に見合った生活のルールを規則正しく守ることです。特に、過労、睡眠不足は大敵。また、立ちくらみの激しい場合は、急に起き上がったりせずに、できるだけゆっくりと体を動かして立ち上がることです。偏食を避け、バランスの取れた食生活を心掛けます。
鉄欠乏性貧血
■体内の鉄が不足して発症■
鉄欠乏性貧血とは、体内の鉄が不足することにより、赤血球の中に含まれているヘモグロビン(血色素)の産生が不十分になって、発症する貧血です。
その貧血とは、赤血球中のヘモグロビンの量が減少したり、血液中の赤血球の数が減少した状態をいいます。原因によりいくつかの種類がある中で、最も多いのが鉄欠乏性貧血。
ヘモグロビンは肺から各臓器や組織に酸素を運び、不必要になった二酸化炭素を持ち帰って、肺から外に出すなど重要な働きをしていますので、ヘモグロビンの産生が不足すると、全身に運ばれる酸素の量が減少し、体が酸素不足になってさまざまな症状が起きてしまいます。
貧血の症状としてみられるのは、めまい、立ちくらみ、頭が重い、頭痛、耳鳴り、顔色が悪い、唇の色が悪い、肩や首筋が凝る、動悸(どうき)、 息切れ、むくみ、疲れやすい、体がだるい、手足が冷える、注意力が散漫になる、などです。
鉄欠乏性貧血を発症する原因として、以下のものが考えられます。
出血が原因:傷などによる一過性の出血だけでなく、胃・十二指腸潰瘍(かいよう)や痔(じ)、子宮筋腫(きんしゅ)、胃や大腸のがんなどで、持続的あるいは反復的に出血がみられると、少しずつ鉄分を失います。
食生活が原因:偏食やダイエットなどで、食物からの鉄分の摂取が不足するような栄養バランスの悪い食事をしていると、発症します。
鉄分の需要増が原因:成長期の子供や妊娠中の女性は、鉄分の必要量が普通より多いために、貧血になりやすくなります。
激しい運動が原因:スポーツなどで激しい筋肉運動をする人は、赤血球が早く壊されて鉄分が不足しがちになります。
不規則勤務が原因:体内の鉄分は夜になると減少するため、深夜勤や不規則勤務に就いている人は、同じ食事をしていても貧血になりやすくなります。
■生活習慣の改善で予防する■
鉄欠乏性貧血は、生活習慣の改善によって予防することができます。まず、無理なダイエットや不規則な食事を改め、鉄分の多い食品を積極的に摂取します。成人男性は鉄分を1日約12〜15mg、成人女性は15〜20mgの摂取を心掛けたいもの。女性は月経や妊娠、授乳のため鉄分が失われやすいので、男性より多くを必要とします。
鉄分を多く含む食品は、大豆、大豆製品、レバー、ひじき、もずく、のり、あさり、かき、ほうれん草、小松菜、切干大根、いわし丸干し、牛もも肉、まぐろ赤身など。
たんぱく質を摂取することも、大切です。ヘモグロビンは鉄とたんぱく質でできているので、肉や魚、豆腐、卵などを適量食べましょう。また、ビタミンCは鉄の吸収を促進させる働きがあるので、野菜や果物なども食べるようにしましょう。緑茶や紅茶、コーヒーに含まれるタンニンを鉄分と一緒に取ると、鉄分の吸収が悪くなりますので、食事とは時間をずらして飲むといいでしょう。
医師による治療では、鉄剤を内服します。この鉄剤には、徐放性鉄剤と非徐放性鉄剤があります。徐放性鉄剤は、胃から腸にかけてゆっくりと鉄を放出して、少しずつ吸収されるため、胃粘膜への刺激は少なく、空腹時に飲むことができます。ただ、この製剤は胃酸がないと効果がないため、胃の切除を受けた人には使えません。非徐放性鉄剤は、胃を切除した人や胃酸の分泌が低下している高齢者、低酸症の人に吸収可能な薬剤です。
徐放性、非徐放性ともに主な副作用として、悪心、嘔吐(おうと)、食欲不振、腹痛、下痢、便秘などの胃腸障害を起こすことがあります。鉄剤を服用すると便が黒くなることがありますが、心配はいりません。貧血が改善されたからといって、医師の指示なしに服用をやめてはいけません。ヘモグロビンの量が正常になっても、その後2〜3カ月は服用を継続する必要があります。
統合失調症(精神分裂病)
■幻覚、妄想、思考障害を生じる精神疾患
統合失調症とは、幻聴を主とした幻覚、妄想、思考障害、奇異な行動、感情の鈍麻、意欲の欠乏、社会性の低下などを特徴とする精神疾患。以前は精神分裂病と呼ばれていた病で、今なお治療が難しく、発症者には障害者手帳が交付されています。
本来、精神分裂病の「精神」は心理学的な意味に由来して「思考」を現す単語であり、一般的に使われる「精神」が「理性」や「知性」を現すのとは、意味合いが異なっていました。しかし、「精神が分裂する病気とは、すなわち理性、知性が崩壊する病気である」と解釈されるケースがみられ、患者・家族団体などから病名に対する偏見が著しく強いという苦情がありました。そこで、日本の精神科医師の学会で2002年、統合失調症へと病名を変更した経緯があります。
統合失調症は世界中でみられ、精神の健康上の重大な問題となっています。10歳代後半から20歳代前半の若者に発症することが多く、生涯続く能力障害に至る可能性があります。世界各国で行われたさまざまな調査により、統合失調症の出現頻度は地域や文化による差があまりなく、およそ100人に1人はかかった経験を有していることが判明しています。発症率に、男女の差はありません。
統合失調症の正確な原因は不明ですが、遺伝、素質、体質、気質など個人の内部的要因と、環境的要因が組み合わさって起こると考えられています。根本的には内部的要因が問題であり、精神衛生的に不健全な環境で育ったり、親の育て方が悪かったりしたことが原因で起こる障害ではありません。
一般の発症リスクが1パーセントであるのに比べて、統合失調症の親や兄弟姉妹を持つ人のリスクは約10パーセント、一卵性双生児の1人が統合失調症だと、もう1人の発症リスクは約50パーセントになります。これらの数字は、遺伝的なリスクの存在を示しています。このほか、分娩(ぶんべん)中の低酸素状態、出生時の低体重、母体と胎児の血液型不適合など、出産前後や分娩中に発生した問題が、原因となることがあります。
原因については、さまざまな仮説も提唱されています。神経伝達物質の一つであるドーパミンの過剰によるという説や、さまざまな刺激を伝え合う脳を始めとした神経系にトラブルが起きることによるという説などです。
統合失調症の発症は突然、起こることもあれば、数日から数週間かけて発症することもあります。何年にも渡って徐々に、水面下で発症していくこともあります。
症状の程度と症状のタイプは、人によって異なります。多くの場合は、仕事、対人関係、身の回りのことをする能力が損なわれるほど、重度の症状が生じます。中には、精神機能が低下した結果、物事に注意を払う能力、抽象的に考える能力、問題を解決する能力が損なわれる場合もあります。精神機能の損傷の軽重が、全般的な能力障害を決定する主な要因となります。
■3タイプの症状と、4タイプの亜型分類
統合失調症の症状は大きく分けて、陽性症状(非欠陥症状)、陰性症状(欠陥症状)、認知障害の3種類になります。3種類のすべてに該当する症状がある人もいれば、いずれか1、2種類の症状だけ示す人もいます。
陽性症状(非欠陥症状)は、妄想、幻覚、思考障害、奇異な行動など。妄想と幻覚に共通しているのは、被害的な気分や意識です。
妄想は誤った確信のことで、一般に、知覚や体験の誤った解釈に関係しています。客観的に見ると不合理であっても、本人にとっては確信的であるために、行動が妄想に左右されてしまいます。
例えば、被害妄想がある人は、「ばかにされている」、「だまされている」、「見張られている」などと思い込みます。追跡妄想がある人は「後を付けられている」、注察(ちゅうさつ)妄想がある人は「人が変な目で見ている」、関係妄想がある人は「本、新聞、歌詞などの1節が特に自分に向けられている」と思い込みます。思考奪取や思考吹入という妄想がある人は、「人に自分の心が読まれている」、「自分の考えが人に伝わっている」、「外部の力によって考えや衝動が自分の中に吹き込まれている」などと思い込みます。
幻覚は音、視覚、におい、味、身体的感触について生じることがありますが、最も多い幻覚は音の幻聴。自分の行動に関して意見を述べる声、互いに会話する声、あるいは批判的で口汚いことを話す声など、周囲の人には聞こえていない声を現実に聞くことがあります。
思考障害は、思考が支離滅裂になることをいいます。話に取り留めがなく、話題が次々に変わり、何をいいたいのかわからない意味不明な会話をします。話すことが多少混乱している程度の場合もあれば、完全に支離滅裂で理解できない場合もあります。
奇異な行動は、急激な興奮、子供のようなばかげた行為、だらしない外見、不衛生、不適切な行動などの形で現れます。奇異な行動の極端な形として、一定の姿勢を崩さず、周囲の人が体を動かそうとすると強い抵抗を示したり、逆に目的のない非誘発性の体の動きをみせたりします。
これらの陽性症状は、安心感や安全保障感を著しく損ない、一度症状が現れるとそこからの回復過程は緩やかで、十分な時間を必要とします。
陰性症状(欠陥症状)とは、それまであった性質や能力が失われる症状で、感情の鈍麻、会話の貧困、快感の消失、社会性の低下などがあります。
感情の鈍麻とは、感情が平板化すること。表情に動きがなく、人と目を合わせず、感情表現が欠如します。喜怒哀楽がはっきりせず、普通の人なら笑う、あるいは泣くような状況でも、何の反応も現しません。
会話の貧困とは、思考の低下により、会話を続けることに困難を感じ、言葉数が少なくなること。質問に対する返答は1語か2語と短くなり、人間味が感じられなくなります。
快感消失とは、楽しいと感じる能力が低下することで、以前は楽しんでやっていたことに興味を失い、無目的なことに時間を費やします。
社会性の低下とは、人とのかかわりに興味を失うこと。周囲との交渉を嫌って自分だけの殻に閉じこもり、自室でぼんやりしていることが多くなります。
これらの陰性症状は、全般的な意欲の欠乏、目的意識の欠如、目標の喪失としばしば関連しています。周囲には、なかなか統合失調症の症状として認知されづらく、怠けや努力不足とみられる場合があります。陰性症状を「症状」と理解して対応しなかった場合は、生活上のさまざまな失敗や挫折を招くことが多く、生活をしていく自信や「自分はやれている」といった自己効力感を損ないやすくなります。
認知障害とは、集中力、記憶力、計画能力、問題解決能力、整理能力などに問題があることをいいます。集中力が欠如しているために、本が読めなかったり、映画やテレビ番組のストーリーが追えなかったり、指示通りに物事ができなかったりします。また、注意が散漫になって、1つのことに集中できない人もいます。その結果、細部まで注意が必要な仕事、複雑な作業、意思決定ができなくなります。「一見、元気にみえるのに、なぜか仕事や家事が続かない」と、周囲にいわれるような状態です。
統合失調症を明確なグループに細かく分類する試みとして、亜型が提案されています。亜型は普通、破瓜(はか)型、緊張型、妄想型、分類不能型の4つのタイプに分けられます。個々の発症者の亜型が、時とともに変化することもあります。
破瓜型の統合失調症は、支離滅裂な会話と行動、平板あるいは不適切な感情を特徴としています。年齢的に最も早くから起こってくるタイプで、経過が慢性化して、次第に人格変化を引き起こし、最悪の場合には廃人同様の状態に落ち込んでいきます。
緊張型の統合失調症は、急激に興奮して叫んだり、暴れたり、じっと動かなかったり、やたらと動き回ったり、あるいは奇妙な姿勢を取ったりといった行動が特徴的です。発症時の激しさとは裏腹に、経過が早く、よく治るとされています。このタイプは現在、非常に減少しています。
妄想型の統合失調症は、妄想や幻聴に捕われるのが特徴で、支離滅裂な会話や不適切な感情はあまり顕著ではありません。破瓜型と並んで現在、一番数多くみられるタイプで、半年、1年と長引くことが多いのですが、人柄の変化は一般的にみられず、多少の症状はあっても、仕事は何とか続けていけるというケースが少なくありません。
分類不能型の統合失調症は、妄想と幻覚、思考障害と奇異な行動、陰性症状など、異なる亜型の症状が混在するのが特徴です。
■治療の方法と病気の予後
発症者の家族が相談に来て、医師に訴えるものとしては、「最近、夜眠らない、夜昼逆転している」、「生活が不規則になった」、「閉じこもって家族と口を利くことが少ない」、「独り笑い、独り言がある」、「つじつまの合わないことを口にする」などが多いようです。
しかし、最近の傾向として、統合失調症の軽症化ということがいわれています。つまり、興奮などの激しい症状を示す人が減り、上記のような症状を訴えて自分から外来に来る人が増加しています。
統合失調症の診断では、その決め手となる検査はありません。既往歴や症状を総合的に評価して診断しますが、症状が最低6カ月続き、仕事、学業、社会機能に顕著な低下がみられることが、診断の必須条件です。家族、友人、教師、上司、同僚などからの情報は、発症時期を特定するのに重要です。
臨床検査を行って、精神病性の症状を引き起こす可能性のある薬物などの乱用の有無や、内科疾患、神経疾患、内分泌系の疾患などが基礎にないかどうかを調べます。そのような疾患の例として、脳腫瘍(しゅよう)、側頭葉てんかん、甲状腺(こうじょうせん)疾患、自己免疫疾患、ハンチントン舞踏病、肝臓病があります。
CT検査またはMRI検査で、受診者の脳の異常が検出されることがありますが、その異常は統合失調症の診断に役立つほど特異的なものではありません。
統合失調症の治療では、全般的な目標として、精神症状を軽減させ、症状の再発とそれに伴う機能低下を防ぎ、機能をできるだけ高いレベルに維持することを目指します。抗精神病薬、リハビリテーションと地域支援活動、そして心理療法が治療の柱となります。
薬物治療では、1950年代にフランスでクロルプロマジンという薬物が一部の患者に効果があることが発見され、これを契機に抗精神病薬による治療が広く行われるようになりました。1990年代後半からの非定型抗精神病薬の使用や、効果的な急性期治療、社会復帰のため福祉施設や法制度の整備などにより、発症者の入院期間は短縮されています。
抗精神病薬は、妄想、幻覚、支離滅裂な思考などの症状を軽減するのに効果があります。急性の症状が治まった後、抗精神病薬を継続的に使用すると、再発の可能性をかなりの割合で抑えることが可能。
ただし残念なことに、抗精神病薬には、鎮静作用、筋肉の硬直、震え、体重増加、動作不穏などの副作用があります。また、不随意運動障害、まれに悪性症候群という重い副作用が生じることもあります
副作用が少ない新しい抗精神病薬も、数多く開発されています。特に非定型抗精神病薬と呼ばれる薬は、従来の抗精神病薬に比べて、陽性症状、陰性症状、認知障害をかなり広い範囲に渡って軽減します。筋肉の硬直、震えといった生活に支障を起こしやすい副作用が少ないことも、利点となっています。
また、使用方法として原則、1種類の薬で処方し、同じような効き目の何種類もの薬を重ねて飲むような方法はとりません。薬には適用量があり、多量の処方は副作用ばかりが増えて効果が増えるわけではなく、意味がありません。日本ではかつて、多種類の薬物を大量に処方する習慣がありましたが、非定型抗精神病薬は処方の方法論にも影響を与えています。
統合失調症の治療では、発症者が治療の指示をきちんと守ることが極めて重要です。薬物療法をしないと、70〜80パーセントが診断時から1年以内に、統合失調症の症状を再発します。継続的に薬を服用すると、再発率は20〜30パーセント程度に下がり、症状は大幅に少なくなります。
ところが、統合失調症の人の半数が、処方薬を服用しません。自分が病気であるという認識がないため服用を拒む人もいれば、不快な副作用を嫌って服用しなくなってしまう人もいます。記憶障害、支離滅裂な思考、あるいは経済的理由から薬の服用をやめてしまうケースもあります。
本人、家族、そして医師との間に協力関係を築くことを目標とする心理療法で、医師や心理療法士と一貫した信頼関係ができると、自分の病気を受け入れやすくなり、治療に関する指示をきちんと守ることの必要性を認識するようになります。
統合失調症の治療では、適切な薬物療法に加え、リハビリテーションと地域支援活動によって、地域社会で生活できるようにすることが目標の柱。そのために必要な技能を教えることを目的として、職場訓練などの地域支援活動が行われています。仕事、買い物、身なりなど自分の身の回りを整えること、家事、協調性などを学ぶために、監督者付きの住宅やグループホームで生活する必要がある人もいます。
統合失調症の人の中には、重度で治療に反応しない症状があったり、地域社会で生活していくために必要な能力が欠如しているために、自立して生活できない人もいます。そういう場合は、安全でサポート体制の整った施設での完全看護が必要です。
長期的にみると、統合失調症の経過の見通しはさまざまです。一般に、3分の1に顕著で持続的な改善がみられ、3分の1には断続的な再発や残存する能力障害はあっても、ある程度の改善がみられ、残りの3分の1が重度で永久的な無能力の状態となります。
毒キノコ中毒
■食用キノコによく似た毒キノコが起こす食中毒
毒キノコ中毒とは、食用キノコによく似た毒キノコを食べることによって、引き起こされる食中毒。
日本は気温も湿度も、キノコ類の発生に適しています。特に、繁殖することが多い晩夏から秋にかけては、採集して食べる人も増え、しばしば毒キノコ中毒がみられます。平成16年から平成20年までの間では、年間42~79件の食中毒、年間77~232人の食中毒患者が全国で発生しています。約9割は家庭で発生し、約1割は販売店、飲食店などの営業施設が原因で発生しています。
胃腸炎型を起こすのは、ツキヨタケ、イッポンシメジ、クサウラベニタケ、カキシメジ、ニガクリタケなど。食後30分から2時間で、吐き気、嘔吐(おうと)、腹痛、下痢などの症状を起こします。
脳症・神経症型を起こすのは、ワライタケ、オオシビレタケ、ヒカゲシビレタケ、テングタケ、ベニテングタケ、ハエトリシメジなど。食後30分から1時間で、ワライタケやオオシビレタケ、ヒカゲシビレタケは幻覚、知覚まひ、めまい、言語障害を起こし、意識不明に陥らせます。同じく食後30分から1時間で短時間眠くなった後。テングタケやベニテングタケ、ハエトリシメジは嘔吐、腹痛、下痢に続いて耳鳴り、めまい、視力障害、けいれんなどの症状を起こし、進行すると幻覚、精神錯乱、意識不明に陥らせます。
コレラ型を起こすのは、ドクツルタケ、タマゴテングタケ、コタマゴテングタケ、シロタマテングダケ、コレラタケなど。食後6時間から半日で発症し、アマニタトキシンなどの毒成分が強烈な腹痛、嘔吐、下痢とともに、意識障害、けいれん、脱水状態を起こして、発症者を死亡させたり、肝臓、腎臓(じんぞう)などに障害を残したりします。
食中毒の症状は食べた種類や量によって異なりますが、症状が早く現れるもののほうが比較的軽く、回復も早い傾向があります。
■毒キノコ中毒の検査と診断と治療
キノコを食べた後に胃が重くなり腹痛、嘔吐、下痢などの症状が現れて、少しでも「おかしい」と思ったら、すぐに食べた物を吐き出します。当人が自力で困難のようなケースでは、周囲の人が発症者の口の中に指を入れて、舌の奥を刺激して吐かせます。何も出なくなったら、水やぬるま湯を飲ませて、さらに何回か吐かせるようにします。
応急処置を施した後は、毛布にくるむなど全身を保温して内科か、救命救急センターに運び、医師の診察を受けます。嘔吐物や食べ残しをサンプルとして持ってゆくと、素早く適切な治療につながります。毒キノコ中毒の初期症状を自覚しても、素人判断で胃腸薬や下剤を服用しないことも大切です。
医師による診断では、問診でキノコの外観、採集場所、調理前の処理、調理法、食べた量を聞き出し、食べ物の残り、嘔吐物、便、調理くずなどの検査によって毒キノコの種類を調べます。
治療では、もし誤食したとわかったら、指で口の中を刺激して吐き出させたり、胃洗浄、腸洗浄を行ったり、活性炭末などの吸着剤を投与したりします。また、対症的に、リンゲルなどの電解質液の輸液や、強心剤、呼吸中枢刺激剤などを用いることもあります。
短時間に現れた胃腸炎型の毒キノコ中毒の場合は、対症療法ですみ数日中に治ります。しかし、コレラ型の毒キノコ中毒では直ちに入院し、早期の毒素除去、集中治療が必要です。
毒キノコによる食中毒を防止するには、以下のことを心掛けます。毒キノコは多くの種類に分かれていて共通の特徴を持っていないので、確実に鑑別できる食用キノコ以外は絶対に採らない、食べない。図鑑の写真や絵に出ていない種類のキノコは、無理に食用とされているキノコに当てはめない。食用のキノコでも、生の状態で食べたり、一度に大量に食べると食中毒になるものがあるので注意する。毒キノコは塩漬け、乾燥、水さらしなどの加工によって毒成分がなくなることはないので、加工して食べるのもやめる。
ナルコレプシー
■突然に起きる強い睡眠発作を中核症状とする神経疾患
ナルコレプシーとは、突然に眠り込んでしまう激しい睡眠発作を中核症状とする神経疾患。過眠症、居眠り病とも呼ばれます。
夜の睡眠は十分に取れていても、昼間、急に睡魔が襲ってきて自分では抑制できず、眠ってしまいます。会話中、車の運転中、食事中、はたまたセックスの最中など、通常では考えられない状況で、突然、すーっと眠り込んでしまうといった具合です。
睡眠発作は1日に何度も起こることもあれば、ほんの数回しか起こらないこともあります。1回の発作で眠っている時間は、普通30分以下。意図的に短い仮眠を取った時には、すっきりと目覚めます。この睡眠発作は、ノンレム睡眠を経過せずに、いきなりレム催眠に入るのが特徴です。
ナルコプレシーのもう1つの特徴は、脱力発作(情動脱力発作、カタプレキシー)です。笑ったり、喜んだり、怒ったり、驚いたり、自尊心がくすぐられたりなどの突発的な感情が誘因となって、全身の脱力発作が起こって力が抜け、物を落としてしまったり、ろれつが回らなくなったり、数秒~数分間、筋肉がまひしてその場に崩れ込んでしまったりします。
意識ははっきりしているし、見たり聞いたりもできますが、ただ動けないだけです。この脱力発作は、レム睡眠に入ると筋肉の緊張が完全に消えることと似ています。
ほかに、睡眠まひ、入眠時幻覚を伴います。睡眠まひでは、寝入ったばかりや目が覚めた直後に、体を動かそうとして動かせない状態になります。いわゆる金縛りと呼ばれる状態で、開眼し意識はあるものの随意筋を動かすことができません。本人は非常な恐怖に駆られますが、他の人に体に触れてもらうと治ります。周りに人がいなくても、まひは数分後には自然に治まります。
入眠時幻覚では、睡眠発作により眠り込んだ際や、夜間に寝入った直後、まれに目覚めた際に、現実感の強い幻覚、幻聴を経験します。これらの幻覚、幻聴は正常な夢に似ていますが、もっと強烈で鮮明です。
夜間は、頻回の中途覚醒(かくせい)や、睡眠まひ、幻覚を体験するなどのため、睡眠も妨げられます。
日本人のナルコレプシーの有病率は、1万人当たり16人~18人といわれています。すべての人種において発病がみられる中で、日本人の有病率は世界で最も高く、欧米では1万人に2~4人といわれています。
家族内に起こる傾向がありますが、原因は不明です。ナルコプレシーのほとんどは通常、思春期から青年期にかけて発症するため、脳の性的成熟と関係があるとも考えられています。また、オレキシンという視床下部から分泌される神経伝達物質の欠乏と関係があるとも考えられています。
症状は一生涯続きますが、症状のすべてが現れる人は全体の約10パーセントにすぎず、大部分の人は2、3の症状が出るだけです。
■ナルコレプシーの検査と診断と治療
昼間に強い眠気を感じる時は、内科や睡眠外来、神経内科を受診します。
根治的治療方法はありませんが、対症的療法でかなりよくなります。中枢神経刺激剤を使用することで眠気を抑制することができ、メチルフェニデート、モダフィニル、ペモリンアンフェタミン、デキストロアンフェタミンなどが使用されます。中で、モダフィニルは他より副作用の少ない薬剤です。脱力発作や睡眠まひの症状を軽くするためには、イミプラミン、クロミプラミンなどの三環系抗うつ剤、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)、SNRI(選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)が使用されます。
イライラ、異常行動、体重減少などの副作用が起こらないように薬剤の量の調整が必要なため、薬物療法を行っている人の体調は慎重に監視されます。
抗うつ剤によって夜の眠りを安定させ、中枢神経刺激剤を朝と昼に服用することにより、日中の睡眠発作をほとんどなくすことができます。しかし、根気よく治療を続けることが必要で、長い年月がたつと症状がかなり軽くなり、多くのケースでは薬剤の量を減らすことができるようになります。
治療では、薬剤によって症状を軽減するとともに、生活習慣の改善も図ります。大事なのは規則正しく生活をし、夜にしっかり睡眠を取ることで、睡眠表をきちんとつけることにより、自分の睡眠生活が理解できるようになります。日中に15〜20分程度の短い昼寝をこまめに取ると、睡眠発作の予防効果があります。
軟骨石灰化症(偽痛風)
■高齢者に多発性の関節痛を起こし、痛風とよく似た疾患
軟骨石灰化症とは、多発性の関節痛を起こし、痛風とよく似た疾患。偽(ぎ)痛風とも呼ばれます。
高齢者では、特に風邪などの切っ掛けもなく、急にあちこちの関節が痛み出すことを比較的よく経験します。血液検査でも関節リウマチや痛風の反応は異常がなく、医師が診断に苦しむことがあります。このような疾患の中に、軟骨石灰化症があります。
この軟骨石灰化症は、関節液中にピロリン酸カルシウム(CPPD)結晶という結晶が沈殿することによって起こります。よく似た痛風は、血中の尿酸が増加して高尿酸血症となり、関節液内に尿酸ナトリウム結晶が生じることによって起こります。
ピロリン酸カルシウムの結晶ができる原因としては、軟骨変性が重要です。軟骨内の結晶は関節破壊により関節腔(くう)内へ脱落し、関節腔内では白血球、単球などがこの結晶をきれいに掃除しようとします。その時に、細胞からはさまざまな化学物質が放出されて、炎症はいよいよ強くなります。痛風発作でも同様に、白血球などが尿酸の結晶を掃除しようとして炎症が起こります。
軟骨石灰化症の発症年齢は、痛風に比べて60~80歳の高齢者での発症が多いと見なされています。痛みの起こりやすい部位は膝(ひざ)の関節が最も多く、次いで手、足、股(また)、肘(ひじ)、肩の関節など比較的大きな関節で、男女差はありません。痛風が男性に圧倒的に多くみられ、痛みの部位も足首や足の親指の付け根に起こりやすいのと対照的。
軟骨石灰化症の発作は数日、ないしそれ以上持続し、1カ所から数箇所の関節炎が特徴です。痛風発作のように突然出現して自然に軽快しますが、痛風より痛みは軽度。急性発作時には、関節腫脹(しゅちょう)、局所発熱、痛みがあり、関節の動きが悪くなります。腕や足の関節に慢性の痛みやこわばりが長引くこともあり、関節リウマチと混同されることもあります。
■軟骨石灰化症の検査と診断と治療
医師による診断では、膝関節痛などに多発性関節炎の所見がみられ、X線検査で軟骨石灰化症の存在が認められ、関節腔内に針を刺し関節液を吸引してピロリン酸カルシウム結晶を調べることにより、総合的に判断されます。軟骨石灰化症(偽痛風)では、血液中の尿酸値は基準範囲内ですが、痛風でも発作時の尿酸値は正常のことが多くあります。
軟骨石灰化症のほかにも、多発性関節炎は慢性関節リウマチ、リウマチ性筋痛症、膠原(こうげん)病、乾癬(かんせん)性関節炎、サルコイド関節炎、悪性腫瘍(しゅよう)に伴う関節炎、再発性多発軟骨炎、感染症に伴う関節炎、変形性関節症などいろいろな疾患で起こり、診断が困難なことも多くあります。長期間の経過観察により診断が明らかになる場合が多いのですが、それでも診断ができないケースもあります。
治療法はほとんどが対症療法で、完治につながるような決定的な治療法はありません。炎症をコントロールすることで痛みを抑えるために、ステロイド剤や非ステロイド系抗炎症剤などが用いられます。治療により急性発作を止めて、次の発作を予防することが可能ですが、関節へのダメージを防ぐことはできません。
ステロイド剤などで痛みが抑えられない場合は、内視鏡で関節内を洗浄する手術も考慮されます。
発作のない時には、通常の変形性関節症のような病像をとりますが、多くの発症者では膝の変形と慢性的な運動痛、動作の開始時の痛みで特徴とされる変形性関節症に移行します。
日常での注意点としては、関節への負担をかけないように、体重を増やさないことが基本で、 適度な運動をして筋肉をつけることも大切です。太ももの筋肉を鍛えるなら、膝を伸ばしたまま足を上げたり、片足立ちしたりするなど、家の中でも簡単にできます。
乳がん
■急増している、女性がかかるがんの第1位
乳がんとは、乳房に張り巡らされている乳腺(にゅうせん) にできる悪性腫瘍(しゅよう)。欧米の女性に多くみられ、従来の日本人女性には少なかったのですが、近年は右肩上がりに増加の一途をたどっています。すでに西暦2000年には、女性のかかるがんの第1位となり、30~60歳の女性の病気による死亡原因の第1位となっています。
2006年では、4万人を超える人が乳がんにかかったと推定され、女性全体の死亡数を見ると、乳がんは大腸、胃、肺に次いで4位ですが、1年間の死亡者数は1万1千人を超え、30~60歳に限ると1位を維持しています。
乳がんは転移しやすく、わきの下のリンパ節に起きたり、リンパ管や血管を通って肺や骨など他の臓器に、がん細胞が遠隔転移を起こしやすいのですが、早期発見すれば治る確率の高いがんでもあります。
代表的な症状は、乳房の硬いしこり。乳がんが5ミリから1センチほどの大きさになった場合、しこりがあることが自分で注意して触るとわかります。普通、表面が凸凹していて硬く、押しても痛みはありません。しこりが現れるのはむしろ、乳腺炎、乳腺症、乳腺嚢胞(のうほう)症など、がんではないケースの方が多いのですが、痛みのないしこりは乳がんの特徴の一つ。
さらに、乳がんが乳房の皮膚近くに達した場合、しこりを指で挟んでみると、皮膚にえくぼのような、くぼみやひきつれができたりします。乳首から、血液の混じった異常な分泌液が出てくることもあります。
病気が進むと、しこりの動きが悪くなり、乳頭やその周辺の皮膚が赤くなったり、ただれてきて汚い膿(うみ)が出てきたりします。
わきの下のリンパ節に転移すると、リンパ節が硬く腫(は)れてきて、触るとぐりぐりします。さらに進んで、肺、骨、肝臓などに転移した場合、強い痛みやせき、黄疸(おうだん)などの症状が現れます。
ただし、乳がんは他の臓器のがんとは異なり、かなり進行しても、疲れやすくなったり、食欲がなくなってやせてきたり、痛みが出るというような全身症状は、ほとんどありません。
乳がんが最も多くできやすい場所は、乳房の外側の上方で、全体の約50パーセントを占めます。次いで、内側の上方、乳頭の下、外側の下方、内側の下方の順となっていて、複数の場所に及んでいるものもあります。乳がんが乳房の外側上方にできやすいのは、がんの発生母体となる乳腺組織が集まっているためです。
乳がんの原因はいろいろあって、特定することはできませんが、日本人女性に増えた原因として、女性ホルモンであるエストロゲン(卵胞ホルモン)の過剰な分泌が関係していると見なされます。
そのエストロゲンの分泌を促す要因として挙げられるのは、生活様式が欧米化したこと、とりわけ食生活が欧米化したことです。高蛋白(たんぱく)質、高脂肪、高エネルギーの欧米型の食事により、日本人の体格も向上して女性の初潮が早く始まり、閉経の時期も遅くなって、月経のある期間が延びました。その結果、乳がんの発生や進行に関係するエストロゲンの影響を受ける期間が長くなったことが、乳がんの増加に関連しているようです。
ほかに、欧米型の食事の影響である肥満、生活習慣、ストレス、喫煙や環境ホルモンによる活性酸素の増加なども、エストロゲンの分泌を促す要因として挙げられます。
乳がんにかかりやすい人としては、初潮が早い人、30歳以上で未婚の人、30歳以上で初めてお産をした人、55歳以上で閉経した人、標準体重の20パーセント以上の肥満のある人などが挙げられています。また、母親や姉妹が乳がんになった人や、以前に片方の乳房に乳がんができた人も、注意が必要です。
特殊なタイプの乳がんも、まれに発生しています。乳首に治りにくいただれや湿疹(しつしん)ができるパジェット病と、乳房の皮膚が夏みかんの皮のように厚くなり、赤くなってくる炎症性乳がんと呼ばれる、非常に治りにくい種類です。
なお、乳がんにかかる人はほとんど女性ですが、女性の約100分の1の割合で男性にもみられます。
■自己検診による乳房のチェックを
乳がんは、早期発見がとても大切な病気。乳房をチェックする自己検診の方法を覚えて、毎月1回、月経が終了して1週間後の乳腺の張りが引いているころに、実行するとよいでしょう。閉経後の人は、例えば自分の誕生日の日付に合わせるなど、月に一度のチェック日を決めておきます。
こうして、自分の乳房のふだんの状態を知っておくと、異常があった時にすぐにわかるのです。
自己触診は、目で乳房の状態を観察することと、手で触れて乳房や、わきの下のしこりの有無をみるのが基本です。鏡に向かって立ち、両手を下げた状態と上げた状態で、乳房の状態をチェックします。
具体的には、 乳首が左右どちらかに引っ張られたり、乳首の陥没や、ただれがないか。乳房に、えくぼのような、くぼみやひきつれがないか。乳輪を絞るようにし、乳頭を軽くつまんで、血液や分泌液が出ないか。
以上の点に注意します。さらに、乳房を手の指の腹で触り、しこりの有無をチェックします。指をそろえて、指の腹全体で乳房全体を円を描くように触ります。乳房の内側と外側をていねいにさすってみましょう。調べる乳房のほうの腕を下げたポーズと腕を上げたポーズで、左右両方の乳房をチェックします。
そして、わきの下にぐりぐりしたリンパ節の腫れがないかどうかもチェックします。
少しでも、しこりや異変に気が付いたら、ためらわずに外科を受診することが大切です。専門家によって、自己触診では見付からないようながんが発見されることもありますから、定期検診も忘れずに受けましょう。
■検査はマンモグラフィが中心
乳がんは、乳腺外科、あるいは外科で専門的に扱う場合がほとんどです。検査は、視診と触診、さらにマンモグラフィが中心ですが、超音波検査(エコー)もよく利用されています。
マンモグラフィは、乳房用のレントゲン検査で、早期乳がんの発見率を向上させた立役者といえます。乳房全体をプラスチックの板などで挟み、左右上下方向からレントゲン写真をとります。
乳房のしこりだけではなく、石灰化像といって、しこりとして感じられないような小さながんの変化も捕らえることができます。この段階で発見できれば、乳がんもごく早期であることがほとんどですから、乳房を残したままがんを治療することも可能になります。
現在の日本では、乳がん検診にアメリカほどマンモグラフィが普及していません。検診では、触診や視診だけではなく、マンモグラフィの検査が含まれているかどうかを確認したほうが安心です。
超音波検査は、超音波を発する端子を乳房に当てて、その跳ね返りを画像にするもの。痛みなどはなくて受けやすい検査で、自分ではわからないような小さな乳がんを発見することが可能です。
しこりや石灰化像などの、がんが疑われる兆候が発見された場合には、良性のものか、がんかを判断する検査が行われます。従来、穿刺(せんし)吸引細胞診、針生検(せいけん)や切開生検が中心に行われていましたが、近年はマンモトーム生検という検査法が登場しました。
穿刺吸引細胞診は、専用の針をしこりに刺して一部の細胞を吸引して取り、顕微鏡で細胞の形などを調べる検査。体への負担が少ないのが利点ですが、しこりとして触れないような小さながんなどは、診断できないことも少なくありません。
針生検は、少し太めのコア針で局所麻酔をして、組織を取り出して調べる検査。体への負担が少ないのが利点ですが、病変が小さい場合は何度も刺す必要があったり、診断が付かないこともあります。
切開生検は、メスで乳房に切開を入れ、がんと思われる部位の組織の一部を取ってきて、顕微鏡で調べる検査。穿刺吸引細胞診や針生検で、確定診断ができない場合に行われてきましたが、外科手術になりますので、体への負担が大きいのが欠点です 。
マンモトーム生検は、超音波やマンモグラフィで見ながら、疑わしい部分に直径3ミリの針であるマンモトームを刺して、自動的に組織の一部を吸引してきて、顕微鏡で調べる検査。広範囲の組織が取れて、切開生検より傷口が小さいため、テープで止めるだけで糸で縫う必要がないのが利点です。とりわけ、しこりとして触れない小さながんや、石灰化の段階のがんの診断に、威力を発揮します。
乳がんとわかった場合には、がんの広がりの程度、他の部位への転移の有無を調べるために、胸や骨のレントゲン検査、CT、超音波検査、アイソトープ検査などが行われます。その程度や有無によって、治療の方針が決められることになります。
■標準的な手術法は乳房温存療法
乳がんの治療法は、その進み具合によって、いろいろな方法が選ばれます。一般的には、まず手術により、乳がんの病変部をできるだけ取り除く治療を行います。
従来は、乳房と胸の筋肉とわきの下のリンパ節をひと塊として、完全に取ってしまうハルステッドという手術が、定型的な乳房切除術として長い間、行われていました。この手術によって、乳がんの治療成績は飛躍的に向上しました。しかし、手術後に腕がむくんで動かしにくくなるなどの障害と、肋骨(ろっこつ)が浮き出て見えたりする美容的な問題が、難点でした。
ところが、乳がんも早期発見が多くなったため、このように大きな手術をすることは少なくなりました。現在では、がんが胸の筋肉に深く食い込んでいる場合などごく一部を除いて、ハルステッド法はほとんど行われなくなっています。
代わりに、胸の筋肉は残して、乳房とわきの下のリンパ節を取る胸筋温存乳房切除術という手術が、行われるようになりました。
乳房のすぐ下には大胸筋、その下には小胸筋という筋肉がありますが、この胸筋温存乳房切除術にも、大胸筋だけを残す大胸筋温存乳房切除術と、両方の筋肉を残して乳房を切除する大小胸筋温存乳房切除術があります。
リンパ節転移が多い場合などは、リンパ節を確実に切除するために、小胸筋を切除することがありますが、最近は両方の筋肉を残して乳房を切除するケースが多くなっています。腕を動かす時に主に使われる大胸筋を残すだけでも、ハルステッド法に比べればかなり障害は少なくなります 。
さらに、近年では、早期に発見された乳がんに対しては、乳房を全部切り取らずに、しこりの部分だけを取り除いて、残した乳腺に放射線をかける乳房温存療法が、盛んに行われるようになりました。日本では2003年に、乳房温存療法が乳房切除術を数の上で上回るようになり、標準的な手術法となっています。
この乳房温存療法では、乳房を残して、がんの病巣をできるだけ手術によって切除し、残ったがんは放射線の照射で叩くというのが基本的な考え方ですので、放射線治療は必須です。一般的には、わきの下のリンパ節転移があるかどうかにかかわらず、しこりの大きさが3センチ以下で、乳房の中でがんが広範囲に広がっていないことなどが、適応の条件とされています。
また、しこりが3センチ以上でも、手術前に化学療法を行ってしこりが十分に小さくなれば、可能であるとされています。ただし、医療機関によって考え方には多少違いがあり、もっと大きな乳がんにも適応しているところもあります。
わきの下のリンパ節をたくさん取らない方法も、最近では検討されています。手術中に、センチネルリンパ節(見張りのリンパ節)という最初にがんが転移するリンパ節を見付けて、そこに転移がなければリンパ節はそれ以上は取らないという方法です。まだ確立はされた方法ではありませんが、腕の痛みやむくみなどの障害が出ないので、今後急速に普及していくと考えられます。
乳がんはしこりが小さくても、すでにわきの下のリンパ節に転移していたり、血液の中に入って遠くの臓器に広がっていることもあります。転移の疑いがある場合、術後の再発予防のために抗がん薬やホルモン薬による治療を加えると、再発の危険性が30~50パーセント減ることがわかってきました。抗がん薬やホルモン薬においても、副作用が少なく、よく効く薬が開発されてきて、再発後の治療にも効果を上げています。
尿失禁
■無意識に尿が漏れて、日常生活に支障
尿失禁とは、他覚的に認められる尿の不随意な排尿であり、社会的衛生的に何らかのトラブルを引き起こすもの。つまり、無意識に尿が漏れてしまい、社会生活、日常生活に支障を来す状態をいいます。
尿失禁のうち、一時的な漏れではなく、一日中、常に漏れ続ける失禁を真性尿失禁、または全尿失禁と呼びます。真性尿失禁、全尿失禁の代表例として挙げられるのは、尿管開口異常などの先天性尿路奇形によって常に尿が漏れているもの、または手術などの際、尿道括約筋を完全に損傷したものです。
一時的な漏れを示す尿失禁のほうは、腹圧性、急迫性(切迫性)、溢流(いつりゅう)性、反射性の4タイプに大別されます。
腹圧性尿失禁は、中年以降の出産回数の多い女性に、しばしば認められます。せきやくしゃみ、運動時など、腹部に急な圧迫が加わる時に尿が漏れるもので、漏れの程度はさまざまです。
起こる原因は、膀胱(ぼうこう)を支え、尿道を締めている骨盤底筋群が緩んで、弱くなったためです。肥満の女性に多くみられ、骨盤底筋群の緩みが進むと、子宮脱、膀胱瘤(りゅう)、直腸脱などを合併することもあります。
急迫性(切迫性)尿失禁は、尿意を感じても我慢することができずに、尿を漏らしてしまうもの。脳、脊髄(せきずい)など中枢神経系に障害があるものと、膀胱炎、結石などによって膀胱の刺激性が高まって起こるものとがあります。
溢流性尿失禁は、前立腺(せん)肥大症や神経因性膀胱などを発症している高齢男性に、しばしばみられます。著しい排尿障害があって十分に排尿できず、常に膀胱が伸展しているために起こるものです。
反射性尿失禁は、中枢神経系の障害や、事故による脊髄損傷でしばしば認められます。尿意を感じることができずに排尿の抑制ができないため、尿が一定量たまると、意思とは関係なく排尿が起こるものです。
■尿失禁の検査と診断と治療
尿失禁の原因が明らかで治療可能なものは、当然、その治療を行います。
腹圧性尿失禁の程度の軽いものでは、尿道、膣(ちつ)、肛門(こうもん)を締める骨盤底筋体操が割合効果的です。肛門の周りの筋肉を5秒間強く締め、次に緩める簡単な運動で、 仰向けの姿勢、いすに座った姿勢、 ひじ・ひざをついた姿勢、机に手をついた姿勢、 仰向けになり背筋を伸ばした姿勢という5つの姿勢で、20回ずつ繰り返します。朝、昼、夕、就寝前の4回に分けて、根気よく毎日続けて行うのが理想的です。
失禁の程度の強いものでは、状態に応じた治療法が選択されます。内視鏡によるペーストなどの注入療法、各種の失禁防止手術が工夫されています。カテーテルによる導尿などの処置が選択される場合もあります。
尿の変化
人間が排泄することは、上から入れれば下へ出るのが天の理、糞尿屁という出物は生理自然にほかならない。健康長寿のためには、便と屁に続く小便、いわゆるオシッコの快調にも、常日頃から留意したいものである。
自分の両手を握ってほしい。目の前の片方のこぶしが、ほぼ片方の腎臓(じんぞう)のサイズである。形はソラマメ状で、一つの腎臓の重さはおよそ百二十グラム。この小さな双子の臓器が、せっせと尿を作り出しているのである。
腎臓には、体の中で最も太い大動脈から、絶えず血液が流れ込んでいる。その血液量は一日に約一・五トンと、すごい量であるが、糸球体と呼ばれる毛細血管の網でろ過され、血中の老廃物や水分が尿に姿を変えるのである。
このオシッコを作る器官であり、人体の浄水器である腎臓が、血液の中から老廃物と水分をこし出したものを、原尿という。
もちろん、いきなりこれが排出される尿になるわけではない。尿細管で何度も何度も吸収され、本当に役に立たないものだけが、尿として尿管に送られるのである。
原尿が再吸収され、尿として排泄される量は、原尿の約百分の一、一日に一・五リットルほどで、牛乳パック一・五本と、かなりの量だ。これを一日五、六回に分けて排出する。だから、一回のオシッコの量は、二百五十~三百ミリリットルほどとなる。
詳しくいうと、尿として排泄される一日の量は、男女で少し違いがある。成人男性では一・五~一・八リットル、女性では一・四~一・六リットルとされるが、〇・五~二リットル程度の枠内なら正常といえる。
こうした人間の尿の量は、脳下垂体から分泌される抗利尿ホルモンによって調節されている。抗利尿ホルモンの分泌が増えると、尿細管からの水分の再吸収が高まり、尿の量が減る。逆に、分泌が減った場合は、尿量が増える。誰もが夏場に汗をかくと、尿の量が減って色が濃くなるのは、ホルモンの分泌が増加して、固形成分の比率が高まるためである。
ところで、腎臓でおよそ五秒ごとに、タラリタラリとこし出された尿は、尿管を通じて膀胱(ぼうこう)に送られる。尿管は直径四~七ミリ、長さ二十八~三十センチ。筋層で圧力をかけられているため、粘膜がしわしわになっている。
つまり、尿の流れる穴は真円ではなく、きんちゃくみたいで、尿の通るすき間は細く、薄いから、内臓中にできた結石が引っ掛かりやすい。とはいえど、尿の量が増えれば、その勢いできんちゃくは内側から広げられ、結石は流れやすくなる。よく「結石はビールを飲んで流してしまえ」というのは、真実なのである。
この尿管の先が膀胱である。オシッコを一定期間ためておく貯水池たる膀胱は、尿のたまっていない時の形は三角形で、立体的にいうと逆さまの杯の形をした筋肉でできた袋であるが、まさにゴムの袋に例えられる。ゴムやポリエチレンがなかった時代には、氷のうといえば、薄くて丈夫な牛の膀胱を使ったそうである。
人間のも同じで、空っぽの状態では壁の厚さが十五ミリだけれど、ぱんぱんにため込むと、その厚さ三ミリになるという素晴らしい膨張率を有しているから、最大容量四百五十~五百ミリリットルと、牛乳パック半分のけっこう重たいオシッコが入ることになる。
●健康な尿が出てくる人体メカニズム
実際には、こんなにたまることはめったにない。尿が二百五十~三百ミリリットルくらいになると、尿意を感じて排尿が始まるからだ。
一説によると、膀胱の最大容量の五分の四までは尿意は催さず、最後の五分の一がたまっていく時に感じるもので、最後の五分の一がたまる時間は、三十分から一時間ぐらいという短時間なのだという。
尿が出る仕組みを説明すると、膀胱の内圧が高まって、膀胱壁の受容器を刺激し、受容器は脳に信号を送るから、脳は尿意を発動する。
この尿意を感じた脳から指令があると、同じ脳にある抑制中枢を刺激して、抑制を取り外しにかかる。ふだん尿道口が閉まって、尿が飛び出さないようにできているのは、この抑制中枢があるお陰である。
で、この抑制がとれると、膀胱の出口、つまり尿道とのつながり部分にある、伸縮自在の尿道括約筋などがゆるむ。次いで、抑制中枢の近くにある排尿中枢が奮い起こされ、その刺激で膀胱それ自身の筋肉収縮が始まり、そこで尿が尿道という通路から外に飛び出す、という二段階システムになっているわけだ。
膀胱から飛び出してゆく一回当たり、二百五十~三百ミリリットルという量は、五、六回繰り返せば一日分のオシッコを排出できるという、ためるによし、出すによしのちょうどいい量なのである。
実は、尿意にこたえて括約筋をゆるめ、膀胱を収縮させる排尿システムは、膀胱が満タンにならなくとも働いてしまう。人間の脳というのは心理的な変化に左右されやすいところだから、何かで興奮したり、緊張したりした場合にも、抑制中枢がマヒするか、排尿中枢が強く刺激されすぎる。
そのため、膀胱には尿が少ししかたまっていないのに、試験前などになると尿意を催してトイレにゆきたくなったり、驚いて思わず漏らしてしまうということにもなるわけだ。
また、てんかんや一時的なショックなどで、意識を喪失した場合も、抑制中枢がマヒして同様の尿漏れが起こる。
これに対して、ビールやコーヒーなどを飲むと尿が近くなるというのは、水やカフェインが腎臓を刺激して利尿作用を起こすためで、先の場合とはメカニズムが違う。
とにかく、脳の抑制中枢というのは、特に人間で発達した部位であり、下等動物になるに従って働きが弱くなる。動物では、犬や猫などのペットで発達している。場所的にも、性欲、物欲を抑える部位の近くにあって、かなり高度な機能であることがわかる。
●排尿にまつわるトラブルは女性に多い
そして、この抑制中枢は、感情の影響を受けやすいところでもある。一般的に、男性よりも女性のほうが感情に敏感だといわれているように、感情が激して抑制中枢がマヒし、その結果尿失禁という不如意を起こすことは、女性に多いということになる。
この点、腹圧性尿失禁で病院を訪れる女性患者も、最近は増えているという。腹圧、つまりセキやクシャミをした時、笑った時などに、おなかに圧力がかかって、膀胱が圧迫され、尿が漏れてしまう病気である。漏れる尿の量はさまざま。
普通、尿道にもオシッコの漏れを止める筋肉があって、外尿道括約筋という。これは男性で発達し、排尿を中断することもできるが、女性にはないので、その代用を肛門括約筋や骨盤底筋群がしている。
加えて、男性の尿道が十六~二十センチで、屈曲しているのに対して、女性の尿道は四~五センチと短く、ストレートという構造的な面から、元来女性のほうが漏れやすい形態になっているのである。
そこへ加齢、出産が加わると、先の代用筋にゆるみが出て、膀胱と尿道の位置関係に狂いが生じてくる。平たくいえば、尿道がおなかのほうへ持ち上がっていたのが、年がかさみ、子供を産むうちに次第に下がっていき、ついには真っすぐ下方に垂れ下がってしまうのである。こうして一直線に流れ落ちてしまう尿失禁を止めるには、相当に強力な括約筋が必要というわけだ。
また、失禁を呈するようになったと訴えるのは、肥満女性に目立つ。肥満の人というのは食っちゃ寝タイプが多いので、下腹部には脂肪がたまるばかりで、筋肉が発達しなくなり、尿道を締める力が弱まるからである。
従って、治療はこれを強制してやればよいわけで、尿道を腹壁のほうへ持ち上げる手術は簡単、確実で、効果も抜群だという。
それにしても、どうして男性よりも女性のほうが、オシッコが漏れやすく、途中で止められないか、人類学的に推理してみよう。
元来、男には攻撃本能があり、狩猟に出掛けたり、敵からの攻撃も防がなければならない。とすると、排尿を長時間我慢するとか、排尿しても敵が現れるとすぐ中断して、攻撃体勢に素早く移れるということは、自己防衛につながる。だから、長い年月の間に、人類の男は防衛的見地から、こうした機能を獲得していったのではないだろうか。対して、女は攻撃の必要性もなかったので、こんなものを発達させなくてもよかったのではないだろうか。
しかしながら、しばらく前から、アメリカのキャリアウーマンたちの間に、インフリークェント・ボイダーと称する女性が激増して問題になっている。たまにしかトイレにゆかないものだから、膀胱炎を患う人たちである。彼女たちの膀胱はたいてい伸び切って、倍ぐらいにふくれ上がっているそうだ。以前はバスガイドやスチュワーデス、タクシー運転手などの職業病として知られていたものだが、それがどんどん広がったわけである。
●正常人の出立ての尿はにおわない
さて、話を進めてきた尿は一般に、「臭い、汚い、不潔」などと嫌われているものではあるが、故事をひもといてみると、案外に愛好されてきていることがわかる。
中国では、尿で顔や手足を洗った古代部族がいたと、「三国志」に書かれている。秦の始皇帝が若返りのために、処女のオシッコの風呂(ふろ)に入っていたという逸話も、まことしやかに伝わっている。
インドでは、古くから自分のオシッコを飲む民間治療法があったという。この尿療法の教えは、ヒンズー教の教本に百七項目にわたって記されており、現代でもヨガの聖者は自分のオシッコを飲むといわれている。
日本でも、沖縄には古くから、自分のオシッコを飲む尿療法があったという。
尿という小水はその昔、健康飲料として飲まれたこともあったし、化粧水であったこともあるという不思議な液体なのである。現代社会においても、尿健康療法を実践する人たちがおり、体の故障個所の痛みがとれるなどの効用があるという。
しかし、現代医学の最先端をいく科学者たちは、尿は飲めるとしながらも、一様にその積極的効能は認めない。いわく、確かに微量ホルモンは含まれているが、飲むと腸でアミノ酸に分解されてしまって、意味がない。あまりにも微量すぎて、有効量を得るためには、何十リットルも飲まなければいけない。生体の自然の摂理に反する。
この人間の小水を現代医学で説明するなら、先に述べた通り血液中の老廃物となる。私たち人間は飲食物を摂取するが、その必要なものを化学変化させて肉体にとり入れ、血液に乗せて全身に運ぶ。そして、不必要になってきたものは、腎臓でろ過して排泄する。尿は腎臓でできた老廃物、というわけであった。
ちなみに、人間の肉体の中でエネルギーになる物質には、糖質と脂質、蛋白質の三つがあるが、これらの燃えカスは捨てなくてはいけない。糖質と脂質が燃えると、主として水と炭酸ガスになり、炭酸ガスは息を吐くたびに肺から外に出ていく。蛋白質の燃えカスは、尿素、クレアチン、尿酸などになって血液中に溶け、腎臓でろ過されて排泄される。これが尿の主な成分というわけである。
そのほかに、尿にはナトリウムやカリウムなどの電解質も含まれている。人間の体液の組成は海水と同じで、この組成の濃度を一定にする役目をしているのも腎臓なのであり、体内に余分な電解質があれば排出するし、足らなくなれば水分だけを出すなどして調節しているためである。
結局、ここに挙げた以外の成分が最終的な尿に含まれている場合は、体に何らかの異常が認められるわけだ。
ともかく、尿が血液の老廃物、体液の不要品といっても、健康な人から出たものなら、不潔きわまりないというわけではない。
見方によっては、細菌に感染していない正常な人の尿は、血液よりきれいといえるかもしれない。腎臓で繰り返し、ろ過され、排出されてくる液体であるからだ。
心理的な嫌悪感はつきまとうにしろ、ジャングルで遭難したとか、海で漂流したとかして、きれいな飲料水ない場合は、海水や汚水よりオシッコのほうが絶対に安全といえるだろう。
一般に、尿は臭いと思われているが、それも大きな事実誤認。正常な人の出来立てのホヤホヤは、ほとんどにおわない。尿に多く含まれている尿素が体外に出た後、それに取りついた細菌によって分解され、アンモニアが発生してはじめてにおい出すのである。
●心身の健康度がわかる臨床検査の花形 さらに、人間の体からの出物である尿の中に混じっているホルモンは、実は貴重品であり、ミラクルパワーの源泉でもある。 そもそも、人体の多くのホルモンは、血管を通って目標とする器官や細胞に運ばれ、その細胞に働き掛けたり、逆に働きを抑えたりする。これらのホルモンの一部は、血管の中を巡っているうちに、肝臓や腎臓で化学変化を起こす。これを代謝というのだが、この代謝物が尿中に出されるわけであり、そのほとんどは本来の働きを失っているといえど、少しは活性のあるものも排泄されている。 最近の医療分野においては、測定機器の技術進歩によって、ごく微量の物質も簡単に測定できるようになっており、ほとんどの病気の状態が、検尿で判定できるようになってきている。 精神病の患者でも、副腎髄質から分泌されるカテコールアミンといわれる物質の量の増減で、早期に発見できる可能性があるといわれている。ガンにしても、腫瘍(しゅよう)マーカーといわれるポリアミンを測定することで、ある種のガンの早期発見や、抗ガン剤の効き具合がわかるようになってきている。 今や、尿は臨床検査の花形なのである。人間の精神状態も、生化学的に見れば、脳での神経伝達物質の化学反応でしかない。排泄されてくる微量ホルモンや、その代謝産物を調べることで、人間の心のバランスが正常か否かもわかるということになる。 ガンの治療では、患者当人の尿からガンウィルスの抗原を見いだし、ワクチンを作ろうという研究、実践が進められているそうだ。 このように、体からの出物のミラクルパワーが解明でき、その生体での働きもわかってくれば、尿から人間に必要な物質を抽出し、薬品を作ろうとする試みが当然出てくる。実際、男性ホルモンや女性ホルモンの一部は、尿から取り出され、薬として販売されている。 例えば、よく四つ子、五つ子が誕生して、世間をにぎわす原因となる排卵誘発剤は、女性の尿から抽出されたホルモン剤である。脳卒中や血栓症に使われるウロキナーゼという薬も、尿から抽出される薬としてよく知られているものだ。 このほかにも、オシッコにはまだまだ未知の生理活性物質が数多く含まれているそうである。生体に対する有効物質を見つけるための宝の山かもしれない。 ●尿の量や色やにおいで変調を察知する 本人は健康だと信じているのに、いつの間にか病気にむしばまれ、気づいた時にはもう手遅れとならないために、朝晩の自分の体からの小水という、貴重な出物を観察することをぜひ勧めたい。 尿は毎日姿を変え、自らの体の調子を告げているものであり、非常に役に立つ健康のバロメーターなのである。特に、腎臓、尿道関係の病気は、素人にも判断しやすいものである。 もし異常があったら、病院にいって精密検査を受けてほしいもの。確かに、血尿、尿蛋白などでも、一過性のものもあり、尿の異常がすべて病気というわけではないものの、本当の病気だったら、早期発見できるのである。 まず、健康な人の尿量は、普通、男性で一・五~一・八リットル、多くても二リットル、女性で一・四~一・六リットルであるが、一日の量はどうであろうか。 一般に、一日の尿量が〇・四~〇・五リットル以下を乏尿、二・五リットル以上では多尿となる。ビールなどのアルコールを飲まないのに、五リットルも十リットルも出る場合は、尿崩症などの疾患が疑われる。 また、多量の水分を飲まないのに、異常に尿量が多かったら、慢性腎不全の初期か、糖尿病の可能性もあり。反対に、尿量が異常に少ないのも病気の一種で、急性腎炎の中期やネフローゼ症候群の初期、慢性腎炎や腎硬化症の末期、急性腎不全の可能性ありだ。 次に、オシッコの回数は普通、日中が五、六回といったところであるが、異常に回数が多いことはないだろうか。尿の量があまり出ないのに、回数が増えるのは、膀胱炎の疑いがあるし、初老の人だと前立腺肥大症やガンの可能性もある。 放尿する時に痛みがある場合は、尿結石などの膀胱、尿道などの排泄路の病気である。排尿の後に不快感がある時は、腎盂(じんう)炎、膀胱炎、膀胱の腫瘍の疑いがある。夜遊びの覚えがある人で、放尿した時に痛みがあったり、下着に膿(うみ)が付いていたら、梅毒、淋病(りんびょう)、クラミジアなどの性病に感染されている恐れがある。 尿の色も、大切なチェック項目。膀胱から出てくるオシッコは普通、いわゆる麦わら色をしている。古くなった赤血球が壊れてできた黄色い色素や、使われた蛋白質が分解されてできた黄色い色素が混じっているからだ。これらの色素のできる量は、だいたい決まっている。 だから、水分を多くとって、排尿の回数や量が増えると、色素は薄められ、ほとんど透明な尿になる。ところが、風邪などで熱を出してやたらに汗をかくと、当然ながら尿の量が減るから、相対的に色は濃くなる。同時に、蛋白質の分解による色素の量も増えるから、オシッコは黄色くなる。 風邪でもないのに、麦わら色か透明に近い通常色から、血が混じったワインレッド色になっていることはないだろうか。激しい運動をして赤くなったり、食べた物で色が変化することもあるが、そうでないと腎臓ガン、膀胱ガン、尿結石かもしれない。この血尿は、腎炎、膀胱の炎症で出ることもある。 オシッコが白く濁っているのも、要注意。疲れていても濁るし、リン酸塩やマグネシウム塩などが析出して白濁することもあるが、腎臓、尿管、膀胱、尿道が感染して炎症を起こしていたり、ガンの疑いもある。 さらに、モコモコした泡が立ち、なかなか消えないということがあったら、オシッコに蛋白が出ている証拠である。ネフローゼ症候群や腎炎などで、蛋白が混入するとよく泡立ち、なかなか消えない。肝臓病の場合は、黄色い泡が立ち、長く残る。 オシッコに変なにおいがしたり、異常に臭くないかも、チェック項目の一つである。食べ物によっても、オシッコのにおいが変わるが、糖尿病だと甘く、果実のような芳香が漂ってくる。 お酒の飲みすぎでもにおうし、魚の腐ったようなにおいがすれば、細菌に感染している疑いがある。ビタミンB1 などの栄養剤を服用すると、ニンニクのにおいがするが、これは気にすることはない。 ●呼吸と睡眠が快調な排泄に役立つ ちなみに、男性の場合、オシッコの飛び方を観察すると、性器の勃起(ぼっき)力がわかる。年を取ると、膀胱や尿道の筋肉が硬くなって勢いがなくなる。特に、男性はそうなのである。 そこで、年配の男性はどうしたら快通ができるかというと、丹田呼吸で不必要な物を捨てるということをやるとよい。両足の親指に力を入れて、つま先立って小用を便ずると、おのずから丹田に力が入るので、快小便ができる。これは、前立腺肥大を克服する非常にうまい方法でもある。 ここでも、人間は絶えず行っている呼吸の意味の重要性を、改めて認識する必要があるわけだ。 呼吸とともに、男女両方に勧めたい尿の快通法は、十分に眠ることである。誰もが一日使ったら、夜は肉体を疲れさせないように、軽く食事をとり、風呂に入り、肉体を温め、血液の循環をよくして、湯冷めしないうちに寝るがよい。 早く寝て、十分に眠ることを毎日の習慣にしている人は、よく眠るだけで肉体の神経が完全に働くから、体内の老廃物をそれぞれの場から体の外へ排出してくれるものである。 例えば、脳の疲労物質を体内から取り除くには、睡眠をとるしかない。人間の大脳の正常な働きを担っているのは、グルタミン酸を分解したガンマアミノ酪酸だとされている。人間が活動を続けると、次第にこのガンマアミノ酪酸が分解され、ガンマハイドロオキシ酸とアンモニアに分解されるのである。 徹夜で仕事をしていて、頭がボーッとなり、集中力を失っていくのは、ガンマハイドロオキシ酸が脳に蓄積されるためである。 この老廃物を取り除くには、睡眠をとるしかないわけである。ほかに、特効薬はない。睡眠をとってはじめて、脳の疲労を回復、ひいては再びコンピューターに負けない能力を取り戻すことができるのである。 寝ている間に、私たち人間の肉体は、ガンマハイドロオキシ酸を始めとした体内の老廃物を、呼吸からも、皮膚からも、気体として発散してしまうし、また尿にして排出する。朝の目覚めの時の尿には、色がついているのもこのためである。 どんな健康な者でも、睡眠中に作られる小水には色がついていて当たり前。寝ている間に、自然の働きが、そうした素晴らしい浄化をしてくれるからである。神経を使いすぎた場合にも、尿に色がつく。病気で熱が出た時にも、色は違うものである。 尿の色の具合で体の状態がわかるほどに、人間の体というものはうまくできている。これを自分で毎日観察していれば、内臓の健康状態がよくわかるはずである。 人間の体の機能は、素晴らしい値打ちを持っているものである。そして、生かされているという条件の上に、成り立っている生命が人間である。体の器官、機能は、実に巧妙に働くようにできている。 この働きをいかに故障なく運行せしめるかということが、生きていく面のすべてにかかってくるのである。 生きていくことは、難しいことではない。眠りと呼吸を大自然のリズムに合わせて行い、暑さ、寒さに順応してゆきさえすれば、年を取ってもその働きが弱るということはない。 ところで、睡眠中の子供の寝小便がなかなか治らぬ時には、寝る前にタップリ水を飲ませるとよい。パラドキシカルな方法のようだが、水を飲むことによって身体機能が調和するから、自然に夜尿症も治ってしまうものである。
熱中症
熱中症とは、体の中と外の「あつさ」によって引き起こされる、さまざまな体の不調です。
専門的には、「暑熱環境下にさらされる、あるいは運動などによって体の中でたくさんの熱を作るような条件下にあった者が発症し、体温を維持するための生理的な反応より生じた失調状態から、全身の臓器の機能不全に至るまでの、連続的な病態」されています。「熱中症」という漢字は、読んで字のとおり、「熱に中(あた)る」という意味を持っています。
この熱中症には、いくつかの種類があります。熱波により主として高齢者に起こるもの、高温環境で幼児に起こるもの、暑熱環境での労働で起こるもの、スポーツ活動中に起こるものなどです。
いずれのケースも、体内に熱がたまったために温熱中枢が障害され、体温調節機能が破綻して、体温が異常に上昇した結果、肝臓、腎臓、中枢神経などに障害を起こします。日射病、熱痙攣(けいれん)、熱疲労、熱射病、熱失神などさまざまな病態が、熱中症には含まれます。
労働中に起こるものについては、労働環境の改善などにより以前に比べ減少していましたが、近年の環境条件により増加傾向がうかがわれます。また、スポーツ中に発生するものおいては、一時増加傾向にあり、その後減少に転じましたが、下げ止まりのような状況になっており、依然、死亡事故がなくならない状況にあります。
熱中症というと、「暑い環境で起こるもの」という概念があるかと思われますが、労働やスポーツ活動中に起こる熱中症では、体内の筋肉からの大量の熱の発生と脱水などの影響により、寒いとされる環境でも発生しうるものです。実際、11月などの冬季でも、死亡事故が起きています。また、活動開始から比較的短時間の30分程度からでも、発症する例もみられます。
■熱中症の症状は■
症状は、大量発汗、強い口の乾き、倦怠(けんたい)感、興奮、高体温、発汗停止、悪心(おしん)、嘔吐(おうと)、脱力感、反射の低下、筋痙攣、強い頭痛、めまい、失神、精神錯乱、昏睡(こんすい)、意識不明などがみられます。最終的に呼吸停止、心停止に至ることもあります。
熱中症を暑熱障害、熱症として、重症度で分類すると、以下のようになります。
●1度 (軽症度)、熱痙攣(heat cramps): 四肢や腹筋の痛み、時には腹痛を伴った痙攣がみられます。多量の発汗で、塩分などの電解質が入っていない水のみを補給した場合に起こります。呼吸数の増加し、顔色が悪くなり、めまいなどもみられます。
●2度 (中等度)、熱疲労(heat exhaustion): めまい、疲労感、虚脱感、頭痛、失神、吐き気、嘔吐、血圧の低下、頻脈、顔面の蒼白、多量の発汗などで、ショック症状がみられます。脱水と塩分などの電解質が失われて、極度の脱力状態となります。
●3度 (重傷度)、熱射病(heat stroke): 2度の症状に加えて、意識障害、奇怪な言動や行動、過呼吸、ショック状態になります。温度調節機能の破錠による多臓器障害が起こり、脳、肺、肝臓、腎臓などに障害が生じます。
ただし、熱中症の分類は、医学的にも混迷している状況にあります。従来からの分類の混迷が、症状や緊急性の判断を難しくさせ、手当や診断に影響を及ぼしている、とも見なされるところです。
■熱中症の治療法は■
熱中症は、いくつかの症状が重なり合い、互いに関連し合って起こります。また、軽い症状から重い症状へと症状が進行することもありますが、きわめて短時間で急速に重症となることもあります。
しかも、熱中症は大変に身近なところで起きていますので、十分にその危険性を認識しておくことが必要です。
もし周りの人が熱中症にかかった場合には、すべての症状に対して次の三つが手当の基本となります。
●休息(rest)
安静にさせる。そのための安静を保てる環境へと運ぶことともなる。衣服を緩める、また、必要に応じて脱がせ、体を冷却しやすい状態とする。
●冷却(ice)
涼しい場所、例えばクーラーの入っているところ、風通しの良い日陰などで休ませる。症状に応じて、必要な冷却を行う。
●水分補給(water)
意識がはっきりしている場合に限り、水分補給を行う。意識障害がある、吐き気がある場合には、医療機関での輸液が必要となるので、直ちに救急車を呼ぶこと。
以上の三つをベースとして手当を行い、症状やその程度によって追加して望まれる手当も派生します。
医療機関での治療においては、氷水浴、アルコール冷却などを行い、ラクテック、生理食塩水、デキストラン製剤などの輸液を行います。
■熱中症の予後と予防■
熱中症にかかった人が、暑い環境での活動や運動を再開するには、相当の日数を置く必要があります。
どんなに症状が軽かったとしても、1週間程度。症状が重くなるにつれ、日数は増えていきます。詳しくは医師と相談の上、当人の調子を照らし合わせながら、再開を決めることになります。
その間は、暑い環境での活動や激しい運動は、厳禁となります。十分に回復するまでの休息の日数を置いた上、涼しいところでの軽めの運動から開始し、徐々に運動負荷を上げていくのがよいでしょう。また、一度かかった者は再度かかりやすいとも見なされていますので、十分に注意をしつつ、活動や運動を行うようにしなければなりません。
熱中症を予防するための注意事項について述べれば、酷夏の運動場、体育館、海水浴場、市街地などにいて、通風性がよくない場合には熱中症を起こしやすいので、スポーツドリンクなどで塩分を含む水分補給を積極的に行うことが必要です。休息を多く取り入れ、激しい運動は中止すべきです。
ネフローゼ症候群
ネフローゼ症候群とは、腎臓(じんぞう)の働きが損なわれて、多量の蛋白(たんぱく)尿が糸球体から尿中に常時排出され、血液中の蛋白質が極度に不足する病的状態です。症候群とは、同じ病状を示す腎臓病が多数あるということを意味します。
主な症状は、浮腫(ふしゅ)や多量の蛋白尿、低蛋白血症と、コレステロールや中性脂肪などが増えて現れる高脂血症(高コレステロール血症)です。
原因となる病的状態は、大きく二つに分けられます。一つは、腎臓の糸球体、特に糸球体基底膜に病変があって起こるもので、原発性(一次性)ネフローゼ症候群と呼ばれます。もう一つは、全身性疾患が糸球体に障害を及ぼして起こるもので、続発性(二次性)ネフローゼ症候群と呼ばれます。
原発性(一次性)ネフローゼ症候群には、腎臓組織を顕微鏡で調べた病理組織型でみて、微小変化型ネフローゼ症候群、巣状糸球体硬化症、膜性糸球体腎炎、膜性増殖性糸球体腎炎などがあります。
いずれも入院治療の対象となりますが、小児では微小変化型ネフローゼ症候群が多くみられます。糸球体の基本構造にほとんど変化はみられませんが、急性発症することが多く、ほかの原因によるものに比べて尿中に出る蛋白量も多いため、脱水症状やショック症状を示すこともあります。しかし、この型は治療によく反応し、80パーセント以上は副腎皮質ステロイド薬が有効です。
副腎皮質ステロイド薬に反応しないステロイド抵抗性のものや、血尿を伴うもの、高血圧を伴うものは、ほかの病型が多く、腎生検による病型診断を行って治療法が決められます。
続発性(二次性)ネフローゼ症候群では、その原因となる病気の種類は多くありますが、糖尿病からくるものが増加中で、膠原(こうげん)病の一つである全身性エリテマトーデスからくるもの、アミロイドーシスからくるものも、しばしば認められます。
●病気の症状と早期発見法
ネフローゼ症候群の症状としては、まず、皮下組織に水がたまる浮腫、すなわち、むくみが起こります。尿中に多量の蛋白が排出されてしまうと、血液中の蛋白量が少なくなり、低蛋白血症となります。血液中の蛋白濃度が低下すると、浸透圧の作用で、血液中の水分や塩分などが、血管の外の組織間に移動してしまうために起こる現象です。
このむくみは、原因となる病気や、蛋白尿の程度、年齢などにより、急に出現したり徐々に出てきたり、強かったり弱かったりとさまざまです。呼吸が困難になるほど重いもの、全身性のむくみを示すものから、押せばへこむ程度の軽いものまでみられます。
むくみが軽いからといって、腎障害が進行するような病気が原因になっている場合には、放置しておいてはいけません。腎不全となってから、気付くようでは困ります。むくみの発見の仕方は、向う脛(ずね)を押した時に跡が残るかどうかです。
●症状や経過により異なる薬物療法
むくみを解消するのに、利尿薬がよく用いられます。利尿薬は腎尿細管に働いて、水とナトリウムを尿中に排出するのを促進させ、むくみを軽減します。ただし、病気そのものを根本的に治す薬ではなく、対症薬と呼ばれるものの一つです。
副腎皮質ステロイド薬は、原発性ネフローゼ症候群や、免疫異常が関与していると思われる腎症ではよく用いられ、時に特効薬となっています。続発性ネフローゼ症候群でも、膠原病からくるものなど免疫関連の病気にはよく用いられます。
免疫抑制薬は、免疫の異常が関与していると思われる場合に、しばしば用いられます。しかし、副作用を考慮して、副腎皮質ステロイド薬の効果がない場合や使用できない場合、減量したい場合、しばしば再発する例などで用いられます。
その他、蛋白尿を減らしたり、腎機能を保持することを目的に、抗凝固薬、抗血小板薬、消炎薬、漢方薬なども、併用されることがあります。
食事療法については、ごく最近まで、血液中の蛋白が大量に失われているので、食事により蛋白質を補うことが必要と考えられてきました。今では、高蛋白食は腎機能をさらに悪くすると考えられ、高蛋白食にしない方針で治療するようになりました。すでに腎機能が中等度以下になっている場合には、さらに低蛋白食にするようになっています。
食塩や水分の取り方が多いことも、むくみの原因や悪化させる因子となります。多くの場合には、むくみの程度によって、食塩や水の摂取を制限します。
脳梗塞
●脳梗塞の原因による3タイプ
脳梗塞(こうそく)とは、脳の血管が詰まって血流を止めてしまうため、脳に供給される酸素や栄養が不足して、脳が十分な機能を果たせなくなる病気です。動脈硬化などがあると、脳の細動脈に血栓、凝固塊、脂肪塊、石灰片、腫瘍(しゅよう)塊などが詰まりやすくなり、ある日突然、発症します。
この脳梗塞には「脳血栓」と「脳塞栓」の2通りがありますが、その原因によって次の3タイプに分けられます。
1、アテローム血栓性脳梗塞
太い血管の動脈硬化が原因となります。糖尿病、高血圧、高脂血症などの生活習慣病による動脈硬化によって、脳の太い動脈や頚動脈が詰まるタイプで、特に睡眠時に多く発症します。現在、脳梗塞患者の3割以上を、このタイプが占めると見なされています。
2、ラクナ梗塞
高血圧などによって、脳の細い血管が詰まるのが原因となります。梗塞部が小さいので症状が全く出ないか、出ても比較的軽いのが特徴で、特に睡眠時に多く発症します。脳梗塞患者の約4割を、このタイプが占めるとされています。
3、心原性脳塞栓
心臓にできた血栓が血流に乗って脳に流れて行き、血管が詰まるのが原因となります。心房細動、急性心筋梗塞、心臓弁膜症、心筋症、不整脈などにより、心臓内の血液が停滞してできた血栓や血の塊が脳血管を詰まらせて血流がストップし、脳組織が壊死した 状態に陥るので、重症の脳梗塞を起こします。
突然の発作として起こるタイプで、日中の活動時に多く発症します。脳梗塞患者の約2割を占めると見なされ、 60~70歳代の人に多くみられます。
脳梗塞の症状としては、半身不随、半身麻痺(まひ)、しびれ、感覚の低下、手足の運動障害、意識障害、言語障害、昏睡(こんすい)などが見られます。脳血栓では、症状が数日かけてゆっくり出現することが多いのに対して、脳塞栓では突然、意識障害などが出てきます。
統計学的にみると、「脳梗塞」と「脳出血」、「くも膜下出血」の総称である「脳血管障害」、いわゆる「脳卒中」による死亡者数は、2004年の統計で約12万9000人。2006年現在では、脳卒中の死亡者の70パーセントが脳梗塞、20パーセントが脳出血、10パーセントがくも膜下出血となっています。食生活の欧米化などによって、30数年前には脳梗塞より多かった脳出血が減少し、最近は脳梗塞が増加しております。
脳梗塞を含む脳卒中は、がん、心臓病に次いで、日本人の死亡原因の第3位です。しかし、3大疾病の中でも脳卒中は有病率が増加しており、突然、何かに当たったように発症する怖い病気なのです。脳卒中の「卒」には「突然」、「中」には「当たる」という意味があります。幸いにして一命をとりとめても、寝たきりになったり、手足の麻痺や言語障害などの後遺症が残ったりする、厄介な病気でもあります。
●前ぶれ症状と治療法について
脳梗塞は急に起きますが、発症前に30パーセントの人に一過性脳虚血発作(TIA)と呼ばれる前ぶれ症状が現れます。
TIAの症状としては、運動障害として、ふらふらしてまっすぐ歩けない、感覚障害として、片方の手足のしびれ、片足を引きずる、手足から急に力が抜ける、ものにつまずきやすい、知覚障害として、片方の目が一時的に見えなくなる、物が二重に見える、言語障害として、言葉がで出なかったり・理解できない、バランス感覚の障害として、急にめまいがするようになったなどです。
一時的にでも前ぶれ症状があったら、1分でも早く脳卒中専門医を受診してください。
医師の側でも、脳梗塞が脳血栓によるものか、脳塞栓によるものかを正確に診断するのは困難です。脳梗塞が疑われる場合、病変の起きた部位を確認するために、 CT、MRI、脳血管撮影などの検査を行います。心原性脳梗塞の場合は、心房細動が原因となるのでホルター心電図(24時間心電図)をとって調べます。
脳梗塞の治療法としては、急性期には抗血栓療法、脳保護療法、抗脳浮腫療法があります。抗血栓療法には、血小板の働きを抑えて血栓ができるのを防止する抗血小板療法とフィブリンができるのを防止する抗凝固療法があります。
欧米では10年以上前から、組織プラスミノーゲンアクチベータ(tPA)という血栓溶解剤を用いた血栓溶解療法が実施され、日本でも2005年10月より健康保険に導入されました。脳保護療法には活性酸素の働きを防止するエダラボンという薬剤を発症後24時間以内に使用すると後遺症が軽減されます。
脳梗塞を起こした部位が1~2日するとむくみが起こるので、抗脳浮腫療法により脳浮腫の原因となる水分を取り除きます。脳梗塞になって3時間以内の場合は血栓や塞栓を溶かす薬を使って治療します。薬が効いた場合には詰まった脳動脈が再度開通し、血流が流れます。
脳循環の改善薬や血栓・塞栓を予防する薬を使います。発症時にカテーテルを使い血管の血流を再開通させることも可能です。頚動脈の血栓内膜剥離術とバイパス手術により脳血流を改善させる手術も行います。いずれの治療法も脳の血管が詰まって壊死しかけている脳細胞(ケナンブラ)を助けることを目的としております。
●危険因子を取り除く生活改善を
脳梗塞を起こした人が社会復帰するまでの間に、いろいろな訓練が必要になります。これがリハビリテーションです。リハビリテーションの目的は残された機能を最大限に引き上げて、家庭復帰や職場復帰をさせるために行います。
脳梗塞の再発を防ぐには、血液をサラサラにして血栓を作らないようにすることが重要です。そのために抗血小板薬としてアスピリン、塩酸チクロピジン、シロスタゾールなどを用います。またフィブリンができるのを防ぐためにワルファリンカルシウムを用います。ただし、納豆を食べると薬の効果が弱くなるので、注意しましょう。
このほか、肥満、高血圧、高脂血症、糖尿病などの生活習慣病を管理しましょう。食べすぎないよう注意し、適度な運動、禁煙、禁酒が必要です。再発の兆候を見つけるために、1年に1回MRIやMRA、頚動脈エコーなどの検査をして画像診断で脳血管や頚動脈の状態を調べましょう。
突然起こる脳梗塞は、さまざまな危険因子を抱えている人に、ある日発症しかねません。脳梗塞の危険因子としては、60歳以上の人、脳卒中の罹病(りびょう)歴のある家族がいる人、動脈硬化、高血圧、糖尿病、高脂血症などの生活習慣病を持っている人、喫煙、大量飲酒、ストレスなどです。
脳梗塞にならないためには、生活習慣を改善しましょう。塩分を控えめにして1日に10g以内に抑え、ナトリウムの排泄を促すりんご、枝豆、バナナ、カボチャなどの食品を積極的に摂取しましょう。血圧を下げる作用がある乳製品などの食品や、マグネシウムを含む焼きのり、昆布、ごまなどの食品も食べましょう。
逆に、動物性脂肪やコレステロールを多く含む食品は控えめにし、アジ、サバ、イワシなどに多く含まれるEPA、DHAなどの不飽和脂肪酸を積極的にとりましょう。
適度な運動で積極的に体を動かし、太りすぎないように注意しましょう。十分な睡眠と休養、禁煙、節酒を心掛けましょう。夏は脱水症や夏風邪から脳梗塞になる人が多いので、水分を十分補給しましょう。
乗り物酔い(動揺病)
■船など乗り物に乗っている最中に、気分が悪くなる症状
乗り物酔いとは、船、飛行機、バス、車、タクシー、電車など、いろいろな乗り物に乗っている最中に気分が悪くなる症状。船酔い、空酔い、バス酔いとも呼ばれ、近年では動揺病、加速度病とも呼ばれています。
遊園地のジェットコースターやコーヒーカップなどの乗り物でも、症状が出ることもあります。軽いめまいのほかに、顔面が蒼白(そうはく)になったり、首や額、手のひらに冷や汗をかいたり、吐き気を伴ったりします。吐き気を感じると同時に生つばが出てきて、ため息や生あくびが出てきます。次第に無気力になり、頭の重みや頭痛が出てくる場合もあります。
生つばが出た状態が続くと、突然、嘔吐(おうと)を起こします。さらに悪化した場合には、下痢を起こすこともあり、あまりにも嘔吐を繰り返すと脱水症状に陥り、点滴が必要になることもあります。
一般的には、乗り物から降りた場合、しばらくすると症状は回復し、後遺症も残りません。
ふだんは乗り物酔いをしない人でも、体調次第で起こることがありますし、めまいを起こしやすい人は、乗り物にも酔いやすい傾向があります。乗り物別の酔いやすさには個人差があり、例えば車には全く酔わない人でも船には酔いやすかったり、飛行機や電車には全く酔わないのに車には酔いやすいという人もいます。急ブレーキ、急発進を行う乱暴な運転、渋滞、上り斜面、つづら折りのカーブ、効きすぎる暖房、効きが悪い冷房などが長時間続いた場合には、とりわけ発生しやすくなります。
乗り物酔いが起こる原因ははっきりとはわかっていませんが、乗り物に乗っている時の振動、加速、減速などによって、耳の奥にある内耳の三半規管と前庭という平衡器官が連続的に刺激されて起こると考えられています。
体の平衡、すなわちバランスは、静止時でも運動時でも、脳やほかの神経系、目でも調節されますが、耳がたいへん重要な役割を果たしています。耳では、三半規管と前庭が体の平衡を調節していて、三半規管は主に回転運動に関係し、前庭は上下、前後の運動に関係しています。三半規管と前庭が病的に侵されると、立つことも歩くこともできず、めまいが起こります。
三半規管と前庭が強く刺激された例が乗り物酔いで、この平衡器官は呼吸や循環器をつかさどる自律神経系とも連絡しているために、乗り物酔いでは気分が悪くなり、吐き気、嘔吐、冷や汗などの症状が出てくるのです。
なお、何日も繰り返し刺激されていると、乗り物酔いの症状は急激に消失していきます。例えば、日本からヨーロッパまでの長期間の航海に出た時、最初の数日間は激しい乗り物酔いの症状を示した人でも、しばらくたつと消えてしまいます。つまり、慣れていない乗り物に乗ったとしても、何度も同じ体験を繰り返すと次第に乗り物酔いの症状が軽減し、最終的にはその乗り物に乗っても症状が出なくなります。
■乗り物酔いの治療法と予防法
乗り物酔いの治療の基本は、不安感を抱かないことです。酔うかもしれないという不安を抱かないようにして、楽しみながら乗るべきです。周りの人も、不用意に不安がらせないことです。
どうしても不安が強い時は、乗り物に乗る30分前ごろに酔い止めの薬を飲んでおきます。この内服薬は抗ヒスタミン剤が代表的で、眠気やだるさの副作用が伴うために、これに無水カフェインを含ませている薬もあります。内服液になっているものや、水なしで内服できるチュアブルタイプの薬もありますが、内容はやはり抗ヒスタミン剤が主体で、どの薬も症状が出る前に内服することが大切です。
欧米では、スコポラミンという副交感神経遮断(しゃだん)剤を皮膚に張るタイプもありますが、眠気が生じ、しかも記憶障害が起こることがあるために日本では許可されていません。
乗り物に酔わないためのポイントを紹介します。
きちんと睡眠をとっておく。空腹のまま乗り物に乗らない。脂肪分の多い食品を避けて食べすぎず、酒や乳製品、炭酸飲料を飲みすぎずに、適度な食事をとっておく。乗る前にトイレをすませておく。厚着をせず、風通しのよい楽な服装をする。きついネクタイやベルト、帽子、体を圧迫する下着は避ける。
乗り物の中では、読書や携帯メール、携帯ゲーム機のプレイなど、眼球の動きを細かくするような行為はしない。一点を凝視せず、遠くの景色をぼんやりと見る。窓を開けて、風に当たる。船なら甲板に出て空気を吸う。気分をリラックスさせ、深くゆっくりと呼吸する。周りの人と話す、好きな音楽を聞く、歌を歌う、合唱するなどで気分をそらす。
後ろ向きの座席を避け、進行方向が見える前の方に座る。気分が悪くなったら、早めにシートを倒すか横になる。
以上のポイントを一つずつ実践するとともに、何より気を強く持つことが大事です。酔うかもしれないと思っていると、本当に酔ってしまいます。予防に最善を尽くしたから大丈夫と自信を持って、乗り物に乗るようにします。
ノロウイルス食中毒
■カキなどの貝類を介してノロウイルスが感染し、引き起こされる食中毒
ノロウイルス食中毒とは、ノロウイルスが水や貝類などの食品を介して感染して引き起こされる食中毒。ノロウイルスが食品を介さずに人から人に感染する場合は、感染性胃腸炎と呼ばれます。
ノロウイルスはカキなどの二枚貝の中腸腺(せん)に蓄積されやすく、貝類を生あるいは十分に加熱しないで食べることで主に感染し、人間の小腸粘膜で増殖して食中毒を引き起こします。また、感染性胃腸炎は、ウイルス感染者の糞便(ふんべん)や嘔吐(おうと)物から大量に排出されたノロウイルスが食品、調理器具、手指に付着し、 食事の際や手指が口に触れた際に侵入して感染を引き起こします。
食中毒、感染性胃腸炎のどちらも1年を通して発生しますが、ノロウイルスが乾燥や寒さに強いことから、冬場の11月から3月にかけて最も多く発生します。特に、保育園、幼稚園、学校、老人福祉施設などで発生した場合は、集団発生につながることがあります。
ノロウイルスは2002年8月、国際ウイルス学会で命名されましたが、元はSRSV(小型球形ウイルス)と呼ばれていました。ちなみに、ノロとは発見された地名に由来しています。
非常に小さい球形の生物で、直径0.03マイクロメーター前後の蛋白(たんぱく)質でできた球の中に遺伝子(RNAリボ核酸)が包まれた構造をしています。近年、新しい検査法(PCR法)の普及によって、食品からのウイルスの検査が可能になり、100粒子以下の少量で感染するなど食中毒との関係が明らかになってきました。 多くの遺伝子型が存在しますので、一度感染したからといって次に感染しないとは限らず、何度でも感染します。
感染しても全員が発症するわけではありませんが、24~48時間の潜伏期間を経て発症した場合の主症状は、吐き気、嘔吐(おうと)、水のような下痢、腹痛、38℃以下の発熱で、風邪に似ています。普通の成人は発症しても軽症ですみ、通常3日以内で回復します。免疫力の低下した高齢者や乳幼児では、少量のウイルスを摂取することで発症し、死亡することもあります。
■ノロウイルス食中毒の検査と診断と治療
ノロウイルス食中毒、感染性胃腸炎を発症した場合、すぐに医療機関を受診し適切な処置を受けます。自己判断で下痢止めの薬などを飲むと、回復を遅らせることもあります。
医師による診断に際しては、検便によってウイルスの保菌状況を確認します。
効果のある抗ウイルス剤は現在のところありませんので、治療法は通常、対症療法しかありません。高齢者や乳幼児では脱水症状や体力の消耗を引き起こすこともあるため、水分と栄養の補給を十分に行います。普通の成人は発症から1~2日程度、3日以内には治癒します。
なお、糞便からのウイルスの排出は下痢などの症状がなくなっても、 通常では1週間程度、長い時には1カ月程度続くことがありますので、症状が改善した後も、 しばらくの間は直接食品を扱わないこと大事です。
予防法としてはまず、カキなどの貝類は中心部まで十分に加熱してから食べることです。湯通し程度の加熱では、ウイルスは死にません。次に、トイレの後や食事の前、調理前によく手を洗うことです。逆性せっけんや消毒用アルコールは効きませんが、十分な手洗いでノロウイルスを洗い流せます。
また、タオルや調理器具、容器も清潔なものを使用するよう心掛けます。ノロウイルスに感染した人の嘔吐物や糞便などを片付ける際にはビニール手袋、マスクなどを使用し、衣類は消毒します。
パーキンソン病
■手足や体の震えと硬直■
パーキンソン病の主な症状は、両手足の震えと筋肉の硬直です。1817年、イギリスの病理学者であるジェームス・パーキンソンによって見いだされた進行性の病気で、以前は「振戦(しんせん)まひ」と呼ばれていました。
神経系統のうち、筋肉の運動や緊張を調整している錐体(すいたい)外路系が侵されるために、運動調節機能が障害され、日常の行動や動作に変調を来します。近年の研究によれば、この錐体外路系の大脳基底核にある黒質(こくしつ)と線条体における「ドーパミン神経」の変性と脱落によって起こる、と明らかにされました。パーキンソン病の罹患者の脳中では、黒質で作られる「ドーパミン」という物質が減少しているのです。
日本における有病率は人口10万人当たり50~100人で、65歳以上では500人に1人の割合で出現すると見なされています。
また、この病気とよく類似した症状を現すものに、脳炎、脳動脈硬化症、一酸化炭素中毒・ガス中毒後遺症、梅毒、脳腫瘍(しゅよう)などが原因となって起こるものもあります。脳炎などの二次的なものも含めて呼ぶ際は、パーキンソン症候群と呼ばれます。
■症状をチェック■
40~50歳ごろから、徐々に発病します。最も特徴的な症状は、手足や顔の筋肉が突っ張り、硬くなることと、手足が震え、動作が緩慢になることです。
まばたきが少なく、無表情となり、手足が硬くなる影響で、首を少し下げ、膝(ひざ)と肘(ひじ)を軽く曲げた特有の姿勢となってきます。手の震えは、親指と人差し指、およびほかの指を少し曲げたまま、丸薬を丸めるようにリズミカルに横ゆれするのが特徴。
運動をすると、筋肉が硬くなって関節が動きにくくなる影響で、立ち上げるなどの動作がとてもゆっくりで、すくみ足による歩行障害も見られます。歩き始めようとしても第一歩がなかなか出ず、細かい足踏みをしてから初めて足を進めます。歩き方は、足を床にこすりつけるようにして狭い歩幅で歩く、小刻み歩行が普通。体が前かがみになり、バランスをとれずに、つんのめることもしばしばです。
■対策へのアドバイス■
●医療機関での治療と経過
パーキンソン病の薬物治療では、L-ドーパという有効な薬が見いだされ、そのほかブロモクリプチン、アマンタジンやアトロピン系の合剤が作られ、治療効果を上げています。ただし、筋肉の硬直、振戦、動作緩慢などは改善されますが、すくみ足はなかなかよくなりませんし、薬は病気を根本的に治すものではなく、症状を緩和させることを目的としています。
ドーパミンの薬剤で効果が期待できない場合に脳外科手術も検討されますが、高齢者やあまりに障害の程度が高い場合には、手術の効果は期待できません。
多くのケースでは、パーキンソン病は10年~10数年という長い経過をとり、末期には寝たきりとなって、老衰や肺炎などの合併症で亡くなります。
●家庭で根気よく療養に努める
軽度の方については、散歩や体操を一定時間に繰り返して、リハビリテーションを行ってください。慢性進行性で治ることはありませんが、寿命にはさして影響はないと考えても、よいのではないでしょうか。
罹患者は精神的に過敏、抑うつ、不安を持ちやすくなるので、周囲の温かい心配りが必要です。本人も家族も根気よく、家庭での療養に努めるようにしましょう。
バージャー病
■手足の指の動脈が詰まって、指が腐ってくる疾患
バージャー病とは、手足の爪(つめ)の周りや指の間に、治りにくい傷ができて、ひどくなると足の指が腐ってくる疾患。1900年に最初に報告者したアメリカ人の名前からバージャー病と呼ばれていますが、特発性脱疽(だっそ)とも、閉塞(へいそく)性血栓血管炎とも呼ばれます。
脱疽または壊疽(えそ)とは体の組織の一部が生活力を失う状態のことで、このような病変が手足の指に起こるのは動脈が詰まるためです。特に膝(ひざ)から下の足と腕の動脈が、原因不明の炎症によって血管の壁が厚くなり、血流障害ができるために、そこで血液が固まり、詰まってきます。
原因は不明ですが、発症には喫煙が深く関係しており、たばこをやめると疾患が進行しない特徴があります。一説では、原因は口腔内の細菌、特に歯周病菌にあると指摘されています。発症者数は、日本国内で推定約1万人。男女比は10対1と男性が多く、20〜40歳代を中心に発症しています。
症状としては、膝の下の血管が詰まった場合、足先が腐ってきます。ほとんどの場合、両方の足先に病変が出現します。腕の動脈が詰まれば、手の指に壊疽が出現します。
壊疽は血管に閉塞性の病変が起きた後、数年間この閉塞に近い状態が続いた場合に起こるので、バージャー病の始まりの血管炎では、指先のしびれ感、冷感として自覚されます。進行すると、長い距離を歩くと痛みが起こるようになり、休息しながら歩くようになる間欠性跛行(はこう)を生じます。さらに進行すると、手足の静脈にも炎症を起こし、静脈に沿って赤く腫(は)れ、安静にしていても激しく痛み、壊疽の状態となります。
動脈硬化によって下肢の動脈が詰まる閉塞性動脈硬化症も、バージャー病と同じような症状を来しますが、閉塞性動脈硬化症は高齢者に多く、40歳以下の青年や壮年にはほとんど発症していません。
■バージャー病の検査と診断と治療
検査をすると、血管が閉塞した部位より先の動脈は、拍動が触れなくなります。四肢の血圧から足関節/上腕血圧比を測ることにより、下肢虚血の重症度の判定に役立ちます。確定診断には、血管造影検査が必要になります。血液検査では、特徴的な所見はありません。
壊疽、脱疽というと、すぐに手足の切断を思い浮かべる人が多いようですが、傷が治りにくくても、疾患が指先などに限られている間は治療が可能です。
薬物療法としては、血液の循環を改善して血栓を予防するために、血管拡張薬や抗血小板薬が用いられます。重症例に対しては、多くの場合、詰まっている動脈を元通りに開通させることは不可能ですが、閉塞している部位の状態によって可能であれば、バイパス手術などの血行再建を行います。
バイパス手術が適さない場合は、交感神経を切除することによって、末梢(まっしょう)血管を拡張させ、血流をよくすることを目的に交感神経節ブロックが行われています。足の場合には腰の交感神経、手の場合には胸の交感神経を手術で切除します。壊疽が進行して各種の治療が無効な場合には、手足の切断が必要になります。
治療後の生活上の注意としては、手足の保温と清潔を心掛けます。傷を付けると、壊疽の再発の引き金となりますので、靴下を履く、靴擦れを起こさないように大きめの靴を履くなど、注意が必要です。散歩などの適度な運動は、お勧めです。また、このバージャー病はたばこを吸う人の発症率が高いので、禁煙を守ることも必要です。
発症した人のうち、多くは動脈の病巣は詰まったままの状態で、血行再建のバイパス手術などができるのはごく少数です。しかしながら、日ごろの注意をよく守れば、疾患の進行を食い止め、再発を減らすことができます。直接、生命に関係するような大切な臓器である心臓、脳、内臓などの動脈が侵されることはありません。予後も同年代の健常人と変わりありませんが、指の切断を必要とすることもあり、生活の質(QOL)が脅かされることは否めません。
肺がん
●国内外で最も死亡者数が多い、がん
肺がんとは、肺の粘膜を覆っている上皮性組織から発生する悪性腫瘍(しゅよう)です。悪性腫瘍、つまりがんとは、無限に増殖、増大して体のあちこちに転移し、正常な細胞やその働きを破壊して、人間を死に至らしめる腫瘍のことです。
日本では、肺がんが年々増えています。死亡者数をみますと、1960年の5171人から1998年の50460人へと、約40年の間に10倍に増加し、男女合わせた死亡者数が胃がんを抜いて第1位となりました。男性では逆上る1993年に、胃がんを抜いて第1位となっています。
2005年の統計では、肺がんによる男女合わせた死亡者数は62063人で、全がん死の19パーセントを占めます。男性では全がん死の中で最も多い45189人、女性では大腸がん(結腸がん及び直腸がん)、胃がんに次いで3番目を占める16874人。
同じ2005年のWHO(世界保健機関)の試算によると、世界中では年間130万人ほどが肺がんで死亡し、全がん死の17パーセントを占めて最多。
肺がんの発生原因は不明ですが、近年の急激な増加の背景として考えられているのは、環境の汚染と喫煙です。大量喫煙者に肺がんが多いことは間違いのない事実で、間接的な喫煙も原因になるといわれています。
●肺門がんと肺野がん
症状は発生部位により分けられる肺門(型)がんと、肺野(型)がんで異なりますが、主に咳(せき)、血痰(けったん)、胸痛などがみられます。
肺門がんは、肺の入り口付近の太い気管支にできたがんで、病理学的には扁平(へんぺい)上皮がんです。この場合、早期から頑固な咳が出るのが特徴で、痰を伴うこともあります。
咳止めで一時的に軽くなることはあっても、完全に止まることはなく、中止すると再びひどくなります。痰は粘液性か粘液膿(のう)性で粘りがあり、血液が混じったり、熱を伴う肺炎のような症状を示すこともあります。
肺野がんは、肺の末梢(まっしょう)の細い気管支に発生したがんで、病理学的には腺(せん)がんです。早期には全く症状のないことが多く、肺門リンパ節にがん細胞が転移してから、激しい咳や血痰が出るようになり、声がかすれることもあります。
●発見が早ければ、手術で切除
医師による診断では、胸部X腺検査で肺がんと判断された場合、ファイバースコープによる気管支内視鏡検査と、痰の細胞診の二つによる確定診断が行われます。その後、肺がんの病巣の広がりを把握するために、CT検査、骨シンチグラフィ、超音波検査、血管造影、MRI検査などが行われます。
治療では、手術療法(肺切除療法)、放射線療法、化学療法、免疫療法の4つが行われます。第一選択は今でも手術療法で、がんの大きさ、リンパ節への転移の有無、隣接する臓器への浸潤の程度、その人の肺機能の程度によって、手術法が異なります。
最も一般的に行われるのは、肺葉切除。右肺には上葉、中葉、下葉の3葉、左肺には上葉、下葉の2葉ありますが、そのうちの病巣のある肺葉を1葉、ないし2葉切除します。がんが広範囲に渡っている時や、太い血管に浸潤がみられる時などに行われるのは、片側の肺葉をすべて摘出する肺全摘出術。この肺全摘出術は、肺機能が良好でないとできません。特殊な手術法として、がんの存在する気管支の一部を切除する方法もあり、肺機能が落ちている場合に行われます。
近年では、胸腔(きょうくう)鏡が開発され、体の負担、苦痛が軽い縮小手術を行う方向に進んでいます。従来のように大きく胸を切り開くのではなく、2~3センチくらいの穴を胸壁に2~3カ所開け、そこから器具を挿入して行う手術法で、全国的に行われています。
ほかにも、気管支鏡を使用して、二つのタイプのレーザー療法が行われています。一つは、太い気管支に発生したがんで気管支が詰まっているような場合に、レーザー照射で焼く方法。もう一つは、光線力学的治療(PDT)とも呼ばれて、レーザー照射による光化学反応によって、がん細胞を破壊する方法。早期の肺門がんでは、レーザーによる治療のみで完治できることもあります。
肺がんが進行し、がんの浸潤が広範囲に渡っている場合や、ほかの臓器に転移している場合には、局所的には放射線療法、全身的には抗がん薬による化学療法、免疫療法が行われます。
新しい抗がん薬の開発、さらに副作用を軽減させる薬の開発により、抗がん薬による治療効果は向上しています。また、イレッサなど分子標的治療薬も開発され、従来の化学療法では効果がなかった人にも、福音となりつつあります。
敗血症
■血液中に細菌が入り込み、全身症状を引き起こす
敗血症とは、肺炎や腹膜炎など生体のある部分に感染を起こしている場所から、血液中に細菌が流れ込み、重篤な全身症状を引き起こす症候群。現在のように抗菌薬が発展する前までは、致命的な病態でした。
もともとの背景として、悪性疾患、血液疾患、糖尿病、肝疾患、腎(じん)疾患、膠原(こうげん)病などがある場合、あるいは未熟児、高齢者、手術後といった状態の場合が多いとされています。抗がん薬投与や放射線治療を受けて白血球数が低下している人や、副腎皮質ホルモン薬や免疫抑制薬を投与されて感染に対する防御能が低下している人も、敗血症を起こしやすいので注意が必要です。
血液中に細菌が流れ込む原因としては、肺炎や肺膿瘍(のうよう)などの呼吸器感染症や腹膜炎のほか、腎盂(じんう)腎炎に代表される尿路感染症、胆嚢(たんのう)炎、胆管炎、褥瘡(じょくそう)感染などがあります。また、血管内カテーテルを留置している場所の汚染から体内に細菌が侵入する、カテーテル関連敗血症も、近年増加しています。
全身の炎症を反映した発熱、倦怠(けんたい)感、認識力の低下が主要な症状ですが、重症の場合には低体温になることもあります。心拍数や呼吸数の増加もみられ、白血球の数も増えます。治療せずにほうっておくと、低血圧、意識障害を来し、敗血症性ショック、血管内凝固症候群(DIC)などになる場合もあります。
また、重要臓器が傷害されると呼吸不全、腎不全、肝不全といった、いわゆる多臓器障害症候群(MODS)を併発することもあります。原因菌が大腸菌などのグラム陰性菌であると、菌の産生した内毒素(エンドトキシン)によってエンドトキシンショックが引き起こされ、血液の代謝性アシドーシスと呼吸性アルカローシスの混合性酸塩基平衡異常を来します。
欧米では全身性炎症反応症候群(SIRS)という概念が提唱され、敗血症は感染が引き金となったSIRSと定義されています。なお、 傷口などから細菌が血液中に侵入しただけの状態は菌血症と呼ばれ、敗血症と区別されます。菌血症は症状が現れないことが多く、生命にかかわることもありませんが、菌血症の状態から細菌が急に増え出し、循環器系を通って体中に毒素をまき散らすと敗血症が起こります。
■敗血症の検査と診断と治療
検査では、血液中に白血球数や、蛋白(たんぱく)質の一種であるC−リアクディブ・プロテイン(CRP)などの一般的な炎症反応の増加が認められます。白血球数は逆に低下することもあります。そのほか、傷害を受けた臓器によって、肝機能障害や腎機能障害も認められます。血液の凝固能が低下している場合もあり、この時は血管内凝固症候群(DIC)を併発していると考えられます。発熱時の連続した血液培養による原因菌の検索も、重要です。
細菌感染に対しては、強力な抗菌薬による化学療法とともに、さまざまな支持療法が不可欠です。化学療法は旧来より、Βラクタム系抗菌薬とアミノグリコシド系抗菌薬の併剤療法が主流。支持療法では、昇圧剤、補液、酸素投与などのほか、呼吸不全、腎不全、肝不全に対しては、人工呼吸管理、持続的血液濾過(ろか)透析や血漿(けっしょう)交換などが必要になる場合もあります。
血管内凝固症候群(DIC)を併発した場合には、蛋白分解酵素阻害薬や、抗凝固薬の一つであるヘパリンを使用します。短期間ですが、副腎皮質ホルモン薬が併用されることもあります。近年では、グラム陰性菌による敗血症において重要な役割を担う内毒素(エンドトキシン)を吸着する方法など、新しい治療法が試みられています。
敗血症は近年の抗菌薬による化学療法の進歩によって治療成績が改善しましたが、治療が遅れたり合併症の具合によっては、致命的となる重篤な疾患であることに変わりありません。早期の診断と適切な抗菌薬の使用、各種合併症に対する支持療法が重要です。
橋本病(慢性甲状腺炎)
■甲状腺の病気の一つで、女性に多い
橋本病は、喉頭の前下部にある甲状腺に慢性の炎症が起きている病気で、慢性甲状腺炎とも呼ばれている自己免疫性疾患です。九州大学の橋本 策(はるか)博士が明治45年、ドイツの医学誌に初めて発表した病気で、世界的にも有名なものです。
内分泌腺の一つである甲状腺に、慢性のリンパ球の浸潤による炎症があるために、甲状腺が腫大したり、甲状腺機能に異常が起こります。男性の20倍と女性のほうが圧倒的に多くかかり、よく調べると、女性の10~20人に1人の割合でみられるほど、頻度の高い病気だということがわかってきました。
例外はありますが、橋本病の患者は大なり小なり、甲状腺がはれています。ただし、この内分泌腺の一つである甲状腺のはれが、首や喉に何か症状を起こすというようなことはありません。まれに甲状腺のはれがなく、萎縮している場合もあります。
橋本病では、甲状腺のホルモン状態の違いから次の3つのケースに分けられ、甲状腺ホルモンの過不足があるケースにだけ症状がみられます。
●甲状腺ホルモン濃度がちょうどよいケース(甲状腺機能正常)
橋本病であっても、大多数の方は甲状腺ホルモンに過不足はありません。この場合は、橋本病が体に影響するということはまったくありませんので、何か症状があっても甲状腺とは関係ありません。従って、治療の必要はありません。
しかしながら、将来、甲状腺の働きが低下して、ホルモンが不足することがあります。また、まれですが一時、甲状腺ホルモンが過剰になることもあります。
●甲状腺ホルモンが不足しているケース(甲状腺機能低下症)
甲状腺ホルモンが減少する病気の代表が、橋本病です。橋本病も甲状腺臓器特異性自己免疫疾患の一つで、体質の変化により、甲状腺を異物と見なして甲状腺に対する自己抗体(抗サイログロブリン抗体、抗マイクロゾーム抗体)ができます。
この抗体、すなわち浸潤したリンパ球が甲状腺を破壊していくため、甲状腺ホルモンが減少し、徐々に甲状腺機能低下症になっていきます。痛みもなく、本人の知らないうちに、少しずつ甲状腺が腫大します。
甲状腺ホルモンは体の新陳代謝に必要なホルモンですので、不足が著しかったり長く続いたりすると、下のような症状が現れます。自覚症状はないこともありますが、コレステロールの値が高くなったり、血圧が上がったり、心臓や肝臓の働きが悪くなることもあります。
*顔や手足がむくむ *食べないわりに体重が増える *気力が低下する *動作が鈍くなる *皮膚が乾燥する *声がかすれる *寒がりになる *始終、眠い *毛髪が薄くなる *物忘れがひどくなる *ろれつが回らなくなる *その他(便秘、貧血、月経過多)
これらの症状は他の原因でも起こりますから、こうした症状があるからといって甲状腺のホルモンが足りないとは限りません。
また、甲状腺機能低下症であっても、適量の甲状腺ホルモンを服用して血液のホルモン濃度が正常になっている場合は、何か症状があれば、他のことが原因です。
なお、「甲状腺機能低下症になると回復しない」といわれていましたが、数カ月のうちによくなることも少なくありません。
●甲状腺ホルモンが一時的に過剰になるケース(無痛性甲状腺炎)
甲状腺にたくわえられている甲状腺ホルモンが血液中にもれ出て、血中濃度が高くなることがあります。ふだん、甲状腺の働きが正常な方に、比較的急に起こります。産後数カ月以内に、ことによくみられます。バセドウ病と間違われることもあります。
このケースは炎症が原因ですが、痛みがないので「無痛性甲状腺炎」といいます。長くても4カ月以内には自然に治りますが、その後、逆に甲状腺ホルモンが不足して、甲状腺のはれが大きくなることがあります。これもたいていは数カ月で治りますが、中には長く続いて甲状腺ホルモン剤の内服治療が必要になる方もあります。
●その他のケース
非常にまれですが、途中でバセドウ病に変化することがあります。血縁にバセドウ病の方がいる場合は、他の人よりなりやすい傾向があります。
悪性リンパ腫の中には甲状腺から発生するものがあり、橋本病の人は一般の人よりこうしたことが起こりやすいのですが、甲状腺から発生するものは治療に大変よく反応し、治りやすいという特徴があります。
■診断と治療法
●血液検査や細胞診
触診や超音波検査で、びまん性甲状腺腫を確認します。血液検査では、甲状腺自己抗体である抗サイログロブリン抗体と抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体の2つが陽性になります。
自己抗体が陰性の人でも、甲状腺の生検や細胞診でリンパ球浸潤を認めれば診断が確定されます。甲状腺機能(FT3・FT4・TSH)は正常の人が多いですが、低下症になっている例もあります。
●甲状腺ホルモン薬の服用
橋本病患者で甲状腺の腫大が小さく、甲状腺機能も正常の場合は、治療は必要ありません。
甲状腺機能の低下がある場合には、不足している甲状腺ホルモン薬(チラージンS錠)を毎日内服します。腫れも小さくなります。
甲状腺の腫大がひどい場合は、手術で甲状腺を切除する場合もあります。
●日常生活と食事
甲状腺ホルモンに過不足がなければ、生活上、留意することはありません。
食事も、ふだんどおりでけっこうです。海藻類も普通に食べてかまいませんが、昆布を毎日食べたり、ヨードを含むうがい薬を毎日何度も使うと、甲状腺機能が低下することがあります。なお、甲状腺ホルモンを服用している方は、問題ありません。
発達障害
■脳の機能的な問題が原因に
発達障害とは、乳児期から幼児期にかけての発達過程が何らかの原因によって阻害され、認知、言語、社会性、運動などの機能の獲得が障害された症状の総称。基本的には、脳の機能的な問題が原因で起こるものです。
脳医学の進歩により、今までは落ち着きがない、集中力がない、親の躾(しつけ)がなってないといわれていた子供たちの脳に、発達の遅れや障害が見付かるようになり、それぞれの症状に応じて名称が付けられています。どの発達障害にも共通しているのは、人とのコミュニケーションが苦手という点です。
多くの子供たちは成長とともに、障害を適切な療育や教育によって克服したり、投薬で自己コントロールの方法を学んでいきます。大人になっても発達障害の克服が難しい場合は、障害者手帳の交付などを受けて、福祉支援を受けることができます。
発達障害の代表的なものとして、知的障害(精神発達遅滞)、広汎性発達障害(自閉症)、高機能広汎性発達障害(アスペルガー症候群・高機能自閉症)、注意欠陥多動性障害(AD/HD)、学習障害(LD)などがあります。
発達障害の原因は遺伝子異常、染色体異常、体内環境の異常、周産期の異常、生まれた後の病気や環境などさまざまですが、多くの場合、はっきりとした原因はわかりません。養育態度の問題など心理的な環境要因や教育が原因となったものは、発達障害に含めません。
学術的には、発達障害に知的障害を含みますが、一般的に、あるいは法律上は、知的障害を伴わない軽度発達障害だけを指します。平成17年4月に施行された発達障害者支援法も、知的障害者以外の軽度発達障害者だけを支援対象として規定しています。
軽度発達障害は、高機能広汎性発達障害、注意欠陥多動性障害、学習障害の3つが代表的なものです。この軽度発達障害の子供では、障害の程度が軽く、一見普通と変わらないた、社会での認知度が低く、わがままや育て方の問題などとされていることが少なくありません。学童期の子供の5~6パーセントが軽度発達障害と考えられており、とりわけ教育現場での適切な対応が求められています。
■発達障害のそれぞれの症状
知的障害(精神発達遅滞)は、年齢相応の知的能力がなく、社会的自立の上で支援が必要とされます。ダウン症など染色体異常によるものもありますが、原因が特定できないものも多くあります。人口の2~3パーセントが該当すると見なされ、知的障害者の福祉制度を利用することが可能です。
広汎性発達障害(自閉症)は、主たる兆候が幼児期に顕著。生後3年以内に下記の3つの兆候が同時にある場合に、自閉症と診断されます。(1)社会性の障害で、他者とのやりとりが苦手、他者の意図や感情が読み取りにくい、仲間を作ることが苦手。(2)コミュニケーションの障害で、言葉の発達が遅れる、おうむ返しが多い、会話が一方的で自分の興味関心事だけ話す、ごっこ遊びや物まね遊びができない。(3)こだわり行動で、興味の偏りと決まりきったパターンへの固執、同じ行動をいつまでも繰り返す。人口の0.5パーセント程度が自閉症に該当すると見なされ、知的障害者の福祉制度を利用することが可能です。
高機能広汎性発達障害 (アスペルガー症候群・高機能自閉症)は、自閉症と同じ幼児期の兆候を持ちますが、発達するにつれて症状が目立たなくなります。自閉症と診断されても、知的な遅れのないものが高機能自閉症で、さらに言葉の発達に問題を持たないものがアスペルガー症候群です。
知的には標準またはそれ以上で、関心ある領域には博士並みの知識を持っていることがあり、自分の気持ちがすむかどうかへのこだわりがあります。また、動作が不器用であることが少なくありません。中核症状である社会性の障害は軽くはなく、仕事の得手不得手があり、あいまいなことの判断に迷うなど、社会的自立においては大きな問題を持ちます。
注意欠陥多動性障害(AD/HD)は、(1)注意集中が難しい、(2)多動、落ち着きがない、(3)衝動的、思い付いたらた行動に移してしまう、の3つが同時にある場合に、障害と診断されます。学業や社会的な活動に支障を来し、集団生活が始まると特徴が次第にはっきりしてきます。
「注意集中が難しい」は、忘れ物が多い、気が散りやすい、指示に従えず授業を最後までやり遂げられない、気持ちを集中させて努力し続けなければならない課題を避けるなどの症状を指しています。「多動」は、すぐに席を離れてしまう、手足をいつもそわそわ動かしている、しゃべりすぎるなどが特徴です。「衝動的」は、順番を待つのが難しい、他の人がしていることを遮ったり、じゃましたりする、すぐにキレて手が出てしまうなどの症状です。チックを伴っていることもよくあり、人口の3パーセント程度が該当すると見なされますが、薬物療法が著効する場合もあります。
学習障害(LD)は、一般的な知的発達は標準またはそれ以上ですが、聞く、話す、読む、書く、計算する、推論するなどの特定能力の一部だけの習得と使用に困難を示し、学力の著しい偏りがあります。読み書きがとても不得意、数の概念がわからず計算ができない、テストの問題の意味がわからないといった症状がみられます。注意集中力や落ち着きがない場合や、不器用な場合もあります。人口の5パーセント程度が該当するというデータもあります。
以上の発達障害の、それぞれの症状とは別に、周囲から障害を理解されないために、家族から虐待されたり、同級生や教師から不当ないじめにあったりすることが、少なくありません。それによって2次的に心因反応が起こったり、身体化症状が出たりすることがよくあります。
■一般的な治療法と生活上の注意
児童精神科医、小児神経専門医を始めとした医師による診断では、面接や診察、質問用紙や発達テストなどを使って、症状を調べます。実際には、それぞれの病気がきちんと分かれて診断されるとは限らず、症状が重なっていることが少なくありません。
また、それぞれのの発達障害に対する根本的な治療はなく、どのように社会に適応していくかということが大切になります。
高機能広汎性発達障害は、基本的には治る病気ではありません。社会生活でのトラブルをたくさん経験することになりますが、青年期を上手に過ごすことができれば、その後の生活も安定して過ごせることが多いといわれています。
注意欠陥多動性障害は、その約3分の1は自然に治ります。しかし、約半数は成人になっても障害を持ち続け、社会生活のトラブルの原因となることがあります。
この注意欠陥多動性障害には、中枢神経興奮剤の塩酸メチルフェニデートが有効とされています。この薬には覚醒(かくせい)作用があり、多動を抑制し集中力を高める効果があります。
しかし、効果は3~4時間と短いため、学校での生活に合わせて朝1回、あるいは朝昼2回服用とします。休日や夏休みには使用しないのが、一般的です。副作用として食欲不振、興奮、チック症状の悪化などがあります。実際によく使われていますが、日本の保険制度では効能、効果として注意欠陥多動性障害は認められていません。6歳未満の小児では安全性が確立していないため、使用しないことになっています。
塩酸メチルフェニデートの効果がない場合、抗うつ薬のイミプラミンが有効なことがあります。また、中枢性降圧剤のクロニジンも有効なことがあり、特にクロニジンはチック症状にも効果があるとされています。
薬物は根本的な治療ではないとして、治療に反対する意見もあります。アメリカでは、注意欠陥多動性障害の治療のために塩酸メチルフェニデートを投与されていた大人や子どもに死亡例があることを、食品医薬品局(FDAF)が公表し、注意を促しています。
学習障害は、障害がなくなるということはありません。しかし、自分をきちんと理解し適切な仕事につければ、普通の社会生活を送ることができます。
鼻詰まり
■慢性的な鼻詰まりの原因は?
●空気の通る道が狭くなる状態
私たち人間の鼻の中は、鼻腔(びくう)と呼ばれる空洞が広がり、鼻腔の表面はひだ状の粘膜で覆われています。鼻には、この鼻腔上部の粘膜上皮に約五百万個ある嗅細胞でにおいを嗅ぐ嗅覚機能のほかにも、呼吸作用を効率よく行うための役割があります。
まず、鼻から吸い込まれた冷たい空気がそのまま肺に送られとよくないので、鼻甲介の血管の収縮によって、空気を吸い込んだ瞬間に三十度くらいまでに温度を上げる暖房の機能、加温機能があります。
その次は加湿機能で、鼻の中の粘膜は水分が九十五パーセント前後あり、入ってきた乾燥した空気に湿り気を与え、喉などの粘膜を保護するわけです。
また、鼻腔内の数百万本も生えている繊毛によって、外から侵入するホコリなどを体外へ排出する浄化機能という役目も、鼻は果たしています。
しかしながら、風邪のウイルスや異物などが鼻粘膜の内部にまで入り込み、さらに細菌感染も加わって炎症を起こすと、粘膜が腫れるために過剰な粘液が分泌されて、空気の通る道が狭くなります。この状態が、鼻詰まりなのです。
長く続く鼻詰まりで圧倒的に多いのはアレルギー性鼻炎で、それに続くのが慢性副鼻腔炎、鼻中隔わん曲症。それらが重なっているケースも、多く見られます。
鼻詰まりの症状がひどいと、日常生活にも支障が出るので、適切な対処をする必要があります。注意したいのは、嗅覚障害や頭痛、睡眠不足などを招いたり、乾燥した空気を吸うために呼吸器系に悪影響を与えたりすることです。集中力が欠ける原因や、口臭の原因にもなります。
●多くみられる鼻詰まりの原因
それぞれの病気や症状により、薬物療法や手術などが医師によって行われます。
◆アレルギー性鼻炎
鼻から吸い込んだ異物に対して免疫システムが過剰に反応するため、すなわちアレルギー反応を起こすために、鼻腔の粘膜が腫れて、くしゃみ、鼻水、鼻詰まりを招きます。透明で水のような鼻水が出るのが特徴ですが、少し黄色い場合も。
代表的なのは、スギ、ヒノキなどの花粉によって起こる花粉症。そのほかにハウスダスト、ダニ、カビなどが原因となりますので、原因物質を避けることが大切です。
◆慢性副鼻腔炎(蓄膿症)
副鼻腔とは、鼻腔に続いて周囲の骨内に陥入している四対の小さい空洞です。鼻詰まりが長引くと、副鼻腔の中でも炎症が起こり、うみがたまります。この状態が3カ月以上続くのが慢性副鼻腔炎で、急性副鼻腔炎と違って治りにくいとされています。黄色く粘り気のある鼻汁が特徴で、うみが口臭を引き起こすこともあります。
耳鼻咽喉科では、定期的に鼻腔や副鼻腔内を洗浄し、噴霧薬や内服薬などによる治療が行われます。内服薬では、粘膜によい影響があるとされるマクロライド系の抗生物質が最近、一般的に使われ、少量ずつ、効果を確かめながら2、3カ月服用します。ひどい症状のケースでは、手術も。
◆鼻中隔わん曲症
鼻中隔とは、鼻腔を左右に分ける隔壁であり、板状の薄い骨からなっています。前方は軟骨で、周囲は三つの骨で構成されていますが、それぞれの骨の成長速度の違いから、隔壁がわん曲します。日本人の約85パーセントは、左か右、どちらかに曲がっているとされています。
その曲がり方がはなはだしい場合は、鼻詰まりの原因となります。鼻中隔わん曲症は、10歳から15歳の成長段階に発症する鼻の構造異常。鼻中隔が飛び出ている側だけでなく、反対側も粘膜が厚くなって、左右とも鼻詰まりになりますが、比較的安全な手術で治ります。
●その他の鼻詰まりの原因
◆鼻たけ
鼻たけとは、鼻の粘膜にできる寒天状のポリーフ。慢性副鼻腔炎が進行してできるケースが多く、空気の通り道が狭くなるために、鼻詰まりを招きます。軽い副鼻腔炎で、大きな鼻たけができるケースもあります。
長い期間をかけて作られるので、口呼吸が習慣化している人では、鼻詰まりの自覚症状がない場合もあります。
◆アデノイド肥大
アデノイドとは、鼻の奥にある扁桃(へんとう)組織です。幼児期に大きくなり、10代以降は自然に小さくなります。
そのため、小学生までの子供にはアデノイド肥大は珍しくなく、鼻詰まりがはなはだしかったり、炎症を起こしたりしなければ問題はありませんが、大きいケースは手術も行われます。
◆腫瘍
鼻の中に、鼻たけに似たブヨブヨした腫瘍がいくつもできると、鼻詰まりの原因になります。腫瘍はほとんどが良性ですが、まれには鼻腔がん、副鼻腔がんなどの悪性の腫瘍もあります。
片側の鼻が常に詰まっていたり、少量の鼻血が度々、出たりするケースでは、耳鼻咽喉科の診察を受けましょう。
■心掛けたい「鼻詰まり」対策
●鼻うがいの実行を
鼻の炎症を抑えるには、鼻うがいも効果的です。蒸留水か生理食塩水で鼻の中を洗い流す際には、市販されている鼻うがい専用の器具を使うのがよいでしょう。
なお、蒸留水は薬局で購入できますが、生理食塩水は医師の処方箋が必要となります。
●鼻は強くかまない
鼻は優しくかみましょう。鼻の奥には耳に通じる穴があり、強く鼻をかむと、その圧力で鼻にたまったうみが耳へと流れ、中耳炎を起こす病原菌となってしまう可能性があるからです。
●点鼻薬は一日一回まで
血管収縮性(粘膜収縮性)の点鼻薬は粘膜を縮ませますので、すぐに鼻詰まりに効きます。しかし、効果は一時的で依存性もあるものなので、使用は鼻詰まりで眠れない時などに限って、一日一回までに。
長期にわたって乱用すると、作用しにくくなったり、かえって使用前よりも粘膜が腫れる点鼻薬性の鼻炎を起こすので、注意が必要です。
●風邪をひかない
風邪をひかない、ひいたらこじらせない。二点が、鼻詰まりへの最も有効な対策です。鼻への刺激を減らすには、マスクが有効。空気が乾燥すると、鼻の粘膜は炎症を起こしやすいため、特に冬期には有効です。
また、花粉症の人も早めにマスクの利用を。スギ花粉の平均的な飛散開始時期は、九州や四国の南部が2月上旬、関東南部が2月中旬、関東北部が2月下旬、東北地方は3月で、気温の上昇に伴って増加します。
●食材で風邪を予防する
風邪のウイルスに打ち勝つためには、ビタミンA(お勧め食材は春菊、ホウレンソウ、ニラなどの青菜類)、ビタミンC(お勧め食材はジャガイモ、サツマイモ、カボス、スダチ、ユズ)、ビタミンE(お勧め食材はゴマ、豆乳、カボチャ)と良質なたんぱく質が必要です。
ビタミンAは、鼻やのどの粘膜を強化します。ビタミンCは、体内の抗酸化力を高めます。ビタミンA、Cの働きを助けるのが、ビタミンEです。
体を温めることも大切で、鍋料理がお勧め。体を温める効果があるショウガ、ネギ、ニンニク、唐辛子などの香辛野菜を、料理に添えることも忘れずに。
原田病
■眼球を覆っている、ぶどう膜が炎症を起こす疾患の一つ
原田病とは、眼球を覆っている、ぶどう膜の一部あるいは、すべてが炎症を起こす疾患。ぶどう膜とは、虹彩(こうさい)、毛様体、脈絡膜の総称です。
ぶどう膜は、眼球の外膜と内膜に挟まれた中間の層です。この層の膜は外から見えませんが、ぶどうの色をしていて、形も果物のぶどうによく似ており、虹彩、毛様体、脈絡膜の三つの部分で構成されています。
虹彩は、瞳孔(どうこう)の周囲にある色の付いた環状の部分で、いわゆる茶目に相当する部分です。カメラレンズの絞りのように開いたり閉じたりして、眼内に入る光の量を調整します。
虹彩に続く毛様体は、いくつかの筋肉が集まった部分で、目のピント合わせをします。毛様体が収縮すると、水晶体が厚くなって近くの物に焦点を合わせることができ、毛様体が緩むと、水晶体が薄くなって遠くにある物に焦点を合わせることができます。同時に、毛様体で作られる房水は、目の内圧を一定に保つのに重要な働きをしています。
脈絡膜は、毛様体の縁から眼球後部の視神経のところまで広がっている部分。最も血管に富んで色素の多い組織で、網膜を裏打ちして目に栄養を与え、暗室効果を作って目を保護する役割を果たしています。
このぶどう膜の一部、あるいは全体が炎症を起こすのが本症ですが、炎症がぶどう膜の一部に限定されている場合は、その場所によって前部ぶどう膜炎、中間部ぶどう膜炎、後部ぶどう膜炎と呼ばれます。ぶどう膜全体に及ぶ炎症は、びまん性ぶどう膜炎、もしくは全ぶどう膜炎と呼ばれています。
また、ぶどう膜炎は、炎症を起こしている部位によって虹彩炎、脈絡膜炎、網膜脈絡膜炎と呼ばれることもあります。網膜脈絡膜炎は、脈絡膜とその上の網膜の両方に及ぶ炎症です。普通、片側の目だけに炎症が出ますが、両目に出ることもあります。
ぶどう膜に対する過剰な自己免疫反応や、細菌、ウイルス、真菌(かび)などによる感染が原因となることがありますが、原因を特定できないこともしばしばで、特発性ぶどう膜炎と呼ばれます。
原田病は頻度の高いぶどう膜炎として、ベーチェット病、サルコイドーシスとともに三大ぶどう膜炎に挙げられています。三大ぶどう膜炎はいずれも、目ばかりでなく、それぞれの疾患に特徴的な全身症状が認められます。原田病とサルコイドーシスは自己免疫系の異常が原因で発症し、ベーチェット病は原因不明で、ウイルス説、アレルギー説、自己免疫説などが考えられています。
原田病では、色素細胞に対する自己免疫反応が起こることが原因と考えられ、目のぶどう膜だけでなく、色素細胞がある脳、皮膚、毛髪、内耳などの組織も侵されるため、ぶどう膜・髄膜炎症候群とも呼ばれています。
なぜ色素細胞に対する自己免疫反応が起こるのかは、不明。遺伝的素因が関係しているといわれており、白血球の血液型に当たる組織適合抗原(HLA)の中の特定の型(DR4やDR53)が深く関わっているといわれています。
発熱、のどの痛みなどの風邪のような症状、耳鳴り、難聴、めまい、頭痛などが、目の症状に先立って現れることもあります。時に、頭皮にピリピリするなどの違和感が出てきます。目の症状は、まぶしい、目の奥のほうが痛い、物が見えにくいなどが、通常、両目に現れます。 網膜と脈絡膜の間に水がたまり、滲出(しんしゅつ)性網膜剥離(はくり)を伴います。
原田病は、日本人を含め、アジア系の人種に多くみられます。
■原田病の検査と診断と治療
治療が遅れると炎症が慢性化しやすいので、早めに眼科を受診します。
医師が眼底検査を行うと、網膜剥離を伴う特徴的な炎症像がみられます。この滲出性網膜剥離は炎症に伴って起こるもので、通常の網膜に裂孔ができて起こる網膜剥離と違って、手術の必要はありません。炎症を鎮めることによって治ります。
造影剤を注射して蛍光眼底造影検査を行うと、網膜剥離に相当するところで造影剤が漏出するなどの特有の所見が得られます。髄液検査や聴力検査なども必要です。
原田病の治療は、目に永久的な障害が出るのを防ぐため、早期に開始する必要があります。治療の中心は、炎症を鎮めるための副腎(ふくじん)皮質ホルモン(ステロイド剤)の大量点滴投与です。
ホルモンの一種でるステロイド剤を大量に投与すると、血栓の形成、高血圧、血糖上昇などの重い副作用が出る危険性もあるので、入院が必要です。超大量のステロイド剤を短期間に集中して投与する、いわゆるパルス療法が行われることもあります。
前部ぶどう膜炎を併発することも多く、局所的な治療として、消炎のためのステロイド剤の点眼や、虹彩と水晶体の癒着防止のための散瞳(さんどう)剤の点眼も行われます。
多くの場合、発症後2カ月くらいで回復期に入り、網膜剥離の消失に伴って視力も戻ってきます。回復後、眼底は色素脱失により、いわゆる夕焼け状眼底と呼ばれる特徴的な状態になります。色素細胞の損傷によって、皮膚や頭髪、まゆ毛などの一部が白くなることもあります。
目の炎症は一度治ってから再発することもあり、注意が必要です。特に、過労やストレスが再発の誘引になることがありますので、日ごろから規則正しい生活を心掛け、心身ともに十分な休養を取ることが大切です。
万一、原田病と診断された時は、症状の経過や治療内容をよく書き留めておき、転居などで通院する医療機関が変わった場合でも、スムースに治療を引き継げるようにしておくことが望ましいといえます。
ハンセン病
■らい菌によって起こる慢性の感染症
ハンセン病とは、抗酸菌に分類される、らい菌によって起こる慢性の感染症。らい病とも従来は呼ばれ、主に脳・脊髄(せきずい)から出る末梢(まっしょう)神経、皮膚、精巣、目、鼻の粘膜が侵されます。
治療しないと外見が変形することから、ハンセン病の発症者は長い間恐れられ、遠ざけられてきました。感染力が強いわけではなく、死に至ることもなく、抗生物質で治療可能な疾患であるにもかかわらず、今なお一般の人々に根深く恐れられています。そのため、ハンセン病にかかった人は、心理的、社会的問題に苦しむことも多いのです。現在の日本では、ハンセン病は感染症法には含まれず、らい予防法は1996年4月に廃止されました。
ハンセン病は世界中に100万人以上もの発症者がいる疾患で、インドとネパールを始めとするアジア、タンザニアなどのアフリカ、ブラジルなどの中南米、太平洋諸国に多くみられます。20〜30歳代の人に多くみられますが、どの年齢でも発症します。近年の日本では、新たな発症者は年間10名程度で推移し、そのうち半数以上を在日外国人が占めています。
感染経路ははっきりしていませんが、発症者の鼻や口からまき散らされた飛沫(ひまつ)を吸ったり、接触したりすることによる人から人への感染が、1つの経路として考えられています。ところが、空気中にらい菌が存在しても、ほとんどの人はハンセン病にはかかりません。約95パーセントの人では、免疫システムが感染を防御するのです。
発症者の約半数は、おそらく感染者の近くで長期に渡って接触のあった人だと考えられます。たまたま発症者と接触したというような短い接触では感染は起こらず、俗にいわれるような、触っただけで移るなどということはありません。医療従事者は発症者と長いことかかわりますが、ハンセン病にはかかりません。らい菌の感染源としてはほかに、土壌、ほ乳動物のアルマジロ、トコジラミ、蚊などが考えられます。
発症する場合は、類結核型のような軽いものから、らい腫(しゅ)型のような重いものまでさまざまです。類結核型には、感染性はありません。ハンセン病を起こす細菌は非常にゆっくり増殖するので、症状が出るのは感染してから少なくとも1年後、平均で5〜7年後になります。また、症状が出てからの進行も緩やかです。
症状は主に、皮膚と末梢神経に現れます。皮膚には、特徴的な発疹(はっしん)や隆起が現れます。神経が侵されると、その神経によって制御される範囲の皮膚に感覚がなくなり、筋力が低下します。
皮膚の斑(まだら)の数と形状によって、ハンセン病は類結核型、らい腫型、境界型、および未定型に分類されます。これらの病型によって、長期的な経過の見通し(予後)、起こる可能性のある合併症、抗生物質による治療が必要な期間が異なります。
類結核型では、白い平らな部分が1つないし少数ある発疹が現れます。発疹が現れた部位では、皮下の神経が細菌に侵されるため、感覚がなくなります。
らい腫型では、皮膚にたくさんの小さな隆起や、より大きく盛り上がった大小さまざまな形の発疹が現れます。類結核型に比べて、感覚のなくなる範囲が広く、一部の筋肉に脱力感が現れます。
境界型では、類結核型とらい腫型の両方の特徴が出ます。放置した場合、症状が改善すれば類結核型になり、悪化してらい腫型に似た症状になることもあります。
ハンセン病の最も重い症状は、末梢神経の感染により触覚がなくなることで、痛みや熱さ、冷たさを感じることができなくなります。このため、自分自身の体がやけどや切り傷などを負っても、気が付かないことがあります。繰り返し障害が起こると、足や手の指を失うことにもなります。
また、末梢神経の障害は筋力の低下も引き起こし、そのために手の指がかぎ爪のように曲がる、足首が底側に曲がる(尖足〔せんそく〕)など、体の変形が起こることもあります。皮膚感染では、はれやしこりがあちこちにでき、顔にできると特に変形が目立ちます。
さらに、足の裏がただれます。鼻の粘膜が侵されると、慢性的な鼻詰まりが起こり、治療しないで放置しておくと鼻全体が侵されてきます。目に障害が起こると、失明につながります。らい腫型の男性では、勃起(ぼっき)機能不全(インポテンス)が起き、精巣で作られる精子や男性ホルモンの1つであるテストステロンの量が減るため、生殖能力がなくなります。
ハンセン病は経過によっては、治療を受けていても、体の免疫応答による炎症反応を起こすことがあります。発熱、皮膚や末梢神経の炎症が多く、ほかにリンパ節、関節、精巣、腎(じん)臓、肝臓、目の炎症も起こります。
■ハンセン病の検査と診断と治療
なかなか消えない特徴的な発疹、触覚の喪失、筋力の低下による体の変形などの症状があれば、ハンセン病が強く疑われます。らい予防法の廃止後、ハンセン病は保険診療の適用になり、診断と治療は一般の医療機関、主に皮膚科外来で行われています。
診察ではまず、出身地・出身国、小児期の居住地、家族歴、気付かずにいるやけどやけがの既往などを問診し、その後、皮膚症状の検査、神経症状の検査、らい菌の検出、病理組織検査などを行います。診断の確定には、らい菌の検出が重要です。らい菌の培養は現在のところ不可能なので、皮膚症状のある部位にメスを刺して組織液を採取する皮膚スメア検査、皮膚の病理組織を抗酸菌染色する検査、らい菌の特異的な遺伝子(DNA)を証明する検査のうち、複数の検査が行われています。
かつて、ハンセン病の発症者は顔や体が変形するために社会から追放され、施設や特定の集落などに隔離されてきました。今でもまだ、こういうことが行われている国はあります。しかし、ハンセン病は隔離の必要はありません。感染力があるのは未治療のらい腫型だけで、それも簡単に感染するものではありませんし、いったん治療を始めれば感染力はなくなります。
さらに、ほとんどの人はハンセン病に対する免疫をもともと持っており、感染のリスクがあるのは、ハンセン病の発症者の近くで長期間一緒に過ごす人に限られています。リスクがある人は定期的に検査を受ける必要がありますが、抗生物質の予防投与は行われません。結核の予防に使われるBCGワクチンがある程度ハンセン病にも予防効果を持ちますが、あまり使われていません。
抗生物質による治療を行えば、ハンセン病の進行は抑えられます。すでに障害を受けた神経や体の変形を元に戻すことは、できません。それだけに、早期発見と早期治療により後遺症を残さないことが、非常に重要です。特定の抗生物質に耐性を示すらい菌もあるので、治療には通常複数の抗生物質を使います。ダプソン(DDS)とリファンピシン(抗結核剤)の併用が標準的に用いられます。
ダプソンは比較的安価で、副作用もアレルギー性の発疹や貧血がたまに出る程度の安全な薬です。リファンピシンはやや高価で、薬効も強いですが、重い副作用として肝障害やインフルエンザ様症状が起こることがあります。重症例の治療では、クロファジミンを追加的に使います。ほかには、エチオナミド、ミノサイクリン、クラリスロマイシン、オフロキサシンなどが使われます。
らい菌は根絶しにくいので、抗生物質による治療を長期間行う必要があります。感染症の重症度や医師の判断によって、6カ月から数年に渡って続けます。らい腫型の場合は、治療を一生続けることを勧める医師もいます。
ピック病
■人格の変化が目立つ認知症の一種
ピック病とは、人格の変化や理解不能な行動を特徴とする疾患で、認知症の一種。働き盛りの40歳~60歳に多く発症し、大脳皮質のうち前頭葉から側頭葉にかけての部位が委縮します。
ピック病の発症ケースは、同じく大脳皮質のうち頭頂葉と側頭葉後部が委縮するアルツハイマー型認知症よりもはるかにまれです。
1898年にチェコのアーノルド・ピックにより報告された疾患で、100年以上経過してもまだ世界共通の明確な診断基準すらなく、正確な発生頻度も不明。疾患を正しく診断できる医師が少ないために、アルツハイマー型認知症と誤診されたり、うつ病や統合失調症と間違えられて、不適切な治療やケアを受けるケースも少なくありません。
認知症も発症する年代によって、40~60歳代で発症する初老期認知症と、60歳、ないし65歳以降に発症する老年期認知症に大まかに分けられますが、ピック病は初老期認知症の代表疾患。40歳代~50歳代にピークがあり、平均発症年齢は49歳。女性の発症率が多いアルツハイマー型認知症に対して、そういった性差はありません。
記憶力の低下を主症状とするアルツハイマー型認知症に対し、ピック病の初期では、記銘力・記憶力、見当識(けんとうしき)、計算力などの知的機能は保たれています。
初期で目立つのは人格障害で、認知症の中では人格の変化が一番激しくなります。アルツハイマー型認知症の人格障害はピック病に比べれば軽く、脳血管性認知症ではさらに軽いといわれます。
人格障害には、易怒、不機嫌、爽快なども認められ、人を無視した態度、人に非協力な態度、不まじめな態度、ひねくれた態度、人をばかにした態度などが目立つようになります。しかし、本人に病識はありません。
ピック病特有の症状といえる滞続言語も、認められます。滞続言語とは特有な反復言語で、会話や質問の内容とは無関係に、同じ内容の話を繰り返したり、おうむ返しを続けたりします。これらは持続的で、制止不能です。
時刻表のように毎日決まった時間に、散歩や食事、入浴など日常生活のさまざまな行為を行うようになることもあります。この際、やめさせたり、待たせたりすると怒ります。毎日、同じ物、特に甘い物しか食べない場合もあり、際限なく食べる場合もあります。
自制力の低下により、周囲には理解不能な行動、状況に合わない行動もみられます。例えば、場所や状況に不適切と思われる悪ふざけや、配慮を欠いた行動をしたり、周囲の人に対して無遠慮な行為や身勝手な行為を示します。
また、自発性が低下し、考え不精がみられる一方で、多動、外出、徘徊(はいかい)、落ち着きのなさ、多弁、衝動行為、粗暴行為が増加することもあります。窃盗や万引きなどの犯罪を犯す場合もありますが、反省したり説明したりできず、同じ違法行為を繰り返すこともあります。
症状が進行すると、意欲減退が生じ、仕事を放棄して引きこもったり、何もしないなどの状態が持続し、自発性行動の少なさは改善しません。身だしなみにも無関心になり、不潔になります。周囲の出来事にも無関心になります。
やがて、記憶障害や言葉が出ないなどの神経症状が現れます。最終的には、重度の認知症に陥ります。
■検査と診断と治療
できるだけ早めに医療機関を受診し、詳細な診断を受けることが勧められます。また、医療機関を受診する際には、できればピック病の専門医を訪ねることが併せて勧められます。
医師による検査では、CT、MRIによって、前頭葉と側頭葉に目立った局所性の脳委縮が認められるかを調べます。SPECT、PETという脳血流や脳ブドウ糖代謝を見る検査によって、前頭葉と側頭葉の血流、あるいは代謝の低下が認められるかも調べます。
診断に際しては、アルツハイマー型認知症、統合失調症との鑑別が行われます。アルツハイマー型認知症では記銘・記憶力、見当識、計算力などの知的機能低下が初期症状ということを始め、症状、検査などの特徴によって、知的機能が保たれているピック病と鑑別されます。統合失調症では幻聴がみられるということを始め、症状、検査などの特徴によって、幻聴はほとんどみられないピック病と鑑別可能です。
ピック病は原因が不明であるため、その研究が立ち遅れていて、治療法は今のところ発見されていません。対症療法をアルツハイマー型認知症と同様に行うのが一般的で、落ち着きのなさ、多動、徘徊などに対して、抗精神病薬を使うことがあります。
介護も重要となりますが、40歳代~50歳代に多発するピック病の人はまだ若いので、老人に比べると力も強く、その上徘徊などもあるため、その対応は困難を伴うことも多くみられます。場合によっては、精神病院への入院を余儀なくされることもあります。
予後は不良とされ、全経過は短めで2~3年から、長くても8~10年で衰弱し死亡することが多く、アルツハイマー型認知症よりも短い傾向にあります。
非定型うつ病
■典型的でなく、若い女性に多いうつ病
非定型うつ病とは、典型的なうつ病とは異なるタイプのうつ病。発症した人は周囲から、うつ病と思われないことや、社会不安障害など他の心の病気を合併することが少なくありません。
非定型うつ病は従来、不安障害(神経症)や人格障害などと診断されることが多かったものですが、最近は米国などで、典型的なうつ病とは違うアプローチで治療され、その割合も米国では、うつ病全体の3~4割を占めています。日本では精神科医の間でもようやく認知されてきた段階で、大きな環境の変化に対応できない適応障害と間違われて、診断されるケースもあります。
従来の典型的なうつ病は定型うつ病、メランコリー型うつ病、あるいは気分障害の中の大うつ病性障害などと呼ばれるもので、気分の落ち込み、意欲・食欲・集中力・性欲の低下、不眠などが主な症状となります。
この定型うつ病とは現れる症状が違うのが非定型うつ病で、気分の落ち込みはあるものの、何か楽しいことがある時には元気が出るのが大きな特徴です。その他、タ方になると調子が悪くなったり、過食や過眠ぎみになるなどの特徴もみられます。
20~30歳代でかかるうつ病では、多くがこの非定型うつ病に相当すると考えられます。特に、女性の場合は8割が相当し、男性と比べ3~5倍多いとされています。
以下、定型うつ病と非定型うつ病の症状を比較します。気分の面では、定型うつ病は終始落ち込んで、元気や気力がないのが特徴。出来事の内容を問わず、何に対してもやる気が持てず、今まで積極的に楽しんでいた趣味にも、関心や喜びが持てなくなります。
一方、非定型うつ病は気分の落ち込みや気力、集中力の低下など、うつ病に特有の症状はあるものの、楽しいことやいいことがあると明るくなります。すなわち、出来事に反応して気分が変わる「気分の反応性」がみられます。発症者は常に落ち込んでいずに気分が高揚している時もあり、社会生活の適応度もそれほど悪くないため、周りからの理解を得にくくなります。
リズムの面では、定型うつ病は「モーニング・デプレッション」と呼ばれ、朝起きた時に調子が悪く、気分が落ち込みます。家事や仕事も面倒で、何をやる気にもなれないという憂うつな気分がダラダラと続き、やがてタ方くらいになると少し気が楽になってくるのが特徴。
一方、非定型うつ病は1日のうちでは、タ方になると気持ちが不安定になりやすいのが特徴。午前中から昼は比較的穏やかに過ごせるものの、「サンセット・デプレッション」と呼ばれて、タ方から夜になると不安やイライラが高まって調子が悪くなります。時には、気分が高ぶって泣きわめいたり、リストカットなどをしてしまうことも。調子の悪い時間帯が、定型うつ病と全く逆になります。
睡眠の面では、定型うつ病は夜、布団に入っても、なかなか眠れず、夜中にも度々目が覚める上、朝早くに目が覚めてしまい、そのまま眠れません。特に早朝に目覚める傾向が強く、慢性の睡眠不足になりがちです。
一方、非定型うつ病は1日の睡眠時間が10時間以上にも及ぶほど、「過眠」傾向にあります。睡眠時間が長いにもかかわらず、昼間に眠気を感じ、いくら寝ても寝足りないような気がします。
食欲の面では、定型うつ病は性欲などを含めた基本的な欲求が低下するのが特徴で、食欲が落ちて食べる量も減るため、やせて体重が落ちます。
一方、非定型うつ病は食べることで、気持ちを紛らわしたり、甘い物が無性に欲しくなって発作的に食べる「過食」傾向がみられ、体重も増加しがち。
また、非定型うつ病では、疲労感を通り越して、手足に鉛がついたように、体が重くなる「鉛様まひ」を示すこともあります。
発症する人の性格を分析すると、定型うつ病では、きちょうめんで、まじめで、完壁主義な人ほどなりやすい傾向があります。
一方、非定型うつ病の場合には、相手からどう見られるかを気にし、他人の顔色をうかがう性格傾向がみられ、特に他人から拒絶されることに過敏になる「拒絶性過敏」が重要な特徴となっています。他人の何気ない一言であっても、過剰な気分の落ち込みの引き金となりやすいのです。
その根底には、他人の評価が気になってしょうがないといった不安があり、子供のころから、常に相手のいうことを尊重し、従うために「いい子」といわれていた人、人見知りがある人、人前で上がりやすい人、うまく自己主張するのが苦手な人がなりやすい傾向にあります。
原因を分析すると、定型うつ病では、脳内で情報交換をしている神経伝達物質のセロトニンやノルアドレナリンが少なくなるために、発病するといわれています。非定型うつ病でも、神経伝達物質のノルアドレナリンが関係していると見なされていますが、まだはっきりしたことはわかっていません。
非定型うつ病の日常生活における支障としては、他人の批判を過剰に受け止めてしまうために、親密な人間関係を築くのが困難であったり、他人の批判を恐れるあまりに、人間関係に気を使いすぎてしまうことが挙げられます。過眠傾向にあるため、朝、起きれなくて、約束の時間に遅刻してしまうこともあります。
また、病気の影響で、大脳の前頭葉の血流が悪くなりやすくなります。ここは、思考や情動をつかさどっていて、人間が人間らしくあるために大切な部分。血流が悪くなると、前頭葉がスムーズに機能しにくくなって、心身の不調として出ることがあります。
■薬物療法と心理療法による治療
非定型うつ病の症状が2週間以上続き、つらい時には、我慢をせず精神科や心療内科へ相談に行き、適切な治療を受けましょう。
病院によっては、定型うつ病と非定型うつ病を区別して診断しないこともありますが、治療法や対処法に異なる部分があるため、注意が必要です。そもそも、この非定型うつ病がうつ病の一種として認識されたのは、日本では近年のこと。従来は、適切な治療や投薬が行われないために治りづらく、ほかの病気と診断されることも多かったのです。
非定型うつ病の治療には、薬の服用による薬物療法が行われるほか、生活のリズムを改善するための生活指導や、考え方を整理し捕らえ直すための心理療法が行われます。
時には、入院による治療が行われることもあります。うつ病には、定型・非定型を問わず自殺の危険性があり、特に非定型では、人間関係のやり取りの中で感情が激し、衝動的に自殺を完遂してしまう恐れがあることに、対処しなければならないためです。
非定型うつ病に使われる薬は、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と呼ばれる抗うつ薬を中心に、気分を安定させる気分安定薬や抗精神病薬、不安や不眠を改善する抗不安薬や睡眠薬など、さまざまなものが選択されます。通常、定型うつ病に多く使われるパキシルなどのSSRIだけでは、非定型うつ病にはあまり有効でないことがわかっているために、薬を組み合わせるのです。
薬を飲むことで、落ち込みやイライラが改善され、気分が安定して楽になりますが、治るまでには1年は続けて飲むことが必要です。
薬による治療に加え、認知行動療法などの心理療法的なアプローチも重要です。とりわけ、認知行動療法には薬物療法と同等の効果があることが確認されています。
非定型うつ病の人は、マイナス思考に捕らわれがちで多角的な思考ができず、突発的な問題が起きると、状況や自分の気持ちを整理することが困難になってしまいます。気分の不安定さを解消するために、ギャンブルや買い物、セックス、お酒などに依存する傾向もあり、そうしたものにのめり込む罪悪感から自傷行為を繰り返してしまうことも。
そこで、認知行動療法の助けを借りて、自分の考え方の癖を知り、よりよい行動に修正する方法で、カウンセリングやグループ療法を通じて、ストレスへの有効な対処法や人間関係の結び方を身に着けます。この認知行動療法は、前頭葉の働きを高めるのにも効果的な治療法です。
認知行動療法のプログラム例としては、親など大切な人から愛されているという認知の増強・確認、劣等感の除去、自己主張のスキル、自己の客観視の向上、ストレスヘの対処、情動コントロールがあります。
しかしながら、休養を取り、薬を第一とした適切な治療を受けることで回復していく定型うつ病と異なり、非定型うつ病の場合は悪循環を繰り返すことが多く、なかなか治りにくいのが現状です。
治療を続けるうちに、ふとしたきっかけによって、よくなることもあります。人間関係で不快な刺激が少なくなるなど、人によってそのきっかけはさまざま。職場の人間関係が影響する場合、異動を申し出たり、転職を試みるのも一つのきっかけになります。
症状が治まっても、うつ病は再発しやすい病気ですので、薬を飲み続けることが大切。自己判断で薬をやめるのは禁物です。治癒には平均3年かかるとされるので、焦りも禁物。
そして、医師による治療も大切ですが、この非定型うつ病の改善には、普段の生活習憤も重要なカギを握っています。
■非定型うつ病を改善する生活のヒント
非定型うつ病では過眠傾向になるため、昼夜が逆転し、生活リズムが乱れがちになります。生活のリズムを乱れたままにしておくと、憂うつ、イライラなどの気分や、体の重さといった症状がますます悪化してしまいます。
規則正しい生活を心掛け、軽い運動を行う。この当たり前のことが、気持ちを安定させる一番の特効薬となります。とりわけ、仕事に行くなど昼間は目的を持って活動することが、リズムの乱れを改善するために大切です。
具体的な方法を、以下に紹介します。
規則正しい生活をする
朝はきちんと起きて、3度の食事を食べ、夜は12時前には寝るという規則正しい生活を心掛けましょう。人間の体内リズムは、朝起きて光を浴びることで調整されます。目に光が入ると、脳の松果体から出るメラトニンという睡眠物質の分泌が抑制され、体内リズムがリセットされることによって、1日およそ24時間で一巡する体のリズムが整います。
可能な場合は仕事に行く
仕事に行ける場合には、多少つらくても時間どおり会社に出勤し、業務に取り組むことも必要です。やらなければいけないことがあり、それに取り組むことが、精神の覚醒(かくせい)を促すため、体内リズムを正常にしてくれるのです。
毎日、何か目標を持って生きる
仕事を持っていない人の場合には、朝起きたら「今日はこれをしよう」、「何かをやり遂げよう」と、その日の目標を持って、毎日を生きることが大切。「この本を読もう」など簡単なことでかまいません。自覚を持つことが、昼間の覚醒を促します。
掃除や片付けなど、整理整頓を心掛ける
体を動かす方法としては、掃除や片付けなどの整理整頓(せいとん)もお勧め。適度な運動になるだけでなく、「今日は部屋の掃除をする」ということが目標になって、リズム調整に役立ちます。きれいになると達成感もあり、周囲の人に感謝されることで人間関係の改善にもなり、気分がよくなります。
外に出て散歩などで体を動かす
1日1回は外に出て、太陽の光を浴び、公園を散歩するなど体を動かすようにします。ウォーキングなどの軽い有酸素運動をすると、脳では気分を安定させる脳内物質の分泌が増え、心も体もリラックスします。
身近な人がうつ病になったら
うつ病のタイプによって、接し方が違います。典型的なうつ病である定型うつ病の場合は、とにかくゆっくりと体を休め、休養を取ることが必要。周囲の人が「頑張れ」と言葉を掛けたり、励ましたりすると、本人が自分自身を追い込んでしまうため、よくありません。
逆に、非定型うつ病の場合は、少し励ますことがかえって本人のためになります。「決まった時間に起きて会社に行こうよ」、「1日1万歩を目指して歩いてみたら」など掛ける言葉は優しくても、心は厳しく持ちながら、本人の気力を奮い立たせるように接することが大切です。
また、非定型うつ病では、周囲の人に助けを求めるサインとして、衝動的に自殺を企てる恐れがあります。不安や焦燥感が強い時は、しっかり見守ることが大切になります。
ぶどう膜炎
■眼底を覆っている、ぶどう膜が炎症を起こす疾患
ぶどう膜炎とは、眼球を覆っている、ぶどう膜の一部あるいは、すべてが炎症を起こす疾患。ぶどう膜とは、虹彩(こうさい)、毛様体、脈絡膜の総称です。
ぶどう膜は、眼球の外膜と内膜に挟まれた中間の層です。この層の膜は外から見えませんが、ぶどうの色をしていて、形も果物のぶどうによく似ており、虹彩、毛様体、脈絡膜の三つの部分で構成されています。
虹彩は、瞳孔(どうこう)の周囲にある色の付いた環状の部分で、いわゆる茶目に相当する部分です。カメラレンズの絞りのように開いたり閉じたりして、眼内に入る光の量を調整します。
虹彩に続く毛様体は、いくつかの筋肉が集まった部分で、目のピント合わせをします。毛様体が収縮すると、水晶体が厚くなって近くの物に焦点を合わせることができ、毛様体が緩むと、水晶体が薄くなって遠くにある物に焦点を合わせることができます。同時に、毛様体で作られる房水は、眼の内圧を一定に保つのに重要な働きをしています。
脈絡膜は、毛様体の縁から眼球後部の視神経のところまで広がっている部分です。最も血管に富んで色素の多い組織で、網膜を裏打ちして目に栄養を与え、暗室効果を作って目を保護する役割を果たしています。
このぶどう膜の一部、あるいは全体が炎症を起こすのが本症ですが、炎症がぶどう膜の一部に限定されている場合は、その場所によって前部ぶどう膜炎、中間部ぶどう膜炎、後部ぶどう膜炎と呼ばれます。ぶどう膜全体に及ぶ炎症は、びまん性ぶどう膜炎、もしくは全ぶどう膜炎と呼ばれています。
また、ぶどう膜炎は、炎症を起こしている部位によって虹彩炎、脈絡膜炎、網膜脈絡膜炎と呼ばれることもあります。網膜脈絡膜炎は、脈絡膜とその上の網膜の両方に及ぶ炎症です。普通、片側の目だけに炎症が出ますが、両目に出ることもあります。
ぶどう膜に対する過剰な自己免疫反応や、細菌、ウイルス、真菌(かび)などによる感染が原因となることがありますが、原因を特定できないこともしばしばで、特発性ぶどう膜炎と呼ばれます。
昔から有名なぶどう膜炎として、ベーチェット病、サルコイドーシス、原田病が挙げられ、三大ぶどう膜炎と呼ばれています。三大ぶどう膜炎はいずれも、目ばかりでなく、それぞれの疾患に特徴的な全身症状が認められます。サルコイドーシス、原田病は自己免疫系の異常が原因で発症し、ベーチェット病は原因不明で、ウイルス説、アレルギー説、自己免疫説などが考えられています。
ぶどう膜炎の初期症状は、軽度のものから重いものまでさまざまで、炎症の部位や程度によって異なります。
前部ぶどう膜炎は最も症状が激しく、目の激しい痛み、結膜の充血、明るい光に対して過敏になる、視力の低下などが特徴的です。医師の検査においては、瞳孔が収縮し、虹彩付近の結膜の上に血管が浮き出す、眼の前部を満たしている液体の中に白血球が浮遊する、角膜の裏面に白血球が沈着するといった所見がみられます。
中間部ぶどう膜炎は普通、痛みがありません。視力の低下、視界に黒く不規則な形の点が浮遊する飛蚊(ひぶん)症などの症状がみられます。
後部ぶどう膜炎では、視力が下がることが多く、飛蚊症もよくみられます。そのほか、網膜剥離(はくり)、視神経の炎症などがみられます。網膜剥離の初期症状として、視界がぼやけることもあります。視神経の炎症では、小さな視野欠損から完全な失明までさまざまな視力障害を生じます。
炎症が全体に及ぶ、びまん性ぶどう膜炎では、上記の症状の一部または全部が現れます。
ぶどう膜炎では、目が急速に障害されることがあります。黄斑(おうはん)部のはれ、緑内障、白内障といった合併症が長期間に渡って続き、視力を低下させることもあります。ぶどう膜炎は発症しても1回きりのことが多いのですが、中には数カ月から数年の間に再発する人もいます。
■検査と診断と治療
ぶどう膜炎では、一般的な眼科の検査に加え、必要に応じて、造影剤を注射して眼底の写真を撮り、炎症がどのような形で起きているかを確認するために、蛍光眼底造影検査、またはICG赤外線眼底造影検査が行なわれます。
また、ほかの臓器にも影響を及ぼすような病気が疑われる場合は、血液検査、胸部X線検査、免疫の反応をみる一つとしてツベルクリン反応などの全身検査が行なわれて、原因の究明や治療効果の判定をします。
ぶどう膜炎の治療は、目に永久的な障害が出るのを防ぐため、早期に開始する必要があります。治療の中心は、炎症を鎮めるためのステロイド薬の点眼や内服、あるいは点滴です。ステロイド薬をやめた時には、非ステロイド性抗炎症薬が用いられます。
ぶどう膜炎の原因を治療する目的で、他の薬が使われることもあります。例えば、感染症が原因の場合は、感染源である細菌、ウイルス、真菌などの病原微生物を除去するための薬が処方されます。
虹彩は水晶体と癒着しやすいので、これを防止するための治療も同時に行われます。瞳孔を広げる点眼薬を用いて、虹彩が癒着するのを防ぐとともに、虹彩と毛様体のうっ血を解消して、安静を保ち痛みを和らげるようにします。
目の奥の炎症が強い場合は、ステロイド薬や免疫抑制薬の全身投与が行われます。ステロイド薬の全身投与の場合、症状の改善に伴って徐々に量を減らしていくので、ある程度長期戦となります。自覚症状が改善したからといって、自己判断による急激な減量や中止は、かえって炎症を再燃させ、長引かせる危険があります。また、ホルモンの一種であるステロイド薬は、最も効果的かつ副作用を少なくするため、朝に多く、夕方に少なく服用するようにします。
免疫抑制薬の中には、同じ量を内服しても人によって効き目が違うものもあり、治療に有効な薬の量を決めるために、血液中の薬の濃度を測定しなくてはならない場合もあります。副作用のチェックのためにも、定期検査は重要です。
なお、ぶどう膜炎は再発することもある疾患で、特に過労やストレスが再発の誘引になることがあります。日ごろから規則正しい生活を心掛け、心身ともに十分な休養を取ることが大切です。
万一、ぶどう膜炎と診断された時は、症状の経過や治療内容をよく書き留めておき、転居などで通院する医療機関が変わった場合でも、スムースに治療を引き継げるようにしておくことが望ましいといえます。
変形性股関節症
■関節の老化変性などで、股関節が痛み、動きも悪化
変形性股(こ)関節症とは、関節軟骨の変性や摩耗に始まり、さまざまな関節変化が進行する疾患。
年を取っていくに従って、骨や関節にも老化が現れてきて、関節軟骨は次第に消耗して擦り切れ、軟骨の下の骨が現れ、関節の端のほうでは骨のとげが出てきて関節が変形してきます。このように変形性関節症は老化変性を基盤とする疾患ですが、関節に過度の負担がかかったり、関節機構に異常があったりすると、軟骨変性が加速されて、必ずしも老人でなくても同様な変化が生じてきます。
日本では、変形性股関節症の大多数が、先天性股関節脱臼(だっきゅう)後に生じる二次性のものです。もちろん、先天性股関節脱臼がほぼ完全に治癒すれば、変形性股関節症にはなりませんが、往々、程度の差こそあれ関節不適合を残して治ります。このような場合には、年月の経過とともに、次第に変形性股関節症へと進展していきます。
この先天性股関節脱臼や臼蓋(きゅうがい)形成不全に起因する変形性股関節症がほとんどで、その大部分が女性に起こります。このほか、ペルテス病、大腿(だいたい)骨頭壊死(えし)、大腿骨頭すべり症、外傷などに起因するものもあります。
臼蓋(きゅうがい)形成不全は、股関節の屋根の作りが浅いものです。股関節で大腿骨頭を受け入れる部分を股臼といい、骨頭にかぶさり体重を支える部分の股臼が、この臼蓋です。
変形性股関節症の症状としては、初めのころは歩きすぎたり、スポーツ後などに股関節部の痛みや疲れやすさを感じます。休息すればよくなりますが、繰り返すうちに痛みが強くなり、遠距離を歩かなくても、あるいは少し歩いただけでも痛みが起こり、足を引きずるようになってきます。股関節の動きも悪くなって、靴下の着脱や足のつめ切りなどが不自由になります。
痛みは股関節部に限らず、臀部(でんぶ)、大腿部、あるいは膝上部に起こることもあり、注意が必要です。
■変形性股関節症の検査と診断と治療
X線検査を行うと、大腿骨頭は変形し、関節の透き間が狭くなり、骨頭や臼蓋の骨に丸く、薄くなって抜けている部分や、関節端のほうでは骨の出っ張りなどがみられ、変形性股関節症の診断がつけられます。
変形性股関節症にはつえの使用が有効で、1本のつえを使うと、股関節への荷重が約4分の1から5分の1くらいに減ります。比較的安静をとり、薬で痛みが抑えられる間はよいのですが、痛みが抑えられなかったり、次第に痛みが強くなっていく場合には、手術的手段が行われます。
手術方法にはいくつもの種類があり、個人に最も適していると思われる方法がとられます。
股関節周辺の筋肉を切り離し、関節に加わる力の軽減を図る簡単な筋離開術から、荷重面積の増加を目的とする骨切り術、股関節形成術や股関節を全部人工のものと置き換える人工関節置換術などがとられます。また、片側のみを発症した比較的若い人で、立ち仕事や重労働をしなければならない場合には、股関節をよい角度で固定する関節固定術もとられます。
疾患の本態から考えてみても、進行を食い止めることはできません。しかし、股関節にかかる負担を軽くすることで、進行のスピードを遅らせたり、痛みなどの症状の改善を得ることができます。つえを使うほか、筋力を強化すること、太っている人は管理栄養士による食事指導と運動処方によって体重を減らすことが、やはり股関節への負担を軽減することになります。
たとえ自覚症状には変化がなくても、数カ月から半年くらいに1度は、必ず医師の診察を受け、病態を把握しておくことも必要です。
便の変化
●腸の働きについて
人体の下半身からの出物として、腸からの大便という固形物、すなわちウンコがある。
この大切な排泄物の出具合が悪くて、朝から「やれ下痢だ」、「また便秘だ」と、腹を抱えてうずくまったり、苦しんでいたのではいただけない。人間が健康を手に入れるには、やはり内臓の正常な働きが必要なわけである。
そこで、腸の仕組みについて、まずは小腸から探っていこう。
最近の生理学の教えるところによると、人間の小腸という消化器官は、取り出せば、七~八メートルにもなるという、とんでもなく長い管状の臓器である。自分の腹に手を当ててみても信じられないほどだろうが、通常、体の中では、およそ三メートルほどの長さに縮んで収まっている。
なぜそんなに長いかといえば、人間が生きていくためには、胃で消化された食物から栄養やエネルギーを摂取、吸収しなければならないからである
しかも、小腸の内側は、絨毛(じゅうもう)の表面をまた絨毛でおおうという、無数の絨毛で埋め尽くされた構造で、必死に表面積を稼いでいる。その表面積は、何とテニスコート二面分に相当するという。さらに、一本の絨毛は約五千個の栄養吸収細胞からできており、小腸全体で千五百億個と推定される。驚くべきは、人体の機能、働きの素晴らしさである。
こうした構造を持つ消化管である小腸は、胃から、かゆ状となって送り込まれた食物を、改めて消化したり、栄養を吸収し、大腸へ送り出す重要な役割を持つ。
詳しくいうと、胃のほうから十二指腸、空腸、回腸に、小腸は大きく分けられる。それぞれが消化酵素を多量に含んだ腸液を分泌し、あるいは膵臓(すいえき)からの膵液、胆嚢(たんのう)からの胆汁も一緒に合わせて、最終的には、かゆ状食物から栄養を取り入れていくのである。
●栄養を吸収する小腸、便を形作る大腸
かゆ状の食物が栄養のほとんどを吸収され、小腸を後にするのは、食後四~六時間といわれている。身ぐるみはがされた残滓、液状のカスとなって、大腸に到達する。
盲腸から始まる大腸は、時計回りに上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸、そして直腸に区別できる。
この大腸の大きな役割は、先の液状のカスから水分と電解質を吸収し、固形物、すなわちウンコを作ることである。
ウンコは、下行結腸からS状結腸にとどまる。その後、ある一定の量にウンコが達した場合や、胃に食物が入った刺激で起こる大きな蠕動(ぜんどう)運動があると、ウンコは直腸に送られる。この時の圧力を自律神経が察知して大脳に伝えると、便意を催すという仕組みだ。
この間、およそ二十四時間から七十二時間。口にした食物がようやく、腸の末端の肛門(こうもん)から出てくるのである。
このようにして、我々日本人は、一日に平均で百五十グラムから二百グラムほどのウンコを出すのである。一日当たり百五十グラムとして、八十年間生きれば、単純計算で五トン近くの排出となる。
では、出てきた我々人間のウンコは、なぜ一様に臭いのであろうか。実はみな、腸に住む細菌のせいである。
特別な環境で出生、飼育された無菌動物のウンコは、栄養を吸収された食べ物の残りカスだけだから、臭くない。一方、我々のするウンコは普通、三分の一から二分の一が腸内細菌ともいわれており、特有のにおいは腸内細菌の分泌物が原因なのである。
言い換えれば、人間のウンコは細菌のウンコによって臭い、ともいえるのである。
ところで、人間は誰でも、一生に一度だけ臭くない通じをする。生まれて一番最初にするウンコが、それである。
胎内で、母親の免疫系に守られている胎児は、いわば無菌状態で、腸にも細菌がいない。そのため、赤ちゃんが胎内でためていて、生まれてすぐするウンコは、臭くないのである。
しかし、生まれた翌日のウンコには、すでに大腸菌を始め、腸球菌や乳酸桿菌(かんきん)など、一グラム当たり一千億個の菌が見られるのである
●便という体からの情報は役に立つ
先に、日本人の一日のウンコの量は平均で、百五十グラムから二百グラムと述べたが、アメリカ人はせいぜい百五十グラムである。
これは、日本人のほうが植物繊維を含む食べ物を多くとっているからなのだ。人間の腸は、植物繊維を分解する酵素を持っていない。だから、植物繊維はそのままカスとして出てくるのである。「便秘気味の人は野菜を食べよ」といわれるのは、繊維質が残ったほうが便がかさばって出やすくなるからなのだ。
よって、便秘も日本人よりアメリカ人のほうが多いのである。植物繊維を多くとっているアフリカ原住民には、一日に七百五十グラムもの便をする種族がいるとのこと。
比較ついでに、日本人とアメリカ人の一物はどちらが臭いかというと、ずばり答えはアメリカ人である。
一般の日本人の食事は、低蛋白、低脂肪、高炭水化物、高食塩、高繊維。欧米人はその逆で、高蛋白、高脂肪、低炭水化物、低繊維。ウンコのにおいで特に臭いインドールや硫化水素は、みな蛋白質のアミノ酸が細菌によって代謝されてできるのである。
また、植物繊維には、腸内のビフィズス菌などの善玉菌を増やし、同時に悪玉菌が繁殖する前に排泄をうながすという働きも期待できる。加えて、ウンコの量を増すということは、薄めるということでもあるから、蛋白を多く摂取するアメリカ人のほうが一物が濃い。すなわち臭いといえるだろう。
しかし、最近は日本人の食生活も急速に欧米化しているから、排泄物もどんどん臭くなっているはずである。
もう一つ比較すると、動物はみんな排泄行為をするのに、お尻(しり)をふくのは人間だけである。が、動物も人間も、消化器官の仕組みはたいして変わらない。
コロコロとした丸いウンコができるウサギは、腸が長いために、水分を絞りとってしまうのである。我々人間も、便秘をすると固くてコロコロした一物が出るのは、徹底的に大腸で水分を絞りとられた結果のようである。
さて、体内で不要になって排泄された大便も、実は、体外に出た後も役に立つ存在なのである。今、世の中はリサイクル・ブームであるが、ウンコも負けてはいない。自然農法やウンコを飼料にした豚や牛の飼育が見直されているし、リンやビタミンB12を大量に含む資源としても注目されている。
リサイクルの極端な例は、先のウサギのコプロファジー(食糞症)である。ウサギは一日一回、普通の便とは違うコプロファジー用の便をするが、それを食べられないようにしてしまうと、衰弱して死んでしまう。ウサギは草や木の葉を一度体内のバクテリアで発酵させ、出てきたウンコを食べることで、不可欠な蛋白質やビタミンを補っているようだ。
人間の場合はそういう極端なリサイクルは無理にしても、体からの黄金の出物は健康の指標として役に立つのである。
ウンコはいわば食べ物の残滓であり、カスであるが、二十四~七十二時間にわたる自分の体の情報、とりわけ胃腸のメカニズムがはっきりと現れる。
体からのメッセージの解読法を心得ておくのは、誰にとっても決して無駄にはならないはずである。
基本となる正常便の量は、一日に百~二百五十グラム。形は太めのバナナ状で、色は黄褐色が理想的だ。水洗便所の水に浮けば、もういうことはない。一日にちょっと茶色いバナナ二、三本も出ていれば、内臓はたいそう健康である証拠。
平均百五十~二百グラムといわれる便の組成は、約七十五パーセントが水分、残り二十五パーセントが固形成分であり、意外なことに便の大部分は水分なのである。
●厄介な下痢が起こるメカニズム 健康の証(あかし)の正常便に対して、誰もが経験したことがある便のトラブルは、便秘と下痢であろう。 二つの厄介な症状は、大腸の機能が正常に働かなくなった時に起こる。食べ物の栄養の約九割を吸収してしまう小腸に、トラブルはほとんど見当たらないといわれ、問題が生じるのは残りカスをウンコにして排泄する大腸なのである。 まず、いわゆる下痢の原因は、大腸が水と酸・アルカリ・塩類の電解質を正しく吸収できないことによる。正常な便は七十五パーセント程度の水分を含んでいるが、この割合がさらに高くなると泥状になったり、液状になったりするのである。水分を大量に含んだままでは、便は固まらないという単純な理屈だ。 しかしながら、下痢に至る過程は、主に二つが挙げられる。 一つは、ストレスなどが原因で、腸の蠕動運動が激しくなり、水分を吸収し切れないまま内容物が直腸に向かってしまうもの。試験の前になると決まって、トイレにゆきたくなったなどという経験がある人も、多いことだろう。 二つ目は、膵臓疾患などで、腸粘膜からの水分吸収が妨げられた時に起こるもの。二日酔いの下痢もこれに当たり、アルコールの作用によって、膵液の分泌が後退し、脂肪が分解されずに大腸へ送られるために、水分の吸収が妨げられるのである。 牛乳を飲むと下痢をしてしまう人も、多いだろう。これは乳糖不耐症と呼ばれ、日本人では五人に一人の割合で存在する。牛乳に含まれる乳糖は、小腸で分泌されるラクターゼという消化酵素によって分解され、吸収される。乳糖不耐症の人は、このラクターゼが少ないため、乳糖は大腸で細菌によって分解される。この時に作られた乳酸や炭酸ガスが、腸を刺激して、腹痛や下痢を引き起こしてしまう。 ともあれ、アルコールや牛乳によるものはじきに治ってしまうが、下痢をともなった腹痛が起こったら食中毒、左下腹部が痛み、頻繁に下痢をする場合は急性大腸炎の疑いがあるので、注意を促しておきたい。専門医の診断を仰ぐのが賢明である。 また、激しい下痢などのため脱水症になったら、常識にこだわらず大いに水を飲むことを勧めたい。体の水分が尿になって排出されるのは健康な生理的現象であるが、この下痢をしたり、吐いたりというのは、脱水作用といって非生理的なものであるといわれる。 ことに子供の体には水分の予備が少ないから、十回ぐらい下痢をすると脱水症状を起こしてしまうことが多い。下痢の時には、余計に水を飲ませるべきである。 ●便秘を極度に気にする必要はない 一方の便秘の原因を探ろう。例えば、消化のいいものばかりを食べて、繊維が足りない場合、材料不足のためになかなか便にならない。排泄まで時間がかかるのである。それでも、腸は水分をとれるだけとろうと律義に働く。結局、水分のないカチカチウンコになってしまうのである。 トイレにゆくのを我慢して、便意を無視し続けることも原因。おおげさにいうと、しまいには便意の感覚がマヒする。せっかくウンコの元が直腸まで到達しても、便意が起こらなければ、ウンコはそのまま滞ってしまうわけである。 この便秘には、個人差がある。仮に二日、三日出なくても、便が硬くなく、不快感がなければ正常といえる。昔から三、四日に一回の通じを習慣にしてきたが、全く不都合を感じないし、ずっと内臓の健全と体の健康を維持し続けている、という百歳人もいる。 東京都新宿区にある日本百歳会が、平成五年に新百歳人になった四百六十五人を対象に実施したアンケート調査で、便通についての有効回答を見ると、「毎日」が百八十六人、「一日置き」が七十一人、「二、三日に一回」が二十七人。「便秘がち」の人も九十八人いた。 高齢になるにつれて、食事の量も運動の量も減り、従って排便の回数も少なくなるのは当然としても、若い頃からずいぶん間遠な百歳人もいた。一般に、排便は毎日、一定の時間にあったほうがいいようにいわれるが、それは望ましい形であって、必ずしもそうでなくてもいいようである。 女性の中には、一週間くらいウンコが出なくても平気な人さえいる。それでも本人が苦痛でないならば、便秘とはいえない。少ししか食べなければ、内容物は少ないわけだから、なかなか出ないということもあるのだ。 極端な例を挙げれば、宇宙食のような無駄を省いた食べ物を食べると、便の量は二分の一から四分の一に減るという。 俗に、便秘を長く続けると、糞便が腐敗して毒素が吸収されるというようなことがいわれるが、必ずしもそうではないようである。 むしろ、便秘をすると体に悪いとか、おなかに汚いものがたまっているという気持ちそのものが、精神に悪影響を与え、さらに便秘が続くということもある。 皮膚などは精神の影響を大きく受けるから、便秘はいけない、便秘で毒素が体に回ると肌が汚くなるなどと気にすること自体が、肌を悪くしていて、不健康でザラザラした皮膚の感じを与えるようにも思われる。 事実、誰にとっても、快便というのは気持ちのよいものであるし、体の汚いものが一気に出ていったような気分がする。しかし、便秘気味でも、極度に気にするのはかえって体を不健康にしたり、社会生活、対人関係に悪い影響を与え、いろいろなことがうまくゆかない原因になったりすることは、よく覚えていただきたい。 ●便の色と形で内臓の機能障害を知る 世の中で、こういった便秘の悩みを持つ人は、男性より女性に多いようである。女性は生殖のために子宮と卵巣という器官を抱えているが、けっこう重さがある上に、生理時には多少膨張したりするので、隣り合った腸の蠕動運動を圧迫して便秘につながるのである。 男性の精子を作るための生殖器官は、性器周辺にコンパクトにまとまっているのに対して、女性の生殖器官は形も大きく、メカニズムも複雑になっている。従って、腸に影響があるのも致し方ないことかもしれない。生理的には、ホルモンバランスも影響してくることなのである。 ただ、医師たちは女性たちの便秘に対して、心理的な理由もあると指摘している。特に、働く女性に多い「独特な羞恥(しゅうち)心」だというのだ。朝、ろくに朝食もとらずに家を出る。朝食をとったとしても、トイレの時間をゆっくりと確保できない。実際、何よりも化粧を優先させる女性が多いのである。 仕事場では、便意を催しても、会社のトイレでは嫌なのである。男性から見たら不可解なことかもしれないが、「ウンチしている」というのは同性にも悟られたくないのだという。我慢していると、そのうち便意が消える。そんなことを繰り返しているうちに、習慣性の便秘になることも少なくないというわけだ。 習慣性の便秘はともかくとして、一般の人の便秘の主要原因は、結局、水分の吸収異常であった。このトラブルを防ぎ、大腸の機能を正しく保つには、食物繊維と乳酸菌が不可欠である。 食事で野菜や海草を多くとるように心掛け、広く出回っているヤクルト菌、ビフィズス菌などの乳酸菌を含む飲料やヨーグルトも利用したらよいだろう。乳酸菌は乳酸や酢酸を作り出し、腸内を酸性に保つ。この酸性の刺激が腸の蠕動運動を盛んにし、感染予防にも一役買う。 大腸の調子が整えば、立派な便が規則正しく出る。踏ん張れる。快調な毎日を送れるのである。 さて、下痢や便秘のほかにも、自分の体からの黄金の出物は、その色や形で胃腸のメカニズムの異常を知らせてくれる。自分の便を見れば、病気を発見できる場合もあるのだ。 ふだんの正常便と違う白っぽい便が出たら、肝臓や胆嚢などの異常によって、胆汁が腸に送られなくなったことを意味する。要するに無着色のウンコだ。 次に、脂肪分をとりすぎれば、すっぱいにおいのベタベタした便になるし、白いブツブツがあり、しかもプカプカ浮くウンコが出たら、脂肪便である。これは、膵臓から分泌され脂肪を分解する膵液の不足によるもので、特に高カロリー食を好む美食家は用心が必要。 ほかに、肉眼で見る便の色で注意したいのが、血の混ざった便。これには二種類あって、一つは真っ赤な血便。これは肛門に近いところの出血によるもので、粘液便なら直腸ガン、それ以外なら痔(じ)の疑いがある。 もう一つは、同じ出血でも黒い便が出る場合。こちらは胃や小腸、大腸が出血し、それが腸管を通過するうちに酸化して黒色になるというパターンである。その他、黒い便は、肉食を好む人にも多いという。 形で注意したいのは、大腸ガンで腸狭窄(きょうさく)を起こせば、便が細くなること。 いきなり病院に担ぎ込まれる前に、毎日自分の目で、便からのメッセージを読み取る能力を養っておくのが、内臓へのいたわりというものである。
包茎
●包茎とはどういう状態なのか
男性の包茎というのは、ペニス(陰茎)の先の亀頭部が包皮に包まれたままの状態を指し、包皮が亀頭に比べて小さいために翻転できないことです。
この包茎には、包皮のむけ具合によって、いろいろな程度があります。大別すると、「真性包茎」と「仮性包茎」の二つがあり、真性は完全にむけないもの、仮性は平常時には亀頭を覆っているが、勃起時や包皮を手で陰茎部のほうにたぐれば、亀頭が簡単に出てくるものをいいます。
一般的にいわれている仮性包茎は病的状態ではなく、むしろ、大部分の日本人男性が仮性包茎状態です。常に亀頭部が露出した状態はむしろ少数であることは、あまり知られていません。
小児では、亀頭は完全に包皮に包まれているのが普通です。思春期以後から、包皮を押しのけて亀頭が表れるようになります。つまり、一人前の大人の男性として、ペニスの脱皮が図られるようになるのです。包皮に保護された温室から外界に出て、ペニスは幾多の試練?に合うことになります。
思春期以後、ペニスがうまく発育して亀頭が露出すれば、問題はありません。そうはうまくゆかないから、困ります。
●包茎はなぜいけないのか
幼児や小児では、ペニスは排尿さえできればよいのですが、思春期を迎えて性ホルモンが活発に働き始めると分泌物が多くなり、これが白く、黄色く、特殊な臭いがする恥垢(ちこう、ちく)となって、包皮の内側にたまってきます。清潔にしないでほうっておくと、包皮炎や亀頭炎を起こすこともあります。
手を加えて包皮の翻転ができるなら、時々、皮をめくって、ぬるま湯とせっけんできれいに垢(あか)をとるべきです。もし炎症が起こっていれば、マーキュロを塗布します。きつい消毒液は、粘膜を痛めるので使用しないことです。
極端な包茎では、亀頭が包皮によってピッチリ覆われ、排尿障害を起こすことがあります。また、「篏頓(かんとん)包茎」の場合、無理に包皮を翻転させると、そのまま戻らなくなって包皮が腫脹(しゅちょう)し、亀頭に不快な痛みが生じます。
これらは、睡眠中に起こったり、外陰部に強い圧力がかかったり、激しいマスターベーションを行った際などにみられます。処置としては、温湿布で局部のむくみをとってからぬるま湯で洗い、両手で包皮を整復すればよいでしょう。
また、女性にとって都合が悪いということでも、包茎が問題となります。排尿ができて、射精するのみならば、包茎は男性にとってさほどの障害にはなりませんが、セックスパートナーとなる女性にも喜んでもらうためには、真性包茎、嵌頓包茎では支障が生じます。
日ごろ包皮に包まれ、外界に接触していない亀頭粘膜は、すこぶる敏感なのです。ちょっとした刺激でも興奮して、射精が早く起こる早漏になりやすいのです。一般的に包茎の人の多数が早漏といわれるのも、粘膜が敏感なためで、セックスに対する経験不足によって、脳中枢での興奮刺激のコントロールができない点も加われば、女性にとって歓迎すべきことではありません。
恥垢がたまりやすい包茎では、女性側の子宮内膜炎の原因にもなりかねません。また、男性側の包皮も皮膚炎を起こしやすく、女性と接触後、相手の体液やコンドームの潤滑剤により、アレルギー性の皮膚のかゆみ、発疹(はっしん)を起こすことがあります。亀頭粘膜も弱いため、粘膜感染しやすく、性病にかかりやすいと見なされます。
包茎は早めに、適切に処置すべきです。子供のころから、排尿の時、適当にペニスをむいて用を足すように習慣づければ、包茎は自然に解消されます。
●包茎の手術と費用
自分で処置できない時は、泌尿器科か外科の専門医に相談するのが望ましいでしょう。
包茎手術に踏み切る場合、真性包茎、篏頓包茎では「生活に支障をきたす=病気」と判断されることが多く、健康保険が適用されます。自己負担額は1万円から3万円ほど。仮性包茎では、「生活に支障をきたす」というよりは「カッコ悪い」、「恥ずかしい」といった精神的問題と見なされるため、ほとんどの場合において健康保険は適用されません。
一般の病院・クリニックの泌尿器科、外科での保険治療の対象になる手術方法は、背面切開法、または環状切開法です。背面切開法とは、包皮に縦の切れ目を入れることで、「とりあえずむける」ようにするための手術方法です。長い皮は短くなりません。真性包茎や篏頓包茎を仮性包茎にするための手術で、傷跡はあまり目立ちません。
環状切開法のほうは、ペニスの周囲にグルッと一回り切れ目を入れて、余分な包皮を縫い縮める手術です。一般的には、クランプという器具をかぶせて、血管も一緒に切ります。傷跡は、背面切開法より目立ちます。
手術は極めて簡単ですから、入院の必要はありません。手術後1~2日は局部の疼痛(とうつう)と不快感がありますが、我慢できないほどではありません。2、3日は尿に血が混じったり、排尿時に陰茎痛があることもありますが、過激な運動さえしなければ1週間で完全に治ります。
手術によって「ペニスがいびつになるのではないか」と心配する人も、いることでしょう。皮を切り取るだけの手術ですから、心配は無用。手術後、切断の残りの包皮の部分に浮腫(ふしゅ)を見ることがあっても、自分の手で圧迫すればすぐ取れるし、医師に相談すれば簡単に治してくれます。
包茎専門の泌尿器科、形成外科、美容整形外科等の専門病院・クリニックで、手術を受ける選択肢もあります。健康保険は効かず自由診療になりますが、個人のペニスに合わせた丁寧な手術をしてくれます。女性の美容整形と同じイメージですので、縫合も丁寧で、一般病院の泌尿器科での手術に比べて、環状切開法での傷跡が目立ちません。また、血管の位置なども計算して手術してくれるので、出血も少なく、痛みも軽くなります。
ちなみに、形成外科などの専門病院での手術費用は、だいたい以下の通りです。仮性包茎手術の相場は、おおよそ8万~16万円程度。真性包茎、篏頓包茎の手術の相場は、おおよそ20万円前後です。病院によっては、学割が適用されるところもあります。
しかし、すべての専門病院が、上記の範囲におさまるわけではありません。手術を考えている人は、必ず病院でしっかりと説明を受けてください。
膀胱炎
●女性に多い膀胱の炎症
膀胱(ぼうこう)炎とは、膀胱内の粘膜に炎症が起こる疾患です。女性に多いのが特徴で、特に妊娠可能な年齢で多発しますが、男性にも起こります。細菌の感染による急性膀胱炎がすぐに治るのに対して、慢性膀胱炎は完治が難しいといえます。
急性膀胱炎の場合、症状は急激ながら経過は短く、泌尿器科の疾患では最も普通にみられます。原因の大部分は細菌感染で、大腸菌が最も多く、ブドウ球菌、連鎖(状)球菌などによることもあります。
感染経路としては、尿道からの細菌の侵入が最も多く、腎(じん)臓からの感染、周囲の臓器からの感染もあります。この疾患が女性に多発する理由として、尿道が男性に比べて短いために細菌が尿道に入りやすいこと、細菌のいる腟(ちつ)や肛門と尿道との距離が近いことなどが挙げられます。
膀胱は細菌に対して抵抗力があるので、単に細菌が侵入してきただけでは炎症は起こりにくいのですが、体力の低下、尿の停滞、排尿の我慢のしすぎ、便秘、不潔な性交、妊娠、冷えなどが誘因になって発症します。
男性では、膀胱炎は女性ほど一般的ではありません。男性はまず尿道が感染し、その感染が前立腺(ぜんりつせん)から、膀胱に広がって発症します。
症状としてみられるのは、頻尿、残尿感、尿の出が悪い、排尿時の痛み、尿の濁りが特徴。発熱はほとんどみられません。
医師による治療では、原因菌に有効な抗生物質、抗菌剤が投与されます。一般に女性では、合併症が起こっていなければ、2~3日で症状は軽快します。感染が長引く際には、抗生物質を7~10日間服用します。男性では投与期間が短いと再発を繰り返すため、一般に抗生物質を10~14日間服用します。
男女とも、水分の摂取を多くして尿量を増やし、細菌を洗い流すほか、尿の刺激性を低下させて症状を和らげます。症状の強い際は、十分な休息、睡眠を確保するようにします。
●慢性膀胱炎と間質性膀胱炎
慢性膀胱炎の場合、症状は比較的軽く、ほとんど自覚しないこともあります。尿検査で偶然に発見されることが、普通です。膀胱に腫瘍(しゅよう)、結石があったり、結核、前立腺、腎臓の病気などが膀胱炎の陰に隠れている際に、慢性化しやすいものです。
治療では、抗生物質や抗菌剤が2~4週間、使用されます。原因疾患がある際には、そちらを治療しない限り、完治しません。特に原因疾患もなく、症状のほとんどない際は、経過観察となることもあります。
また、間質(かんしつ)性膀胱炎という特殊な膀胱炎が近年、増加しています。感染症がみられなくても膀胱が炎症を起こす疾患で、痛みを伴う頻尿などの症状があります。顕微鏡で検査すると、尿中に膿(うみ)や血液が認められ、尿に血が混じっているのが肉眼で見えることもあります。
中年女性に多くみられ、男性がかかることはめったにありません。欧米では以前から割合多くみられていて、いくつかの病因による症候群と見なされていますが、いまだ治療法は確立されていません。
長期に渡る慢性的な炎症によって膀胱は委縮し、重症の場合は外科手術による膀胱の除去が必要になることも、まれにあります。小腸の一部である回腸を使って代用膀胱を作るか、腎臓にチューブを直接挿入し、体の外に装着した袋に尿を排出することになります。
ボーエン病
■かなり高い確率でがんに移行し得る皮膚がん前駆症の一つ
ボーエン病とは、境のはっきりした褐色の色素斑(はん)が体幹や四肢に好発する皮膚病。1912年のジョン・T・ボーエン医師の論文から、命名された疾患です。
このボーエン病は、かなり高い確率で将来がんに移行し得る皮膚がん前駆症の一つであり、狭義には表皮内がんと同じです。表皮内がんというのは、がん細胞が皮膚の浅いところにだけあり、この状態では転移の心配はありません。
しかし、放置していて進行すると、皮膚の深いところである真皮内に、がんが浸潤し体をむしばむ可能性があります。それも広い意味でボーエン病ですが、区別してボーエンがんと呼ぶこともあります。さらに進行すると、リンパ節転移や内臓転移を起こし、ついには死に至ります。
ボーエン病は大人、特に60歳以上の高齢者に発症します。原因は、日光照射、ヒ素中毒、エイズを含む免疫抑制状態、ウイルス感染、皮膚傷害、慢性皮膚炎などです。
典型的な症状は、境界が鮮明で、不整形の褐色の色素斑が現れ、上にかさぶたがつき、皮がめくれたりします。有色民族の場合は褐色ですが、白人の場合は紅斑が現れます。かゆみはないものの、湿疹(しっしん)や乾癬(かんせん)のような皮膚病と間違いやすいものです。
日光の紫外線の影響による場合は、皮膚の露出部に色素斑が現れます。ヒ素やその他の影響による場合は、皮膚の露出部にも現れるとともに、服に覆われている体幹部や下肢、陰部が好発部位となります。
放置すると、症状が不変の場合もありますが、通常は徐々に拡大します。単発の場合もありますが、多発例も10~20パーセント程度あり、ヒ素による場合は、手のひらと足の裏の角化、体の色素沈着と点状白斑、つめの線状色素沈着などの皮膚症状がみられ、皮膚以外にも肝がん、肺がん、膀胱(ぼうこう)がんなどの内臓悪性腫瘍(しゅよう)を合併します。原因が飲料水のヒ素汚染の場合は、地域的に多数発生します。
■ボーエン病の検査と診断と治療
かゆみのない褐色の色素斑ができているのに気付いたら、一度、皮膚科専門医を受診します。
専門医が視診すると診断がつくことが多いのですが、湿疹や乾癬など他の皮膚病との鑑別は必ずしも簡単ではありません。確実に診断するためには、病変の一部を切り取って組織検査をすることが必要です。
ボーエン病と診断されれば、合併率が高い内臓悪性腫瘍の検査も同時にする必要があります。多発性ボーエン病では、ヒ素中毒などを除外するための検査も必要です。
ボーエン病の治療としては、初期なら手術で病変を切り取れば、完治することがほとんどです。病変が小さければ切り取った後、傷を直接縫い合わせて閉じることもあります。病変が5センチとか10センチ以上では、切り取った後の皮膚欠損が大きく、複雑な形となり、直接縫合することができないこともあります。そういう場合は、植皮術や皮弁形成術で修復が可能です。
表皮内がんより進行したボーエンがんである場合は、病変の切除と植皮や皮弁で修復することに加え、リンパ節廓清(かくせい)術を組み合わせることがあります。また、状況により放射線療法、抗がん剤の投与、レーザー焼灼(しょうしゃく)、液体窒素による冷凍凝固療法などが行われることがあります。
病変を切り取った後の傷跡に、拘縮(こうしゅく)や外観の問題が生じることがあります。その場合、形成外科的な手法による改善が検討されます。病変の取り残しがないことや再発の有無をみるため、治療後も定期的な経過観察が必要です。
マイコプラズマ肺炎
■微生物のマイコプラズマの感染で、子供に多く起こる肺炎
マイコプラズマ肺炎とは、微生物のマイコプラズマの感染によって起こる肺炎。マイコプラズマは細菌より小さくウイルスより大きな微生物で、生物学的には細菌に分類されますが、ほかの細菌と異なるところは細胞壁がない点です。
感染している人との会話や、せきに伴う唾液(だえき)の飛沫(ひまつ)によって感染します。インフルエンザのような広い地域での流行はみられず、学校、幼稚園、保育所、家庭などの比較的閉鎖的な環境で、散発的に流行します。日本では一時期、4年ごとのオリンピックの開催年に一致してほぼ規則的な流行を認め、オリンピック病とかオリンピック肺炎と呼ばれたこともありましたが、1990年代に入るとこの傾向は崩れて毎年、地域的に小流行を繰り返すようになっています。
季節的にはほぼ1年中みられ、特に初秋から早春にかけて多発する傾向がみられます。好発年齢は、幼児から学童、特に5~12歳に多くみられます。4歳以下の乳幼児にも感染はみられますが、多くは不顕性感染または軽症です。潜伏期間は1~3週間。
風邪に似た症状が現れ、中でもせきが激しいのが特徴。たんは少なめです。たんの出ない乾いたせきが激しく、しかも長期に渡って続き、発作性のように夜間や早朝に強くなります。胸や背中の筋肉が痛くなることも、珍しくありません。
38〜39度の高熱、のどの痛み、鼻症状、胸痛、頭痛などもみられますが、肺炎にしては元気で全身状態も悪くなく、普通とは違う肺炎という意味で非定型肺炎とも呼ばれます。
■マイコプラズマ肺炎の検査と診断と治療
学校、幼稚園、保育所などで小流行することが多いので、子供のにせきや発熱などの症状がみられたら、早めに呼吸器科や小児科を受診します。比較的軽症なために普通の風邪と見分けがつきにくく、診断が遅れることがありますが、まれに心筋炎や髄膜炎などを併発することもありますので、油断はしないほうがいいでしょう。
胸部X線撮影によって肺炎自体の診断はつきますが、原因を確定するのに時間がかかります。咽頭(いんとう)から採取した液を培養してマイコプラズマを検出するまでに、通常1~2週間を要するためです。
一般に自然治癒傾向の強い疾患ですが、マイコプラズマが検出できない間は、細菌性肺炎とマイコプラズマ肺炎の両方を想定した治療が行われます。細菌性肺炎と同様、抗生物質によってマイコプラズマを排除しますが、有効な薬を選ばなければ効果が得られません。
マイコプラズマは細胞壁を持たないので、細胞壁合成阻害剤であるペニシリン系やセフェム系の抗生物質は効果がありません。蛋白(たんぱく)合成阻害剤を選択しなければなりません。中でもマクロライド系、テトラサイクリン系、ニューキノロン系の抗生物質が効果を上げます。小児では、副作用のことも考慮してマクロライド系の抗生物質が第1選択薬です。ニューキノロン系も有効ですが、小児への適応のないものがほとんどです。
ほとんどの場合、外来の内服治療でマイコプラズマ肺炎は治ります。ただし、小児では重症例や合併症も多く、高熱で脱水症状があるとか、激しいせきで眠れなかったり、食欲が大きく妨げられているような場合は、入院が必要になります。
子供が学校などからマイコプラズマを持ち帰ると、1〜3週間の潜伏期間を経て、家族に感染することがよくあります。予防接種はなく、決定的な予防法はありません。家庭ではマスクやうがい、手洗い、発症者の使うタオルやコップを使わないなど、普通の風邪と同じような予防法を心掛けます。
末梢動脈疾患(PAD)
■血管の病変が手足の動脈に慢性的に起こっている疾患
末梢(まっしょう)動脈疾患とは、手足の血管の動脈硬化によって引き起こされる疾患。PAD(Peripheral Artery Disease)とも呼ばれます。
日本では閉塞(へいそく)性動脈硬化症、もしくは慢性動脈閉塞症と呼ばれている疾患ですが、海外ではPAD、すなわち末梢動脈疾患という疾患名が一般的です。 主に40〜50歳以降に発症します。
動脈に脂肪分が沈着して粥状(じゅくじょう)硬化(アテローム硬化)が起こると、血管の内膜が肥厚して内腔(ないくう)が狭くなったり、潰瘍(かいよう)ができたりします。結果として、血流に障害が起き、血液が固まって血栓を生じ、詰まりやすい状態になります。こういった血管の病変が末梢(まっしょう)動脈、すなわち手足の動脈に慢性的に起こっているのが、末梢動脈疾患です。
末梢動脈疾患のある人は、手足の動脈だけでなく、全身の血管にも動脈硬化を来している場合が少なくありません。3割の人で冠動脈疾患の合併、2割の人で脳血管障害の合併が認められます。
発症しやすいのは、糖尿病、高血圧、高脂血症、喫煙などの動脈硬化の危険因子を持っている人。食生活やライフスタイルの欧米化により、動脈硬化を基盤とする末梢動脈疾患が急速に増えています。
初期の症状は、足の冷感やしびれです。進行すると、短い距離を歩いただけで、ふくらはぎや太ももの裏側が重くなってきたり、痛みを感じるようになります。2〜3分休むとよくなり、再び歩くことができます。この間欠性跛行(はこう)や足のしびれなどの症状が神経痛の症状と似ているために、勘違いされて見逃されることも多く見受けられます。
さらに進行すると、安静時にも痛みが現れるようになります。病変がある動脈で、急に血液が固まって急性閉塞が起きた場合には、24時間を経過した後で、筋肉に壊死(えし)が起こることもあります。
■末梢動脈疾患の検査と診断と治療
歩くと下肢が痛くなる原因にはいろいろあり、神経痛などほかの疾患と勘違いして、末梢動脈疾患(PAD)を悪化させてしまうこともまれではありませんので、循環器科や心臓血管外科を受診します。
医師による検査では、血管が閉塞した部位より先の動脈は、拍動が触れなくなります。四肢の血圧から足関節/上腕血圧比を測ることにより、さらに詳しく下肢の虚血を診断できます。確定診断には、血管造影検査が必要になります。
初期の冷感やしびれに対しては、血管を広げる血管拡張薬や、血液を固まりにくくする抗血小板薬を中心に治療が行われます。手足の痛みが強く、ひじや、ひざから上の比較的狭い範囲で慢性の動脈閉塞が起きている場合には、カテーテル治療、レーザー血管形成術、バイパス手術、血管新生療法などが行われます。
カテーテル治療は、狭心症や心筋梗塞(こうそく)の治療で行われるバルーン療法と同じ血管内治療。閉塞した部位にカテーテルを通し、そこで風船を膨らませて閉塞を治した後、再閉塞を防ぐためにコイルを留置します。レーザー血管形成術は、閉塞部近くまでカテーテルを挿入し、レーザー光を発して血栓や肥厚した内膜を霧状に散らす療法。
バイパス手術は、閉塞した動脈の代わりに静脈や人工血管を使ってバイパスを作り、動脈の血行を再建する治療。血管新生療法は、肝細胞を増殖させる物質の遺伝子が血管を新しく作ることがわかったため、それを使って行う新しい治療。血管を新生する因子(HGF)を産生する遺伝子を含む医薬を筋肉に注射し、新しい血管を誕生させて血流をよみがえらせます。
治療方法は数多くあるものの、末梢動脈疾患が重症になり、壊死が進行した場合は、足の切断が必要になることがあります。日本では毎年、1万人程度が足の切断を余儀なくされていると推定されます。
この末梢動脈疾患は、糖尿病や高血圧、高脂血症がある人に起こりやすいので、このような既往症のある人は、食生活を正して食べすぎを避け、減塩を守ること、ストレスを解消すること、禁煙をすることが必要です。
また、足の症状が出るまでは、休みながらも繰り返し歩くように心掛けます。歩くことにより、側副血行路が発達し血行が改善します。靴下、毛布などを使って、足の保温にも努めます。寒冷刺激は足の血管をさらに収縮させ、血液の循環を悪くさせるからで、入浴も血行の改善に役立ちます。足はいつも清潔にしておき、爪(つめ)を切る時は深爪をしないようにし、靴も足先のきつくないものを選ぶようにします。
なお、末梢動脈疾患(PAD)の日本における保険適応上の疾患名は、閉塞性動脈硬化症もしくは慢性動脈閉塞症となります。
慢性胃炎
■長い年月をかけて進行し、はっきりとした症状がみられない胃炎
慢性胃炎とは、症状がはっきりせず、胃のもたれ、不快感、食欲不振などが何となく起こるといった不定愁訴が、特徴的に認められる疾患。
それらの症状のほとんどは、いつから始まったのか、はっきりしません。また、全く症状がないこともあります。日本人にみられる慢性胃炎のほとんどは、ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)の感染が原因であることが、1980年代の初めから解明されています。ピロリ菌に感染し、その後、長い年月をかけて胃炎が進行して、慢性胃炎となるのです。
ピロリ菌は、胃の粘膜に生息している細菌。1980年代の初めに発見され、慢性胃炎や胃潰瘍(かいよう)の発生に関係していることがわかっています。通常、胃の中は、胃酸が分泌されて強い酸性に保たれているため、細菌が生息することはできません。しかし、ピロリ菌は、胃の粘膜が胃酸から胃壁を守るために分泌している、中性の粘液の中に生息し、直接胃酸に触れないように身を守っているのです。
ピロリ菌はウレアーゼという尿素分解酵素を分泌して、胃の中に入ってくる食べ物に含まれる尿素を分解し、アンモニアを作り出します。このアンモニアも胃の粘膜に影響を及ぼし、慢性胃炎の原因の一つになるのだと考えられています。
ただし、ピロリ菌に感染している人すべてに、症状が現れるわけではありません。感染しても、自覚症状がない場合、そのまま普通の生活を送ることができます。
ピロリ菌に感染している人の割合は、年を取るほど高くなる傾向があり、中高年の場合、70~80パーセントにも上ります。このように、年齢によって感染率に違いがあるのは、育った時代の衛生環境に関係していると見なされています。
■慢性胃炎の検査と診断と治療
慢性胃炎では、はっきりとした症状がないことが多いため、以下のような検査で胃に炎症が起きているかどうか調べます。
(1) 内視鏡検査:内視鏡で、胃の粘膜の様子を直接観察します。進行した慢性胃炎である委縮性胃炎では、粘膜が委縮して、薄くなり、血管が透けて見えたり、白っぽく見えます。
(2)組織診:内視鏡の中に器具を通し、胃の粘膜から組織の一部を採取してきて、顕微鏡で炎症があるかどうか調べます。また、慢性胃炎のほとんどの人はピロリ菌に感染していることがわかっていますから、慢性胃炎であるかどうかをより確実に知るためには、ピロリ菌に感染しているかどうかを調べることが必要になります。
ピロリ菌に感染しているかどうか調べる検査には、次のような方法があります。
内視鏡を使う方法
内視鏡によって胃の粘膜の組織を採取し、そこにピロリ菌がいるかどうかを調べる検査です。次の3つの方法があります。
1.ウレアーゼ試験:採取した組織を、尿素とpH指示液(酸性度、アルカリ性度を調べる)の入ったテスト溶液の中に入れて、色の変化を調べます。もし、ピロリ菌がいれば、ピロリ菌の出すウレアーゼによって、アンモニアが発生し、テスト溶液がアルカリ性になり、その結果、色が変わります。
2.組織診:採取した胃の粘膜の組織を顕微鏡で観察し、ピロリ菌の有無を調べます。
3.培養検査:採取した組織をピロリ菌が繁殖しやすい環境で培養し、その後、顕微鏡でピロリ菌の有無を調べます。
内視鏡を使わない方法
内視鏡で組織を採取する方法に比べて、発症者の肉体的負担が軽い検査です。次の3つの方法があります。
1.血液検査:ピロリ菌に感染すると、それに対する抗体ができます。血液中にこの抗体があるかどうか調べる検査です。
2 .尿検査:血液検査と同様に、尿中にピロリ菌の抗体があるかどうかを調べます。
3.尿素呼気テスト:ピロリ菌はウレアーゼを分泌し、それによって、尿素をアンモニアと炭酸ガスに分解します。この炭酸ガスは、呼気にも出てきます。そこで、特殊な炭素を含んだ尿素(標識尿素)を飲み、15~20分後に呼気を採取して、その成分を調べます。ピロリ菌に感染している場合、標識された炭素を含む炭酸ガスが呼気の中に出てきます。
慢性胃炎の治療法としては、従来は対症療法だけが行われてきましたが、ピロリ菌が原因となることがわかってからは、抗生物質による根本治療も行われるようになっています。
(1)対症療法:急性胃炎と同様に、胃酸分泌抑制薬、胃粘膜保護薬、運動機能改善薬を服用します。
(2) 根本治療:2~3種類の抗生物質を、同時に1~2週間服用し続けることで、胃の中に生息しているピロリ菌を除菌します。2~3種類の抗生物質を用いるのは、1種類だけよりも効果が高いのと、その抗生物質に対する耐性菌(抗生物質が効かない菌)ができてしまうのを防ぐためです。
慢性気管支炎
■せきとたんが長期間に渡って続く呼吸器の疾患
慢性気管支炎とは、持続性あるいは反復性のたんを伴うせきが少なくとも連続して2年以上、毎年3カ月以上続く疾患。ただし、肺結核、肺化膿(かのう)症、気管支喘息(ぜんそく)、気管支拡張症などの肺疾患や心疾患を伴うものは除外します。
気管や気管支には防御機構として、呼吸とともに侵入してくるほこりや細菌を内側の粘膜が粘液を分泌して吸着させ、それを繊毛の運動でのどのほうへ押し出すたん作用があります。この防御機構としての働きが弱まると、増えてしまった粘性のあるたんが、のどに押し出されにくくなり、せきでたんを出すようになります。
このため、気管や気管支は弱くなり、粘膜はせき込んだ時にすぐに傷付いてしまい、炎症が深くなっていきます。
炎症を繰り返すことで、次第に息切れが起こるようになっていき、その程度も増していきます。一度かかると全快することはなく、難治性の疾患です。発症者の多くは、中年以上の男性。
はっきりとした原因は不明ですが、気道への何らかの刺激が長期間に渡って続き、その刺激がもとで粘液の分泌が増加したり、繊毛が減少することが発症に関係していると考えられています。急性気管支炎が長引いて、慢性化するのではありません。
気道を刺激する原因には、たばこの煙、汚染した空気、ほこり、刺激性の化学物質が挙げられます。
症状としては、せきとたんが続き、当初は冬季だけに現れます。階段の昇降や速足で歩いた時に、息切れが起こることもあり、喫煙者ではたばこを吸った時にせき込んだりします。
寒さや空気汚染、細菌感染によって次第に悪化すると、1年中症状がみられるようになっていき、病状も進展します。
たんは白色の粘液性で、初めは細菌が感染するなど病状が悪化した時だけ、黄色いうみのような粘液膿性(のうせい)になります。しかし、後には冬の間ずっとたんが出るようになります。肺の下葉(かよう)に気管支の拡張がある場合は1年中、粘液膿性のたんが出ます。
たんの量は普通、軽症な場合には、起床後に出るだけで多くありません。時に、1日にコップ一杯程度の大量の粘液膿性のたんが出る場合は、気管支拡張症や肺化膿症にかかっている可能性を疑う必要があります。
喫煙による慢性気管支炎は、しばしば肺気腫(きしゅ)を伴い、慢性閉塞性肺疾患(COPD)と呼ばれます。病状が進展すると呼吸困難に陥ることもあり、心臓に負担がかかって肺性心という心臓の障害が起こり、高齢者では心不全の危険もあります。
■慢性気管支炎の検査と診断と治療
完治しない疾患なので、風邪などの感染症を避けるために人込み、厳しい寒さ、喫煙などを避けることが大切ですが、それを実行することは容易ではないので、早期に発見して、内科、呼吸器内科、呼吸器科の専門医を受診します。
長期に渡って、せきやたんがみられることで、医師の側はおおよその診断がつけられます。ほかの疾患と区別するためには、喀(かく)たん検査や胸部X線検査、CT検査などが行われます。
合併している呼吸不全を知るためには、肺機能検査を行って、一気に空気を吐き出す力の低下具合を調べたり、動脈血に含まれる酸素の量を調べたりします。感染を起こしている細菌に有効な抗生物質を決定するために、たんの培養を行うこともあります。
慢性気管支炎の治療では、気管支内の感染を抑えて分泌物を取り除くために、禁煙したり、ほこりや冷気を避けることにより、まず気管支への刺激を排除します。薬物を用いるのは、主に細菌感染を起こして高熱、呼吸困難、粘液膿性(のうせい)のたんがみられる急性悪化期で、ペニシリンなど抗生物質を投与します。
また、たまったたんが細菌を繁殖させるので、たんの切れをよくする粘液溶解剤や去たん剤、たんを出しやすくするために気管支拡張剤が投与されます。気管支粘膜の炎症を治すために、エリスロマイシンという抗生物質を少量、長期に用いることもあります。
ほかに、たんを出しやすくするために、体位性ドレナージという体位を一定時間とることもあります。足のほうを高くしたり、頭のほうを低くしたりして、たんがのどのほうへ流出しやすい姿勢をとることを毎朝合計30分くらい行うもので、その際、他人にバイブレーターなどで背中に振動を与えてもらうと、より効果的です。
日常生活での注意としては、日ごろからマスクを着用し、ほこりや冷気にさらされないように注意し、刺激の強い食べ物や冷たい物を控えます。たんを出しやすくするために、水分を十分に取ります。
冬季には室内の保温、保湿を心掛け、あるいは思い切って暖かい地域に転地すると、症状を和らげることができます。
慢性甲状腺炎(橋本病)
■甲状腺の病気の一つで、女性に多発
慢性甲状腺(せん)炎は、喉頭(こうとう)の前下部にある甲状腺に慢性の炎症が起きている病気で、橋本病とも呼ばれている自己免疫性疾患です。九州大学の橋本 策(はるか)博士が明治45年、ドイツの医学誌に初めて発表した病気で、世界的にも有名なものです。
内分泌腺の一つである甲状腺に、慢性のリンパ球の浸潤による炎症があるために、甲状腺が腫大(しゅだい)したり、甲状腺機能に異常が起こります。男性の20倍と女性のほうが圧倒的に多くかかり、よく調べると、女性の10~20人に1人の割合でみられるほど、頻度の高い病気だということがわかってきました。
例外はありますが、慢性甲状腺炎の発症者は大なり小なり、甲状腺がはれています。ただし、この内分泌腺の一つである甲状腺のはれが、首や喉(のど)に何か症状を起こすというようなことはありません。まれに甲状腺のはれがなく、委縮している場合もあります。
慢性甲状腺炎では、甲状腺のホルモン状態の違いから次の3つのケースに分けられ、甲状腺ホルモンの過不足があるケースにだけ症状がみられます
●甲状腺ホルモン濃度がちょうどよいケース(甲状腺機能正常)
慢性甲状腺炎(橋本病)であっても、大多数の人は甲状腺ホルモンに過不足はありません。この場合は、病気が体に影響するということは全くありませんので、何か症状があっても甲状腺とは関係ありません。従って、治療の必要はありません。
しかしながら、将来、甲状腺の働きが低下して、ホルモンが不足することがあります。また、まれですが一時、甲状腺ホルモンが過剰になることもあります。
●甲状腺ホルモンが不足しているケース(甲状腺機能低下症)
甲状腺ホルモンが減少する病気の代表が、慢性甲状腺炎(橋本病)です。慢性甲状腺炎も甲状腺臓器特異性自己免疫疾患の一つで、体質の変化により、甲状腺を異物と見なして甲状腺に対する自己抗体(抗サイログロブリン抗体、抗マイクロゾーム抗体)ができます。
この抗体、すなわち浸潤したリンパ球が甲状腺を破壊していくため、甲状腺ホルモンが減少し、徐々に甲状腺機能低下症になっていきます。痛みもなく、本人の知らないうちに、少しずつ甲状腺が腫大します。
甲状腺ホルモンは体の新陳代謝に必要なホルモンですので、不足が著しかったり長く続いたりすると、下のような症状が現れます。自覚症状はないこともありますが、コレステロールの値が高くなったり、血圧が上がったり、心臓や肝臓の働きが悪くなることもあります。
*顔や手足がむくむ *食べないわりに体重が増える *気力が低下する *動作が鈍くなる *皮膚が乾燥する *声がかすれる *寒がりになる *始終、眠い *毛髪が薄くなる *物忘れがひどくなる *ろれつが回らなくなる *その他(便秘、貧血、月経過多)
これらの症状は他の原因でも起こりますから、こうした症状があるからといって甲状腺のホルモンが足りないとは限りません。
また、甲状腺機能低下症であっても、適量の甲状腺ホルモン剤を服用して血液のホルモン濃度が正常になっている場合は、何か症状があれば、他のことが原因です。
なお、「甲状腺機能低下症になると回復しない」といわれていましたが、数カ月のうちによくなることも少なくありません。
●甲状腺ホルモンが一時的に過剰になるケース(無痛性甲状腺炎)
甲状腺にたくわえられている甲状腺ホルモンが血液中にもれ出て、血中濃度が高くなることがあります。ふだん、甲状腺の働きが正常な人に、比較的急に起こります。お産をした後数カ月以内に、ことによくみられます。バセドウ病(甲状腺機能亢進症)と間違われることもあります。
このケースは炎症が原因ですが、痛みがないので「無痛性甲状腺炎」といいます。長くても4カ月以内には自然に治りますが、その後、逆に甲状腺ホルモンが不足して、甲状腺のはれが大きくなることがあります。これも大抵は数カ月で治りますが、中には長く続いて甲状腺ホルモン剤の内服治療が必要になる人もあります。
●その他のケース
非常にまれですが、途中でバセドウ病に変化することがあります。血縁にバセドウ病の人がいる場合は、他の人よりなりやすい傾向があります。
悪性リンパ腫の中には甲状腺から発生するものがあり、慢性甲状腺炎(橋本病)の人は一般の人よりこうしたことが起こりやすいのですが、甲状腺から発生するものは治療に大変よく反応し、治りやすいという特徴があります。
■診断と治療法
●血液検査や細胞診
触診や超音波検査で、びまん性甲状腺腫を確認します。血液検査では、甲状腺自己抗体である抗サイログロブリン抗体と抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体の2つが陽性になります。
自己抗体が陰性の人でも、甲状腺の生検や細胞診でリンパ球浸潤を認めれば、診断が確定されます。甲状腺機能(FT3・FT4・TSH)は正常の人が多いですが、甲状腺機能低下症になっている例もあります。
●甲状腺ホルモン剤の服用
慢性甲状腺炎(橋本病)の発症者で甲状腺の腫大が小さく、甲状腺機能も正常の場合は、治療は必要ありません。
甲状腺機能の低下がある場合には、不足している甲状腺ホルモン剤(チラージンS錠)を毎日内服します。はれも小さくなります。甲状腺の腫大がひどい場合は、手術で甲状腺を切除する場合もあります。
●日常生活と食事
甲状腺ホルモンに過不足がなければ、生活上、留意することはありません。
食事も、ふだんどおりでけっこうです。海草類も普通に食べてかまいませんが、昆布を毎日食べたり、ヨードを含むうがい薬を毎日何度も使うと、甲状腺機能が低下することがあります。
海草に多く含まれるヨードは甲状腺ホルモンの原料ですが、慢性甲状腺炎(橋本病)の人の一部に、ヨードを取り過ぎると甲状腺ホルモンが作れなくなる人がいるからです。なお、甲状腺ホルモン剤を服用している人は、問題ありません。
耳鳴り
●耳鳴りの音から病気を知る
小さい耳鳴りではあっても、背後に病気が潜んでいることもあります。鳴り方や起こり方が、その原因を知る手立てになるのです。
耳鳴りとは、外部からではない音の知覚です。ほとんどの場合、難聴を伴います。日本人の1200万人以上が何らかの耳鳴りがあり、そのうち約20パーセントの人は苦痛を伴う耳鳴りがあるといわれています。
私たち人間の耳は、20ヘルツから2万ヘルツという非常に幅広い音を聞き分けています。音を感知する細胞は、周波数によって役割分担をしています。
ところが、ある音を担当する感覚細胞が障害を受け、その音が聞こえなくなってしまうと、ほぼ同じ高さの音の耳鳴りが起こるのです。
その仕組みはよくわかっていませんが、障害を受けた細胞が異常な刺激を出し、耳鳴りになると考えられています。従って、耳鳴りの音の高さが、原因となる病気を想定する手掛かりになるのです。
●症状をチェック
【「キーン」「チー」など高い音】
日常会話では使わない高い周波数の音から聞こえにくくなるのが、「老人性難聴」。両耳に起こり、初期は「キーン」といった高音の耳鳴りがします。耳鳴りは慢性的で、進行すると低い音も聞こえにくくなります。
長期間に渡って騒音にさらされた場合の「騒音性難聴」、一時的に大きな音にさらされた時に起こる「音響性難聴」でも、高音の耳鳴りを訴えます。
【「ゴー」「ブーン」など低い音】
回転性のめまいを伴うのが、「メニエール病」。最初は低音が聞こえなくなり、時々「ゴー」、「ブーン」などの低音の耳鳴りがします。多くは片耳で起こり、めまいや耳鳴りの発作を繰り返すうちに高音も聞こえにくくなり、耳鳴りの音も変化します。
メニエール病と同じタイプの耳鳴りで、めまいはないのが「急性低音障害型感音難聴」。発作を繰り返すと、メニエール病に移行します。
【「ザー、ザー」など拍動と一致】
脈拍と一致した耳鳴りは、血液の流れる音が聞こえているもの。これは耳の近くに音源があり、増幅すれば他人も聞くことができる他覚的な耳鳴りです。
脳の動脈にこぶができる「脳動脈瘤(りゅう)」や、「脳腫瘍」などの病気が隠れている可能性もあり、長く続いたら病院へ。
【さまざまな音】
耳鳴りの音が人によりさまざまなのが、「突発性難聴」。突然、片耳に難聴や耳鳴りが起こり、めまいを伴うこともあります。繰り返すことはないものの、早めに治療をしないと難聴や耳鳴りが残ります。
「内耳炎」や「聴神経腫瘍」の場合も、さまざまな耳鳴りがします。「動脈硬化」や「糖尿病」で血管が痛み、慢性的に耳の血流が悪くなって、耳鳴りがするケースもあります。
●対策へのアドバイス
【ストレス、疲労をためない】
誰でも静かな場所にいると、耳鳴りがすることがあります。また、疲れた時に一時的に「キーン」という耳鳴りがするのも、心配はありません。
しかし、「メニエール病」や「急性低音障害型感音難聴」、「突発性難聴」などは、ストレスや疲労が引き金となるケースが多いといわれています。ですから、日頃からストレスをためないこと、睡眠を十分にとることが、予防につながります。
【急性のケースは耳鼻咽喉科へ】
メニエール病や突発性難聴など急性の病気では、安静を保つことが重要になります。入院して、薬物療法を受ける必要のあることもあります。
突発性難聴の場合、発作から2週間以上放置すると、聴力が戻りにくくなります。異常に気付いたら、早めに耳鼻咽喉科へ。
【耳鳴りが慢性化したら】
耳鳴りは気にすることでさらに大きく感じられるという、悪循環に陥りがちです。その場合、治療の中心になるのはカウンセリングなどの心理療法。気持ちをリラックスさせ、耳鳴りに気持ちが集中しないようにします。
関心のある音だけを選別し、それ以外の音を素通りさせる脳の性質を利用したのが、TRTという治療法。補聴器サイズの器具を耳に装着し、毎日、一定時間、耳鳴りより小さな音を聞き、脳が音に慣れて、耳鳴りを意識しない状態にします。心理療法だけでは苦痛が改善しない場合に、TRTは有効です。
無気肺
■肺全体または一部の空気が入っていない状態
無気肺とは、肺に空気が入っていない状態。これまで十分に拡張していた肺の組織の一部の空気、または全部の空気が何らかの原因で失われ、肺がつぶれている状態を指します。
この無気肺には種類がいくつもあり、原因もさまざまです。例えば、胸膜腔(くう)に液体がたまれば、液体の圧迫でその下の肺には無気肺が生じます。また、肺がんや、気管支への異物の流入で、気道が閉塞(へいそく)されれば、それより末梢(まっしょう)の肺組織中の空気は吸収され、無気肺が起こります。
そのほか、病巣、リンパ節の腫瘍(しゅよう)や、気胸、胸膜炎、膿胸(のうきょう)、横隔膜ヘルニアなどの病巣によって、気管が外部から圧迫されたり、粘膜の塊が気管支につかえると、そこから末梢部に無気肺ができます。結核、肺がんなどによって、気管支が狭窄(きょうさく)、閉塞して起こることもあります。さらに、外科手術後、痛みなどで深呼吸が行えず、粘液が気管支をふさいで、無気肺が生じることもあります。
無気肺は、ほかの疾患があったり、程度が小さかったりすると、しばしば見落とされます。しかし、ある程度の大きさになると、せき、喀(かく)たん、胸部圧迫感、胸部不快感、発熱、喘鳴(ぜんめい)、呼吸困難、頻呼吸などの症状を示します。重症の場合は、ショックで生命が危険になることもあります。
無気肺になった直後は単に肺に空気がないだけですが、充血を伴う場合には肺組織の破壊と瘢痕(はんこん)化によって、慢性無気肺が起こることもあります。慢性無気肺では、肺炎などを起こしやすくなります。
■無気肺の検査と診断と治療
無症状のこともありますが、症状が出て呼吸困難や胸痛が現れた場合は、放置しておくと無気肺が慢性化して肺炎なども引き起こすため、早期に内科、呼吸器内科、呼吸器科の専門医を受診します。
胸部X線検査、胸部CT検査によって、無気肺となった部位の診断が可能です。気管支内視鏡検査によって、気道内の病変の様子を評価します。
治療では、原因となっている疾患がある場合は、その治療を行ない、気管支をふさいでいる異物やたんなどの分泌物があれば、それを取り除きます。たんなどの分泌物を取り除くためには、体位変換、手のひらと指でおわん型を作って軽くたたくタッピング、ネブライザー吸入、去たん剤の投与が行われます。気管支鏡を用いて摘出する場合もあります。
無気肺が慢性化している場合は、肺炎などを起こしやすいため、抗菌剤の投与が行われます。
無月経
■女性の月経がない状態で、続発性と原発性の別
無月経とは、女性の月経がない状態。今まであった月経がなくなる続発性無月経と、生まれ付き1度も月経をみない原発性無月経とがあります。
【続発性無月経】
続発性無月経とは、今まであった女性の月経が3カ月以上停止した状態。
成年の女性にある月経は、排卵があって発来します。排卵するのは卵巣ですが、卵巣から排卵させるために命令を出しているのは、大脳の下にある脳下垂体です。 脳下垂体へ指令を出しているのは、大脳の下部にある視床下部です。視床下部に始まる排卵の命令系統の中でどこかに異常があると、その下へ命令が伝わらなくなる結果、無排卵、無月経などの月経異常という症状で目に見えてきます。無月経と無排卵は無縁ではないので、続発性無月経の原因は排卵障害性の不妊症の原因ともいえます。
続発性無月経は、その程度により第1度無月経と、第2度無月経に分けることができます。月経が発来するためには、エストロゲン(卵胞刺激ホルモン)とプロゲステロン(黄体化ホルモン)の協調作用が重要になりますが、第1度無月経はエストロゲンの分泌は比較的保たれているものの、プロゲステロンの分泌に異常があって無月経となっているものをいいます。
一方、第2度無月経は、エストロゲンとプロゲステロンの両者の分泌に異常があって、無月経となっているものをいいます。第2度無月経が、程度としては重症といえます。
その原因によって、続発性無月経は視床下部性無月経、下垂体性無月経、卵巣性無月経、多嚢胞(のうほう)性卵巣症候群、子宮性無月経に分けることもできます。
視床下部性無月経は頻度の高いもので、視床下部機能が障害された結果、エストロゲンとプロゲステロンを主とするゴナドトロピン(性腺〔せん〕刺激ホルモン)の分泌異常を起こして、無月経になるものです。全身衰弱による生理機能低下や、 ストレスなどによる心因性の無月経、摂食障害による神経性食欲不振症に伴う無月経、急激な体重低下による減食性無月経などがあります。 向精神薬などの副作用による無月経、原因がはっきりしない場合の無月経も、多くは視床下部性無月経です。
下垂体性無月経は、脳下垂体から分泌されているゴナドトロピンに異常を起こして、無月経になるものです。脳下垂体腫瘍(しゅよう)による高プロラクチン血症が、狭義の下垂体性無月経に相当します。出産中や産後に輸血が必要となるくらいの大出血があると、脳下垂体の血流が悪くなって機能が低下し、結果的に無月経となることもあります。 出血による脳下垂体の機能低下は、シーハン症候群と呼ばれます。
卵巣性無月経は、卵巣に原因があって無月経、無排卵となるものです。頻度は低いものの、卵巣腫瘍などの外科的な治療や、抗がん剤による治療などの後に発生することもあります。
多嚢胞性卵巣症候群は、卵巣にたくさんの卵胞が発育するために無月経、無排卵となるものです。頻度も高く、不妊症の重要な原因にもなっています。子宮性無月経は、子宮内膜の炎症や外傷による子宮内膜機能の欠損、子宮内腔(ないくう)の癒着などによって、無月経になるものです。頻回の人工妊娠中絶手術などで、子宮内膜が委縮して発生することもあります。そのほか、異所性ホルモン産生腫瘍などによる無月経などもあります。
続発性無月経の症状としては、月経停止以外に症状のないことが多いものの、急激な体重減少、強い精神的ストレスなど、切っ掛けとなっている変化がみられることがあります。高プロラクチン血症では乳汁の漏出がみられ、脳下垂体腫瘍が原因で高プロラクチン血症となっている場合は、頭痛、視野狭窄(きょうさく)などの症状が現れることがあります。
なお、続発性無月経は、病的なもの以外にも妊娠、授乳、閉経などの生理的な変化による場合も含んでおり、注意が必要です。
【原発性無月経】
原発性無月経とは、女性が満18歳になっても、1度も月経をみない状態。
現在では、日本人の少女の平均初経年齢はおよそ12歳で、14歳までに98パーセントが初経を経験するといわれています。定義上は18歳となっていますが、だいたい15歳くらいになって初経がないと、多くの少女は母親と一緒に産婦人科を訪れると見なされています。
原発性無月経の原因の多くは、形態異常や染色体異常など生まれ付きの遺伝的なものです。このうち形態異常には、膣(ちつ)閉鎖または処女膜閉鎖があります。膣や膣の入り口が閉鎖しているために、実際には月経があるのに、外へ流れ出てこないために、無月経と思われているものです。この場合は、卵巣や脳下垂体機能は正常のことが多く、ホルモン分泌は正常で二次性徴も認められて乳房などは発達しており、周期的な下腹部痛が繰り返されるのが特徴です。
そのほか、卵巣や子宮が先天的になかったり、発育が不完全の場合には、月経が起こりません。
染色体異常としては、ターナー症候群、精巣性女性化症候群、副腎(ふくじん)性器症候群などがあり、甲状腺(せん)機能低下症など疾患が原因のこともあります。卵巣形成障害や染色体異常が原因の場合は、乳房の発育、恥毛や腋毛(えきもう)の発毛など、思春期に起こる二次性徴の出現がみられないことが特徴的です。
明白な原因がない、いわゆるただ初経が遅れているだけということも多いのですが、この場合、ほかの二次性徴の出現も遅れていることが多いようです。
■無月経の検査と診断と治療
【続発性無月経】
月経は女性の全身的健康のバロメターですので、続発性無月経が3カ月以上続けば、婦人科、ないし産婦人科の専門医を受診する必要があります。長期間放置すると、第1度無月経が第2度無月経に移行して重症化し、治療がより困難になる場合もありますので、早期受診を心掛けます。
無月経の期間がそれほど長くない場合は、基礎体温の計測を数日から数週間に渡って行い、受診時にグラフに記載したものを持参します。そのほか、体重の変化などにも注意した上で受診します。
医師の診察では、まず妊娠などの生理的無月経でないことを確認します。いつから無月経になっているか、記録を確かめます。無月経の原因がどこにあるか見極めるためには、血液検査によるホルモン検査、ホルモン負荷試験などを行い、原因があるのが視床下部か、脳下垂体か、卵巣か、子宮かを診断します。
産婦人科的な内診や経膣(ちつ)超音波検査などで、子宮や卵巣の大きさや腫瘍の有無もチェックします。高プロラクチン血症があり脳下垂体腫瘍などが疑われる時は、MRIなどの画像診断も行われます。
治療は、原因によって異なるばかりでなく、それぞれの受診者の目標とする到達点によって異なります。すなわち、月経を起こすことを目標とするのか、さらに進んで妊娠の成立を目標とする治療を望むのかという点によって、異なるわけです。ただし、原因によっては妊娠の成立が極めて難しい場合もあります。
月経を起こす治療には女性ホルモン製剤、妊娠を成立させる治療には排卵誘発剤の使用が基本です。第1度無月経の場合、女性ホルモン製剤のゲスターゲン(プロゲストーゲン)の投与で消退出血を起こすか、排卵誘発剤のクロミフェンの投与で排卵誘発を行います。第2度無月経の場合、女性ホルモン製剤のエストロゲンとゲスターゲン(プロゲストーゲン)の投与を行います。
このほか、漢方薬、プロラクチン降下剤、手術、精神的な理由ならカウンセリング、無理なダイエットや肥満なら食事療法などを、原因や症状に応じて適宜組み合わせて治療します。
【原発性無月経】
ターナー症候群、副腎性器症候群なども現在では、早く診断できるようになったので、15歳くらいまでに月経がこない場合は、産婦人科の専門医、特に内分泌学の専門医を受診します。
医師の側では問診により、無月経や遺伝的疾患の家族歴、内科的疾患の有無、薬剤服用の有無を確認します。基礎体温を測り、排卵の有無も確認します。問診、視診、内診などで子宮や腟の存在の有無、二次性徴発現の有無を調べた後、染色体検査、超音波検査、MRI検査、腹腔(ふくくう)鏡検査などを行い確定診断をします。
原発性無月経の治療は、無月経の原因、卵巣機能状態の程度、年齢などを考慮した上で決められます。染色体異常の場合は、性ホルモン補充療法により第2次性徴の促進と維持を図ります。染色体に異常がない場合は、排卵誘発剤の投与などの治療が行われます。また、膣や処女膜などの閉鎖が原因の場合は、手術療法で閉鎖部の切開が行われます。
むずむず脚症候群
■下肢を中心に不快な感覚、むずむずする運動が発生
むずむず脚症候群とは、夜間の睡眠時などに下肢を中心に不快な感覚が起こり、むずむずする不穏な運動を生じて、慢性的に寝付けない病状。下肢静止不能症候群とも、レストレス・レッグス症候群(Restless legs syndrome:RLS)とも呼ばれています。
調査によると、日本では人口の3~5パーセントにみられ、およそ130万人の発症者がいます。症状の軽い人も含めると、200万人近くになります。年代別と性別でいえば、40歳以上の中高年に多く、特に40~60歳の女性に多くみられます。不眠症の発症者の10人に1人の割合で、むずむず脚症候群の人がいるともいわれています。
正確な原因は不明ですが、神経伝達物質であるドーパミンの機能低下、中枢神経における鉄分の不足による代謝の異常、脊髄(せきずい)や末梢(まっしょう)神経の異常、遺伝的な要素などが考えられています。 鉄欠乏性貧血、パーキンソン病、尿毒症、妊娠、糖尿病、痛風、結核、肝炎、肺炎、関節リウマチ、胃切除後の下肢静脈血栓などの状態にある人や、慢性腎(じん)不全で人工透析をしている人、抗うつ薬や抗精神病薬を服用している人などに多くみられます。
症状としては、足の裏、ふくらはぎ、太ももに、虫がはっているような感覚や、むずむず感、ほてり感などの不快な感覚が起こるために、じっとしていられません。横になっている時や座っている時などに起こり、多くは夕方から夜にかけて強くなります。立って歩いたり、脚を動かすと症状が治まったりして楽になるものの、じっとしていると再び症状が現れます。
症状が最も現れやすいのが、夜、寝床に入っている時です。最初は時々起こる程度ですが、悪化すると毎日起こるようになり、不眠症や日中の眠気の原因となります。次第に、夜だけでなく昼間でも、テレビを見ている時、会議の最中、電車での移動中など、座ってじっとしていると症状が起こるようになり、日常生活のあらゆる場面で支障を来すようになります。また、不快感が下肢だけでなく、腰から背中、腕、手など全身にまで広がることもあります。
このむずむず脚症候群の診断は、国際RLS研究班が考案した診断基準に従って行います。以下の4つが、その必須項目です。
1、脚を動かしたいという強い欲求が、かゆみや痛みなどの不快な下肢の異常感覚に伴って生じる。2、 その症状は、安静にして静かに横になったり座ったりしている状態で始まる、あるいはひどくなる 。3、その症状は、歩いたり脚を伸ばすなどの運動を続けている間は改善する、または治る。4、 その症状は、日中より夕方から夜間にかけて強まる、または夕方から夜間のみに起こる。
なお、むずむず脚症候群は、皮膚の乾燥によってかゆみを感じる乾皮症との区別が必要です。高齢になると、皮膚が乾燥してかゆみが起こりやすくなります。特に、空気が乾燥しやすい冬は、かゆみに悩まされる人が多くなります。こういう乾皮症によるかゆみは、皮膚の表面に起こるものです。通常、保湿剤を塗ってスキンケアしたり、室内の乾燥を防ぐなど、日常生活の中で注意することで改善します。
一方、むずむず脚症候群でのむずむず感は、皮膚の表面ではなく、脚の内部に起こります。症状が重い場合には、脚の中に手を入れてかき回したいと表現されるほどです。
また、むずむず脚症候群では多くの場合、周期性四肢運動障害を伴います。睡眠中に、片側または両側の足首から先が何かをける時のようにピクッと動き、この不随意な動きを1時間に15回以上繰り返すために眠れなくなる疾患です。
通常、20~30秒周期で脚の動きを繰り返します。悪化すると回数が増え、多い人では1時間に100回以上起こる場合もあります。脚が動いても、多くの場合本人は気付きませんが、脚がピクッと動くと、脳は目覚めてしまうので眠りが妨げられます。熟睡感が得られず、昼間に眠気が起こるようになります。
■むずむず脚症候群の検査と診断と治療
むずむず脚症候群や周期性四肢運動障害で起こる不眠は、睡眠薬を服用しても解消されません。むずむず脚症候群の場合は、睡眠障害を専門にしている医療機関を受診し、適切な治療を受ける必要があります。
一番の問題点は、医師による身体所見や検査で異常が認められず、むずむず脚症候群と診断できずに、無駄な投薬治療と時間を費やすことがある点です。ドクターショッピングをする発症者がいることも、まれではありません。もし、近くに睡眠障害の専門医療機関がない場合は、精神科もしくは神経内科に相談してみましょう。
医師による診断では、1週間における脚の不快な感覚の程度や動き回りたい欲求の程度、睡眠の障害や日中の疲労感、眠気を聞くことにより重症度がわかり、治療効果の判定に活用されます。睡眠ポリグラフ検査を行うと、周期性四肢運動障害の合併が50〜80パーセントで認められます。その他、MRI(機能性磁気共鳴画像装置)を利用した検査を行い、診断します。
むずむず脚症候群の治療は、原因となる疾患がある場合にはその治療と、症状を抑えて不眠を改善することが基本になります。軽症の場合、多くは日常生活の改善で解消されます。症状が強い場合は、薬による治療を行います。
薬で主に使われるのは、パーキンソン病の治療薬であるカルビドパ/レボドパ合剤(メネシット)。脳神経に指令を伝えるドーパミンの働きを改善する薬で、パーキンソン病の治療で使うよりも少ない量を服用します。
十分な効果が得られない場合は、抗てんかん薬であるクロナゼパム(リボトリール、ランドセン)やバルプロ酸をさらに用いることもあります。また、鉄分不足が原因となっていると考えられる場合には、鉄分を補充するための鉄剤を使います。これらの薬物療法で、9割以上の人に症状の改善がみられます。
睡眠導入剤や抗うつ薬を用いると、むずむず感が解消されないまま眠気だけがどんどん増し、かえって症状を悪化させる可能性があるため、一般には処方されません。
日常生活の改善としては、カフェインは脚の不快感を強くしたり、眠りを浅くすることがあるので、コーヒーや紅茶などの摂取を制限します。たばこに含まれるニコチン、アルコールも同様ですので、特に症状が現れやすくなる夕方以降は摂取を控えるようにします。
起床時と就寝前に、ストレッチやヨガなどの軽い運動やマッサージをすれば、症状が治まります。ただし、体を激しく動かすスポーツなどを行うと、その反動が夜寝てから現れて、かえって症状が悪化してしまいますので、注意が必要となります。症状の軽い人なら、ウォーキング程度で十分で、自転車やエアロバイクも太ももやふくらはぎの筋肉を使うので同様の効果が期待できます。
メニエール病
■回転性のめまい。聴力低下も■
メニエール病とは、「めまい」や「耳鳴り」、「難聴」、「吐き気」などを伴う発作が繰り返し起こる病気です。フランスの医師メニエールが1861年、初めて報告したために、この病名が付けられました。メニエール症候群ともいわれ、耳の奥の内耳に異常が生じて現れます。
突然、トンネルに入った時や飛行機が下降する時のような塞(ふさ)がった感じが、片方の耳に生じます。これに伴って、耳鳴りや回転性のめまいが起こります。同時に、嘔吐(おうと)や冷や汗、下痢を起こすこともあります。
こうした症状には個人差があり、自律神経の働きの弱い人や、乗り物酔いをよくする人は、ひどくなる傾向があります。発作の時間はそれほど長くはなく、数分で治まりますが、数時間続くこともあります。また、長期間にわたって何度も発作を繰り返す人もいれば、発作が一回限りの人もいます。
30~50歳代の働き盛りに多く、緊張感の続く状況にある人がかかりやすいと見なされています。以前は男性に多く見られましたが、現在では男女差がほとんどありません。高齢者にはあまり見られないのも、特徴の一つです。
地域的には都市部に多く、中でもストレスをためやすい職業に就いている人や、不規則な生活を送っている人に多い傾向があります。
突然、天井や床がぐるぐる回るめまいに襲われるため、「大変な病気に違いない」と恐怖心を募らせてしまう方も多いのですが、生命にかかわるほどの病気ではありません。
ただし、放っておいて発作を何度も繰り返すと、耳鳴りが残ったり、難聴が進んだりすることもあります。発作が起こるたびに、耳の中で音を感じ取る役割を担う蝸牛(かぎゅう)が、壊れます。特に低音が聞こえにくくなり、初めのうちは修復されて聴力も回復しますが、発作を何度も繰り返すと、めまいが治まっても回復せず、難聴になってしまうこともあるのです。
耳鳴り めまいの発作が起こる前に、ひどくなるようです。発作を繰り返すうちに、慢性的な耳鳴りになっていきます。
難聴 発作とともに難聴になる場合と、発作を繰り返すうちに聴力が落ちてくる場合があります。一般的には、低音が聞きとりにくくなります。
ふわふわ感 体が傾く感じになって、実際によろけてしまったり、静止している物が動いているように見えたりします。
その他 発作の時には自律神経の働きがおかしくなり、吐き気や顔面蒼白、冷や汗、頭重(ずじゅう)、肩凝り、頭痛、下痢などの症状が現れることがあります。
【原 因】
■内耳の内リンパ液が増加し、膜が破れるのが原因■
外界の音を感じ取ったり、自らの体の傾きや回転を感知したりするのが、内耳の役割です。この内耳の感覚細胞の周りを満たす内リンパ液が増えてたまり、やがては内耳の中の膜が持ちこたえられずに破れてしまった結果、めまいが起こると見なされています。
内リンパ液がたまってしまう理由は、よくわかっていません。ただし、ストレス、過労、不規則な生活などによって体調が悪い時に、発作が起こりやすく、昼夜逆転したような生活を送っている人は、特に注意が必要です。
【対 策】
■早めの対処と、ストレスをためない工夫が必要■
もしメニエール病の発作が起きても、慌てないこと。めまいがしている時は、動かずに体をじっと横たえるなど、最も楽な姿勢で安静にしましょう。「冷たい濡れタオルなどで目を覆って、冷やすと楽になる」という人も、います。
「めまい」の経験は、健康な人にもあります。それだけに、「この程度で休んでいられない」といった無理解や誤解も多いようで、無理をして仕事に出たり、学校へ行ったりということも、ありがちです。
発作が治まったなら、なるべく早く耳鼻咽喉科を受診しましょう。最初の1、2回の発作で、適切な診断と治療を受ければ、8割は治るとされています。
日常生活においては、細かいことにとらわれず、「病気と気楽に付き合っていく」くらいの気の持ち方が、必要かもしれません。
日常、気を付けて置きたいこと!
□過労や睡眠不足に注意する
□ストレスをため込まない
夜はなるべく12時前に寝て、リズム感のある規則正しい生活を送りたいものです。一度かかってしまっても、睡眠を十分にとって体を休め、ストレスをため込まないように心掛ければ、再発を防ぐことができます。さらに、
□バランスのとれた食事をする
□タバコは禁物、アルコールはほどほどに
□週1回はスポーツで汗を流すなど、気分転換を図る
残念ながら、メニエール病の根本的な治療法は、見付かっていません。基本は、発作時にその症状を抑えるための薬物による対症療法になります。
発作を起こしている時には、まず、めまいを止める薬を点滴します。落ち着いたら、内リンパ液を減らす薬を点滴。それで聴力が回復したなら、メニエール病であることがはっきりするので、ステロイド中心の薬による治療が行われます。
具体的には、循環改善剤、血管拡張剤、ビタミン剤、利尿剤などが使われ、末梢血管の血行をよくしたり、体内の余分な水分を排出することで、内リンパ水腫の状態を緩和します。また、発作時には、鎮痛剤を使用することもあります。
薬で症状が改善せず、頻繁に再発を繰り返す場合は、内耳の過剰なリンパ液を取り除くなどの手術も行われますが、メニエール病は症状の現れ方や程度にかなり個人差があります。
最近は、「めまい外来」という診療窓口も出てきていますので、専門医に相談しながら、自分に合った治療法を根気よく見付けていくことが大切です。
【メニエール病と紛らわしい病気】
●聴神経腫瘍(しゅよう)
聴神経に発生する良性腫瘍で、耳鳴り、聴力低下、顔面の感覚異常などの症状があります。進行すると、ふらついたり、立ちくらみのめまいを起こします。
対処法としては、腫瘍が脳のほうへ広がる前に、手術をしなければなりません。
●小脳の障害
回転性のめまいに加えて、ふらつく、ろれつが回らない、物が二重に見える、などの症状があります。
とりわけ、小脳出血は危険です。回転性のめまい、激しい頭痛、嘔吐が特徴で、麻痺(まひ)を伴う場合もありますから、緊急に神経内科や脳神経外科に行く必要があります。
めまい
■脳からのサインを見逃さずに■
めまい(目眩、眩暈)は、「目がまわること、眼がくらむこと、げんうん」などと、辞書では定義されています。
「目舞い」と当て字をすることもあるように、「目がぐるぐると舞ったような感じ」のことを指します。ただし、人によっては、「ふわふわした感じ」や「立ちくらみ」などをめまいと呼ぶこともあり、感じ方は一様ではありません。
一般的には、周囲や天井がぐるぐると回る「回転性めまい」と、体がふらついて真っすぐに歩けない「浮動性めまい」に大別され、主として耳と脳の病気で起こります。
私たち人間は、両耳の内耳と、脳の中の小脳・脳幹とに、体の平衡感覚をつかさどる機能を備えています。そのいずれかにトラブルが発生し、体のバランスが崩れた場合に、めまいが起こりやすい、と見なされているのです。
耳の最深部で、側頭骨の岩様部に囲まれた内耳には、体の平衡感覚に関係する三半規管と耳石、音の受容に関係して、その内側にリンパ液を満たす蝸牛(かぎゅう)管などの器官があります。三半規管、耳石、蝸牛管などの情報は脳の神経に伝えられるので、自分の頭や体がぐるぐる回転したように感じるめまいの症状は、内耳障害の可能性が高いのです。内耳に原因があると、音の聞こえが悪く、耳鳴りがして、耳が詰まるように感じることも、多くなります。
専門医の見解では「めまいの強さは必ずしも、危険度と一致しない」とされ、顔面や手足のしびれ、舌のもつれ、物が二重に見える複視、頭痛などの症状を伴う時に、注意が必要となります。脳の小脳や脳幹など生命維持に重要な部分のほうに、問題が発生している場合があるからです。
ちなみに、脳の小脳の役割は、 大脳の命令で筋肉が動く時に、筋肉をうまく動かすためのコーディネーター。アルコールで小脳が麻痺(まひ)すると、舌と唇の動きが合わなくなり、うまく話せなくなります。脳幹のほうは、いわゆる「脳の幹」。大脳で発せられた命令は、小脳のコーディネートによって脳幹を通って、知覚・運動をつかさどる神経に伝達されるのです。
■めまいの原因をチェック■
●内耳の疾患に起因するめまい
めまいを感じた場合、めまい以外の症状を確かめることが、必要となります。その症状によって、どんな病気かチェックし、受診する科を判断するといいでしょう。
なぜなら、めまいを引き起こす病気は極めて多彩なため、医師側にとっても診断が難しく、間違いやすいとされているからです。
めまいと同時に、耳鳴り、難聴の症状が伴う場合には、内耳に障害がある可能性が高くなります。考えられる病気は、突発性難聴、メニエール病、内耳炎、聴神経腫瘍(しゅよう)、外リンパろうなどが挙げられます。
まずは、耳鼻咽喉科へ行くのがいいでしょう。顔面神経麻痺、吐き気、嘔吐(おうと)、「真っすぐ歩けない」といった歩行障害などがある場合も、耳鼻咽喉科へ。
●めまいを起こす代表的な内耳疾患
メニエール病 フランスの内科医メニエールによって発見された病気で、吐き気や嘔吐を伴うぐるぐる回るようなめまいを繰り返し、内耳の中に水腫(すいしゅ)、すなわち、むくみができるもの。肉体的・精神的ストレスが誘因となって、メニエール病が起こることもあります。
良性発作性頭位(とうい)めまい症 めまいでは、メニエール病が著名ですが、実はそれほど多くはありません。最も多いのは、良性発作性頭位めまい症なのです。
40歳以上の女性に多く、布団から急に起き上がった時や、お辞儀をした時、上のほうを向いた時、シャンプーをしている時、あるいは車をバックさせるために後ろを見た時などという同じような動作の後、数十秒にわたって回転性のめまいが続きます。ほとんどは自然に治りますが、再発して発作を繰り返す場合には、良性発作性頭位めまい症の可能性が高くなります。
内耳にある耳石に障害がある時になりやすいため、耳鼻咽喉科へ行くのがいいでしょう。頭を動かす理学療法により、短期でよくなるケースもあります。
●脳の疾患に起因するめまい
話し方が少しゆっくりになる、ろれつが回らないといった言語障害や、歩く際にふらつく、立ちくらみを覚えるといった平衡障害、また激しい頭痛を伴うような場合には、脳梗塞や小脳出血を始めとする脳血管障害、聴神経腫瘍などが疑われます。
めまい外来、神経内科、脳外科での受診が、お勧めです。視力障害、手足のしびれや麻痺、不眠などを伴う場合も、そちらへ。
とりわけ小脳出血は危険ですので、緊急に神経内科や脳神経外科に行く必要があります。小脳に障害があると、回転性のめまいに加えて、ふらつく、ろれつが回らない、物が二重に見えるなどの症状がありますが、小脳出血では激しい頭痛、嘔吐を伴うのが特徴で、麻痺を伴う場合もあります。
とにかく、以下のような症状が見られる、危険なめまいの場合には、すぐに専門医に掛かることです。
□激しい頭痛や吐き気
□手足の運動障害
□顔面神経の麻痺
□眼振(目がひとりでに動いてしまう)
●全身に疾患に起因するめまい
脳梗塞や小脳出血などの脳血管障害のほか、血圧の上昇・下降、不整脈などの循環器病、心筋梗塞などの虚血性心疾患、糖尿病などでも、めまいを起こす場合があります。
さらに、夜更かし、暴飲暴食、大量喫煙、過労、睡眠不足、職場などでの対人関係ストレス、自律神経失調症、更年期障害、高血圧症、低血圧、貧血、アレルギー体質、高脂血症などが原因となって、めまいを起こす場合があります。
■対策へのアドバイス■
●めまいを感じたら、体を横たえる
まず、横になって休むこと。左右どちらかを下にして、めまいがひどくなるようなら仰向けに寝ます。休んでいてもめまいが治まらないようであれば、近くの内科か耳鼻咽喉科で診察してもらいましょう。
めまいが少し治まってきたら、天井や壁などを見てみましょう。模様が揺れて見えないか、揺れて見える場合にはその揺れ方などをチェック。受診の際に、医師に伝えましょう。
●専門医によるめまいの検査を
めまいの時には、「めまい外来」のある病院が近くにあるなら、そこへ行きましょう。なければ、めまい以外の症状によって受診する科を判断して、耳鼻咽喉科、神経内科、脳外科などを受診しましょう。
病院では、めまいの原因となる病気が内耳にあるのか、脳にあるのかを検査します。目が左右に激しく動くかどうかの眼振検査、体のバランスが乱れているかどうかの体平衡検査、聴力検査、耳に注水して人工的に三半規管を刺激する温度刺激検査などを行います。脳の検査としては、目の動きの検査(ENG検査)や画像検査(CT検査、MRI検査)などを行います。
●病院での受診時にはメモの用意を
病院で診察を受ける時には、めまいが治まっていることが多く、問診でその症状を詳しく尋ねられることがあります。そこで、次のような点をメモしておくとよいでしょう。
□ いつ、どこで、何をしていた時に起こったか
□どんなめまいだったか(「ぐるぐる回る」、「ふわふわする」、「真っすぐ歩けない」など)
□めまい以外の症状(吐き気、耳鳴り、手足のしびれなど)
□ めまいが起こる前の生活状況(体調、ストレス、睡眠状況など)
●日常生活にも工夫を
□早寝早起きで睡眠を十分にとる
不眠症も、立派なめまいの原因となります。睡眠は人間が生きていく上で大切ですが、最近では夜型人間が増え、同時に睡眠障害を訴える人も増えています。これら睡眠が規則正しくない人は、めまいを起こすこともあります。まさに、生活習慣の乱れがめまいを起こすので、めまいも「生活習慣病」の一つに数えてもいいかもしれません。
意外と不眠症や不規則な睡眠がめまいの原因だと気が付かない人も多いので、めまいを感じたら、自分の睡眠を一度、振り返ってみることが必要です。
□適度の運動を心掛ける
どの年代にもお勧めの運動は、ウオーキング。ぺたぺた歩かず、両足は踵(かかと)から地面に着いて、爪先(つまさき)でけるようにします。腕を振りながら、上半身も使って、一分間に80メートル以上の速さで歩きましょう。
□ストレスをためず、気分転換を図る
先にも触れたように、対人関係などによるストレスによっても、めまいが引き起こされます。過度のストレスが続くと、メニエール病や自律神経失調症やパニック障害、起立性調節障害などの心身症が起こり得ますが、それらの障害はめまいを伴うことがあるので、うまく気分転換を図りましょう。
網膜静脈閉塞症
■網膜の静脈が詰まり、眼底出血などを引き起こす眼疾
網膜静脈閉塞(へいそく)症とは、網膜の静脈に血栓ができて、血液の流れが悪くなる眼疾。多くの場合、高血圧や動脈硬化などが原因で起こります。
網膜の静脈が血栓で詰まると、その部分から末梢(まっしょう)にかけての静脈が拡張して曲がりくねり、血液が血管外にあふれ出して眼底出血や、むくみを引き起こします。発症のピークは60~70歳代ですが、40~50歳代と比較的若い年代にも見られます。
この網膜静脈閉塞症は、詰まる部位によって網膜中心静脈閉塞症と網膜分枝静脈閉塞症の2種類に分けられます。一般に、網膜中心静脈閉塞症では、症状が強く出ます。網膜分枝静脈閉塞症では、血栓で詰まる部位によって症状の現れ方が違い、全く自覚症状がないことも珍しくありません。
網膜中心静脈閉塞症は、網膜の一番太い静脈である中心静脈が閉塞するもの。高血圧や動脈硬化、視神経の炎症などが原因となって起こりますが、さらに非虚血性と虚血性の2種類に分けられます。
非虚血性の網膜中心静脈閉塞症は、網膜の出血も軽度で、毛細血管の閉塞のないものをいい、若い人にもみられます。出血が起こっても、著しい視力の低下がなければ、治療によって改善することもあります。一方、虚血性の網膜中心静脈閉塞症は、出血が多いものをいい、非虚血性より圧倒的に多い頻度でみられます。
虚血性の網膜中心静脈閉塞症は、次のような形で起こります。心臓から送られた血液が通る動脈と、心臓へ戻る血液が通る静脈は、どちらも視神経の中を通って枝のように網膜に張り巡らされています。その動脈と静脈は、視神経の中で同じ鞘(さや)に包まれています。動脈に硬化が生じると、硬くなった動脈が同じ鞘にある中心静脈を圧迫することから、網膜全体の血の戻りが悪くなり、静脈の内圧が上がって、血液が網膜全体にあふれ出てきます。また、出血のために、網膜にむくみも起こってきます。
出血やむくみが、網膜の中心部の黄斑(おうはん)部に及ぶと、視力が低下します。一般的には、視力が0.1、もしくはそれ以下にまで下がり、ほとんどの場合、 視力が元に戻ることはありません。出血が全体に広がり、出血性緑内障を合併すると、眼圧の上昇で視神経が圧迫されて傷付き、失明につながることもあります。
網膜分枝静脈閉塞症は、視神経乳頭から4方向に枝分かれしている4本の太い静脈である上耳側静脈、下耳側静脈、上鼻側静脈、下鼻側静脈のいずれかに閉塞が起こるもの。糖尿病と並んで眼底出血を起こす代表的な疾患で、発症者の数も網膜中心静脈閉塞症の約10倍と、圧倒的に多くみられます。
原因は、動脈硬化です。網膜のあちこちにある動脈と静脈の交差部分に、動脈硬化が起こると、静脈が圧迫されて血流が悪くなります。それによって、その先の毛細血管の内圧が上がり、出血やむくみを引き起こします。
最も閉塞が起こりやすいのは、黄斑部の中心窩(か)の上を走っている上耳側静脈。 ここに閉塞が起こると、黄斑部に出血やむくみがかかりやすく、視野欠損や視力低下が起こる確率が高くなります。 逆に、鼻側の静脈に閉塞が起きても、ほとんど自覚症状はみられません。そのため、静脈から出血しても気が付かず、他の疾患の検査などで閉塞が見付かるケースがかなりあります。
また、網膜分枝静脈閉塞症では、硝子体(しょうしたい)出血を合併することもあり、目の前に黒いゴミのようなものがチラチラ見える飛蚊(ひぶん)症などの症状が現れます。出血量が多ければ、失明することもあります。
■網膜静脈閉塞症の検査と診断と治療
視野欠損や視力低下を最小限に抑えるには、なるべく早めに眼科を受診して、適切な治療を受けることが必要です。
眼底検査を行えば、容易に診断はつきます。検眼鏡などを使って眼底を見ると、典型的な網膜中心静脈閉塞症の場合は、視神経乳頭を中心に放射状の出血が認められるほか、静脈の拡張と蛇行が認められます。また、上耳側の静脈に閉塞が起きている網膜分枝静脈閉塞症の場合は、詰まった部位を要にした扇形の出血、上耳側静脈の拡張と蛇行、細動脈の硬化が認められます。
眼底検査では毛細血管までは調べることができないため、造影剤を血管に入れて、眼底カメラで網膜の血管の閉塞の場所や程度を詳しく観察する蛍光眼底検査も行われます。
治療としては、非虚血性の網膜中心静脈閉塞症で視力が比較的保たれている場合には、血管強化薬(ビタミンC)、むくみを取る消炎薬、血流を改善する抗血小板薬などを内服する薬物療法が行われます。これで出血が止まらず、視力の低下がみられる場合には、レーザーで出血やむくみを吸収するレーザー光凝固が行われます。
虚血性の網膜中心静脈閉塞症の場合は、治療をしても視力の回復はほとんど望めません。しかし、そのまま放置すると、出血性緑内障を合併することが多いので、予防のためにレーザー光凝固が行われます。同時に、原因となる高血圧や動脈硬化の治療も行われます。
網膜分枝静脈閉塞症の場合には、非虚血性の網膜中心静脈閉塞症と同じく、まず薬物治療が行われるのが一般的。薬で出血が吸収されない場合は、やはりレーザー光凝固が行われます。
網膜の出血した部位やむくみの多い部位にレーザーを照射して、出血やむくみを網膜の外側の組織である脈絡膜側に吸収させます。ただし、黄斑部の中心窩(か)にはレーザーを照射できないため、中心窩に出血やむくみがある場合は、近くまで照射して間接的に吸収させます。
出血やむくみが吸収されれば、視力は改善します。ただし、黄斑部の出血やむくみを長期間放置すると、治療で出血が吸収できても視力の改善は難しくなりますので、発症後3~4カ月以内には治療することが求められます。
網膜分枝静脈閉塞症で硝子体出血を合併した場合は、硝子体切除術が行われ、出血で濁った硝子体を取り除いて、視力回復を試みます。硝子体切除術は、まず角膜の周辺から特殊な器具を挿入し、目の奥にたまっている血液や濁った組織、またゼリーのような硝子体も切除、吸引します。硝子体は眼球の丸みを保つために必要な組織ですから、切除すると同時に、代わりの液体やガスを注入する必要があります。この方法は、硝子体置換術と呼ばれます。
硝子体手術を行った後は、出血や術後感染症、角膜混濁、網膜剥離(はくり)などの合併症に十分注意する必要があります。医師の指示を守り、しばらくは安静に過ごすことです。
門脈圧高進症
■腸から肝臓につながる血管内で、血圧が上昇
門脈圧高進症とは、腸から肝臓につながる門脈から枝分かれした血管内で、血圧が異常に高くなる状態。これに伴って食道静脈瘤(りゅう)、胃静脈瘤、脾腫(ひしゅ)、腹水など、二次的な症状が現れます。
大静脈である門脈には、腸全体を始め、脾臓、膵臓(すいぞう)、胆嚢(たんのう)から流れ出る血液が集まります。門脈は肝臓に入ると左右に分かれ、さらに細かく枝分かれして肝臓全体に広がります。血液は肝細胞との物質の交換を行った後は、末梢(まっしょう)の肝静脈に流れ出して、大きな3本の肝静脈に集められ、さらに下大静脈を介して体循環に戻り心臓へと向かいます。
門脈の血圧、すなわち門脈圧を上昇させる原因は、2つあります。門脈を通る血流量の増加と、肝臓を通る血流に対する抵抗の増大です。欧米諸国では、門脈圧が高進する最も一般的な原因は肝硬変による血流抵抗の増大で、その一番の原因はアルコールの過剰摂取となっています。日本でも、原因の90パーセント以上が進行した慢性肝炎を含む肝硬変によるものです。そのほかの門脈圧高進症を来す疾患としては、特発性門脈圧高進症、肝外門脈閉塞(へいそく)症、肝静脈の閉塞するバッド・キアリ症候群、日本住血吸虫症などがあります。
門脈圧の高進により、門脈から体循環に直接つながる静脈の発達が促され、肝臓を迂回(うかい)するルートが形成されます。この側副血行路と呼ばれるバイパスによって、正常な体では肝臓で血液から取り除かれるはずの物質が、体循環に入り込むようになります。
側副血行路は特定の部位で発達しますが、食道の下端にできた場合は特に注意が必要で、血管が拡張し曲がりくねって、食道静脈瘤を形成します。拡張した血管はもろくなって出血しやすく、時に大出血を起こし、吐血や下血などの症状が現れます。側副血行路はへその周辺部や直腸で発達することもあり、胃の上部にできた静脈瘤も出血しやすく、時には大出血となりますし、直腸にできた静脈瘤もまれに出血することがあります。
脾臓は脾静脈を通じて門脈に血液を供給しているため、門脈圧の高進はしばしば脾臓のはれを引き起こします。脾機能高進による血球破壊のために、貧血を生じることもあります。蛋白(たんぱく)質を含む体液である腹水が肝臓と腸の表面から漏れ出して、腹腔(ふくくう)が膨張することもあります。
■門脈圧高進症の検査と診断と治療
門脈圧高進症の基礎となる疾患が不明な場合には、肝機能検査を始め、超音波検査、血管造影、CT、MRIなど各種の画像検査により診断を確定します。基礎となる疾患が明らかになれば、食道静脈瘤、胃静脈瘤の有無と、その静脈瘤が出血しやすいかどうかを診断する必要があるため、内視鏡検査が最も重要で、早急を要します。
脾腫では、触診で腹壁越しに、はれた脾臓が感じられることから、腹水では、腹部の膨らみや、軽くたたいて打診を行うと鈍い音がすることから診断されます。ごくまれに、腹壁を通して肝臓や脾臓に針を挿入し、門脈内の血圧を直接測定することがあります。
治療では、門脈圧の上昇から生じる二次的な病態である静脈瘤、脾腫、腹水、脾腫などに対する対症療法が主体となります。中心になるのは食道静脈瘤、胃静脈瘤に対する治療で、予防的治療、待機的治療、緊急的治療があります。
予防的治療は、内視鏡検査により、出血しそうと判断した静脈瘤に対して行います。待機的治療は、静脈瘤の出血後、時期をおいて行うものです。緊急的治療は、出血している症例に止血を目的に行う治療です。緊急的治療では、出血している静脈を収縮させる薬を静脈注射で投与し、失われた血液を補うために輸血をします。大出血に際しては、内視鏡的に静脈瘤を治療します。
静脈瘤の治療は、1980年ころまでは外科医による手術治療が中心でしたが、最近では内視鏡を用いた内視鏡的硬化療法、静脈瘤結紮(けっさつ)療法が第一選択として行われています。
内視鏡的硬化療法には、直接、静脈瘤内に硬化剤を注入する方法と、静脈瘤の周囲に硬化剤を注入し、周囲から静脈瘤を固める方法があります。どちらも静脈瘤に血栓形成を十分に起こさせることにより、食道への側副血行路を遮断するのが目的です。静脈瘤結紮療法は、特殊なゴムバンドで縛って静脈瘤を壊死(えし)に陥らせ、組織を荒廃させ、結果的に静脈瘤に血栓ができることが目的となります。
これらの治療には、側副血行路の状態をみるために、血管造影や超音波を用いた検査が行われます。胃静脈瘤に対しては、血管造影を用いた塞栓療法も用いられます。また、門脈圧を下げるような薬剤を用いた治療、手術が必要な症例もあり、手術では側副血行路の遮断や血管の吻合(ふんごう)術が行われます。
出血が続いたり再発を繰り返す場合は、外科処置を行って、門脈系と体循環の静脈系の間にシャントと呼ばれるバイパスを形成し、肝臓を迂回(うかい)する血液ルートを作ることがあります。静脈系の血圧の方がはるかに低いため、門脈の血圧は下がります。
肝硬変を起こしていたり肝機能に障害がある場合は、こうしたバイパス形成手術によって肝性脳症を起こすリスクが高くなりますので、手術の代わりに、皮膚から注射針を直接肝臓に刺し、注射針を通してワイヤとカテーテルを挿入し、門脈と体循環の静脈系とを結ぶシャントを形成することもあります。
脾腫を伴う場合はハッサブ手術や血管内治療、腹水を伴う場合には利尿剤の投与などが行われます。
夜驚症
■主に子供に見られる睡眠障害■
夜驚症は、主に子供に見られる睡眠障害の一つです。夜間、寝始めて2~3時間後に、急に起き上がって悲鳴を上げながら体を振り回したり、何かにおびえたように泣きわめいたり、歩き回ったり、走り回ったりすることがあります。落ち着かせようとしても、反応のないことがあります。
この夜驚症は普通、深い眠りのノンレム睡眠中に起こるといわれ、脈は速くなり、呼吸も荒くなり、発汗、目を見開くなどの症状が見られます。
3~10歳くらいの神経質な男児に多く見られ、特に、疲れていたり、昼間に強烈なストレスを体験した場合に多く見られます。子供は通常、自分に起きた現象を覚えていません。
病的なものでは、入眠時の幻覚、睡眠中の精神運動性てんかん発作などがあります。精神運動性てんかん発作では、目的のはっきりしない運動や動作、錯覚や幻覚が発作的に起こり、発作後に本人はこれらの異常行動を思い出すことができません。
大抵の子供は成長するに従って、発作を起こさなくなります。成人が夜驚症の発作を起こす場合は、精神的な不安やストレス、アルコール依存が関連していることがあります。治療には、抗うつ薬が有効である場合があります。
薬物依存症
■精神依存と身体依存の両面がある精神疾患
薬物依存症とは、麻薬、覚醒(かくせい)剤、睡眠薬、精神安定剤などの薬物の摂取によって得られる精神的、肉体的な薬理作用に強く捕らわれて、自らの意思で連用行動をコントロールできなくなり、強迫的に連用行為を繰り返す精神疾患。
医学上は、依存性のある治療薬など、あらゆる薬物への依存が薬物依存症に含められます。また、「薬物」を法制上禁止されている薬物という意味合いに捕らえ、特に麻薬や違法とされる向精神薬、覚醒剤などによる薬物依存症のことを指す言葉として用いられることもあります。
薬物依存症を引き起こす薬物は、中枢神経系を興奮させたり抑制したりして、心の在り方を変える作用を持っています。これらの薬物を連用していると耐性がつき、同じ効果を求めて使用の回数や量を増やしていくうちにコントロールが利かなくなって、連続的、強迫的に使用する状態になります。
薬物依存症には、最初の使用で味わった気持ちよさや高揚感を求めたり、あるいは気分の落ち込み、イライラ、不安などを解消するために薬物を求める精神依存と、薬物の連用を中断すると特有の離脱症状(禁断症状)を示す身体依存との両面があります。
離脱症状とは、摂取した薬物が体から分解、排出され、血中濃度が下がってきた際に起こるもので、イライラを始めとした生理的に不快な感覚です。このような離脱症状を回避するために、再び薬物を摂取することを繰り返し、やがて薬物依存症という段階に足を踏み入れることとなります。
そのために、薬物使用によって身体障害や精神障害を始め、社会的な問題である退学、失業、離婚、借金、事故、犯罪などが引き起こされていても、誘われたり薬物を目の前にすると、使用したいという渇望感が強くなり、手を出してしまうのです。
摂取した薬物の種類や量、摂取の期間は発症者によってまちまちでも、依存に向かうプロセスは驚くほど共通しています。
薬物依存症でみられる一般的な症状としては、急性中毒症状、 精神依存の表現である薬物探索行動、身体依存の表現である各薬物に特有な離脱症状、さらに薬物の慢性使用による身体障害の症状と精神障害の症状があります。
何とかして薬物を入手しようとする行動を薬物探索行動といいますが、うそをついたり、多額の借金をしたり、万引きや恐喝、売春、薬物密売などの事件を起こすこともしばしばあります。
日本で流行している乱用薬物では、比較的高率に幻視、幻聴、身体幻覚や被害関係妄想、嫉妬(しっと)妄想などを主体とする中毒性精神病を合併し、まともな判断ができないために、凶暴な事件にもつながりやすいのです。
平成19年(2007年)における薬物事犯の件数は、 大麻によるものが3282件、覚醒剤によるものが16929件、向精神薬によるものが1088件、アヘンによるものが57件となっています。
■麻薬、覚醒剤、睡眠薬、精神安定剤への依存
麻薬依存
アヘン、ヘロイン、モルヒネ、コデイン、コカイン、LSD、MDMA、大麻(マリファナ)などの麻薬依存は、比較的手に入りやすい医療関係者や、手術、痛みのために麻薬注射を受けた人などが陥りやすい傾向があります。
最初は主に鎮痛の目的で使うわけですが、それがやがて習慣となり、痛みもないのに、麻薬による陶酔感や酩酊(めいてい)感を求めるようになります。
離脱症状としては、不眠、発汗、寒け、胃腸障害、不快感などで、相当に激しく、ついまた麻薬に手を出すという悪循環を繰り返します。
大麻の場合では、葉などをあぶってその煙を吸うため、乱用すると気管支や、のどを痛めるほか、免疫力の低下や白血球の減少などの深刻な症状も示します。大麻精神病と呼ばれる独特の妄想や異常行動、思考力低下などを引き起こす場合もあります。また、乱用を止めてもフラッシュバックという後遺症が長期に渡って残るため、軽い気持ちで始めたつもりが一生の問題となってしまうこともあります。
覚醒剤依存
メタンフェタミン、いわゆるヒロポンへの依存が代表的なものです。戦後多発し、大きな社会問題となりましたが、厳しい取り締まりで一時は廃れていました。しかし、最近はまた増える傾向にあります。
初めは眠気覚まし、疲労回復の目的で使うのですが、効果が著しいために、続けていると病み付きになり、やがて離脱症状が出てきてやめられなくなります。
覚醒剤で困るのは、統合失調症と似たような状態になること。幻聴、幻視などの幻覚や、被害妄想が出てきます。これが各種の犯罪行為の原因になったり、さらに進行すると、自閉的な生活に落ち込み、廃人同様の身になることもあります。
睡眠薬依存
睡眠薬は比較的に手に入りやすく、しかも常用する人が多いため、注意が必要です。麻薬や覚醒剤と異なり、睡眠薬は体に障害を引き起こすのではなく、これがないと眠れないという精神依存が一番の副作用となります。
しかし、長期間、使用を続けていると、耐性が次第に上がってしまい、同じ効果を出すには、ますます多量の薬を必要とするようになります。感情の不安定や能率の低下、意欲の衰え、時には幻覚、妄想、けいれん発作などの副作用が起こることもあります。
睡眠薬を使う場合には、自己判断で使わないで、医師の指示に基づいて使用することが大切です。
精神安定剤への依存
トランキライザー(抗不安薬)などの精神安定剤も、睡眠薬と似たような面を持っているので、安易に使うのは禁物。実際、ろれつが回らなくなったり、のどが渇いたり、体がふらふらしたりする副作用も問題になりますが、使用をやめられなくなる精神依存を招くことに気を付けねばなりません。
自己判断で精神安定剤を使うケースでは、とかく同一の薬を長く服用することになりがちで、次第に量が増えていってしまいます。こういう服用の仕方が一番危険で、精神依存を招き寄せているようなもの。
精神安定剤には実に多くの種類があり、取捨選択してうまく使いこなすのは専門家でも難しいくらいですので、医師に相談の上で使うことが大切です。
■検査と診断と治療
薬物依存症という段階にいったん足を踏み入れたら、意志の力で使用をコントロールすることはできなくなります。たとえ一時的に使用をやめたり、薬物の種類を変えたり、量を変えたりしてコントロールしているように見えても、結局は元のような使用に戻ったり、別の薬物にすり替わっただけだったりします。そして、やがては生活のすべてを犠牲にしても薬物を求めるようになります。
いずれの薬物依存症でも、早く入院させて薬物の使用をやめさせることが必要となります。そして、精神科専門医によって、薬物を連用するに至った原因を探り、精神療法などの方法で矯正していくことが大切です。
医師による薬物依存症の診断は、本人や家族などからきちんと使用薬物や使用状況、離脱症状の経過などが聴取できれば、比較的容易です。
合併する肝臓障害、末梢(まっしょう)神経障害などの身体障害や精神障害は、それぞれ専門的な診断を必要とします。静脈内注射による使用者では、特にB型肝炎、C型肝炎、HIV感染をチェックする必要があります。
中毒性精神病が発病していれば、薬物から隔離、禁断するために、精神科病院への入院が必要。本人が承諾しない時は、家族の依頼と精神保健指定医の診断によって、医療保護入院で対応します。
中毒性精神病を合併しない場合では、できるだけ本人から治療意欲を引き出して、任意入院で対応するのが原則となります。
なお、麻薬に指定されているアヘン、ヘロイン、モルヒネ、コデイン、コカイン、LSD、MDMA、大麻(マリファナ)のほか、覚醒剤、幻覚剤、精神安定剤、トルエン、シンナーといった有機溶剤など法的に規制された薬物による依存を診断した医師には、「麻薬および向精神薬取締法」によって届け出の義務が課せられています。
薬物依存症の治療に関しては、オールマイティーな治療プログラムはありませんが、周囲にいる家族などの協力が求められます。
薬物依存症の治療の主体は依存者自身なのですが、薬物依存の結果引き起こされた借金や事故、事件などの問題に対して、周囲にいる家族などが後始末をつけたり、転ばぬ先の杖(つえ)を出している限り、周囲の努力は決して報われることはありません。
依存者の薬物中心の生活に巻き込まれて、際限なく依存者の生活を丸抱えで支えている家族などは、イネイブラーと呼ばれています。このイネイブラーの役割を演じている家族などが、自分の行っている支援にきちんと限界を設け、各種の問題の責任を依存者自身に引き受けさせるようにしていけば、依存者は底付き体験によって断薬を決意することもあります。
底付き体験とは、社会の底辺にまで身を落とすということではありません。自分の本来あるべき姿、例えば同級生の現状で代表される姿などと、現在の自分の姿を比較して、このままではどうしようもないと自覚することをいいます。
さらに、断薬継続のためには、同じような境遇の人々が集まり、お互いに影響を与えるNA(ナルコティクス・アノニマス)などの自助グループに参加することが、有効な場合もあります。
なお、喫煙、飲酒を経験したことのある未成年者は、薬物乱用、依存のハイリスク集団です。薬物の乱用、依存は素人でも診断できてしまい、素人判断で対応をしてしまうことが、かえって重症化を進めてしまいます。
トルエン、シンナーなどの有機溶剤、メタンフェタミンなどの覚醒剤などを乱用している疑いがあれば、早期に児童相談所、教育相談所、地元警察署少年課、精神保健福祉センター、薬物依存専門の精神科病院に相談することが、重症化を防ぐことにつながります。
腰椎椎間板ヘルニア
■腰椎の椎間板の一部がずれて、神経を圧迫する疾患
腰椎椎間板(ようついついかんばん)ヘルニアとは、脊柱(せきちゅう)のうち腰部にある腰椎の椎間板の一部がずれ、神経を圧迫する疾患。頸椎(けいつい)、胸椎など、どこにでも発生する椎間板ヘルニアの1つです。
腰椎は、脊柱(背骨)のうちで腰の部分を構成する骨で、5つの椎骨からなります。上から第1腰椎、第2腰椎と呼び、一番下が第5腰椎。その椎骨の連結の主な部分は、前部の椎体と後部の脊椎関節突起で、前部の椎体と椎体の間にはそれぞれ椎間板が挟まっていて、クッションのような役割を果たしています。椎間板は円板状の軟骨組織で、中心部に髄核と呼ばれるゼラチン状の軟らかい組織があり、それを線維輪と呼ばれる丈夫な組織が取り囲んでいます。
体重や外部からの荷重が椎体に加わると、椎間板が分散して受け止めて次の椎体に伝え、ある程度弾力的に伸縮するために、背中や腰を曲げたり伸ばしたりすることができるような構造になっています。
ところが、椎間板には血管がないために、何かの具合で損傷を受けると、回復が遅い上に組織の老化的な変性が起こりやすく、そこに荷重が加わると線維輪に亀裂(きれつ)が入り、中にある髄核が脱出して腰椎椎間板ヘルニアを起こします。
脱出は前でも横でもどちらの方向へ出てもヘルニアですが、後方へ出たのが一番問題になります。後方の脊柱管には、脊髄ないし馬尾(ばび)神経と、それから枝分かれして末梢(まっしょう)へ分布する神経の根部があるため、ヘルニアによって圧迫されると激しい痛みやまひを起こすからです。
腰椎椎間板ヘルニアは、第4、第5腰椎間に起こることが最も多く、次いで第5腰椎とその下の仙椎間に多く認められ、10歳代の後半から30歳代までの比較的若い年齢層によく起こります。
切っ掛けとなるのは、重い物を持ち上げようとした時や、体をひねった時などです。腰がぎくりとして、そのまま立ち上がれなくなったというような急性腰痛症(ぎっくり腰)の症状で現れるのが一般的。また、顔を洗おうとして前かがみになった拍子とか、特別な動作をしないのに自然に起こることもあります。
初期は腰痛のみのことが多いのですが、次第に脚の痛みやしびれを伴ってきます。腰痛と左右どちらかの脚の痛みを現すことが多いのですが、時に両脚のしびれを来すことがあります。この脚の症状は、座骨神経を刺激することによって起こる座骨神経痛です。仰向けに寝て、ひざを伸ばしたまま痛む側の足を上げようとしても、痛みがひどくなって十分に上げられません。若年者の腰椎椎間板ヘルニアでは、脚の症状がなく腰痛のみのこともあります。
さらに症状が進むと、運動神経も障害されるようになり、脚の筋力が低下します。排尿障害、排便機能の異常が現れることもあります。
第4腰椎以下の下部腰椎部のヘルニアは、片側だけの症状にとどまることが多いのに対し、第3腰椎以上の上部腰椎部の場合は、両側に症状が起こることが多く、脊髄腫瘍(しゅよう)と同じような症状を現すことがあるので、その区別が必要になります。
■腰椎椎間板ヘルニアの検査と診断と治療
腰痛だけではなく、脚の痛み、特にひざよりも先まで痛みがある場合は、整形外科を受診します。無理に腰椎部に外力を加えると、まひ症状が増悪することがあるので、安静を心掛けます。
医師による診断では、問診を重視し、腱反射異常、知覚障害、筋力低下などを検査して、どの神経が壊れているかを検討します。レントゲン検査で、腰椎のずれたり、ぐらぐらする状態や、椎間板の軟骨が磨り減り、つぶれた状態、脊髄を取り囲んでいる骨の状態などを検討します。
レントゲン検査では主に骨の情報しか得られないので、詳細な検討にはMRI検査が必要となります。近年は、MRI検査によって診断が容易になりましたが、無症候性のヘルニアが多数見付かる問題も生じています。症例によっては、脊髄腫瘍との見極めが必要となる場合もあります。
治療では、骨盤の牽引(けんいん)療法が効果的です。腰部の牽引と休止を繰り返すことにより、痛み、しびれを緩和します。局所の安静のためには、腰部のコルセットなども効果的です。
薬物療法としては、非ステロイド性消炎鎮痛剤、筋弛緩(しかん)剤、神経賦活剤、ビタミンB製剤などが投与されます。痛みが長期に渡って慢性化した場合や、心的因子やストレスが関与していると思われる場合は、不安や緊張の緩和と筋弛緩作用を期待して抗不安剤が投与されることもあります。速効性を要する時には、脊髄の硬膜外ブロック療法といって、脊髄の硬膜外腔(がいくう)に麻酔薬を注射し、痛みをとる方法が用いられます。
血行を促進し筋肉の凝りや痛みを軽減するためにホットパックなどの温熱療法、体操療法、腰部のストレッチング、筋力強化訓練などで改善が得られることもあります。
以上のような手術をしないで治す保存的療法で効果がない時には、脱出して神経を圧迫している髄核を摘出する手術や、その後の再発予防のために、骨を移植して2つの脊椎を癒着させて動かないようにする、脊椎固定手術などが行われます。移植する骨は、骨盤の骨でベルトのかかる部分に当たる腸骨から採取します。
ライム病
海外の草原や、やぶを歩いた際に、ボレリアという病原微生物を保有するマダニに刺されて、発症する全身性スピロヘータ感染症です。ヨーロッパで感染すると皮膚症状が、北アメリカで感染すると関節炎の症状が、目立ちます。
症状としては、数日~数週のうちにマダニに刺された部位からしだいに遠心状に、輪状の赤いみみず張れが拡大していきます。やがて、ボレリアが血液によって全身に運ばれ、発熱、筋肉痛、関節痛に引き続いて髄膜炎、顔面神経まひ、脳炎、心筋炎などを起こします。
治療にはペニシリン系、テトラサイクリン系の抗生物質が有効で、近年はセフェム系抗生物質も用いられています。
リウマチ性多発筋痛症
■首、肩、腰の筋肉痛やこわばりが起こる疾患
リウマチ性多発筋痛症とは、首、肩、腰の筋肉痛やこわばりが起こる慢性炎症性の疾患。50歳以上、特に60歳の中高年の人に多くみられ、やや女性に多いと見なされています。
原因は不明で、前兆になるような感染症などは特に知られていません。
筋肉症状、全身症状、関節症状の3つが、主な症状です。体の中心に近い部分の筋肉の痛みやこわばりから始まり、微熱、全身のだるさ、食欲不振、体重減少などの全身症状と、関節の痛みを伴います。これらの症状が急速に出現して、2週間ほどの短期間に病勢はピークに達します。
筋肉のこわばりは、関節リウマチのように朝起きてすぐが最も強く、体を動かすうちに和らいできます。筋肉痛は首、肩周囲、腰部、臀(でん)部、大腿(だいたい)部にみられ、押さえたり、運動してもそれほど変わらないのが特徴です。また、筋肉には赤みやはれなどはなく、筋力が弱くなったと感じることもありません。関節症状は、主として痛みが肩、膝(ひざ)、手首の関節やその周囲に見られ、関節そのものがはれたりすることはほとんどありません。
20〜30パーセント前後の発症者では、側頭動脈炎(巨細胞性動脈炎)という膠原(こうげん)病疾患を合併し、ズキンズキンとした拍動性頭痛と圧痛を一方のこめかみに生じ、視力障害をみることもあります。
症状は、急に始まることが多いのですが、治療しないとそのまま続くため、数カ月にわたって徐々に進んだようにみえることもあります。
■リウマチ性多発筋痛症の検査と診断と治療
リウマチ性多発筋痛症は正しく診断されればコントロールが可能なので、この疾患が疑われたら、なるべく早くリウマチ専門医の診察を受けることが大切となります。
この疾患の診断を確定する特有な検査はありませんが、体の炎症症状を示す赤沈検査や血清CRP濃度が高値となるほか、軽い赤血球数の減少と、白血球数および血小板数の増加がみられます。一方、筋痛があるにもかかわらず、多発性筋炎にみられるような筋肉由来の血清酵素の増加はみられません。また、リウマトイド因子や抗核抗体などの免疫異常は、通常認められません。
検査所見のほか、筋肉症状、全身症状、関節症状など、それぞれの特徴を組み合わせて診断されます。なお、側頭動脈炎を合併する場合は、血管造影検査や組織を一部取る生検(病理検査)が必要なことがあります。
治療には、副腎(ふくじん)皮質ホルモン(ステロイド剤)が有効です。筋肉痛には、非ステロイド性消炎鎮痛剤も効果的です。治療開始後1〜2週間以内に症状が改善し始めるケースも多く、改善が得られたら、少しずつ薬剤を減量します。一定の減量が得られた後も、1年以上のステロイド治療が必要なケースが多く、副作用である骨粗鬆(こつそしょう)症の対策が必須になります。ステロイド療法の効き目が悪いケースでは、時に免疫抑制剤が使われることもあります。
良性発作性めまい
■頭の位置加減によって、突然めまいが起こる良性の障害
良性発作性めまいとは、急に頭を動かすなど頭の位置加減によって、突然めまいが起こる障害。良性発作性頭位めまい、良性発作性頭位変換性めまいとも呼ばれます。
耳が原因で起こるめまいの中で最も頻度の高いもので、発症年齢は20~70歳代までに渡り、好発年齢は50~70歳代です。男女比では、女性が男性の1.8倍とやや多くなっています。
ほとんどの場合、起き上がる、横たわる、寝返りを打つ、見上げるために頭を後ろに反らすなど、頭の位置を変える動作が引き金になって、急激に回転性の激しいめまいが起こります。人によって、めまいが起こりやすい頭の位置があります。
症状は数秒から数分で自然に落ち着くことがほとんどですが、また頭を動かすとめまいが反復します。吐き気を伴うこともあります。通常、耳鳴りや難聴などの聴覚の症状、 頭痛、しびれ、体のふらつきは自覚しません。2~3週間くらいは、何度かめまいが起こります。
この良性発作性めまいは、内耳の中の耳石が頭の位置により、バランス機能を補助している三半規管の中に入り込んで、三半規管の有毛細胞を刺激するために起こります。
耳の一番奥にある内耳は、聴覚器官である蝸牛(かぎゅう)と、平衡器官である前庭という二つの部分から構成されています。そして、前庭器官にある耳石器の上には、炭酸カルシウムでできている耳石が多数乗っています。正常であれば、頭が動くと耳石が三半規管の内側にある神経受容体(毛細胞)を刺激し、これらの細胞が頭の動いた方向を示す信号を脳へ送ります。
しかし、この耳石が何らかの原因で本来の位置からずれ、入り込んだ三半規管内の1カ所で塊になって浮遊したり、三半規管内のクプラと呼ばれる部位に付着することがあります。この状態で頭を動かすと、過大な信号が送られ、頭が実際以上に動いたとする誤った情報が脳へ伝わります。この誤った情報と目からの情報にずれが生じると、回転性めまいの発作が起こるのです。
良性発作性めまいを起こしやすいのは、交通事故などで頭部外傷を負った人、慢性中耳炎を患う人、過去に結核を患いストレプトマイシンでの治療を受けたことのある人、中耳ないし、あぶみ骨の手術を受けた人とされています。
回転性めまいを起こす姿勢をとらなければ避けられますので、めまい発作の起こる頭の位置を見付け、その頭位を避けるようにして対処します。
■良性発作性めまいの検査と診断と治療
良性発作性めまいは、次第に症状が軽くなってくることが多く、それほど深刻な疾患ではありません。通常は2~3週間で治癒しますから、心理面でもそれほど怖くないのですが、中には、まためまい発作が襲ってくるのではないかと不安を募らせ、恐怖心を抱く人もいます。また、この疾患に似た症状で、内耳の障害ではなく脳の疾患の場合もありますので、耳鼻咽喉(いんこう)科の専門医の診断を受けます。
医師による検査では、めまいが起こる頭の位置で眼振(がんしん)が現れ、次第に増強、減弱します。眼振というのは、眼球が不随意に小刻みに揺れ動く状態。ほとんどの場合、聴力検査、温度眼振検査で異常を認めることはありません。まれに、温度眼振検査で患っている側の耳の温度反応が高度に低下したり、反応がなくなったりすることもあります。体全体のバランスが悪くなることはありません。
治療としては、内耳の機能を改善するための抗めまい剤や脳循環改善剤、ビタミン剤、めまいに伴う吐き気を抑える抗ヒスタミン剤などが用いられます。めまい発作ががまた出るのではないかという不安、恐怖心が強い人には、心理的不安を取り除くための抗不安剤などが用いられることもあります。
めまいが少し軽くなってきたら、積極的にめまいが起こりやすい頭の位置をとるといった理学療法によるリハビリテーションをすることも治癒を早めます。その頭位を何度も繰り返しとると、その都度めまいは出現するものの、次第に軽くなって、やがてめまいは消失します。
最近では、エプリー法、パーンズ法、セモン法などといって、頭位と体位を変換する姿勢をとることで、遊離した耳石の塊をほぐして三半規管全体に再度行き渡らせる理学療法が開発され、良好な成績を上げています。エプリー法などにより、およそ9割以上の発症者は薬を使わずに、回転性めまいが治っています。発症者の一部は回転性めまいを再発するため、エプリー法などを自宅で繰り返し行う必要があります。
理学療法が全く効果を発揮しないで、めまいの症状が反復して起こる場合には、手術が行われることもありますが、きわめてまれなケースです。このような場合、手術を検討する以前に、この疾患と同様な症状であっても、内耳障害ではなく脳障害の場合があるので、専門医の診断が必要となります。
リンパ浮腫
■リンパの流れが悪くなり、手や足にむくみが出る疾患
リンパ浮腫とは、リンパ系に循環障害が起こり、リンパの流れが悪くなって腕や脚に腫(は)れ、むくみが出たり、皮膚が厚く硬くなったりする疾患。腕や脚の一本に発症することもあれば、両腕両脚に伴って生じることもあります。
リンパ系というものは、健康を保つために重要な役割を担っています。リンパ系は、蛋白(たんぱく)質を豊富に含むリンパ液の流れを体に循環させ、バクテリア、ウイルス、老廃物などを集めます。これらをリンパ管を通して、リンパ節に運び、リンパ節の中のリンパ球という感染と戦う細胞でろ過して取り除きます。リンパ液は静脈の毛細血管に吸収され、老廃物などは最終的には体から排出されます。
何らかの異常でリンパの流れが悪くなると、リンパ管の内容物がリンパ管の外にしみ出し、むくみが現れます。特に重要なのが蛋白質で、蛋白質がリンパ管から漏れて組織内に蓄積されると、組織細胞の変性と線維化が起こり、その部分の皮膚が次第に厚く硬くなっていきます。
このリンパ浮腫には、生まれた時からある一次性(先天性)リンパ浮腫と、後になって発症する二次性(後天性)リンパ浮腫があります。
一次性リンパ浮腫は、リンパ管の数が少なすぎて、すべてのリンパ液を処理できないために生じます。ほぼ脚に腫れやむくみが起こり、腕にも起こることがあります。男性よりも女性にはるかに多くみられます。
まれに、生まれた時に腫れが明らかなことがあります。普通は、乳児ではリンパ液の量が少ないため、少ないリンパ管でも処理できます。大抵の場合、浮腫が生じるのはもっと成長してからの思春期から20歳のころで、リンパ液の量が増えて少ないリンパ管では処理しきれなくなってからです。浮腫は片脚あるいは両脚に、徐々に始まります。
リンパ浮腫の最初の徴候は、片脚あるいは両脚の腫れ。夕方になると靴がきつく感じるようになり、足の皮膚に靴の跡が残ることもあります。痛みや皮膚の色の変化はなく、翌朝になると腫れは消えます。時間とともに悪化すると、より腫れが著しくなり、1晩休んでも完全には消えなくなります。そのまま放置しておくと、次第に腫れやむくみは消えてなくなり、皮膚が硬くなってきます。中には、むくんだ手や脚が極端に太くなり、皮膚や皮下組織がガサガサと厚く硬くなって象の皮膚のようになることがあります。このようになると象皮病と呼ばれますが、これが筋肉に及ぶことはありません。
二次性リンパ浮腫は、一次性リンパ浮腫よりも多くみられます。大きな手術の後に起こるのが典型的で、乳がん、子宮がん、前立腺(せん)がんなどの治療で広い範囲のリンパ節やリンパ管を切除したり、放射線療法を行ったりした後、特にみられます。例えば、がんが発生した乳房と関連するリンパ節を切除すると、腕がむくみやすくなります。日本ではきわめてまれですが、熱帯地域の寄生虫であるフィラリアに感染した場合も、二次性リンパ浮腫がみられます。
二次性リンパ浮腫では、皮膚は健康にみえますが、むくみや腫れが生じます。むくんでいる部分を指で押しても、静脈の血流の異常によるむくみほど指の跡がはっきりと残ることはありません。リンパ管炎や組織の炎症を合併すると、リンパ浮腫は悪化します。フィラリアに感染した場合を除いて、象皮病になることはありません。
■リンパ浮腫の検査と診断と治療
皮膚の線維化前であれば治療効果は高いので、原因を見分けるためにも、腕や脚に浮腫がみられたら内科を受診します。
医師による診断ではまず、浮腫の原因となる低栄養、静脈不全、心不全、肥満などと区別します。次には、アイソトープによるリンパ管造影を行うのが一般的で、リンパ管での取り込み不良、不均一性、リンパ節の活性低下などから、リンパ浮腫を診断します。二次性リンパ浮腫の原因である手術後や悪性腫瘍(しゅよう)の検査のためにはCTも有効で、静脈性浮腫との区別には静脈造影が有効です。
リンパ浮腫を完全に治す方法はありません。軽症のリンパ浮腫の場合は、圧迫包帯によってむくみを軽減できます。より重症の場合は、空気圧で調整する特殊なストッキングを毎日1〜2時間身に着けることによって、むくみを軽減できます。いったんむくみが軽くなったら、毎日朝起きてから夜寝るまで、膝(ひざ)上までの弾性ストッキングを履いている必要があります。この方法で、むくみをある程度コントロールできます。
腕のリンパ浮腫の場合は、脚と同様に空気圧で調整する腕当てを毎日着用して、むくみを軽減します。弾性の腕当ても使えます。象皮病の場合は、広範囲な手術を行って皮下の腫れた組織のほとんどを切除します。皮膚が線維化し、組織の炎症を繰り返して、腕や脚が赤くなったり熱を持つ例では、リンパ誘導手術、リンパ管静脈吻合(ふんごう)手術などを行う場合があります。
日常生活では、腕や脚を高く上げておいたり、マッサージ、軽い運動、温浴などを心掛けることが大切です。むくみのない場合は、弾性ストッキングや弾性腕当ては一般的に必要ありません。
肋間神経痛
肋間(ろっかん)神経痛とは、肋骨(ろっこつ)に沿って走る肋間神経に、何らかの原因で痛みが現れるものです。発作性に起こるケースと、慢性持続性に起こるケースとがあります。
痛みはふつう片側に起こり、針で刺されたような鋭い痛みが繰り返し起こりますが、持続するのは短時間。深呼吸やせきなどで、痛みが誘発されます。
発病は中年以降に多く、原因が不明のものと明らかなものがあります。後者では、帯状疱疹(ほうしん)の治療後に、激痛発作を繰り返すことがあります。コックサッキーウイルスの感染や、風邪などが原因でも起こります。
時には、肋骨カリエスや肋骨へのがんの転移によることもあり、また、狭心症、胸膜炎など胸部の内臓疾患の放射痛として起こることもあり、その識別が大切。
治療においては、ふつうの鎮痛剤でも比較的よく効きますが、痛みが激しい場合には、その神経、あるいは神経根をアルコール注射で麻酔したり、切除することもあります。催眠剤や向精神薬として用いられるトフラニールなどの服用も、有効です。
ワイル病
ワイル病は、黄疸(おうだん)出血性レプトスピラが犬や鼠(ねずみ)に感染し、その尿に汚染された水や土から経皮的、経口的に人間へと感染する病気です。レプトスピラとは、螺旋(らせん)状の特殊な細菌の一群であるスピロヘータの一種です。
ドイツの医師ワイルにより、1886年に初めて報告され、日本の稲田龍吉、井戸泰両博士により、1915年に世界で初めて病原体が発見されました。
日本では「秋疫(しゅうとう)」、「七日病(なのかびょう)」と呼ばれる地方病として、農作業や土木従事者の間で発症していましたが、現在は沖縄県で散発性に発生するのみです。
ワイル病を含め、レプトスピラによる感染症を総称して「レプトスピラ病」と呼びますが、国外では現在でも、全世界的にレプトスピラ病が流行しています。ブラジル、ニカラグアなどの中南米や、フィリピン、タイなどの東南アジアといった、熱帯、亜熱帯の国々での大流行が挙げられます。
ワイル病の症状 には黄疸のほか、出血傾向、タンパク尿、高熱、吐き気、嘔吐(おうと)、筋肉痛、結膜充血があり、進行すると腎不全、心不全が起こる場合もあります。レプトスピラ病の経過は極めて速く、ワイル病では治療開始時期が遅れるとしばしば重症化します。
●流行地域での水辺のレジャーに注意
治療法としては、 抗生剤を早期に投与するのが有効。感染早期ではペニシリン系、テトラサイクリン系など多くの抗生剤の効果が認められ、ストレプトマイシンが最も有効です。合併症では、その治療をします。
東南アジアなど、レプトスピラ病の流行地域へ旅行した場合には、不用意に水の中に入らないことが、予防する上で重要です。特に洪水の後は、感染の危険性が高まります。また、1999年夏に沖縄八重山地域において、観光ガイドやカヤックインストラクターなど、河川でのレジャー産業に従事する人たちの集団感染が報告されていますので、水辺のレジャーにも注意が必要です。
感染の機会があり、ふくらはぎの筋肉痛や、眼球結膜の充血を伴う発熱が現れた場合には、早急に感染症内科のある医療機関を受診します。
腋臭
腋臭(わきが)とは、腋の下の汗が原因で体臭が気になる病気です。腋の下のアポクリン腺という汗腺から出た汗に含まれる脂肪酸が、皮膚についている細菌によって分解され、腋臭の臭(にお)いが発生します。また、アポクリン腺以外のもう一つの汗腺であるエクリン腺も、その臭いの発散に関わっています。
汗の臭いが気になるという人と、臭いより汗の量が多く、服に染みができて困るという人がいます。狭義では、前者を腋臭、ないし腋臭(えきしゅう)症と呼びます。後者は、多汗症といって区別します。
世界的に腋臭体質者の割合を見ると、日本人では10人に1人、中国人では30人に1人、白人では10人に8人、黒人では10人すべてとされています。
このように日本人では腋臭形質を持つ者が少数派という事情と、日本人が清潔好きという理由があいまって、自分の腋臭の症状が気になり、仕事や勉強に集中できない、臭いを嗅(か)がれるのが怖くて他人と交流できないなど、悩みを持つ人の中には、専門の医師による手術を希望するケースも多々あるようです。