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亡国の文化論

文化論の危うさ

SEibun Satow

Dec, 02. 2012

 

「道というものは、周辺の土着に支えられてではあるが、文化を通じ、文化をもりたて、そこから活力を吸収するものだろう。国際化時代というのは、道の文化の時代ということでもある。歴史は、そのダイナミズムを現代に再活性化するためにあると思う」。

森毅『文化は道から』

 

 20121116日付『朝日新聞』のオピニオン欄の「亡国って」において、最近話題の文化論の著者二人のインタビューが掲載されている。一人は『日本破滅論』の藤井聡京都大学大学院教授、もう一人は『セックスレス亡国論』の鹿島茂明治大学教授である。なお、同欄には漫才師のサンキュータツオのインタビューも載っている。

 

 これらはかつての暉峻康隆の「女子学生亡国論」を思い出させる。日本の出版には「文化論」と呼べるジャンルが根強い人気を持っている。これには日本・日本人のみならず、他の地域や人々に関するものも含まれる。また、作者が日本人であるにもかかわらず、外国人のふりをして自説を展開する場合もある。

 

 外国人を騙って文化論を述べる場合、それは著者の反動的な意見を正当化すための隠れ蓑である。イザヤ・ペンダサンの『日本人とユダヤ人』やポール・ボネの『不思議の国ニッポン』がその代表である。あまりにも偏った内容なため、義憤にかられた日本滞在の外国人特派員たちが「B・レンガ―」という集団的匿名をつくり上げ、『不思議な不思議なニッポン人』(1986)によって反論している。なお、「レンガ―」は彼らが銀座の煉瓦亭に集まったことに由来する。

 

 文化論には、対象を断片化した上で、それを自分に都合がいいように全体に拡張し、ステロタイプに基づく価値判断を加え、世間の実感に訴える特徴がある。国際比較が用いられても、基準や条件が曖昧だったり、理解が誤っていたりすることも少なくない。まったくの見当外れではないけれども、あくまで一面でしか正しくないものを全面に押し広げる。ステロタイプや実感を共通基盤にしているため、批判的姿勢がないと、読者は納得してしまう危険性がある。

 

 今日、西洋では、文化論がお大っぴら受容されることは少ない。胡散臭い、眉唾物と見なすのが通常である。ただ、大変化が起きた際、それを直観的に納得するために、文化論が流行することはある。近い例で言うと、サミュエル・ハッチントンの『文明の衝突』(1996)がそうである。

 

 もちろん、欧米でも文化論が政治的言説を支配する事態に至った歴史がある。19世紀には黄禍論や社会進化論が統治者の間でも受け入れられ、第一次世界大戦後にはオズワルド・シュペングラーの『西洋の没落』(1922)がベストセラーになっている。

 

 しかし、ナチズムの経験から第二次世界大戦後、文化論は短絡的な主観主義として警戒視される。エドワード・サイードは、『オリエンタリズム』(1978)において、文化論的思考を徹底的に批判する。西洋人にとっての東洋は自分たちの願望の投影である。アカデミズムでも自説の根拠を素朴に国民性など文化領域に求めるのは不徹底として糾弾される。共同意識があるとしても、それに安易に頼ることなく、構造主義や合理主義による十分な検討が優先される必要がある。共同体の集合意識は、比較の伴った実証性の高い大規模な社会調査が不可欠である。

 

 日本においても、アカデミズムでは、国際的な水準を維持しなければならないから、同様の認識が共有されている。安直な文化論への依存は怠惰の証である。しかし、マスメディアの世界は状況が異なる。文化論がまかり通っている。大半の文化論は、社会心理学学者を始め多くの学者が指摘しているように、観念論の域を出ない。けれども、その批判が傾聴されることは決して多くない。

 

 低迷する日本の製造業を鼓舞したいという思惑はわかりが、安易な文化論への依存はいただけない。野村進拓殖大学教授は、『千年、働いてきました』(2006)において、各種のデータを国際比較をした上で、世界的に日本に長寿企業が多いことを指摘している。けれども、その理由に関しては「職人を尊ぶ」など文化論による説明にとどまっている。

 

 前近代において事業体の存続はそれが属する共同体の相続の慣習や制度に影響される。しかし、野村教授の著作にはそうした記述が見られない。イスラーム圏では、相続の規定上、長寿企業はあり得ない。イスラーム法は女性を含む均分相続制を採用している。江戸や明治の日本のような家督相続ではない。相続財産は、葬式代と債務を支払った後、3分の1を最大とする遺言による相続分を除いた残りが相当する。時代や社会によって若干解釈が異なるものの、すべての権利者の間で不動産を含む財産が平等に分割される。加えて、イスラーム法では養子の制度がない。日本のように養子や婿養子をとって家を継がせることができない。この制度からは長寿企業が生まれにくい。この考えに則れば、老舗企業の存続は富の独占が続いていることでもあり、必ずしも肯定的に評価できない。

 

 日本でも時代によって相続の制度が変わっている。平安時代の貴族社会では通い婚が通常だったので、財産相続は娘がするものである。紀長谷雄の漢詩『貧女吟』には財産目当てで結婚し、散財した挙げ句、家が傾くと、妻を捨てるひどい男が登場している。野村教授の考察は、文化論を結論に用いたため、こうした認識の深まりを閉ざすことになってしまう。

 

 さらに、文化論への許容がカタルーニャ文学賞の授賞式での村上春樹のスピーチを許している。311から3か月足らずの時期に、村上春樹は、フクシマが現在進行中であるにもかかわらず、それ以前と同様の光景が東京で見られるのは日本人が「無常」に囚われているからだと世界に向けて主張している。ラッシュも続いているし、人口減も起きていない。それは日本人には無情観があるからだ。村上春樹は未曾有の災害・事故に関して文化論を展開することが適切だと思っている。正直、日本を代表するとされた小説家が世界に向けて文化論を語っている姿は恥ずかしくもあり、情けなくもある。

 

 阪神・淡路大震災の後、神戸から人口が流出し、戦後初めて都市が人口減の事態に陥る。これは衝撃的であったため、報道等でも取り上げられている。この経験を踏まえるならば、人口流出はいずれ起こると推測するべきである。フクシマを考慮すると、東京から諸般の事情により移動できないでいるだけで、予備軍はかなりの数いると予測できる。また、望まなくても、仕事の都合上から移動せざるを得ない人々もいるだろう。村上春樹の主張はあまりにも想像力に欠ける。

 

 「文化」は暗黙知の別名として使われる。「企業文化」や「政治文化」、「文化資本」のように、明示化しにくい土壌や体質といった暗黙知を指してその語が用いられる。暗黙知は共同体やネットワーク内である期間の繰り返しを経て蓄積・内在化された習慣・知識である。暗黙知を明示知にするには、体系的・総合的・有機的知識・認識が必須である。暗黙知は繰り返しによって体得されている。元々断片的に会得しているので、その理由を他との関係から説明することが困難である。

 

 ネイティブ・スピーカーにとっての母語は暗黙知の典型である。彼らの大半は話せるが、わかっていない。一例を挙げよう。

 

 私はその本を読む。

 

 これを可能の意味に改める場合、二つの方法がある。

 

 A 私はその本を読むことができる。

 B 私はその本が読める。

 

 Aは動詞の辞書の形に「ことができる」をつけるだけなので、特に問題がない。一方、Bは「読む(yomu)」の-u-eruに変更して「読める(yomeru)」とし、助詞の「を」を「が」に入れ替えなければならない。動詞の最後の音が-uである場合、可能への返還はこのような規則を持っている。

 

 ただし、「を」の前に動く場所がきている時は、そのままとする。

 

 A 飛行機は空を飛ぶ。

 B 飛行機は空を飛べる。

 

 付け加えると、いわゆるら抜き言葉は可能と受け身が同じ動詞において、前者の用法の際に使われる。

 

 受身 赤ずきんは狼に食べられる。

 可能 コプト教徒は豚肉が食べられる。

 

 「食べる」はこのように受け身と可能が同じ形をしている。このうち、ら抜きにできるのは後者だけである。

 

 * 赤ずきんは狼に食べれる。

   コプト教徒は豚肉が食べれる。

 

 *は言語学の非文を示す記号である。この意味で、ら抜き言葉は意味を厳密に区別する機能を果たしている。通常、言語の用法は正のエントロピー増大に向かうけれども、ら抜きは逆である。

 

 もっとも、身近、もしくは短い音の単語に限られ、長い音節の単語には用いられない。また、「れる」の入る単語では「ら」を抜くと、「れれ」となるので、避けられる。例えば、「調べる」は可能も受身も尊敬も同じ形であるが、ら抜きは一般的ではない。

 

 たいていの日本語の母語話者は、使いこなせているにもかかわらず、こんなことでも言われるまで気がつかない。ネイティブだからと言っても、日本語を外国人に教えられるものではない。

 

 暗黙知を明示化するには、このように体系性が必要とされることがわかるだろう。自分の認識を相対化して、体系性を志向しないと、暗黙知の形式化は困難である。こうした自覚が認められる文化論は多くはない。暗黙知は、主観的な価値判断を優先させる時、恣意的解釈に陥る。概して文化論は価値判断による納得であり、自分の認識を深めない。

 

 文化的違いは、言うまでもなく、ある。アカデミズムでは文化的差異は非常に慎重に研究されている。ここでは立ち入ることができないので、非常に単純な例を挙げよう。

 

 「浮き沈み」に相当する中国語は「沉浮」、すなわち「沈み浮き」である。日中の間で浮くと沈むの順序が逆になっている。日本語には、今調子がよくでも、浮いたものはいずれ沈むのだから、用心しておかなければいけないというニュアンスがある。一方、中国語においては、今調子が悪くても、沈んだものはいずれ浮くのだから、前向きに暮らしておきなさいとなる。なぜこんな違いがあるのかを構造主義的・合理主義的に説明することは難しい。

 

 ここで大切なのはこの相違に対してどのような態度をとるかだ。根拠を文化に求めて納得するだけでは認識の深まりにつながらない。他の見方や考え方もあるとして自分のそれを相対化し、認識を再構築することが望ましい。そうすれば、独善性にはまらずにすむ。

 

 極端な見方や考え方は、さまざまな背景の人たちとの議論があれば、その過程で修正されるものだ。恣意的文化論が流行するのは、この補正の機会が貧弱だからだと推測できる。実際、文化論は極論に陥らないための思考のフィードバックとしてではなく、その強化に利用されている。よく読むと、著者が自己絶対化していることがわかる。文化という暗黙知を明示化するなら、独善主義ではいけない。文化論は主観的価値判断を批判するためになされるべきだ。

 

 文化は多様なので、文化論が独善性に導くとしたら、それに反している。文化論ほど論者は主観性に自覚的にならないと、危うい考察に陥る。書き手自身が自らの認識を相対化するために表わされる論考が文化論に値する。その時、文化論は文化的に文化に寄与する。

〈了〉

参照文献

野村進、『千年、働いてきました』、角川oneテーマ212006

三浦徹、『イスラーム世界の歴史的展開』、放送大学教育振興会、2011

森毅、『世紀末のながめ』、毎日新聞社、1994

B・レンガー=青柳森、『不思議な不思議なニッポン人―外人記者偏見レポート』、角川文庫、1986


この本の内容は以上です。


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