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秋空クロスロォド

 上履きを履き替え校庭に出たら 雪が、降っていた。

「あ~、初雪だ!」
 一緒に教室を出たミカが嬉しそうに空を仰ぐ。
 場所は北海道、季節は秋の終わり。雪が降っても不思議では無い季節である。
 しかし、あたしにとって今年の初雪は特別な意味を持っているのだ。
「ごめん、ミカ・・・あたし、今日は予備校休むね!」
「あっ、ちょっとカオリ!?」
 驚くミカに自分の鞄を押し付け、あたしは校舎裏の駐輪場へ走った。いつもの場所に停めてあるスクーターに跨り、全速力で校門を飛び出す。頬にぶつかる冷たい雪にも構わず、あたしはスロットルを開き続けた。
 曇天の空を見上げて、思わず叫ぶ。
「天気予報は雪降るなんて言ってないじゃない!!!」
◆------------◆
 彼を見つけたのは夏の終わりの8月19日。夏休みの最終日だった。
 午前中の受験勉強を図書館で済ませたあたしが憂鬱な気持ちで家に帰ると、家の隣の空き地にでっかいテントが張られていた。その隣には古くて大きなオートバイが停まっているので、あぁ、この季節北海道でよく見かける旅人気取りの観光客か、と思った。
 この町の近くには緑豊かな国立公園があるので、バイクで旅をしている人達が数多く立ち寄るのだ。立ち寄るのなら町に幾つかある宿に泊まってお金を落として行けばいいのに、稀に空き地や休耕中の畑に勝手にテントを張る奴が居るから困る。まぁ、国立公園内のキャンプ場の使用料金が馬鹿高いという事はあたしも知っているのだけれど。
 ウチの隣は空き地だけど、そこは親戚のおじさんの私有地なんだけどなぁ、などと考えながら革靴を脱いで居間に上がると、そこでは見知らぬ男がお母さんとお婆ちゃんの3人で食事をしながら談笑していた。
 買い物帰りにお母さんの車がパンクしてしまい、困っていた所をバイクで通りかかったその男が修理してくれたのだという。食事とキャンプ地の提供はそのお礼らしい。

 男の名はナツキ。苗字は不明。大して興味も無かったので聞いていない。出身地不明、年齢不明、職業不明。まぁ、こんな所でフラフラしている奴だからどうせプーなんだろうけど。
 見た目はハタチかちょい越えたくらいで、それなりに端正な顔立ちをしている。整えた眉に茶色く染めた髪と、都会に住むイマドキの若者然とした風貌を持つが、目元や首筋まで伸びた暫く染め直していないプリン状態の髪と、まばらな無精髭がそのイメージを壊していた。しかし世の中の不平等かな。だらしがないというイメージよりは、元の素材がいいせいかワイルド系に見えない事もない。
 ダルダルのくせに何故か清潔感のある愛想の良い笑顔と柔らかい物腰で、ナツキはあっさりとお母さんとお婆ちゃんを味方に付けてしまった。人当たりの良い好青年という点において間違いはないが、実の所彼はかなりのマイペースで迷惑な性格だ。というか、あたしはコイツほど傍若無人な人間を見たことが無い。

「なぁ!」
 次の日。始業式を終えて高校から帰宅したあたしが、図書館へ行くため納屋から90ccスクーターを出していると、隣のホームレス・・・もとい、ナツキがテントから顔を出し声を掛けて来た。
「・・・何ですか?」
 あたしの嫌そうな視線と声に構う事無く、彼は笑いながら言う。
「山に登りたいんだけどさ。見晴らしの良い、おっきい山に」
 思わず眉根を寄せるあたし。えっ。いきなり何言ってんの、この人?
「ほら、今日も凄く良い天気だろ? 走りに行かなきゃ勿体ないって気になってさ。カオリちゃん、この辺りの事詳しい?」
「カオリちゃんとか馴れ馴れしく呼ぶな!」
 そう怒鳴りつつも、あたしはつい見晴しの良い山はどこかと考えていた。最近ではそんな場所に行く機会も無くなってしまったが、小さい頃は良くお父さんに山や海へ連れて行って貰ったっけ。昔の記憶を掘り起こすと、ナツキのリクエストと一致する場所に心当たりがあった。家からも薄っすらと見える大きな山。展望台からお父さんと見た景色は、今でも鮮明に覚えている。
「景色の良い山、一応知ってるけど・・・」
「本当? それじゃ案内してくれよ」
「はぁ?」
 思わず声を上げてしまうあたし。人がこれから図書館へ行って受験勉強に励もうとしているのに、何て迷惑な奴だ。
 しかし、些細な切っ掛けで思い出したお父さんとの思い出の景色を、あたしはもう一度見たくなってきた。道は覚えていないが、ここからでもその山は見えているし、何とかなるだろう。結局夏休み中も受験勉強漬けの日々だったし、時間が半端に余ってしまった今日くらいは景色の良い場所でリフレッシュというのも悪くない。それに、こんな機会でも無いと、もうあの景色を見る事はこの先無いかもしれない。
 あたしは後ろ頭をがりがりと掻くと、肩口まで伸ばした髪をひと纏めにして上着の下へと押し込んだ。
「まぁ、いいですけど・・・ちょっと遠いわよ?」
 そう言いながら、あたしはスクーターのセルボタンを押す。
「構わないよ。今日も明日も暇だし。
 宜しくたのむぜ。カオリン」
「カオリンも駄目!!」
 ナツキも自分のバイクのキックアームを踏み降ろし、エンジンに火を入れた。

 しかし、あたし達が山の展望台へ到着したのは、予定より3時間も遅れた夕刻だった。理由は単純。あたしが道に迷ったからだ。くたくたになったあたしは、駐車場に到着するなり、スクーターから転がり落ちた。
「つ、疲れた・・・」
「こらカオリン、そんな所で寝てないで、展望台登るぞ展望台!!」
「うわぁっ!」
 ナツキはアスファルトに寝転がるあたしを小脇に抱え、展望台へと続く階段を駆け上り始めた。頼む、恥ずかしいからやめてくれ。5時間以上も走り回ったのに、なんでお前はこんなにハイテンションなんだ?
 階段の一番上まで駆け上がると、山陰の暗さに慣れてしまった目に、まぶしいオレンジ色の光が射し込んだ。
『 う わ ・ ・ ・ 』
 目の前に現れた絶景に、あたし達は息を飲む。
 眼下に広がる平野と、遠くに見える海、視界の両端を埋める稜線が、全てオレンジ色に染まっていた。子供の頃に同じ景色を見ている筈だが、夕日に照らされたその景色は全く別物に見えてしまい、一瞬違う展望台に来てしまったのかと勘違いした程だ。
 ここまで来る途中に横切った川や、越えてきた峠道も、全てが小さく見えた。あたしの家や高校も見えている筈だが、これはちょっと探せそうにない。
 こうしてみると、随分と遠くまで走ってきたものだ。
 この絶景はナツキにとっても期待以上のものだったか、彼の口からは感嘆の息が漏れる。あたし達は、暫くの間言葉も無く立ち尽くしていた。

「・・・悪かったわね、着くの遅くなっちゃって」
 不意に沈黙が気まずくなり、あたしは口を開いた。
 ナツキは大げさに首を振ると、
「何言ってんだよ。まっすぐ到着してたらこんな凄い夕日見られなかっただろ。
 それに、道中もけっこう楽しかったしさ」
 楽しかった?
 川と橋梁工事に行く手を阻まれ湖沿いの道まで何十キロも遠回りしたり、山を余分に2つほど越えてしまったり、トイレを求め半泣きでコンビニを探し回った事が?
 あたしはうーんと唸ると、
「まぁ、退屈はしなかったけどね」
 思わず笑って答えてしまったあたしに、ナツキは「だろ?」と言って笑い返した。
 なかなか、いい笑顔をする奴だ。
「昔、お父さんに色んな所へ連れて行ってもらったから。
 景色の良い場所色々教えてあげるわ」



 と、その一言がいけなかった。
 それからというもの、ナツキは海が見たい、高原が見たい、キタキツネが見たいなど、子供のようなリクエストを連発したのだ。それだけならまだしも、何故かあたしが案内人としてナツキと一緒に走り回る羽目になっているので困る。
 まぁ、嫌々言いながら付き合っているあたしもあたしなのだけど。
 お父さんと見た景色を僅かな記憶を頼りに探し、ナツキに見せてやると、あいつは本当に嬉しそうな顔をするのだ。
 それに、昔連れてきて貰った場所に自分の足で行くという事が、妙な達成感というか、お父さんに近づけたような気分になり、それが嬉しくて、懐かしくて、楽しかった。

 ナツキはこの町が気に入ったのか、あたしの家の隣を拠点に北海道を走り回った。週末はあたしも巻き込まれて沢山の観光地や自然地へ足を運ぶ事になったが、なかなかに面白い。スクーターは家から遠い高校と予備校に行く為だけの物だったが、ナツキのお陰でコレとの付き合い方も変った。ただ、受験勉強が疎かになりがちなのは否めないけど。受験失敗したらナツキのせいだ。

 そして、あれは確かナツキがウニ丼を食べたいとか言い出して、道北の漁港まで行った時の事だ。抜けるような秋空とオホーツク海の鮮やかな青色を横目に、程よい距離を走りきり、心地の良い疲労感と共に港町の食堂に入った時の話。
「アンタってホントにバイクで走るの好きねー・・・。何が楽しいの?」
 あたしは向かいでウニ丼をかき込むナツキに問いかける。因みにあたしはイクラとイカのどんぶりだ。北海道の人達はみんなウニが好きだなんて思ってはいけない。
「はぁーーー・・・。
 お前はそんな無粋な事を考えるのか?」
 ナツキは心の底から呆れたような溜息を吐くと、あたしを失望の目で見据えた。
「うわームカつくわその態度・・・
 何? 考えたらいけないっての?」
 ナツキはどんぶりをテーブルに置くと、ぬるくなったお茶を一口飲む。そして、心底当然の事の様にこう言った。
「楽しい事がどうして楽しいのか。
 面白い事の何処が面白いのか。
 どうしてそんな事を考える必要がある?
 いいか。カオリン。
 楽しいと思った事は楽しい事。
 面白いと思った事は面白い事。
 それでいいだろう。余計な事を考えたら白けちまうぞ?」
「だからカオリンって呼ぶな」
 彼の中で定着しつつあるあたしの呼び名はいつものように拒絶するが、ナツキの言葉はあたしの心へストンと落ちてきた。
 うん。いや、ナツキの言う通りかもしんないけどさ・・・でも、理由が無い訳じゃないじゃん。言葉にする努力をしようよ少しは。
「そうだな・・・。
 走って、景色見て・・・腹減ったらメシ食って、眠たくなったらテントで寝て・・・って、ほらみろ。
 旅と走る事の楽しさは、言葉で言い表しても全然伝わらないんだよ」
 確かにそんなものなのかもしれない。あたしも自分の大好きな納豆の何処が好きなのか、なんて聞かれたら説得力のある言葉に出来る自信がない。
 走って景色見てご飯食べて寝て・・・と、これでは第三者が聞いても、何が楽しいのか分からないだろう。これほほど言葉にして陳腐に聞こえる物も珍しいのかもしれない。
 しかし、あたしにはナツキの言葉に込められた溢れんばかりの楽しさが分かる。この陳腐に羅列された当たり前の行動の一つ一つが、とても楽しいのである。
 分かるかな? 分かんないだろうなバイクで遠くに行った事のある人じゃないと。
「うーん・・・ホント、何が楽しくて走ってるんだろうね。あたし達?」
「さぁな。でも、楽しいからいいんだよ。何でも」
「そっかー・・・」
 ナツキのさっぱりとした結論が痛快だった。あたしは何となくニヨニヨと笑ってしまう。
 共感してくれる人が少ない事柄を、身近な人が共感してくれているという事は良い事だ。

「と言っても、いつまでもこんな事してる訳にはいかないよなぁ・・・」
 箸を止めて、ナツキが溜息をつきながら天井を仰ぐ。
 ふと翳った彼の顔に、あたしは何故か不安を覚えた。
「あんた・・・北海道にはいつまで居るのよ?」
「うん? できるだけ。
 雪が降って走れなくなるまでは、めいいっぱい楽しむつもりだよ」
 そう言うと、ナツキは店のおばちゃんにお茶のおかわりをお願いした。



 ナツキの "これから" について言葉を交わしたのは、その一度だけ。
 しかし、その言葉はあたしの耳に焼き付いていた。
 雪が降り始める頃、ナツキはいなくなってしまうのだ。

◆------------◆

 ドドドン
 湿った排気音を響かせて、古い一台のオートバイが目の前を通り過ぎた。ナツキだ。
「ちょっ・・!」
 不運にも、あたしがトンネルの出口で信号待ちをしている間の出来事だった。ナツキからではあたしに気づく事は出来なかっただろう。
 信号が青に変わるのを待たずして、あたしは慌ててナツキを追いかけた。しかし、一人で走る彼のバイクは速く、あたしのスクーターでは追いつけそうに無かった。途端にどうしようもない焦燥感に駆られる。このまま、ナツキと会えなくなってしまう気がした。
 そう思うと、あたしは無意識のうちにクラクションを鳴らし続けていた。隣を走る車のおっちゃんや、畑作業をするおばちゃんが驚いた顔であたしを見ている。何をしとるんだ、あたしは。
 そこまでして、ようやく前を走るナツキが阿呆みたいな顔をしてあたしに振り向いた。
 ナツキはゆっくりと減速して路肩にバイクを停め、あたしもナツキのすぐ後ろにスクーターを停めた。

「何やってんだ、お前。今日は予備校じゃなかったのか?」
 別に自分の足で走って来た訳でもないのに、いつの間にかあたしはぜいぜいと息を乱していた。気付けば喉も痛い。無意識ついでに走りながら何かを叫んでいたようだ。
「ゆ、雪が降り始めたから、 慌てて、帰ってきたのよ!!」
 ヘルメットを脱ぎ、膝に手を当てながら、あたしは息も絶え絶えに怒鳴った。そんなあたしにナツキは驚き、そして苦笑いを見せた。
「・・・あんな些細な会話を覚えてたのか?」
 そうだと答えるのが何故か気恥ずかしく、あたしは口ごもる。ナツキのバイクを見ると、後ろのシートにはテントや大きなダッフルバックなど、彼の持ち物の全てが括り付けられていた。
「帰っちゃうつもりだった?」
 怒っていますと言わんばかりにナツキを睨みつけてやった。
「・・・あぁ、いや、道が凍る前に町を出なきゃ帰れなくなっちまうからな。
 急いで荷物を・・纏めて・・・」
 ナツキの言葉が尻つぼみになって消える。
「って、嘘だな。
 お前と面と向ってお別れするのが嫌だったから逃げ出しました。
 ごめんなさい」
 ふざけた調子でそう言うと、90度に腰を折ってペコリと頭を下げた。あたしはその頭を叩こうとして右手を振り上げたが、
「その・・・苦手なんだ、こういうの・・・」
 自嘲するように言ったナツキに、あたしは思わず毒気を抜かれて右手を下ろしてしまった。その声色は本当に申し訳なさそうで、不遜な彼の性格には似合わないとても弱々しいものだった。
 ・・・いかん。ここでテンションを下げると当分沈みっぱなしになりそうだ。
 あたしは一度は下ろした右手をもう一度振り上げ、ばしんとナツキの後ろ頭に叩き落した。
「痛い!! 叩く事ないだろう!?」
 抗議の声を上げるナツキに取り合わず、あたしはポケットから取り出した紙袋を彼に押し付けた。訝しげな顔で紙袋を見下ろすナツキ。視線だけで、あたしに開けていいか? と聞いてきたので、あたしも無言で頷く。
「お・・・」
 僅かに驚くナツキの手には、紙袋に入っていた交通安全のお守りが収まっている。
「ちょっと前に神社で買ったのよ。
 どこにでも売ってるようなお守りだけどさ、アンタにあげるつもりだったから」
 ナツキはぽかんとした顔で突っ立っている。沈黙が重い。何か言えよ、気まずいじゃないか。
 むむむむと真一文字に噤まれたあたしの口がこれ以上引き結べなくなってきた頃、
「用はそれだけよ! じゃぁね!!」
 沈黙に耐え切れず、つい自分から話を打ち切るような事を言って、あたしは背を向けてしまった。
 そのあたしを、ナツキが呼び止めるようにして声を上げる。
「この前の! 走る事の何が面白いかって話だけどさ!!」
 背を向けたままナツキの言葉を聞くあたし。
「俺は、お前と一緒に走っていたから、楽しかったんだと思うよ」
 突然そんな言葉を投げかけられて、訳の分からない気持ちがこみ上げてきた。
 嬉しさ、寂しさ、恥ずかしさ。自分に対する呆れと、彼に対して言いたかった沢山の言葉。
 ぐちゃぐちゃに絡まった思考と感情は、あたしの喉元と言葉を詰まらせる。
 もう、ナツキに顔を向けられそうになかった。

「お守り、ありがとな。凄く嬉しいよ」
「うん、」
「俺を探して呼び止めてくれた事も。ごめん」
「うん、」
「・・・じゃ、俺、行くから」
「うん、」
「また、いつかな」
 その曖昧な言葉に、あたしは思わず大きな声で一息にまくし立てる。
「いつか、なんて適当な言葉使わないでよ!!
 来年の夏、また一緒に走るわよ! まだ案内してない所、いっぱいあるんだから!」
 いきなりそんな事を口走ったあたしを、ナツキはどんな顔で見ていたのだろう。
 暫くの沈黙の後、彼は嬉しそうな声でこう言ってくれた。
「はっ。カオリンは本当に色々なトコを知ってるんだなぁ」
「だから、カオリンって呼ぶっ・・・」
 そこが限界だった。いつものやり取りなのに、いや、いつものやり取りだからこそか。あたしの定型セリフは嗚咽に変わり、目からは涙がこぼれてしまった。
 肩を震わせ、袖でぐいぐいと目元を拭うあたしの顔の真横からナツキの手が差し伸べられた。
 あたしは振り向かず、こぶしでナツキの手のひらを叩く。パシンと子気味良い音が響き、背後のナツキが笑ったような気がした。
「また来年の夏、一緒に走ろうな!」
 ナツキがバイクのキックアームを踏み下ろす音と、エンジンに火が入る音がした。暫く何かを待つように間を置いた後、ガシャンとミッションが噛み合う金属音が鳴る。そして、叩き付けるような連続した排気音を響かせ、それは遠ざかっていった。

 濡れた頬や目を擦りながら振り向くと、ナツキの姿はもう見えなくなっていた。
 さっき、エンジンを掛けてから走り出すまでに間があったけど、ナツキはあたしが振り向くのを待っていてくれたのかな?
 だとしたら、泣き顔を見られてでも、最後にナツキの笑顔を見ときゃ良かったかな。



 こうして、突如訪れたあたしの "身近な非日常" は終わった。

 あたしにとって、お父さんとの思い出の場所へ行くのも、見知らぬ土地を走るのも、間違いなく日常から外れた不思議な時間であった。意外と身近にあった、新しい視点から見える、まるで別の世界。身近な非日常。
 それを気付かせてくれたナツキには本当に感謝したいところだ。
 そして、それがとても楽しく幸せな時間であったのは、そのナツキと一緒に走っていられたからなんだろうな。
 彼は来年、あたしの家の隣に一張りのテントと共に突然現れるのだろう。
 その時は何と言って迎えてやろうか。

 さてさて。
 北海道の冬はとても長く、そして夏はとても短い。
 今度あたしの非日常が訪れるまでまだ半年以上もあるけれど

 次は
 どこへ行こうかな?


この本の内容は以上です。


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