目次
奥付
奥付
古跡認定 1級
台湾専売局
台湾総督府博物館  現:国立台湾博物館
台湾総督府
台北州庁舎 
台北市役所
「台湾総督官邸」 
「台北地方法院・高等法院」
新竹駅
新竹州庁
「台南駅」
【台南測候所】
古跡認定 2級
台北公会堂
台中駅
「台南地方法院」
下淡水渓鉄橋
「東和禅寺鐘楼」
紫藤廬    旧・海軍職員宿舎  
「撫台街洋楼」
「台北監獄囲牆遺跡」
「旧制台北高等学校」
「台北帝国大学」 行政大楼・文学院・図書館
「台北帝国大学正門守衛室」
「長老教会北投教堂」
「鉄真寺」 
「北投台湾銀行宿舎」
草山衆楽園
「台北帝国大学医学部付属医院」
「台湾総督府医学専門学校」
「台湾広播電台放送亭」 
「台北州立第一高等女学校」
「台北北警察署」
「臨済護国禅寺」 大雄寶殿
「台北州立台北第一中学校」
「台湾総督府交通局逓信部」 
「台北信用組合」
台湾電力(株)社長宿舎
「台湾銀行 本店」
「帝国生命保険会社」
「台湾総督府電話交換局」
「日本基督教団台北幸町教会」 
「総督府台北商業学校」
「建成小学校」
「吟松閣」
「台北職業紹介所」
「台北工業学校紅楼」
「三井物産 台北支店」
「士林公有市場」
草山御賓館
「日軍衛戍醫北投分院」
「佳山旅館」 
「台北偕行館」
「台北圓山別荘」 
「聖公会大正町教会」
「萬華小学校」 
「内湖庄役場会議室」 
「蔡瑞月舞踏研究所」
「高砂麦酒」 
「北投穀倉」
「台湾銀行頭取宿舎」
「西本願寺 鐘楼・樹心会館」
武徳殿 (高雄) 
「新竹州図書館」 
「新竹信用組合」
「湖心亭」 台中公園
「嘉義駅」
「台南公会堂」
「台南合同庁舎」 
「日本勧業銀行台南支店」 
「林百貨店」
「武徳殿」台南 
「台南州庁」 
「台南警察署」
「嘉南大圳組合事務所」 
「台南愛国婦人会館」
台南高等工業学校校舎・日本軍歩兵第二連隊営舎
「紀州庵」 
「台湾軍司令官官邸」
「台湾軍司令部」
「台北酒工廠」
「植物園臘葉館」
「李國鼎故宅」
高等農林学校作業室
古跡認定 3級
「水道水源地」
「台湾教育会館」 
「日本勧業銀行 台北支店」
「台湾総督府交通局鉄道部」 
「台北郵便局」
「アメリカ駐台北領事館」
「八角堂市場」(旧正式名称は新起街市場)
「台北州立台北第三高等女学校」
「北投温泉公共浴場」 
「桃園神社」
カテゴリー別歴史建築
台北州・新竹州・台中州・台南州 各庁舎
警察署
エリート校群
旧制女学校
「測候所」
「公会堂」
「銀行」
松崎萬長男爵が関わった歴史的建築物
鉄道駅舎
今も残る木造駅舎
山佳駅  西部幹線
新竹駅  西部幹線 
大山駅  西部幹線海線
造橋駅 西部幹線山線
西部幹線 台中駅
製糖鉄道 台中後駅
石榴駅 西部幹線
斗南駅 西部幹線
嘉義駅 西部幹線
南靖駅 西部幹線
後壁駅 西部幹線
西部幹線 台南駅
林鳳営駅
捷運圓山駅前の鉄道管理局職員寮
高雄駅
残されている日本時代
熱帯医学研究所士林支所
朝北醫院
「三井物産倉庫」
「金瓜石」太子賓館ほか
青田街・和平東路の木造住宅
「福州街11号日式宿舎」
「斎東街日式宿舎」
「総督府山林課宿舎」
「骨科医院及び住宅」
「錦町日式宿舎」
「牯嶺街高等官舎群」
「南菜園日式宿舎」
「福州街20,22,26号」
士林・雨農路に残る和風住宅
淡水
「大安区仁愛路2段59」
「金華街」
「愛国東路」
「台北監獄塀遺跡」横の官舎跡
「原辰馬商会本町店舗」
台北酒工廠
「彰化銀行 萬華分行」
台中の歴史建築
日本時代の建築
その他
「大阪市中央公会堂」「大阪府立図書館」「日本銀行大阪支店」
「明石元二郎 第7代台湾総督の墓前の鳥居」
「陸軍第16師団司令部庁舎」

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古跡認定 2級

台北公会堂

「台北公会堂」   現:中山堂

【建物】1936年(昭和11年)竣工。二級古跡。

【設計】井出薫

【場所】MRT西門駅4番出口徒歩3分。 中正区延平南路98号。

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日本時代の1932年~1936年に4年の歳月をかけて建設された、東京、大阪、名古屋の次ぐ規模の公会堂である。

昭和天皇即位の記念事業の一つとして建設された建物が、歴史の皮肉か9年後には降伏式の会場になった。1945年9月25日、大集会場にて第19代総督安藤利吉と中華民国陳儀長官の立会いで降伏式が執り行われ51年にわたる台湾統治が終わった。

降伏式の会場となった「中正庁」。

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現在は「中山堂」となり一般市民が木陰で談笑したりお茶を飲んだりの交流の場となっています。

最終更新日 : 2013-04-12 14:46:00

台中駅

「台中駅」

【台中駅】西部幹線1等駅。

【開業】1905年(明治38年)5/15日。

【建物】1917年(大正6年)竣工。2級古跡。

【設計】 【場所】台中市建国路1段172号。

台中駅開業は1905年(明治38年)。メイン駅舎は1917年3/21完成。

旧台北駅舎が無くなった今は、日本時代の駅舎建築を代表するものです。古跡認定を受けている駅舎建築は他に「新竹駅舎」「嘉義駅舎」「勝興駅舎」「泰安駅舎」が有る。

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台中公園「湖心亭」
基隆~高雄(打狗)間408.5kが全通し、半年後の1908年(明治41年)10/24縦貫線全線開通式典が台中公園で開催された。貴賓、来賓、1360余名が招かれ盛大な式典が催された。「湖心亭」は式典参列の要人の休息所として設けられたものです。和式とも洋式とも中華風とも、思えぬなんとも不思議な姿の建物だ。
【建物】1908年(明治41年)竣工。台中市市定古跡。
【設計】福田東吾
【場所】台中市公園路37号-1。

「台中後駅」

旧・台湾糖業鉄道の台中駅。昭和を思い出す、いい雰囲気の駅舎だ。

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最終更新日 : 2013-04-12 14:48:03

「台南地方法院」

「台南地方法院」

【建物】1912年(大正元年)竣工。二級古跡(市定古跡)。

【設計】

【場所】台南市府前路1段307号

荒廃防止の屋根が掛けられおり、早く補修工事が開始され美しい姿を一日も早く見たいと思っております。

 

古写真  右側の塔は修復工事に入っていないようです。


最終更新日 : 2013-04-12 15:44:26

下淡水渓鉄橋

【下淡水渓鉄橋】

台湾鉄路管理局は電化に対応したセメント製の新高屏渓橋を鉄橋の北側に新設し供用していたが鉄橋は1992年、正式に役目を終えた。歴史的・文化的価値により国家二級古蹟に認定された唯一の鉄道鉄橋である。

鉄橋の建設に用いられた鋼材は全て日本で造られた後、高雄港や基隆港から鉄道によって運ばれ組み立てられた。

この完成により高雄と屏東間で最大の陸上交通路となり、台湾南北の貨物輸送における重要な交通の要路となった。当時、アジアで最も長い橋(1526m)だったことから「東洋一の大鉄橋」と呼ばれていた。

 写真は2009年の物です。この後大水害により鉄橋の一部が崩壊しています。

 

1911年初頭、高雄港での軍事物資と人員の輸送増加、屏東平野の砂糖製品輸送や農産物の開拓のため台湾総督府は鉄橋の建設を開始するも、高屏渓の川幅は広く流れも急であり、建設は難航を極めた。

この難工事を指揮した台湾総督府日本人技師飯田豊二は疲労の蓄積から病に倒れ、鉄橋の完成を目前にした1913年6/10、台南医院でこの世を去った。友人の小山三郎らによって遺墨が作られ、九曲堂駅横に埋められるとともに、資金を集めて記念碑が建立された。

古写真

 

 

 


最終更新日 : 2014-04-08 12:52:09

「東和禅寺鐘楼」

「東和禅寺鐘楼」 (曹洞宗大本山別院)

【建物】1930年(昭和5年)竣工。市定古跡。

【設計】入江善太郎

【場所】MRT台大医院駅徒歩10分。台北市中正区(仁愛路と林森南路の交差点)

 

この鐘楼だけが現在はポッツリと残されていますが日本時代は曹洞宗大本山別院でした。1993年 台北市青少年育楽センター建設の為、前門を残し取り壊はされました。

隣接する建物にはおしゃれなオープンカフェや通りを隔てては台大医学院のテニスコートが有り、都心のオアシス的な雰囲気のする場所にある。

 

 

 終戦後に大陸から流れてきた人達に一帯は占拠された。

 


最終更新日 : 2013-09-07 18:45:08

紫藤廬    旧・海軍職員宿舎  

「海軍職員宿舎」   現:紫藤廬

台湾にとっては歴史的意義の有る建物です。

【建物】1920年(大正9年)竣工。市定古跡。

【設計】 【場所】MRT公館駅徒歩15分。台北市大安区新生南路3段16巷1号。

日本時代に海軍職員宿舎として建築された建物は激動の時代を経て、今は周渝氏によって市民に憩いを提供する茶芸館として生まれ変わりました。静かなたたずまいの中でのんびりした時間を過ごすには最適の空間です。

戦後1950年代には、この家の使用者「周徳偉」教授を囲み、この家で当時の知識人や学者が集まり西洋の自由主義思想を熱く語りあったのです。そして美麗島事件前後には反政府活動家や前衛芸術家たちも集まるようになっていた。 【美麗島事件】 1979年(昭和54年)12月の世界人権DAYに高雄市で雑誌「美麗島」主催のデモが行われました。戒厳令下の時代にあっては、このデモは容認されるべきものでは無く警察官との衝突になり主催者らが投獄などの弾圧にあった事件です。この事件は台湾の民主化に大きな影響を与え、今日の議会制民主主義や台湾本土化へと繋がっていきます。陳水扁前総統はこの事件の弁護団に参加しております

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最終更新日 : 2013-04-15 19:23:11

「撫台街洋楼」

「撫台街洋楼」

【建物】1910年(明治34年)竣工。市定古跡。

【施工】高石組

【場所】MRT台北駅徒歩5分。台北市中正区延平南路26号。

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台北駅からは「台湾鉄路管理局・台湾総督府交通局鉄道部」→「北門」→「郵便局」→「撫台街洋楼」→「中山堂・台北公会堂」→「合作金庫銀行・台北信用組合」と歩けば効率的に歴史建築物の散策ができます。


最終更新日 : 2013-04-15 19:29:24

「台北監獄囲牆遺跡」

「台北監獄囲牆遺跡」

 【建物】1910年(明治34年)竣工。市定古跡。

 【場所】MRT中正記念堂駅徒歩10分。台北市大安区金山南路(愛国東路と金山南路の交差点附近)

 

台湾清朝の1884年に完成した台北城は30年間で幕を閉じた。1904年に台湾総督府は街区整理と縦貫道路建設のため台北城壁の一部撤去に着手した。現在は僅かに4つの城門が残るのみです。 そして、取壊された城壁の一部を使ったと云われている「台北監獄塀遺跡」です。

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周辺の官舎跡だと思われる日本家屋群は残っているとはいう物の廃屋も結構あり現在は残念ながらスラム状態です。

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最終更新日 : 2013-04-15 19:36:32

「旧制台北高等学校」

「旧制台北高等学校・講堂」     現・国立台湾師範大学  講堂・行政大楼

【建物】1929年(昭和4年)竣工。市定古跡。

【設計】井出薫。

【場所】MRT古亭駅徒歩10分。台北市大安区和平東路1段162号。

 

1922年(大正10年)創立、旧制高校全38校の内、最も南に位置する学校。前々総統の李登輝、実業家の邸永漢、生物地理学者の鹿野忠雄氏らが卒業生に名を連ねている。台湾中のエリートが集まる学舎で、卒業生は東大、京大に進学した者が多い。

(2011.04.15撮影)

 

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学校の正門をくぐると真ん前に蒋介石像が立てられている光景をよく目にします。ここ台湾師範大学も同様でしたが今回訪れた時には撤去されていました。美しい建築物を取るときに、この無粋な〇〇を外すのに苦労したものです(笑)。

 2011.03.29撮影


最終更新日 : 2013-04-15 20:05:15

「台北帝国大学」 行政大楼・文学院・図書館

「台北帝国大学」  現・国立台湾大学。

 東京、京都、東北、九州、北海道の各帝大に続き6番目の帝国大学として1928年(昭和3年)に設立、当初は文政学部と理農学部の2学部でスタートをした。正門入口から椰子の大通りがまっすぐ伸び、突き当たりに図書館、左右に校舎が配置されている。台北大空襲(S20.5.31)の被害から免れ開校当時の変わらぬ姿を保っている。

 

年中、前庭に花が咲き乱れ建物の美しさが更に引き立っている「行政大楼」

【建物】1928年(昭和3年)竣工。市定古跡。

【設計】総督府営繕課

【場所】MRT公館駅徒歩5分。台北市大安区羅斯福路4段1号。

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荘厳な雰囲気のする「文学院」
【建物】1929年(昭和4年)竣工。市定古跡。
【設計】総督府営繕課
【場所】MRT公館駅徒歩5分。台北市大安区羅斯福路4段1号。

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巨大な建築物の「図書館」
【建物】1929年(昭和4年)竣工。市定古跡。
【設計】総督府営繕課
【場所】MRT公館駅徒歩5分。台北市大安区羅斯福路4段1号。

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最終更新日 : 2013-04-15 20:18:52

「台北帝国大学正門守衛室」

「台北帝国大学正門守衛室」  現・国立台湾大学。

台湾の明日を担うエリート達が学ぶ最高学府、台湾大学正門守衛室。

【建物】1931年(昭和6年)竣工。市定古跡。

【設計】総督府営繕課

【場所】MRT公館駅徒歩5分。台北市大安区羅斯福路4段1号。

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東京、京都、東北、九州、北海道の各帝大に続き6番目の帝国大学として1928年(昭和3年)に設立され当初は文政学部と理農学部の2学部でスタートをした。

最終更新日 : 2014-04-08 12:52:09

「長老教会北投教堂」

「長老教会北投教堂」

【建物】1912年(大正1年)竣工。市定古跡。

【設計】ウィリアム・ゴールド(宣教師)

【場所】MRT北投駅徒歩10分。台北市北投区中央南路1段77号。北投駅徒歩2~3分。

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建設の資金援助をした陳氏を祀る廟

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最終更新日 : 2013-04-17 14:17:42

「鉄真寺」 

「鉄真寺」  現・北投普済寺 

【建物】1905年(明治38年)竣工。市定古跡。

【場所】MRT新北投駅徒歩15分。台北市北投区温泉路112号。

地熱谷の入口を過ぎ山手に登って行くと次の温泉旅館街が有る。その入り口に有るので訪れる観光客が多い寺だ。

苔むした階段を登っていくと、日本式の寺にたどり着く。日本時代に「鉄真寺」と呼ばれた真言宗のお寺だ。総督府鉄道部職員の寄付をもとに建立されており鉄道の「鉄」に真言宗の「真」から「鉄真寺」と呼ばれたのだろうか。戦後は一時廃寺となっていたが普濟寺と改め密宗の寺として現在に至る。

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最終更新日 : 2013-04-17 14:23:05

「北投台湾銀行宿舎」

「北投台湾銀行宿舎」

【建物】大正年間竣工。市定古跡。

【場所】MRT新北投駅徒歩15分。台北市北投区温泉路103号。

渓流のせせらぎが聞こえる緑の木々の中に荒れるにまかせた(旧)台湾銀行北投宿舎があります。現在は建設用のバリケードで囲われていますが広大な敷地だ。

わずかに残る用途不明の建物

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再建計画の看板

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最終更新日 : 2013-04-17 14:28:00

草山衆楽園

「草山衆楽園」  現・陽明山教師会館

【建物】1929年(昭和4年)竣工。市定古跡。

【設計】

【場所】MRTの最寄駅からバス。台北市北投区陽明山建国街2号。

この一帯は台北が一望できる景勝地で 終戦までは北投と並ぶ温泉地として知られた場所。当時は「草山衆楽園」と呼ばれた台湾最大の公共娯楽施設で、敷地面積565坪に建つ2階建ての大型建築です。

現在は陽明山教師会館として使用されており、かっての姿を偲べるものは外観のみである。

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当時の絵葉書

 


最終更新日 : 2013-04-12 12:40:49

「台北帝国大学医学部付属医院」

「台北帝国大学医学部付属医院」   現・台湾大学医学院附設医院旧館

【建物】1916年(大正5年)竣工。市定古跡

【設計】近藤十郎 【場所】MRT台大医院駅前。中正区中山南路3号。

 

赤レンガ、ルネッサンス様式で建てられた「台北帝国大学医学部付属医院」は80余年の歴史を閉じること無く、現在も受付や診療部門の一部として使用されています。建設当時、東アジア最大の病院施設であった。

【建物変遷】1895年(明治28年)台湾統治直後、大日本台湾病院設立。⇒1897年(明治30年)現在地に木造病院を建設。台湾総督府台北病院⇒1916年(大正5年)現在の建物竣工⇒1924年(大正13年)台北帝国大学医学部付属医院となる。

 

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同時期の建物には1918年竣工(大正7年)の大阪中ノ島公会堂、1914年竣工(大正3年)の東京駅、1919年(大正8年)竣工の「旧・台湾総督府」などがあります。

 

最終更新日 : 2013-04-22 20:38:58

「台湾総督府医学専門学校」

「台湾総督府医学専門学校」   現・台湾大学医学院旧館

【建物】1907年(明治40年)竣工。市定古跡。

【設計】近藤十郎

【場所】MRT台大医院2番出口徒歩5分。台北市中正区仁愛路1段1号。

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古跡認定の建物は現在ミュジアムとなっている。

明治の文豪「森鴎外」の長男「森 於菟」ゆかりの大学です。1924年欧州留学より帰国し母校東京帝国大学医学部助教授を経たのち渡台し1945年の終戦まで台北帝国大学医学部教授を勤めた。

父親の「森鴎外」も4ヶ月ほどの台湾勤務であったが1895年(明治28年)5月に、初代台湾総督「樺山資紀」等とともに台湾に任じている。親子2代、台湾に縁のある家族だ。

戦後は1947年まで、台湾大学医学院教授・医学部長として在職していた。戦後、日本人は全て内地に引き揚げなければならなかったのですが国民党政府が必要とする鉄道技術者や教育者などの人材は残された。 当時の「森 於菟」の講義を知る人は中国語(北京語)での講義を要請されていたのですが最後まで台湾語で通したと語っています。本人は北京語も堪能だたそうです。

 

建設当初の建物。

現在の建物は1930年の館内火災で改修工事が施され建設当初の姿は失われています。


最終更新日 : 2013-04-12 14:46:55

「台湾広播電台放送亭」 

「台湾広播電台放送亭」  現・二二八記念会館

【建物】1934年(昭和9年)竣工。市定古跡

【設計】栗山 俊一

【場所】MRT台大医院駅徒歩5分。中正区228和平公園。

日本時代は台湾広播電台放送亭の建物であった。ちなみに放送亭はラジオ局を意味し台湾総督府の支援の下で台北・板橋・台中・台南・嘉・花蓮等に放送局が設置され、台湾放送協会により運営されていた。

歴史的意味のある放送がこの建物でされています。

一つは1945年8月15日正午の玉音放送であり(日本がポツダム宣言を受諾して降伏し、第二次世界大戦が終結したことが伝えられた)あと一つは国民党政府統治下の1948年2月28日に発生した二二八事件時に、放送局を占拠した市民が軍艦マーチとともに事件の情報を伝えた。

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2011.2.28.リニュアル・オープン(撮影日2011.02.13)

【二・二八事件】 1947年2月28日に台北市で発生し、その後台湾全土に広がった、当時はまだ日本国籍を有していた本省人と外省人との大規模な抗争。約40年後、戒厳令の終了と政府側の遺族への謝罪により漸く終結した。本省人はこの事件を台湾大虐殺と呼んでいる。


最終更新日 : 2013-04-22 20:44:48

「台北州立第一高等女学校」

「台北州立第一高等女学校」  現・台北市立第一女子高級中学

【建物】1930年(昭和5年)竣工。市定古跡

【設計】

【場所】MRT台大医院10分。台北市重慶南路1段165号。

台北州立台北第一高等女学校の前身が女子高等教育の拠点として1904年(明治37年)に設立された。 現在の台北市立第一女子高級中学です。台湾政財界のそうそうたるメンバーが卒業生に名を連ねており日本で活躍の金美齢女史もここの卒業生です。

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 台北州立台北第二高等女学校は戦後台北市立第一女子高級中学に統合された。校舎は現在「立法院」の旧館として使用されている。
 【場所】MRT台北駅徒歩5分。台北市中正区中山南路1段
 

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最終更新日 : 2014-09-25 09:23:57

「台北北警察署」

「台北北警察署」   台北警察局大道分局

【建物】1933年(昭和8年)竣工。市定古跡

【設計】 【場所】MRT中正記念堂駅徒歩10分。台北市大同区寧夏路89号。

清朝の1884年に完成した台湾台北城は30年間で幕を閉じた。1904年に台湾総督府は街区整理と縦貫道路建設のため城壁の一部撤去に着手した。

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台北城の石を使ったと思われる「台北北警察署」塀です。

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最終更新日 : 2013-04-22 20:54:53

「臨済護国禅寺」 大雄寶殿

「臨済護国禅寺」 大雄寶殿

【建物】1900年(明治33年)竣工。市定古跡。

【場所】MRT圓山駅徒歩1分。台北市中山区酒泉街5巷27号

MRT圓山駅のプラットフォームから黄色い派手な壁が見える、これが2番出口徒歩1分のところに有る「臨済護国禅寺」だ。

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現在は閉じられている日本時代の山門。石碑に寄贈者と年号が刻まれている、例によってコンクリートで文字は埋められている。昭和17年と岐阜という字が読み取れる。

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寄進者に梅屋敷(国父史跡館・逸仙公園)の文字が刻まれている。    

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   梅屋敷

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最終更新日 : 2013-04-22 21:06:04

「台北州立台北第一中学校」

「台北州立台北第一中学校」   現・台北市立建国中学校建国中学

【建物】1908年(明治41年)。市定古跡。

【設計】近藤十郎 【場所】MRT中正記念堂駅徒歩10分。中正区南海路56号(植物園の裏手)。「228国家記念館」、「歴史博物館」の前。

歴史の重みを感じさせる校舎で明日を担う若者が教育されております。戦前から現在に到るまで台湾有数の進学校で、台湾大学(旧台北帝国大学)への入学者数もTOPだとの事です。ちなみに「社民党」の前身「日本社会党」の委員長を努めた石橋政嗣氏、台湾総統「馬英九」も卒業生の1人です。

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校舎正面ホールの写真です。重厚の一言です。

 

 

 


最終更新日 : 2013-04-29 13:17:59

「台湾総督府交通局逓信部」 

「台湾総督府交通局逓信部」   総統・副総統文物館

【建物】1924年(大正13年)。市定古跡。

【設計】総督府営繕課 森山松乃助

【場所】MRT・西門駅(3番出口)から徒歩10分 (博愛路と長沙街一段の南西交差点)

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  変遷の多い建物で、日本時代は「総督府交通局」、戦後「行政院交通部」、その後2007年「国史館」、更に3年半の歳月をかけ内部の大修復を行い本年2010年10月10日の国慶日に「総統副総統文物館」として開館された。現在の館内には総統・副総統が外交の席で諸外国より送られた土産物などが展示されている。

最終更新日 : 2013-04-29 13:24:51

「台北信用組合」

「台北信用組合」   現・合作金庫銀行

【建物】1927年(大正15年)竣工。市定古跡。

【設計】

【場所】MRT西門駅4番出口徒歩5分。台北市中山区衡陽路87号。

中小企業向けの資金調達機関として設立された。

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中山堂方面(裏手)から見た姿。屋上の和風建築が楽しいですね(日本時代の物か?)
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最終更新日 : 2013-04-29 13:14:30

台湾電力(株)社長宿舎

台湾電力(株)社長宿舎   現・中央招待所・台湾省主席官邸

【建物】1910年(明治43年)竣工。市定古跡。

【設計】 【場所】MRT西門駅徒歩10分。台北市中正区延平南路119号。

戦後は国民党の中央招待所や台湾省主席官邸として使用された。

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若者の町「西門」から長沙街を西に進むと高級住宅を思わす建物が向き合って建っている。日本時代の「台湾電力社長宿舎」と宋美齢が執務を執っていた「婦連総会」だ。

最終更新日 : 2013-04-30 19:19:40

「台湾銀行 本店」

「台湾銀行 本店」   現・台湾銀行

【建物】1938年(昭和13年)竣工。市定古跡。

【設計】西村好時

【場所】MRT台大医院駅徒歩7分。中正区重慶南路1段120号。

現在は中華民国の台湾銀行として営業をしております。 IMGP4351.jpg

統治開始3年目の1897年(明治30年)に商業の中心地であった「大稲埕」に台湾銀行を設立。現在地の「総統府」の北側へは1903年(明治36年)に移転。しかし木造建築で有った為、白蟻被害に会い、現在の建物を1938年(昭和13年)に再建。重慶南路1段に面し、北から台湾銀行(経済)、総督府(行政)、高等法院(司法)、と並んだこれらの建物は、まさに日本統治の象徴そのものです。

最終更新日 : 2013-04-30 19:23:44

「帝国生命保険会社」

「帝国生命保険会社」   現:台湾銀行

【建物】1930年(昭和5年)。市定古跡。

【設計】 【場所】MRT西門駅(3番出口)徒歩10分。中正区博愛路162号。

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帝国生命は日本生命、明治生命、第一生命、千代田生命と並ぶ大手保険会社で朝日生命の前身である。 現在は台湾銀行がコンピューター関連施設として使用しておりますが、現地の地図には国営事業委員会となっているものもある。

最終更新日 : 2013-04-30 19:27:24

「台湾総督府電話交換局」

「台湾総督府電話交換局」   現:中華電信博愛路服務中心

【建物】1937年(昭和12年)竣工。市定古跡。

【設計】総督府交通局逓信部

【場所】MRT西門駅徒歩10分。台北市中正区博愛路168号。

台湾総督府、台湾賓館などに程近い位置にあり、他の荘厳な建築物とは趣を異にする現代的なデザインが採用されております。「台北郵局」同様、4階部分が増築されております。

当時施工は内地人の建設会社が請負うのが慣習でしたが1940年(昭和15年)に建築された「台北市役所 現・行政院」とこの「電話交換局」は台湾人の協志商会所が施工を請け負った。

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最終更新日 : 2013-04-30 19:39:50

「日本基督教団台北幸町教会」 

「日本基督教団台北幸町教会」   現:済南基督長老教会

【建物】1916年(大正5年)竣工。市定古跡。

【設計】井出 薫

【場所】MRT台大医院駅徒歩5分。台北市中正区中山南路3号。

日本基督教団幸町教会は領台まじかの1896年(明治29年)に設立されている。現在の建物は1916年(大正5年)の建築。 戦後は「済南基督長老教会」(右側の看板)となったが、国民党政府と一緒に入り込んできた外省人組織の「台北国語礼拝堂」(左の看板)も当教会を利用した。現在は仲良く共同利用しているが台湾人と外省人の対立の舞台になった歴史もある。

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最終更新日 : 2013-04-30 19:39:55

「総督府台北商業学校」

「総督府台北商業学校」  現:台湾大学法律学院

【建物】1919年(大正15年)竣工。市定古跡。

【設計】 【場所】MRT善導寺駅徒歩10分。中正区徐州路21号。

1919年(大正8)に台湾総督府によって「本島の内外において商業に従事せんとする男子の為」に設立された旧制専門学校(台湾総督府台北商業学校)です。 敷地内には校舎に囲まれてた美しい日本庭園が有り、卒業生の「石橋正嗣」氏や「川平朝清」氏も池の畔で青春を語った事でしょう。 現在、同校舎を使用している「国立台湾大学法律学院」「国立台湾大学社会科学院」は台湾大学法学院(部)から分離したものです。

 

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 PS.

「石橋正嗣」=日本社会党委員長・元衆議院議員    「川平朝清」=NHK沖縄放送協会初代会長


最終更新日 : 2013-12-02 10:01:20

「建成小学校」

「建成小学校」   現:台北当代美術館

【建物】1921年(大正10年)竣工。市定古跡。

【設計】近藤十郎

【場所】MRT中山駅徒歩10分。大同区長安西路39号。

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写真は正面の3/2ぐらいで長さは100mはゆうにあるでしょう。これが小学校の建物かと驚くぐらい立派で、当時の日本政府が教育に力を入れていたのがよく分かります。
戦後50年近く台北市政府の建物として使用されましたが、現在はモダンアートの芸術館と建国中学に利用者が変わっております。

この小学校は日本人と一部の台湾人(知識人の子弟、金持ち等)の子供が通う小学校だった。大半の台湾人の子供が通う学校は公学校と言われ就学率はそれ程高くなかったようです。


最終更新日 : 2013-05-01 11:55:02

「吟松閣」

「吟松閣」

【建物】1934年(昭和9年)市定古跡

【場所】北投区幽雅路21号

現役で営業中

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 世界中に温泉地は沢山あるが、なんといっても温泉文化は日本のものだ。日本風の玄関で迎えられるとほっとする。

大屯火山群に属する、北投石で有名な新北投温泉と少しマイナーな紗帽谷温泉は、秋田玉川温泉(癌に効く事で有名)と同じ効能の温泉だ。料金を番台で支払い、脱衣場で裸になり、露天風呂に向かう、これが大事な手順だ。嬉しい事に、ここ台湾の温泉地は、色濃く日本の温泉文化が残っている。


最終更新日 : 2013-05-01 11:58:43

「台北職業紹介所」

「台北職業紹介所」   現:台北市身心障礙福利会館

【建物】1921年(大正10年)竣工。市定古跡。

【設計】

【場所】MRT中山駅徒歩8分。中山区長安西路15号。

     長安西路に面し、長安西路と中山北路の交差点から西へ20m。当代芸術館の隣。

 

第一次大戦後の戦後恐慌の中、失業者に職業斡旋や技術訓練を施す為、台北職業紹介所を建設した。 戦後台北市衛生局となり現在は台北市身心障礙福利会館として、障礙者の学習と交流の場となっている。

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最終更新日 : 2013-05-01 12:02:51

「台北工業学校紅楼」

「台北工業学校紅楼」   現:台北科技大学紅楼

【建物】1918年(大正7年)竣工。市定古跡。

【設計】

【場所】MRT忠孝新生徒歩5分。台北市大安区忠孝東路3段1号

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台湾の工業大学では最高学府であり、数多くの企業家を輩出している。日本の東京工業大学と云ったところか。この建物は日本時代図書館書庫として使用されていた。

最終更新日 : 2013-05-01 12:06:29

「三井物産 台北支店」

「三井物産 台北支店」   現:台湾土地銀行

【建物】1920年(大正9年)竣工。市定古跡。

【設計】

【場所】MRT台大医院駅徒歩5分。台北市中正区館前路54号。

三井物産の10番目の海外支店として、1896年(明治29年)開設された。この建物で砂糖・茶・米・樟脳・食塩等を主に取り扱っていた。現在は隣の台湾土地銀行が使用している。 保存されているのは有難いのですが改装が粗いですね。

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忠孝西路と延平北路の交差点近くに位置する日本植民地時代に建てられた赤レンガの三井物産の旧倉庫です。4本の柱とその間のアーチが特徴的な建築物ですが建築時期ははっきりしていない。推定で100年ほど前だとされている。正面上部に台湾の建物に残る同社唯一のロゴがみえる。
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三井旧倉庫の南側には台北郵便局、ロータリーの中心には北門、西には旧鉄道部の建物、南側には撫台街洋楼がある。台北駅の周りには代表的なものだけでも、中山堂、国立台湾博物館、総統府、日本勧業銀行旧ビル、台湾大学付属病院旧館、監察院などが有る。
 
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最終更新日 : 2013-05-01 12:12:51

「士林公有市場」

「士林公有市場」

【建物】1910年(明治43年)竣工。市定古跡。

【設計】

【場所】MRT剣潭駅徒歩5分。台北市士林区大南路89号。

現在は同所で今年2011年6月完成を目指して改築の真最中です。(忠実に再現されている改築中の建物)

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 現在の「士林公設市場」から食べ物の屋台などはこちらに移転する予定です。


最終更新日 : 2013-05-03 13:08:28

草山御賓館

「草山御賓館」

【建物】1923年(大正12年)竣工。市定古跡。

【設計】

【場所】陽明山「中山楼」附近。台北市士林区新園街1号。

1923年(T12)の昭和天皇(皇太子時代)台湾行幸にあわせ建築され、蒋介石が使用した時期もあるというなかなか謂れの有る建築物です。中山楼の正門から左へ5~6分歩いた所にあるんですが、現在は鬱蒼と生い茂る南国の草木に阻まれて 内部を窺い知ることはできません。いつごろから使用されていないのかな?

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 古写真
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最終更新日 : 2013-05-03 13:13:36

「日軍衛戍醫北投分院」

「日軍衛戍医北投分院」

【建物】1905年(明治38年)竣工。市定古跡。

【設計】

【場所】MRT新北投駅徒歩15分。台北市北投区新民路60号。  

 

日露戦争(1904年~1905年)の際に日本軍傷病兵の療養所が作られ、それ以降台湾有数の湯治場として知られるようになった。

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昨春(2011’)訪れた時は、郷愁を誘う建物がまた一つ無くなっていくのかと少し暗い気持ちになったものですが、今回訪れた時は修復工事が施されていました。


最終更新日 : 2014-04-08 12:52:09

「佳山旅館」 

「佳山旅館」   現:北投文物館

【建物】1925年(大正14年)竣工。市定古跡。

【設計】 【場所】MRT新北投駅徒歩25分。台北市北投区幽雅路32号。

この建物は1920年代以降、日本陸軍が士官倶楽部・招待所として使用していた。太平洋戦争の戦況が悪化していくと、ここは特攻隊として飛び立っていく青年たちが、最後の一晩を過ごす場所になった。畳敷きの大広間は、尊い命を祖国に捧げた若者たち人生最後の宴会場だった。

原型に対して忠実な修復が行われ往時の雰囲気が保たれており、日本舞踊や茶道体験など、日本の伝統芸能に触れることができる空間として生まれ変わっている。

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最終更新日 : 2013-05-03 19:31:14

「台北偕行館」

「台北偕行館」   現・婦連総会

【建物】1915年(大正4年)竣工。市定古跡。

【設計】

【場所】MRT西門駅徒歩10分。台北市中正区長沙街1段27号。

ここには清代、登瀛書院跡に淡水館と呼ばれる建物が建てられていた。

日本時代、二階建ての洋館に改築され陸軍士官クラブ偕行館となった。戦後は宋美齢が創設した「婦連総会」(婦女反共連合会)が長期間に渡って使用した。

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最終更新日 : 2013-05-03 19:46:16

「台北圓山別荘」 

「台北圓山別荘」   現:台北故事館

【建物】1914年(大正3年) 市定古跡

【場所】MRT圓山駅徒歩10分。中山区中山北路3段181-1(台北市立美術館内)

 

この英国風の建物は、台北茶商工会の初代会長・陳朝駿の別荘。当時は基隆河の畔に建ち台湾神社、大屯山、七星山を望む美しい場所だったらしい。

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最終更新日 : 2013-05-03 19:45:45

「聖公会大正町教会」

「聖公会大正町教会」   現:中山基督長老教会

【建物】1937年(昭和12年)。市定文化財。

【場所】MRT中山駅徒歩10分。中山区林森北路62号。長安東路と林森北路の交差点南西角。

黒白のコントラストが荘厳な雰囲気を醸し出す基督教聖公会大正町教会。

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MRT中山駅から10分程度の距離だ。この一帯は戦前、多くの日本人官吏が暮らした地だ。現在は沢山の日本人駐在員御用達の飲食店が軒を並べる歓楽街になっている。

教会は四条通り(長安東路)に面して建っている。1917年(大正6年)大橋麟太郎により基督教聖公会大正町教会が設立された。現在の建物は1937年(昭和12年)黒と白を基調とする英国ゴシック様式で建築された。


最終更新日 : 2013-05-03 19:45:55

「萬華小学校」 

「萬華小学校」   現:老松国小   1896年(明治29年)創立

【建物】1922年(大正11年)竣工。市定古跡。

【設計】

【場所】MRT龍山寺駅徒歩5分。台北市萬華区桂林路64号。

萬華の剥皮寮に隣接

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最終更新日 : 2013-05-03 20:00:23

「内湖庄役場会議室」 

「内湖庄役場会議室」   現:内湖区民活動中心

【建物】1930年(昭和5年)。市定古跡。

【場所】MRT内湖駅徒歩10分。内湖区内湖路2段342号。

戦後、一時期「中山堂」として使われたようだが現在は「区民活動センター」として利用されている。地元民は今でも「会議室」と呼んでいます。
「中山堂」は近所の京劇学校に移されている。

 

 

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最終更新日 : 2013-05-03 20:04:32

「蔡瑞月舞踏研究所」

公務員宿舎 【蔡瑞月舞踏研究所】 

【建物】1920年(大正9年)竣工。市定古跡。

【設計】

【場所】MRT中山駅徒歩10分。台北市中山区中山北路2段48巷。

一度焼失した日本時代の公務員宿舎を再建し現在は街中の喧噪から逃れ安らぎをお届けするオアシスになっております。蔡瑞月舞踏研究所として展示コーナー、喫茶コーナーなどを併設した建物に生まれ変わっています。

古跡をレストランとして活き返らせた建物はこれ以外にも沢山あります。 いずれも落ち着いた良い雰囲気のスペースを利用者に届けています。

 


最終更新日 : 2013-05-03 21:42:08

「高砂麦酒」 

「高砂麦酒」   現:建国啤酒廠

【建物】1921年(大正10年)竣工。市定古跡。

【場所】MRT忠孝新生駅徒歩10分。台北市中山区八德路二段85號。

この工場の前身は台湾ではじめてビールを製造した日本高砂麦酒株式会社です。紅楼、緑楼、冷凍室とその設備、ボイラー室とその設備、および木造の建物などが古跡指定されており台湾ビールの歴史的発展がみられます。現在は台北ビール工場となりビヤホール&レストランの営業をしております。

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MRT忠孝新生駅を下車し高い煙突を目標に歩いて行くと台湾初代樺山総督の冠を付けた公園が有ります。ここも麦酒工場の跡地です。


最終更新日 : 2013-05-03 21:48:19

「北投穀倉」

「北投穀倉」

【建物】1938年(昭和13年)竣工。市定古跡。

【場所】MRT北投駅徒歩10分。台北市北投区大同街153号。

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北投には温泉だけではなく、こんな建物も残されています。現在も農会(農協)が使用しており訪れた時は職員が執務中でした。

最終更新日 : 2013-05-03 21:51:12

「台湾銀行頭取宿舎」

「台湾銀行頭取宿舎」   大同の家(網球場含む)自由の家

【建物】1902年(明治35年)竣工。市定古跡。

【場所】MRT小南駅。台北市中山区愛国西路16号。

この崩壊寸前の廃屋は台湾銀行頭取の官舎。木造とコンクリートの複合建築。1Fは宴会と会議室、2Fが宿泊施設となっていた。戦後は雑誌「自由中国」が反共の講演を恒常的におこない、歴史的に意義が有るとして「自由の家」の名称で市定古墳の指定を受けております。

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MRT小南門駅を地上に出るとすぐに目につく古跡が「大同の家(網球場含む)」と「厳家淦先生故宅」です。この周辺は官庁、軍関係の建物が沢山あり、公安員が数m置きに配置されております。写真撮影などはマークされており、その行動は他の公安員にマイクで連絡されています。


最終更新日 : 2013-05-03 22:00:53

「西本願寺 鐘楼・樹心会館」

「西本願寺 鐘楼・樹心会館」   

【建物】1923年(大正12年)竣工。市定古跡。

【場所】MRT西門駅徒歩5分。台北市萬華区中華路1段176号。

樹心会館 IMGP8685.JPG

 鐘楼
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輪番所
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浄土真宗西本願寺台北別院は賑やかな西門町の付近に位置してます。終戦後も宗教施設として使用されていましたが1975年に不審火で木造寺院全てを焼失し現在は廃墟となっています。跡地は現在「萬華406号」広場となっています。

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最終更新日 : 2013-05-03 22:00:58

武徳殿 (高雄) 

「武徳殿」高雄
【建物】1924年(大正13年)竣工。市定古跡。
【設計】
【場所】高雄市鼓山区登山街36号
 
【台湾で唯一の宮本武蔵の門下生 】
華人として唯一、日本で剣道教士5段を取得した陳信寰さん(55)は、修復を経て市の指定古跡となっているこの道場で、宮本武蔵の兵法である二天一流剣術を教えている。陳さんは1984年から3年間、九州で二天一流剣術の山東派10代目宗家、故・今井正之氏の指導を受けた。その後、台湾唯一の直系の弟子として認められ高雄に戻り、台湾での流派拡大につとめているという。出典:中央社フォーカス台湾
 

最終更新日 : 2013-05-03 22:32:41

「新竹州図書館」 

「新竹州図書館」   現在は新光人壽保険会社の看板がかかていまが営業はしておりません。

【建物】1925年(大正14年)竣工。市定古跡。

【設計】

【場所】新竹市文化街8号

 

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新竹は清の時代から栄えた古い町です。今はIT関連の工場や企業が集中しているため、「台湾のシリコンバレー」と呼ばれており日本からも沢山の企業が進出しております。冬季の季節風がきわめて強いため「風城」の異名もあり、貢丸湯とビーフンが特に有名です。

最終更新日 : 2013-05-04 11:26:49

「新竹信用組合」

「新竹信用組合」   現:新竹市第一信用合作社

【建物】市定古跡

【設計】

【場所】新竹市大道路130号

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最終更新日 : 2013-05-04 11:23:57

「湖心亭」 台中公園

台中公園「湖心亭」
【建物】1908年(明治41年)竣工。台中市市定古跡。
【設計】福田東吾
【場所】台中市公園路37号-1。
 
基隆~高雄(打狗)間408.5kが全通し、半年後の1908年(明治41年)10/24縦貫線全線開通式典が台中公園で開催された。貴賓、来賓、1360余名が招かれ盛大な式典が催された。「湖心亭」は式典参列の要人の休息所として設けられたものです。和式とも洋式とも中華風とも、思えぬなんとも不思議な姿の建物だ。


最終更新日 : 2013-05-04 11:29:20

「嘉義駅」

「嘉義駅」

【建物】1896年(明治29年)。市定古跡。

【設計】

【場所】嘉義市中山路528号。

1902年(明治35年)4/20日開業の西部幹線1等駅。

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最終更新日 : 2013-05-04 11:30:27

「台南公会堂」

「台南公会堂」   現:台南社教館

【建物】1911年(明治44年)竣工。市定古跡。

【設計】

【場所】台南市民権路2段30号。

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最終更新日 : 2013-05-04 11:35:13

「台南合同庁舎」 

「台南合同庁舎」   現:台南市消防隊第二分隊

【建物】1938年(昭和13年)竣工。市定古跡。

【場所】台南市中正路2-1号。

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消防局と警察局が使用していた合同庁舎。現在も台南市消防局第一大隊中正分隊、台南市警察局少年警察隊、台南市警察局婦幼警察隊の看板が掛けられている。

中央塔の部分には日本時代から引き続がれた緊急電話119の数字がしっかり書かれている。警察の緊急電話110も引き継がれている。


最終更新日 : 2013-05-04 11:39:23

「日本勧業銀行台南支店」 

「日本勧業銀行台南支店」   現:土地銀行台南分行

【建物】1937年(昭和12年)竣工。市定古跡。

【設計】

【場所】台南市中正路28号号。

ギリシャの神殿の様なデザインは台北支店と同じだ。「林百貨店」の斜め前に位置しています。

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最終更新日 : 2013-05-04 11:42:56

「林百貨店」

「林百貨店」

【建物】1932年(昭和7年)竣工。市定古跡。

【場所】台南市忠義路2段63号。昔の台南の一等地に立つ林百貨店、対面には勧業銀行が立つ。

修復作業中(2010.12月現在)

 

 古写真


最終更新日 : 2013-05-16 16:57:59

「武徳殿」台南 

「台南武徳殿」   現:忠義国小礼堂

【建物】1936年(昭和11年)竣工。市定古跡。

【設計】

【場所】台南市忠義路2段2号。

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訪れたのは暑い時期でしたが建物の中からは「えい」「やー」の元気な掛け声、剣道か柔道の練習をしていたのだろう。

最終更新日 : 2013-05-04 11:52:07

「台南州庁」 

「台南州庁」   現:国立台湾文学院

【建物】1916年(大正5年)竣工。市定古跡。

【設計】森山松之助。

【場所】台南市中正路1号。

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 大正初期に各地に州庁舎が建設されています。いずれ劣らぬ名建築の数々だ。(別頁掲載)

最終更新日 : 2013-05-04 11:59:31

「台南警察署」

「台南警察署」  現:台南市警察局

【建物】1931年(昭和6年)竣工。市定古跡。

【設計】

【場所】台南市南門路37号。

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最終更新日 : 2013-05-04 12:29:17

「嘉南大圳組合事務所」 

「嘉南大圳組合事務所」   現:嘉南農田水利会

【建物】1940年(昭和15年)竣工。市定古跡。

【場所】台南市友愛街25号。台南警察署の前。

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建物だけをみれば何故古跡認定の対象なんだろうと思うくらいなんの変哲もない建物だ。しかしこの嘉南農田水利会を舞台に壮絶なそして人間愛に満ちたドラマが展開されました。「八田与一」という明治男の人生わかけた一大ロマンスです。詳しくは拙著Puboo「烏山頭に咲く大輪の花」をご覧ください。

最終更新日 : 2013-05-04 12:59:10

「台南愛国婦人会館」

「台南愛国婦人会館」  現:台南市立図書館中区分館

【建物】大正年間(竣工時期不明)。市定古跡。

【場所】台南市府前路1段195号

奇麗に改修された「台南愛国婦人会館」。

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台湾は南国フルーツが豊富な土地で内でも台南附近には有名な産地が沢山ある。そんな果物を扱って台南で一番古い果物屋さん「莉莉水果店」が「台南愛国婦人会館」の隣に有る。


最終更新日 : 2013-05-04 13:02:28

台南高等工業学校校舎・日本軍歩兵第二連隊営舎

「台南高等工業学校校舎」「日本軍歩兵第二連隊営舎」   現:国立成功大学

台湾の名門国立成功大学の前身は1931年(昭和6年)に開校した台南高等工業学校である。名前は台湾の民族的英雄「鄭成功」にちなんでいる。キャンパス内には台湾歩兵第二連隊司令部の3棟の建物が保存され、現在も校舎として使われている。

 第二連隊の司令部として使用されていた「大成館」。 IMGP7386.JPG

本部長官と幕僚の事務室として使用されていた「歴史学系」校舎。 IMGP7375.JPG

 


最終更新日 : 2013-05-04 13:24:51

「紀州庵」 

「紀州庵」 

【建物】1917年(大正6年)竣工。市定古跡。

【場所】MRT公館駅徒歩20分。台北市中正区同安街115号。

日本時代この「紀州庵」は萬華に本店のある有名料理店の一軒だった。この一帯の往時は日本料理店、芸妓館が林立する花街で、三味線のつま弾く音や小太鼓の音が聞こえる粋な土地だった。今は見る影もないどころか、在りし日の姿を偲べるものはなにも有りません。

保存とは名ばかり朽ち果てるを待つのみです。 IMGP4768.JPG

 

最終更新日 : 2013-05-04 13:26:10

「台湾軍司令官官邸」

「台湾軍司令官官邸」   現:陸軍聯諠廰

【建物】1907年(明治40年)竣工。市定古跡。

【場所】MRT古亭駅徒歩10分。台北市中正区南昌路1段136号。

土木局水道課長官邸として建築された建物で、その後台湾軍司令官官邸となった。戦後のある時期「孫立人」司令官の将軍官邸となったが、「孫立人」が部下の中国共産党スパイ事件で失脚、軟禁された事により官邸としての役割を終えた。「孫立人」は1988年まで台中において33年間軟禁されていた。 

現在は陸軍軍官倶楽部として利用されている。

IMGP4745.JPG

 


最終更新日 : 2013-05-04 13:15:41

「台湾軍司令部」

「台湾軍司令部」  現:国防部後備司令部

【建物】1920年(大正9年)。市定古跡。

【設計】

【場所】MRT西門駅徒歩10分。中正区(博愛路と愛国西路の西北交差点)

1919年(大正8年)軍の指揮系統を総督府から分離し台湾総督府陸軍部を台湾軍とした。初代台湾軍司令官は明石元二郎第7代総督だ。この改革により台湾総督に文民を任命できるようになり第8代総督に文官の田健次郎男爵がつ任命された。

(小南門付近から撮影) IMGP4291.JPG

資料から拝借した日本時代の写真。入口の門、建物外観など現在もそのままです。Taiwan_Army_Headquarters_of_IJA.jpg


最終更新日 : 2013-05-04 13:23:32

「台北酒工廠」

「台北酒工廠」  現:華山1914創意文化園区

【建物】1916年(大正5年)竣工。市定古跡。

【場所】MRT忠孝新生駅徒歩10分。

総督府の専売公社の管轄下にあった日本酒の醸造工場跡地で、水の汚染がすすむ戦後の1987年まで醸造がされていた。現在は初代台湾総督華山資紀の名に由来する「華山1914創意文化園区」という文化施設になっており、酒造工場の敷地跡のノスタルジックと新しい文化が交じり合った不思議な空間となっております。 また近所には建国ビール(日本時代は高砂麦酒)の工場も有ります。

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ここには台北を訪れた日本人がよく顔出しする青葉新楽園が出店しバイキング式の雰囲気の良いサービスをしております。


最終更新日 : 2013-05-04 13:36:01

「植物園臘葉館」

「植物園臘葉館」

【建物】1904年(明治37年)竣工。市定古跡。

【設計】

【場所】MRT中正紀念堂駅徒歩15分。台北市中正区南海路 植物園内。

植物臘葉標本採集陳列館、約1600種類の標本を収集しています。

IMGP4304.JPG

最終更新日 : 2013-05-04 13:41:44

「李國鼎故宅」

「李國鼎故宅」

【建物】市定古跡。

【設計】

【場所】MRT忠孝新生徒歩10分。中正区泰安街2巷3号。

台湾経済の発展に多大な貢献を残した人物。

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最終更新日 : 2013-05-04 13:45:18

高等農林学校作業室

「高等農林学校」作業室 現:台湾大学農業試験場

【建物】1925年(大正14年)2/28竣工。市定古跡。

【設計】

【場所】MRT公館。台湾大学構内。

日本時代から農業研究は本校の重点研究の位置づけです。この研究所で「台湾蓬莱米の父」と言われている磯永吉博士が蓬莱米を作り上げました。

 

 


最終更新日 : 2014-04-08 12:52:09