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同和事業の黄昏を見つめる怨念の「糾弾地蔵」―鳥取県岩美町

鳥取県の観光地の代表格である鳥取砂丘。その東の端には駟馳山しちやまがあり、その南山麓を通る国道九号線駟馳山峠は鳥取市と岩美郡いわみぐん岩美町いわみちょうの境界だ。鳥取砂丘から京都府の丹後半島に至るまでの海岸地帯は山陰海岸国立公園に指定されており、二〇一〇年には世界ジオパークに認定された。

ジオパークの絶景を見たければ駟馳山峠を越えた後に左へ曲がって海岸沿いを通る国道一七八号線に入るのが正解だ。砂丘とは打って変わって険しい絶壁のある海岸が続く。波による侵食で出来た奇岩が連なり、海岸沿いをドライブするだけでも楽しめるが、時間があれば遊覧船に載って海から眺めればまた格別だ。

しかし、筆者はそのまままっすぐ九号線を進み、岩美町の中心部へと入った。その途中、役場の方向を示す標識に従って交差点を曲がると、「ジオパークに部落差別は、にあわない」という青い文字の看板が目に飛び込む。どうせ、同和べったりの自治体の人権スローガンの類だろうと、車を止めてよく見ると、そこには異様な光景が広がっていた。

部落解放運動のシンボルである赤い荊冠けいかんがデカデカと描かれた大きな看板、これまた黒地に赤い荊冠が描かれた石碑、さらに赤い荊冠を手にした地蔵が二つあり、台座にはそれぞれ「人権地蔵」「糾弾地蔵」と書かれている。さらに「差別はやめろ!」「今すぐ部落差別をやめて下さい」という叫びなどが書かれた石碑がいくつもある。地蔵にしても石碑にしても、単なるハリボテではなく、全体が御影石みかげいしで作られた立派なものだ。

なぜ、ここにこんな物が存在するのか。それを説明する前に、今から一〇年以上前に行われた、ある糾弾のことから話をすすめよう。

赤い荊冠を手にした「糾弾地蔵」。御影石で作られ、人の背丈ほどもある立派なものだ。


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ハシシタ奴の本性という名のアジテーション

ハシシタ奴の本性という名のアジテーション

本当にお目出度き国ではないか。たかだか週刊誌の記事一つでここまでの騒動になろうとは…。一〇月一六日、『週刊朝日』(一〇月二六日号)で作家、佐野さの眞一しんいち氏による橋下はしもととおる大阪市長の出自や過去に迫った『ハシシタ奴の本性』が掲載されるとメディア業界、行政を巻き込み蜂の巣を突くような騒ぎになった。佐野氏と言えば〟ノンフィクションの巨人〝という称号もある国内屈指の作家であり、また共同取材に今西いまにし憲之のりゆき氏、村岡むらおか正浩まさひろ氏ら著名記者を起用している。この顔ぶれだけでも週刊朝日側の〝本気度〟が伺えた。いわゆる記事の総元締めであるアンカーに佐野氏、そしてジャーナリストとしても実績十分の今西、村岡両氏をデータマン(取材陣)に配する豪華ラインナップだから、朝日としては自信満々の記事であったことは言うまでもない。

もちろん当時、本誌も記事を読んだわけだが、「不適切な内容」というよりは、なぜこの今さら〝この手〟の話が出てくるのか理解に苦しんだ上、失礼ながらあれだけの豪華布陣でこの程度の内容なのかとさえ思った。

本誌の読者ならばもうご存知だっただろう。昨年、ノンフィクション作家、上原うえはら善広よしひろ氏が『新潮四五』(二〇〇一一年一一月号)「最も危険な政治家」橋下徹研究 孤独なポピュリストの原点」で橋下市長の出自や生い立ちに関するルポが掲載された。さらに上原氏の記事をほぼ踏襲した形で『週刊新潮』(同年一一月三日号は)が「同和」「暴力団」の渦に呑まれた独裁者「橋下知事」出生の秘密」、『週刊文春』(同号)も「暴力団組員だった父はガス管くわえて自殺 橋下徹四二歳書かれなかった「血脈」と続いた。

『ハシシタ奴の本性』は、上原氏から続く一連の記事のいわば二番煎じであって、さらに「ルポ」や「ジャーナリズム」というよりは、「だが、初めに断っておけば、私はこの連載で橋下の政治手法を検証するつもりはない」(本文より引用)というくだりから見ても、一種のアジテーション記事という性格を帯びていた。それに加えて佐野氏が『週刊ポスト』で連載していた『あんぽん 孫正義伝』(小学館)がヒットしていたことも見逃せない。「あんぽん」とは、孫氏が日本名「安本」からあんぽんと呼ばれていたことにちなんでおり、「ハシシタ」というタイトルも「あんぽん」を受けて命名されたことは十分理解できた。

記事の内容については、ネット上でも賛否両論が入り乱れたが、当初の世間の受け取り方としては「大御所の大先生が物申す」程度だっただろう。しかしハシシタ報道は、予想外の方向に向かっていった。

一〇月一八日、橋下市長会見は喧嘩けんか名人の証

すでにツイッター上で記事に対して怒りを露わにしていた橋下氏だったが、一〇月一八日に開催された大阪市の市長会見は、殺伐さつばつとしたもので、会見の冒頭、橋下市長はこう切り出した。(以下、会見録を抜粋。内容はママ)

「はい。お待たせしました。まず僕からですね四点、大阪市長として説明をさせてもらいます。そのあとこの市長としての説明について皆さんからご質問受けてですね、そこからまず、昨日ちょっと話をさせてもらいました週刊朝日の記事についての、いろんな僕の考え方等についてメディアの皆さんと議論させていただいて、そこで市長としての会見は閉めさせてもらって、第二部維新の会の代表としての会見という形にさせてもらいます」

ここで橋下氏が言う週刊朝日の記事とは、もちろん『ハシシタ奴の本性』のことだ。

昨日の週刊朝日のあの記事についての僕の考え方についてなんですが、冒頭ですね、まず僕がそのあといろいろ考えてですね、ABC放送についても取材、朝日新聞社の方から考え方がはっきりしない限りはABC放送の取材も断るというふうに言いましたけれども。資本関係とかいろんなこと、役員のその関係その他いろいろ確認しましたところ、これは同一視すべきそういう社ではないというふうに僕も納得しましたので、ABC放送については従前通りと。要は今回の僕の問題提起としましては、週刊朝日と朝日新聞社に対する取材はこれは一定の考え方を聞くまではお受けしないということでありまして、ABC放送についてはそこはもう無関係ということにさせてもらいます。

橋下氏は、週刊朝日が朝日新聞社の一〇〇%出資の資本関係にあることから、同社への取材拒否をブチ曲げた。対する朝日新聞記者の答えは、「社としての見解を私が言うことはありません」、「今朝の朝刊にもある通り週刊朝日を発行してるのは朝日新聞出版という会社でありまして、確かに子会社ではあるんですけれども編集権は全く別であります」というものだった。

対して橋下市長は、こう反論した。

そんなんだったらトンネル会社作ってそんなの不法団体がトンネル会社作ってなんでもかんでもいろんなことやるのと一緒じゃないですか、こんなのはもう。不法団体、もう朝日新聞は不法団体そのものになったからしょうがないですけども、そらトンネル会社作って一〇〇%子会社作ってそこに無茶苦茶なことをやらせて本体の方は私は知りません

トンネル会社という指摘がいかにも橋下市長らしく苦笑したものだが、どうあれこの時点では、記事内容を問うといよりも「出資関係」で責任を問うており、随分とズレた議論をしている印象だった。それよりも過去、新潮、文春で同系統の記事があったことを問えばいいと思った。その矢先、このような質問が出てきた。

共同通信の真下ましもと申します。質問になっちゃうんですけども、去年のちょうど同じ頃にですね、今議論になってるですね、出自の問題、血脈の問題ということで、ある雑誌がですね、お父様の出身がですね、被差別部落であるというような論考をですね、出したと思うんですけれども、その時の市長の反応とですね、今回の反応とは少し異なってるように見えるんですけども、そこの違いは一体何なのかっていうことを、それは一雑誌、ノンフィクションライターがですね、一雑誌に寄稿したということと、大メディアがですね、親会社としている媒体でそれを行っているからというそういう違いに起因しているのか、それともまた別のところにあるのかっていうところについてはいかがでしょうか

これに対する橋下市長の回答は、こうだ。

いや、感情的には一緒ですよ。だから僕は文春や新潮にも相手にしないっていうふうにもう言ってますからね。報じられたことについてちょっと僕のプライベートのことで報じられたことについては、それはそれで報道の範囲ですから、それはよしとしてもね。文春や新潮も相手にしないってことはもう言ってますよ。ただそれよりも今回のがもっと明らかにね、あの時は選挙前でああいう報じ方もいろいろあってそれはもう怒りは一緒ですけどもね

語気を強めて朝日サイドを攻撃する橋下氏に記者陣もたじたじの印象だ。


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