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議員定数と人材育成

議員定数と人材育成

Seibun Satow

Nov, 22. 2012

 

「プロ野球でいっちゃん大切なんは、二軍や。これからスターになるヤツを育てるんやから、球団は二軍に金を使わんとあかん」。

吉本興業のある人物

 

 人口に対する日本の国会議員数は、国際比較をすると、高くない。一方、歳費は、逆に、低くない。これはインターネットで調べればすぐにわかるので、ここでは触れない。それくらいのコストを惜しんではいけない。増税をするのであれば、国会議員も身を切る必要があるという主張がある。国際比較のデータを参考にするならば、明らかに歳費の削減がそれに適っている。ところが、議員定数の削減を要求する議員や識者、メディアが少なくない。

 

 民意の反映をより厳密に行うため、議員定数の削減には慎重であるのが世界的な民主主義の常識である。政治家は有権者の代理人である。その怠惰を叩いて、定数を削減して溜飲を下げたところで、損をするのは有権者自身である。定数削減論はあまりにも素朴だ。

 

 欧州の地方議員定数は、概して、日本のそれよりはるかに多い。実は、実費は支給されるものの、歳費のない名誉職であることも少なくない。主権者が政治にかかわることが民主主義では重要なので、議員定数は多くすべきだというのが欧州の考えである。

 

 働いていない議員も多く、量より質が大切だとする意見も日本では聞かれる。しかし、質と定数を同じ土俵で論じるのは無理がある。定数を削減すれば、選挙に強い議員が残る。けれども、彼らが質のいい議員であるとは限らない。そもそも、集団において、規模に関わらず、働いている比率は一定であるというパレートの法則から言っても、適切ではない。

 

 議員の質は人材育成システムンの未整備に起因している。欧州の主要政党は自前の人材育成システムを持っている。一方、日本ではそれがあるのは公明党地共産党くらいである。

 

 日本の主要政党が新しい人材をリクルートする方法は、世襲、議員秘書経験者、外部からのスカウトの三つである。三番目は主に官僚、支持団体からの推薦、著名人で占められる。システムが特になくても、55年体制は安定していたので、政治の現場で人材を育成すればいいとされている。また、後援会制度のため、その組織自体が生き残るように活動し、政治家の質が二の次になることも少なくない。

 

 官僚を政治家に転身させる道筋をつくったのは吉田茂である。戦前からの政党政治家の発言力を統治の場面で抑える目的から、彼は官僚を政治家に抜擢する。また、政党も、515事件以来、統治から15年以上も締め出されていたため、経験が乏しい。官僚の力がなくては、政党の側にも統治の運用ができない実情がある。ただ、戦前からの政党政治家、すなわち党人は私学出身者が多く、帝大卒の官僚政治家と肌合い側ない。両者のぶつかり合いは長らく保守政治のダイナミズムの一つでもある。

 

 しかし、55年体制が解体し、連立政権が常態化すると、政治家の質のばらつきが目立つようになる。最たる例がいわゆる「チルドレン」だろう。公明党や共産党は粒のそろった政治家を国会に送りこんでいるが、他の政党はムラが大きい。竹下登が小渕恵三の後に自民党の人材が残っていないと嘆いたことはあまりにも有名である。

 

 政治家の仕事は、漠然とした社会の気分を汲みとりつつ、チームワークで各種の調整を行って、政策を実現していくことである。現場での組織としての行動などの経験が不可欠で、育成には時間がかかる。しかも、継続的に輩出しなければならない。政党自身が生き残っていくためにも、自前のシステムが必要である。

 

 私塾によって政治家を育成することは困難である。これは、何も松下政経塾の害悪を根拠に主張しているわけではない。政治の目的は、国民生活の向上など抽象的である。目的が具体的でなければ、それに必要なノウハウも明確化できない。アメリカの高等教育機関には選挙スタッフのコースが用意されている。選挙活動という具体的な目的があるから、ノウハウを指導できる。しかし、政治家コースはない。私塾による政治家育成は政治を理解していないから生まれた発想だと言える。

 

 日本の政党政治をめぐって、昨今さまざまな主張がなされている。しかし、なぜか議員の人材育成に関する意見は乏しい。先進民主主義国で主要政党が自前のシステムの整備に熱心でないことは珍しい。政党が自前で人材を育成して有権者に示すから、政党に対する信頼も高まる。また、新陳代謝がインセンティブであるので、組織内も活性化する。公明党と共産党は欧州の政党に近く、両党の姿が「政党政治」である。

 

 ただ、後援会制度は、議員個人への支持であるから、大政翼賛会のような全体主義体制への抗いには一定の効果を発揮する。もちろん、「バスに乗り遅れるな」が示しているように、あくまでも限定的である。加えて、議員の質にばらつきが出たり、世襲化が促進したりする危険性がある。それは政党への不信にもつながる。

 

 政治論議の際に必要なのは、その制度がいかなる発想に基づき、どのような機能を持っているかを理解しておくことだ。それをしないで迎えたのが今の事態である。

〈了〉

参照文献

玉木正之、『プロ野球大事典』、新潮文庫、1990


この本の内容は以上です。


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