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1

 ひとりきりで旅をつづけているきみへ。
 はるか彼方から、吐息がふれあうほど近くから、こころからのメッセージを。

 

 

 きみの声が聞こえた。
 辛くて、苦しくて、やりきれないと嘆くきみの声が。
 ぼくはいつだって、きみのそばにいる。つながっている。
 肉体でまじりあうよりも、ずっとずっと深いところで。
 ただ、いまここにいるきみは、そのことをすっかり忘れてしまっているから、こうしてなれない言葉をつかい、きみにふれたいと思う。
 暗闇で凍え、ふるえているきみのこころに、少しでもとどくことを祈りながら。
 いつか、きみがそうしてくれたように。

 

 

 きみはいま、なにに怯えているの。
 なにを憎んでいるの。
 きみをとりまいているすべてのことに?
 それとも、きみ自身に?
 両方かもしれないね。

 どうか思い出してほしい。

 青く美しくかがやく星、地球と見つめあった、あの瞬間を。

 

 

 広大な宇宙を旅していたぼくらは、きらめく星々のなかでも、ひときわつよくこの星にひかれた。
 大気と水と大地をもって、うまれたがるいのちをわけへだてなくうけいれ、はぐくんでくれる、慈悲のかたまりであるこの星に。

 宇宙にはたくさんのいのちがあった。
 意識があった。
 ぼくらもそのなかのひとつだった。
 純粋なる光であった。
 すべて知っていて、なにひとつ知らなかった。
 完全であり、それゆえに不完全だった。

 たとえば、ぼくらは愛であることを知っていた。
 愛によってつくられたから、愛すべき、愛されるべき存在なのではなく、ぼくらそのものが愛であることを知っていた。
 けれど、愛を知らなかった。
 時間にも空間にもとらわれない、完全な状態にいるぼくらは、愛そのものでありはしても、愛というものを知らなかった。
 いま悲しんでいるきみが、自分自身を知らないのとおなじように。

 

 

 地球のまわりには幾重もの光の層があった。
 慈愛にひかれてやってきたぼくらのような存在がたくさんいた。

 愛とはなになのか、愛とはどうするのか、ぼくらは知りたかった。

 うまれるとは、愛を、自分自身を表現することだった。
 地球はそれを叶えてくれた。

 

 

 地球に降立つまえ、ぼくらは互いに封印をほどこした。
 ぼくらが光であること。
 愛であること。
 すべては完全であること。
 そのことを知るために、ぼくらはそのことを忘れた。
 自分自身を見つける旅に、ぼくらは飛び立った。
 笑顔で再会する約束をして。

 


2

 ふみしめる大地のたしかさ、すいこむ空気に満たされた力、ふりそそぐ太陽のつつみこむようなやさしさ。
 はじめての感動に胸をふるわせたのはいつだっただろう。
 あれからもう、ずいぶんたったね。
 ぼくらはいくつもの生を過ごした。
 男と女、貴族と農民、王と奴隷、姫と騎士、親と子、兄弟、恋人、敵、同士。
 ありとあらゆる立場になり、思いつくかぎりの関係をむすんだ。
 きみとわかちあえるすべてを感じたかった。
 それが、ぼくらの旅の目的。


 
 きみはおぼえているかな。
 ぼくらが恋人としてめぐり会ったときのことを。
 ぼくは旅人だった。持ち物などなく、あるのは自分のからだだけ。
 ゆくあてのない旅路。なにかを探しつづけていた。とてもとても大切なもの。そのために歩いているのだと、いつでも確信することができた。
 きみは森のそばの小さな村で暮らしていた。大切なものが、道なき道を歩み、自分のもとへたどりつく日を、ひたすら待っていた。ずっとずっと待ちつづけていた。そのために自分がいることを、片時も忘れることはなかった。
 探す日々も、待つ日々も、夜空を見あげれば癒された。
 ぼくらは宇宙とつながっていることができた。
 すべてを信じることができた。
 だから、ぼくらは出会えた。
 森の小道からきみがあらわれたとき、ぼくは自分が探しつづけていたものの正体を知った。きみは、待ちつづけていたものの正体を知った。
 ぼくはなにひとつもたない旅人だったけれど、なにも必要なかった。
 肉体さえあればよかった。
 ささやき、ふれあい、見つめあう。
 きみと交わすすべてのことから愛を学んだ。
 ぼくらはなんてあたたかかったのだろう。
 ぼくらはなんていとおしい存在だったのだろう。
 光であったころには知りえなかった、めくるめく感情。
 やわらかな風や、かぐわしい花の香り、鳥のさえずり。きみを守りはぐくんできたすべての存在、目に見えるものにも見えないものにも感謝した。
 きみを愛することで、自分自身を愛し、また、すべてを愛した。
 まさしく、世界は愛でできていた。
 ぼくらは愛しあった。
 死が、ふたりを別つまで。


3

 死。
 無限からきたぼくらがはじめて体験した、喪失。
 愛するものがきえてしまう恐怖。
 ぼくらが光であることを忘れ去るのに充分すぎる衝撃だった。

 

 

 あるときぼくは、ある土地の領主だった。
 あたらしいもの、めずらしいものをあつめるのが趣味だった。欲しいものはなんでも手にいれた。そうでないと気がすまなかった。たくさんのものにかこまれていた。
 しかし、こころは満たされていなかった。
 あつめてもあつめても、なにかが足りないと、自分のなかで叫ぶ声があった。
 星空を見あげると、胸がせつなくうずいた。
 決定的ななにかが足りない。とてもとても大切なもの。
 言いようのない孤独感にさいなまれ、鬱々とふさぎこむようになった。
 おかかえの占い師が言った。
「タマシイの伴侶があなたを満たしてくれるでしょう」
 ぼくは領地中の娘をあつめた。
 着飾った娘たちのなかでひとり、かがやいて見える清らかな少女がいた。きみだった。
 ぼくと目をあわせ、はにかんだ笑みをうかべた。
 ぼくは自分に欠けていたものの正体を知った。
 きみさえそばにいてくれれば、なにもいらないと思った。
 きみもおなじだと疑わなかった。
 すぐにきみを屋敷へむかえいれた。高価な宝石、豪華な衣装、贅沢な食事。きみにしてあげられることなら、なんでもしてあげたかった。
 それがぼくの愛のあかしだった。
 けれど、きみは瞳をふせ、かなしそうにうつむくばかり。
 ぼくは困り果てた。
 どうすれば愛が伝わるのだろう。
 どうすればきみも愛してくれるのだろう。
 なにが欲しいのか、なにがしたいのか、ぼくはたずねた。
 なにもいらないと、きみは言った。親兄弟に会いたいと、乞うた。
 ひどく裏切られた気分だった。こんなにも愛しているのに伝わらないもどかしさに、からだじゅうがふるえた。
 青ざめたぼくに、きみは言った。
「あなたを嫌っているのではありません。わたしを産み育ててくれた両親と、ともに支えあってきた兄弟を思う気持ちを、どうかみとめてください」
 理解できるはずがなかった。
 ぼくはきみ以外欲しくないというのに。
 そんなことは、あってはならないことだった。手にはいらないものがあるなんて信じられなかった。ぼくはどうしても、きみをぼくのものにしたかった。
 そうでなければ生きている意味がないと、本気で思っていた。
 微笑みかけてもくれなくなったきみに、怒りさえおぼえた。
 それでもぼくはきみを愛していた。だから、きみがぼく以外の存在を求めることの間違いを正そうと努めた。
 きみのために特別な塔を建て、ぼくとしか会えないようにした。
 まいにち贈り物をして、まいにち愛をささやいた。
 ひっそりと、きみが息をひきとるその日まで。

 

 あるときぼくは騎士だった。
 美しい姫に忠誠を誓っていた。きみだった。
 きみはぼくを信じていなかった。ぼくをためしてばかりいた。
 凶暴な獣の牙に、竜のうろこ。きりたった山の頂上に咲く花や、海底に沈む幻の宝石。
 きみの瞳に映ることができるのなら、どんな困難でも苦ではなかった。肉体が傷つくことなど恐れず、ぼくはなんだってきみに捧げた。
 だけど、きみがよろこぶのはほんの一瞬だけ。そんな危険をおかさせた自分に愛想を尽かすのではないかと怯え、顔をこわばらせた。
 とりつくろうようにほどこされる、たくさんの金貨。
 そんなものが欲しくてしたのではない、ただ、あなたを愛しているのだと告げても、きみは信じてくれなかった。
 きみは立場にとらわれていた。
 位の高いきみにぼくが忠誠を誓うのは当然だと思っていた。それを確認するかのように、無理難題ばかり命じた。ぼくがきみに従うことで安堵し、同時に落胆した。ぼくがきみにこたえるのは立場あってのものだと思いこんで。
 きみは自らの美しさにとらわれていた。
 ぼくがきみに忠誠を誓うのは、きみが美しいからだと思っていた。間違いではない。ぼくはきみが放つかがやきにどうしてもひかれてしまうのだから。
 鏡に映る姿だけではなく、瞳をかがやかす内なる光に、ぼくはひかれていた。
 きっと、宇宙を旅していたころのかがやきを感じとっていたんだろう。
 きみもぼくの目にそれを見ていたんじゃないだろうか。だからこそぼくにこだわった。
 ぼくを失わないように、きみは権力を誇示し、美貌をたもつために神経をすり減らせた。
 疲れ果てたきみは、ある噂を耳にする。
「若く健康なヒトの心臓をくらえば、永遠の命と、衰えることのない美貌をさずかることができるだろう」
 きみはぼくにそれを命じた。ぼくがそれを調達できれば、ともに食すことをゆるそうとまで言った。
 命令ではなく、哀願だった。
 ぼくと永遠に生きたいという、きみなりの愛の言葉だった。
 ぼくは笑い、うなずいた。
 そして、心臓をさしだした。
 自らの胸をきりひらいて。

 


4

 愛を、自分自身を表現することは、なんてむずかしいんだろう。
 この美しい慈愛の星に降立ってから、まるで深い森に迷い込んだようだ。
 どこにいるのか、どこへ向かっているのかわからない。
 夜空を見あげても、自分のちいささを思い知らされるようですこしも癒されない。
 なにを信じればいいのだろう。
 大切なものは手にいれたはしからこぼれ落ちていってしまう。
 うつろいやすい世界。
 愛からどんどん遠ざかっているようだよね。
 だけど、どうか悲しまないで、もうすこしだけ聞いてほしい。
 すべては完全だということを、本当は知っているだろう?

 

 

 あるときぼくは、ある国の、はいてすてるほどいる民のひとりだった。
 働いても働いても、なにも手元には残らなかった。王にすべてを奪われた。
 うまれたときから、一生はすでに決められていた。
 民は王のために身をけずり、死ぬまで働きつづける。若くして他界した両親のように。王はそれをただうえから眺め、いや、気にもかけずに富を享受するだけでいい。
 役割分担。手のとどかないところで最初から決まっていること。望んだとおりにうまれることができるなら、みんな王になっている。
 夜空に散らばる星々さえも、定められた軌道をすすむしかないのだ。
 人間ごときに変えられるものではない。
 王とて、望んでそこへうまれたのではないだろう。
 そう理解して運命をうけいれたとしても、気が晴れるわけがなかった。
 なぜ、こんな辛い思いばかりしなければいけないのか。
 目に見えるものすべてを罵り、憎んだ。恨み、つらみ、皮肉、あざけり。くらい感情ばかりがわきあがった。
 そんなものばかりうみだす己の意識さえ嫌悪した。
 生きていれば生きているほどけがれていくようだった。
 まさしく、世界は悪でできていた。
 世界相手に立ち向かうにはあまりにも無力だ。
 若くして悟ってしまったぼくに、残された道はなかった。
 こんな世界には生きていたくない。自分ひとり消えたからってなにも変わりはしない。
 すべてに絶望し、いのちをたとうとしたとき、風がふいた。
 
 声が、聞こえた。


5

 感じることをやめないで。
 どんなにひどく思えても、感じることから逃げたりしないで。
 それは、あなたが望んだこと。
 あなただけの宝物。
 わたしたちの宝物。

 

 

 意味がわからなかった。
 こんなひどい生活を、自らが望んだというのか。
 無責任にしか聞こえない風の声に、戸惑いと、怒りを感じた。
 それでも、その声にはあらがえないなにかがあった。
 自分でも目をそらしたくなるほど黒々とした思いばかりをかかえるぼくを、すこしも責めはしなかった。ぼく自身よりも、ぼくを知っているようだった。
 目に見えない、やわらかななにかがぼくをつつみこんだ。
 なつかしかった。
 ゆるされた気がした。

 

 

 ぼくは、感じることから逃げるのをやめた。
 それが恨みであろうと憎しみであろうと、ぼく自身として認めた。
 その感情とともに生きることを決めた。
 不思議なことに、ぼくを蝕んでいたくらい感情は、やがて強い力へとかわっていった。
 ぼくは、おなじように苦しさにあえいでいる人々に呼びかけた。
「憎しみを押し殺すことなどない。それこそが我らに与えられた力だ。運命に打ち勝つために、いまこそ立ち上がろう」
 人々を扇動するのはたやすかった。
 辛さのあまり考えることをやめていた人々は、すがるなにかを求めていた。
 かつてぼくらが、占いや噂に未来をあずけたように。

 

 

 ぼくらは王を討ち取った。
 最初に声をあげたぼくは英雄としてたたえられた。
 みんなぼくに従いたがった。
 ぼくはあたらしい王となった。
 自国の民を苦しめるかわりに、他国に攻め入ることを提案した。
 みんな歓喜してそれに賛同した。
 自分で考えるより、なにかにゆだねる道を選んだ。

 

 

 戦いは祝福だった。
 自らの力で世界を手にいれていく喜びに、みんな酔いしれた。
 つきることのない欲望。
 手にいれれば手にいれるほど、飢餓感は増していく。
 侵略はつづいた。
 境界線があるかぎり。

 

 

 さだめられた運命を恨み呪うのと、よい生活を与えてくれるのを信じて誰かを崇拝するのと、なにかちがいはあるんだろうか。
 どちらがより生きているといえるだろう。
 人々の生活はおおきくかわったように見えたけれど、本質的なものはまったくかわっていないように思えた。
 王になったぼくでさえ、自分を生きている感覚はうすかった。
 どれだけ崇められようとも、どれだけ堂々と振舞ってそれにこたえていようとも、中身は無力感にさいなまれた少年のままだった。それを自覚していたから、周囲の人々の自分に接する態度と、それにともなわない己の内面との差に、違和感をおぼえた。
 誰かひとりでも、本当の自分を見てくれているのだろうか。
 帰るべき道を見つけられずに途方にくれている迷子のようなぼくを。
 人々の目に、いつしか苦痛をおぼえるようになった。見られれば見られるほど、自分が自分でなくなっていく気がした。自分が消えていくようだった。
 自分自身を生きることができていない感覚は、真綿で首を絞めるようにゆるやかにぼくを追いつめていく。
 なにかに動かされている気がしてならなかった。自分ではとうてい太刀打ちのできない、圧倒的な力によって。
 どうしてぼくはここにいるんだろう。
 星はただ天空をめぐるばかり。
 この虚無感はいつになったら消えるのだろう。
 全世界を支配できたなら、すべてから解放されるのだろうか?



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