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「一応説明しておきますと、ハーバーライト家は騎士に叙任されたウィルにより、士爵に封じられました。が、そのウィル殿が戦死してしまった以上、位は返していただかねばなりません。おわかりですね、シャルル様?」
「う……」
 シャルルは俯いて唇を噛んだ。
 困ってるのかな、シャルル? その『士爵』っていうのが無くなると、どうなるんだろう?
 ウィル戦死の情報は、もうここまで届いてるんだ。あれから三日経つんだから、当たり前かも知れないけど。
 何か言った方がいいのか考えていると、ウィンザレオが前に出た。
「おい、ちっと待てよ。シャルルは士爵の俸禄しか収入がねぇんだ。それを止めるってのは、シャルルに“死ね”って言ってるようなもんだぜ? あんなに頑張ったウィルの家人に対して、随分な仕打ちじゃねぇか?」
「えっ? そうなんだ? そんなのひどいよ!」
 びっくりした僕は白髭の紳士を睨んだ。
「おお。久しぶりだな、ウィンザレオ。元気そうでなによりだ」
 デーンは口元だけで笑顔を作り、ウィンザレオに鋭い視線を向け、
「それはハーバーライト家の事情であり、ガードナー伯の関知するところではありません。無論、一般的な士爵家であれば、配下の騎士の生活もあるので禄を止めることはありません。ですが、こちらはウィル殿一人で持っていた。こうなることは、事前に予測出来たはずです」
 と、つらつらと淀みなく答えた。

「正論だな。戦いに身を置く以上、いつ死んでもおかしくはない。備えをしておくのが常識だろう」
 クリスは腕を組んで頷いた。デーンの意見を認めている。
 シャルルはますます俯いた。ウィンザレオも押し黙ってしまった。論戦には弱そうだ。
「そ、そんな! そんなの、絶対おかしいよ! だって、ウィルはみんなの為に戦って、それで命を落としたんだよっ!? なのに、死んだら終わりなんて、おかしいよ!」
 黙っていられなかった。
 おかしい! そんなのおかしいよ!
「なんだ、この女は? 無礼な。シビリアンでもない者が、私に向かってそんな言葉使いは許されんぞ」
「う」
 左右の騎士がデーンの前に出て、僕に剣を突きつけた。銀色の刃がぎらりと光を弾いている。
 でも、僕にはそんなの目に入らない。それぐらい、この男の言うことに反感があった。

「無礼でもなんでも、おかしいものはおかしいよ!  ウィルが戦ったのは、シャルルのためだ!  シャルルがいなくちゃ、ウィルは頑張れなかったはずだ!  だから、ウィルの爵位だって、シャルルがいなくちゃ貰えなかったはずなんだ!」
「黙れ!」
 二人の騎士の剣がクロスして、僕の首に押し当てられた。
「ディア……」
 シャルルが泣きそうな顔を上げた。
「いやだ! 僕は、黙らない! そんなウィルを見送るシャルルがどんな気持ちだったか、考えてあげてよ!  きっと、心配で寂しくて悲しくて、何度も何度も泣いていたに違いないよ!  なのに、ウィルが死んだらそれまでなのっ!? シャルルは、なんの役にも立っていなかったって言うのっ!?  そんなの、間違ってる! 誰がなんと言おうとも、絶対間違っているんだよっ!」
「……この、ガキがっ……!」
 デーンは書簡を握り締め、ぶるぶると肩を震わせ出した。顔は真っ赤になっている。
「かまわん! そのガキは首を刎ねろ!」
 デーンは手を横に振り払った。
「ははっ」
 首にあった騎士の剣が一旦引かれ、再び僕に向かってくる。
「っ!」
 僕は思わず目を閉じた。

「やめときな」
「むっ! 邪魔をするか、ウィンザレオ!」
 でも、その剣はウィンザレオの剣に阻まれ、止まっていた。
 交差する二本の剣の間に、ウィンザレオの大剣がぶつかり、ぎりぎりと音を立てている。
 騎士二人は両手で剣を握って押している。
 でも、ウィンザレオは大きな剣を片手で支え、涼しげな顔で二本の剣を止めている。
 凄い。びくともしてないよ。怪力だなぁ、ウィンザレオ。
「ふ。ウィンザレオの魔力回路は最高の身体能力強化を誇る『モンスター』だ。『闇属性』だろうから、全力で力を解放すれば、『獣人』になってしまうがな」
「あ。そうだったね」
 クリスの説明に、僕は納得して頷いた。
 普通の人間じゃ、ウィンザレオの相手にならないよ、これ。

「おい、お姫様。おめー、ちっと無防備すぎじゃねぇのか? ほっときゃホントに首がなかったぜ、今のは」
 騎士の剣を止めたまま、僕に呆れたように言うウィンザレオ。
「あ、ご、ごめんね。僕、スピードはないから。ああいう突然の攻撃は、防御が間に合わないんだ」
「今の攻撃の、どこが突然だよ。ったく、強ぇんだか、弱いんだか」
 ウィンザレオは肩をすくめた。大きな背中が頼もしい。やっぱり、ウィンザレオはかっこいい。
「おい、貴様。今、ディアを殺すように命じたな?」
 ずいっと前に出たクリスの、銀の瞳がデーンを睨んだ。
 まずい! めちゃめちゃ殺気を放ってる!
「な、なんだ、貴様は! 私に向かって、貴様だとっ!?」
「貴様こそ、私に向かって貴様とは、いい度胸だな」
 ぶわ、と白い翼が広がった。

 


31

「わわわわわ! クリス、殺しちゃダメだよ!」
「なにぃ? 面倒だ。領主ごと、皆殺しにすればいいだろう? 生活に必要な物など、そのついでに略取すればいいだけだ。これで全て解決だ」
「グファファファファ! そりゃあいいな! アルクデスタの守備兵は五百ってとこか。ガードナーも、さぞや腰を抜かすだろうぜ! グファファファファ!」
「えええええ! ウィンザレオ! キミまでそんなこと言うのっ!?」
 この二人なら、それぐらいホントに簡単にやってのけるよ、きっと!
 でも、こんなの!
「き、貴様らっ! それは反乱の意思あり、ということかっ!?   そんなことをしてみろ! アーク公国本国からも増援が来るであろうし、我らの支配が及ぶうちでは、もう二度と人間らしい暮らしは出来んぞ!」
 だよね。僕らはともかく、シャルルが困るよ、それ!
「んじゃあ、国を全て乗っ取るか。それなら文句ねぇだろう? グファファファ!」
「ほほう。それは面白い。こんな小娘どうでもいいが、ディアを舐められたままでは引っ込めん。一つ、私も力を貸そう」
 なんでノリノリなの、クリス!? 話がでっかくなってるよ!

 雪だるま式に大きくなってゆく話におろおろとしていると、今まで黙って成り行きを傍観していたシャルルが口を開いた。
「やめて。もういいわ」
 それは、穏やかな口調だった。
「シャルルにゃん?」
 ぎゅっと握られた手にもう片方の手を添えて、ハッピーがシャルルの顔を覗きこむ。
 ウィンザレオが「ぐ」と苦しげな声を出し、騎士の剣に少し押された。ハッピーの一言にダメージを受けたようだ。
 意外な弱点だなぁ、ウィンザレオ。
「も、もういいだって? こいつら、ウィルを都合よく使ったあげく、捨てるつもりなんだぜ? それが許せるのかよ、シャルルッ!」
 でも、ウィンザレオは頑張った。ハッピーの声にもめげず、シャルルに真意を問い質す。
「同感だな。こんなやつらがのさばっているから、ディアが苦しまねばならなかったのだ。いっそ全てぶち壊し、私が理想郷を築いてやってもいいのだぞ」
 そうか。クリスはこういう人間が『闇』を生み出す元凶だと思っているんだ。
 確かにそうかも知れないけど……本当にそうなのかな?

 シャルルはクリスとウィンザレオを見比べると、また同じ言葉を繰り返した。
「いいのよ。いいの」
 そんなシャルルの纏う空気に、僕は背筋を凍らせた。
 クリスとハッピーは気付いていない。でも、ウィンザレオは僕と同じように、何かを感じているみたいだ。
「クリス。ウィンザレオ」
 僕は二人に気を静めるよう促した。
「ふん。ディアが止めろと言うなら、従うしかないな」
「グファ。シャルルがいいって言うんなら、ただのでしゃばりか。つまらねぇぜ」
 しぶしぶとクリスが翼を引っ込め、ウィンザレオが剣を引く。
「……ふん。出来もせんことを。勢いだけで生きている馬鹿どもめ。シャルルに感謝するがいい。自殺行為を止めてもらえて、良かったではないか? ほっほっほっほっほ!」
 デーンが調子付いて毒舌を振るった。
 シャルルはそれでも表情を変えていない。
 我慢強い? いや、そうじゃないね。
 何を考えているの、シャルル……?

「では、これを」
「ええ。今までどうもありがとう。ご苦労様、デーン男爵」
 デーンから差し出された書簡を、シャルルはうやうやしく受け取った。
 男爵だったのか、この紳士。
「これで、シャルル様……いや、シャルルはただのイノセント(平民)である。  以後、城下街に入るにはシビリアン(文民)の資格を得るか、商用の通行証が必要となるので、そのつもりで。行くぞ」
「ははっ」
 言いたい事を言った後、デーンはくるりと身を翻して去っていった。
「……なんで? どうして一言もなく帰したの、シャルル?」
 僕はデーンを見送るシャルルの、小さな背中に向かって訊ねた。
 隣では、まだハッピーが手を繋いで立っている。
 結局、シャルルはなんの抗議もしなかった。一番怒りたいのは、シャルルのはずなのに。僕にはそれが腑に落ちなかった。
「シャルルには、見えているからさ。だろ? シャルル」
 答えたのはウィンザレオだった。シャルルは道の先に消えてゆくデーンを見つめたままだ。

「ウィンザレオ? 見えているって、何が?」
「それはな」
「ウィンザレオ。余計なことは言わないで」
 言いかけたウィンザレオを、シャルルがぴしゃりと制した。
 ウィンザレオは「分かったよ」と言って苦笑いを浮かべた。
「そうか、にゃん。シャルルにゃんは……」
「ハッピー?」
 ハッピーが何かを思いついたように呟いた。頭の上で、ネコ耳がぴくぴく動いている。
 その耳、本物だったんだ。
「あーあ。これでわたしは明日の食べ物にも満足にありつけない身の上になってしまったわ。困ったものだわ」
 手を後ろに振り返ったシャルルは、舌を出して笑っている。
 あんまり困っているように見えないけど、これはきっと虚勢だろう。
 兄を亡くし、一人ぼっちになったところへ、働いたこともなさそうなシャルルは、唯一の収入源を失ったんだ。
 笑っていられるわけがない。笑っていられる、はずがない、よ……。
「ふーむ。まずは生活をどうにかしないとな」
 ウィンザレオが無精髭の生えた顎をさすり、辺りを面目なさそうに見回した。
「生活、かぁ……」
 と言っても、家すら床しか残っていない。
 新生活は、完全にゼロからの出発だよね、これ。

「どうした? 生活なんぞ、なんとでもなるだろう? 悩むことなど何もない。はっはっはっはっは」
 クリスが能天気に笑っている。
 場を和ませるためかと思ったけど、多分、いや、絶対そうじゃない。
 僕もそうだけど、クリスに人間の生活感覚なんかあるはずないもの。
「おかしいな? 『カイロスの盾』だけ渡して終わるはずだったのが、なんでこんなことになってんだ? グファファ」
 ウィンザレオも笑い出した。けど、これはただのごまかしだよね?
「はぁ」
 とシャルルが溜め息した。それを見て、胸が詰まった。
「大丈夫だよ、シャルル! 僕らがきっと、なんとかするから!」
 気付けば、僕はそう断言してしまっていた。
「「「僕”ら”?」」にゃん?」
 クリスとウィンザレオとハッピーが、同時に声を上げた。

 

                        

                                      ~ 第二巻に続く ~ 

 


奥付


男の娘 魔王のクロニクル


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著者 : 峯みると
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/minemiruto/profile


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