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「はっはっはっはっは。これはいかにもお二方らしい。はっはっはっはっは」
 ハッピーが体を折り曲げて笑い出した。
 心の底からおかしそうだね、ハッピー。
「ご、ごめんね、シャルル。後で僕が良く言ってきかせるから! とりあえず、ここは二人を許してあげて! ね? ね?」
「……うー……」
 僕は必死でフォローした。おろおろとする僕に、シャルルは犬のように唸っている。
 なんで僕がこんなに気を遣わなくちゃならないの?
 シャルルはしばらく僕の目をじぃっと見つめ、
「まぁ、いいわ。それより、あなたって、本当に魔王なのね。ウィンザレオをあんなに簡単に止めちゃうなんて。……ねぇ。『魔王』って、一体なんなの?」
 と、興味の矛先を変化させた。

「え? う、うん。『魔王』ってね、この地上に溢れ出た『闇』を吸い込んで、きれいにして返すのが役目なんだ。これぐらいの『力』がないと、務まらないから」
 シャルルの機嫌が多少なりとも良くなったようなので、僕はほっとした反動から素直に話していた。
「そう。凄いのね、魔王って……。それが、まさかこんなにかわいい女の子だなんて。とても信じられない気もするけれど……」
 すると、シャルルは僕のことを、上から下までじろじろと眺め始めた。
 あ。そうだ。
 今の僕って、頭にはきのこみたいな、角を隠すための白い帽子。体はワンピースにベストを羽織って、足には短いブーツを履いているんだ。
 僕、女の子にしか見えない姿なんだった!
 誤解されてる! 訂正しとかなくっちゃ!
「わ? わわっ?」
 でも、「僕は男だよ」って言うことは出来なかった。
 シャルルが、僕に抱きついてきたから。
 なななな、なんで? どうして?
 クリスとケイオスにしかされたことのない抱擁に、僕は激しく動揺した。

「な! 私のディアに、一体何をしているのだ、このちんちくりんっ!」
「まぁまぁ。いいじゃねーか。グファファファ」
 腕を振り上げるクリスを、ウィンザレオが羽交い絞めにした。
 クリスは「離せ! 離せぇっ!」と怒鳴っている。
「……魔王が何か、知らなかったからって、わたしのしたことはやっぱり酷いと思うわ。だから、家を壊されても仕方がない……。ごめんなさい、魔王……いえ、ディア」
 意外だった。
 シャルルは、僕に謝罪したかったんだ。
 僕の過去を見たから?
 それしか考えられないけど。
「い、いいんだよ、シャルル。僕だって、今まで忘れていたんだから。思い出せたのはキミのお陰だよ。記憶が戻って、自分の能力も前みたいに使えるようになったし。ありがとう。そして、ごめんね。嫌なもの、見せちゃって」
 何か言わなくちゃと思って出た言葉だった。
 でも、シャルルはそれを聞くと、びくっとしながら僕から体を離した。
 青く大きな瞳が見開かれ、きらきらと輝いている。
 きれいな子だな、と僕は思った。
 同時に、いつかの疑問がまた湧いた。
 シャルルには、何も無い?
 一体、どういうことだろう?
 でも。
 シャルルは、きっといい子だ。
 僕はそう確信していた。

「優しい魔王、か……。変なの」
 くす、と笑い、シャルルはまた僕の胸に顔を埋めた。
 そして、
「あなたも胸が小さい、ていうか、ないのね。わたしと同じだわ。うふふっ」
 と、笑い声を漏らした。
 あ、と。そうだ。「僕は男だよ」って言わなくちゃ。
「ははははは。一件落着、かな? ディア」
 が、ハッピーの楽しげな笑いに阻止された。
「で、あなたは何? 何者なの、あなたは?」
 僕の胸から顔をぐりんと横に向け、シャルルがハッピーに訊ねた。
 それは僕も気になるな。
「それはまだ明かせない。時が来れば、いやでも知ることになるだろう」
 でも、ハッピーは答えない。
 気になるなぁ、もう。
 でも、いい人、ていうか、いい悪魔なのは分かった。
 そうだ!
「ねぇ、ハッピー。願い事、訊いてくれる?」
 僕はハッピーに願いたいことを思いつき、シャルルの頭に手を置いて訊ねた。

「ほう? 願いが決まったのかね? いいとも。なんなりと言ってごらん」
 ハッピーは大きく頷き、快諾。
「な! バカ、ディア! お前の命が!」
「お? また面白そうなことになってきた」
 クリスがウィンザレオに捕らえられたまま、じたばたともがいている。
 心配ないよ、クリス。
 僕はクリスに目でそう伝えた。
 けど、あんまり分かってくれてないみたいだ。
 ま、いいか。
 僕は願いを、素直な思いを言葉に乗せて。
 ハッピーへ伝えようと口を開いた。
 叶えて、ハッピー。
 僕の、願いを!


27

「ハッピー」
「うむ」
「僕の、友達になってよ」
「なに?」
 ハッピーは目を大きくして僕を見た。逆に、口は完全に閉じた。
 ハッピーの口が閉じたの、初めて見た。
 真っ黒な顔が、目だけになっちゃった。
「それが願いか?」
「うん」
「そんな願いでいいのか?」
「うん」
 僕の願いを、ハッピーは何度も確認した。そして、完全に動きを止めた。
 僕はハッピーの答えを待った。
 ちょっと経ってから、ハッピーの口がまた開いた。

「……なぜだ? なぜ、私を友達に?」
 えっ? 質問されるとは思わなかった。
 僕は空を見上げて答えを探した。そして。
「なりたいから。僕、ハッピーが好きだもん。これからも、側にいてくれたら嬉しいんだ」
 と、答えた。
「……“なりたいから”?……。私が、“好き”……?」
 物凄く驚いているらしく、ハッピーは僕の答えを復唱した。
 意味を吟味しているみたいだ。
 おかしいな。そんなに難しいこと、言ってないと思うけど?
 そう思った直後、
「う! うぉ、うあ、あぁぁぁ!」
「ハッピーッ!」
 ハッピーが苦しみ出した。
 頭を抱え、ふらふらと後ずさる。今にも倒れそうな足取りだ。

「な、なに? どうしたの?」
 僕から突き放されたシャルルが、突然の事態に呆然とした。
「なんだ?」
「グファ?」
 クリスとウィンザレオも動きを止めて、ハッピーを見据えている。
 僕はハッピーに駆け寄った。
「ハッピー!? どうしたの、ハッピーッ!」
 倒れる寸前で、僕はハッピーを抱きとめた。
 軽い! てゆーか、重さを感じない!
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ハッピィーーーーーーッ!」
 眩しい!
 ハッピーの体がひび割れ、隙間から眩い光を放ち出した。
 一筋、二筋、三筋とひび割れの数に比例して増える光のライン。
 爆発する!? ハッピーが、粉々になっちゃう!?
 いやだ! そんなの!
「いやだぁっ!」
 僕はハッピーを抱き締めた。力の限り。これ以上、壊れないように。
 でも、ひび割れは増える速度を上げてゆく。辺りは光に飲み込まれる。
「ディアーッ!」
 クリスの叫び声が聞こえた。

 光の洪水が収まり始めた。
 僕にはまだハッピーを抱き締めている感触がある。
 眩しくて目が開けていられなかったから見えないけど、ハッピーはまだここにいる。
 ここにいるんだ! 爆発なんて、してないんだ!
 自分にそう言い聞かせつつ、僕は恐る恐る目を開いた。
 そこには。
「やったにゃーん! やっと本来の姿に戻れたにゃーん!」
「えっ? ええっ? えええええええっっっ???」
 僕の腕の中に、嬉しそうに笑う少女がいた。
 眩しい笑顔。真っ直ぐに切り揃えられた前髪と後ろ髪。色は鮮やかにすら感じられる黒。
 そして。
 頭からネコのような耳が生えていた。

「誰っ!?」
 てか、何コレ? ハッピーなの?
 僕は慌てて手を放して飛び退いた。
「か、かわいい……」
 シャルルが手を組んで目を輝かせている。シャルルにはコレがかわいく見えるらしい。
「女、か?」
 クリスが迷っている。
 多分、この少女が僕とひっついていたことを妬いていいのかどうか考えているんだろう。
「あいつ、にゃんにゃん言ってねぇか? やべぇな。俺、そういうの、イラっときちまうんだが」
 ウィンザレオのこめかみに、ピキッと青い筋が浮かんだ。

「嬉しいにゃん嬉しいにゃん! 元の姿に戻れたにゃん! はぁぁぁ、良かった髪もさらさらだしおばあちゃんにもなってないにゃーん! 美しいまま、ボクは復活を果たしたにゃぁーん! ふっかぁーつっ! にゃはははは!」
「…………」
 嬉しさを全身で表わして、ハッピーらしき少女はそこら中を飛び跳ねている。
 それはいいけど。
 彼女を見ていると湧き上がる、この気持ちはなんだろう?
 お腹がムカムカしてくるし、衝動的に攻撃系の魔法を繰り出しそうになる。
 手がぷるぷると震え始めたところで、クリスが僕の肩に手を置いた。
「クリス?」
 クリスは「ふ」と優しく笑い、頷いた。そして、こう言った。
「それはな。『殺意』というのだ、ディア」
「これが、『殺意』、か……。て、いやいや、そんな馬鹿な!」
 危うく納得するところだったよ!
 なんで僕を優しく諭してんの、クリス!
 僕、そんなに暴力的じゃない! ……はずだ。

 


28

「それにしても、変わった格好をしているな。あんな服は、アーク公国はもとより、この大陸中のどこの国でも見たことがない」
「そう言われればそうだね。あの子、どこから来たんだろう?」
 飛び跳ねている少女は全身にぴっちりと張り付くような黒い服を着ていた。
 体のラインがはっきり出ているのも凄いけど(そんな精密な寸法取りを必要とする服はどこでも作られていないから)、少しごつごつとした手袋と、体の割には大きすぎる黒いブーツとの境目が見当たらない。
 その黒い服は、すべてが繋がっているように見える。
 もうここでおかしいのが分かる。
 どうやって着るのか? どうやって脱ぐのか?
 僕らには、それすら想像出来ない服だからだ。

「さて、と」
 ガチャ、と音がした方を見ると、ウィンザレオが背中の大剣を抜いていた。
「ちょ、ウィンザレオ? なにするの?」
「ん? ああ、なに。すぐ済むから、心配すんな。ちっとあいつ、斬ってくるだけだからよ」
「えええっ! やめなよ!」
 僕は慌ててウィンザレオの腰に腕を回し、動きを封じた。
「なんで止めるんだよ? おめーだって、かなりイラっときてんだろ?」
「き、きてない! イライラなんて、してないよ!」
 僕は首をぷるぷる振った。ちょっと必死で否定しすぎかも。
 ウィンザレオの腰の向こうに、シャルルがとてててて、と走る姿が見えた。
 ハッピーまっしぐらだ。
「ねぇ、あなた、あの悪魔なの? どうしてそんな姿に変わったの?」
 シャルルの目がキラキラとした星を飛ばしている。
 これ以上ないくらいに分かりやすい、興味津々な様子だ。

「にゃーん? そう! ボクね、悪魔の姿にされてたにゃん。呪われていたんだにゃーん」
 やっぱりハッピーなんだ、アレ。あ、“アレ”とか思っちゃった。
 でも、『呪われていた』って、どういうこと?
「呪われて? 誰に?」
 シャルルも同じ疑問を抱いたようだ。
 ハッピーは僕とクリスをちら、ちら、と一度ずつ横目で見て、
「それは言えないにゃん」
 と答えた。
「うぐぅっ!」
「ウィンザレオ!」
 苦しそうに地に膝を付いたウィンザレオに、僕も引っ張られてぺたんと座る。
「ど、どうしたの、ウィンザレオ?」
 心配になったので訊いてみた。
「あの野郎っ……! ただでさえイライラする喋りなのに、『言えないにゃん』とか……。ぐうっ! 胃が、胃が痛いっ……!」
「あ。そういうことか」
 お腹を押さえて蹲るウィンザレオに、僕は激しく同情した。
 それにしても凄いな、ハッピー。このウィンザレオに、言葉だけでダメージを与えるなんて。
 そう思いつつ顔を上げると、いつの間にか目の前にハッピーが立っていた。
 それに気付いたウィンザレオは「がは」と呻いて吐血した。
 どんだけダメージ受けてんの、ウィンザレオ!?

「ありがとにゃん、ディア。あなたのお陰で、ボクは元に戻れたにゃん」
「えっ?」
 ウィンザレオの背中をさする僕は、頬を赤らめながらお礼を言うハッピーにびっくりし、手を止めた。
「どういうこと?」
 僕は素直に訊ねた。
「うーん。詳しくはまだ言えないんにゃけど」
 にゃけどって不自然でしょ。無理してない、それ?
 もじもじと言いよどむハッピーに、僕は心の中で突っ込んだ。
「ボクの呪いは、人々の『願い』を通じてしか解けないものだったにゃん。その上で、『ボク自身を必要としてくれる人』に出会わなければ、解けないものだったにゃん。そういう呪いをかけられたのにゃん……」
 ふ、とハッピーが目を悲しげに伏せた。
「ハッピー?」
 僕はなんとなく感じていた。
 ハッピーは、真剣に話そうとしていると。
「ひどいわ。こんなにかわいい姿を封印されて、そんなことを! そんなの無理よ!」
 ハッピーの後ろでぴょこぴょことしていたシャルルが突然憤慨しだした。
「えっ? なんで?」
 僕はシャルルの怒っている理由が分からなかった。

「なるほどな。考えてもみろ、ディア。あんな怖そうな悪魔を、『悪魔自身』を、誰が必要とするんだ?  人々は、きっとハッピーの願いを叶える『力』のみを必要としたに違いない。それはハッピーじゃなくてもいいことだ。その『力』さえあれば、誰だろうが関係ないと思ったはずだ」
「クリス」
 首を捻る僕に、クリスが説明してくれた。
 ハッピーは唇を引き結び、体を硬直させている。
 いやな事を思い出しているのかも知れない。
「な、なんの為に、そんないじわるなことを?」
 僕はクリスに訊ねた。
「はっ。大方、人間どもの『汚さ』を、こいつに思い知らせる為の呪いだろう。  どれだけ尽くそうと、どれだけ好意的に近付こうと……人間に、それは『通じない』と悟らせようとした。それが術者の思惑だと推察できる。  そうでなければ、こんないやらしい呪いをかける理由の説明がつかない」
「ひどい! ひどいわっ!」
 シャルルが腕を振り回して叫んでいる。
 ハッピーはそんなシャルルに、「ははは、にゃん」と困ったように笑っている。

 


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「……確かにひどいね。でも、一体、誰がそんなことを……?」
 分からない。
 誰だか知らないけど、こんなことをするなんて、きっと『悪意』の塊のような人に違いない。
「……誰か、か。多分、“あいつ”だろう。だから、ハッピーは誰にやられたのか、はっきり答えないのだ」
「分かるの、クリス? 誰? 誰なの?」
 凄いなぁ、クリス。僕はクリスを尊敬した。
「……聞くな、ディア。私の予想が正しければ、きっと」
「きっと?」
 クリスはそこで言葉を区切り、僕を見た。
 躊躇ってるの、クリス?

「きっと、我われにとっても大変なことになる。多分、この問題の根は、お前の想像している以上に、遥かに深い。ハッピーの呪いの真相を聞いた時……お前がどうなるのか、私には分からない。だから……聞くな、ディア。お願いだから……」
「クリス……」
 クリスは僕を胸に抱き寄せ、そのまま何も言わなくなった。
 クリスの体が震えている。
 クリスは、何かに恐怖している。
 それがなんなのか分からない僕には、どうにもしてあげられなかった。
 だから。
 クリスの後ろにそっと回した僕の手で、背中をぽんぽんと叩いてあげた。
 怖くない。怖くないよ、クリス。
 僕が側にいるから。僕が、クリスを守るから。

 シャルルはハッピーの手を握り、ずっと顔を見つめている。
 うるうるとした瞳は、「もう大丈夫! わたしがここにいるんだから」と訴えかけているようだ。
 見た目が変わったから? いや。そうじゃない。と、思いたい。
 僕がクリスを宥めている横で、ウィンザレオが立ち上がった。
 手をかざして遠くを見るウィンザレオの表情は、口元に笑みが残っているものの、目は真剣になっている。
「……とうとう来やがったな。やっぱ、家は潰しといても問題なかったらしいぜ。グファファファ」
「来た? 誰が来たの、ウィンザレオ?」
 ウィンザレオの視線を辿ると、僕らがやってきた道を下ってくる身なりの立派な人間に突き当たった。
 細身で上品なスーツを着こなすその人物の左右には、騎士風な男が二人いる。
 護衛? だとしたら、結構いい身分の人なのかもしれない。靴も普通の革靴だし、こんな山奥に来るような格好じゃない。

「おお。これはどうしたことですかな、シャルル様? ご自宅が損壊しておられるようですが。ここにだけ、台風でもきたのですかな? ほっほっほ」
 後ろ手にしていた右手を軽く挙げ、朗らかに笑う細身の紳士。
 鼻の下にたくわえた白い髭は左右に真っ直ぐ、剣のように伸びている。
 瞬間、僕は「この人、おかしい」と感じた。
 だって。この惨状を見て笑って挨拶してくるなんて、おかしいよね。
 それはシャルルも思ったらしい。
「ええ、そうね。ちょっと小型で猛烈な台風が通ったの。で、なんの御用かしら、デーン卿。今、我が家の異変に気が付いたということは、昨日、おとといはここを訪れなかったということでしょう?」
 ハッピーを自分の後ろに隠し、そう言うシャルルの口調は、明らかに棘がある。
 シャルルはこのデーンとかいう男の人に、いい印象はないみたいだ。

「お? ほっほっほ。いかにもその通りです。さすがはシャルル様ですな。ほっほっほ」
「簡単に認めるのね。あなたの役目はわたしの家に、毎日紅茶と必要な物資を届けることでしょう? それを二日も怠って、なぜ笑っていられるのかしら?」
 シャルルはデーンを非難した。ウィンザレオはぶすっとした表情だ。
 二日? ああ、そうか。僕ら、三日前の夕方から『クロノ・リード』の精神世界にいたんだっけ。
 じゃあ、このデーンという紳士は、毎日、夕方前までには来るってことだね。
「んっふっふ。役目を怠っていたわけではありません。ガードナー伯のご指示によるものですからな。本日こちらに伺ったのも、もちろん指示の元、ですが」
 髭を片手で引っ張って、デーンは余裕ありげに笑ってみせた。
 いやな感じ。皮肉屋さんだな、この人。
 ところで、ガードナーって、誰だっけ?
 聞いたことがあるような……。あ! この街に入る時、ウィンザレオが僕らのことを「ガードナー卿への貢物だ」って言ってたっけ。
 じゃあ、ここの領主のことか。

「そう。見たところ、従者は何も持ってなさそうね。何しに来たのかしら?」
 毅然と立つシャルルを、ウィンザレオは複雑な表情を浮かべて見ている。
「今日の荷物はこれだけですからな。こんな物、私でも運べます」
「それは?」
 デーンが懐から鉄で出来た筒を取り出した。
 上部は鷹を象った飾りが乗っていて、筒全体が金色に輝いている。なんだか威厳を感じる筒だ。
「士爵剥奪の知らせが入った書簡です」
 デーンは口を歪めて冷たく言い放った。
「な!」
 シャルルはそれを聞いて絶句した。
「……だよな」
 ウィンザレオが肩を落とした。


30

「一応説明しておきますと、ハーバーライト家は騎士に叙任されたウィルにより、士爵に封じられました。が、そのウィル殿が戦死してしまった以上、位は返していただかねばなりません。おわかりですね、シャルル様?」
「う……」
 シャルルは俯いて唇を噛んだ。
 困ってるのかな、シャルル? その『士爵』っていうのが無くなると、どうなるんだろう?
 ウィル戦死の情報は、もうここまで届いてるんだ。あれから三日経つんだから、当たり前かも知れないけど。
 何か言った方がいいのか考えていると、ウィンザレオが前に出た。
「おい、ちっと待てよ。シャルルは士爵の俸禄しか収入がねぇんだ。それを止めるってのは、シャルルに“死ね”って言ってるようなもんだぜ? あんなに頑張ったウィルの家人に対して、随分な仕打ちじゃねぇか?」
「えっ? そうなんだ? そんなのひどいよ!」
 びっくりした僕は白髭の紳士を睨んだ。
「おお。久しぶりだな、ウィンザレオ。元気そうでなによりだ」
 デーンは口元だけで笑顔を作り、ウィンザレオに鋭い視線を向け、
「それはハーバーライト家の事情であり、ガードナー伯の関知するところではありません。無論、一般的な士爵家であれば、配下の騎士の生活もあるので禄を止めることはありません。ですが、こちらはウィル殿一人で持っていた。こうなることは、事前に予測出来たはずです」
 と、つらつらと淀みなく答えた。

「正論だな。戦いに身を置く以上、いつ死んでもおかしくはない。備えをしておくのが常識だろう」
 クリスは腕を組んで頷いた。デーンの意見を認めている。
 シャルルはますます俯いた。ウィンザレオも押し黙ってしまった。論戦には弱そうだ。
「そ、そんな! そんなの、絶対おかしいよ! だって、ウィルはみんなの為に戦って、それで命を落としたんだよっ!? なのに、死んだら終わりなんて、おかしいよ!」
 黙っていられなかった。
 おかしい! そんなのおかしいよ!
「なんだ、この女は? 無礼な。シビリアンでもない者が、私に向かってそんな言葉使いは許されんぞ」
「う」
 左右の騎士がデーンの前に出て、僕に剣を突きつけた。銀色の刃がぎらりと光を弾いている。
 でも、僕にはそんなの目に入らない。それぐらい、この男の言うことに反感があった。

「無礼でもなんでも、おかしいものはおかしいよ!  ウィルが戦ったのは、シャルルのためだ!  シャルルがいなくちゃ、ウィルは頑張れなかったはずだ!  だから、ウィルの爵位だって、シャルルがいなくちゃ貰えなかったはずなんだ!」
「黙れ!」
 二人の騎士の剣がクロスして、僕の首に押し当てられた。
「ディア……」
 シャルルが泣きそうな顔を上げた。
「いやだ! 僕は、黙らない! そんなウィルを見送るシャルルがどんな気持ちだったか、考えてあげてよ!  きっと、心配で寂しくて悲しくて、何度も何度も泣いていたに違いないよ!  なのに、ウィルが死んだらそれまでなのっ!? シャルルは、なんの役にも立っていなかったって言うのっ!?  そんなの、間違ってる! 誰がなんと言おうとも、絶対間違っているんだよっ!」
「……この、ガキがっ……!」
 デーンは書簡を握り締め、ぶるぶると肩を震わせ出した。顔は真っ赤になっている。
「かまわん! そのガキは首を刎ねろ!」
 デーンは手を横に振り払った。
「ははっ」
 首にあった騎士の剣が一旦引かれ、再び僕に向かってくる。
「っ!」
 僕は思わず目を閉じた。

「やめときな」
「むっ! 邪魔をするか、ウィンザレオ!」
 でも、その剣はウィンザレオの剣に阻まれ、止まっていた。
 交差する二本の剣の間に、ウィンザレオの大剣がぶつかり、ぎりぎりと音を立てている。
 騎士二人は両手で剣を握って押している。
 でも、ウィンザレオは大きな剣を片手で支え、涼しげな顔で二本の剣を止めている。
 凄い。びくともしてないよ。怪力だなぁ、ウィンザレオ。
「ふ。ウィンザレオの魔力回路は最高の身体能力強化を誇る『モンスター』だ。『闇属性』だろうから、全力で力を解放すれば、『獣人』になってしまうがな」
「あ。そうだったね」
 クリスの説明に、僕は納得して頷いた。
 普通の人間じゃ、ウィンザレオの相手にならないよ、これ。

「おい、お姫様。おめー、ちっと無防備すぎじゃねぇのか? ほっときゃホントに首がなかったぜ、今のは」
 騎士の剣を止めたまま、僕に呆れたように言うウィンザレオ。
「あ、ご、ごめんね。僕、スピードはないから。ああいう突然の攻撃は、防御が間に合わないんだ」
「今の攻撃の、どこが突然だよ。ったく、強ぇんだか、弱いんだか」
 ウィンザレオは肩をすくめた。大きな背中が頼もしい。やっぱり、ウィンザレオはかっこいい。
「おい、貴様。今、ディアを殺すように命じたな?」
 ずいっと前に出たクリスの、銀の瞳がデーンを睨んだ。
 まずい! めちゃめちゃ殺気を放ってる!
「な、なんだ、貴様は! 私に向かって、貴様だとっ!?」
「貴様こそ、私に向かって貴様とは、いい度胸だな」
 ぶわ、と白い翼が広がった。

 



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