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18

 天界からたまに覗くと、地上で生きる人々は、みんな一生懸命で。
 畑を耕し、魚を捕り、ものを作り、諸国を渡り歩いて商いし。
 凄く大変そうなのに、自分の夢や、大切な人のため、みんな必死で頑張っていた。
 僕はといえば、平和でのんびりとした天界で、毎日ケイオスやクリスと一緒に過ごして。
 あの人たちの役に立ちたい。
 少しでも、助けてあげたい。
 だから僕は魔王になろうって思った。
 天使長の中では、僕が一番大きな力を有していたから、なろうと思えば簡単だって分かってた。
 主神アトゥム様に「僕に魔王をやらせてください」って頼んだら、思ったとおり、快諾されて。
 それを知ったケイオスも、従者役を買って出てくれて。
 これで、僕は自分の“存在意義”を得たと思ってた。
 なのに。
 現実は、残酷だった。

 魔物はどんどん数を増やし、頻繁に人間を襲うようになった。
 当然だよ。
 魔物は人間たちの『罪』だから。
 人間を恨んで当然の『生』だから。
 限りない怒りや妬みを秘めたまま、自然に朽ちることもない魔物たち。
 彼らの願いは、一つだけだ。
『消してくれ』
 そう願い、人間たちを襲うんだ――

 

 僕が絶望を深める中、ケイオスは立ち上がった。
「魔王軍を編成する。魔物を討伐する、魔王直属の軍勢を!」
「それはいい考えだね、ケイオス! 僕、賛成するよ!」
 僕はケイオスのプランを実現すべく、出し惜しみせず『力』を使った。
 ケイオスと協力して作り出した『魔王軍』の戦士は、強かった。
 この城の門番には『ヘカトンケイル(百腕巨人)』、外界をうろつく魔物の討伐には『キュクロプス(一つ目巨人)』、そして、ヴァルキュリア様の私兵を参考にした『アマゾーネス(女戦士)』たちを送り出した。
 これらはケイオスの『命』そのものを使い、僕が作り出した軍隊だ。
 でも、人間には区別がつかない。
 どちらも『魔物』としてしか見てくれない。
 だから、魔王軍は人間とも望まない戦いをするはめになった。

 魔王軍の戦士たちは、大切な戦力だ。倒されても、また作り出すほどの魔力は使えない。
 僕らには『魔王』としての義務がある。
 僕の後任が現れるまでは、石に齧りついてでも頑張らなくっちゃならないんだ。
 魔物に敗れて消耗するならともかく、人間に消されるのは悲しすぎる。
 ケイオスは魔王軍を操り、極力犠牲を出さないように努めた。
 やがてケイオスは『魔軍参謀』と、人間に呼ばれるようになった。
 もちろん、僕らは人間たちに「危害を加えるつもりはない」って伝えている。
 でも、人間は信じてくれなかった。
「そんな禍々しい姿で、何を言う」と。

 

 確かに、そうだ。

 ある日、日に日に凶悪な姿になってゆく自分に、僕は……耐え切れなくなった。
「ケイオス。僕を……殺してくれないかな?」
 そんな事を口走ってしまうほどに。
「そんなこと、出来るはずがないだろう」
 ケイオスは僕の願いを一蹴した。
 分かってる。そんなの、分かってるんだ、僕だって。
 だから、僕は。
「じゃあ、僕の記憶を消して」
「なに?」
「僕……人間を、嫌いになりたくないんだ……。僕が生きている意味を……自分で、否定したくないんだ……」
「ディアッ……!」
 僕の背はケイオスを追い越していた。
 長い角が頭から伸び、髪は金に染まり、口からは牙が突き出している。
 ケイオスも、背は相変わらずだったけど、すっかり姿を変えていた。
 ケイオスは僕の胸に顔を埋め、そして。
「分かった。私はこれより、お前をディアボロと呼ぼう。記憶の蘇ることのないように。そして、臣下のごとく振る舞おう。私が、『ディア』を忘れるために」
 静かに。
 僕の頭に手をかざした。


19

「これが、『魔王』の、真実……」
「シャルル?」
 気が付くと、僕はまた白の十字架に磔にされた状態で、シャルルを見下ろしていた。
 シャルルは地面らしきところに座り込み、なにかぶつぶつと呟いている。
 あの灰色の空間と同じく、周りには何も無い。
 でも、色が変わっていた。
 辺りは、一面うす赤く染まっていた。
 僕は、何もかもを思い出していた。
 《ギルトサバス》を出てから、知らないはずの事を理解出来たりしていたのは、ケイオスが僕を侵食していた『闇』を吸収すると同時に、記憶の封印を欠損させたせいだ。
 僕はそう思った。

 シャルルがゆらりと立ち上がり、顔を上げた。
「そう。あなたは、自ら『魔王』となることを望んだくせに、ケイオスに逃げ道を求めたわけね。何も知らない自分になることで、辛い記憶と『使命』から逃げ出した……」
 シャルルはぞっとするような冷笑を湛えて、僕を見つめた。
「ひどい話だわ。あなたはそれで楽になれるでしょう。でも、あなたの為にとついてきたケイオスはどうなるのかしら?  彼と、クリスという天使。二人は、あなたの苦しみまでも引き受けなければならなくなったんじゃないかしら?  あなたに二度と辛い思いをさせないように。極力、外界とあなたとの関係を悟られないようにしなければならなくなった。……自分勝手なあなたを守るために!」
「うっ! ……あ? わあぁぁぁぁぁぁっ!」
 シャルルが僕を指差すと、『対極の槍』はさらに大きくなった。
 それにつれ、貫かれたお腹が引き伸ばされ、酷い激痛が僕を襲った。
「ううっ! ぐうぅっ! あああっ!」
 間断なく続く激痛に、僕は悲鳴を上げ、体を捩る。

「見なさい。『対極の槍』が反応しているわ。あなたの『矛盾』に。あなたの『罪』に!」
 シャルルは天を仰いで両手を掲げた。
「その痛みは、あなたへの『罰』! 受け入れ、気が狂うまで苦しみなさい! 心が粉々に砕けるまで!」
 そうか。そうだね。シャルルの、言う、とおり、だよ。
「その様子だと、『未来』に訪れる、死の瞬間を見せてあげるまでもなさそうね! さぁ、このまま消えなさい! このセカイから、永遠に!」
 これは、僕の『罪』なんだ。だから、『罰』を受けるんだ。
 僕、一生懸命にやってきたつもりだったけど。頑張ってきたつもりだったけど……。
 全然、ダメな魔王だったんだなぁ……。
 でも。  せめて。  一度でもいい。  一度で、良かったんだ。
「ありがとう」
 そう、言って欲しかった。
 誰でもいい。  そう、言って、欲しかった……。
「ごめんね、ケイオス。ごめんね。クリス……」
 最後の力を振り絞り、呟いた。
 きっと届かないだろうけど。
 僕には、もう、これぐらいしか出来ないから――

 

『死』を身近に感じる。

「おやおや。これは素晴らしい力だ」
 その時、僕ら以外、誰もいないはずの空間に、第三者の声が響いた。
「う……?」
 閉じかけていたまぶたを持ち上げ、僕は声の主を探した。
「誰っ!?」
 シャルルが振り向いている。
 その先には。
「このまま死なれては困るな、ディア。私はまだ、キミの望みを聞いていない」
「……ハッ、ピー……?」
 そこには飄々とした雰囲気を纏い、ハッピーが、本当に普通に立っていた。
 黒い体。黒い顔。角とコウモリのような翼が黒く痩せこけたシルエットから突き出している。
 ぱちぱちと瞬くまん丸な赤い瞳と、開けっ放しの裂けた口。
 見間違えようもない。
 これは、間違いなくハッピーだ!


20

「シャルル。まさか、キミが『ホルダー』だとは。さすがの私も、ちょっと気付けなかった」
「何者? って、どこからどう見ても『悪魔』の類いね」
 シャルルがハッピーを警戒し、身構えている。
 腰を落としたその姿が、勇者ウィルに重なった。
「そうか。目隠しをしていたので、シャルルは私の姿を見ていないな。では、自己紹介からはじめよう」
 ハッピーは胸に指の尖った手を当てて、優雅に腰を折った。
「私は、ハッピー。『十字路の悪魔』と呼ばれる者。人々の願いを叶え、代償を得て生きる者。キミとの紅茶談義、大変愉快だった。お礼を言う。あんなに楽しい時を過ごしたのは、何十年ぶりだったろう。ははははは」
「えっ? えええええっ? その声、その語り口……。これが、あの高貴な方なのっ!? わたし、こんなモノと楽しくお喋りしていたのっ!?」
 うわぁ。シャルル、やっぱりショック受けちゃった。
 激痛があるにも関わらず、僕の頬が少しだけ緩んだ。

「……そうか。あなた、『ナイトメア』みたいな、『精神感応系』の悪魔なのね。だから、ここに入ってこられた……」
「ご明察だ。いかにもその通り」
 シャルルの指摘に、ハッピーは満足そうに頷いた。
「さて。そこな『魔王』の成り立ちは、私も一部始終見せてもらった。結果、『対極の槍』とは、『罪』の判断の曇った“なまくら”である。と、私は断ずる」 
「なんですって?」
 ぴく、とシャルルの眉が吊りあがった。
「選ばれた者に宿る『アーティファクト(神器)』、『対極の槍』。それは時間を飛び越え、見えざるものを見、中立公正に裁きを下すが本懐だ。だが、『オーナー』の意思が強すぎれば、その判断に支障をきたすも止む無きこと。世に完璧な物などない、非常に良い見本と言える。いや、それも幼さゆえか。まだまだ『対極の槍』を使いこなすには無理がある」
 僕はぽかんと口を開けたまま、ハッピーの語る言葉に聞き入った。
 これがハッピー? なんでそんなこと知ってるの?
 何者なの、ハッピーって!?

「結局、あなたもわたしを不愉快にさせるのね。偉そうなことばかり」
 シャルルはぐ、と唇を噛み締め、ハッピーを睨んでいる。
「そうかね? 私はそんなつもりなどないが。それより、私はここに『力』をも持ち込んでいる。これがどういう意味か、分かるだろう?」
「……ええ。あなたは、“ここ”でも戦える。そういうことでしょう?」
「その通り。キミは賢い。褒めてあげよう」
 ハッピーの口がさらに大きく裂けた。
 どういう意味の笑みなのかな? 分かりにくいよ、ハッピー。
 対して、シャルルには焦りが窺える。直接戦うなんて、経験が無いんだろう。

「どうするつもり? そこの魔王を助け出し、わたしを倒すつもりなの?」
「いいや。やろうと思えば簡単だが、私はそれをよしとはしない。第一、そうしてしまうと、キミの精神に多大な負荷が発生する。そんなこと、ここにいるディアは望まないだろう?」
 ハッピーに目を向けられ、僕はこくりと頷いた。
 絶対ダメだ。僕はシャルルを傷つけるために来たんじゃない。
 シャルルはそんな僕を見て、目を丸くしている。
「と、いうわけだ。なので、私は話し合いをしたいと思う。本当に悪いのは誰なのか? 本当にディアに罪があるのか?  キミは私怨でその槍を振るっているようなので、私が真実を教えてあげよう。そうすれば、ディアを攻撃するのが無意味であると、分かるはずだ」
「馬鹿なことを!」
 シャルルは髪を振り乱して叫んだ。真っ赤なセカイに、シャルルの声がどこにも反響せず吸い込まれてゆく。

「馬鹿なことなどない。キミだって、もう分かっているんだろう?」
「分からないわ!」
 シャルルは耳を塞いだ。
「いいや。キミは賢い。分からないと思い込みたいだけだ。その調子では、ゆっくりと話など出来まい。だから単刀直入に、はっきり言おう。間違っているのはこの『セカイ』であり、罪は全ての人間にある、と」
「聞きたくない! 聞きたくないわっ!」
 シャルルは耳を押さえたまま、地面に座り込んだ。
 いやいやと首を振るたび、髪が勢い良く広がった。
「そもそも全ての人間が正しく助け合い、愛し合っていれば、『闇』など生まれ出ることはない」
「そんなの無理よ! 全ての人が互いに愛し合うなんて、不可能だわ!」
 シャルルの声は、もう悲鳴に近い。甲高い音波が僕の鼓膜を叩いた。

 そんなシャルルにも動じず、ハッピーはなおも話を続ける。
「そして、そんな『闇』が具現化するこの『セカイ』が異常なのだ。では、このセカイは誰が作り上げたのだ?  人は? 魔物は? 魔王は?  真に罪を持つ者は、これらを作り上げた者」
「えっ……?」
 なんだって?
 僕はハッピーの論理に激しい焦燥感を覚え、顔を上げた。
「『神』だ。このセカイを構成する全ては、天界の主神『アトゥム』の作り出したモノ。我われは『神』の作り出した『セカイ』の中で……ただ、翻弄されているにすぎない」
 シャルルが耳を塞いでいた手を下ろし、ハッピーを見つめた。
「『神』……? 主神、『アトゥム』……?」

 

 


21

 あり得ない。
 なぜ、ハッピーがアトゥム様のことを知っているの?
 それは、天界の者しか知らないはずだ!
「だから、人々に罪は無い。もちろん、魔王にだって罪はない。罪は、このセカイをこのように作り上げた神にある」
 ハッピーがシャルルの前に膝を付き、優しく語りかけた。
「わたしたちに、罪は無い……? 魔王にも、魔物にも……?」
「そうだ。だから、そんなに自分を責めなくていい。責めなくていいのだ」
 ハッピーがシャルルの頭を愛しげに撫でた。
 赤い瞳は両端を下げて細くなり……ハッピーなりの“笑顔”を表現していた。

「我われ地上に生きる者は、ただひたむきに生きている。それが罪であるはずがない。そうだろう? 魔王ディアボロ。いや、第一世界の天使長、ディアよ」
「ハッピー……」
 そうだね、とは言えなかった。
 僕らが絶対的な君として仕えてきたアトゥム様を否定されたからだ。
 アトゥム様が、間違っている?
『このセカイは、間違っている! もー、我慢ならんのだ!』
 いつか、クリスが叫んでいた言葉が去来し、僕の胸を締め付けた。
 刹那、赤いセカイが地平の彼方から差し込む真っ白な光に満たされて。
 シャルルが『クロノ・リード』と呼んでいた、今、僕たちのいるセカイが……溶けていった――

 

 

「――あ……」
 薄く開けた視界に、青空が飛び込んでくる。
 眩しくて、僕はそのまましばらく薄目で空を見ていた。
「――ぉおおおおっ!」

「――ぁああああっ!」
 少し離れた所から、猛獣のような叫び声と耳に突き刺さるような雄叫びが聞こえてくる。
 なんだろうと思いつつも、なんだか凄く心が重くて、僕はそのまま寝転んでいた。
 片腕で顔を隠し、日の光を遮る。さわさわと心地いい風が頬を撫で、僕の金色の髪を優しく揺らす。
「――目覚めたか?」
 耳元で囁かれ、僕は反射的に頷いた。
「そうか。どこもおかしなところはないかな?」
 僕はそれにも少しだけ顎を引いて答えた。
「良かった。あちらでシャルルも目覚めた、というか、戻ってきたようだ」
 シャルル?
 僕は……シャルルの精神世界で……体を貫かれて……。
 そこで、意識がはっきりした。

 そうだ! 寝てる場合じゃなかったんだ!
「シャルル!」
 がばっと上体を起こして急いで首を巡らせる。
 すぐに傍らで膝を付いているハッピーと、少し離れて座っているシャルルが目に入った。
 シャルルは板張りの地面に揃えた足を横に投げ出して、なにやら呆然としている。
 床に突いた右手がカクカクしてる。
 どうしたんだろう?
 待てよ。そういえば、僕らはシャルルの家の、居間にいたはず。
 青空が見えるなんておかしくない? もし外なら、地面が板張りってのも変だよね?
 どこだろ、ここ?
 まぁいいや。とにかくシャルルが心配だよ。

 僕はシャルルの側へと四つん這いで這い寄り、なんとなくもじもじとしながら話しかけた。
「シャ、シャルル? えっと。あの。だ、大丈夫、だった?」
 シャルルは目だけを横にずらして僕を見た。動きが緩慢だ。
 大丈夫じゃないのかな?
「……あなたこそ、わたしにあれだけの事をされて、よくそんなに平気でいられるわね」
「え? 全く平気ってわけでもないけど……うん。とりあえず大丈夫みたい」
 シャルルの言葉自体はそっけないけど、嫌味でもないみたい。
 僕は思ったままを口にした。
「シャルルは?」
 気遣ったつもりが逆に心配されたことに気が付いて、僕は再度問いかけた。
 怪我もないし、普通に返事があったから大丈夫だろうと思っての問いかけだった。
「あなたには、これが大丈夫に見えるの?」
「えっ? ど、どこか痛むの?」
 でも、そうじゃない答えが返ってきて、僕はちょっとうろたえる。

「酷いわ。本当に、酷いことになったわ……」
 シャルルは顔を膝に埋めて悲しげに呟いた。
「ええっ!? ハ、ハッピー! どういうこと!? シャルルを傷つけないようにって、言ったじゃない!」
 シャルル、凄く落ち込んでる!
 あせった僕は、側に立つハッピーの肩を掴んで揺さぶった。
「おや。私に対する第一声がそれとは。私はきっと、まずはお礼を言ってもらえるものだと思っていたが」
「は」
 そうだった。ハッピーは、僕を助けてくれたんだった。
「ご、ごめんよ、ハッピー。助かったよ。本当にありがとう。で、でも、シャルルが!」
「大丈夫だ。私はシャルルに酷いことなどしていない。シャルルが言っているのは、きっとあれのことだろう」
「あれ?」
 ハッピーの尖った指が指し示す方に目を向ける。
 そこには。

「あああああっ! な、何してるの、クリス! ウィンザレオ!」
 ここよりかなり下った山の斜面で、激しい戦いを繰り広げるクリスとウィンザレオがいた。
「はぁっ! 喰らえ! 『フェザー・エッジ』!」
「グファ! んなもん喰らうかよ! 『フット・アクセル』!」
 クリスの翼から繰り出される、鋭利な無数の羽を、ウィンザレオが残像の出来るほどのスピードで回避している。
「とうりゃ! 『アーム・アクセル』!」
 クリスの飛ばす羽の間をすり抜けて、ウィンザレオの拳がクリスを目指す。
 え? 腕が百本以上あるように見えるけど!
「はっ! 『ディフェンシブ・ウィング』!」
 それをクリスの猛烈な勢いで広がる翼が弾き返した。
 うわっ! 翼が鋼鉄みたいになってる!
 二人の戦う周囲には砂塵が渦巻き、辺りの木々を巻き込んで薙ぎ倒している。
 木が飛ぶ岩が飛ぶ空気が逆巻く。
 まるでこの世の終わりみたいな光景だ!

 


22

 僕は震える声でハッピーに訊ねた。
「ね、ねぇ、ハッピー。あの二人、一体、なに、しているの……?」
「ん? ご覧の通り。戦っている。ガチで」
 ガチでって。
 僕はぽかんと口を開け、二人の戦いを見つめた。
「……あの二人のせいね。わたしの家が、ほぼ全壊しているのは……」
 はぁ、とシャルルが溜め息を吐きながら顔を上げた。
「全壊? あ? ああっ!」
 言われてみれば。
 もう、僕らのいる床しか残っていないけど。
 ここって、シャルルの家だぁ!
 良く見回してみれば、辺りの林に屋根だの窓だの、カーテンや衣服の類まで、ものの見事に散乱している。
「なんで……?」
 僕はふらりと立ち上がる。
 どうしていいのか分からないけど、とりあえず座ったままじゃいられないよ、これ!

「ふむ。私に任せて欲しいと言ったのだが……どうやら、待ちきれなくなったのだろう」
「待ち切れなかった? 誰が?」
 ひょい、と隣に並んだハッピーにまた訊ねる。
「クリスだ。ディアを心配するあまり、シャルルを殺そうとしたクリスを、ウィンザレオが止めた。結果、あのような激しいバトルにまで発展した。と、私は推理するが」
「ええええっ!? それ、どういうこと!?」
「覚えていないのかね? シャルルがキミに『クロノ・リード』を仕掛けた時、もう外は夕闇が迫っていた。今、頭上に広がっているのは青空だ」
「あっ! じゃあ、あれから一日経ってるの?」
「いや。三日だ」
「三日!?」
 めまいがした。
 気の短いクリスが、そんなに待てるはずないよ!

「そう。あの魔法は、対象の人生を見るから。長く生きている人だと、その分時間がかかるのよ」
 シャルルが無表情に捕捉の説明をしてくれた。
「そういうことだ。ディアが何百年生きているのか知らないが。こんなに長く『クロノ・リード』を使い続けた相手など、初めてじゃないかな、シャルル? ははははは」
「……いいえ。ウィンザレオの時は、これ以上だったわ。まぁ、彼の時には、未来まで見ているけれど」
「ほう」
 ハッピーが驚いている。
 もちろん、僕も驚いた。
 そんな馬鹿な。
 じゃあ。
 ウィンザレオって、一体何歳なの!?

「興味深い話しだ。そもそも『対極の槍』とは、精神世界で用いるような『神器』ではない。『クロノ・リード』の『ホルダー』が、『神器』の『オーナー』でもあると、組み合わせでこんなに面白い『力』が発現するのだね」
 手を顎に、ハッピーはふむふむと頷いている。
 記憶が戻った今、僕にもそれが理解出来た。
 魂や肉体に『魔力回路』を刻み、奇跡の『力』を起こす者を、『ホルダー(保持者)』という。
 そして、神やそれに準ずる者の作り出した『神器(アーティファクト)』を保有する者を、『オーナー(所有者)』という。
 魔力回路は強い願いにより刻まれ、神器は選ばれた者が然るべき時に与えられる。
 神器はエーテル(霊的物質)で構成され、オーナーの意志で自在に出現させられる。
 太古の昔に地上から失われた『魔法』は、今やこの『ホルダー』と、『オーナー』にしか行使出来ない。
 シャルルは、その両方を持っている。
 凄い奇跡だ、と僕は思った。
 と同時に、一つの疑問、いや、興味が湧いた。
 シャルルに『神器』を与えたのは、誰だろう――?

 



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