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14

「行くわよ」
 シャルルが槍に手をかざした。
「う、あぁぁぁぁっ!」
 槍は一気に膨らんで、僕を内部から――お腹から、引き裂いた。
「ぎゃあぁぁぁぁっ!」
 自分がばらばらになる痛みに、気が遠くなる。
 ――でも、それはすぐに収まり、
「あ。あれ?」
 僕は、真っ白な石壁に囲まれた空間にちょこんとへたり込んでいた。
 手を見る。足を見る。ちゃんと体に繋がっている。
 でも、何かがおかしい。
 僕は僕の座り込んでいる姿を、上から見ていた。
 自分がいる。
 僕は自分を見下ろしていた。

「――あれは、あなた。過去のあなたよ」
「シャ、シャルル!? どこ? どこにいるの?」
 見回すけど、姿はなかった。それどころか、自分の存在さえ曖昧だ。
 また? どうなってるの、これ?
「これから、あなたは自分が何をしてきたのか、そして、これからどうなるのかを見ることになるわ」
 シャルルの声は、抑揚無くそう告げた。
「誰もが、過去に罪を持っている。そして、未来には死の運命が待っている。わたしは精神のみで時間を自在に行き来して、それを対象に見せられる。それが『クロノ・リード』の力なの」

「クロノ・リードの、『力』……」
「そうよ。今までは制御出来ずに、いろんな人の過去と未来を、無意識に覗いてしまったわ。  その度、わたしは深い悲しみに襲われた。この『セカイ』の残酷さを知ったから。  でも、今日は違う。あなたへの“怒り”が、この恐ろしい力を、わたしに制御させているんだわ」
 僕は自我の境界も認識できないまま、シャルルの言葉を理解しようとした。
 でも、どう考えても分からない。
 これが、何だっていうんだろう?
 ただ、ウィンザレオがシャルルの事を教えてくれなかったり、目隠しをした理由は、きっとこれなんだと思った。
「人は何かを守るため、誰かを守るために、何かを壊し、誰かを殺して生きているわ。個人的には正義でも、全体的には悪を為してしか生きられない。それでも人は生を願い、幸せを求めるの。それがいかに残酷で間違っているか。はっきりと目の当たりにし、精神を保っていられる者はいないのよ」
「シャルル……」
 僕は考える。
 これが、こんな小さな女の子の言う事だろうか?
 シャルルは、今までに何をその目で見て来たんだろうか?

『なんつーか。シャルルには、何も無い。何も無い者には、何も必要ないだろう?』
 いつかウィンザレオの言っていたことが脳裏に蘇った。
 瞬間、僕は理解出来た気がした。
 シャルルは、絶望しているんじゃないだろうか?
 このセカイに。
 このセカイの人々に。
 そして、自分を置いて死ぬ事を知ってしまった、ウィルに――
「見なさい。自分の姿を。見なさい。自分の罪を。そして知るのよ。その果てに、どんな死が待っているかを」
「僕の、罪? 僕の……死……?」
 眼下で、“僕”が動き出した。

 

 

 僕は白い石組みで形作られた、神殿のような建物の一室にいる。
「うっ!」
 瞬間、脳内が真っ白にフラッシュバックした。
 突然、今まで思い出せなかった記憶が蘇った。
 僕はここを知っている。
 ここは、僕の生まれ育ったところ。
 ここは。“天界”だ!
 アーチ型の出入り口が四方にある。正面の入口から、カツン、コツンという足音が近付いてきた。
 昔の“僕”が、そちらを見やる。
「――本当に行くのか、ディア?」
 やがて顔を出したのは、クリスだった。
 《ギルトサバスの城》で初めて現れた時と同じ、ゆったりとした優雅な白い布が、胸と腰だけを隠している。
 背中には真っ白な翼が、神秘的な光を放っていた。
 表情は暗い。何かを心配しているみたい。
 その時の僕が、クリスに答えた。


15

「――うん。僕がやらなくっちゃいけないんだ。誰にも出来ない事だもん。そうでしょ、クリス?」
 にっこりと笑う僕の頭に、角は無い。
 クリスと同じような白い布を片方の肩だけから垂れ下がらせて、裾を床に引き摺りながら歩く僕。
 体は全体的に淡い光を放っている。髪は銀色。今の僕は、金色の髪なのに。
 それよりなにより。
 僕の背中にも、翼があった。
 クリスと同じ、輝く白い翼が!

「ディアッ……! 確かに、これはお前で無くば不可能だが……くそっ! 何が『魔王』だ! 何が『第二世界』の平和のためだっ!  クソジジイめっ! なぜ、人間などにあれほど肩入れするのだっ!」
 下から覗き込む僕に向かって、クリスが毒づいた。
 かなり怒っているらしい。
「こら、クリス。そんなことを言うんじゃない」
「ケイオスか。ち。何を偉そうに」
 右手の入口から余裕を感じさせる足取りでこの部屋に入り、クリスに注意をしたのはケイオスだった。

 でも。
 ケイオスは僕と同じような服装で。
 角も無ければ、髪も水色じゃなくって。
 長い爪もないし、背中には翼もある。
 クリスにそっくりだ。
 見下ろす”現在”の僕は、驚きを隠せなかった。
 シャルルは何も言わない。
 気配はあるけど、ただ見ているだけのつもりかな?
「ふん。ケイオスはディアと一緒に『第二世界』に降り立つから、そんな事が言えるのだ。残される私の気持ちも考えてみろ。どれだけ心配になるか、分かるはずだ」
 クリスは唇を突き出し、ケイオスを恨めしそうに睨んでいる。
 え? クリスは、ここに残る予定だったの?
 じゃ、なんで? なんで、“現在”、僕と一緒にいるんだろう?
 いや、なぜ《ギルトサバスの城》にいたんだろう?

「ふふん。それはお気の毒様だな。私はディアについていくよう、『主神』直々に命じられたんだ。  お前は指名されなかった。それは普段の行いの差だ。恨むなら、自分を恨むことだな」
「ちょ、ちょっと、ケイオス」
 クリスに向かって舌を出すケイオスに、僕は後ろから抱き締められた。
「あ! こらぁっ、ケイオス! 私のディアに、気安く触るんじゃないっ!」
「ちょ、クリスッ……むぐぅ!」
 僕はケイオスの懐から剥ぎ取られ、クリスの胸に抱き寄せられた。
 苦しい! 顔が胸に埋まっちゃったよ! 息が出来ない!
 僕はクリスを突き飛ばした。
「……ぷはっ! 苦しいじゃないか、クリス! 僕を殺すつもり!?」
「あう。そ、そんなつもりは! 怒らないでくれ、ディア」
 僕に怒られ、情け無い顔をするクリス。
「はぁっはっはっは! そら見ろ! お前はそんな風だから、指名されなかったんだ! はっはっはっはっは!」
 そんなクリスを指差して、大笑いするケイオス。
「あは。そうかもね。あはははは」
 僕もつられて笑った。
 温かい。ここの空気は、優しくって心地いい。
 これが三人で一緒に笑った最後の日だった。
 僕はこの次の日、ケイオスを伴って、『第二世界』へと降りていった――

 


16

 ――到着した《ギルトサバスの城》は、暗かった。
 天空から舞い降りた僕たちは、城に入って驚愕した。
 中には、夥しい数の“死体”が並んでいたからだ。
 人のような形をしているけど、それらは間違いなく人じゃない。
 ましてや、僕らのような翼もない。
 真っ黒で角が飛び出していて醜くて。
 腐りかけた肉が放つ異臭の立ち込めた城内で、僕らはしばらく、言葉をなくして、ただ立ち尽くしていた。
 ケイオスが掠れた声で話しだした。
「――これが、お前の選んだ道だ。いずれ、我われもこうなるだろう。人間たちの『闇』を吸収し続ける、この《ギルトサバスの城》で――我われは、こうして力尽きるまで、『闇』を取り込み続けるのだ……」
 ぎゅ、とケイオスの拳が握られている。
 やっぱり、納得がいかないんだろう。
 なぜ、僕らがこんな役目を与えられたのか?
 なぜ、人間たちの為に、自分が犠牲にならなければならないのか?
 放置しておけば『セカイ』に満ち、カオスを招く大罪たち。
 人々の、暴食、色欲、強欲、憂鬱、憤怒、怠惰、虚飾、傲慢……ありとあらゆる『罪』を飲み込み、僕らは『セカイ』を守るんだ。
 この体が朽ちるまで。この心が腐るまで。
 僕らは。
 主神『アトゥム』に従い、この命を燃やすんだ――

 

 

「――これが……僕が『魔王』になった、理由……?」
 僕はこの空間に溶け込んでいるらしい。意識だけの状態で、自分の過去を見続けた。
「人間の、ため……? 『魔王』は、人間のセカイのために、神に遣わされた者、なの……?」
 シャルルの動揺している声が聞こえた。やっぱり姿は見えない。

 ――過去の僕たちが、すぐにお城の掃除を開始した。
 僕とケイオスはなんだか良く分からない力を使って、みるみる城を片付ける。
 死者を弔い、一息ついたところで、ケイオスが天界から運んできた荷物の中に、不審な物を発見した。
「ん? こんな物を入れた記憶は無いが?」
「どうしたの、ケイオス?」
 城のエントランスホールで、冷たい石床に置かれた、一抱えに出来るような小さな木箱。
 ケイオスはそこから食器や衣類など、次々と取り出していた。
 出てきた分で、もう木箱よりも大きな山になっている。木箱は見た目どおりの内容量じゃない。
 そんな木箱から出てきた水晶球を光にかざし、ケイオスは首を捻っていた。

 でも、それが何か、僕にはすぐに分かった。
「……クリス。まさか、勝手についてきちゃったの?」
「クリス? まさか!」
 ケイオスがぎょっとして水晶珠を覗き込んだ。
 すると水晶は光を発し、
「ばれたか。やるな、ディア」
 と偉そうなことを言いながら、クリスへと姿を変えた。
「ク、クリス! お前、なぜこんな所にいる!?」
 ケイオスの顔面から血の気が引いている。錯覚か、縦線が見えるような気がした。
 僕もかなり硬直している。
 そりゃそうだよ。
 十二神でも話の分かる『軍神マルス』様のような方の旗下ならばともかく。
 クリスは十二神最高の恐怖と言っても過言ではない、あの『戦女神ヴァルキュリア』様の旗下なんだ。
 こんな勝手がばれたら、きっと間違いなく殺されるよ!


17

 そんな僕らの心配など一切気にする風もなく、クリスは涼しげに答えた。
「なぜこんな所にいるか、だと? 天界を抜け出してきたからに決まっている。そんな事も分からないのか、ケイオス」
「お、おま、お前っ……」
 ケイオスががくがくと震えている。
 無理も無いよ。
 ヴァルキュリア様って、物凄く直情傾向の強いお方だから。
 へたしたら、問答無用で僕らごとクリスを抹殺しかねないもん!
「まぁまぁ、落ち着け、ケイオス。私はディアの側にいられれば、それでいいのだ。ここにいる間は、ずっと水晶珠のふりをする。ヴァルキュリア様は探査が苦手だから、これなら絶対にばれないはずだ」
「「えええええええ!」」
 自信満々に言い放つクリスに、僕とケイオスは溢れ出る感情を抑えることが出来ず、ただ叫んだのだった。

 それから、僕らの《ギルトサバスの城》での生活が始まった。
 心配していたヴァルキュリア様からのお咎めもなく、僕らは胸を撫で下ろした。
 僕は城の最上階にある玉座の間に、ずぅっと篭りきり。
 豪華だけど、暗くて重厚で息苦しい、玉座の間に。
 毎日毎日、ただ玉座に座り続ける。恐ろしいデザインが施された玉座に。
 それが僕の、『魔王』としての仕事だ。
 退屈な毎日に、ケイオスとクリスの存在は、本当にありがたかった。

 

 

 そして、百年も過ぎた頃――僕とケイオスの身に、異変が起き始めた。
「ディア……角、が……。翼も、とうとう消えてしまった……」
「うん。でも、仕方がないよ」
 心配そうなケイオスに、僕は出来るだけ明るく答えた。
 突然だった。
 僕とケイオスの姿が、変貌した。
 全体から淡く放っていた光もとうに消えて、僕らはくすんだ色になっていった。
「……『闇』だ。体が『闇』に侵食され始めた。なんてことだっ……なんて……」
 水晶珠としてこの部屋の隅に鎮座しているクリスが、悲しげに呟いた。
「クリス。お前はそのままの姿でいるんだ。体組織を物質的に変化させているその状態なら、我われほど『闇』の干渉は受けないだろうからな」
「ケイオス……」
 ケイオスに優しくそう諭されて、クリスは声を詰まらせた。

 ケイオスはバルコニーに出て、外の世界を見渡した。
 僕は玉座から悲壮感の漂うケイオスの背中を見つめた。
「……この《ギルトサバスの城》で『闇』を取り込むのが間に合わなくなってきたようだ。外界には、『魔物』が発現し出している」
 遠くを見つめるケイオス。その手はバルコニーの手すりを握り締め、震えている。
「予定より早い。人間たちの発する『闇』が、想像以上に膨れ上がっているからだ」
 僕はケイオスの言葉を黙って聞いた。
「前任の『魔王』は、五百年在位した。このペースでは……ディアは、あと二百年も、もたないかも知れないな……」
 ケイオスの悲観的な予測に、僕は悲しくなった。
 ケイオスの予想は良く当たる。だから、余計に悲しいんだ。

「はっ。人間どもめ。近頃、戦争を正当化する詭弁を使い始めたようだからな。『フェーデ』とか言ったか?  なんだかんだと言いがかりをつけ、正当な『決闘』として他領地に攻め込む騎士どもが横行し出したようだ。やられる都市側は身代金を払い、これを回避するのに必死だ。はははっ。全く、人間とは本当に愚かな生き物だ」
「そうなんだ……」
 クリスから聞く話も、僕にとっては凄く悲しいものだった。
 人々の負の感情から生まれる『闇』は、やがてセカイの全てを覆い、なにもかもを無に帰すだろう。
 僕らはそれを阻止したくて、こうして地上に降りてきた。
 前任がそろそろ限界だという話を聞いた時、僕は『魔王』を引き継ごうと決心した。
 僕は、人間が好きだった。


18

 天界からたまに覗くと、地上で生きる人々は、みんな一生懸命で。
 畑を耕し、魚を捕り、ものを作り、諸国を渡り歩いて商いし。
 凄く大変そうなのに、自分の夢や、大切な人のため、みんな必死で頑張っていた。
 僕はといえば、平和でのんびりとした天界で、毎日ケイオスやクリスと一緒に過ごして。
 あの人たちの役に立ちたい。
 少しでも、助けてあげたい。
 だから僕は魔王になろうって思った。
 天使長の中では、僕が一番大きな力を有していたから、なろうと思えば簡単だって分かってた。
 主神アトゥム様に「僕に魔王をやらせてください」って頼んだら、思ったとおり、快諾されて。
 それを知ったケイオスも、従者役を買って出てくれて。
 これで、僕は自分の“存在意義”を得たと思ってた。
 なのに。
 現実は、残酷だった。

 魔物はどんどん数を増やし、頻繁に人間を襲うようになった。
 当然だよ。
 魔物は人間たちの『罪』だから。
 人間を恨んで当然の『生』だから。
 限りない怒りや妬みを秘めたまま、自然に朽ちることもない魔物たち。
 彼らの願いは、一つだけだ。
『消してくれ』
 そう願い、人間たちを襲うんだ――

 

 僕が絶望を深める中、ケイオスは立ち上がった。
「魔王軍を編成する。魔物を討伐する、魔王直属の軍勢を!」
「それはいい考えだね、ケイオス! 僕、賛成するよ!」
 僕はケイオスのプランを実現すべく、出し惜しみせず『力』を使った。
 ケイオスと協力して作り出した『魔王軍』の戦士は、強かった。
 この城の門番には『ヘカトンケイル(百腕巨人)』、外界をうろつく魔物の討伐には『キュクロプス(一つ目巨人)』、そして、ヴァルキュリア様の私兵を参考にした『アマゾーネス(女戦士)』たちを送り出した。
 これらはケイオスの『命』そのものを使い、僕が作り出した軍隊だ。
 でも、人間には区別がつかない。
 どちらも『魔物』としてしか見てくれない。
 だから、魔王軍は人間とも望まない戦いをするはめになった。

 魔王軍の戦士たちは、大切な戦力だ。倒されても、また作り出すほどの魔力は使えない。
 僕らには『魔王』としての義務がある。
 僕の後任が現れるまでは、石に齧りついてでも頑張らなくっちゃならないんだ。
 魔物に敗れて消耗するならともかく、人間に消されるのは悲しすぎる。
 ケイオスは魔王軍を操り、極力犠牲を出さないように努めた。
 やがてケイオスは『魔軍参謀』と、人間に呼ばれるようになった。
 もちろん、僕らは人間たちに「危害を加えるつもりはない」って伝えている。
 でも、人間は信じてくれなかった。
「そんな禍々しい姿で、何を言う」と。

 

 確かに、そうだ。

 ある日、日に日に凶悪な姿になってゆく自分に、僕は……耐え切れなくなった。
「ケイオス。僕を……殺してくれないかな?」
 そんな事を口走ってしまうほどに。
「そんなこと、出来るはずがないだろう」
 ケイオスは僕の願いを一蹴した。
 分かってる。そんなの、分かってるんだ、僕だって。
 だから、僕は。
「じゃあ、僕の記憶を消して」
「なに?」
「僕……人間を、嫌いになりたくないんだ……。僕が生きている意味を……自分で、否定したくないんだ……」
「ディアッ……!」
 僕の背はケイオスを追い越していた。
 長い角が頭から伸び、髪は金に染まり、口からは牙が突き出している。
 ケイオスも、背は相変わらずだったけど、すっかり姿を変えていた。
 ケイオスは僕の胸に顔を埋め、そして。
「分かった。私はこれより、お前をディアボロと呼ぼう。記憶の蘇ることのないように。そして、臣下のごとく振る舞おう。私が、『ディア』を忘れるために」
 静かに。
 僕の頭に手をかざした。



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