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「よし。じゃあね。キミの名前は……『ハッピー』だ!」
 僕は悪魔に指を突きつけてそう叫んだ。
「かっこわるっ! それ、犬の名前じゃないか! やっぱりペットにする気か、ディア!」
「グファファファ! ネーミングセンス、最悪だな、お姫様は! グファファファ!」
 クリスとウィンザレオが僕のネーミングを全否定した。
「な、何がおかしいの!? いいじゃないか、願いを叶えてくれるんだから! それってハッピーでしょ?」
「はぁっはっはっはっは! そんな禍々しい姿のどこが『ハッピー』なんだ! 見かけも考慮しないか、ディア!」
「違いねぇ! グファファファファファ!」
 僕の抗議で、二人は更に笑い出す。
「ふむ。いい名だな。私は気に入った」
 十字路の悪魔は赤い目を細めて何度も頷いている。
「でしょ? いい名前だよね!」
 僕は悪魔の肯定的な態度に勇気を得て、拳を小さく握り締めた。
 やった! 喜んでくれてる!
「「……マジで?」」
 そんな悪魔を、二人は呆然と見つめていた。

 奇妙な道連れを得た僕らは、ほどなく一軒の小さな家に辿り着いた。
 赤い陶器の板が並べられた屋根と、白い土塀が印象的なその家は、周りに小さなお花がたくさん植えられていて、なんだか可愛らしい。

「着いたぜ。ここが、シャルルの家だ」
 今まで登ってきた小高い山の頂上を少し越えた所が、こじんまりとした平地になっている。僕らは頂上からシャルルの家を見下ろしていた。
 夕日に染まるシャルルの家。
 あと二、三十歩も歩けば、辿り着ける所にある。
 僕はついにここまで来たという感慨に耽り、言葉を無くしていた。
「ほれ、お姫様。その『カイロスの盾』を寄こしな。俺が届けてきてやるよ」
 ウィンザレオは剣タコだらけの無骨な手をにゅ、と僕の眼前に突き出した。
「え? いいよ。自分で渡すから」
 僕は腰に後ろ向きでくくってあるカイロスの盾を外しにかかった。
「……会わねぇ方がいい。シャルルも、それを望んでる」
「なんでそんな事が分かるの?」
 決め付けるようなウィンザレオの物言いに、僕はちょっとむっとした。
「なんだ、ウィンザレオ? 貴様、ここまで来て、実は全然違う家だったのを誤魔化そうとしているのではないだろうな?」
 クリスも不機嫌になったみたいだ。
 ここまで飛んでくるのに、ヘトヘトになってたもんね。
 これで嘘だったなんて分かったら、たまんないよ。

「そうじゃねぇ。ち。俺が信用出来ないってんなら、勝手にすればいい。別に俺は困らないからな」
 ウィンザレオが面倒臭そうに頭の後ろをガリガリと掻いた。
「ウィンザレオは困らないの? じゃあ、僕らが困るってこと?」
「まぁな。シャルルだって困るはずだ」
「……僕らやシャルルの為に? あは。ウィンザレオって、優しいね」
 なんだか嬉しくなってそう言った。
 クリスは「ほぅ」とウィンザレオを興味深そうに眺めている。
「ば! 馬鹿言ってんじゃねぇ! オメーらなんざ、どうなっても知ったことかっ! ああ、もう、どうでもいいか! 行くぞ、オメーら!」
 ウィンザレオは勢い良く踵を返して山を下りだした。
 そこで、ハッピーが声をかけた。
「待て。私はいいのか?」
 ウィンザレオは「ああん?」と仏頂面をして振り向くと、
「来たければ来ればいい」
 そう言い放ってずんずんと歩き出した。

 


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 ゴンゴン。ゴンゴン。
 ウィンザレオは青く塗られた板張りの玄関ドアに付いている真鍮製のノッカーを乱暴に叩いた。
「うぉーい、シャルル。俺だー! ウィンザレオだー!」
 そして、とても乱暴に呼びかけた。
 シャルルって女の子でしょ?
 勇者ウィルの妹なんだから、へたしたら幼女って呼ばれるくらい小さいかも知れないのに。
 怖すぎるんじゃないかなぁ、それ?
 そんな僕の心配は不要なものだった。
「えっ? ウィンザレオ? 本当にウィンザレオなのっ?」
 ばん、と開け放たれたドアから、弾むような声を発して飛び出して来た女の子。
「ウィンザレオー!」
「おっとと。グファファファ。久しぶりだな、シャルル。グファファファ」
 ウィルそっくりな赤い髪を靡かせた女の子は、一目散にウィンザレオの胸に飛び込むと、そのまま抱き上げられてくるくると振り回されている。
 凄く嬉しそうで、見ているこちらまで幸せな気持ちになる。
 ウィンザレオも満更ではないみたいだ。精悍だった顔が、にやけてる。

「もー! 一ヶ月に一度はあたしに会いに来るって、約束したでしょ! どこに行ってたのよ、ウィンザレオ!」
「はぁ? んな約束したっけな?」
 一転して怒り出した少女に、ウィンザレオはとんでもない返答をしていた。
 うわぁ。覚えてないんだ、ウィンザレオ。ひどいなぁ。
「したわよ、ばかっ! 半年も来ないで、もうっ! 臭いし汚いし貧乏臭いし、とにかく上がってお風呂入りなさいよ!」
「わ、ととと。ちょ、ちょっと待て、シャルル。俺の他にも客がいるんだ」
 シャルルは真っ赤な飾り気のないワンピースを波打たせながらウィンザレオの後ろに回り、背中をぐいぐい押している。
 怒ってるけど、嬉しいんだ。
 どっちも同じくらいなんだなぁ、きっと。
 そう思って見ていた僕だったが、ウィンザレオから「客」がいると聞かされた直後、シャルルの様子が一変した。
「客? お客様? 誰か連れてきたの、ウィンザレオ?」
 それは冷たい声だった。
 拒絶。
 その言葉には他者を拒む気持ちが溢れていた。

 


1 第四章

 賢者は、生きられるだけ生きるのではなく、

 生きなければならないだけ生きる。

         (ミシェル・ド・モンテーニュ)                            

 

              

 

「帰ってもらって、ウィンザレオ」
「出て来いよ、シャルル。こいつら、お前にどうしても会いたいんだってよ」
 僕らがいる事に気が付いたシャルルは、すぐに家に閉じ篭ってしまっていた。ウィンザレオがノッカーをゴンゴン鳴らして呼びかけているけど、出てきそうな気配は今のところ見られない。

 僕はウィンザレオに問いかけた。
「ねぇ、ウィンザレオ。どうしてシャルルは僕らに会ってくれないの?」
 次いで、クリスも訊ねた。
「うむ。どうやら我われだからというわけではなく、誰とも会いたくないようだが。なぜだ、ウィンザレオ?」
「シャルルに訊けよ。俺からは言いたくねぇ」
 ウィンザレオはぶっきらぼうに答えると、またノッカーを叩いた。


「そのシャルルが出て来ないのだ。これでは『鶏と卵』だろう」
 僕らの少し後ろで静観していたハッピーが、開けたままの真っ赤な口を、少しも動かさずにそう言った。
 どうなってるんだろう、ハッピーの口って?
 それより。
「鶏と卵? ねぇ、ハッピー。どういうこと、それ?」
「鶏と卵。どちらが先にあったのか、という話しだ」
「えっ? 卵でしょ? 鶏は卵から生まれるんだから」
「では、その卵はどこから生まれる?」
「それはもちろん、鶏から……あっ」
「そういうことだ」
 僕が一つの考えに行き当たったのを察してか、ハッピーがゆっくりと頷いた。

「くだらん話しをしている場合か、ディア」
 クリスがそんな僕らを見て溜め息をついた。
 むっ。なに、その態度?
「くだらない? じゃあ、クリスにはどっちが先か分かっているの?」
「もちろんだ。私は天界にいたんだぞ」
 絶対に分からないと思っていた僕の予想に反して、クリスは自信満々に胸を張った。そうすると、クリスの胸の大きさが良く分かる。
 なんでクリスの胸って、こんなに膨らんでいるんだろう? 何か入ってるのかな?
「グファファ! そりゃ本当か? 面白い! どっちだ、天使ちゃん?」
 シャルルに呼びかけていたウィンザレオも手を止めて、クリスをニヤニヤしながら見つめている。

「ちょっと、ウィンザレオ! なんでこっちの話しに入ってくるの? シャルルを呼んでよ!」
「ああ? いいじゃねぇか、ちっとくらい。シャルルはどこにも逃げねぇよ」
「そういう問題じゃないよ! 不真面目に思われるじゃないか!」
「んじゃ、おめーが呼べよ、お姫様。俺はクリスの答えが聞きたいんだ」
「僕だって知りたいもん! あ、そうだ! ハッピーに!」
 頑として言う事を聞いてくれそうにないウィンザレオを諦め、僕はハッピーに目を向けた。
「断る。私も知りたいからだ。第一、そんな願いでいいのか?」
「うっ。……よく、ない……」
 さくっと断るハッピーに、僕はあっさり弾かれた。
 うーん。命懸けでするお願いでもないしなぁ。ちょっと勿体無いよね。

「なんだなんだ。困ったやつらだな。仕方が無い、すぐに結論を教えてやろう。このままでは、本当にシャルルが出てきてくれなくなる」
 揉める僕たちを、クリスは呆れ果てたように手を腰に置いて見回した。
「そうだね。早くお願い、クリス」
「グファ。ちゃちゃっとな」
「押さないでくれ。私は重さがないのだ」
 クリスに向かって身を乗り出す僕とウィンザレオに、ハッピーが押し潰されそうになっている。

 意外な感触。ちゃんと触れるし、なんだか少し温かい。黒猫って感じ。

 僕は初めて触れたハッピーに、そんな感想を抱いていた。

 クリスは一旦息を大きく吸い込むと、その薄い唇を開いた。
「鶏と卵。どちらが先かというと……」
 僕はごくりと唾を飲み込んだ。
 その時、後ろから小さな金属音がした。
「グファ! つーかまーえたっ!」
「きゃあああ! 放しなさいよ、ウィンザレオ!」
「えっ? シャルルの声?」
 突然大声を上げたウィンザレオとシャルルの悲鳴に驚いた僕は、何事かと振り返った。そこには、黒い布で目隠しをされたシャルルが、ウィンザレオに抱き上げられてジタバタしている姿があった。
「グファファ! シャルルもその話が気になるってよ! グファファ!」
「き、気になんかなってない! いいから放して、ウィンザレオ!」
 どうやらシャルルもクリスの答えが気になっていたらしい。聞き耳を立てようと扉を開けたところを、ウィンザレオに捕まったようだ。
 それはいいけど。
「ねぇ、ウィンザレオ。どうしてシャルルは目隠ししてるの? 誰がやったの、それ?」

 


 宙に浮かされて手足をばたばたとさせているシャルルのワンピースは、あちこちがめくれ上がり、あんまり直視しちゃ悪い気がした。後ろから腰を両手で持たれているんだから、シャルルの手は自由だ。
 なんでシャルルは目隠しを取らないんだろう? 自分でやったんだろうか?
「あの目隠しはウィンザレオがやったものだ、ディア。シャルルをドアの向こうから引きずり出すと同時に、目隠しまでしていた。凄まじいスピードだな」
「ええっ? 凄いね、それ」
 クリスは家の方を向いていたから、ウィンザレオの行動が確認出来たみたいだ。
「まぁな」とウィンクするウィンザレオの目尻に寄るシワが、かわいく感じた。
「さ、シャルル。これなら大丈夫だろ? こいつらの話を聞いてやれよ。こいつら、ウィルに頼まれてここまで来てんだからよ」
「えっ? お兄さまに?」
 とん、と地面に下ろされたシャルルが、目隠しされたまま、ウィンザレオを見上げた。
 声のする方を向いただけだよね。見えるわけないし。

 こうしてゆっくりシャルルを見ると、ウィルの面影は髪くらいかな、と僕は思った。髪は赤い滝みたいに真っ直ぐ肩まで伸びている。全体的に丸い顔の輪郭はほっぺたの膨らみがまだ目立つくらいに幼く、十二、三歳かな、と僕に予想させた。ふわりとした赤いワンピースを着ているのに、華奢な印象を与える体格は、小さくて頼りなくって儚げだ。
 僕らは黙ってシャルルの答えを待った。
「……そう。ウィンザレオが連れて来る人たちに、間違いも無いでしょう。これなら顔も見ずに済むし。いいわ。入ってちょうだい。おもてなしは出来ないけれど」
 やがて、シャルルは観念したようにそう言った。
 ウィンザレオ、随分信頼されてるなぁ。部下を見殺しにするような人なんだけど。でも、僕らの世話は焼いてくれているし。ウィンザレオって、良く分からない人だな。
 そんな事を考えながら、僕らはシャルルの手を引くウィンザレオに続いて家に入った。
 あ。
 結局、鶏と卵は、どっちが先か聞いてない。
 これからもっと大事な話をしなければならないというのに、僕の気は散っていた。

 

 ウィンザレオが開けたドアから、まずはシャルルが家に入る。ウィンザレオはシャルルの手を引き、誘導している。荒々しい見かけにはそぐわない優しいエスコートに、僕は少し感心していた。
 板張りの床にブーツがゴツゴツと音を立てる。部屋は全体的に薄い緑に塗られていて、壁にはタマネギやじゃがいもがぶら下がっていた。部屋の中はなんだか甘い匂いがした。
「いい香りがするな。ポプリか」
 クリスが壁にある額縁を見て呟いた。
 乾燥させた花々が木枠に張り付けられている。その下に、小さな麻の袋がぶら下がり、揺れていた。香りはそこから来ているらしい。こじんまりとした部屋の中央には四人掛けの丸いテーブルセットが一揃い。その奥に土間があり、赤レンガで丸く組み上げられた薪窯があった。
 きちんと整頓された家だ。
 明るくて優しい雰囲気に包まれている気がする。
 僕は素朴なこの家にいい印象を抱いた。

「ほれ。座れよ、シャルル」
 ウィンザレオが椅子を引いてシャルルを座らせた。
「ありがとう、ウィンザレオ」
 シャルルはきちんとお礼を言って席に着いた。
「んじゃ、みんなテキトーに座れ。俺は飲み物でも用意してくるからよ」
「あ、うん」
 勝手に土間の方へ行き、ごそごそと棚を漁るウィンザレオ。
 シャルルにそれを気にしている様子は無い。
 なんだかシャルルの本当のお兄ちゃんみたいだな、ウィンザレオ。
 ……あれ? 僕は普通の兄妹がどんな風かなんて、知らないはずだけど……?
 僕はそう思いながら椅子に腰掛けた。

 



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